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第八話 激闘! 星谷総合戦!

 第八話です。


 地獄甲子園満載な回です。


 果たして、浦木達は無事に甲子園へ行けるのか!


 今週もよろしくお願い致します!



 そして、案の定、俺達は監督室に呼ばれた。


「アホか? お前等? いや、バカップルか?」


「それはーー」


 若さ故の過ち。


 実際に行為に及んでいないとはいえ、自分達の浅はかさを突かれた、俺と瀬口は黙るしかなかった。


「大問題」


「面目ありません」


「お前等、二人だけにすると何をするか、分らないから、当面は見張りを付けよう。そうだな・・・・・木島とかどうだ?」


 木島は教頭の甥っ子なので、皆と仲良くしてはいるが、逐次、野球部の情報を教頭に流しているという負の側面を持っていると再認識していた。


「ある意味、適任ですね? もっとも、あいつも未成年だから、夜遅くまでは監視出来ないんじゃないですか?」


「お前等は夜遅くに出歩かないだろう?」


「あっ、ご存じ?」


「とにかく、お前は注目を浴びているんだから、仮に瀬口を妊娠させたら、大問題だ。それにお前は大学進学を考えているなら、その志望校とうちの推薦ルートも無くなって、後輩がお前等の過ちの代償を追うことになる」


「何か、言っていることが校長先生や教頭先生みたいですね?」


 俺がそう言うと、林田は机を叩く。


「俺が真剣にお前等を心配しているのを茶化すのか?」


「・・・・・・すいません」


「とにかく、お前等は二人っきりにはしないぞ」


 林田にそう言われた後に俺と瀬口は監督室を出た。


 外では木島が待っていた。


「監視はさせてもらうよ」


「良いのか? 夜遅いぞ?」


 俺がそう言うと、木島は「僕にはそんな温かい家庭は無いよ」と言って、そっぽを向き始めた。


 そう言えば、木島の家族については皆、話していなかったな?


 井伊は高知県出身で、柴原は兵庫県出身で大船のアパートで二人暮らしだけど、こいつは・・・・・・木島は学校や部活動以外では何をしているんだ?


 俺はそう考えると、木島が「とにかく、君達の護衛兼監視役は僕がやる。君達を破滅はさせないよ」と言ってきた。


「飯ぐらいは家で食わせてやるよ」


 俺がそう言うと、木島は俺を睨み据えた。


 初めてだな?


 こいつのこんな表情は?


「早く、練習行きなよ」


 木島はそう言いながら、俺達の後を付ける。


「アイ~ン、サードインパクトはぎりぎり回避できたか!」


「冷や冷やしたわぁ! 監視付きなったけど!」


 井伊と柴原がそう言うと、川村は「今日は大変だったね?」と言ってきた。


「まぁ、自分達がやったことですから?」


 瀬口は黙ったままだった。


「二人とも、早明で待っているから、学生結婚なんてバカなことはしないようにね?」


「外堀は埋まりましたからね?」


「格好良さげなことを言っている場合じゃない! 真面目に言っているんだよ!」


 そう言って、川村は車のキーを見せた。


「免許取ったんですか?」


「中古車ってところが、残念なんだけどね? いつかはスポーツカーに乗りたいけど?」


 そう言って、川村は「じゃあ、一年後来てね? ちょくちょく、私は来るけど!」と言って、グラウンドを後にした。


「キャプテン、練習するぞ」


 そう言って、井伊が肩をポンと叩く。


「悪い」


「謝るんやない。お前が謝ったら、死亡フラグか悲劇フラグが立つやろう」


「だろうな?」


 俺は瀬口の方を向いた。


「後でな?」


「浦木君、私の気持ちに嘘はないよ?」


「あぁ」


「はい! そこまで!」


 そう言って、井伊と甘藤に神崎が俺を引きずり出す。


「止めろ! 俺は正常だ!」


「黙れぇい! お前の脳内には今、ラブロマンスな虫が湧いていて、正常な判断が出来んのや!」


「言っておきますけど、キャプテン! これは野球部の存在意義にもかかわるんですよ!」


「放せ、俺はキャプテンだぞ」


 それを見ていた、柴原が「あぁ、情けない! 愛を知ったことによって、知的さと冷静さを失って、エテコウ同然になった浦木など、何の価値もないわぁ」と言った。


 俺はその瞬間に怒りを覚え、甘藤に神崎、井伊を振り払い、柴原に飛び蹴りを食らわした。


「ぎゃあぁぁぁぁぁ!」


「ありがとう、柴原。お前のその余計な一言で夢から覚めたよ」


「やばい! 愛の夢に溺れていた、暴君を目覚めさせてしまった!」


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 部員全員が恐怖に怯え、泣き叫ぶ中で俺は柴原を殴り、蹴り続けた。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 止めてくれぇ!」


