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最終話 栄光を君に

 最終話です。


 長かったぁ・・・・・・


 丸々、一クールやったので、終わったら、休むつもりです。


 ですが、作品のヒット祈願を祈って!


 今週もよろしくお願い致します!





 新幹線は新大阪駅に着いた。


「ありがとうね? サイン」


 ベイカー・鈴がそう言うと、俺は「数年経ったら、価値が無い奴ですよ」とだけ言う。


「家宝にする」


 ベイカーがそう立ち上がると、俺はノートを取り出した。


「ベイカーさん」


「なぁに?」


「ノートですけど、サインお願いします」


 それを聞いた、ベイカーは面食らった表情を浮かべていた。


「浦木君、特撮ファンじゃないよね?」


「将来、ベイカーさんが売れっ子になった時に転売させていただきます」


「・・・・・・浦木君は結鶴君によく似ているよ」


「彼氏さんでしたっけ?」


「良い男って事よ? ちょっと待ってね?」


 そう言って、ベイカーはサインを走らせる。


 筆記体の上にハートマークをベースにした絵を描いてくれた。


「絶対に売るなよ」


「お互いに」


 ベイカーはふと笑った。


「アイン! 何、抜け駆けしているんだぁ!」


「ワシ等もベイカー氏のサインがぁ!」


「じゃあ、私行くから!」


 そう言って、ベイカーは新幹線を下りる。


「よし、俺達も行くぞ」


「待てぇい! アインよ! 俺達にもベイカー氏のサインを!」


「監督、着きました」


 俺がそう言うと、林田はそこにいた。


 名残惜しそうな表情を見せていた。


「新幹線は良いなぁ。速い」


「恍惚に浸る前に指揮をお願い致します」


 林田は使い物にならない状態なので、俺は真山と協力して、部員を誘導していた。


「全員、揃ったな?」


「はい!」


「よし、俺に有終の美を飾らせてくれ。皆」


 そう言うと、柴原が「最後の最後で俺様発言や」と言い出した。


 しかし、次の瞬間には甘藤が「浦木さんを胴上げするぞぉ!」と叫び出した。


「まぁ、やられっぱなしですからね? 優勝はそろそろしたいですよね?」


 黒川がそう言うと、神崎功は「兄貴を今度こそ、倒す」とだけ言った。


「もう、お兄さんはプロじゃん」


 真山がそう冷静に指摘するが、神崎は興奮を隠しきれない。


「じゃあ、優勝しに行くか?」


 俺がそう言うと、部員達は「おぉぉう!」と声を上げる。


 かつてない程に士気が高いな?


 俺は最後の最後でチームのメンタリティが上向いたのを手ごたえを感じた後にベイカーから貰った、サインを眺める。


「今年の夏の関西は幸先の良いスタートだな?」


「何、格好をつけとんねん?」


 俺は柴原の足を思いっきり踏んづけた。


 断末魔の叫びが新大阪駅にこだました。



 道頓堀の宿舎に付いた後に俺と井伊に柴原はネギ焼きを食べに行く事にした。


「初日から、外出なんて、良いご身分やなぁ? ワシ等も」


「俺は関西に来るのは三回目だが、ここに来ると、無性に食べたくなるネギ焼き屋があるんだよな?」


「あぁ、さすが、グルメのアイン君だぁ・・・・・・嫁さんの料理じゃあ、満足できないだろうなぁ?」


 井伊が「はぁ」とため息を吐く。


「いや、俺が作るから」


「クッキングパパ!」


「真タンは料理凄い、下手やからな?」


 そのような会話をしながら、ネギ焼き屋の前へと向かった時だった。


「ゼェェェェェェェト!」


 あの叫び声が聞こえてきた。


「よし、宿舎に戻ろう。ネギ焼きは我慢だ」


「同感、同感」


「あぁ、あんな奴のせいでネギ焼きがのぅ、絶品なんやで?」


 そう言って、引き返そうとした時だった。


「浦木ぃぃぃぃ! ここで会ったが、100年目だゼェェェェト!」


 沢木がこちらに走って来る。


「俺は敵とネギ焼きを食うつもりはない」


「マジでここは絶品だゼェェェェト!」


「そこはなぁ、俺達の関西遠征の時のお楽しみポイントなんだよ」


「何ぃ? 先起こされたゼェェェェト」


 沢木は変わらずにたこ焼きを熱そうに食べ続けるが、奥では沢木とバッテリーを組む、二年生の小比類巻が一九〇センチはあるであろう、巨体を縮めながら、こちらを見つめている。


 見ていて、気の毒だった。


「おい、フランケン! こいつ等とネギ焼き食うゼェェェェト」


「お前、パシリは虐めだぞ?」


「費用は部員持ちだゼェェェト。そして、お前等の分はお前等が払えゼェェェト」


「嫌だよ、俺達はお前なんかと食事したくない」


「そう言うなゼェェェト。俺達は三年だから、思い出を作ろうゼェェェェト」


「断る」


 そう言って、宿舎に戻ろうと三人で引き返しかけた時だった。


「あら、意外な奴がおるのぅ?」


 大阪竜命の矢吹がやって来た。


「また、敵が来たか?」


「敵とか言うなや? 野球なんやから? ワシがお前の親、殺したんか?」


「お前に至っては俺の恋人にちょっかい出した」


「もう、それは謝ったやん。なぁ、柴原、こいつ、面倒くさいわぁ?」


「そうやで、こいつ、根に持つと、いつまでも攻めて来る、粘着質な一面あるで?」


「帰るぞ!」


「くそぉぉぉぉぉ! 俺達の行きつけがぁ!」


「待て、待て、待て、一緒にネギ焼き食おうや?」


「そうだゼェェェェト! 俺達は同士だゼェェェェト」


「これから、当たる可能性あるから、緊張感持ちたいんだよ」


 俺がそう言うと、沢木と矢吹は黙る。


 奥では小比類巻が小銭を出すのに苦労している。


 指が大きくて、財布に入らないのだろう。


「お前、何、格好良い事を言うているんや?」


「思わず、心を動かされたゼェェェェト」


 二人が感心しているところだった。


「ママァ! ネギ焼き! ネギ焼き!」


「あら、冬彦さん、ここのネギ焼きは美味しいものね? ちょっと、待っていなさい!」


「解散!」


「激しく、同意するゼェェェェト!」


「同感や!」


 そう言って、皆が皆、散り散りになって、何処かへ消えた。


「あぁ~、あんな奴等のせいで、俺達のネギ焼きがぁ!」


 井伊がそう喚くが「関西飯を制覇するという、楽しみを謳歌する為にも、ワシ等は関西滞在日程を伸ばしに伸ばし続ける為に優勝しなければいかんのぅ?」と柴原が、ニヒルな顔をして答えた。


「すげぇ、不純な動機なんだけど?」


 俺がそういう中でも、井伊は嘆き、柴原はそれを宥めていた。


 炎天下の熱さが俺の身体から、汗を拭き出させていた。



 くじ引きを行った結果、俺達の初戦の相手は沖縄県代表の首里学園高校と当たる事となった。


「聞いたことの無い、学校やのう」


「何でも、初出場らしいゼェェェト。金城とかいう投手が凄いスライダーを投げるらしいゼェェト」


 何故か、沢木がウチの練習場にいたので、俺はとりあえず「帰れ」とだけ言った。


「そうだよ。何、入り浸ってんだよ、お前」


 井伊も沢木にそう言い放った。


「俺は初戦でお前等と当たって、リベンジしたかったゼェェェト。それをあんな初出場校に持っていかれたゼェェェェェト。初出場相手とか楽勝じゃないかゼェェェト」


「甲子園には強い相手しかいないから、その考えをすると、負けるぞ」


 俺がそう言うと、沢木は「お前等は良いゼェェェト。俺なんか、幕張経済大付属の守屋と当たるゼェェェェト。今から、憂鬱だゼェェェェト」と嘆く。


 守屋か。


 機械のような精密な投球と冷酷ともとれる、無表情さを見せる、サイボーグとも称される、あいつな?


