瘴気の奥へ
「やっぱり起動しない?」
ルシアが心配そうに僕を見てそう訊ねた。
「駄目だ……なんの手応えもない」
壊された石戸を通り、墓所の廊下を慎重に進んでいた。地下道は濃い瘴気が満ちていたが、アイリさんの同属性防御魔法で僕たちは完全に守られていた。本当にアイリさんがいてよかった。いちいちルシアに浄化させていたら魔力がいくらあっても足りなかっただろう。
「ブレイブは使えないという前提で作戦を考えたほうがよさそうね」
「ごめん……」
「ユウキさまは何も悪くありません」
アイリさんはきっぱりと言い切ったが、ブレイブが起動できないのなら、この中で僕が一番弱いということになる。
「ユウキには一流の剣技があるじゃない。大丈夫、ブレイブなしでもあんたは十分強いわよ」
「う……うん」
ルシアに励まされる度、僕はいつも自分の心の弱さを実感する。前回は魔王と戦う直前だった。僕の身体が恐怖で震えていた時、ルシアがそっと手を取り励ましてくれた。
また、あの時のように僕は震えだしていた。そして以前と同じように暖かいものが僕の手に触れる。
「ユウキさま……大丈夫ですよ」
今度はアイリさんだった。この時僕に良策はなかった。ドラゴンは僕が生まれた頃にはもういない未知の存在だった。
「アイリさん……ありがとう」
なんとかそれだけ答えた。
「ドラゴンは強大ですが、魔王に比べたら大したことはありませんよ。大丈夫、勝てます。ユウキさまの毎日の稽古を見ておりますわたくしが保証します」
「うん……ありがとう」
それしか言葉が出てこなかった。
聖杖クリスタニアも、ギレンもデッカードも、そしてブレイブもない状態で果たして竜が倒せるだろうか? いや、弱気になっちゃ駄目だ。
「前方……何かいます」
「本当? 瘴気が濃くて、闇の者の姿が見えずらくて困るわ、アイリちゃんは闇のオーラに敏感なのね」
ルシアが杖を構え、僕もブレイブの柄に手をかけた。
「そろそろ見えます」
瘴気の霧の中にぼんやりと人影が見えた。一人は仕立てがよかったんだろう、上等な衣服を血に染めた男が一人、頭を激しく損壊している。もう一人は豪華な鎧に身を包んだミイラになった人間だった。
「ゾンビね、瘴気の中だと結構強いわよ。浄化魔法で……」
「待ってくれ、ここは僕がやる。ルシアはドラゴンゾンビに備えて魔力を温存してくれ」
「……わかったわ」
僕はブレイブを抜刀する。敵を目の前にしてもやはり起動はしない。
ゾンビがこちらを探知したようだ。ゆっくりとこちらに近づいてくる。
僕は左手で牽制用のソニックブームを放ち、次いで一気に接近する。
剣筋をようく見極める。でもその時間は十分の一秒もない。ブレイブが空を切りゾンビの頭を切り飛ばす。
頭部を失ってもまだ動くゾンビの手足を斬り、動きを完全に封じ込めてから僕はブレイブを鞘に収めた。
「さっすがユウキ、なんだかんだ言っても元勇者ね。見事な剣技だったわよ」
「ありがとう……このくらいなら何とかなるんだな」
「ええ、ユウキさまはお強いです」
その後はまた三人とも黙って、墓所の奥へ進んだ。途中三体ほどゾンビに出くわしたが、僕が難無く倒した。
「生き残りはいない……か」
「これより奥に生き残りの気配はないわね。たぶん全員ゾンビ化してるか、竜に喰われてるわね」
「侵入した冒険者たちは何人くらいいたんだっけ?」
「およそ、二十人ほどだと」
この濃い瘴気の中で十体以上のゾンビと戦うのはかなり危険だ。
「少しずつ引っ張りだして叩くか」
僕がそう言った直後だった。
「まずい、感づかれたわ」
わしゃわしゃと衣服や鎧の擦れる音がする。
「ざっと十五ね」
厳めしい顔をしたルシアが呟く。
前衛は僕だ。剣を構えて迎え撃つ。
「これでどうだっ!」
僕は特大のソニックブームを放つ。最前列に出ていた数体を吹き飛ばすが、ゾンビの隊列は乱れない。
「援護いたします」
アイリさんがそう言うと、練った魔力をゾンビにぶつけた。しかし濃い瘴気が邪魔をして今一つ威力がでない。
「アイリちゃんは防御に徹して、あたしが一気に片付けるわ。ユウキ! 時間を稼いで」
「わかった!」
僕は踊るようにステップを刻みながら、斬撃とソニックブームでゾンビを引き付ける。
抱きつかれないよう細心の注意を払う。この瘴気の中ではゾンビは恐ろしいほどの怪力をみせる。抱きつかれて噛みつかれれば僕でも危ない。
ルシアが長い魔法の詠唱に入っている。たぶん最高レベルのターンアンデットの魔法だろう。
ルシアの杖がまばゆい光を放ち始める。
「待たせたわね! ユウキ! 今いくわよ! はぁぁぁぁぁっ!」
ルシアの杖から次々と光線が生まれ、瘴気を切り裂いてゾンビに降りかかる。光に触れたゾンビは塵になって消滅した。
「お見事です。ルシアさま」
通路にいたゾンビは全て塵にかえっていた。
見ればゾンビがいた場所は広いホールになっていて、その奥に綺麗な宝飾のなされた扉があった。扉は開け放たれている。
「このドアの奥か……」
いる、この先に恐ろしいほどの強力な存在が。