「柴ちゃんが死んでしまう!」


 俺は部員たちが発狂する中でも柴原への暴行を止めなかった。


「キャプテン。甲子園に行けなくなりますよ」


 真山がそう言うと、俺は「そうだな? このぐらいにしておくか?」と言って、ブルペンへと向かった。


「ワシの命はええぇんか?」


 ぼろぼろになった柴原がそう言うが、真山は「甲子園が第一優先です」と冷たくあしらった。


「人の命は地球よりも重し・・・・・・」


「柴ちゃん! 何も昔の政治家の発言をして、倒れることはないだろう!」


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ! 柴原先輩が殺されたぁぁぁぁぁぁ!」


 部員達が泣き叫ぶ中で、俺は伊都を呼び寄せて、キャッチボールしていた。


「お前は柴原、介抱しなくていいのか?」


「俺、浦木先輩のボール受けたいんで!」


「良い奴だ? お前は?」


「最高です!」


 そう言って、俺と伊都はキャッチボールを始めた。


 グラウンドでは俺が蒔いたであろう狂気の犠牲になった、部員達の断末魔の叫び声が響いていた。



 練習が終わって、俺が北鎌倉の自宅に戻ると、瀬口と木島が家に上がり込んできた。


「瀬口は良いけど、木島が本当に上がり込んでくるとはな?」


「言ったろう? 監視すると?」


 そう言って、玄関に上がると、瀬口と木島が「お邪魔しまーす」と声をそろえる。


 しかし、返答はない。


「いない?」


「いや、母さんは執筆中で、父さんは仕事だよ」


「浦木君のお母さんは作家で、お父さんは製薬会社の社長なんだよね?」


「ふ~ん?」


 木島は気に入らないという表情を浮かべていた。


「飯、俺が作ろうか?」


「浦木君、作れるんだっけ?」


 そう言って、俺と瀬口はキッチンに座る。


「いいよ、私作るから?」


 瀬口がそう言うと、俺は「一抹の不安を感じる」と言ってきた。


「同感だよ」


 木島も声を揃える。


「私だって、料理できるよ?」


「・・・・・・俺が作ろう」


「いいよ!」


「二人ともいちゃつかないでくれ」


 木島が頭を抱える中で、結果的に瀬口が作ることとなった。


「何か・・・・・・」


「うん」


「焦げ臭くない?」


「だろうな? 瀬口が作るんだから?」


「いや、冷静に分析をするなよ。黒い物体が食卓に運ばれたらどうするんだよ?」


 木島がそう言うが、俺は冷静に答える。


 だって、瀬口が作るんだもん。


 美味いわけがない。


 そうして、焦げ臭いにおいが部屋に充満する。


「出来たよぉ!」


 そう言って、瀬口が料理を運ぶがそれは料理とは言えない代物で、真っ黒い物体だった。


「これ、何?」


「野菜炒め?」


 木島は絶句の表情を浮かべるが、俺はある程度は織り込み済みだった。


 野菜炒めという料理のセレクションもひどいが、この程度の料理を焦がすのもかなりまずい。


 結論、瀬口に料理は期待しないほうがいい。


 そして、木島がそれを知らずか、黒い焦げた物体を口に入れると、そのまま倒れた。


「えっ! 木島君!」


「いや、瀬口、美味すぎて倒れたんだよ」


「んなわけないでしょう! 大丈夫かな? 食中毒かな?」


「狼狽えるな。いい具合に監視役がいなくて、いいじゃないか?」


 木島が倒れる中で、俺はカレーを作り始めた。


 すると、そこに父親が帰ってきた。


「アイン、なんか焦げ臭いぞ?」


「あっ、お義父さん。お邪魔しています!」


「あぁ、真ちゃん。こんばんわ・・・・・料理したんだね?」


「あっ、すいません・・・・・・」


 そう言われた、瀬口は頬を赤らめる。


