12 結衣の祈り
神社の境内に着くと、善に下される。足が震えてその場に座り込んだ。
自宅からすぐに千代と宗一郎が飛び出してきた。二人に支えられて、結衣は境内の端に移動する。
千代に抱きしめられ、二人の前に宗一郎が竹刀を構えて立ち塞がった。
「なんで神社に戻ってきたの?」
結衣は宗一郎の「盾になる」という言葉を思い出して、善に向かって叫んだ。
「仕方がないだろう。あのままではやられていた。結衣を必ず連れて戻るという約束を反故することになる。ここを壊したくないから外に出たが、俺の力が一番強まるのはこの神社の中だ」
善が鳥居の方に目を向けた。
ヴァンパイアが追いかけてきたんだ、と結衣は震える。
「大丈夫。結衣のことはみんなで守るから」
千代にキツく抱きしめられて、結衣の体は震えを止めた。
「守らなくていい! おじいちゃんとおばあちゃんに何かあったら耐えられない」
「じいちゃんたちも一緒だよ。結衣に何かあったら、生きてはいけない」
宗一郎は振り返って、結衣を安心させるように微笑んだ。
コツコツと石階段を登る音が聞こえてきた。
固唾を飲んで、全員がそちらに目を向ける。
ヴァンパイアが鳥居をくぐり、境内に足を踏み入れた。
「いいか、さっきのことを忘れるな。俺が勝つことだけを祈っていろ」
善が境内の中心でヴァンパイアを睨みつける。
隣にいる千代が両手を合わせて瞼を下ろした。
結衣も慌てて目を閉じるけれど、パンッという弾かれた音で咄嗟に目を開いた。
ヴァンパイアの鋭い爪を善が受け止める。善は顎に拳を叩き込むが、それを叩き下されて阻まれた。
結衣は攻撃の応酬を、呆気に取られながら見入っていた。
「結衣! なにをしている。早く祈れ。全員やられるぞ!」
善の叫び声にハッとして、結衣は千代と宗一郎に視線を走らせる。
善がやられれば、間違いなく千代と宗一郎は身を挺して結衣を庇う。あの鋭い爪の餌食になる二人を想像して身の毛がよだった。
結衣は再び両手を合わせて瞼を下ろした。
鼓膜を震わす衝撃音に恐怖を煽られるが、結衣が一番恐れているのは千代と宗一郎がいなくなることだ。
(お願い、善! ヴァンパイアを倒して)
息を忘れるほど真剣に祈り、結衣は酸欠に喘いで目と口を開いた。
善の掌底がヴァンパイアの胸に入る。ヴァンパイアは胸を抑えてよろけた。
「よくやった。引き続き祈っていろ」
善の穏やかな声は、結衣に安心感を与えた。
善の姿が白い光に包まれて見え、結衣は目を擦る。
やっぱり善が光って見えた。神力が戻っているということだろうか。
善が追い打ちをかけるように踏み出し、結衣はハッとして祈ることを再開する。
(善、頑張って。倒して)
必死に祈っていると、呻き声が聞こえて瞼を持ち上げる。
善ではなく、ヴァンパイアが地面に倒れていた。
ホッと胸を撫で下ろすと、善がヴァンパイアに馬乗りになる。
「お前はここで祓う」
善の聞いたこともないほど冷たい声に、ゾクリとした。
善の手がヴァンパイアの顔を掴む。
手のひらから清らかな光が溢れ、ヴァンパイアの体を包み込んだ。
「や、やめろ!」
ヴァンパイアの悲痛な叫び声が轟く。
「そう言った人間に、お前はどうした?」
善の低く静かな声が、やけに鮮明に聞こえた。
目を開けていられないほどの光に、眼前へ手を掲げる。
ヴァンパイアが断末魔を上げ、声が聞こえなくなると光は消えた。
ヴァンパイアの姿はない。
善が大きく息を吐き、こちらに向かって歩いてくる。
結衣は善に駆け寄った。
「終わった」
善の無愛想は変わらないが、先ほどまでの冷たさは感じられなかった。いつもの善だ。
「終わったって、ヴァンパイアはどこに行ったの?」
「消滅させた。もうどこにもいない。疲れたから俺は寝る。結衣も早く寝ろ」
「あっ、……うん」
家に入っていく善の後ろ姿に返事をした。
千代と宗一郎に両側から支えられ、結衣も家に入った。
二人に芝生広場でのことを簡潔に話すと、お風呂に入ってすぐにベッドで横になる。
これでもう惨劇は終わった。
それなのに結衣はスッキリと晴れやかな気分になれなかった。
消滅という言葉が引っかかって。
相手は残虐非道なヴァンパイアだった。それでも改心をさせて、罪を償わせることはできなかったのだろうか、と考えてしまう。
できないから善が消滅させたと頭ではわかっているが、やりきれない。
どうしようもないことを考えては、心が沈む。
寝返りを打って、頭まで布団を被った。
今は寝よう。疲れた。
結衣の瞼は重くなり、スッと眠りに落ちていく。




