39 神隠しの犯人
夏休みも残り一週間という頃、結衣は夜中に目を覚ました。
意識はあるのに、体が動かなくてパニックに陥る。視線を忙しなく動かした。結衣の乱れた呼吸音だけが部屋に響く。
結衣は一度瞼を下ろす。落ち着くために深呼吸をした。
金縛りは心霊現象ではなく、睡眠障害の一種だ。数十秒したら動くようになる。
結衣は体が動くようになるのをジッと待った。かなり時間が経ったように思うが、一向に動かせるようにならない。
徐々に不安感に襲われる。
その時、ガチャンと小さな音が聞こえた。結衣は目を開ける。小さな軋みと共に、冷房で冷やされた部屋に温風が流れてきた。
窓の鍵が開く音だったようだ。
結衣は目を大きく見開く。この部屋には結衣しかいない。誰が窓を開けた?
首は動かず、目だけを必死に窓へ向ける。
コツコツ部屋を歩く足音が聞こえた。ベッドの傍に立って結衣を見下ろすのは、長い鼻が特徴的な修験者だった。天狗だと認識した時に、結衣は意識を失った。
顔に日差しが掛かり、眩しくて目を覚ました。カーテンを閉め忘れたのだろうか、と目を擦りながら起き上がる。
瞼を開けると、部屋の中は家具などなにもない、丸太を組み合わせて建てられた殺風景な部屋だった。
屋根が高いだけではなく、窓も通常より上にあり、扉はうんと大きい。
結衣は夜中のことを思い出す。身震いして自分の体を抱いた。
「う……ん」
すぐ近くで声がして、結衣は飛び上がるほど驚く。叫び出しそうになるのを、両手で口を押さえて耐えた。
ゴワゴワとした敷物の上で寝ていた結衣の傍らで、ゴソゴソと動くものがあった。結衣は恐る恐る体に掛けられたタオルケットを捲った。
小学生くらいの女の子が唸りながら寝返りを打つ。
今までいなくなっていた子たちも、天狗の仕業だったのだろうか。
この子を連れてどうやって逃げようか、と結衣考え、女の子を起こさないように慎重に窓に近付いた。窓枠に手を引っ掛けて、背伸びをする。
外は木々が生い茂り、ここがどこなのかも結衣にはわからなかった。
寝巻きのポケットに手を入れる。なめらかで柔らかい布に触れた。それを掴んで取り出す。善が作ったお守りだ。
元々雑に縫われていたが、結衣が肌身離さず持っているからほつれて大きな穴が空いている。
結衣はそれをギュッと握りしめた。一人ではない、と不安が広がっている心を奮い立たせる。善に守られているような心地になった。
大事にポケットにしまい、反対のポケットに触れて大きくため息を吐いた。
「そんな都合よくはいかないよね」
結衣が本来探していたのはスマホだ。スマホは枕元で充電をしていた。持っているものはお守りだけで、これではここがどこなのかを調べることもできない。
扉の外からカッカッと音が近付いてきて、扉の前で止まった。結衣は唾を飲み込んで身構える。
扉の蝶番が軋む音を響かせながら開いた。
天狗は一本歯下駄を履いているのに、軸がブレることなく女の子の元まで歩くと、ジッと見下ろした。
「起きろ」
しゃがれた低い声がズシリと響く。
女の子はパッと起き上がると、すぐに部屋を出ていった。
結衣は天狗と二人っきりになって身を竦める。
天狗が結衣に体を向けた。
「わたしの手足となれ」
「え?」
結衣は言っている意味がわからなくて聞き返す。
「弱った善様ではなく、わたしに付け」
「善のことを知っているの?」
「わたしに付け」
繰り返された言葉に結衣は小さく首を振った。
「そんなのできるわけないじゃん。ってか、さっきの子は?」
結衣は部屋を出て行った女の子が気になった。
「修行をしている。お前もわたしに付いて、修行をしろ。神通力を得てわたしの力となれ」
神通力は人地を超えた不思議な力のことだよな、と結衣は首を捻る。善の言う神力と同じものだろうか?
結衣は修行をしたら、善の役に立つのではないかと考えた。
「私、修行したい!」
天狗は踵を返して部屋を出ていく。結衣は慌てて追いかけた。
「ねえ、さっきの子を帰らせてあげて」
「素質がなければ帰す」
外に出ると、夏の不快な暑さにも関わらず、清らかな空気が漂っているように思えた。
蝉の合唱ではなく、囁くような鳥の囀りが聞こえてくる。
初めて見る景色のはずなのに、なぜか安心できて落ち着く場所だ。
結衣は天狗の後ろを小走りでついていく。天狗は歩くのが速く、歩幅も大きくて、結衣が普通に歩いては差が開くばかりだ。




