十四話 ベルナールと紅芳 前編
へレーネの目論見は外れたなと考えていたが、離れた場所で見守っていた従者たちによると違うらしかった。
彼らは王都のタウンハウスに着いてすぐ、ベルナールを讃えたのだ。
「若君!完璧です!流石は奥方様のご子息だ!」
「奥方様に良いお報せができますね!」
「そうなのか?まあ、母上の役に立てるのなら良かった」
「若君ったら、あんな美人に惚れられたのに反応薄いですね」
「確かに。ご令嬢は性格も根性も悪そうでしたが、顔と体型は素晴らしかったですよ」
「そうだったか?話していてひたすら不快だった記憶しかない」
明日は紅芳と家族への土産を買って、さっさとオプスキュリテ辺境伯領に戻ろう。
ベルナールは、アレクサンドラのことを思い出すことなく帰路についたのだった。
そして、アレクサンドラはへレーネの予想以上に恋に狂った。
紅芳との婚約の解消とアレクサンドラとの婚約を命じ、断れば見苦しく駄々をこね、周囲に当たり散らし、ベルナールと相思相愛であると信じ込んで妄想を垂れ流す。
ベルナールは両親からそれを聞いて呆れ返った。公爵令嬢ともあろう者が、あまりに迂闊というか考えなしというか。
同時に反省した。よくわからないが、自分の顔は人を破滅させることがあるらしい。
(周りから注意されても理解出来なかったが、これからは気をつけよう。紅芳に迷惑がかかるかもしれないしな)
そう誓った。
「ベルナール。よくやった」
へレーネはお気に入りの葡萄酒を美味そうに飲み、ベルナールを褒めた。
今は晩餐の後。談話室で団欒している。弟は遠征、妹は行儀見習いで親戚の家にいるので、ベルナールと両親だけだ。
「国益のために結ばれた婚約に口出ししたことと、奴らの醜態が広まったことで、ただでさえ低かった国王とリュミエール公爵家の人望が下がりきった。
おまけに奴らは、可愛いご令嬢の恋と恋の手助けに夢中だ。色々とやりやすい」
「流石はへレーネの子だな!」
父であるグレゴワール・オプスキュリテ辺境伯も、甘いカクテルを飲みながら傷だらけの顔を綻ばせた。
「ふふ。グレゴワール。ベルナールが君の凛々しさを引き継いだからだよ」
グレゴワールはポッと顔を赤らめて照れる。
「へ、へレーネ……凛々しいのは貴女だ。俺の気高き戦女神……」
ベルナールは、いつも通り仲睦まじい両親を眺めつつ今後について聞いた。
「王家を滅ぼす手筈は整ったと聞きます。いつ、どのようにして実行するのですか?」
ベルナールは成人したとはいえまだ若く、魔獣討伐で忙しい。さらに策謀には向かないので、ほとんど知らされていないのだ。
「実行は紅芳とお前だ。次のデビュタントの夜会で一気に進める」
婚約者の名が出るのは意外だった。
「あんな不快な場所に、愛しい紅芳を連れて行きたくないです」
「諦めろ。これは決定だ。それに紅芳は乗り気だぞ。連れて行かないと言ったらガッカリするだろう」
「うっ。わ、わかりました」
ベルナールの答えに、へレーネはにっこりと微笑む。
「お前たちの仲睦まじさを見せつければいい。後は紅芳が上手くやるさ」
そして、その通りとなった。
しかも紅芳は、【自らの能力を生かして作戦を立て実行した】のだ。
徹底的にアレクサンドラを破滅させ、全てを奪い貶めるために。
ベルナールは作戦を聞き、どうしてここまでするのかと聞いた。
紅芳は、ベルナールが大好きな好戦的な笑みを浮かべこう言った。
「ベルナールに手を出せばどうなるか。アレクサンドラさんだけでなく、周りにも思い知らせないとね」
つまり、ベルナールへの愛ゆえだ。情熱的かつ苛烈な婚約者に、ベルナールは惚れ直したのだった。
(毎日のように惚れ直している。当たり前だ。紅芳のように強く美しい女性は他に居ない)
アレクサンドラのような肉体も頭脳も精神も脆弱で幼稚な生き物など、はじめからお呼びではないのだ。
◆◆◆◆◆◆
ベルナールは意識を現在に戻した。
(これからあの生き物は刑を受ける。紅芳、俺、クレマンをはじめ、様々な者に働いた暴挙も広まっている。楽には死ねないだろう。
正気を失って、かえって良かったかもしれないな)
隣を歩く紅芳を見る。ベルナールにエスコートされて歩く淑女は、苛烈だが情が深い。
(紅芳は、あの生き物の苦しみを減らすため、正気を失うまで追い込んだのかもな。
まあ、どうでもいいが)
ベルナールはアレクサンドラのことを頭から追い出した。
もし、この想像が当たっていれば「紅芳は優しいな」と惚れ直すし、外れていても容赦のなさに惚れ直すだけだ。
(そんな事よりも、紅芳を……)
気づけば、与えられた居室にたどり着いていた。
紅芳たちとともに入り扉を閉じた。
その瞬間。
「はー。疲れた!汚くて臭かったし!」
紅芳は淑女然とした様子から砕けた雰囲気に代わり、チョーカーを外した。
「ああ!むず痒かった!」
チョーカーの下に隠れていた赤い線が現れる。紅芳はその線に触れようとして、ベルナールに手を掴まれる。
「駄目だ。誰かに見られたらどうする。地下牢は人払いができたが、この辺りは王宮の人間がいくらでもいるんだぞ」
「大丈夫よ。この部屋にはベルナールと黒狼と黒珠しか居ないし。それに」
紅芳はベルナールの手を退かし己の首に手をかけた。
そして赤い線を境いに、胴体と頭部が分たれる。
「私たちは、夜は胴体から頭を外さないと落ち着かない。ベルナールも知ってるでしょう?」
紅芳の頭部が浮遊して喋っている。頭部も胴体も切り口は薄い皮膚で覆われていて、一滴も血は出ていない。
なのに、頭部と胴体は完全に分かれている。
あまりにも奇妙な光景だが、アレクサンドラと違いベルナールは動じない。
「もちろん知っている。はあ……本能的なものだから仕方ないな。誰かに見られたらと思うと心配だが。
だが、俺はこれ以上君に我慢させたくない。王都滞在中だけでなく、辺境伯家で淑女教育を受けている間も、頭を外すことを我慢してくれてたんだろう?」
パッと紅芳の顔が赤らんだ。
「う、うん。我慢してた。王都の貴族を黙らせるだけの所作を身につけたかったから。
やっぱり、ベルナールは私のことが何でもわかるんだね。嬉しい」
紅芳……ヒトゥーヴァもとい飛頭蛮の娘はそう言い、晴れやかに笑った。
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