帰還
眩しいな、地上に出た時、一番最初に僕が思ったことはそれだった。一瞬で眼がなれると視界に飛び込んできたのは心配そうな顔つきで僕達を見つめる村人たちだ。
僕達が墓所に突入したのは深夜だったが、今は夜がすっかり明けていた。
「勇者さま! ご無事でしたか、先ほど瘴気が収まったときき駆けつけましたが……クリカラさまは?」
村長は興奮気味だ。
「もはや理性を失っていたようで……討伐しました」
わっと村人たちから歓声が上がった。
「村は救われた。勇者さまがまたやってくださったんだ」
村人たちは飛び跳ねそうな勢いで喜んだ。いや、若干数名飛び跳ねていた。
「おいたわしい、皆さまこんなボロボロになって」
僕はそうでもなかったが、ルシアとアイリさんは本当にボロボロだった。ルシアはドレスの右腕が肩のところでちぎれていて、そこに血の染みが広がっていた。アイリさんのメイド服もドラゴンのブレスで激しく傷んでいた。
「しかし……村の守り神であったクリカラさまが、こんなことになるとは」
「完全に墓所を荒した領主たちの責任です。聖竜は怒りのあまり完全に属性反転を起こしていました。肉体が健全だったなら対話もできたでしょうが、理性を失っていてとても説得できる状態じゃありませんでした」
僕は残念そうに首を振った。村長も一瞬下を向いて俯く。
「領主さまはどうなるのでしょうか?」
「普通に死刑でいいんじゃない」
ルシアがなんでもないように言った。ふう……と村長はため息をつく。
「は、離せっ! 俺を誰だと思っているっ!」
「噂をすれば何とやらね」
両脇を屈強な村の若者二人に抱えられ、僕の前に引っ張り出されたのは、まごうことなきフロアベット領の現領主の男だった。
「これだけの被害を引き起こしたんです。勇者さま、なにとぞ厳格な罰をお与えください」
「ひ、ひぃ! 勇者さま」
僕を前にして領主は顔を青くして怯えていた。
「ルシアは死刑でいいと思う? 僕には殺せないから、ルシアに任せるよ」
「そうね……ちゃっちゃと執行しちゃいますか、陛下には後で言えばいいわ」
「ひぃぃぃっ! なにとぞご容赦をっ!」
その時人混みから、小さな女の子が飛び出してきた。
「勇者さま、お願いです! パパを殺さないで」
「ああ……なんてことを、あれほどわたくしが止めたのに」
まだ小さな少女に続いて年のころアイリさんと同じくらいの綺麗な貴婦人が走り寄ってきた。
「領主殿の娘さんと奥方ですか?」
「はい……夫がとんでもないことを……何とお詫びしていいのか」
「こんないい奥さんや娘さんがいて、よく酒や女やギャンブルなんかできるわね」
「本当にわたくしの監督不行き届きで、申し訳ございません」
奥さんが泣きながらそう言った。
「こ、この通りです。なにとぞ勇者さま……ご温情を」
「僕には権限なんて無いですし……引退した身ですから。アイリさんとルシアがどう判断するかですね」
と、僕は二人に丸投げした。村の脅威が去った後に領主がどうなろうと僕にはどうでもいい。
「アイリちゃん、やっちゃって」
「かしこまりました」
そう言うとアイリさんは真っ黒いオーラを練った。
「あ、殺すんだ」
その判断は正直意外だった。まさか、小さな娘の前で処刑するとは思わなかった。
僕は辺りを見渡す。村長は渋面で頷き、村の人たちもやむなしといった雰囲気だった。
「やります」
アイリさんが練った真っ黒いオーラは地を這いながら領主の足元へ向かった。
「助けてくれぇぇぇっ」
領主が絶叫し。
「パパー‼」
女の子が泣きながら、父親に近づこうとするのを母親が必死で止めた。
黑いオーラが領主の脚を包むと、一瞬で粉々のひき肉になった。そこから腿、股間、腹部、胸部までミンチになる。
「いやぁぁぁぁ!」
女の子はもう半狂乱になった。可哀想だなと思った。ここまでやるか?
領主の首がふっと宙に浮かんだ。その場にいたアイリさんとルシア以外の全ての人間が息を呑んだ。
そこからだった。
まず、ルシアの杖が強く光った。その光が領主の首を包むと、時間が巻き戻るように、胸部、腹部と再生され。たちまち首だけだった領主が元の姿に戻った。全裸だったが。
服はヒーリングじゃ再生できないんだよな。
「アイリちゃんが頭を残したことに感謝しなさいよね」
領主は何度か自分の手足があることを確認すると、失禁しながら意識を失った。
うわ……あの全身をミンチにされる感触は絶対トラウマになるぞ、やっぱルシアはおっかないな。
「で、……結局どうするの? ルシアは」
「どうもこうもないわ。僻地へ島流しにでもしようかと思ったけど、奥様はまっとうみたいだし、このバカオヤジはアイリちゃんと奥様で監視して、今後勝手なことはできないようにするわ」
「あ……ありがとうございます」
奥さんと娘さんは泣きながらルシアに感謝していた。
「ああ……めっちゃ疲れたわ、まず一眠りして、それからビールが飲みたいわ」
「は、はい、すぐ、そのように」
ルシアの言葉に村長は慌てて、村人たちに指示をだした。
その後僕たちは近くの宿で風呂に入って汗を流し、そして泥のように眠った。
目が醒めたら、村の人たち皆が感謝の宴を開催してくれて、ビールは飲み放題、地元の食材を使った豪華なおつまみが食べ放題だった。あの食べ物に異様にうるさいルシアが、美味い美味いと食べていた。
僕もビールを一口呷る……うん、美味い。
舞踏の弦楽と太鼓の音を聞きながら、日没のオレンジ色の輝きを受けて僕は目を細めた。
また静かな生活がやってくる。




