13 浄化
翌日曜日は、起きると心の中がモヤモヤと澱みのようなものが溜まる感覚に胸をさすった。
用意された朝食を無理やり食べ切って、「ねぇ」と意を決して話しかける。
善と千代と宗一郎が結衣に注目した。
「どうしたの?」
千代が優しく問いかける。
結衣の険しい表情がわずかに緩んだ。
「あのさ、山に行って渡辺兄妹を探すのを手伝って欲しいんだ」
「無理だ」
結衣が頼むと、善がすかさず否定する。
「どうして?」
「この人数で、山から死体を見つけられるわけがないだろう」
「でも善はヴァンパイアの臭いがわかったじゃん。渡辺兄妹にも臭いが移ってるんじゃないの? それを辿れば見つけられるんじゃないの?」
善は片眉を上げて、小さく息をついた。
「二、三ヶ月も前の話だろう? 臭いが残っているとは思えんな。仮に残っていたとしても、俺は近付かなければ臭いを感じ取れない。万が一にも見つけられたとして、腐敗の進んだ遺体を担いで連れ出すのか? 現実的じゃないだろう」
結衣は下唇を噛んで俯いた。
どうしても両親のもとに帰らせてあげたい。
「何もできないわけじゃない」
善の言葉に顔を上げる。
「私はどうすればいいの?」
「警察に通報をしろ。結衣にできるのは、それだけだ」
警察が犯人はヴァンパイアで、消滅したからもういない。なんて話を信じてくれるはずがない。
「無理だよ。本当のことを話しても、いたずらだって思われるだけだよ」
「ヴァンパイアのことは伏せ、遺体が埋まっていることだけを伝えろ」
「でも、そうしたらなんで知ってるんだって取り調べされるんじゃないの? 犯人はもういないから、私が怪しまれちゃう」
結衣は再び俯いた。
渡辺兄妹を見つけるには、警察に頼るのが一番いいのはわかっている。
でも伝えた後のことを考えると、尻込みしてしまう。
「結衣、匿名で知らせることもできるんだよ」
宗一郎がタブレットを操作して、画面を結衣に向ける。匿名通報フォームと画面に映し出されていた。
「匿名で遺体が埋まってるなんて、探してくれるの?」
疑問に思って口にすると、善が口を開いた。
「できるだけ情報は入れろ。渡辺圭吾と妹。妹の名前はわかるか?」
結衣は「わかんない」と首を振る。
「それなら渡辺圭吾と妹でいい。母親は心労で入院しているのだよな。そんな人間が捜索願を出していないわけがない。行方不明者の遺体が埋まっているかもしれないなら、探すことはするのではないか?」
結衣は頷いてタブレットに文字を入力していく。
『A県C市にあるE山に、同市に住む行方不明になっている渡辺圭吾と妹の遺体が埋まっている可能性があります』
「これでどうかな?」
結衣が見せると、善は頷いた。結衣は送信すると肩の力を抜く。
「後は警察が見つけてくれるのを待ちましょ」
千代が結衣の背をあやすように撫でる。
「そうだね。早く見つかるといいな」
善はカーペットの上に転がった。
「元気になったんじゃないの? まだ寝るの?」
昨日は結衣が祈って、ヴァンパイアを圧倒していた。
「力を使いすぎた」
消滅させるってことは、それほど強大な力を必要とするのか。
存在そのものを無に返すのだから、当然か。
結衣はヴァンパイアが消えた瞬間を思い出して気落ちする。
善は寝返りを打って結衣に目を向けた。
「結衣、殺したわけじゃない。浄化したんだ」
善が結衣の心を軽くしようとして言ってくれたのだとわかって「そっか」と微かに口を横に広げる。
結衣には消滅したと言うことだけが事実。浄化ならいいのだと割り切れない。
でも、善が相手を殺していないということだけは、結衣の気持ちをほぐした。
「結衣、俺の回復のために祈れ」
寝転がったまま尊大な口調で指示する善に苦笑する。善は今日も偉そうだ。
結衣は瞼を下ろして手を合わせる。
(善が元気になりますように)
目を開けると、善は唇を尖らせていた。
「少ししか回復しない。昨日のように真面目に祈れ」
全員がやられるかもしれないという極限状態の時と比べられても、結衣にはどうすることもできない。今も心から祈っていたのだから。
「必ず毎日祈るから」
結衣が真剣に伝えると、善は寝返りを打って結衣に背を向けた。
「任せた」
小さな声に結衣は頬を緩める。
二日後の火曜日、夕食を食べている時に流れたニュースに箸を置いた。
『続いてのニュースです。本日、A県C市のE山で、埋められた状態の男女の遺体が発見されました。警察は、遺体は行方不明となっている近隣の住民と見て、身元の特定と死因の解明を急ぐとともに、殺人・死体遺棄事件として捜査を開始しました』
「よかった、見つかったんだ」
結衣は心の底から安堵した。もうすぐ二人は両親のもとに帰れるだろう。
食事を食べ終わると、結衣は拝殿前で目を閉じて手を合わせた。
(無事に両親の元へ帰り、二人がどうか安らかでいられますように)
瞼を上げて家に戻ろうと振り返ると、善がこちらに歩いてくるのが見えた。
善には祈った内容がわかってしまうから、様子を見に来てくれたのかもしれない、と少しの照れくささを感じる。
善が結衣の前に立ち、結衣はパッと視線を逸らして言い訳のように口早に話す。
「うちは神社だからお寺みたいに供養はできないけどさ、二人が家族のもとに帰って天国に旅立てたらなって思って」
「そうか。その心は兄妹にも伝わっているんじゃないか」
善が踵を返す。
結衣は善の優しい言葉に目を丸くした後に破顔して、善を追いかけた。