「そこにいる、少年は・・・・・・」


「瀬口の手料理の餌食になった奴です」


「餌食とか言うな!」


 そう瀬口が言う中で、父親は「いいだろう。仕事で疲れているが、こんなことがあろうかと仕込みもしてきたんだ」と言ってきた。


「父さん。今日は何かしらの上手い料理を作るんだね?」


 俺が期待を込めて、そう言うと、父は「パエリアだよ」と静かに言った。


「さすが、お義父さん。料理のレベルが違いすぎる」


 瀬口がそう言って、拍手をする中で、木島は倒れたままだ。


「母さんは部屋から出ないだろう。彼を起こしなさい」


 そう言って、俺は木島の介抱をする。


「木島、起きろ、パエリアだぞ」


 そういう中でも父親は料理の支度を始める。


「いいなぁ? 料理が得意なお父さんがいて?」


「瀬口の家はお義母さんが作るんだろう?」


「お手伝いさんが作ることもあるんだけどね?」


「完全な金持ちの家だ・・・・・・」


 俺はそう言いながら、父親の調理の過程を眺めるしかなかった。



 月日が流れ、六月には野球部は本格的に夏の甲子園に向けて、動き出し、同月中に県外の強豪チームと練習試合を行うなどで、準備を行っていた。


 そして、七月。


「直近の二試合共に〇対〇で試合終了、浦木さんがハイスピンストレートの制球を安定させた結果としてはK/BB(奪三振と四球の比率。3・5を超えると優秀)が爆発的に向上しました。防御率もいいですし・・・・・問題はーー」


「打線だな? あのバカ共が遊びすぎたからだろう?」


「たしかにここ最近はサクラ大戦とか食べ物の話ばかりでしたからね?」


 そう言いながら、部員達のバッティング練習を眺めていると、井伊が「ゼットンォォォォン!」と叫びながら、サク越えを連発していた。


「井伊、ゼットンはあの低温ボイスじゃないとあかん!」


 そう部員達がハッスルする中で、俺と真山は「組み合わせの結果、俺達は二回戦からのスタートで初戦は舞系高校と保土谷始高校か? 神崎に投げてもらうおうかな?」


「良い具合になまりますよ? いいんですか?」


「過密日程なんだから、休める時に休むさ? それに?」


 俺が真山の方を振り向くと「何気に五〇〇球ルールがあるんだろう?」とだけ言った。


「一週間のうちに五〇〇球を超えたら、ダメというやつですね? うちは事実上のダブルエース体制ですけど、他所の特に弱小高は死活問題ですね?」


「監督の俺への負担軽減が功を奏しているんだよ? もっとも、神崎がエースになった時にダブルエース体制を維持できるかが問題だな?」


「後身の育成ですか?」


「そう思ってもいいよ」


 俺がそう言うと、井伊が汗を垂らしながら、こちらに近づいてくる。


「アイ~ン!」


「汗を拭け、キモイ」


「甲子園終わったら、海行こうぞ!」


 井伊がそういってガッツポーズすると、俺は「俺達は日本代表があるから、すぐに招集だろう?」とだけ言った。


「あぁぁぁぁ! 俺達の青春が!」


「うん、野球を引退した後に海に行くなんて、高校野球あるあるだよな?」


 俺がそう言うと、柴原が「安心せい。浦木、井伊。お前等の分もワシ等が海でエンジョイしてくるわ?」と言ってきた。


「お前等・・・・・・」


「何や?」


「今から、海の話していると絶対に負けるぞ?」


 それを聞いた瞬間に部員全員が固まった。


「・・・・・・俺達は海行きたいんやぁぁぁぁぁ!」


「俺、山派で尚且つ、水に入るならプリンスホテルのプールに入るから?」


「死ねやぁぁぁぁぁぁ! ブルジョアジーめ!」


 そう言って、部員達が集まる中で、陳がバッティング練習をしていた。


 何気に飛ばしているよな?