 センバツの時は足をくじかなければ、どうなるか分からなかったのに?


 もっとも、スポーツでは禁物のタラレバの話だが?


「まぁ、順当に勝ち上がッて、お前等と当たるゼェェェェト。とりあえず、ネギ焼き食うゼェェェェト」


「俺達はこれから、練習なんだよ。さっさと逝け」


「アイン、字が違う」


「冗談のキツイ奴だゼェェェト。邪魔したゼェェェト」


 そう言って、沢木は練習場を後にした。


「随分と余裕しゃくしゃくだよな? あいつ?」


「浦木の事が好きなんやなぁ? あいつは?」


「同感、もうデレデレじゃん」


 それを聞いた、神崎功は「キモッ! あいつ、そんな趣味あんの?」と言うが、黒川は「神崎、今のご時世では性的志向は個人の自由だぞ。たとえ、左利き程度の人口しかいなくてもな?」と言い出す。


「お前等、性的少数者に謝れ。某首相補佐官のように飛ばされるぞ」


「そうやで? ガンダムでも同性愛はオープンになっている時代や」


「水星の魔女ですか。何で、あんなゼットマン訪問から日本のLGBTQ政策の話になるんですか?」


 神崎が顔をしかめると「どこで誰が見てるいるか、分からへんやん。浦木は絞めるところは絞めるで?」と言い出す。


「暴行に次ぐ、暴行をしているのに?」


 黒川がそう言うと、井伊は「最近は穏やかな方だと思うぞ?」と言って、茶を飲む。


 ていうか、こいつ等、茶を飲みだしたぞ?


 練習をしろ、練習を。


「練習するぞ」


「おぉう、そうや! 練習や、練習!」


 そう言って、全員が茶をしまう。


 ウチだけじゃなくて、沢木や矢吹もいい具合に緊張感無いからなぁ。


 締めないと、どこかしらで持っていかれる可能性があるな?


 俺はチームに活を入れる、タイミングを考えていた。


 セミの鳴き声と熱波が何故か、鬱陶しく感じられた、瞬間だった。



 試合当日。


 甲子園に電車で向かうと、暑さに早くもぐったりしそう感覚を覚えていた。


 今日は調子悪いなぁ・・・・・・


「それじゃあ、オーダー言うぞ!」


 林田がオーダーを言う。


「一番、ショートで柴原」


「最初はヤンバルクイナ! じゃんけんポン!」


「二番ライト、木島」


「はい」


「三番セカンド黒川」


「はい」


「四番キャッチャー井伊」


「変なオッジさん! 変なオッジさん!」


「五番サード甘藤」


「はい」


「六番センター陳」


「おう!」


「七番ファーストで笹」


「はい」


「八番レフト野中」


「はい」


「九番ピッチャー浦木」


「はい」


「以上だ、全員、気持ちが浮かれているようだが、気を引き締めないと、持っていかれるぞ? 分かっているのか?」


 チーム全体に緊張感が漂う。


 とうとう、言われたか・・・・・・


「とにかく、落とすなよ。場合によっては関西から走って、学校に向かう可能性がある」


 それを聞いた瞬間に選手一同は「絶対に勝ちます!」と気合が入った。


「浦木、井伊、後で二人だけで来い」


 あっ、これは怒られるパターンだ・・・・・・


 部員が引き上げる中で俺と井伊と監督が向き直る。


「キャプテンのお前が締めないと、意味が無い。俺を出すな」


「すいません」


「お前もぬるくなったな? 以前のお前ならば、活を入れる事も出来ただろうに・・・・・・まぁ、いい。それより、調子悪いか?」


 もう、見抜かれていたか?


 俺は監督の洞察力の鋭さに舌を巻いた。


「少し、暑さが気になります」


「理由は分かるか?」


「分かりません」


「疲労という程に使ってないが、夏バテか・・・・・・コロナだったら、熱が出ているからな?」


「はい」


「井伊」


「はい」


「省エネピッチングで仕留めろ、アウトにすれば構わない。今日の浦木は本調子じゃない」


「えぇ・・・・・・出来ますかね?」


「やれ。勝つ為に」


 俺と井伊は揃って「分かりました」とだけ言った。


「戻れ、気を引き締めろ」


 俺と井伊がベンチに向かうと、選手一同は「怒られました?」と聞いてきた。


「極めて、ソフトに絞られた。あと、俺が本調子じゃないの見抜かれている」


「何や? お前、具合悪いんか?」


「何か、暑さをいつも以上に感じるんだ?」


「夏バテかな?」


「そもそも論として、寝てます?」


 柴原、木島、黒川の三人が若干の不安を表情に見せる。


「省エネピッチングを心掛けろってさ? 後は気合を引き締めろと」


「関西から、学校までは遠いなぁ?」


 甘藤が頭を抱える。


「勝つぞ。それだけだ」


「何、イケメンかましとんねん。浦木」


 俺は柴原の腹に右ストレートを放った。


「うぉぉぉぉ! 久々にレバーに来おったぁ!」


「黙れ、若干、俺は焦っている」


「暴君がギリギリになって、復活したよ」


 井伊が顔をほころばせるが、俺はそれを無視して、伊都を引き連れて、ブルペンへと向かった。


 暑さが気にならなくなったのか?


 不思議な感覚を覚えたが、俺はすぐにウォームアップを始めて、投球練習を行う。


「不調ではないと思います!」


「スローボールしか投げていない」


 俺は肩が温まると、伊都にハイスピンストレートを投げ込む。


「キッツ!」


 伊都が受け止めながら、そう言う。


「どこが不調やねん。化け物め」


 柴原め・・・・・・


 後で殴ろう。


 試合前のどこかのタイミングで柴原を処刑する事を考え出す、自分がいた。



 試合は二回表に動いた。


 先攻の早川高校は四番の井伊が金城の置きに行ったストレートをライトスタンドに運んだ。


「うわぁ・・・・・・あいつ、スライダーはえげつないし、スピードも高校生では早いんだけどさ?」


「ウチのエースは一〇〇マイル越えの剛腕だからな? それ、年中受けている、井伊からしたら、スローボールだよ。あんなの?」


 そうして、気が付けば、金城のストレートに狙いを絞った、早川高校打線は監督に活を入れられた事も有り、一五安打七得点と猛攻を見せる。


 しかし、いまいち、ピリッとしないのが俺だった。


 ここまで、一二安打を許して、何とか、二失点に抑えているが、とにかく、何故か、暑さが堪える。


 普段は気にならないんだがなぁ?


「浦木、ピリッとしてくれやぁ?」


「ここでビンタしようか?」


「アイン、天下の公共放送に中継されているぞ?」


 俺は柴原を暴行したい気分を抑えながら、井伊を向き直る。


「スピードは一五〇キロ前半で変化球のキレは最悪。過去に類を見ないぐらいの不調ぶりだな?」


 井伊がそう言うと、ファーストを守る、笹が「逆に浦木がボコボコにされながら、二失点にまとめているとも言えるし、ただ、今までの浦木じゃないよな?」と言い出した。


 くそぉ・・・・・・


 何で、ここまで不調なんだ?


