死闘
僕は宝飾されたドアを潜り、慎重に中に入った。素早くアイリさんとルシアもあとに続く。
まず、フシュルルルと独特の呼吸音が聞こえた。ブレスを吐く生き物特有の音だ。
「デカいわね……それに完全に属性反転を起こしてるわね。もとは聖竜だったって話だけど」
聖なる力は万能ではない、聖なるオーラを使うものが極度の怒りや絶望に囚われると属性反転という現象を起こし闇の者となってしまうことがある。
闇は必ずしも悪ではない。夜の闇に包まれるからこそ人は安らかに眠ることができる。光と闇はコインの裏表のような関係だ。
アイリさんも属性反転を起こした人間だが、姫とよばれみんなに親しまれている。ただしアイリさんの生家ヒーラー家にとっては悪夢のような出来事だったろう。
じっとこちらを見ていたドラゴンゾンビがゆっくりと立ち上がった。デカい、頭の位置は民家の屋根に届きそうなくらいだし、身体は二頭立ての戦車より大きかった。聖竜だった頃は怒りで属性反転を起こしても、説得できたかもしれない。しかし身体の朽ちたゾンビにはもう理性はない。ただひたすらに侵入者に怒りをぶつけるだけの存在だ。
墓室にいる四者の中で、一番最初に動いたのはルシアだった。
「食らいなさいっ!」
ルシアの杖から聖属性の光線が飛ぶ。狙いは頭だ。上手く決まったかに思えた攻撃は。
「ちっ! 魔法障壁が硬いわね」
光線は頭に当たることなく、障壁に散らされ消えていく。
次に僕が動いた。剣を持たない左手で連続的にソニックブームを飛ばし、やはり頭を狙う。さらに抜刀術の要領で巨大なソニックブームを放ち、首を落としにかかる。
そして直後に起った出来事で僕は一瞬呆然となった。直撃したソニックブームは竜に毛一つほどの傷もつけられなかった。
「なんて防御力だ」
これが最強の生物ドラゴンか。
かつて地上には神の御使いである天使がいたという。聖なる使徒である天使にも、一人一人感情があったそうだ。そして属性反転を起こした天使が悪魔だ。魔王はその最後の悪魔だったそうだ、元は天使長の。神の寵愛を得た完全な不死の存在である天使は属性反転しても不死である。だから死んでも五百年で魔王は復活する。
天使の堕天を知的生命体の重大な危機だと考えた、竜王バハムトは兄弟とともに天使と悪魔を地上から追いやったという。殺せない存在の天使と悪魔は封印されているのだと言われている。聖剣ブレイブと同じ、おとぎ話の世界だ。ドラゴンがどれほど強大な生き物か思い知らされた。
「魔法が効かないなら、それならそれ、武器を変えるわよ」
ルシアが杖に魔力を注ぐと、みるみる杖は変形し先端に巨大な鉄球の付いたメイスになる。物理攻撃でいくつもりのようだ。
「ふんっ!」
まずルシアは竜の前足を叩いた。振っただけでルシアの筋肉は引きちぎれる。それを回復魔法が一瞬で治す。そもそもこのメイスは普通の人類に扱える代物ではない。
鉄球が竜の前足をとらえ大きな音が鳴った……しかし。
「こいつ……物理防御もバケモノね」
あまりに重いメイスを振った反動で、ルシアは動けない。
「あ、危ないっ!」
ドラゴンゾンビが硬直したルシアに噛みつこうとした。
ぱっと花が咲いたように血の赤が散った。食いちぎられたルシアの右手の肘から先が宙を舞う。
「ルシアっ! 大丈夫か」
バックステップで下がったルシアにもう右腕があった。
「はぁ、はぁ、はぁ」
ルシアが荒い息をつく。
「こいつ……まずいわね。防御が硬いにもほどがあるわ」
腕を再生させたことで、ルシアはだいぶ魔力を消耗したようだ。今ここには無尽蔵に近い魔力を供給する聖杖クリスタニアはないのだ。
