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23 惹かれる

 翌朝の木曜日は少し早起きをして、奉書紙に宗一郎の無事を祈りながら、白水神社と丁寧に書き記す。


 乾かしている間に卵かけご飯とインスタントの味噌汁を作った。

 善と一緒に食べる。箸の進みが早いから、朝食は気に入ってくれたのかもしれない。


「美味しい?」

「卵かけご飯を不味く作る方が難しいからな」


 素直に美味しいと言ってくれてもいいのに、と結衣は頬を膨らませる。

 食事を終えて身支度を整えると、奉書紙を折りたたんで巾着袋の中に入れた。


「善、学校に行ってくるね。おじいちゃんが帰ってきたら渡しといて」


 善にお守りを託し、結衣は家を出た。





 学校では、期末試験の結果が出ていた。

 いつもより少しだけ順位は上がっていた。でも、最終日に受けたテストは集中できていなかったため、小さなミスが目立った。





 学校が終わって家に帰ると、玄関の前で宗一郎に会った。


「結衣、おかえり」

「おじいちゃんもおかえり。旅行は楽しかった?」

「ああ、すごく」


 宗一郎は穏やかに微笑んだ。その顔を見て、結衣まで嬉しくなる。

 すぐに宗一郎は真剣な顔で声を顰めた。


「善様に話を聞いた」

「うん、おじいちゃんを囮にするってやつでしょ?」


 そんなことしないで欲しいが、宗一郎は腹を括ったような迷いのない表情をしていた。


「ばあさんと結衣を守れるなら、喜んで囮になるよ。お守りをありがとう」


 結衣の作ったお守りを宝物のように両手で包んで見せてくれた。


「お土産はリビングにあるから、善様と一緒に食べなさい」


 宗一郎は拝殿の方に歩いていく。

 結衣は玄関の扉を開けて「ただいま」と声をかけた。


 リビングに入ると千代が「おかえりなさい」と優しく笑う。

 善はいつも通り横になっていた。


「結衣ちゃん、お土産のサブレと温泉まんじゅうよ」


 結衣は「ありがとう」と言って、温泉まんじゅうにかぶりついた。

 黒糖を使ったふっくらとした薄皮と、甘さ控えめなこし餡がマッチしていて、いくらでも食べられそうな美味しさだ。


「美味しい!」


 頬骨を上げる結衣に、千代は目を細めた。笑っているはずなのに、悲しげに見える。


「どうしたの? 旅行、楽しくなかったの?」


 結衣に聞かれて、千代は目を瞬かせる。


「旅行はすごく楽しかったわ」

「なんか嫌なことでもあったのかなって。私の勘違いならいいんだけど」


 千代の表情が翳った。


「結衣ちゃんはすごいわね。どうして気付いたの?」

「なんとなく」


 いつも見ているから。


「おじいちゃんは楽しかったって笑ってたけど、なにがあったの?」

「なにもないのよ。神主様は常に私を気遣ってくれていたし、部屋も配慮して襖で仕切ってくれて。すごく楽しい旅行だったわ」

「じゃあなんで寂しそうな顔をしたの?」


 千代は下唇を噛む。視線を忙しなく移し、言うか言うまいか迷っているようだった。


「話してみたらどうだ? 千代が思っていることを」


 善が起き上がって、千代に真剣な瞳を向ける。

 千代は「はい」と小さく頷いた。


「私は家政婦を辞めようと思っています」

「え? それって、ここを出ていくってこと? なんで?」


 結衣はテーブルに手をついて身を乗り出す。


「神主様に惹かれているの。こんなおばあちゃんになってもときめいたりして恥ずかしいわ」


 千代は視線を下げる。

 善と結衣は顔を見合わせた。惹かれているのなら善の作戦通りに、千代の記憶を取り戻せるかもしれない。


 でも結衣にはわからなかった。宗一郎のことを思っているのに、ここを出て行こうとすることに。


「おじいちゃんのことが好きなのはわかったけど、それと出ていくことになんの関係があるの?」

「神主様は奥様がいらっしゃるのでしょ? 結衣ちゃんがいるんだもの。ここには住んでいらっしゃらないから、離婚か死別をされたのだと思うのだけど」


 自分が妻だと忘れている千代に、結衣はどう言えばいいか悩む。

 離婚か死別だと思うなら、気にせずに宗一郎を好きでいればいいのに。


「おじいちゃんは結婚してたけど、気にしなくていいよ。好きなら好きでいいじゃん。私はここを出て行って欲しくないよ」


 結衣の言葉に千代は「ありがとう」と顔を和ませた。

 善が結衣に目を向けながら、扉に向かって顎をしゃくる。

 リビングを出ろと言うことだろうか。結衣はサブレを持ってリビングから出た。善もついてくる。


「宗一郎は囮になりそうだな」


 千代の中で宗一郎への気持ちが育っている。結衣にとっては嬉しいことだけど、囮のことを考えると素直に喜べない。


「おじいちゃんのこと、絶対に守ってよ」

「当たり前だ」


 善は腕を組み、首を反らして結衣を見下ろす。尊大な態度に腹が立つ。

 でもいざという時は頼りになることも知っている。

 結衣は両手を合わせて瞼を下ろした。


(善の力が回復して、おじいちゃんを守ってほしい)


 瞼を開けると、善は片方の口角を上げて笑う。


「結衣の祈りはいいな」


 目を細められ、ドッと胸が高鳴る。

 顔だけはいいんだから、急にそんな顔を向けないでほしい。心臓に悪いから。

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