 はっきり言って、こんな調子じゃあなければ、俺はもっとスピードも出せて、三振も奪えるのに。


「まぁ、抑えよう。ボコボコにされながらも好投しているからな?」


「よし、頼むで!」


「打たせて取れよ? とにかく、主導権は渡すな」


 そう言って、内野陣が散り散りになる中で、ツーアウト、ランナー二・三塁のピンチを迎えている。


 俺はスピードの乗らないストレートを甘めの真ん中付近に投げるが、相手が打ち損じて、レフトフライに抑えられた。


 スリーアウトチェンジだ。


「相手に助けられましたね?」


「キャプテン、ファイオーアル!」


 黒川と陳がそう言うが、三塁側のベンチに何故か、ベイカーがいた。


「あれ?」


「あっ、ごめん、ついつい来ちゃった」


 そう言う、ベイカーの隣には童顔の筋肉質の男がいた。


「浦木アインか? 知り合いとはな?」


「結鶴君は軽くファンでしょう?」


「あぁ、ファンだ」


「試合頑張ってね? 負けんなよ?」


 そう言って、二人がちょこんと座るのを見ると、俺はベンチに引き上げた。


「浦木、交代だ」


「あぁ、やっぱりそうですか?」


「駄目。今日、お前。神崎に任せる」


 そう言われた、俺はダグアウトに引き上げた。


 今日は駄目だなぁ・・・・・・


 俺はそう思った後にクーリングタイムで使う、扇風機の前に座った。


「クーリングタイムは終わってますよ」


「うるせぇな? とことん、悪い日だから、しょうがねぇだろう」


 神崎が呆れた表情で見上げるが、俺は構わずに扇風機の冷風を浴びていた。


「神崎! 行くぞ!」


「はい!」


 そう言われた、神崎はベンチへ出る。


 厄日とは言わんが、酷いなぁ、今日は?


 チームが勝っているのが幸いだが?


 俺は気が付けば、椅子を集めて、ベッド代わりにして、寝ていた。


「具合悪いんですか? それにしても、行儀が悪いです」


 真山にも呆れられるが、俺は気にせずに横になり続けた。


 試合は気が付けば、終わっていた。



「風邪ですね?」


 試合後に林田に連れられて、病院に行くと、医者からそう告げられた。


「自覚症状が無いんですけど・・・・・・」


「お前、冷房が大好きだろう?」


 林田にそう言われると、俺は「はぁ・・・・・・」としか言えなかった。


「薬出しときますから、安静にしてくださいね? お大事に?」


 そう言って、医者は不愛想なまま「次の方ぁ?」と言い出す。


「風邪薬ってドーピングにならないですかね?」


「オリンピックだったらな? 高校野球は風邪薬、大丈夫だろう」


 そう言って、林田と共に電車に乗る。


「熱はあるか?」


「少し、出てきました」


「そうかぁ・・・・・・」


 林田は何かを考えているようだ。


「隔離だな? 当面はお前、個室」


 それはそれでありがたいが、俺がいない間にチームが敗北したら、これ程に胸糞悪い展開は無いぞ。


 何としても、直さないと・・・・・・


「まぁ、神崎が頑張っているから、万全の状態で戻れ」


「コロナじゃない分、まだ良いですけどね」


「冷房大好きな浦木君が悪い」


 そう林田と会話していると、目の前にいたサラリーマンが読んでいた、スポーツ紙に今日の甲子園の結果が載っていた。


 中部帝頭大付属対幕張経済大付属戦は二対0で幕張経済大付属の勝利。


 やった。


 沢木が負けた。


 これで、ネギ焼き屋に行ける。


 そう思った時だった。


 スマホに沢木から着信が来た。


 とりあえず、具合も悪いので全力で無視することにした。


「鳴っているぞ? スマホ?」


「無視して良い奴からなんで?」


 林田は怪訝そうな顔をしていた。



 その後に早川高校は二回戦で福岡県代表の九州第二大付属に四対〇で勝利。


 俺の代役を務めた、神崎功が完封勝利を挙げて、一躍時の人となった。


 その後の三回戦の高知代表の明豪学院高校戦も二対〇で完封。


 神崎はますます、マスコミの注目度が上がった。


「許せん!」


 柴原がスポーツ紙を眺めて、憤慨する。


「良いじゃないか? 俺が風邪ひいている穴を埋めて、チームも勝利してくれたんだから?」


 俺が宿舎の焼き魚定食を食べながら、そう言うと井伊「俺はあれだけ、パカスカ打っても、世の中からは『凄いねぇ?』程度しか言われないのに? お前と神崎は活躍する度に『きゅあ~!』だもんなぁ!」


 井伊が納豆をかき込む。


「名物のひがみな? 神崎はモテるからいいよ」


「いや、俺、性格悪いんすけどね?」


 神崎が俯きながら、そう言うと「人間、性格が少し歪んでいるぐらいが味のある人間になるから、良いんだよ。純度一〇〇パーセントの良い子を求める大人とそうであろうとする、学生はどこかで躓く」とだけ、俺は言った。


「そうやで? ワシ等、野球部は独立愚連隊なんや? どうや、神崎、お前も本格的にーー」


「でも、先輩達、独立愚連隊を気取っている割にはガチの不良校の星谷総合で逃げ回っていたらしいですよね?」


 そこ、痛いところなんだよなぁ?


 比較的、喧嘩が強いはずの俺でも、あの悪鬼の巣窟は攻略できなかった。


「ふっ・・・・・・」


「それを言うか?」


 井伊と柴原はニヒルに笑う。


「焼き魚没収!」


「はぁ! 何で、そうなるんですか!」


「黙れぇい! 俺達の事をバカにするから、ザッツ・日本の朝ご飯をお前は食べる資格なし!」


「井伊さんと柴原さんはいつから、日本の朝ご飯を語れるぐらいに日本人やれているんですか! 日本の恥のくせに!」


「何を!」


 そう三人が喧嘩している中で、テレビを観ると、大阪代表の大阪竜命と千葉代表、幕張経済大付属が対戦していた。


 ちょうど、五回の表で四番の矢吹を迎えていたが、当人は幕張経済大付属のエース、守屋の正確無比なストレートから繰り出される、一四〇キロ台後半のストレートに見送り続けて、最後はチェンジアップに大きく空振り三振をした。


 スリーアウトチェンジだ。


 しかも、大阪竜命の二点ビハインドか。


「お前等、試合見なくていいのか?」


「魚返せぇ!」


「黙れぇい! 浦木の後輩の称号くれたるわぁ!」


「ついでに納豆も貰うぞぉ!」


 あぁ、敵情視察よりも飯の方が大事か?


 まぁ、いい。


 真山がデータを取ってくれるだろう。


 バカ共は乗せておけば良いさ?


 俺は画面の中の守屋の機械のような無表情の様子を眺めていた。


 味噌汁が関西風味の薄味が新鮮だったのが印象的だった。



 そして、大阪竜命は負けた。


 俺達は調整に時間を掛けているので、翌日の試合の事で頭が一杯だった。


「はぁ・・・・・・空が青いのう」


「夏空とはこの事を言うゼェェェト」


 敗れたばかりの矢吹と一回戦早々に敗れた、沢木が何故か、早川高校の練習にやって来ていた。


「お前等、早く地元帰れよ」


「お前に忠告をしに来たんや」


「あの守屋はコントロールが異常ではあるが、あれは手加減をした状態だと思うゼェェェェト」


 二人がそう言うが、俺は「何? 第二形態とか最終形態とかあんの? フリーザさんじゃん?」と茶化す。


「そうやなぁ、案外最終形態は地味な・・・・・・じゃなくて、真面目な話や! あいつ、明らかに本気は出していないで?」


「何で、分かんだよ?」


「明らかにフォームに力感が無さすぎんねん! あれは絶対に全力で投げれば、一五〇キロ以上は出るわ!」


 確かに守屋のフォームって、全力を出している感じがしないんだよなぁ?


 あのコントロールとスイーパーと言ってもいい、変化量のスライダーにチェンジアップの緩急まで使われたら、攻略はかなり難儀だろうな?


