26 不器用なお守り
次の日は土曜日のため休みだから、結衣はいつもより遅く起きてリビングに「おはよ」と声をかけて入った。
機嫌が悪そうに、善が結衣に手を差し出した。
結衣の手に、桜柄のお守りが乗る。すごく大雑把に縫われていて、すぐにでも解けてしまいそうなものだった。善が結衣のために一生懸命作ったであろうとわかって、結衣の心の奥が暖かく灯る。
自然と口元が緩んでいた。
「笑うな。初めてなんだから、仕方ないだろう」
善は眉間に深く皺を刻んで、そっぽを向く。
「違うよ。すっごく嬉しいの! 善、ありがとう。大事にするね」
結衣は両手でお守りを包み込んで笑顔を向けた。
善は結衣に視線を戻して「バカ面……」と呟くと、家を出ていく。
照れ隠しか? と一瞬だけ思ったけれど、傲慢な善にそんな感情なんてないか、と肩をすくめる。
だんだんと腹が立ってきたけれど、手の中にあるお守りに目を落とすと、怒りは静まった。
結衣は頬を緩めて、大事に服のポケットにしまう。
「結衣ちゃん、おはよう。ご飯の用意をするわね」
「ありがとう」
千代が配膳した美味しい朝食を完食する。
「ねぇ、今日はどこかに出かけるの?」
食器を片付けにキッチンに入って千代に声をかける。
「今日は商店街にお買い物に行くわ」
「私も行く。一人じゃ大変でしょ。荷物持ちするよ」
「ありがとう」
千代が穏やかに笑い、結衣は部屋に戻って着替える。
結衣は千代と一緒に過ごし、出て行こうとする気持ちを引き止める重要な役目がある。
拳を握って意気込むと、部屋を出た。
お昼前に千代と一緒に商店街に向かった。
「結衣ちゃんはなにを食べたい?」
「魚の煮付け」
結衣が答えると、千代は目を瞬かせる。
「若い子はお肉の方が好きかと思ったわ」
「私はお肉、好きだよ。魚の煮付けは、おじいちゃんの好物だよ」
千代は顔をほんのり染めて、視線を彷徨わせる。
「えっと、神主様じゃなくて、結衣ちゃんの好きな食べ物が知りたかったんだけど」
「私の好きなのは肉じゃがだよ。でも昨日食べたから、今日はおじいちゃんの好きなの作って」
結衣がねだれば、千代は柔らかい表情で頷いた。
魚屋でカレイを買い、「食べるのが楽しみ」と笑い合った。
その後も八百屋と肉屋で買い物をして、二人は両手いっぱいに食材を抱える。
「ついてきてくれてありがとう。一人だったら、こんなに買えなかったわ」
「いつでも荷物持ちするから、遠慮なく言ってよ」
帰ろうとした時、月見庵が目に入った。
ドッペルゲンガーのことを思い出して身震いする。
知らない間に千代がドッペルゲンガーと入れ替わっているなんて考えられない。
結衣は絶対にドッペルゲンガーの目論見を阻止してやる、と奮起する。
「ねえ、お守りって持ってる?」
「ええ、神主様がくれたお守りよね?」
千代がポケットからお守りを出した。淡い緑色をした、魔除けのお守りだ。
結衣は目元を和ませる。
これを持っていれば、ドッペルゲンガーは千代にはなにもできないだろう。
結衣と千代はのんびり歩いて帰る。
神社の石階段の前で、千代から荷物を一つ受け取り、励まし合いながら登った。
帰ってからも千代とずっと一緒に過ごし、この日は何事も無く一日が終わると思っていた。
結衣がお風呂から出てリビングに入ると、テーブルの上に薄緑色のお守りが置かれていた。
「ねえ、おばあちゃんは?」
結衣はリビングで寝転がる善に声をかけた。
「部屋に行くと言っていた」
千代は結衣より早くお風呂に入った。服を洗濯機に入れる前にお守りを置いて、そのまま忘れて部屋に戻ったようだ。
結衣はお守りを持って、記憶をなくしてから千代が使っている客間に持って行こうと、廊下へ出ようとした。
「待て!」
善が叫び、結衣は足を止めた。
「結衣はここで待っていろ」
善は硬い声でリビングの外を睨むと、部屋を飛び出した。
「キャー」
すぐに千代の悲鳴が聞こえ、結衣は慌てて善の後を追う。




