『婚約破棄されたので腹いせに国を支配します!』
――主要人物――
レティシア=アルヴァロ(18)
公爵家長女。政略婚で皇太子と婚約していたが、学園卒業パーティで一方的に破棄される。頭脳派。魔力は平均だが「価値を見抜く眼」の特殊スキル持ち。
アルバート=グランツ(19)
皇太子。新興伯爵令嬢セシリアに入れあげ、国王を巻き込んで婚約破棄を宣言。政治よりロマンス派で、慢性的に財政感覚ゼロ。
セシリア=バルデス(17)
新興貴族の娘。光属性の希少魔法を持つと大衆に喧伝され、皇太子の寵愛を受けるが……。
ガウェイン=アルヴァロ(28)
レティシアの腹違いの兄。放浪していたが妹の危機で帰還。剣も軍略も天才。シスコン。
マリアンヌ・ベルク(26)
帝都商会連合の若き長。レティシアとは学友。金融・物流・情報網を握る姉御肌。
婚約破棄は開戦のベル
学園最後の晩餐会。
水晶でできたシャンデリアが、満開の桜を思わせる淡い桃色を天井いっぱいに散らしていた。
私は会場中央にしつらえられた円卓で、おとなしくデザートワインを傾ける。ベルベットのドレスは今夜のために仕立てたものだ。袖先にあしらわれた白レースを、婚約者である皇太子アルバートが「雪の羽根みたいだね」と評してくれたのは、つい三日前――いや、正確には“つい三日前までは”そのはずだった。
壇上。学長の送辞が終わると、皇太子は指名を受けたわけでもないのにマイクを奪った。
グラスを持つ手が、わずかに震えている。緊張か、それとも興奮か。
「諸君、本日はめでたい日だ。
私はここで発表する。
これまで政略結婚のため“形だけ”続いてきたレティシア・アルヴァロ公爵令嬢との婚約を、ただいま正式に破棄する!」
乾いたざわめきが天井の桜色をくぐり抜け、ホールを一周した。
彼はさらに言葉を重ねる。
「そして私は、新しい真実の愛を得た。
セシリア・バルデス嬢。彼女こそ、光の聖女に選ばれた奇跡の人だ!」
セシリアは舞台袖から歩み出る。
薄金色のドレスが燭光を跳ね返し、花畑の妖精じみたほほえみを会場に放った。
私? 私はまだ椅子に座っている。
視界の端でクラスメイトが何か耳打ちし合い、こそこそ笑うのが見えた。
怒り? 悲しみ?
どちらも湧かない。ただ頭の奥でからりと乾いたスイッチが入り、こうささやいた。
(なら、王冠ごと奪えばいい)
思考が凍ったまま、私は椅子を引く。
スカートが脚に絡み、ほんのわずか遅れて立ち上がった。それだけでざわめきが二度目の波をつくる。
皇太子が気まずそうに視線をそらした。セシリアは得意げに肩を張る。
私は壇上に向かい、靴音を一歩ずつ響かせた。
ドレスの胸元に下げた杖飾りが、薄い鈴の音を立てる。
壇のふちで深く礼をすると、学長に向き直り高らかに宣言した。
「王立学園決闘規則・第三条に基づき、私は名誉決闘を請求します。
婚約破棄によって公的名誉を傷つけられた学生は、魔法デュエルによる弁明を求める権利がある。
ここに立会い人は百名以上。規定は満たされました」
学長は面食らった顔でページをめくる。
やがて本条を指でなぞり、小さくうなずいた。
「……規則は規則です。皇太子殿下、並びにバルデス嬢。拒否はできません」
皇太子の顔に、読み取れるはずの感情が一瞬にして渦巻く。
恥、焦り、そして幼い怒り。
だが“殿下”はにやりと笑った。
「面白い。愛は正義だ。正義はすべてに勝つ。
受けよう、いや、受けてやろう!」
周囲の拍手が「さすが殿下」と持ち上げる。
舞踏会場の椅子とテーブルが魔導ゴーレムによって片づけられ、床の寄木が滑らかな円形リングへ変わった。
鐘がひとつ――開始。
