アイリとの出会い
僕はてっきり、そのメイドさんをオバサンだと思っていた。
しかし、僕の目の前に立ち優雅に首を垂れる女性は、妙齢だが絶世の美女だ。
外はすっかり暗くなっていたけど、屋敷の中は魔法光で明るかった。
綺麗に掃除された屋敷には、僕と彼女の二人だけ、リビングのテーブルに向かい合って座った。
やっぱり王族の別荘だ。豪華な造りで凄く広い。大仰な正面玄関を開けるとそこは広いホールになっていて、ちょっとしたダンスパーティーができるほどの大きさだ。そこから伸びる階段を上った先には六室も客間があって、一階ホールの奥にはレストランのようなダイニングと大浴場がある。ホールに隣接したリビングには家具も凄いのがあって、僕でも知ってる有名画家の絵画があった。たぶん本物だろう。
「アイリーン・ド・ブラックと申します。よろしくお願いします。勇者様」
「あの……ユウキ・グリフィン・ブレイビーです。こちらこそよろしく」
「わたくしのことはどうぞアイリとお呼び下さい。勇者様」
「は、はい。僕のこともユウキと呼んでください」
「はい。ユウキ様♪」
さ、様はいいんだけどな。と言ってもたぶん聞いてくれそうにないから、僕は顔を赤らめて押し黙った。
ボブカットの黒髪は艶があって、清楚で美しい顔だちによく似合っている。背丈も結構あって絵画や彫刻の世界からやって来たかのような美貌に惚れ惚れするほどスタイルが良い。
メイド服がとてもよく似合っていて、母性が強そうな年上のお姉さんって感じだ。
む、胸も凄く大きい。ルシアも大きかったけどそれに負けないくらいだ……って僕は何を考えているんだ。
「ユウキ様?」
「へっ、はいなんでしょう」
「少し考え込んでいた様子なので、世話係として何か不備があったでしょうか?」
僕は集中すると、一秒間のあいだでもかなり色々なことを考えられる。でもこの時はすっかり気を取られてぼーっとしていたようだ。
「いえ、不備なんてとんでもないです。ただ、凄く綺麗な人なんでびっくりして」
「まあ、ユウキ様はお上手ですのね」
そう言ってアイリさんはクスクス笑った。その笑顔がまた惚れ惚れするくらい綺麗だ。
「わたくしは急遽ユウキ様付のメイドに選ばれたものでして、この屋敷も最低限のお掃除を済ませたばかりです、まだ台所用品が不足しております」
「あ、そうなんだ。じゃあご飯は?」
「村の料理屋で、持ち運べる料理を買い付けてまいりました。東方風の料理で豚まんというパンの仲間とでも言いましょうか、饅頭という料理で、ユウキ様のお口に合うかどうか」
「僕、好き嫌いはあんまりないんで、たぶん大丈夫だと思います」
しっかり密閉された少し厚めの袋から取り出された豚まんは、ほんのり湯気を上げていてまだ温かった。たぶん僕の到着に合わせて買ってきてくれたんだろう。
「どうぞ、今お茶を煎れてまいります」
そう言うとアイリさんは併設してあるダイニングへ移動して、湯気を吹く鉄瓶から白磁のティーポットへ湯を注いだ。
その優雅な所作に見惚れながら、僕は豚まんを一口かじる。
「う、うまい」
柔らかな饅頭の生地はほんのり甘く、中の豚挽き肉はジューシーで、これはたぶんタケノコとあとなんだろう? 野菜や香辛料が複雑に入り混じった奥深い味をしている。
「お口に合ってよかったです。クリスタニアの宮廷料理ほどは美味しくないでしょうけど、東方料理にも美味しいものはあるんですよ」
「僕は宮廷料理よりこっちの方が好きだ。そもそも宮廷料理なんて食べつけてないですよ」
豚まんをもうひと口かじる。うん、やっぱり美味い。少しだけクリスタニアでは嗅ぎ慣れない香辛料の香りがして、たぶんルシアは苦手だって言いそうだ。彼女こそ宮廷料理で育ったお嬢様だからね。
「この香辛料の香り、良いなあ。豚肉の臭みを抑えて、味を膨らませている」
「ああ……良かったです。それは八角というスパイスで東方料理ではよく使われているんです。クリスタニアの方には苦手だって言う方も多くて、ユウキ様は大丈夫かとそれは気がかりだったのですよ」
アイリさんが心底ほっとしたような表情を見せ、微笑んだ。
「全然苦手じゃないです。むしろ結構好きだな。この辺では東方料理屋さんも多いんだ」
「この辺では綿産業や鉄鉱石の採掘なんかが盛んで、東方の労働者が沢山出稼ぎに来ているんです」
「へ~そうなんだ。クリストフには東方の人はほとんどいなかったな」
「クリストフでは移民などは受け付けていませんから」
「そうだね」
神聖クリスタニア王国は格式ある大陸の大国だ。その民族の純潔も神経質なまでに頑なに守られている。
皆は伝統というけど、それも僕には少し堅苦しかった。
移民政策は問題だらけだと、僕も知ってはいたけど、それでも時々外国人を見かけるくらいの雑然とした村の雰囲気が好きだ。
「本日のお茶はウーロン茶です。豚まんとよく合いますよ」
「うん、美味い」
さすがにウーロン茶くらいは僕も知っている。夏場に冷やして飲んだり、焼酎と割ったりして飲んだことがある。
しかし、このウーロン茶は香りがピンと立っていて、渋みの感じも凄くバランスが取れている。良いお茶っ葉なんだろうな。
なんだか急に凄く食欲がわいて、僕は豚まんを何個も食べてしまった。
「ユウキ様はお腹が空いてらしたのですね。甘いあんこの饅頭もありますよ」
「わあ、甘いのもあるんだ」
甘味は結構な贅沢品だ。クリスタニアでは砂糖が作れない、輸入の砂糖はほとんど貴族たちが使って消える。クリスタニアでも屋台飯とかが僕は好きだったが、そういった料理に砂糖が使われることはまずない。僕はありがたく味わって食べることにした。
「うん、甘い! 味がしっかりしている」
あんこは滑らかなこしあんで、舌のうえでトロリと溶ける。この香りはゴマだろうか? 風味も素晴らしい。田舎料理だとバカにはできない。もしかしたらクリスタニアの料理より贅沢なんじゃないか?
「ふ~……ご馳走様でした」
「はい、お粗末様です」
「こんなに食べたの久しぶりだ」
「お気に召されたようで何よりです」
お腹が満たされると、すぐに眠気がおそってきた。
「あ……眠い」
「はい、ベッドも用意してありますよ」
僕はちゃちゃっと歯を磨くと、アイリさんに案内され、寝室へ向かった。
凝った内装の寝室だったが、よく見る間もなく、僕はベッドへ横になるとすぐ眠りに落ちた。