3 モンスター
みんなで夕食を食べていると、朝に見たニュースの続報が流れた。
『続いて、昨日夜にC市で発生した変死体の事件です。警察の調べによりますと、被害者の身元はC市在住の会社員、佐藤沙希さん24歳と特定されました。佐藤さんは、一昨日の夜9時頃に自宅近くのコンビニの防犯カメラに映っているのが確認されており、その後の足取りはわかっていません。警察は、現場周辺で不審な車両や人物の目撃情報がないか、幅広く情報を求めています』
千代の料理に舌鼓を打っていた善が、箸を置いて神妙な面持ちで画面を凝視する。
別のニュースに変わると「結衣」と声をかけられた。驚きすぎてご飯が喉に詰まりそうになり、お茶で流し込む。
「……なに?」
初めて善に名前を呼ばれたことで、結衣は少しの動揺を悟られないようにそっけなく返事をした。
「今から先ほどの現場に連れて行ってほしい」
「現場って事件の?」
「ああ」
善が当然のように頷き、結衣は首を思いっきり振った。
「絶対に嫌! だって犯人はまだ捕まってないんだよ」
「別に犯人の家に行くわけじゃない」
「でも、外はもう薄暗いし怖いじゃん」
「現場を見たらすぐに帰る。なにがあっても結衣のことは俺が守るから、頼む」
昼間のだらけた善とは違い、真摯な瞳と言葉に、結衣は泣きそうになりながら渋々頷いた。
「本当にすぐ帰るからね」
「ああ、もちろんだ」
食事が終わって玄関で靴を履いていると「善様……」と千代が後ろから声をかけてきた。
振り返ると、千代は心細そうに小さな体をこわばらせている。
「どうした?」
善が優しく声をかけた。
「あの、結衣のことをお願いいたします。本当に大切な孫なんです」
結衣の両親は、結衣が小さな頃に事故で亡くなった。千代と宗一郎にとって、結衣は唯一の家族だ。
「わかっている。必ず無事に戻ってくる」
千代は眉を下げて力無く笑った。
「行くぞ」
「あっ、うん」
結衣は善の後を追って家を出る。
鳥居の前まで来ると、善が結衣に向かって手を差し出した。
結衣は善の手と顔を交互に見て首を傾ける。
「なに?」
「手を取れ」
「おばあちゃんたちの前以外で、彼氏のフリなんてしなくていいって」
鳥居をくぐって「早く行こう」と後ろを振り返る。
すぐそこにいた善はいなくなっていた。
辺りに目を走らせても見当たらない。少し戻ると、目の前に善が現れた。驚きすぎて声も出ない。
「お前はバカか? 鳥居の外では人間は俺の姿を見ることができない。手を差し出したのは、触れ合っていれば姿が見えて会話ができるからだ」
善に手を握られる。
言い返そうとしていたのに、急な接触に言葉が引っ込んだ。
善の冷えた手に包まれて、カッとなった気持ちも一緒に落ち着いたように感じた。
石階段を降りながら、善に話しかける。
「善はなんでこの事件に興味を持ったの?」
ニュースは他にもやっていた。他のニュースには千代の食事に夢中で見向きもしていなかった。
「俺が守護する領域だからな。それに、気になることもある。それを確認しに行く」
「気になることって何?」
「現場を見てから話す」
それ以上聞いても話してくれないだろう、と別の話を振った。
「いつも御本殿にいたのはなんで?」
「昔、人間に姿を見られた時、女たちが俺を取り合って殺傷事件を起こした。それからは基本的には本殿で過ごし、人のいない時間に出歩いていた」
結衣は顔を引き攣らせる。整いすぎた顔はいいことばかりではないようだ。
石階段を降り、小学校方面に向かう。
「じゃあ今日はなんで御神木で寝てたの?」
「夜に散歩をしていて、疲れたから少し休むつもりで寝入ってしまった」
「仕事したら? ずっとゴロゴロしてるから、境内を歩くだけで疲れるんだよ」
善は頬を引き攣らせて目を尖らせる。
結衣は負けじと睨み返した。
正面から買い物袋を持ったスウェット姿の男が歩いてくる。すれ違い様にこちらに怪訝な目を向けて眉を顰めた。
善は大きなため息を吐く。
