22 拠り所
食事の片付けとお風呂を済ませると、結衣は善の部屋の扉をノックした。
「入ってもいい?」
「ああ」
返事があり、結衣は扉を開ける。
善はベッドに寝転がっていた。
「善、体調が悪そうだね」
結衣はベッドの傍らに腰を下ろした。
善が顔だけを結衣に向ける。
「毎日祈ると言ったのに、今日は結衣が祈っていないからな」
旅行の見送りをしていて、すっかり忘れていた。
結衣は慌てて手を合わせる。
(おじいちゃんとおばあちゃんに、旅行を楽しんで欲しい)
結衣が手を下ろすと、善がゆっくりと起き上がる。
「千代の記憶のことではないんだな」
「それは早く戻って欲しいけど、今一番願ってるのは、楽しい思い出を作って欲しいってことだもん。二人で旅行なんて、ほとんどしたことないだろうし」
宗一郎は朝拝をして夕拝で仕事を終える。それを毎日欠かさずに行っているから、泊まりで出かけることがない。
少なくとも、結衣の両親が亡くなってからは一度もない。
結衣のことは、千代が旅行に連れて行ってくれた。三人では日帰りでしか出かけたことがない。
「それでさ、いつまで様子を見ていればいいの?」
千代の心を壊したくないという気持ちはわかるが、千代に早く思い出して欲しい。
善はふっと笑う。
「なぜ結衣と宗一郎の記憶だけを奪ったかわかるか?」
突然の質問に結衣は頭を捻る。
千代の全ての記憶を奪ったわけではない。
改めて聞かれると、絶対に理由があるように思う。
「……孤立させるため? あっ、でも、おばあちゃんは近所の人たちとも付き合いがあるし、一人ぼっちになるわけじゃないか」
千代が買い物に出かけた時、尾行した宗一郎が楽しそうに話す千代を見ている。
結衣が「うーん」と唸って、思考を巡らせた。
「目の付け所は悪くない」
善の言葉に、結衣は目を瞬かせる。
「善は理由がわかるの?」
「確証はないがな。宗一郎と結衣は千代の拠り所だ。その記憶を消して、千代の心を弱らせる」
淡々と話す善。結衣は自分の腕をさする。恐ろしくて鳥肌が立った。
「なんのために?」
千代の心を弱らせて、犯人はなにを企んでいるのだろうか。
「理由はわからない。だが、そうする必要があった」
結衣は眉尻を下げる。
「おばあちゃんの心が弱っているから、善は慎重だったの?」
善がしっかりと頷く。
「だが千代は宗一郎と結衣を大切に思い始めている。心も少しずつ回復しているはずだ」
結衣は安堵の息を吐いた。
「今回の旅行で、さらに宗一郎のことを思ってくれればいいのだが」
千代と宗一郎の絆が深まれば、心が安定するかもしれない。そうなれば、善もなにかしら行動に出れるのかも、と結衣は期待に目を瞬かせる。
「それで、どうするの?」
「待つ」
結衣は善にジト目を向けた。
「今までと一緒でなにもしないってこと?」
「そうだ。犯人がどこにいて、どんな奴なのかもわからない。特定の記憶を消すモンスターが思い浮かばない」
「私も思い浮かばない」
結衣は肩を落とす。
「だが弱ると思っていた心が回復していったら、犯人は焦るんじゃないか?」
「またおばあちゃんの記憶を消すの?」
「千代の記憶を消しても無駄だってことがわかったら、別の方法を考えるはずだ。次に狙うのは、結衣か宗一郎だろうな」
結衣はヴァンパイアと接触した時のことを思い出した。またあのようなことが起こるのかと青ざめる。
「今回は宗一郎に囮になってもらおうと思っている。旅行で千代が宗一郎に惹かれれば、狙われやすくなるのは宗一郎だ」
「ダメ! そんな危ないこと、おじいちゃんにさせないで」
「結衣か宗一郎なら、宗一郎の方が都合がいいんだ。結衣は昼間は学校だろ? 宗一郎は基本的には神社にいる。なにかあっても、すぐに対処できる」
もうすぐ夏休みだが、数日間は学校に行かなければならない。
「ヴァンパイアの時のように、昼間が安全とは限らない。だから昼間いない結衣より、宗一郎の方が守りやすい」
善の言っていることはわかる。でも結衣は素直に頷けなかった。
宗一郎が危険な目に遭うかもしれない。
「私にできることはないの?」
結衣は震えた声で問いかける。
「俺の力の回復のために祈れ。結衣の祈りで俺は戦える」
目を細め、いつもより穏やかな声の善に、結衣の心音が速くなる。顔も心なしか熱い。
傍若無人で傲慢なのに、ごく稀に優しさが見えると心が落ち着かない。
「あと、お守りもいいかもしれないな。結衣の神力の籠ったお守りを、宗一郎に渡せ」
「恋愛成就のお守り?」
宗一郎と千代の仲を深めようということだろうか?
「違う! 魔除けだ!」
「私は恋愛成就のお守りしか作ったことないよ」
「作り方は同じだ。込める気持ちを変えるだけで」
恋愛成就のお守りは恋に憧れる気持ちや、上手くいくことを願いながら作っていた。
「おじいちゃんを守ることを考えて作ればいいんだね」
「ああ、どれほどの効果があるかわからないが、宗一郎も結衣が作ったお守りは心強いのではないか?」
「わかった! 作ってみる」
結衣はパッと立ち上がる。
「私、部屋に戻るね。おやすみ」
「ああ。あまり夜更かしはするなよ」
善はベッドに寝転がって瞼を下ろす。
結衣は電気を消して、自分の部屋に入った。
淡い緑色のちりめんを取り出して、奉書紙を入れる小さな巾着を縫っていく。
(おじいちゃんを助けて、守って)
そう心の中で祈りながら作った。
出来上がると、大きなあくびが出る。
時計に目を向けると、日付が変わろうとしていた。
「続きは明日にしよう」
電気を消してベッドに入ると、すぐに眠りについた。