「次、あいつは誰と?」


「広川大付属だゼェェェト」


 夏三連覇を目指す、広川大付属か?


 俺とは不本意ながら、因縁深い、高校ナンバーワンスラッガーの長原と台湾高校野球界のエースの王金明を要して、サイボーグに負けるならば、そうとう、マズい相手であるのは間違いないな?


「それと、練習試合での様子で聞いたんやけど? あいつ、笑うらしいで?」


「そりゃあ、笑うだろう? 人なんだから?」


「あのサイボーグがやで? そして、そこから剛速球を投げるらしいで! 明らかに普段が手を抜いているという証拠や! サイコな匂いせぇへん?」


「もはや、ウォーズマン守屋だゼェェェト」


 キン肉マンかよ。


 ウォーズマンが相手となるとなぁ・・・・・・


 まぁ、でも、まだ当たるの先だし、ウチがコケる可能性もあるからな?


「ウチ等の撮ったデータをお前等のマネに渡したで?」


「俺からも選別で渡したゼェェェェト」


 そう言って、二人は「日本代表合宿で会うで」や「ゼェェェェト!」と言って、練習場を出て行った。


「あいつ等なぁ、選別は大きいよな?」


「まぁ、幕張経済大付属と当たらなかったら、宝の持ち腐れだよ」


 俺はそう言って、ブルペンに入った。


 明日の登板を前に最終調整をする。


「長原が仕留めてくれれば、一番良いんだけどな?」


「・・・・・・長原は精神的に打ちたい気持ちが強すぎると、きわどいコースを無理に手出して、抑えられる事は多々あるで?」


 柴原がそう言うと「どっちが攻略しやすいと思う?」とだけ聞いた。


「いや、王金民がいるやろう?」


「去年のワールドカップで打ったじゃん?」


「どっちみち、勝ち進めば、最強の敵が俺達を待っているなぁ」


 俺がブルペンで投げ続けている時だった。


 北菜の佐野冬彦が不審者として、グラウンドの外で大阪府警に職質をかけられていた。


「ママを出せぇ!」


「君ねぇ? 高校生になってまでのう・・・・・・・」


 俺は気にせずに練習を続けたが、井伊が「一回戦でこけたのに、まだ、関西いるのかぁ?」と珍しく、頭を抱える。


「そりゃあ、不審者に見られるわな?」


 俺はやいの、やいのと盛り上がる、ブルペンでボールを投げる。


 その表情は自分でも分かる程に真剣な物だった。



 翌日の京都代表、京都平安寺高校戦では九回表まで、俺はパーフェクトピッチングを遂げて、スコアは〇対〇の状態で、九回裏を迎えていた。


「もはや、高校野球界ではアインは無敵だよ」


「ネクスト」


 俺が井伊にそう言うと、井伊は「そうだったぁ!」と言って、ネクストバッターズサークルへ向かって行った。


「ようし、井伊。何としてでも、京都の連中はしばくんやでぇ?」


 柴原がそう呪詛を唱えるかのように言い放つ。


「京都に恨みあんのか?」


「その通りや、浦木。ワシはなぁ、京都が嫌いなんや? あいつら、『ワシ等、関西やないし?』とか平気で言うて、府内では京都市に近い方を洛内と呼んで優遇して、京都市の外側を洛外と呼んで、偉い差別するんや? そして、ワシ等、大阪府民を見下す。関西の敵や。あいつ等、腹が立つ」


「それを俺に言われても、困るんだが?」


「しかもなぁ、あいつ等、東京に行く事を下るとか言うんやで? 浮世離れし過ぎやろう! そんな奴等に負けでもしたらーー」


 すると、甲高い金属音が聞こえる。


 井伊がサヨナラホームランを放ったのだ。


「おっしゃぁぁぁぁぁぁぁ! これで、ベスト四やぁ! ざまぁ! 京都!」


 京都の皆さん、申し訳ございません。


 ここに不躾物がいます。


 俺は心の中で全京都府民に謝りながら、井伊をチームメイトと共に出迎える。


「やったよぉぉぉぉ! アイン」


 これで、優勝まであと二勝。


 とうとう、頂点が見えてきたか?


 マウンドの向こうでは、京都平安寺高校の選手たちが呆然としながら、頬に涙が伝っていた。


 自分の夢をかなえる為にはどうすれば、良いか?


 答えは簡単、相手の夢を潰せばいい。


 そう、昔、格闘技の中継で実況のアナウンサーが選手入場時に行っていたのを思い出したが、それは事実だろう。


 相手に恨みが有る無しに関わらずに、自分の願いと生存を叶える為には相手を潰すしかない。


 それはどの社会に出ても、重要な競争社会の仕組みで、それが一番、世の中で皆が避けて通りたがる、修羅の定理だ。


 俺は今、それを実行した。


 そして、俺は過去の甲子園大会でそれをされる側も味わった。


 今度こそは全高校球児の夢を潰しに潰して、頂点に立って見せる。


 俺はそう思いながら、井伊の頭を叩いていた。


 誰の為だ?


 そう考えると、瀬口の顔が思い浮かんだ。


 あいつは優しいから、そういうのは嫌がるだろうか?


 そう思った、俺は苦笑いを浮かべざるを得なかった。


「アイン、ニタニタはきもいぞ」


 俺は井伊の頭を全力で叩いた。


 全国放送を気にする余裕は無かった。


10


 試合が終った後に準々決勝の第二試合である、西東京代表の広川大付属対千葉代表の幕張経済大付属の試合を観戦することにした。


「何もわざわざ、生観戦する必要は無いやろう? 暑いし?」


「同感! 同感! ホテルでガリガリ君が食いたい!」


 部員達が総出で、アイスが食いたいと駄々をこねる中で、俺は腕組をして、試合が始まるのを待った。


「始まりますね?」


 真山がそう言う。


「あぁ。始まる」


 部員達の言い分も一理あるが、俺はこの目で次の対戦相手を目に焼き付けたかった。


 特に理由は無い。


 ライバルが気になるとか、男と男の真剣勝負とか漫画チックな考えでは無くて、単純に今日この日は現地で試合を眺めた方が良いのではないかと、思ったので、現地で観戦しているのだが・・・・・・


「キャプテン! 帰りましょうよ!」


「こんなところ、いたら、熱中症を起こすわぁ! はよ、帰るで!」


 しかし、場内のどよめきが柴原を始めとする、部員達を沈黙させる。


 広川大付属の先発の王金民が一番バッターを一六〇キロ越えの速球で三振に切って取ったのだ。


「あいつ、この炎天下の中でフルスロットルかよ?」


「死ぬで? あいつ?」


 続く、二番バッターと三番バッターもストレートのみで三振。


 完全に投球が高校生のスケールでは片付かない仕上がりだ。


「さぁ、問題はあれやな?」


「守屋君だなぁ?」


 井伊と柴原も腰を据えて、試合を観戦する気になったのだろう・


 気が付けば、部員達も大人しく、試合を観戦していた。


 守屋は一番バッターを一四〇キロ台のストレートをコーナーについて、スイーパーで三振。


 続く、二番バッターはストレートを二球続けて、チェンジアップで三振。


 そして、三番バッターは微妙なコースを四球続けて、フォアボールを与えた。


「あいつもフォアボール出すんだな? あれだけ、コントロールが良いのに?」


「違う、わざとだ。あれだけコントロールが良い投手が四球も外すわけが無い」


 俺が確信めいて、そう言うと、井伊と柴原が「長原と男と男の勝負か?」や「守屋、ロマンチストやなぁ?」などと言う。


「違うな?」


「またかいな? 第二試合は浦木の推理ショーかいな?」


「何かがおかしい。守屋はそんな漫画チックな奴じゃないと・・・・・・」


 左バッターボックスに長原が入る。


(四番サード、長原君、背番号五)