「一つ忠告してやる。俺の姿は結衣にしか見えない。他人からは、独り言を言いながら歩いているように見えているぞ」
結衣は口をつぐんで振り返る。スウェットを着た男の後ろ姿が見えた。
「じゃああの人がこっちを見てたのって、私たちが言い合いをしていたからじゃなくて、私が一人で話していたから?」
声を顰めて聞けば、「そうだ」と善が相槌を打つ。
「そういうことは、家を出る前に言っといてよ!」
「俺は触れ合っていれば姿が見えて会話ができると言った」
鳥居のところで確かに聞いた。
でも、人からどう見えるのか、親切に教えてくれてもいいのに。
結衣は不満から口を尖らせた。
現場の近くまでは行けたが、規制線が貼られていて、それ以上は近付く事ができなかった。
善は顔を歪めて「臭う」と呟く。
結衣はスンスンと鼻を鳴らして嗅ぐけれど、おかしな臭いはしなかった。
「帰るぞ」
善は結衣の手を引きながら踵を返す。
「もういいの?」
「ああ、千代ともすぐに帰ると約束したし、犯人もわかった」
結衣は叫び出しそうになったが、口を押さえて耐えた。
「家に帰ったら話してやる」
結衣は何度も頷き、早足で家に向かった。
家に帰ると、善の部屋に入る。
善はベッドに腰を下ろし、結衣は床に座った。
「犯人がわかったって、誰なの? 警察に言った方がいいんじゃないの?」
結衣が捲し立てると、善はしっしっと手を振る。
「警察が捕まえられるような相手ではない」
結衣はゴクリと喉を鳴らして唾を飲み込む。
善の言葉を待った。
「結衣にもわかりやすく言うなら、犯人はモンスターだ」
真剣な表情には似つかわしくない言葉に、結衣は聞き間違いかと思って「モンスター?」と聞き返した。善は深く頷く。
「モンスターなんているわけないでしょ! なにバカなことを言ってんの!」
「結衣が知らないだけだ。外国から色んなモンスターが入り込んでいる。現場で特有の穢れの臭いを嗅いだ」
昼間だらけていた善が、この事件に関してはずっと真面目な態度なことで、結衣は本当のことなのかと不安に襲われる。
結衣が話を聞く姿勢になったことで、善は口を開いた。
「日本の妖、妖怪とも言うか? それらは俺がいることで抑止力になり、俺が守護するエリアで悪さをする事はない」
「……本当に土地神なんだ」
ボソリとこぼした言葉に、善は鋭い視線を向けた。
結衣は首をすくめる。
怠けた善ばかりを見ていて、祖父母が「善様」と呼んでいても、土地神ということを信じきれていないでいた。
善は大袈裟にため息をついて、話を続ける。
「日本の妖は抑えられるが、外国から入り込んだ妖、モンスターと言うのだろう? そのモンスターを抑えることは俺にはできない」
「えっ? じゃあどうするの?」
「見つけて倒すしかないな」
結衣はホッと胸を撫で下ろした。
善が倒してくれるなら、事件ももう起こらないのだろう。
「で? いつ倒すの?」
「そんなに簡単ではない。どこにいるのかもわからないのだから」
「でも、犯人はわかったって」
「ああ、犯人はモンスター。モンスターの中で血液を目的とする者は?」
善に問われて、結衣は恐る恐る答える。
「……ヴァンパイア?」
「ああ、解決するまで、夜は外に出るなよ」
「昼は安全なの?」
「太陽の下には出られない種族だからな」
結衣は手をポンと叩く。
「そっか、わかった」
学校が終わって帰宅するのは夕方の四時頃だ。暗くなる前に帰れる。
「わかったなら早く出て行け。俺は寝る」
善はベッドに寝転がった。
「昼間もゴロゴロしてたのに、まだ寝るの?」
「お前は俺が好きで寝てばかりいるとでも思っているのか?」
「嫌々ゴロゴロする人なんていないと思うけど!」
結衣は部屋を出て勢いよく扉を閉める。
善は頼りになるのかと思ったら、また寝転がってだらけた。信頼してもいいのか、と心配になる。
結衣は心を落ち着けようと、のんびりとお風呂に入った。
着替えて自室に入り、ヴァンパイアの話を思い出して身震いする。
「今日は早く寝ちゃお」
ベッドに入って頭まで布団をかぶって目を閉じた。




