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【完結】ヒトゥーヴァの娘〜斬首からはじまる因果応報譚〜  作者: 花房いちご
本編

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十五話 ベルナールと紅芳 後編(本編最終話)

 飛頭蛮(フェイトゥマン)とは、夜になると頭部が胴体から外れて浮遊する特殊な身体を持った妖怪の名前だ。

 妖怪は人間ではない。しかし、魔獣と違い人間の言葉がわかり共生することができる種族だ。

 かつては、王国を含む西方にも様々な妖怪がいたが、現在は居ない。

 東方にある【最果ての島国】と呼ばれる国からやって来た【妖怪退治人】のせいだ。

 彼らは土地に根差している善良な妖怪まで退治し、妖怪と人間の対立を煽った。

 飛頭蛮も狙われたが、彼らは激怒し返り討ちにした。その怒りは凄まじく、【妖怪退治人】の多くが死に、生き残りの大半は東に帰った。

 しかし、一部は王国まで逃げのびてしまった。

 生き延びた【妖怪退治人】たちは、そこでも魔獣と妖怪退治に勤しみ、権力者からの信頼を得た。

 そして、妖怪飛頭蛮(ひとうばん)の悪名を広めたのである。


 飛頭蛮(フェイトゥマン)を【最果ての島国】の言葉で言うと飛頭蛮(ひとうばん)となる。

 それが王国風に訛ってヒトゥーヴァとなり、長い時が流れて詳しい歴史は失われた。

 こうして王国の中央では、【ヒトゥーヴァは、魔獣の血を引く凶暴な不死身の化け物だ】というお伽話だけが残ったのだ。

 しかし、王国の東の守護者、オプスキュリテ辺境伯家は違う。長い時間をかけて飛頭蛮および東の隣国と和解し、共存の道を歩んでいるのだ。


 ベルナールと紅芳(ホンファン)の婚約は、そのための政略だ。

 だが、ベルナールは出会った時から紅芳を愛している。紅芳も同じだ。


 紅芳は9歳でベルナールと婚約したと同時に、オプスキュリテ辺境伯領に移住し、飛び抜けて戦闘能力が高い飛頭蛮に育った。

 体術も剣術も魔法も使える。しかも頭が良くて人の機微に聡い。

 オプスキュリテ辺境伯家の教育方針もあるが、なによりも本人が努力した結果だ。


 そんな努力家の婚約者を、ベルナールは深く敬い愛している。


「君のことなら分かって当前だ。俺は君の一番の理解者で、最高の婚約者だからな。愛しているよ。紅芳」


「ベルナール……きゃっ……!」


 ベルナールは、天井付近を飛ぶ紅芳の頭部に微笑みかけつつ、立ったままの胴体の手を掬い上げて口付けた。


「もっ!もう!急なんだから!」


 紅芳の頭部は真っ赤になって、無茶苦茶な軌道を描きながら浮遊した。さらさらキラキラと、短くなってしまった黒髪が輝く。

 ベルナールの瞳が翳る。


「髪を切る必要は無かった。せっかく美しかったのに、もったいない」


 紅芳はピタッと止まって言った。


「だってあの時、『私の命をもって抗議します』って言っちゃったし。髪は女の命って言うから、死なない代わりに丁度いいかなって思ったの」


 そう。あの夜会での自害騒ぎは演技だ。

 あの夜会でアレクサンドラが、紅芳を断罪することは分かっていた。なので、あらかじめ準備していたのである。


 夜会で紅芳が着ていたドレスは、フリルでしっかり首を隠していた。

 実は、フリルと首の間に赤い色水を入れた皮袋を巻いておいたのだ。

 そしてアレクサンドラの断罪を適当にあしらって、紅芳は自害を宣言する。

 黒狼(ヘイラン)が剣で斬るタイミングと合わせ、頭部と胴体に分かれる。

 紅芳の身体は傷一つつかないが、フリルと皮袋は斬られて、中の色水があふれて出血したように見える。

 頭部は斬り飛ばされたふりをして自ら飛んで黒珠(ヘイジュ)が回収し、胴体は倒れるふりをして黒狼が支え、隠し持った追加の皮袋を破る。

 こうして、血塗れの夜会とアレクサンドラたちを断罪する大義名分の出来上がりだ。


 紅芳は【追い詰められて自害したのは事実だが、傷が浅かったので助かった。首を斬り飛ばされたと言うのは誤報だ】と言うことにすればいい。

 いくらでも誤魔化しは利く。どうせあの夜会にいた者は破滅しているか、こちらの関係者なのだから。


 それはともかく、ベルナールは半目になった。


「髪は女の命か。確かに聞いたことはあるな。

で、本音は?」


「髪を短くしてみたかったの。軽いし楽で好き」


「知ってた。まあ、短いのも似合っているし、紅芳らしいな」


「えへへ。そうでしょ」


 紅芳の頭部はまた舞い上がり、胴体も嬉しそうにベルナールを抱きしめた。


「でも、ベルナールからもらった(かんざし)をつけれないのは悲しいから、もうちょっと伸ばすよ」


「嬉しいことを言ってくれる。それまでは、短い髪に合う髪飾りを贈るよ」


「嬉しいけど、もう色々と贈ってもらってるのに悪いよ」


「俺の感謝の気持ちだ。受け取ってくれ」


 紅芳は、本当は活発で令嬢らしい振る舞いは苦手だ。堅苦しい社交界に至っては大嫌いだ。

 それを我慢して、ベルナールの母である辺境伯夫人の特訓を受け、今回の作戦を立てた。


 腐った王国を正常化させたい東の隣国の意向、年々立場が悪くなるオプスキュリテ辺境伯家の復権。

 そして何よりも、へレーネの指示とはいえ気色悪い求婚を受けたベルナールのため、紅芳は奮闘し茶番を演じたのである。


「明日、オプスキュリテ辺境伯領に帰ろう。

帰ったら結婚式だ。

もう王都(ここ)でしたように我慢しなくていい。

紅芳は好きな格好をして、好きに過ごしてくれ」


「うん。でも社交と政治と陰謀は、私に任せてね。今回でだいぶコツをつかめたから」


「社交は嫌いだろう?辛くないか?」


「嫌いだけど得意だし、ベルナールに任せられないから引き受けるよ」


「ぐぅっ!……すまん。頼む」


「うん。その代わり、夜は頭を飛ばしていい?」


「もちろん。夜と言わず昼も朝も飛ばしてくれ。それが君だ。

愛しい紅芳、キスをしても?」


「あはは!いいよ!ベルナール大好き!」


 二人は笑い合いながらキスをした。



◆◆◆◆◆


 その後。ブリュイアール王朝初代国王は、善政を敷いた。王国の黄金時代の始まりである。

 国王は、身分問わず有能な家臣を重用したことで有名だ。特に、オプスキュリテ辺境伯家を重んじた。

 東の守護者でありながら旧王家に軽んじられていたオプスキュリテ辺境伯家は、名誉と威信を回復したのである。

 しかし、引き続きオプスキュリテ辺境伯家は中央と距離を保った。あくまで東方の守護者に徹したのだ。彼らが王都に赴くのは年に数度、公式行事の時だけである。

 その度に、辺境伯夫妻は注目の的となった。彼らの美しさと仲睦まじさは、常に羨望の的だったという。



おしまい


閲覧ありがとうございます。よろしければ、ブクマ、評価、いいね、感想、レビューなどお願いいたします。皆様の反応が励みになります。


本編最終話です。明日からは番外編を更新します。

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