 長原が構えると同時に守屋がインコース高めに一四〇キロ台のストレートを投げる。


 すると、長原はそれを引っ張って、ホームラン級のファウルを放つ。


 その時だった。


 守屋が笑った。


「あいつ、めちゃくちゃ漫画チックやな?」


「まさしく、ウォーズマン守屋だよ」


 そんな二人の茶化しは良いが、あの笑みは高校野球に代表されるような爽やかな物じゃない。


 あれは陰湿な悪意を感じる笑みだ。


 そこからだった、守屋は今までの力感の無いフォームから、恐ろしい程に力強いフォームへと投球動作を切り替えて、外角低めにストレートを投げた。


 一五五キロ、ストライク。


 場内がどよめいた。


 長原も唖然としていた。


「これは・・・・・・悪質やなぁ?」


「今までが手加減していたのかよ。守屋、性格悪いぞ!」


 そして、最後はタイミングが狂う、チェンジアップで三振。


 守屋は陰湿な笑みを隠そうともしなかった。


「最悪の敵だ」


 試合は一回が終わったばかりだった。


11


 五回の表に試合が動き始める。


 幕張経済大付属は王金民のストレートに見切りをつけて、ひたすら高速スライダーに狙いを付け、粘りに粘って、四連打の末に一点をもぎ取った。


「そういう、攻略法があるか・・・・・・」


 井伊がそう言うと、監督の林田が「浦木も速球とスライダー主体の投手だからな? そういう攻められ方をすると、多少は動じるなぁ?」と言い出す。


 俺の投球パーセンテージの殆どが速球か、スライダーのどちらかだからなぁ?


 これはちょっと、後で井伊と真山と林田とで配球を考えないといけないな?


 そして、試合は守屋が重量打線の広川大付属を一回のフォアボール一つだけしか、出塁を許さない、ノーヒットのまま押さえて、九回の裏に突入して、精密なコントロール都140キロ台の伸びのあるストレートで容易に三振を奪う。


「高校生で審判を味方につける程の恐ろしい、コントロールか? そして、リミッターを外せば剛速球だろう? お前等? 勝てるか?」


 林田がそう言うと、チーム全体に沈黙が走る。


 そして、左バッターボックスに四番の長原が立つ。


 そこから、守屋はリミッターを外して、一五〇キロ台の剛速球を投げて、長原を追い込む。


「長原は変化球を打つのは上手いですが、ストレートには差し込まれるところがあるですよね?」


「対長原用のストレートで押すという、戦術が見事に流用されているな? どうする? スライダーは打つし、二段階の投球スタイルを持つ、クレバーを通り越して、性格の悪い野郎と当たるぞ? 次は」


 俺がそう言うと、井伊が「アインの方が凄い」と言い出した。


「・・・・・・何で?」


「一六〇キロを超える投手なんて、早々、いない!」


「いや、目の前で一六〇キロ越え投手を攻略されてんじゃん?」


 俺がそう言うと、守屋が全球ストレートで長原を三振に切って取り、試合は幕張経済大付属が一対〇で広川大付属を下し、守屋はノーヒット・ノーランを達成した。


「それでも、アインが勝つ! あんな性悪野郎になんか、負けない!」


「いや、俺も十分、性根は悪い方だと思うが?」


 井伊が真剣にそう言うと、柴原が「悔しいが、ここでお前を信頼しないと、甲子園優勝は出来へんわ。頼むで、大将」とだけ言った。


「俺達が勝てないと思ったら、負けですよ。どっちが本当に悪いか証明してやりましょうよ!」


 神崎がそう言うと、俺は「いや、どっちが悪いって・・・・・・アウトレイジかよ。北野映画かよ。嫌だなぁ、最後の最後でそういう、エイリアンVSプレデターみたいな形で語られるの?」とだけ言った。


「おぉぉう。AVP」


「どっちが勝っても明日は無い奴」


 黒川と甘藤もその気になる。


「明日は総力戦で行こうやないか? 大将! 甲子園優勝でヒーローになるんや!」


 そう言って、柴原と井伊は『君の中の英雄』を歌い出すが、俺は熱戦の余韻が冷めやらない甲子園で一人で考え込んでいた。


 配球をどうする?


 生命線のスライダーを確実に狙ってくるぞ、連中は?


 俺がそう思うと、真山が「とりあえず、戻ったらどうです? 第三試合以降は私たちが見ますから?」とだけ言った。


「・・・・・・」


 とりあえず、俺は無言を返事にした。


 考え過ぎは良くないが、とにかく、次の相手は質が悪すぎる。


 俺は今から、ホテルで戦略を立てたくて、しょうがなかった。


 とりあえず、今、言えることは炎天下の中で、こめかみから汗が伝うのが鬱陶しいという事だけなのが、悔しかった。


12


 ホテルでの全体のミーティングを終えた後に俺と林田に井伊と真山の四人で配球に付いて話し合いをしていた。


「スライダーを滅多打ちにされる可能性があるんだよなぁ」


「カーブと縦のスライダーならば落ちる系だから、十分勝負できるじゃないですか? 後、シンカーにツーシームもあるし?」


「いや、スライダーが使えないはデカいだろう、真山?」


 井伊がそう真山に言い放つと、真山は「アメリカ戦の時はストレートとツーシームに縦のスライダーであれだけの三振を取っていましたよ。アメリカ戦の配球で良いじゃないんですか?」と言い出す。


「縦スラも一応はスライダーだから、あいつ等の攻略要素になるかもしれないんだよ」


「フォークのように落ちるのに? 浦木さん、そう言えば、フォーク投げないですよね?」


 それを言うと、俺と井伊は沈黙する。


「何で、投げないんですか? 肘に負担がかかるから、嫌だという、アメリカ人的な考えですか?」


 すると、林田が口を開く。


「それもあるが、浦木はフォーク投げれるぞ」


「えっ・・・・・・そうなんですか?」


「一年生時にフォーク習って、実用化しようとしたんだけど、いわゆるスプリットの速度で通常のフォーク並みに落ちる、高速フォークだから、当時の正捕手の金原や井伊も取れずに本番では危なくて、使えないから封印をしたという逸話が極秘裏にあった。だから、使いたくても使えないんだよ」


「・・・・・・聞いたことないです。それ」


「今まで、隠し通して来たが、これが日の目を見るかぁ・・・・・・肘にも負担が大きいしな? 一度、浦木は肘の靱帯を損傷しているから、出来れば使わせたくないから黙っていたんだ。悪いな?」


 真山が唖然とした表情を浮かべる。


「伊都とかどうですか?」


「あいつかぁ・・・・・・まだ、肩普通なんだよなぁ、一年では良い方でこれから伸びるが、幕張経済大付属も足速い奴多いからなぁ? 井伊に高速フォークを取ってもらうしかない」


