10 祖父母の祈り
みんな揃って昼食を食べ、片付け終わると結衣は昨日からのことを千代と宗一郎に話した。
千代の顔から血の気が引き、真っ青になって体がふらつく。すかさず隣に座る宗一郎が支えた。宗一郎の顔も強張っている。
宗一郎は千代に寄り添いながら、善に頭を下げる。
「善様、結衣は私の孫です。私も戦わせてください」
善は宗一郎に射抜くような瞳を向ける。
「人間には無理だ」
「わかっております。ですが、盾になることはできます」
結衣の頭の中で、宗一郎の言葉が何度も再生される。
結衣の盾になると言った。
結衣はテーブルにバンっと手をついて、勢いよく立ち上がる。
「絶対にダメ! おじいちゃんとおばあちゃんは家にいて! 善がやっつけてくれるんだから。そうだよね?」
善は腕を組んで瞼を下ろした。
しばらく部屋が静寂に包まれる。
全員が善の言葉を待った。
しばらくすると、善がゆっくりと瞼を持ち上げる。
「俺が倒す。この近くに見通しのいい広い場所はあるか? ここはなるべく壊したくない」
結衣はホッと胸を撫で下ろす。
「芝生広場のある公園は?」
善は頷く。
「まずはそこで迎え撃つ。だが無理だと思ったら、必ず結衣を連れてここに戻ってくる。その時は俺が倒すまで、結衣のことは任せる」
「承知いたしました。……どうか結衣をお守りください」
「ああ、約束は守る」
話が終わると、善はカーペットの上で横になった。
弱った力を少しでも温存しているようだ。
結衣は神社の手伝いをして動き回った。
動いている方が、気がまぎれると思って。
結衣と善は暗くなってから手を繋いで家を出て、歩いて5分ほどの芝生広場に向かった。
芝生広場の周りの舗装されたウォーキングコースは、等間隔で街灯に照らされているが、芝生広場は真っ暗だ。
結衣と善は中心で腰を下ろした。
結衣は辺りに視線を走らせる。暗闇が広がっているだけで、冷たい風に吹かれたように背筋が寒くなった。
「ねえ、本当に来るの?」
「さあ? 俺は本人じゃないからな。近いうちに来るとしか言えない」
善の声は落ち着いていた。少し肩の力が抜ける。
「結衣のことは俺が守ると言っただろう」
真剣な瞳と視線が絡んだ。
ドッと胸が高鳴る。頬が火照り、結衣はパッと視線を逸らした。
本当に顔だけはいいんだから、と内心でボヤく。
善が「ふっ」と息を漏らして笑った。
結衣は視線を善に戻して「どうしたの?」と訊ねた。
「千代と宗一郎が、ずっと結衣の無事を祈っている。力が湧くな」
善が一人で戦うわけじゃないんだ。
祈ることによって、祖父母は善をサポートしている。
結衣も祈ろうと目を閉じると、善に痛いほどキツく手を握られて顔を顰めた。
口を尖らせて文句を言おうと善に目を向ける。善の見たこともない険しい表情に声が出なかった。
「立て! 絶対に俺から離れるな」
腕を引かれて立ち、善の背に張り付く。
コソッと顔を覗かせるが、結衣には何も見えない。
「ねぇ、ヴァンパイアがいるの?」
「ああ、近付いてきている」
冷や汗が溢れ、手が震えた。
怖くてたまらないが、善と祖父母がついている、と気持ちを奮い立たせる。
震える手をギュッと握りしめて、無理矢理震えを止めた。
善が警戒している正面に目を凝らしてしばらくすると、月明かりに照らされた人影がぼうっと浮かび上がる。
どんどん近付いてきて、顔のわかる距離で止まった。結衣の出会った渡辺圭吾だ。
「こんばんは、清宮さん」
人畜無害そうな表情で穏やかに話しかけてきた。
そうやって近付いて、人を襲っていたのかと想像して背筋がゾッとした。
「き、気安く呼ばないでよ。同級生でもなんでもないじゃん」
気丈に振る舞おうとしても、声は震えて裏返った。
「なんだ、もうバレたの?」
ヴァンパイアはわざとらしく肩をすくめた。
「……なんで同級生だって言ったの? 本物の渡辺圭吾は?」
「おい、話している暇なんかないぞ」
善が結衣に鋭い声を浴びせるが、ヴァンパイアは話を続ける。善のことが見えていないのだろうか。
「同級生だったのは偶然。家が近くなら同じ小学校だろうな、って警戒心を解くために渡辺圭吾の名前を借りた。なにか共通点があったら、安心するでしょう? 現に清宮さんは家まで僕に送られた」
結衣は下唇を噛んだ。
「でも渡辺圭吾をよく知っていたら、逆に警戒を強めたよなって後で反省したんだよね」
ヴァンパイアが一歩こちらに近付くと、結衣と善は同じ距離だけ後退る。
「本物の渡辺圭吾と妹は?」
ヴァンパイアは目を瞬かせた後に、綺麗に微笑んだ。
その表情を目にして、結衣は喉元にナイフを突きつけたように、ゾクリと身震いした。
「妹のことまで知ってるの? 頑張って調べたんだね。二人とも埋めちゃった」
ヴァンパイアはうっとりと幸せそうに目を細める。
結衣の震えに合わせて、奥歯がガチガチと鳴った。
「結衣! 奴の話を聞くな!」
善の叫び声で、結衣の震えは止まった。シワが深く刻まれるほど、善の服を掴んでいる手に力を込める。
「ダメ! 聞かなきゃ! どこに埋めたの?」
生きていて欲しかった。
生きている二人を、両親のもとに帰らせたかった。それが叶わないのなら、亡骸だけでも両親のもとに帰らせてあげたい。




