魔王様の四天王面接
キルマウンテンと呼ばれる険しい山の頂上に、魔王城がある。
その魔王城の最奥。ひと際広い空間、謁見の間の冷たい玉座に一人の男が座っていた。
透き通るような白銀の長い髪。くっきりとした二重瞼に切れ長の黒い瞳。筋の通った鼻。形の良い唇の左下には艶めかしさを漂わせるほくろが一つ。黒光りする鎧の上に黒いマントを羽織り、玉座のひじ掛けに頬杖をついている。
彼こそが現魔王、ヤトー・コヨーヌシである。
魔王が気だるげに見下ろす先には一人のタキシード姿の男が跪いていた。
「お呼びでしょうか。魔王様」
長く艶のある黒髪。額の左右には二本の角。透き通った冬の湖を想わせるような水色の瞳。その両眼の上には、氷が張ったように手入れの行き届いた丸い眼鏡が光り輝いている。
彼の名はアッセン・ロードーシャ。
魔王の世話役にして城内の全てを取り仕切る、魔執事と呼ばれる立場の男である。
「アッセンよ。余の配下の魔物は幾千幾万といるが、側近と呼べる存在はお前だけだ。よって……なんだ。アレ……が欲しいのだが」
「アレ、と申されますと?」
「ん……。なんかあの、四人いるやつだ」
「四人? ……ああ、四天王でございますか」
「そう、それだ」
我が意を得たりと魔王が玉座から身を乗り出す。
「用意できるか?」
「魔王様の命とあらば。人選はいかがいたしましょう?」
「お前に任せるが……そうだな、何か特殊な力を持った者たちを頼む」
「御意。それでは暫しお待ちください」
優雅な所作で立ち上がり、一礼するとアッセンは謁見の間を後にした。
♢ ♢ ♢ ♢
数刻後。魔王の前には四人の人物が横一列に跪いていた。
全員それぞれ色の違うローブに全身を包み、その容姿を確認することはできない。
「面を上げよ。四天王として迎え入れる前に、各々の能力をこの場で見せてもらいたい」
魔王がそう言うと、一番左の黒いローブの男が立ち上がり、魔王に向かって一礼する。
「ツツイト・スベラセールと申します。僭越ながら、わたくしめから能力を披露することをお許し下さい」
「うむ」
魔王の瞳が、一体どんな能力を見せてくれるのかと期待に輝く。
「わたくしは『黒子』を自由自在に移動させることができます」
ツツイトが人差し指を立て、空中を滑らせるような仕草をとる。
「……なんて?」
「ホクロを自在に動かすことができます」
魔王の瞳から急速に興味の光が失われて行く。
「……それがなんだというのだ」
「ホクロは、できる場所によってはコンプレックスにもなり得ますので、ちょちょいと動かしてあげると喜ばれますよ」
「……」
「魔王様もいかがですか? 例えばその口元のホクロを……そうですねえ、眉の間にでも移動させれば、運気が上がるかもしれませんよ」
「いらぬ。……もうよい、下がれ」
「はっ。残念です」
ツツイトは一歩下がると、再び跪いて頭を垂れた。
「……次の者」
「では、あっしが」
ツツイトの右に居る白いローブの男が立ち上がり、両手をわきわきと動かす。
「あっしはコッカク・イジクールと申します。あっしの能力は、骨の形を粘土のように自在に変えることができるんでさぁ。こんな風にね」
コッカクが右手で自分のアゴをつかみ、下に引っ張るとアゴがみょんと下に伸び、頭部を覆ったフードから長いアゴが突き出す。
「へへ、いかがですか? 魔王様もアゴを伸ばされれば、もっと威厳が出るかと思いますぜ。シャッシャッシャ」
得意げに笑うコッカクのアゴの先端がプルプルと小刻みに揺れる。
「……必要ない。下がれ」
「それか頭蓋骨をもっと縦長にすれば……」
「下がれ」
「……へい」
渋々、といった様子でコッカクも後ろに下がる。
「……次」
すでに魔王の目は四人を見ておらず、期待の光は完全に消え去っていた。
次に立ち上がったのは水色の下地に波しぶきの柄が描かれたローブを来た、身長の高い腹の出た男。
「おいどんはゴッツ・アンデス。皮下脂肪を剥がし、別の者にくっつけることができるでごわす」
疲れているわけでもないのにふーふーと苦し気な口調でそう言うと、自分の腹の肉を右手で鷲掴み、そのまま引っ張る。すると、べりっと音をたて、手のひらサイズの脂肪の塊が腹から引きはがされた。
「どうでごわす? よければ魔王様にくっつけますぞ?」
「いらぬ」
ゴッツが他の三人とアッセンにもおやつをすすめるかのように『いる?』と目くばせするが、全員無言で首を横に振る。
「……っす」
ゴッツは自分の腹にそっと脂肪を戻し、体を揺らしながら寂しげな様子で後ろに下がった。
「……最後」
「ノヴァース・スキーンですわ。わたくしは皮膚のしわを消したり、作ったりすることができますのよ」
濃いピンクのローブを纏ったノヴァースは、口調は女性っぽいが声は完全に男であった。
「魔王様のお顔にも……」
「いらぬ」
「あら。口元に深いしわでも作れば、もっと威厳が出ると思うのですけど……」
「……そんなに威厳が無いのか、余は」
「ほほ、とてもお可愛らしい顔立ちをされておりますからね。よく女性と見間違えられるのではございませんこと?」
「……」
「こほん、失言でしたわ。ただこの能力、一つ欠点がございまして」
「……なんだ」
聞いてくれ、というオーラを発するノヴァースに、魔王が心底面倒くさそうに問う。
すると、ノヴァースは別れた恋人を語る時のような切ない声色でつぶやくように言った。
「それは……心のしわまでは伸ばすことができない、ということですわ」
謁見の間が静まり返る。
「もうよい……全員下がらせよ」
「はっ。それでは皆様、お帰りはあちらです」
アッセンに促され、ぞろぞろと四人が謁見の間から退室すると、謁見の間に静寂が訪れる。
「いかがでしたか?」
「いかがでしたか、ではない。一体なんなのだあれは」
「個性的な能力を持つ者を選りすぐったつもりだったのですが……」
「確かに変わってはいたが……余が望んでいたのはもっとこう、炎がボーっとか、雷がドーンとかそういうのをだな……」
「……申し訳ございませんでした」
アッセンが跪き、落ち込んだ様子で深く頭を垂れると魔王は小さくため息をもらす。
「もうよい。……いや、そうだな。アッセンよ。至急、魔界クリニックを建造し、そこにあやつらを雇い入れよ」
「仰せのままに。それでは早速手配いたします」
「うむ」
立ち上がり一礼し、アッセンも謁見の間を退室する。
一人残された魔王は玉座に深く腰掛けると天を仰ぎ、深いため息をついた。
「四天王……余は諦めぬぞ」
魔王の四天王探しは、まだまだ終わらないようである。
その後、魔界の片隅に建造された魔界クリニックは、ノーリスクで思いのままの整形術を受けられるとして、人間界からも客が殺到するほど大繁盛しているらしい。
ーおわりー
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