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21 結衣の料理の腕前

 学校が終わるとまっすぐ帰る。

 千代が「結衣ちゃん、お帰りなさい」と出迎えてくれた。

 思い出していないか少しの期待は、早々に打ち砕かれる。


 リビングでは相変わらず善がゴロゴロしているし、宗一郎は千代をチラチラ気にしてため息を吐いている。


「結衣ちゃん、商店街の福引でペアの旅行券を頂いたの。神主様と結衣ちゃんで行ってきたらどうかしら」


 千代にのしと花結びがついた封筒を渡される。


「私はいいから、おじいちゃんと二人で行ってきたら?」

「私と神主様が行くのはおかしいでしょ?」


 千代は不思議そうな顔をするが、夫婦なんだから全くおかしくない。

 宗一郎は結衣の言葉で表情を明るくするが、千代のセリフで落ち込んだ。


 結衣は千代をどうしたら宗一郎と旅行に行かせられるか、と思案する。


「千代、察しろ。結衣はどうしても俺と二人になりたいようだ」


 寝転がったまま頷く善に、千代は「まあ!」と表情を明るくした。


「私じゃなくて、善がでしょ! 善は私のことが大好きだから」


 付き合っている設定をここで活かすことができるが、二人とも自分が相手を好きだとは思われたくない。


 結衣と善が睨み合っていると、千代は見つめ合っていると勘違いしたようで「微笑ましいわね」と笑う。


「ねえ、おじいちゃん。二人で旅行に行ってきなよ」

「ありがたいけど、本殿の扉の開閉はじいちゃんの大切な仕事だから」

「そんなの善にやらせればいいじゃん。一日くらいいいよね?」


 善に目を向けると「ああ」と返事をした。


「いつも助かっている。宗一郎と千代でたまには羽を伸ばしてこい」


 善が労りの言葉をかけると、千代と宗一郎が顔を見合わせる。


「一緒に行ってくれるか?」

「はい、私でよろしければ」


 千代と宗一郎の間に流れる空気に、結衣は頬骨を上げる。

 なんだかいい雰囲気だ。

 記憶がなくなっても、千代は宗一郎に惹かれているのかもしれない。


「早く行った方がいいんじゃない? 夏休みになると、七五三で参拝者が増えるでしょ」


 混雑を避けるためや、幼稚園や小学校を休まなくていいように、早い人だと夏休みに七五三を済ませる。

 ご祈祷は宗一郎にしかできないから、結衣は夏休み前を勧めた。


「そうだね、夏休み前の平日なら空いているだろうし、善様に甘えさせていただきます」


 宗一郎は旅行の予約を取り、明後日の朝、出発することになった。





 水曜日の朝、宗一郎は御本殿の扉を開けて掃除をすると、日供を供えた。

 朝の奉仕が終わると、宗一郎と千代は家を出る。


「善様、よろしくお願いします」

「ああ、任せろ」

「お土産買ってきてね」

「わかってるよ」


 千代の分まで宗一郎は荷物を持ち、階段を降りていく。

 千代は少女のようにはにかんでいた。

 結衣と善は見送り、家の中に入った。


「じゃあ私も学校に行くから」

「ああ、きちんと勉強をしてこい。あっ、そういえば、今日は千代が宗一郎と結衣のことを祈っていた」


 結衣は目を瞬かせる。


「どうして? おばあちゃんの記憶は戻ってないんでしょ?」

「一緒に生活をしていて、二人のことを大切に思うようになったのではないか? まだ以前のように心からの祈りではないが、今日は久しぶりに気分がいい」


 善が頬を緩める。

 結衣も嬉しくなった。

 記憶はなくても、再び繋がることができるのだと知って。

 結衣は心を弾ませながら学校に向かった。





 学校では「いいことあったの?」と友達に聞かれた。

 顔に出ていたようだ。


「今日はおじいちゃんとおばあちゃんが二人で旅行に行ってるんだ」

「長い間一緒にいるのに仲が良くて羨ましい」


 みんながキャイキャイと恋愛話に花を咲かせる。


「じゃあ結衣は今日一人なの?」


 善はいるが、言えないから、曖昧に頷く。


「帰りに遊びに行こうよ」


 最近は学校帰りに寄り道をすることなく帰宅していた。たまにはみんなで遊びたい、と結衣は「行きたい」と返事をした。





 放課後になり、みんなで学校の近くのカラオケに行き、たくさん歌ってはしゃいだ。


 暗くなる頃にみんなと別れ、結衣は自転車に乗って帰宅する。

 日が落ちても暑く、生ぬるい風が肌にぶつかる。


 結衣が「ただいま」と家に入ると、善が「遅い!」と玄関で仁王立ちしていた。


「友達と遊んできた。すぐにご飯を作るね」


 結衣は着替えてからキッチンに立つ。

 冷凍庫にある一人前ずつラップに包まれたご飯を解凍し、お湯を沸かしてインスタントの味噌汁を作る。

 切った野菜と卵を豪快に炒め、皿に盛り付けた。

 テーブルに並べると、善が目を丸くして固まる。


「結衣は料理ができないのか?」

「失礼ね。料理じゃん」


 結衣は両手を合わせて食べ始める。


「おばあちゃんと比べないでよ」


 善は恐る恐る野菜の卵とじを箸で摘んだ。

 口に入れると「味がしない」と呟く。


「あっ、ごめん。味付けを忘れていた。適当に醤油でも塩でもかけて食べて」


 結衣は軽く塩を振る。


「結衣は少しは気にした方がいいぞ」


 善は醤油をかけた。


「豆の筋取りを進んでやっていたから、料理ができるのだろうと油断していた……」


 善は大きく息を吐き出す。それでも完食してくれたから、「美味しかった?」と聞けば無言で視線を逸らされた。


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