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『婚約破棄されたので腹いせに国を支配します!』

作者: 山太郎
掲載日:2025/12/15


――主要人物――


レティシア=アルヴァロ(18)

 公爵家長女。政略婚で皇太子と婚約していたが、学園卒業パーティで一方的に破棄される。頭脳派。魔力は平均だが「価値を見抜くアプレイザル」の特殊スキル持ち。

アルバート=グランツ(19)

 皇太子。新興伯爵令嬢セシリアに入れあげ、国王を巻き込んで婚約破棄を宣言。政治よりロマンス派で、慢性的に財政感覚ゼロ。

セシリア=バルデス(17)

 新興貴族の娘。光属性の希少魔法を持つと大衆に喧伝され、皇太子の寵愛を受けるが……。

ガウェイン=アルヴァロ(28)

 レティシアの腹違いの兄。放浪していたが妹の危機で帰還。剣も軍略も天才。シスコン。

マリアンヌ・ベルク(26)

 帝都商会連合の若き長。レティシアとは学友。金融・物流・情報網を握る姉御肌。

婚約破棄は開戦のベル


学園最後の晩餐会。

 水晶でできたシャンデリアが、満開の桜を思わせる淡い桃色を天井いっぱいに散らしていた。

 私は会場中央にしつらえられた円卓で、おとなしくデザートワインを傾ける。ベルベットのドレスは今夜のために仕立てたものだ。袖先にあしらわれた白レースを、婚約者である皇太子アルバートが「雪の羽根みたいだね」と評してくれたのは、つい三日前――いや、正確には“つい三日前までは”そのはずだった。


壇上。学長の送辞が終わると、皇太子は指名を受けたわけでもないのにマイクを奪った。

 グラスを持つ手が、わずかに震えている。緊張か、それとも興奮か。


「諸君、本日はめでたい日だ。

 私はここで発表する。

 これまで政略結婚のため“形だけ”続いてきたレティシア・アルヴァロ公爵令嬢との婚約を、ただいま正式に破棄する!」


乾いたざわめきが天井の桜色をくぐり抜け、ホールを一周した。

 彼はさらに言葉を重ねる。


「そして私は、新しい真実の愛を得た。

 セシリア・バルデス嬢。彼女こそ、光の聖女に選ばれた奇跡の人だ!」


セシリアは舞台袖から歩み出る。

 薄金色のドレスが燭光を跳ね返し、花畑の妖精じみたほほえみを会場に放った。


私? 私はまだ椅子に座っている。

 視界の端でクラスメイトが何か耳打ちし合い、こそこそ笑うのが見えた。

 怒り? 悲しみ?

 どちらも湧かない。ただ頭の奥でからりと乾いたスイッチが入り、こうささやいた。


(なら、王冠ごと奪えばいい)


