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40 修行

 5分ほどついていくと、滝が見えた。滝壺に白い水飛沫をあげて、勢いよく水が降り注いでいる。

 そこに先ほどの女の子が立ち、両手を合わせて滝に打たれていた。


「もしかして修行って、滝行をするの?」


 天狗は無言で滝に向かって顎をしゃくった。

 結衣は女の子が平然と立っているから、見た目ほど強く水に打たれるわけではないと思っているが、服が濡れるのは嫌だ。だからといって脱ぐこともできない。


「えっと、着替えとかってある?」


 天狗は結衣を見下ろして、無言の圧をかけてくる。つべこべ言わずにさっさと修行をしろ、と。


 結衣は渋々滝壺に足を入れた。日差しが強いから温くなっているかと思いきや、水は背筋が伸びるほど冷たい。


 結衣は我慢をして水の中を進み、女の子の隣に立った。

 頭上から降り注ぐ水に、頭や肩を強く叩かれているようだった。


 これに耐えている女の子に驚愕した。結衣はすぐに音をあげそうになる。

 それでも首を横に振って、瞼を下ろすと胸の前で手のひらを合わせた。


 これに耐えれば善の役に立つかもしれない、と自分自身に言い聞かせながら堪える。


 しばらくすると隣からバシャシと大きな音が聞こえて、結衣は滝から顔を出した。

 女の子が滝壺に倒れこんでいる。結衣は慌てて女の子を抱き上げると、水に足を取られながらなんとか滝壺の外に運び出した。

 女の子の唇は紫に変色しており、体を震わせている。


「ねえ、タオルと着替えはないの?」


 結衣が天狗に声をかけると、天狗は煩わしそうに結衣へ視線を送る。その両目がカッと光り、結衣は驚きのあまり尻餅をついた。


 怒らせたのだろうか、とこわごわと様子を窺っていると、天狗は結衣の前でしゃがみ込んだ。

 結衣は後ろに手をついて、背を反らす。


「な、なに?」

「まじないが効いていないのか?」

「まじない?」


 天狗は立ち上がると、女の子を小脇に抱える。


「滝に打たれていろ」


 ビュッと風を切る音と共に足を踏み出したかと思うと、天狗の姿は見えなくなった。


「まじないってなんだろう」


 結衣は顎に手を添えて頭を捻り、丸太小屋でのことを思い出す。

 女の子は天狗が起こすと、すぐに外に駆け出した。泣くことも文句を言うこともなく修行をすることに、結衣は疑問を持っていた。


「もしかして、操っているの?」


 結衣が正気でいられるのは何故だろうか。しばらく考えて、結衣はポケットからお守りを取り出した。


「善が守ってくれたの?」


 厄除けのお守りは水を吸ってぐっちょりと濡れている。肌身離さず持っていようと誓う。

 空を見上げた。太陽はまだ真上に来ていない。午前中ということはわかるが、正確な時間はわからない。


「心配してるだろうな」


 スマホがなくて連絡ができず、結衣は困り果てた。なんとか無事であることを伝えたい。


「あっ、祈ればいいんだ!」


 結衣はこちらの状況を善に伝える手段を思い出した。

 両手を合わせる。


(私は天狗に攫われた。修行をさせられているけどなんともないから、おじいちゃんとおばあちゃんが心配しないでいられますように)


 結衣はふー、と息を吐き出す。

 自分の考えていることを伝えるのに、祈る言葉に変換しなくてはいけないのが不便だ。


「今ので伝わってるといいけど」


 結衣はもう一度滝壺に足を踏み入れ、滝行を行う。

 これで本当に強くなれるのだろうか、と不安に思いながら、断続的に降り注ぐ水を頭から受け止めた。





 どれくらい経ったかわからないが、長い間滝に打たれていたように思う。


「出てこい」


 しゃがれた声が響き渡り、天狗が戻ってきたのだと知る。

 結衣は冷えた体を抱きながら滝壺から出た。今が真夏で心底安堵している。


 天狗が結衣に大きなタオルを頭から被せた。

 結衣は髪を拭うと、タオルを体に巻き付ける。


「ねえ、女の子はどうしたの?」

「眠らせている」


 無理矢理修行を続けさせるようなことはなさそうで、結衣はホッとした。


「まじないって、言うことを聞かせるようなものなの?」

「泣いたり逃げようとしたりするから、思考を奪っただけだ」


 結衣が起きてすぐにまじないをかけられなかったのは、そういったことがなかったからだ。


「あれ? でもなんで私にかけようとしたの?」

「うるさいからだ。お前はなにも言わずにただ修行をすればいい」


 話しかければ答えるくせに、と心の中で悪態を吐く。面倒なかまってちゃんみたい、と結衣は肩をすくめた。


「次はこれを履いて、小屋まで戻れ」


 一本歯下駄を渡される。天狗が履いているものよりは低いが、歩ける気がしない。

 結衣は神社の長階段を登り降りしたり、自転車で行動することが多いため、歩きやすい靴しか履かない。ハイヒールにさえ慣れていないのだから、一本歯下駄が履けると思えない。


 近くにある木を支えにしながら履くが、足がプルプルとして動けずにいた。


「わたしは先に戻る。ついてこれなければ、自分で戻ってこい」


 天狗はスタスタと歩き出す。


「え? うそ! 本当に行っちゃうの? 待ってよ」


 結衣が叫ぶが、天狗は振り返ることなく進んでいった。

 結衣は取り残される。

 木に捕まったまま足を踏み出し、手を離してみるとバランスを崩してこけてしまう。


「痛いな。こんなのでどうやって歩けって言うのよ」


 結衣は一歩踏み出すたびにこけ、足は土で汚れて血が滲んでいる。


「必ず戻ってやるんだから! 絶対にぎゃふんと言わせてやる」


 結衣は心が折れるどころか、だんだんと天狗に腹が立ってきて闘志を燃やす。

 ゆっくりと慎重に足を進め、木を支えにして、こけても何度も立ち上がり、ひたすら前に進んだ。


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