「何がぁ? プリンスホテルや! 海や! 海! 人工の産物で夏をエンジョイするんやない!」


「海は洋上にいる分には夏を感じるが、中に入ると潮の関係で体がべたつくんだよ」


 俺達が海に関して、激論をしていると、柴原がいきなり蹴られた。


「ギャッ!」


「柴ちゃんが蹴られた!」


 そして、その蹴った人物を見ると、それは野球部OBの金原と沖田だった。


「お前等、最後の大会が近いのに、海談義か?」


「あぁ・・・・・・来ちゃったかぁ」


 井伊がそう言うと、沖田が「監督からお前等が最近、気が緩んでいるから、締めてくれとお願いされたのさ? 大学も夏休みで野球もオフシーズンだからな?」と言ってきた。


「今回は二人とも、日米大学野球のメンバーから外れましたからね?」


 俺がそう言うと、金原が「・・・・・よし、ノックするぞ」と言ってきた。


「えぇぇぇぇ!」


「お前等! 気が緩みすぎなんだよ! 行くぞ!」


「うわぁぁぁぁぁ! アインが本当の事を言うから怒らせた!」


 井伊と柴原がそういう中で、部員たちは所定の守備位置に付く。


 一年生達はOBに協力的だ。


「行くぞぉぉぉ!」


「やぁぁぁぁぁぁぁ!」


「カモォォォォン!」


 この掛け声の仕方の事態でウチの野球部は自由なんだよな?


 俺はそう思いながら、ノックに加わった。


 そこから、俺達にとっての地獄が始まるとは思わなかった。



 そこから、五時間が経過していた。


「おらぁぁぁぁぁ! 柴原! その位置が深いなんて言わせねぇぞ!」


 柴原にノックが集中的に飛び始める。


「井伊! てめぇもてめぇだ!」


 珍しく、ファーストを守ることになった、井伊には意図的かどうかは知らないが溝内に打球がめり込む。


「ぐふぅ!」


「大体、キャプテンのお前が色恋沙汰に走るから、統制を取れていないんじゃないか! えぇ!」


 ショートの位置に立つ、俺にも容赦なくノックの嵐が飛ぶ。


「おら、外野ぁぁぁぁぁぁ! てめえらは遠いからって楽してんじゃねぇぞ!」


 金原のノックの魔の手は外野にも及んだ。


 外野も際どいところにボールを落とされるから、なかなかボールが取れないのだ。


「サード!」


 甘藤にも容赦なく、打球が飛び交う。


「僕は辛党だぁぁぁぁぁぁぁ!」


 今の状況で叫ぶセリフか?


 俺は疑問に思いながらも、自身に飛んでくるボールの処理を優先した。


 そして、夜が暗くなってから、監督が金原に「そろそろ、こいつ等を帰さないと問題だから?」と言って、ノックは終わった。


「よし、じゃあ、最後走るぞ!」


 それを聞いた瞬間に部員たちに寒気が走った。


 しかし、林田が「無し、無し。今日は帰せよ。全員」と言って、事無きを得た。


「あぁぁぁ、監督が助け舟出して助かったわ」


「金原先輩のあのバッティングコントロールはすごいな?」


 俺がそう言うと、井伊は「あの野郎共! 日本代表に落ちた腹いせを俺達にしやがって!」と泣き出す。


 俺は井伊の背後に金原がいるのを見て「後ろ」とだけ言った。


「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


「はははは! 後輩いじめは楽しいな!」


 陰湿、残虐、徹底的なサディズム。


 これこそが、俺達が一年の時に恐れていた、当時のキャプテンである金原啓二だ。


「ようし、酒飲むぞ!」


「いや、俺達未成年です!」


「硬いこと言うなよ。犯罪やろうぜ? 犯罪!」


「金原キャプテン、法律違反を助長するのはまずいです」


「冗談だよ、俺まで処分されるだろう」


 金原はそう言って、俺達の肩をポンと叩くと「よし、グラウンド整備だ」と言ってきた。


「今から・・・・・・」


 しかし、そこに林田がやってきて「金原、帰してやれ」と言ってきた。


「ちぇ、楽しいのにな?」


 俺達には悲劇にしか感じねぇよ。


 俺は林田に感謝をしながら、部室で着替えをした。


 そして、外に出ると沖田が「あっ、来週からの一週間は通いの合宿やるから?」と言ってきた。


「えぇぇぇぇぇ!」


「何ですか! その新たなしきたり!」


「だから、言ったろう? 今の三年生の代になって、気が緩み始めたから、監督がカンフル剤を投入したのさ? 学校には泊まらないで、通いだから良いだろう?」


 確かにウチの学校には宿泊施設は無いからな・・・・・・


 しかし、今までそんなのは無いのに、急に合宿なんてシステムが出来たか?