 林田がそう言うと「今の俺と当時の俺とではフレーミングの技術が違います。絶対に後ろに反らしません!」と井伊は豪語する。


「あれ、肘に負担掛かりそうで嫌なんですけどね?」


「投げれるか? ちょっと、外出るか?」


 そう言って、四人は外へと向かった。


 街中なので、キャッチボールをするのも憚れるが、緊急事態なので、そうも、言ってはいられない。


 すぐに肩を温め、キャッチボールを始めた。


「アインは肩温まるのが早いから良いけど、早くしろよ、街中だから」


 そう言って、五分ぐらいで肩を温めると「座れ」と俺は井伊に言った。


「約、二年ぶりのあれか・・・・・・公にするのは初めてだけど?」


 井伊が身構える。


 そして、俺は人差し指と中指にボールを挟むと、ノーワインドアップからトルネード気味のフォームで井伊目掛けて、フォークボールを投げる。


 ボールは高速の速度で急激に落ちる。


 すると、井伊は体でそれを受け止めたが、防具無しで硬球なので、痛みに悶絶していた。


「井伊さん・・・・・・大丈夫ですか?」


 真山が駆け寄るが、井伊は「止めたぞ。アイン」とニヒルに笑う。


「明日の直前練習で間に合わせろ」


 林田がそう言うと、俺は「一晩で仕上げられます、これならば」と言った。


「この様子ならば、ミットの移動を伊都に指南して貰って、直前で間に合わせれば良い。前日に無理し過ぎて、調子崩すよりはその方がマシだ」


「・・・・・・まぁ、元が一夜漬けですからねぇ? 素地があるとはいえ?」


「明日、とにかく勝つぞ」


 そう言って、林田はホテル内に入る。


「良いのか? あんな調子で?」


「まぁ、一年の時は体ですら止められなかったからなぁ。井伊、一年坊に教わる勇気あるか?」


「全ては勝つ為ぇ!」


 俺はそれを聞いて、笑ってしまった。


「何がおかしい!」


「いや、明日勝とうぜ。今日は寝るわ」


「アイーン! 俺を道化にするなぁ!」


「本当にこの二人は・・・・・・でも、一年前に比べるとなぁ・・・・・・」


「真山ぁ! カップ麺食いたいぞぉ!」


「井伊さん、普通にスポーツ選手の大敵ですよ」


「英気を養うんじゃあ!」


 緊張感無ぇなぁ。


 でも、明日が正念場だな。


 俺は夜空を眺めた。


 満月か。


 スピリチュアルな事は信じないが、中々に悪くはない。


 俺は今、風呂に入って、寝る事しか考えていなかった。


 こういう時は往々にして、調子が良い。


 明日は勝てる。


 そう思えて、仕方なかった。


13


 しかし、昨日の勝てるという予感に暗雲が立ち込め始めた。


 試合前の直前練習で井伊が俺のフォークボールを捕れる事は取れるが、体で受け止める形なので、若干の不安が残るのだ。


 しかも、毎回、体で受けるので、絶対にどこか負傷するのが目に見えている。


 そして、今、フォークボールを投げた。


「うぐぅ!」


 そう言って、井伊は体でボールを受け止めるが、下手したら、あばらを折るんじゃないかとチームメイト一同がやきもきしていた。


「伊都、手本見せろ」


「はい!」


 そう言って、防具を着た、伊都がミットを叩いて「さぁ! 来い!」と号令をかける。


 俺はフォークボールを投げるが、伊都は見事にミットでキャッチした。


「何て、フレーミング技術!」


「キャッチャーとしての総合力では井伊が上やけどなぁ? でもなぁ、比較的、井伊も上手いはずのフレーミングで凌駕しているからなぁ。どうするんや? 井伊をファーストに回して、伊都とバッテリー組むか?」


 俺は柴原にそう言われて、思案していると井伊が「伊都、どうやったら取れるんだ!」と聞き、伊都が「根性とやる気とネバーギブアップ!」とバカ丸出しで答える。


「もろ、精神論じゃん・・・・・・」


 木島が呆れ果てていた。


 そこにいた林田も「時間が無いぞ。早く決めろ」と言い放つ。


「監督が決める事じゃないんですか?」


「キャプテンのお前が決めろ」


 そう言われてもなぁ。


 確かにバッティングを含めた、総合力では井伊が上だからな?


 しかも、井伊と伊都とでは圧倒的に肩の強さに違いがある。


 伊都は一年だから、仕方ないと言えば、それまでだが、肩が平均的なので、小技を使ってくる、幕張経済大付属相手だと、フォークが取れても盗塁され放題という事も考えられる。


 あの強肩を袖にして、フォークを取ることを優先するか?


 でもなぁ、打撃はファーストに回すから、維持できるとしても、肩なんだよな?


 単純にフォーク捕れるか、捕れないかだが、井伊も体で止められてはいるからな?


 よし、井伊には負傷してもらおう。


「井伊で行きます。伊都はバックアップと勉強に回れ」


「はい!」


「アイーン! まさかのそこで切り捨てない、お前は優しくなったなぁ!」


 井伊が思いっきり抱き着いてくる。


「ウザイ。さっさと離れろ」


「いやぁ、浦木の事やから、合理的な判断をして、伊都を選ぶと思うたんやけどなぁ?」


「同感」


 柴原と木島は何故か、俺を拝み始める。


「それはどういう意味だ?」


「いや、大して深い意味は無いでぇ?」


「そうそう、浦木君も優しくなったなぁと思って」


 まぁ、ここで鉄拳制裁をするのも有りだが、今年の夏は段違いで暑いので、そんな事に体力を使いたくない。


 なので、止めた。


「アインが鉄拳制裁をしない」


「マジで具合悪いの?」


 俺は「準備しとけよ」とだけ言って、ベンチへと引き上げる。


「情だな?」


 林田が後ろからそう言うと、俺は「肩ですよ。機動力を抑えるには肩です。それに井伊も体で止められているから、あいつにはこの試合で負傷してもらいます」とだけ言った。


「気が付いているか? ものすごく、お前は笑っているぞ?」


「あいつがあばらを折るところを見るのが楽しみなんですよ?」


「伊都を使えば良いのに? 志向がツンデレだぞ?」


「監督、一度、言いたかったんですけど、引退するんで、一発殴らせてくれませんか? それさえ、させてくれれば、何でも言う事を聞くんで?」


「優勝したら、何発でも殴らせてやる。とりあえず、勝て。絶対に」


 言ったな?


 有言実行してもらうおうじゃないか?


 俺は監督を殴れるというご褒美の為にこの試合に対する、闘志が燃え滾り始めていた。


 試合開始まで、後、三〇分があった。


14


 試合が始まる前の整列が始まった。


 幕張経済大付属の選手たちは緊張感に包まれた、表情を浮かべていたが、守屋は冷笑をこちらに浴びせる。


「土を持って帰る準備は出来たかい? 世代最強投手?」


 明らかな挑発だ。


 だが、俺は笑みを浮かべながら、こう答えた。


「明日、持って帰る。優勝旗と一緒に記念にな?」


 俺がそう言うと、守屋は「面白い事言うじゃないか?」とだけ言った。


「悪いな? 意外と冗談好きなんだ」


「好きだな? 君のクールでいて、茶目っ気がたっぷりなところ?」


 それ以降、守屋は無表情になった。


「礼!」


 試合前の礼をすると、俺達はベンチへと戻って行った。


「良い具合に求愛されたで? 世代最強投手?」


「それで最初からフルスロットルで来られたら、最悪だよな? 井伊、フォーク使うぞ? 良いな?」


「任されてぇ!」


 そう言った後で、俺を中心にチームで円陣を組む。


「今日、勝てば、俺達は決勝だ。散々な理不尽な目に遭ってきたと思うけど、それは今日と明日の為にあると、皆、思って欲しい。皆、俺達を勝たせてくれ・・・・・・さぁ、行こう!」


「オォォォウ!」


 チームの号令と同時に俺達はグラウンドへと散る。


 俺はマウンドで投球練習を行うと、井伊が途中、駆け寄る。


「監督がペース配分、気を付けろってさ?」


「今更かよ? だけど、確かに今年の夏は暑いからな?」


「まぁ、問題は・・・・・・」


「フォークだな? 捕れよ?」


「任されてぇ!」


 そう言って、井伊は元の位置へ戻る。


 そして、残り、数球の投球練習を終えると、俺は深く息を吸った。


 幕張経済大付属の一番バッターが左バッターボックスに立つ。


 審判が「プレイ!」と言うと、甲子園のサイレンの音が響く。


 試合開始だ。


 俺は一球目のハイスピンストレートを外角低めに投げ入れた。


 見送り、ストライク。


 徹底して、ストレートは捨てるか?


