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31 目撃者

 白衣と緋袴姿の結衣は、汗で髪の毛が湿っている男の子と目線を合わせるようにしゃがんだ。笑顔で千歳飴を差し出すと、男の子は暑さで真っ赤になった顔をパッと明るくして「ありがとう」と受け取った。


 八月に入り、猛暑日が続いている。着物姿が凛々しい男の子だが、水を被ったように汗を流していた。


「熱中症の恐れがあるため、こちらでお休みください」


 千代が冷たい水と塩飴を運んでくる。

 結衣は男の子と手を振って別れ、足早に自宅へ入った。

 部屋に駆け込んで服を脱ぎ、汗を拭う。


「暑かった……」


 部屋着に着替えてリビングに向かう。

 リビングでは善がいつも通り寝転がっているが、なんだか機嫌が良さそうだ。


「いいことあった?」


 結衣が善の傍に腰を下ろすと、善は起き上がって口角を上げた。


「最近、普段神社に来ない子供たちが祈りにくるだろう? そのおかげか体が軽い」


 善は手を握ったり伸ばしたりしながら目を細める。


「大勢の人にお祈りされるのが回復に繋がるんだね」

「祈る人間が多ければ多いほど、俺の力は増す」


 信仰心の衰退で善は弱っていると言っていた。多くの人が祈るようになるために、結衣にはなにができるだろうか。

 頭を捻って考えると「だが……」と善が言葉を続ける。


 結衣は目を瞬かせて善に目を向けた。善も結衣をじっと見ていた。

 視線が絡んで、しばし見つめ合うと、善が口を開く。


「結衣の祈りが一番力が湧いてくる」

「それって、どういう意味?」


 善にとって結衣が特別な存在なのか、と微かな期待を込めて聞く。

 結衣はソワソワと落ち着きなく、視線を彷徨わせた。


「結衣は神力が高いからな。俺にとって一番力になるのは当然だろう」


 善の答えにがっくしと肩を落とす。

 毎回期待しては落胆しているのだから、学習しない自分に腹が立つ。


「ほら、結衣、祈ってみろ」


 善に催促され、結衣は仕方なく手を合わせた。


(善の力が戻りますように)


 結衣が手を下ろすと、善はふっと口元を緩める。

 がっかりしても、この顔を見ると浮上して、結衣は頭を抱えたくなった。


 認めたくないけれど、認めざるを得ない。善に惹かれていることを。

 なんでこんな困難な相手を選んじゃうかな。傲慢だしデリカシーはないし口は悪いし。……そもそも人間じゃない。


 結衣は途方に暮れたように、大きく息を吐き出した。

 その時、スマホが鳴って、結衣は肩を跳ねさす。

 莉子から『うちにきて』とグループにメッセージが届いていた。

 すぐに美咲と沙苗がOKのスタンプで返事をする。


 結衣は外に出て、境内を歩いていた宗一郎に声をかけた。


「おじいちゃん、午後はなにもないよね? 莉子の家に遊びに行ってもいい?」

「あんまり遅くならないように帰ってくるんだよ」

「うん、夕飯までには帰るよ」


 結衣は部屋で着替えて、家を出ると自転車に乗ってペダルを踏み込んだ。

 莉子の家は神社のあるC市と学校のあるT市の境目くらいにある。


 莉子の家に近付くと、公園に規制線が貼られていて、付近には多くの警察官がいた。それを眺める野次馬が何人もいる。ヒソヒソ話が気になって、結衣は自転車を停めた。


「男の人が亡くなっていたって」

「若い女の子が見つけたんでしょ?」

「最近は物騒な事件が続いているわね」


 ヴァンパイアの事件のことだろうか? それからまだ三ヶ月ほどしか経っていない。

 詳しい状況はわからなかったが、結衣は再び自転車を漕いで莉子の家に向かった。





 家に着いてインターホンを鳴らすと、莉子の母が「結衣ちゃん、いらっしゃい」と出迎えてくれる。笑っているけれど、顔には疲労の色が見えた。


 結衣は「こんにちは」と挨拶をして、家に上がって、莉子の部屋の扉を開く。

 莉子の部屋はカーテンもベッドもピンクで統一された可愛らしい部屋だ。それなのにカーテンを閉め切って、灯りもつけていないから薄暗い。


 莉子はベッドの上に座って布団にくるまり、「あっ、結衣……」と小さな声で結衣を呼んだ。結衣を見ているはずなのに、焦点が合っていなように感じた。


 無表情で、いつもの明るい莉子とかけ離れていて、結衣は「どうしたの?」とベッドの傍に膝をついて莉子の手を握った。

 莉子は唇を震わせ、瞳にいっぱいの涙を浮かべる。


 ただ事ではないと莉子の言葉を待っていると、扉が開いて沙苗と美咲が入ってきた。


 二人は莉子を見て息を飲み、すぐに結衣の隣に腰を下ろした。

 なにも言わずに、莉子の背をさする。

 莉子が結衣たちを呼んだ理由をポツポツと話し始めた。


「うちの近くにある公園を見た?」


 結衣は頷くが、沙苗と美咲は顔を見合わせて首を振る。


「黄色いテープで囲われていて、警察がいっぱいいたよ」

「うん、朝に犬の散歩に行って、男の人が亡くなっているのを見つけたんだ」


 ヒュッと喉が鳴る。野次馬が話していた、第一発見者の若い女の子とは、莉子のことだった。


「白いTシャツが真っ赤になっていて、すぐに亡くなっているってわかった。さっきまで事情聴取されてたんだ。家に帰ってもその光景がずっと頭から離れなくて、みんなと一緒にいれば楽しくて忘れられるんじゃないかって連絡しちゃった。来てくれてありがとう」


 莉子が無理矢理口角を上げて、歪な笑顔を作る。


「来るに決まってんじゃん」

「友達じゃん。頼ってよ」

「今日は思いっきり遊ぼ!」


 みんなでひっついてお菓子を食べながらしゃべって、莉子は徐々に自然な笑顔を見せる。


 16時を過ぎた頃、莉子は疲れたのか眠ってしまった。

 莉子に布団を被せ、結衣たちは部屋を出る。

 莉子の母に「おじゃましました」と挨拶をすると引き止められた。


「みんな、来てくれてありがとう。……ちょっと危ないかもしれないから、送っていくわ」


 結衣たちは顔を見合わせる。美咲も沙苗も不安そうに眉を下げた。

 莉子の母は言いにくそうに視線を落とす。


「はっきりしたことはわからないんだけど、獣が犯人なんじゃないかって近所の噂好きの人が話していて」


 獣? 恐怖に震える体を抱きしめる。自転車で家まで帰るのは躊躇われた。


「自転車は置いて行ってもいいですか? 明日、おじいちゃんに頼んで取りにきます」

「ええ、いつでもいいわ」


 結衣たちは莉子の母に、順番に家まで送ってもらった。

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