4 朝の攻防
翌月曜日の朝、結衣と善は並んで朝食を食べていた。
正面に座る千代が、結衣と善の顔を交互に見て目を瞬かせる。
「なに?」
結衣は味噌汁を飲んで訊ねた。
「遠慮しなくていいのよ」
結衣は「ん?」と首を傾ける。
朝食はたくさん食べている。
「遠慮なんてしてないよ。お腹いっぱいまで食べるし」
「そうじゃなくて、結衣と善様のことよ。お付き合いを始めたばかりの一番楽しい時期でしょ? 遠慮せずにイチャイチャしていいからね」
ニコニコと無邪気に笑う千代に、結衣は頭を抱えたくなった。
隣を盗み見ると、善はどこを見ているのか焦点が合っていない。
「あーんってしないの?」
千代の声は弾んでいた。
結衣と善は顔を引き攣らせながらお互いに目を向ける。
千代とは対照的に、二人の気持ちは沈んでいた。
善が肩を落とすと、結衣の卵焼きを箸で掴んだ。
結衣の口元まで持っていく。
結衣が嫌々口を開けると、善は結衣の口に卵焼きを突っ込む。
口の中がいっぱいになる大きさの卵焼きは、中のチーズがとろけて美味しいのだが熱い。
結衣ははふはふしながら飲み込んだ。
善は箸先を見つめ、形のいい眉をひそめる。
「洗ってこい」
善は結衣に箸を突き出した。
結衣は口をへの字に曲げて、箸を引っ掴む。
善が大きなあくびをしたタイミングで、善に渡された箸で彼の口に卵焼きを放り込んだ。
「洗いたければ、自分で洗いなさいよ」
箸を突き返した。
善は咀嚼して飲み込むと、射抜くような目を向けてくる。
しばらく無言で睨み合い、善は先に視線を逸らした。
結衣は勝った、と内心でガッツポーズを取る。
「なんだか全然甘い空気じゃないわね。照れているの?」
千代に見当違いなことを言われるが、結衣は否定せずに微かに頷いた。
身支度を整えて「いってきます」と家を出る。
境内の掃き掃除をしていた宗一郎に「結衣」と呼び止められた。
「なに?」
「気をつけてな。遅くなるようなら迎えにいくから、連絡をしなさい」
「うん、ありがとう」
「友達にも、暗くなる前に帰るように伝えなさい」
「わかった。じゃあ、いってきます」
結衣は心配そうに眉を下げる宗一郎を元気付けるように、明るい声を上げて手を振った。
長い石階段を降り、階段の傍らにある駐輪場から自転車を出した。
荷物をカゴに入れて跨ると、勢いよく漕ぎ出す。
爽やかな風に髪を乱され、顔にかかる髪を耳にかける。
結衣は隣の市にある中高一貫の翠風館女学院に、自転車で三十分かけて通っている。
小学校の近くでは、いつもより多くの保護者や教師が歩道に立って、子どもたちを見守っていた。
カラフルなランドセルを背負った子どもたちは、表情が暗いように見える。
よく知る場所で痛ましい事件が起きたのだから当然か。
結衣はチラリと事件現場の方に目を向ける。
まだ規制線が張られていた。
学校に着くと、事件の話で持ちきりだった。
席について机の中に教科書をしまっていると、友達が結衣を囲う。
「結衣、C市の事件知ってる?」
「ねえ、結衣の家の近くだったんでしょ?」
「犯人、まだ見つかってないんでしょ? 怖いよね」
みんなが一斉に話し始めるから、結衣は聞き取るのが大変だった。
結衣もみんなに混じって事件の話をする。
話好きの女子高生たちは、会話が途切れることはない。
予鈴が鳴ったタイミングで「おじいちゃんが遅くならないように帰った方がいいって言ってたよ」と告げる。
みんなは「そうだね」と頷いて、手を振りながら自分の席に戻っていった。
ヴァンパイアが犯人だから夜は出歩かない方がいいよ、と言っても信じてもらえないだろうから。
6時間の授業を終えて、4時前に結衣は学校を出た。
友達と寄り道をして帰ることもあるが、今日は全員がまっすぐに家へ帰ると言う。
空は雲のない澄んだ青色をしていた。
明るい今は安心できる。
のんびりと自転車を漕いで、家に向かった。




