四話 妄想と求婚
アレクサンドラは帰宅してすぐ、自分付きの執事に命じた。
ベルナールと彼の婚約者について調べさせるためだ。
数日である程度の情報が集まり、アレクサンドラは自室で報告を聞いた。
「婚約者は、あの【ヒトゥーヴァ】の娘ですって?」
【ヒトゥーヴァ】とは、東の隣国に住む民の一つだ。
本当は違う名前だ。
また、ヒトゥーヴァは王国の言葉ですらない。諸説あるが、有力なのは東の隣国よりさらに東方の言葉が元となった説だ。その言葉が王国風に訛ったという。
さらにヒトゥーヴァという名前は、公共の場では使われない。正式名称でないばかりか、王国民の恐怖と蔑みと偏見が込められているからだ。
彼らは東の隣国の中でも精強で、辺境伯に近い存在である。
国境を守り、魔獣を討伐し、時に他領や国軍に援軍を出す。
かつては王国と何度も戦った。その時の彼らの勇猛果敢さと恐ろしさは、いまだに語り継がれている。
だが、和平が結ばれて久しい。現在では、魔獣討伐などでオプスキュリテ辺境伯家と共闘することも多い。
大変に名誉のある一族だが、アレクサンドラは嫌悪に顔を歪めた。
王国では長きに渡って語り継がれている。
【ヒトゥーヴァの民が強いのは、魔獣の血を引いているからだ。
奴らは人間ではない。正体が露見し、東の果てから追われた化け物だ。
奴らは理性も教養もないかわりに、強力な魔法を使う。人間の生肝と戦いを好み、殺されても生き返って戦う】
昔話の類だ。いくらなんでも不死の化け物など居るはずがないが、東方を蔑むアレクサンドラは半ば信じていた。
「お気の毒だわ。
あのお美しいお方が、化け物の娘を娶らなければならないなんて……」
東の国境を護るオプスキュリテ辺境伯家は、数代に一度ヒトゥーヴァの民と縁づく決まりだ。
王国と東の隣国はもとより、共に魔獣を討伐する一族同士の関係強化のためであり、まごうことなき政略結婚である。
ただ、オプスキュリテ辺境伯家はどの代でも彼ら彼女らを尊重し、仲睦まじい夫婦になるという。
事実、ベルナールは自ら婚約者を選んで求婚し、下にも置かない扱いをしている。そう報告された。
「嘘よ。ベルナール様がヒトゥーヴァの娘を愛するものですか。脅されているに決まってる。
私が助けてあげなくちゃ」
アレクサンドラのエメラルドの瞳がギラギラと輝く。まるで獲物を探す魔獣の如き餓えと狂気が宿っていた。
◆◆◆◆◆
アレクサンドラは両親に、婚約者をベルナールに変えて欲しいと強請った。
父は「可愛いアレクサンドラの頼みだ。父に任せなさい。向こうも我が公爵家と縁づくのだから光栄に思うだろう」と二つ返事で頷いた。
母は「あの女の息子ですって!?確かに見目は良いですが、所詮は愛妾の子と蛮族の血を引く賤しい産まれですよ!」と反対した。
だが、アレクサンドラが泣き真似をすれば折れた。
「ベルナール様がいいの!お母様はどうして意地悪を仰るの?アレクサンドラが嫌いなの?」
「ああ、泣かないで私のアレクサンドラ。かわいい私の娘。お母様が悪かったわ。あの女の息子なのは気に食わないけど許します」
兄たちもアレクサンドラの気持ちを優先し、クレマンが婚約解消をごねるようなら言い聞かせると言った。
リュミエール公爵は、オプスキュリテ辺境伯当てに手紙を書いた。そして、使者を立ててオプスキュリテ辺境伯領に送った。
手紙の内容を要約すると、以下の通りである。
【アレクサンドラたっての願いゆえ、ベルナール・オプスキュリテと婚約させてやる。
持参金も相応に準備してやろう。一応は親戚とはいえ、野蛮な田舎者には過ぎた縁談だ。光栄に思え。
ベルナールは速やかに、婚約者との婚約を解消または破棄せよ。
アレクサンドラを婚約者とし、結婚した後は次期辺境伯夫人に相応しい待遇を与えるのだ】
公爵一家は快諾されると思った。
王都からオプスキュリテ辺境伯領までは、馬車で一ヶ月はかかる。だから返事は遅れるだろうが、まさか断られるとは思っていなかった。
アレクサンドラに至っては、喜び勇んだベルナールが白馬に乗って迎えに来る妄想をしていた。
「ベルナール様はいつ来るのかしら!とびきり綺麗に着飾ってお出迎えしなきゃ!」
早くても二ヶ月後だろう。その頃には、季節は夏になっている。
アレクサンドラは、ベルナールの色を意識した青色や銀色の夏用のドレスと宝飾品を作らせた。
何人もの商人と職人を呼びつけ、厳しい注文をつけた。
「なによこのドレス!ベルナール様の瞳はもっと美しい青よ!サファイアで染めたような深い青なの!作り直しなさい!」
「し、しかし、これが最も深く鮮やかな青色の生地でして……」
「あら?商人ごときが口答えする気?おまえの商会を王都から追い出してやろうかしら?」
「ひっ!も、申し訳ございません!すぐに作り直します!」
様々な難癖をつけては脅し、何度もやり直させた。
「ちょっと!髪飾りはもっと豪華になさい!結い方もよ!もっと私の髪の美しさを引き立たせるように!髪は女の命なのよ!」
「も!申し訳ございません!」
自慢の金髪を侍女に結わせ、納得いかないたびに扇子で叩いた。
山ほど我儘を言って着飾った後は、姿見の前に立ちうっとりと微笑む。
「はあ……ベルナール様……私の美しい運命の方……私に相応しい唯一……うふふ。
ベルナール様はどんなお召し物で私を迎えに来るのかしら?エメラルド色の礼服に金の刺繍?それとも白い礼服に金とエメラルドの装飾かしら?
ああ……!白馬に乗ったベルナール様はさぞやお美しいでしょう!そして私を優しくエスコートし、共に白馬に乗って旅立つのよ!」
アレクサンドラは、ベルナールとの感動の再会を妄想しては悦に浸っていた。
しかし、使者を送って一カ月と10日後。妄想は現実に砕かれる。
「は?断るですって?」
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