アンドロイドヒロイン・アミカナの月曜日の午後:やり方が分からない
これは「時間戦士は永遠の夢を見るのか」本編の第2話「真時間と偽時間」の中での出来事になります。未来から来た女性タイムトラベラーであるアミカナは、自身がアンドロイドであることを隠して、大学生の志音と行動を共にしています。本編では描き切れなかった、互いに惹かれていく二人の心の触れ合いやすれ違いを描いています。本編未読でも、少しは楽しんで頂ける……ことを願っています。
<月曜日>
謎の球体の周りを一周した志音とアミカナは、繁華街へと足を運んでいた。彼女は、物珍しそうに周囲を見渡している。志音は横目で彼女を見た。
……遥か未来のラキシス機関から派遣された、歴史改変阻止者……
……今、世界は偽時間の中にいる……
服を着替えた彼女は、もはや現代の二十代の女性と何ら変わらない。見慣れない青い瞳も、カラーコンタクトレンズだと思えば、違和感はなかった。発言や行動に若干ずれた感じはあるが、それだけで、未来人であるという証拠にはなりようがない。
虚言癖? あるいは、彼女自身が自分の嘘を信じてしまっているのだろうか? そんな風には見えないが……。何より、彼女の言っていることは理路整然としている。
事実、球体は突然出現した。説明のつかない出来事が起こっているのは確かだ。本当に、彼女も未来から来たのだろうか?……
「ねえ! あれ何?」
彼女の驚いた声に顔を上げると、ペットショップが目に入った。歩道に面したショーウインドウの中では、子犬や子猫が愛くるしく動き回っている。
「え……ペットショップだけど……」
「ペット?……え? あれ、売り物?」
彼女は驚いたような声を上げる。妙な反応に、志音は戸惑った。
「見てみる?」
彼女は大きく頷き、二人はウインドウに近づいた。
動物達に目線を合わせるために、アミカナはしゃがみ込んだ。そっとガラスに手を置く。志音はその後ろに立った。ウインドウの中の子猫は、ガラスを隔てた彼女の手を触ろうとしきりに前足を伸ばした。
「かわいい! え、『かわいい』って表現で合ってる?」
甲高い声を上げた彼女は、急に頭上の志音を振り返った。……どういう意味?……
「……まあ……」
曖昧な返事をする彼に構わず、彼女はガラスの上で指を動かした。子猫は彼女の指に合わせて顔を動かす。言葉にならない息をついて、彼女はガラスに顔を近づけた。まるでパンケーキの上でとろけるバターのようだ……彼は微笑んだ。
「抱っこしてみる?」
志音の言葉に、驚いて彼女は振り返った。
「え?! 触っていいの? 買ってないのに?」
その反応は、ペットショップというものを全く知らないかのようであった。
志音は、率先して店に入ると店員に確認した。承諾を得ている間に、アミカナはおずおずと店内に足を踏み入れた。様々な動物が入った店中のケースをぐるりと見渡す。店の外で見た子猫のところに行くと、彼はアミカナを促した。
「触っていいってさ」
彼に言われて、彼女はケースに近づいた。恐る恐る子猫を抱き上げようとしたが、子猫は気まぐれな歩行と転倒を繰り返していて、彼女は狙いが定められず、子猫の上で、差し出した両手をただ右往左往させるだけであった。
「……あ~あ、やり方が分からない~!」
彼女は悲鳴を上げる。見かねた志音が子猫を抱きかかえると、彼女の胸の前へと差し出した。思わず皿を作った彼女の両手の上に、子猫を載せる。彼女は息を飲んだ。
「……あったかい……」
手の上でもがく子猫を遠慮がちに掴んで、彼女は目を細めた。慈しみに溢れる顔で、逃れようとする子猫を覗き込む。
「落とさないでね!」
志音に注意されて、彼女は思い切り取り乱した。
「え? ど、どうするの?!」
手から落ちそうになる子猫を、志音は素早く掴んだ。彼の手の中であやす。
「……ごめん……」
子猫が無事で安心したような、しかし、取り上げられて物足りないような表情を浮かべると、彼女は志音の抱く子猫へと顔を近づけた。
「ごめんね! 慣れてなくて」
子猫にも謝る。その姿に、志音は苦笑した。……僕までバターになりそうだ……
子猫をケースに戻した志音は、尻尾を振りながら歩き回っている隣の子犬へも目をやった。
「今度は自分で抱っこしてみたら?」
「え?!」
志音に言われて、彼女は目を瞠った。それでも、子猫を抱えて、少しは度胸がついたようだった。ケースの中にゆっくりと両手を差し入れる。
その時、突然子犬が吠え出した。驚いて彼女は手を引っ込める。子犬は、彼女の顔を見ながら、激しく吠え続けた。志音は苦笑した。
「慣れてないって、見透かされてるね」
そう言って、何気なく彼女の顔を見る。彼女は笑っていなかった。眉を顰めて、吠える子犬を見つめている。
「どうした? 犬はあんまり得意じゃない?」
彼が聞くと、ハッとして彼を見る。胸の前で両手を合わせながら、彼女は苦笑した。
「……そうね……そうかも……」
微笑んだ彼は、ケースへと手を差し入れた。
しかし、子犬は志音へも激しく吠えかかった。歯を剥いて唸り声を上げる。彼は肩をすくめた。
「……何か、機嫌が悪そうだね……」
彼が振り返った時、彼女は何故かホッとしたような表情を見せた。
「……行こっか?」