「帰るか?」


「あぁ」


「そやな」


 俺達はふざけることも出来ずにバス乗り場へと向かっていた。


 日は完全に落ちて、蒸し暑さを感じる夜だった。



 そして、一週間後。


 合宿初日はなんと午前五時に学校集合となった。


 ストレッチが終わり、走り、投げて、打って、紅白試合まで行って、気が付けば、昼食の時間になった。


「あぁぁぁ~疲れて、飯食えんわ!」


 柴原がそう言って、真山が作った、おにぎりを食べる。


「う~ん?」


「何だよ?」


「真山!」


 柴原が真山を呼び出す。


「何です?」


「塩昆布と梅干しかないんか? 具が?」


「適度に塩分が取れて、いいと思いますが?」


「もっと、ガッツが付くもんないんか?」


 柴原がそう言って、口から米を飛ばす。


「汚い」


 俺がそう言うと、真山は「今の疲労の度合いで牛肉なんて食べれますか?」と的を得た回答をした。


「うぐ?」


「ポカリ入れてきますね?」


 そう言って、真山はどこかへ消えていった。


「うちのマネージャーはよく考えているな?」


「泣けてくるわぁ? 悔しくて?」


 柴原はそう言いながら、男泣きをする。


「柴ちゃん! 男がそう簡単に泣くんじゃない!」


「違う! これは汗や! 決して、涙やない!」


 出たよ、茶番劇。


 俺がそう言って、おにぎりを頬張り始めると、口に白米の甘みが広がっていた。


 何気にいい米を使っているな?


 そういう中で、金原は「よし、体デカクしたいなら、もっと食え!」と言って、伊都にばんばんとおにぎりを食べさせる。


「最高です!」


「いいぞ、いいぞ」


 純粋な伊都が悪い先輩の魔の手にかかっている。


 見なかったことにしよう。


 俺はそう思いながら、おにぎりとお茶を口に入れた。


 そこから、午後の練習へと俺達は向かう事となった。



 その後に全体練習に入ったが、すぐに異変が起きた。


 伊都が戻したのだ。


「おろろろろろろぉぉぉぉぉぉぉ!」


 結構、リアルな感覚で戻し方を俺は目撃してしまぅた。


「お前さぁ? 掃除大変なんだからさ?」


「すいません! 握り飯を食いすぎました!」


 そう言って、伊都が倒れる。


「保健室へ連れていけ。それと掃除」


「えっ? ゲロを片付けるんですか?」


「嫌だったら、俺がやるけど、どうする?」


 俺が一年にそう言うと、沈黙の後に「キャプテンにゲロを片付けさせるわけにはいかないです・・・・・・」と言って、清掃の準備を始めた。


 俺は威圧するのも嫌なので、仕方無く、その清掃を監督することにした。


「うわぁぁぁ! 独特のにおいが!」


「おろろろろろろろぉぉぉぉぉぉ!」


 一年生たちがもらいゲロをしてしまった。


「パンデミックだ?」


 俺がそう言って、頭を抱えると、井伊と柴原が「おい、どうした! 何があったんや」と言って、やぅてきたが、来た直後に「おろろろろろぉぉぉぉぉぉ!」と言って、戻してしまった。


「来てすぐかよ・・・・・・」


 俺は仕方なく、清掃道具を取り出した。


「おろろろろろぉぉぉぉぉぉ!」


 部員たちが戻す中で、俺は鼻をつまみながら清掃を始めた。


 俺、キャプテンなのになんでこんな・・・・・・


 まぁ、誰も率先して、やらないからやらざるを得ないな?