セシリアは光属性の希少魔法を持つ。今年学院が出したエリート中のエリート。
対する私は、魔力量こそ平均。しかし〈アプレイザル〉――“どんな物でも価値と弱点を見抜く”家伝の眼を持っていた。
セシリアが腕を上げる。
まばゆい八本の光線が、縦横に走った。
観客は悲鳴をあげて退いたが、私は動じない。杖をくるりと回し、散弾型の魔力粒子をばらまく。
粒子はレーザーをかすめ、光束を霧のように散らす。
床が焼け、甘い香ギョウが焦げるにおいがした。
セシリアは驚きと怒りで顔を真っ赤にし、次の詠唱を始める。
私は右かかとのルーンを強く踏む。たちまち青白い電気のやじりが生成され、空気を裂いた。
飛ぶ矢のような雷がセシリアのドレスすそをかすめ、布をこげ茶に染める。
「きゃあっ! あなた、傷物にする気?!」
「中古のドレスに価値はない。新品を買い直すといいわ」
私は〈アプレイザル〉を起動。瞳孔がわずかに細くなると、世界の濃淡が切り替わる。
セシリアの胸元――心臓の上、ドレスの中に揺れる淡金の魔力核。表面をひび割れが走っている。
原因はおそらく、無理な魔力量。華やかな“光の聖女”を演じ続けるため、感情エネルギーを過燃焼させたツケだ。
弱点が分かればあとは簡単。
私は床一面を薄い氷でコーティングした。
自分の足元だけ氷をはじく魔法を重ね、スケートのように滑走。ドレスの裾が風をはらむ。
杖の先をゆっくりと伸ばし、細長い槍へ変形させる。
間合いは一瞬。
私は跳び込むと同時に告げた。
「ひざまずきなさい──王冠ごと、私に服従を。
恋はおもちゃ、力こそが真実よ!」
槍の穂先がひび割れの中央を正確に突く。
魔力核はガラスのように割れ、光がかき消えた。
氷床の摩擦で私は優雅に半回転し、杖を元の長さに戻す。スカートのひらめきが遅れて波を描く。
セシリアは膝をついた。
会場に重い沈黙が落ちる。
私は勝者の剣礼をもって背を向け――そして聞き捨てならぬ声を背後に聞いた。
「決闘は無効だ!」
皇太子が叫んでいた。
顔面は引きつり、目は泳ぎ、声だけが上ずっている。
「殿下、規則により勝敗は――」と学長が言う前に、衛兵が私を包囲した。
「国家反逆の疑いで拘束する!」
鎖が鳴る。
人々が口々に「ざまあ」と笑うのが聞こえる。
私は静かに微笑んだ。
(これで“宣戦布告”の形式は整った)
腕をつかまれたその瞬間、ホールの柱影から黒い影が滑るように現れた。
銀の刃が一閃。鎖が真横に斬り飛ばされる。
ガウェイン――三年前に領軍を脱隊し行方をくらませていた腹違いの兄。
「妹よ、遅くなったな。今夜はここまでだ」
彼は私の手を取り、音もなく裏口へ走る。
追う衛兵を軽くいなし、馬車の陰に私を押し込んだ。
闇の車窓から見るパーティー会場は、まだ桜色の光を揺らしている。
私は胸の奥で燃えはじめた火を確かめながら、ガウェインに告げた。
「復しゅうに乗ってくれる?」
「当然だ。妹の涙はいちばん高価だからな。売り物にはしない」
馬車が闇にまぎれ、王都の灯が遠ざかる。
途中で立ち寄った王立錬金ギルドの廃倉庫。
私は扉のすき間から漏れる七色の輝きに目を奪われた。
大小の鉱石が山になっている。
光を吸い込み、虹を返す未知の石――〈オリエン〉。
〈アプレイザル〉が告げる。これは魔力変換効率が通常鉱石の三十倍。もし精錬できれば、国家予算が十年分まるごと賄える。
私はそっと指で石肌をなでる。ひんやりと熱い、不思議な感触。
開戦は今夜鳴り響いた。
泣くヒマなどない。
王冠ごと、飲み込んでやるのだから。
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