東方風麺料理を食べる
そのお店はそれほど大きくない店舗だったが、椅子が間隔をあまり開けずにびっしりと並べられていて、カウンターやテーブル席も満席だった。
「どうしましょう? お店を変えますか?」
アイリさんが少し申し訳なさそうな表情を浮かべ、僕に訊ねてきた。
「いえ、待ちましょう。この匂いを嗅がされたら、僕も食べたくて仕方がないですよ」
「そうですか、ユウキ様の名前を出せば、もしかしたら……」
「いやいや、いいですって、そんなの恥ずかしいですよ」
僕は大人しく順番待ちの列に並ぶ。お店の回転は早いみたいなので、それほど待ちはしないだろう。
しかし、皆真剣に黙々と食べてるな。これだけ人がいても話をしている人がほとんどいなかった。
「この東方風麺はそんなに美味しいんですか?」
「ええ、とても美味しいですよ。ラーメンは東方料理の最高傑作として人気がありますわ」
「ふ~む、この良い香りはスープの香りですか」
「ええ、このお店は鶏を骨ごと煮込んだスープを使っています。豚の骨からスープを取ったラーメンもありますが、それは個性的な味です」
「へ~、機会があったらそれも食べてみたいな」
「わたくしは少し苦手ですが、若い男性には人気がありますよ豚骨ラーメンは」
そうこうしている間に、列がすすんで僕達も席につけた。
「はい、いらっしゃい。何にしますか?」
愛想のよいオバサンといったら怒られてしまうような、頭巾にエプロンをしたお姉さんが注文を取りに来た。
「ラーメンをふたつ。一個を大盛りで」
「はいよ」
よくよくお姉さんのお腹をみると、大きい。
「わぁ、赤ちゃんいるんですか?」
思わず笑顔で僕は訊ねた。
「ええ、もうじき産まれそうよ。たぶん、元気のいい男の子」
ラーメンの湯切りをしていた親父さんが少し恥ずかしそうにしていた。
「姫もそろそろご結婚かと思っていたけど、若くて可愛いお兄さん引っかけたじゃない」
「ちちち、違います。わたくしはユウキ様のただの使用人です」
アイリさんがそう言うと、お姉さんは豪快に笑い飛ばした。
「どこの世に、ただの使用人になる貴族がいらっしゃいますか、領地こそないもののブラック家は由緒ある暗黒魔法の大家じゃないですか、勇者様の護衛とかならわかりますが」
その勇者の護衛なのだが、どうも言っても信じてもらえそうにないので、僕は黙っていた。
チラチラと僕に助けを求める視線を送ってきたが、そのうち諦めてアイリさんも黙った。
ちょっと場が気まずくなったところで、湯気を上げるラーメンが出来上がった。
目の前に置かれて、あらためてその匂いを嗅ぐと、鶏の香りとはここまで美味そうな芳香がするのかと感心してしまう。
「ああ……この香り、解ったぞ鶏だけじゃない」
「坊ちゃん、解りますか。家のスープは鶏と野菜、それもこの辺りで取れる、香ばしいネギ類なんかを使ってます」
女将さんが微笑みながらそう言った。自分たちのラーメンに深い愛着をもっているんだろうなぁ、人を喜ばす料理はこういう人が作るんだ。
僕はまず、れんげで一杯スープをすくい、飲んでみた。
少し甘みを感じる味で、すっきりしているのに旨味は濃厚だった。
「味付けはソイソースか」
スープは黒い色をしている。色は濃い目だが、それほど沢山ソイソースが入っている感じはしない。元から色の濃いソイソースなのだろう。
「ソイソースは東方から取り寄せた再仕込み醤油と言うやつよ。複雑で濃厚な旨味が特徴なの」
女将さんはドヤ顔だ。でも確かにこのスープは美味い。
次は麺を手繰って、一口すすった。
「ああ……美味い」
小麦の自然な甘さがあって、噛むとシコシコと良い歯ごたえがする。そしてのど越しがとても良い。ふと嗅いだことのない匂いがした。
「この東方麺、不思議な香りがしますね」
「ああ、カンスイが入っているからね。東方麺は初めてかい?」
「ええ、聖都にはこんな麺はなかったです」
僕はもう一度麺をまじまじと見た。小麦麺だと思うけど、生パスタなんかと違って、色が黄色くちょっと透き通っている。
「この独特のシコシコとしたコシが出るのはカンスイのおかげなんだよ。ちょっと独特の香りがつくのは欠点だけど」
「僕、この香りも好きですよ」
僕は麺をひたすら手繰って食べた。女将さんとアイリさんがそんな僕を微笑んで見ていた。
「このスープも飲み干さなきゃ」
僕はどんぶりを持って、ぐいっとスープを飲み干した。
ソイソースと鶏の濃厚な旨味が僕の舌を刺激して、頭の中に幸せな気分が満ちていく。
どことなく、誰もが無言で食べる理由も解かった気がした。何かこの中毒性とも言ってもいい旨味を味わうのに言葉はいらない。むしろそっとしておいて欲しい。
「ご馳走様。美味しかったです」
「あら、良かったありがとうね。坊ちゃん」
女将さんはニコニコ顔だ。
僕はガラスコップに注がれた水を一気に呷った。ああ……水が甘くて美味い。
聖都の水よりずっと美味しかった。まるで水もラーメンの一部みたいな気がした。
アイリさんをふと見ると。黙々とラーメンを食べていて、もうじき完食しそうになっていた。
そして、アイリさんもラーメンを完食すると、二人そろって帰路についた。
その間、僕はほっこりとした、幸せな気分にひたっていた。