思考が凍ったまま、私は椅子を引く。

 スカートが脚に絡み、ほんのわずか遅れて立ち上がった。それだけでざわめきが二度目の波をつくる。

 皇太子が気まずそうに視線をそらした。セシリアは得意げに肩を張る。


私は壇上に向かい、靴音を一歩ずつ響かせた。

 ドレスの胸元に下げた杖飾りが、薄い鈴の音を立てる。

 壇のふちで深く礼をすると、学長に向き直り高らかに宣言した。


「王立学園決闘規則・第三条に基づき、私は名誉決闘を請求します。

 婚約破棄によって公的名誉を傷つけられた学生は、魔法デュエルによる弁明を求める権利がある。

 ここに立会い人は百名以上。規定は満たされました」


学長は面食らった顔でページをめくる。

 やがて本条を指でなぞり、小さくうなずいた。


「……規則は規則です。皇太子殿下、並びにバルデス嬢。拒否はできません」


皇太子の顔に、読み取れるはずの感情が一瞬にして渦巻く。

 恥、焦り、そして幼い怒り。

 だが“殿下”はにやりと笑った。


「面白い。愛は正義だ。正義はすべてに勝つ。

 受けよう、いや、受けてやろう!」


周囲の拍手が「さすが殿下」と持ち上げる。

 舞踏会場の椅子とテーブルが魔導ゴーレムによって片づけられ、床の寄木が滑らかな円形リングへ変わった。


鐘がひとつ――開始。


セシリアは光属性の希少魔法を持つ。今年学院が出したエリート中のエリート。

 対する私は、魔力量こそ平均。しかし〈アプレイザル〉――“どんな物でも価値と弱点を見抜く”家伝の眼を持っていた。


セシリアが腕を上げる。

 まばゆい八本の光線が、縦横に走った。

 観客は悲鳴をあげて退いたが、私は動じない。杖をくるりと回し、散弾型の魔力粒子をばらまく。

 粒子はレーザーをかすめ、光束を霧のように散らす。


床が焼け、甘い香ギョウが焦げるにおいがした。

 セシリアは驚きと怒りで顔を真っ赤にし、次の詠唱を始める。

 私は右かかとのルーンを強く踏む。たちまち青白い電気のやじりが生成され、空気を裂いた。

 飛ぶ矢のような雷がセシリアのドレスすそをかすめ、布をこげ茶に染める。


「きゃあっ! あなた、傷物にする気?!」


「中古のドレスに価値はない。新品を買い直すといいわ」


私は〈アプレイザル〉を起動。瞳孔がわずかに細くなると、世界の濃淡が切り替わる。

 セシリアの胸元――心臓の上、ドレスの中に揺れる淡金の魔力核。表面をひび割れが走っている。

 原因はおそらく、無理な魔力量。華やかな“光の聖女”を演じ続けるため、感情エネルギーを過燃焼させたツケだ。


弱点が分かればあとは簡単。

 私は床一面を薄い氷でコーティングした。

 自分の足元だけ氷をはじく魔法を重ね、スケートのように滑走。ドレスの裾が風をはらむ。

 杖の先をゆっくりと伸ばし、細長い槍へ変形させる。


間合いは一瞬。

 私は跳び込むと同時に告げた。


「ひざまずきなさい──王冠ごと、私に服従を。

 恋はおもちゃ、力こそが真実よ!」


槍の穂先がひび割れの中央を正確に突く。

 魔力核はガラスのように割れ、光がかき消えた。

 氷床の摩擦で私は優雅に半回転し、杖を元の長さに戻す。スカートのひらめきが遅れて波を描く。


セシリアは膝をついた。

 会場に重い沈黙が落ちる。

 私は勝者の剣礼をもって背を向け――そして聞き捨てならぬ声を背後に聞いた。


「決闘は無効だ!」


皇太子が叫んでいた。

 顔面は引きつり、目は泳ぎ、声だけが上ずっている。

 「殿下、規則により勝敗は――」と学長が言う前に、衛兵が私を包囲した。


「国家反逆の疑いで拘束する!」


鎖が鳴る。

 人々が口々に「ざまあ」と笑うのが聞こえる。

 私は静かに微笑んだ。


(これで“宣戦布告”の形式は整った)


腕をつかまれたその瞬間、ホールの柱影から黒い影が滑るように現れた。

 銀の刃が一閃。鎖が真横に斬り飛ばされる。

 ガウェイン――三年前に領軍を脱隊し行方をくらませていた腹違いの兄。


「妹よ、遅くなったな。今夜はここまでだ」


彼は私の手を取り、音もなく裏口へ走る。

 追う衛兵を軽くいなし、馬車の陰に私を押し込んだ。


闇の車窓から見るパーティー会場は、まだ桜色の光を揺らしている。

 私は胸の奥で燃えはじめた火を確かめながら、ガウェインに告げた。


「復しゅうに乗ってくれる?」


「当然だ。妹の涙はいちばん高価だからな。売り物にはしない」


馬車が闇にまぎれ、王都の灯が遠ざかる。

 途中で立ち寄った王立錬金ギルドの廃倉庫。

 私は扉のすき間から漏れる七色の輝きに目を奪われた。


大小の鉱石が山になっている。

 光を吸い込み、虹を返す未知の石――〈オリエン〉。

 〈アプレイザル〉が告げる。これは魔力変換効率が通常鉱石の三十倍。もし精錬できれば、国家予算が十年分まるごと賄える。


私はそっと指で石肌をなでる。ひんやりと熱い、不思議な感触。

 開戦は今夜鳴り響いた。

 泣くヒマなどない。

 王冠ごと、飲み込んでやるのだから。

ここまで読んでいただきありがとうございます!

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