「おろろろろろぉぉぉぉぉぉ!」


 井伊と柴原が戻す中で、俺は清掃モップを片手に掃除を始めるしかなかった。



 そうして、恐らく、進歩的な考え方を持つ、野球人から見たら、ただ単にパワハラの連続でしかない、合宿は見事に終わったが、部員達が吐き、俺がそれを片付けるという事の連続だった。


「いやぁ? 何か合宿が終わってすっきりしたわぁ!」


「いやぁ、爽快ですな? 会長?」


「・・・・・・」


 俺はひたすら、二人を睨みつけていた。


「どないした? 大将!」


「そりゃ、お前等もあれだけ戻していりゃあ、すっきりはするだろうさ?」


「いや、おにぎりの食べすぎはあかんなぁ?」


 そう言って、井伊と柴原は大笑いするが、俺は拳を見せ始めた。


「止めろぅ! 暴力では何も解決はせぇへん!」


「我々は平和を希求する!」


 俺がそれを無視して、自身の拳でこの二人を殴りつけようとした時に木島がやってきた。


「あぁ、皆さ?」


「何や?」


「期末試験の勉強している?」


 木島から俺がそれを聞くと、俺は「あぁ、もう勉強は始めているぞ」とだけ言ってきた。


 それを聞いた、井伊と柴原は「何ぃぃぃ!」と言ってきた。


「お前、抜け駆けかいな!」


「許せん! 俺達が一切、勉強していないのに!」


「このままだと、俺達は三年生で高校ダブってまうやろう!」


「そうか、楽しみだな?」


 俺がそう言って、机に立とうとすると「浦木君! 木島君! 君達、僕の友達だよね?」と井伊が血の涙を流しながら、こちらに詰め寄ってくる。


「違うな?」


「同じく」


「頼むぅぅぅぅ! わし等に勉強を教えてぇなぁ!」


「ふざけるなよ、お前等、何で俺達がお前に勉強を教えないといけないんだよ」


「・・・・・・」


 木島は何故か、黙り始めている。


「頼むぅぅぅ! このままでは俺達は高校をダブってしまう!」


「嫌だ。俺は勉強、一人でやる派だから、絶対にやらない」


 すると、木島が「いいよ、やろうか?」と言ってきた。


「よっしゃぁぁぁぁぁぁ! これで安泰や!」


「ははははは、木島がそう言ったんだ! アインよ、お前も付いてこい!」


 二人がそうはしゃぐ中で俺は「嫌だ、絶対に嫌だ」と言って、机に付いた。


「アイン、ただでとは言わんぞ?」


「・・・・・・なんだ? 見返りは?」


「商品券を五万円分」


 何で、こいつ等がそんな物を持っているんだ?


 俺は「本当か?」とだけ聞いた。


「来てみれば、分かるよ~」


「どうする~浦木タン?」


 俺は珍しく、この二人に動揺をさせられていた。


 本当に商品券五万円分あるのか?


 そうすれば、新しいパソコンやアイフォンを手に入れる足しにはなるがーー


 すると、チャイムが聞こえ始めた。


「検討をしておいてくれ」


 そう井伊が肩をポンと叩いた後に、俺は授業中に自問自答を繰り返し、集中が出来なかった。


 本当に・・・・・・そんなものがあるのか?


 セミの鳴き声がさらに俺を混乱させているように思えた。



 大船にある、井伊と柴原の下宿先のアパートに付くと、思春期の男子特有の獣臭さが鼻についた。


「さぁ、勉強を教えたまえ! 二人とも!」


 そう言って、井伊と柴原は手を広げるが、俺達はすぐに自分たちの勉強を始めた。


「お前等、それは人任せっていう奴なんだよ」


「ええやないか? 商品券は恵むんやんから?」


 そう言いながら、井伊と柴原に指導をしつつ、自身の勉強を進めていると、井伊がテレビを付け始める。


 ゴールデンタイムのお笑い番組だ。


 勉強中にテレビ見ていたら、そりゃ、成績悪くなるわな?


「消せ」


「えっ、俺の好きなコンビがーー」


「んなことやっているから、成績悪くなるんだよ、消せ」


 そう言われて、井伊はテレビを消した。


 すると、柴原がラジオを付け始める。


「消せ」


「浦木君」


 木島が俺に声をかける。


「ラジオは僕も聞きながら、勉強しているから?」


「俺は何も付けずに勉強をするタイプなんだよ」


 俺がそう言うと、ラジオに出ているお笑い芸人とアイドルがリスナーの投稿を読み上げて、それに対して、面白おかしく答えていた。


(ラジオネーム、おにぎり吐いたさん)


 俺はそのラジオネームを聞いた瞬間にシャーペンの真を折ってしまった。


(高校で野球部に所属していますが、つい先日、大学の野球部に進学したOBから、合宿で前時代的なマラソンや地獄ノックを食らい続けて、皆が皆、グロッキーな状態で合宿を終え、気が付けば、定期試験に突入です。某日本人メジャーリーガーだって、ランニングは前時代的と言っているのに、その人よりもはるかに若い大学生がこんな前時代的なしごきとしか言えない、自己満足な練習を敷いてくるのです。僕は間違っていないと思いますが、皆さんはどうでしょうか?)