「大丈夫ですか? ルシアさま」
顔色を変えてアイリさんが駆け寄ってくる。
「うん、傷はない。……でもこれは引き返した方がよさそうね」
「よし、撤退だ」
リーダーの僕は瞬時に撤退の決断を下した。しかし、遅かった。
その時、竜が大きな口を開け、フシュルルという呼吸をした。
「まずい、ブレスだ」
恐らく逃げる間もなく冒険者一同を一気に始末したブレスであろう、背中がヒヤッとした。
「防ぎます」
アイリさんが防御魔法を展開するのと、ほぼ同時にそれは来た。まさに闇の暴風、空気が圧縮されて高熱を放ち辺りに闇とプラズマの光が白と黒の文様を描いた。
「くぅぅぅっ! 凄まじい力ですっ!」
あの恐ろしいほどの使い手であるアイリさんの防御魔法がみるみる削られていく。
「お二人だけでも逃げて下さいっ!」
一瞬で僕の頭は真っ白になった。こんな経験は魔王を倒した十一年の旅の中でも一度も感じたことがなかった。
ああ……アイリさんが死ぬんだ。僕がクリカラを討伐しようなんて間抜けな判断をしたから。
アイリさんの魔法障壁にひびが入り、瘴気が入り込んできた。アイリさんがそれを吸ってしまった。激しく咽た。それはそうだドラゴンゾンビのブレスの瘴気なんて、猛毒だからだ。
万策尽きた……ならせめて間抜けな判断をした僕は、アイリさんと一緒に死のう。そう思った。
その時だった。
「勇者の血脈に危機発生を確認しました。これより対魔族用特級破壊兵器、聖剣ブレイブ、緊急起動を開始します。ユウキ・グリフィン・ブレイビーにSSまでの聖剣技の使用を許可します」
あ……そうか、そうなんだ。ここに来て最後のチャンスがやってきた。まだ希望はある。
「はぁ……ふう」
ゆっくりだがしかし確実に決めなければ。
「SS級竜族用破壊剣技ドラゴンスレイヤー、スタンバイ!」
僕は声を張り上げた。
「了解しました。ドラゴンスレイヤースタンバイ、Ⅴ、Ⅳ、Ⅲ、Ⅱ、Ⅰ、リリース可能です」
「やっちゃえ! ユウキ!」
ルシアが拳を突き上げる。
「ドラゴンッ‼ スレイヤァァァァ‼」
その時世界は真っ白になった。聖剣ブレイブから凄まじい魔力の放流が始まり、暗い墓所の隅々までを照らした。
「キシャァァァ‼」
断末魔の叫びだ。聖剣技があれほど強大だったドラゴンゾンビの防御を打ち抜いて、その巨体を両断していく。
「あはぁっ! いつ見ても最高に凄いわね!」
ルシアが笑みを浮かべ僕を見た。僕はそれに頷き返す。
剣技が収束したあとには、あの魔王を討ち取った時のような静寂が訪れた。
「やったの? うはぁ……すごっ! やったんだ」
ルシアが飛び跳ねて喜ぶ。聖剣ブレイブの起動も解除された。付近に危険が無くなった証拠だ。
「アイリさんは!」
僕からしたら竜を討ち取ったことより、毒を吸ってしまったアイリさんの方が重大事だ。
「ごほっ、ごほっ……わたしくは大丈夫です」
「おっと、毒は浄化するわよ」
ルシアが素早く治療した。
「ありがとう、ルシア」
「どうってことはないわよ」
ルシアがぱたぱたと手を振りながらそう言った。
「しかし、アイリちゃんが毒を吸ったら、勇者の血脈に危機って、信じられない。もう妊娠させてたの?」
「いや、……まあ、確かに……避妊はしなかった」
「わたくしは危険日だと忠告したのですが……むしろそれを聞いて興奮なされて……」
「あんたね~」
とルシアが眉をハの字にして、文句を呟こうとしたところで。ごごごっと音が鳴った。あまりに強力な聖剣技の余波で墓所の支柱が壊れたようだ。
「あっ、ヤバイッ! この墓所崩壊するわよ」
「に、逃げるぞ!」
僕達は全速力で来た道を引き返した。