 二球目は内角高めのハイスピンストレート。


 ストライク。


 一番バッターは既に気押されている感覚を覚えた。


 井伊がフォークのサインを入れるが、それに首を振り、内角低めのストレートを投げ入れる。


 見送り三振。


 これはストレートだけでも行けるんじゃないか?


 俺はそう思ったが、続く、二番バッターにハイスピンストレートを投げるが、バントの構えを見せるので、バットに当てて、キャッチャーフライにする。


 そして、三番ピッチャーの守屋だ。


 俺は右バッター内角中段のハイスピンストレートを投げると、守屋は初球を引っ張る。


 三塁線のファウル。


 打撃も良いんだな?


 俺は外角低めにストレートを投げるが、守屋はそれには手を出せない。


 ストライク。


 そして、井伊からフォークのサインが出る。


 俺は人差し指と中指の間にボールを挟みこむとストレートと同じ要領で投げた。


 ストレートだと思い込んで、フルスイングする守屋はあっけにとられた、表情を見せる。


 真下に落ちた、そのボールは井伊が体で受け止めて、前に転がり、井伊がそれを捕って、驚きを隠せないままの守屋にミットをタッチさせる。


 スリーアウトチェンジだ。


 すると、守屋が笑い始めた。


「早ぇよ。あいつ、第二形態入るの?」


 俺がそう言うと、黒川が「井伊さん、必死に止めましたね?」と言い出す。


「マジでボディに来るわぁ。朝ご飯吐きそう」


「吐くなよ? 絶対に」


 俺がそう言うと、守屋が投球練習を始める。


 まだ、力感の無いフォームだ。


 一番はあのバカか?


 柴原が右バッターボックスに立つ。


「見てみい、ワシが早川のーー」


 140キロ中盤のストレートが外角低めに入る。


 ストライクだ。


「核弾頭やぁ・・・・・・」


「嫌な予感しかしないなぁ?」


「同感」


 俺と井伊が、そう言うと、その予感は当たった。


 続く、配球も内角高めにストレートで柴原は見送り。


 そして、最後はチェンジアップで三振だ。


「あいつ、人の配球を読んで、真似しているな?」


「てことは、配球がバレているって事か?」


 俺と井伊は頭を抱えそうになるが、笹が「でも、浦木のストレートが威力強すぎて、力負けしているようにも思えるよ? それにフォークもストレートと見分けられないし、この二つがあれば、抑えられると思うぞ?」と冷静に見解を伝える。


「力勝負か? にしても、後逸する可能性のある、フォーク頼みかよ?」


「よぉぉぉし! 俺が打つ!」


 井伊がそう叫ぶが、二番木島、三番黒川も三振に倒れる。


「長丁場だ。抑えるぞ」


「オウよ!」


 俺は井伊が防具を付けるのを手伝うと、すぐにマウンドへと走って行った


 暑いなぁ・・・・・・


 もう、汗をかいている。


 猛暑の中の神経戦の只中にいると、俺は知覚していた。


15


 二回の表に試合が動いた。


 四番バッターをフォークで三振にした後に、続く、五番バッターも三振を奪ったが、最後のフォークを井伊が後逸して、振り逃げ。


 続く、六番バッターに初球でフォークを投げるが、これも後逸。


 ワンアウト二塁。


 井伊が動揺する中で、俺は鎮まるようにとジェスチャーを送り、一応は落ち着けるが、続く、アウトコース低めのストレートには六番バッターは手を出せない。


 続く、決め球はフォークを持ってきたが、井伊は体で受け止めて、何とか三振に切って取る。


 これでツーアウト。


 そして、七番バッターに対しては井伊がカーブのサインを送る。


 大丈夫か?


 ハイスピンストレートとフォークで力押しで行くとか言ってなかったか?


 俺は首を振るが、井伊はさらにカーブのサインを送る。


 俺は全力で拒否すると、ハイスピンストレートのサインを送る。


 そうだ、それで良い。


 俺は内角中段にハイスピンストレートを投げると、相手は反応できない。


 続く、二球目も外角高めにハイスピンストレートで空振り。


 相手は完全にハイスピンストレートにタイミングが合ってない。


 俺はそう直感で感じていたが、続く、サインはフォークだった。


 俺は井伊のサイン通りにフォークを投げるが、井伊はこれを後逸。


 井伊が転がるボールを処理する間に二塁ランナーが三塁を蹴って、ホームへと突入する。


「井伊!」


 井伊はボールを投げるが、それが反れてしまう。


 先制点を許してしまった。


「アイン・・・・・・すまない」


「・・・・・・良いさ、お前のバットで取り返せ」


「アイーン!」


「止めろ、試合中だ」


 俺は続く、七番バッターを二球、ハイスピンストレートで追い込むと、井伊がまた、フォークを要求してくる。


 捕れるのか?


 俺はそう思いつつも、大きく、腕を振りぬくと、井伊は落差のあるそれを体で受け止めて、何とか三振に切って取った。


 スリーアウトチェンジだ。


「井伊、次の回から、ストレートとツーシームだけにする」


 俺がそう言うと、井伊が「何ぃ? せっかくの秘密兵器のフォークを捨てるのか!」と憤慨する。


「お前、捕れねぇじゃん? 伊都に変えても良いんだぜ?」


「うぅぅぅぅぅぅ!」


「ネクスト」


「おう、そうだった! 失態を挽回せねば!」


 そう言って、井伊は防具を取ると、バットを持って、左バッターボックスに立つ。


 相手投手の守屋は不敵な笑みを浮かべ、大きなフォームで剛速球を投げる。


 一五三キロだ。


「速いなぁ、タイミングが崩れるわぁ」


 しかし、井伊はどこか余裕めいた表情だ。


 続く、二球目も豪快なフォームから守屋は剛速球を投げ入れた。


 その時だった。


 甲高い金属の打球音が聞こえる。


 井伊が振りぬいた打球はライトスタンド中段へと消えて行った。


 同点ソロホームランだ。


 井伊は淡々とベースを回る。


 俺も含めて、チームメイト一同は唖然としていた。


 そして、井伊がベンチへと生還する。


「井伊、何で打てたんやぁ!」


 柴原が詰め寄ると「だって、アインのと比べたら、遅いもん」とだけ言った。


「それだけぇ!」


「うん、回転数も足りないし、球速もそんなでもないし、剛速球投げる度にフォーム代わるんじゃあ、山張れて、当然だよ」


 そうか・・・・・・井伊はストレートにめっぽう強いんだ。


 長原が変化球打ちの天才ならば、井伊は対ストレートの鬼といった、違いのあるスラッガーなのだ。


 これが今日、この時に役立つとは?


 しかし、この一発を受けて、軌道修正をした守屋は元の正確無比なコントロールと緩急で相手を翻弄するピッチングを取り戻して、井伊に打たれた後は三者凡退でスリーアウトチェンジだ。


「三回だ。ハイスピンストレートとツーシームだけで行く」


 俺が部員一同にそう言う。


「良いのかぁ? フォーク練習したじゃん?」


 井伊がそう言うと、俺は「相手はストレートにタイミングが合っていない。その時はハイスピンストレートと心中だよ」と言う。


「それしかないかぁ・・・・・・元が一夜漬けの決め球だからなぁ?」


 笹がそう言うと、俺は「決まりだな」とだけ言って、マウンドへと行く。


 暑いなぁ・・・・・・


 マウンドに立つのが酷だ。


「浦木君!」


 瀬口の声がした。


 一塁側のアルプススタンドを見ると、瀬口がそこにいた。


 俺はそこへと駆け寄る。


「浦木ぃ! 試合中やぞ!」


「放っておけ! ラブロマンスの時間だ!」


 井伊がそう言うが、審判は「早くしなさい!」と怒号を入れる。


「何で、こんなところに・・・・・・」


「陸上の予選負けたって言ったの覚えていないの?」


 そう言えば、そう言っていて、ここから大学の模試だとか言っていたけど、あまりにも忙し過ぎて、聞いていなかったな?