「……え?……ええ……そうね」
彼女は店員に目をやった。気がかりなそぶりを見せる。
「ありがとうございました!」
特に咎めることもなく頭を下げる店員に、彼女は安堵したようだった。最初の子猫に向かって笑顔で手を振る。二人はペットショップを後にした。
夢の余韻に浸るような顔で、再び街角を歩き出した彼女だったが、ふと眉を顰めた。
「ねえ、あの子達、まだ誰が買ってくれるか、決まってないんだよね?」
「ああ」
「……もし、誰も買わなかったら、あの子達はどうなるの?」
「さあ、良くは知らないけど。まあ、処分されるってことはないみたいだよ」
「……そう……よかった……」
赤いリボンタイのついた胸を本当に撫でおろしながら、彼女は後ろを振り返った。その仕草に、彼は微笑んだ。
「お願いします!」
街角に立った男から、不意にティッシュが差し出された。志音は、考える間もなくそれを受け取った。続いて、前に向き直ったアミカナにも差し出される。
「え? 私、要りません!」
彼女は明確な拒絶の言葉を発していた。
通り過ぎて暫くしてから、彼女は声を潜めて彼に聞いた。
「ねえ、あの人、どうしてあんな場所でティッシュを押し売りしているの?」
思いもかけない質問に、志音は面食らった。……さっきのペットショップでの反応といい、彼女はまるで何も知らない。本当に、未来から来た人なのか?……
「いや、売ってはいないよ。配ってるだけさ」
「配る? 何で?」
「広告のためさ。ほら」
志音は、自分が受け取ったティッシュを裏返して見せた。そこには、エステの広告が入っていた。彼女は眉を顰めた。
「……志音はティッシュが欲しかったの? それとも、広告が見たかったの?」
「いや……別に……。あの人にもノルマがあるから、大変だろうと思って」
「ノルマ?」
「ああ。決まった数のティッシュを配り切るのがあの人の仕事だから」
彼女は立ち止まって、ティッシュ配りの男を振り返った。志音も足を止める。道行く人々は、彼が差し出すティッシュ、いや、彼自体存在しないかのように通り過ぎていく。やがて、彼女は周囲を見回した。そこは、路上から、ビルの壁、窓、屋上にまで、ありとあらゆる色彩と文字が溢れていた。
「……この世界は……」
そう言うと、彼女は目を閉じて小さく頭を振った。
「……何ていうか、凄く物理的ね」
「物理的?」
目を開くと彼を見る。
「そう。本来、人間の頭の中で行われるべきプロセスが、実世界に溢れ出して、実体を伴った試行錯誤が行われている」
志音は眉を顰めた。……彼女は何を言っているんだ?
「どういうこと?」
彼女はスカートを摘まんでみせた。
「この服もそうだったけど、要るか要らないか分からないものが実体として作られ、宣伝され、吟味され、購入されればまだいいけど、そうでなければ、きっと殆どの物は捨てられる。商品だけじゃない。広告も、凄く物理的……。必要なのは情報なのに、全て実体の上に載っているのね……」
「そう、かな?」
彼女の言葉に、彼は戸惑いを隠せなかった。それが、未来人の視点ということなのか?……
彼女はとある店先を見ていた。そこでは、二人の女学生が、イヤリングを耳に当て、鏡を見ながら談笑していた。あれこれと手に取るが、結局、何も買わずに店を去る。
「……みんな、自分が本当は何が欲しいか、ちゃんと考えていないのかもね。だから、目の前で商品を宣伝されると、これは自分が欲しかったものだった気がして購入する。でも、手に入れてみると、何か違う気がして、結局は捨ててしまう。その試行錯誤を繰り返す度に、資源が浪費されていく……」
彼女は彼に向き直った。真顔で彼を見る。
「あなたはどう? あなたは、自分は何が欲しいか、ちゃんと分かってる?」
……僕の欲しいもの……
彼女に言われて、彼は胸の奥に痛みを感じた。いくつもの不採用通知の文面が思い出される。本当に欲しいものは分かっている……。
一度目を伏せた彼は、微かに微笑んだ。
「……僕にだって欲しいものはある。ただ、手に入らないだけさ……」
彼女の目が微かに見開かれた気がした。黙ったまま、彼の顔を見つめる。自分の挫折の数々を見透かされた気がして、彼は思わず目を逸らした。
やがて息をつくと、彼女は微笑んだ。
「ごめんなさい。ただの私の感想。私はこの世界の人間じゃないから、何かを押し付けるつもりはないわ」
そう言うと、改めて辺りを見回す。
「……あなた達の世界は、あなた達の意志でしか変えられない……」
彼女の視線は、ビルの看板から夕暮れの迫る空へと移っていった。
「……そうね。いつの時代でも、本当に欲しいものは、手には入らない……」
物憂げに呟くと、彼女は寂しそうに微笑んだ。それまでの彼女からは想像もつかない雰囲気に、志音は眉を顰めた。
「どういうこと?」
聞き返した彼に視線を戻した彼女は、にっこりと微笑んだ。
「な・ん・で・も・ないっ!」
そう言うと、彼の腕を取る。
「ところで、今日の夜のことなんだけど……」
お読み頂きましてありがとうございます。クリスマスまでに一編用意できました。大晦日にも、短い番外編を一編公開する予定です。ここまでお付き合い頂きまして、本当にありがとうございました。




