37 祖父母の馴れ初め
プールで遊んだ次の日、結衣は朝食を食べ終わるとキッチンに食器を運ぶ。
善は相変わらずリビングで寝転がっており、宗一郎は朝食後に境内に向かって家にはいない。
結衣はキッチンで洗い物をしている千代にコソッと話しかける。
「おばあちゃん、話があるんだけど……」
「月見庵にクリームあんみつを食べに行こうか」
善には絶対に聞かれたくなかったから、察して外に行くことを提案されて頷いた。
掃除を手伝って身支度を整えると、結衣と千代は家を出た。
湿気が多く、朝から蒸し暑い。蝉の大合唱が、暑さに拍車をかけているようだ。
商店街まで歩き、月見庵に入る。汗ばんだ体に、ひんやりとした店内は天国のようだった。
クリームあんみつを二つと、千代はほうじ茶、結衣は抹茶ラテを注文する。
結衣はテーブルの上で指を組み、千代に真剣な眼差しを向けた。
「あのさ、最近婿がどうのって言わなくなったよね?」
「だって結衣には善様がいるじゃない」
千代はおっとりと微笑む。
「でもさ、善は婿になんてなれないじゃん」
「そうね。婿よりも、結衣が本当に好きな人と幸せになる方が大事だからいいのよ」
結衣は瞬きを繰り返す。
「そうなの? おい先短いとか、婿を取れとか言ってたから……」
「私もおじいさんも歳だからね。結衣にいい人がいれば安心だと思って言っていたけれど、悩ませていたならごめんね。神社のことはどうでもいい……とは言えないけれど、結衣の幸せが一番大事だから」
千代が言葉を区切ると、「おまたせいたしました」と店員がテーブルにドリンクとクリームあんみつを乗せた。
結衣は抹茶ラテをストローでかき回す。千代はほうじ茶を一口含んで、ホッと息を吐いた。
「結衣が善様と一緒にいるなら、近くの神社に兼務してもらえるようにすればいいし、結衣が一番幸せになれる道を選んでほしいわ」
結衣は大きく息を吐き出した。眉を下げて笑う。
「それなら最初っからそう言ってよ」
でも婿取りの話がなければ、善に話しかけることもなかっただろう。御神木に寄りかかって眠っている善を起こさずに掃除をしていたはずだ。善と出会うきっかけにはなったから、それだけはよかったかな、と結衣はソフトクリームを頬張って笑った。
「おばあちゃんの話が聞けたからいうけど、本当は善とは付き合ってないんだ。婿取りの話が嫌で、彼氏のフリをしてもらったの」
「あら、そうなの。二人とも仲が良いから、てっきり付き合っているのかと思ったわ」
仲が良い? と結衣は首を傾ける。言い合いしていることの方が多いから。
「結衣も善様も、二人でいるといきいきしているから」
結衣は口喧嘩のことだろう、と苦笑いした。
「でもね、最初は善のことは顔だけはいいけど、傲慢で怠け者だと思ってたんだ。絶対に好きにならない、って思ってたのに、好きになっちゃったんだよね」
結衣は天井を仰いで肩を落とす。
「今でも腹の立つことはいっぱいあるんだけど、土地を守る真摯な姿も、私たちを助けてくれる優しいところも知っちゃったからさ。あーあ、私もおじいちゃんみたいな人を好きになれば、イライラしたりしなかったんだろうな」
結衣は千代と宗一郎が喧嘩をしているところなんて、見たことがない。
「あら、今は落ちついているけど、私だって若い頃はおじいさんに腹を立ててばかりだったわ」
千代の言葉に、結衣は口に含んだ白玉をそのまま飲み込みそうになって冷や汗をかいた。しっかり咀嚼して飲み込む。
「なんで? おじいちゃんも態度が悪かったの?」
穏やかな宗一郎からは想像もできない。
「そうじゃなくて、休日はずっと剣道。私との時間を全然作ってくれないの」
千代は若い頃を思い出しているのか、頬を膨らませる。
「それなのに、剣道をしている姿が一番輝いていたのよね。好きなことをしているおじいさんが一番好きって気付いたの。それまで文句を言っていたのに何も言わなくなった私に、おじいさんは愛想を尽かされたと思ったらしくて、必死に引き止められたわ。それで自分で思っているよりも、愛されていたんだなって知れたの」
千代はほんのり頬を染めて、惚気話を聞かせてくれる。
「いいなー。私もときめくような恋がしたい」
恋をしたい相手が善では、難しいけれど。