「もしかして、聞いていなかった?」


「・・・・・・すまない。応援に来てくれるとは思わなかった」


「優勝したら、許してあげる。ただし、負けたら、私の好きな物を買ってもらうから?」


 瀬口が意地の悪い笑顔を浮かべる。


「高く付くな?」


「行きなよ。審判の人、カンカンだよ」


「行ってくる」


 確かに審判はカンカンだった。


 俺はマウンドに立つと、直射日光の暴力に晒されながら、投球練習を続ける。


 更に上の観客席を見ると、ベイカー・鈴とその彼氏が意外だと言わんばかりの表情で瀬口を見ていた。


 あの二人も応援しているか?


 そして、瀬口のいるアルプススタンドをふと見る。


 マウンドは孤独だ。


 誰も助けてはくれないところだと思っていた。


 だが、彼女が居るという事を感じれば、俺は一人でないと思える。


 彼女だけではない。


 ここには俺がバカだと言った、愚民共まで付いてきている。


 マウンドは孤独だ。


 だが、今の俺にはそれは当てはまらない。


 九番バッターが右バッターボックスに立つ。


 俺は井伊からの返球を受け取ると、汗を拭い、投球動作へと入り、インコース高めにハイスピンストレートを投げ込む。


 場内がどよめいた。


 恐らく、一六〇キロ越えを出したのだ。


 調子の良い証拠だ


 ここからは一点もやらない。


 俺は静かな闘志が燃えるのを感じながら、二球目の投球動作に入り、アウトコース低めにストレートを投げ入れた。


 更にどよめきが続いた。


16


 ゲームはそのまま、一対一の投手戦へと移り、八回へと進んでいた。


 俺はハイスピンストレートとツーシームだけで十二奪三振を奪い、フォークで奪った六奪三振と合わせて、計十八個の奪三振を記録していた。


 一方の守屋は井伊に打たれたホームラン以外はヒットを許さずに十一個の奪三振を記録。


 ホームランを打たれた、井伊に至っては五回にスイーパーとチェンジアップを主体にした、配球の組み立てで三振に切って取った。


 しかし、その対決に光明があるとすれば、井伊がストレートに確実にタイミングが合っている事だ。


 絶妙なコントロールでストライクかボールか分からない場所に丁度来るのが難点だが、元来が悪球打ちの井伊なのだ。


 守屋攻略は近いと俺は踏んでいた。


 そして、守屋は井伊と対戦して以降、汗の量が尋常では無かった。


 プレッシャーを感じているのか?


 あの鉄仮面が?


 俺はそう感じると、二番の木島がチェンジアップで三振に切って取られるのを見た。


 そして、三番の黒川は見逃し三振。


 延長も見えてきたであろう、タイミングで井伊が左バッターボックスに立つ。


 ゼルダの伝説のテーマが早川高校のアルプススタンドから流れる。


 守屋と井伊の視線が当たる。


 そして、初球のインコースに食い込む、スイーパーを井伊は見送る。


 ストライク。


 何故だろう?


 緊張感が走る。


 俺は珍しく、手に汗を握っていた。


 そして、二球目だった。


 インコース低めギリギリに入ったストレートを井伊は無理やり引っ張った。


「どぉりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 井伊の怒号が響く。


 打球はどんどんと加速して、ライトスタンドに弾丸ライナーで飛び込んだ。


 勝ち越しの一打だ。


「いやったぁ!」


「井伊が打ったぞぉ!」


 早川高校のベンチはお祭り騒ぎだった。


 俺も何か、目に熱い物を感じていた。


 泣いているのか?


 俺は?


 井伊がホームベースを踏んで、ベンチへと戻って来る。


「アイン? 泣いているのか?」


「鼻炎気味なんだよ」


 すると、井伊が俺に思いっきり、抱き着く。


「止めろ。俺はそういう趣味は無い」


「俺はアインと出会えて、良かったぞ! アインと野球出来て最高だ!」


 井伊がそう言いながら、泣きじゃくる中で、柴原が「えぇ、カップルやなぁ? そのまま、結婚したらどうや? 仲人は俺が務めるで?」と茶化す。


「お前、帰ったら、覚えておけ」


 そして、五番の甘藤が三振に倒れると、井伊の防具を付けるのを手伝って、グラブを手に取り、マウンドへと向かう。


「浦木君!」


 瀬口の声が聞こえる。


 しかし、それに答える事が出来ないぐらいに集中しきっていた。


 俺はマウンドへと向かうと、暑さには閉口するも、あと、三人で試合が終ると感じていた。


 終わらせてみせる。


 延長戦なんか、糞食らえだ。


 俺は投球練習を終えると、そう言えば、振り逃げとキャッチャー後逸以外はヒットを二本打たれて、後は内野ゴロだった。


 結局、それだけしか打たれていないか?


 俺はそう考えると、暑さの中で息を吐く。


 そして、九番バッターが右バッターボックスに立つ。


 俺はロジンバッグを手に取り、それを捨てる。


 ノーワインドアップからのトルネードの投球動作に入る。


 ハイスピンストレートが白い矢のように井伊のミットに収まる。


 場内も毎度のようにどよめく。


「ナイスボー!」


 井伊がそう言って、返球をする。


 幕張経済大付属のベンチは泣きながら、叫び続ける。


 俺はこの時、勝利を確信した。


 だが、集中力は切らさない。


 二球目の投球動作へと入っていた。


17


(浦木君が電話なんて、珍しいね?)


 決勝戦当日。


 俺は宿舎から瀬口に電話をかけていた。


 昨日の幕張経済大付属戦は結局、二対一で俺が完投勝利を挙げた。


 スポーツ紙の一面を独占する中で、ついに肝心の決勝戦を迎えるのだが、俺は何故か、試合前に瀬口の声が聴きたくなってしまった。


(浦木君。私の話を聞いていなかったのを許すか、許さないかが、かかっているから、絶対に勝ってよ?)


「高い物を買わされそうだよ? その後、アジア選手権があるから、甲子園終わると、すぐに東京から韓国へ向かわないと行けないんだがな?」


 二人の間に沈黙が走る。


(浦木君、それ終わったら、受験?)


「だろうな? 遊ぶ時間もねぇよ」


「おーい! アイン、早くしろ!」


「監督がカンカンやで!」


 俺は気にせずに瀬口と通話を続ける。


「大学入っても、一緒だからな?」


(・・・・・・ありがとう)


「まずは大学合格、それ以前に甲子園優勝とアジア制覇だな?」


 瀬口が妙に弾んだ声で(うん! そうだね!)と言う。


「アイン! もう、監督が怒っているから!」


(そんな事よりも、浦木君。浮気、またしたでしょ? 誰、あの美人?)


 ベイカーさんか・・・・・・


「俺のファンで将来のスター」


(はぁ?)


「アイン!」


「すまないがそろそろ行かないと。監督がカンカンだよ」


(・・・・・・そう、分かった。行ってきなよ)


「あぁ、じゃあ・・・・・・」


(ねぇ、アイン?)


 瀬口が突然に名前を呼ぶ。


「どうした?」


(これだけは言わせて)


 瀬口が(ふふ)と笑いながら、息を吸い込む。


(栄光を君に)


 俺はその時、微笑を浮かべていた。


 試合開始が近づいていた。


 終わり。




 ここまで、ご拝読ありがとうございました!


 次回作は「機動特殊部隊ソルブス」長編最新作を夏か秋に予定しています。


 今後とも、皆様、よろしくお願い致します!


 

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