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三話 恋に堕ちる

 国王による開会の挨拶が終わり、楽団が妙なる調べを流す。デビュタントを迎えた者たちは、ダンスを踊ったり歓談したりと社交に勤しむのだ。


 アレクサンドラもクレマンと踊る約束だったが、エスコートしようとする手を周囲にわからないよう叩き落とした。


「っ!」


「あら?クレマンったら気分が悪そうね。もう下がっていいわよ」


「……かしこまりました」


 クレマンは色々と察したらしく、大人しく会場の外へと向かった。


 アレクサンドラはゆったりとした足取りで、ベルナールの元に向かう。


 令嬢たちが、花に群がる蝶のごとくベルナールを取り囲んでいた。

 お近づきになろうとしているのは明らかだったが、話しかけようとはしない。


『身分が上の者に下の者から話しかけるのは無作法』という常識があるからだろう。

 ここは社交の場であるし、辺境伯令息という地位は高い。

 辺境伯位は、この国では侯爵位より上だ。その上には公爵位と王族しかいない。

 ゆえに、辺境伯令息は相応の地位を持つ。蔑まれている一族でもそれは変わらない。


 誰もが媚びと期待をこめた眼差しを向け、ベルナールからの声がけを待っている。しかし、ベルナールは令息たちと話している。


 デコルテがよく見える流行のドレスを着た令嬢が胸を見せつけても、視線すら向けない。


(ふふん。その程度の顔と胸で、あの美形がなびくわけないじゃない。私が格の違いというものを教えてあげるわ)


 アレクサンドラは令嬢を鼻で笑い、自分の方が遥かに美しく魅力的だと優越に浸りながら近づく。

 ベルナールは、引き続き周囲を無視しながら令息たちと話しているらしい。

 アレクサンドラはうんざりした。


(どことなく無骨な見目の令息ばかりね。礼服も安っぽい。武門の家の令息たちといったところかしら?

 せっかく端正な顔で、良い仕立ての礼装を着ているというのに。こんな者たちと話しているだなんて、やっぱり、見た目はともかく中身は蛮族の息子なのね)


 アレクサンドラは内心で見下しながら、ベルナールに話しかけた。


「ねえ、貴方」


 彼女は辺境伯令息より身分も上だ。淑女から令息に声をかけるのははしたないが、禁じられてはいないので問題ない。


「お初にお目にかかるわ。リュミエール公爵令嬢が娘アレクサンドラ・リリーシア・リュミエールよ」


 ベルナールは令息たちとの会話をさえぎられたからか、不快そうな顔になった。


(何よその顔は!私が声をかけてやったのに!

 ……でも、本当に綺麗な顔をしているわね。身体も凄いわ。オプスキュリテ辺境伯家は、当主を筆頭に魔獣討伐に明け暮れている。全員が鍛え上げられた騎士というのは本当らしいわね)


 中央貴族の令息たちは、色白で細身な者が多い。彼らとは全く違う美しさだ。

 ベルナールは健康的な肌艶をしており、背が高く筋肉質だ。顔立ちも完璧に整っているし落ち着いた雰囲気だ。16歳という年齢以上に大人びて見える。


(中でも目を引くのは、サファイアのような青い瞳ね)


 野生の獣や鋭い刃を思わせる鋭さがあり、それがまた魅力になっている。


 アレクサンドラが見惚れている間に、ベルナールは無表情で挨拶を返した。


「お初にお目にかかります。オプスキュリテ辺境伯が息子、ベルナール・オプスキュリテです」


(声も所作も美しいわね。いいわ。合格よ。遊んであげましょう)


「連れが退出してしまって困っているの。せっかくの夜会だというのに、壁の花になっては恥になるわ。

 だから貴方、私をエスコートなさい」


 この発言に、ベルナールと話していた令息たちは眉をひそめた。公爵令嬢に対し不敬にならないよう顔を伏せてはいるが、不快感を抱いているようだ。

 また、様子を伺っていた他の者たちも眉をひそめた。


(『いくら格上の身分といえど、初対面の令息に対し傲慢すぎる』といった所かしら?

 私が妬ましいからって鬱陶しいこと)


 アレクサンドラは周囲の反応を小馬鹿にしつつ、ベルナールが手を差し出すのを待った。

『こう言えば、ベルナールは自分をエスコートして踊るだろう』と、確信していた。


 しかし。


「お断りいたします。私がエスコートをするのも、ダンスを踊るのも、この世にただ一人。

 私の婚約者だけです」


(なんですって?この私の誘いを断った?)


 アレクサンドラの眉が微かに動いた。

 煮えたぎる怒りをこらえつつ、優雅に扇子を広げて表情を隠す。


「まあ。婚約者がいたのね。お姿は見えないようだけど……」


「ええ。婚約者は出席しておりません」


「どうして?」


「まだデビュタントを迎えておりませんので」


「そう。この場にいないのに、貴方の行動を制限するほど嫉妬深い方なのかしら?」


 この国は政略結婚が主流なこともあり、浮気や不倫には寛容だ。また、嫉妬深い女性は不寛容で見苦しいと言われる。


(ここで肯定すれば婚約者の評判に傷がつくし、否定すれば私をエスコートしなければなくなるわ。

 本当はこの私をエスコートしたいでしょう?

 理由を作ってやったのだから、さっさとエスコートなさい!)


 アレクサンドラは淑女の微笑みの下で勝利を確信した。

 しかし。


「いいえ。我が婚約者は寛容で嫉妬とは無縁です。

 私が彼女以外をエスコートしたくない。ただそれだけです」


 ザワッと周りがどよめいた。


(この蛮族と顔だけ元王女の息子め!私に恥をかかせたわね!)


 アレクサンドラは怒りで歪みそうな顔を扇子で隠しつつ、ここで口ごもれば恥の上塗りなので言葉を紡いだ。


「……そう。こんなにも想われるなんて、貴方の婚約者は幸せ者ね」


 内心『この無礼者をどうしてやろうか』と思いながら適当に話したが……。


 ベルナールは、ふわっと柔らかな笑みを浮かべた。


(……え?笑った?)


 冬の月より冷ややかな美貌が、柔らかくほころんだ。その微笑みは、春の日差しに咲く白水仙のように、優しく甘くあたたかい。


 アレクサンドラのみならず、目撃者は心奪われた。なんて魅力的な微笑みだろうか。


(ああ、なんて素敵な方……。きっとこの方が私の運命なのね。生まれなんてどうでもいいわ。この方と結婚したい)


 アレクサンドラはベルナールへの恋に堕ち、その心は天に昇ったが……。


「そう仰って頂けて嬉しく思います。婚約者は私の最愛で唯一。私は、彼女にとって最良の婚約者でありたいのです」


「っ!」


 その笑顔は婚約者への愛。アレクサンドラに向けられたものでは無い。

 天に昇ったアレクサンドラの心は、地に叩き落とされ嫉妬と憎悪に塗れた。


(こんな笑顔を向けられるなんて!この私を差し置いて!許せない!)


 去っていくベルナールの背を見つめながら、アレクサンドラはベルナールの婚約者を激しく憎んだ。


 その後、アレクサンドラはクレマンを呼び戻して踊りながら決意した。


(あの方は!ベルナール様は!私の運命の人!私の物よ!絶対に婚約者にするんだから!)




閲覧ありがとうございます。よろしければ、ブクマ、評価、いいね、感想、レビューなどお願いいたします。皆様の反応が励みになります。


最終話+番外編3話まで書き上がりました。本日から一日2回か3回更新に切り替えます。

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