釣り
「なんかそれ、魔法使いっぽいね」
アイリさんが日よけのためにかぶっているつばの物凄く大きな帽子をみて僕はそう言った。
「実際に魔道具でございます」
アイリさんの話では、この帽子は日よけだけでなく。つばの部分から魔力を飛ばし、返ってくる反応をみながら周囲が索敵できるという優れものらしい。
「これで魚の位置も解かります」
「おお……凄いな」
僕は素直に感心した。日常魔法にしては結構高度だったから。
「ユウキさまのぶんもご用意しておけばよかったですね。これは私の魔力に合わせて作ったものですから、ユウキさまには使えませんし」
アイリさんは申し訳なさそうだ。
「大丈夫です。僕は気配察知でだいたいわかりますから」
「それは……さすがユウキさまですね」
今度は少し驚いているようだった。そう、僕の気配察知はかなり高レベルだった。睡眠中でも常に気配を探っていて、この能力で何度も敵の奇襲を察知して助かったのだ。
「ならば、手加減する必要はありませんね」
アイリさんは少し冗談っぽく言った。
「正々堂々の釣り対決だね」
僕も笑って言う。
アイテムショップベンリで買った釣り竿に、同じくベンリさん特製の爆釣餌という魚が釣れまくるという触れ込みの練り餌をつけて川に放る。
待つこと数分、最初のヒットは僕だった。
「んっ! きたっ!」
なかなか引きが良い。これは大物か?
僕はリールを巻いて魚を引き寄せる。水面にしぶきが上がって魚が顔を見せた。
「でかいっ! 大物のロックフィッシュだ」
手元まで魚を引き寄せると、アイリさんがすかさずタモ網ですくってくれた。
「ありがとう、アイリさん」
「いえいえ、それにしても大物ですね」
「うん、かなりデカい。三歳くらいかな」
僕の釣りあげたロックフィッシュは五十センチくらいあって、体表も綺麗で、見るからに美味しそうだった。
「何を食べてこんなにデカくなったんだろうね」
「ロックフィッシュはなんでも食べますからね。ロックフィッシュ見習うべきだというある貴族の格言もあるくらいです」
確か熱血な演説で有名な貴族の格言だったような気がする。
ロックフィッシュは、魔法で低温を維持するかごに入れて、僕達はまた釣りを再開する。
アイリさんと僕も、いいペースで魚を釣ったが、なかなかアーユはかからなかった。
「食べたいな~アーユの塩焼き」
「フローラル川のアーユは頭が良いと聞きます。実際に生息数の割には釣れないことで知られていますね」
「そっかー、魔王討伐の旅の時は結構釣れたのにな」
「友釣りだったのでは?」
「あっ! そうか」
アーユは餌にはなかなか食いつかないが、縄張り意識が強く、囮のアーユを泳がせて怒って喰いついてきたところを釣る友釣りという技法がある。確かあの時は魔法で幻影を作って友釣りをしたんだ。
「少しやってみましょうか……友釣りを」
僕達はいったん竿を戻し、針の付近にアイリさんが魔法をかけた。
「おおっ! 本物っぽい!」
見れば元気そうなアーユの幻影ができている。
「すごいな、よく観察してるんですね」
「父とよくアーユを釣りに来ていたんです。アーユの外見は子供の時に覚えました」
「へ~凄いな」
さすが魔法使いの大家の姫である。またもや僕は感心して、それが顔に出ていたのだろうかアイリさんが僕を見て笑った。
「では、さっそく試してみましょう」
針を投げ入れた。するとさっそく当たりが来た。
「おっ! きたきたきたぁ!」
リールを巻いて一気に引き上げる。水面にしぶきを立てながら魚が顔を出した。
「ユウキさまっ! 見事です。アーユですよ」
「やったぁ!」
釣りあげたのは見事なアーユだった。魔王討伐の旅の時に釣ったアーユよりも丸々と太って、表面の艶も良い。
僕は釣れたアーユをしばしじっと見た。改めて喜びの感情が込み上がってくる。
「あっ! わたくしにも当たりが来ました」
アイリさんはビッと竿を立て、得物にしっかりと針を立て、リールを勢いよく巻いた。
水面に激しくしぶきが上がる。これはデカい!
「アイリさんっ! 大物だよ」
「ええっ! 良い引きです」
アイリさんは見事な手並みで魚を引き寄せる。今度は僕がタモ網を使って魚をとらえた。
「すっ……凄い大物のアーユだ」
「これは……アーユの主かもしれませんね」
こんな大きなアーユを見たのは初めてだった。
僕達は釣りを切り上げると、炭火焼コンロを準備して、アイリさんが魔法で火を起こした。
「まずは何から焼こう?」
「舌が疲れる前に、美味しいものから食べるとしましょう」
そう言って塩をふったアーユをコンロに乗せた。たちまち良い匂いが立ち上る。
「ああ……美味しそうな匂いだ」
これぞ釣りのだいご味。鼻腔をくすぐる焼き魚の香りに僕は陶然となった。
しばし、二人とも無言でコンロの火を見つめた。
「しかし、釣り勝負はアイリさんの勝ちですね」
「そうでしょうか? ユウキさまのロックフィッシュが一番大きかったのでは?」
「いやいや、アーユの主を釣ったアイリさんの勝ちですよ」
「でも……」
二人で勝利を譲り合っていると、アーユが焼けた。
「美味そうだな~もう我慢できないぞ」
僕はアーユの塩焼きにかぶりつく。ジュワッと口の中に旨味が広がり、ワタの苦みとそれ以上の旨味を感じた。
「うん、美味い美味い。焼き加減も絶妙だ」
「確かに……これは美味しいですね」
塩だけでこれほど美味くなるのだから、清流釣りは止められないな。
「この辺は川が綺麗なんだね。これだけ魚が美味しいんだから」
「今は山からミネラルのある雪溶け水が流れてきていますからね。栄養豊富でそれでいて澄んだ水です」
「なんだか飲めそうな感じだね」
「一応、生水ですので飲料には適さないですが、一度沸かせば飲めます。今お茶にしてあげますね」
アイリさんが魔法バックから本格的なお茶のセットを取り出す。
「脂の乗った魚にはウーロン茶がよく合います」
魔法ポットで川の水を沸かし、ティーポットへ注ぎこんだ。
「わぁ……良い匂いだ」
ウーロン茶の良い匂いが鼻腔をくすぐる。もくもくと沸き上がる湯気に自然と惹きつけられた。
「さあ、出来ましたよ」
カップに注がれたウーロン茶は、美しい琥珀色になっていて、宝石を溶かしたみたいな色だった。今はちょうど香りが開いてきていて、これはたまらない。
「いただきます」
僕はウーロン茶を一口飲んだ。
「う、美味い」
いつものお茶より、一回りは美味い。水のおかげだろうか。
「屋敷の井戸の水も良い水ですが、フローラル川の雪解け水には敵いませんね」
「ホントだね」
僕はその雪が溶けだしてきている山を見上げた。雪はほとんど溶けてしまっているようだったが、わずかに白い部分が見えた。
「本当にここは自然豊かな土地なんですね。ここに来て良かった」
「それはようございました」
アイリさんは小さく口角を上げ、クスリと笑った。
その後も釣った魚を焼いて食べた。さすがに大物のロックフィッシュは食べきれなさそうだったので、持ち帰ることにした。
食べ終わる頃には日も落ちてきて、夕焼けのオレンジ色が鮮明だった。