「おい、これは誰が投稿した?」


「・・・・・・誰や?」


「少なくとも、俺達ではないな?」


「う~ん、二年生?」


「獅子身中の虫ってやつかな?」


「もぅとも、俺達の本心だけどな?」


 そう言って、ラジオを聞いていたら、俺は自分の集中力が途切れるのを感じていた。


「消せ、集中できん」


「いや、音がないと眠ってまうやろう」


「どこの漫画家だよ。俺は集中できないんだよ」


「永遠の論争が今、巻き起こっているね?」


 木島がそう言う。


「あれだろう、一切、無音で勉強するか、ラジオとか音楽聞きながら、勉強するか?」


「あぁ、この論争は一種の宗教戦争だよ」


 井伊は木島のその一言に頷くと、立ち上がりだした。


「カップ麺、作ってくる」


「おっ、いいのぅ。ザッツ受験生や」


「定期試験だろう。第一、まだ開始して一時間も立っていない」


 俺は自分の勉強をしつつ、柴原と井伊に指導をしていたが、あまりの進みの遅さに閉口せざるを得なかった。


 ラジオが鳴り続けていて、上手く集中できなかったので、自身の勉強をこっそりと優先させ続けた俺だった。



 そして、定期試験が終わり、俺は見事、クラス内で三番目の成績を収めた。


 そして、井伊と柴原はボーダーラインのぎりぎりで補習は免れた。


「いやぁ、助かった~」


「補習が無いって素晴らしい!」


 井伊と柴原がそう爽やかな表情で言うと、俺は思いっきり、二人を睨みつけた。


「良いご身分だな? 俺達がカテキョウしたから、何とか補習を免れたのに?」


「同感、人任せのいい例だよ」


 木島も俺に同意する。


「まぁ、僕はクラスで二位だけどね?」


 俺はそれを聞いて「優秀だね? 木島先生」とだけ言った。


「一位は瀬口さん」


「何!」


「真タンがついにクラスの成績で一位になったか!」


 あいつ、陸上部の部活と並行して、テストの成績を上げたか?


 本気で早明を狙っているな?


 俺は瀬口の努力に感嘆する中で木島に「浦木君、本格的にこの成績だと早明は厳しいんじゃないかな?」と聞いてきた。


「・・・・・だろうな?」


「何を言うとるんや」


「クラスで三位だぞ!」


「その程度じゃあ、六大は厳しいという事さ? 大人しく、プロに入るか、推薦で進んだほうが良いんじゃないかい?」


 木島が真顔でそう言うと、俺は「まだ決まったわけじゃない」とだけ言った。


「別に浦木君なら早明には進めるさ? ただ、行き方に問題があるんだ。他の皆は予備校に通っていて、模試も受けているんだ。受験で行くのは無理があると思う」


 木島が頭の痛いことを言うと、俺は「高校球児で東大行った奴がいるんだ。不可能ではないさ?」と反論した。


「二人の対決が高等なものになっている!」


「俺達がボーダーラインなのにさらに上を行くとは!」


 俺と木島がそのようなやり取りをしていると、瀬口がひょいと顔を出した。


「やぁ」


「おう、クラスで一位らしいな?」


「ふふ、これで推薦と自力での進学も可能かな?」


 やっぱり、こいつは俺より出来がいいな?


 俺は瀬口に「俺はクラスで三位だが、それじゃあ、木島先生曰く、早明は無理とのことだ」と言ってきた。


「頑張ってよ。お父さんと約束をしたでしょう?」


「それを言うな。俺は今、頭が痛いんだから」


「だからさぁ、言ったろう? 大人しく推薦を受けるなり、プロに入るなり? 今からでも進路変更は可能だよ?」


 木島がそう言うと「うるせぇな? 俺は受験で行く」と言った。


「アイン、圧倒的な実力があるんだったら、高卒でプロ行った方がいいと思うぞ?」


「そうや、大学や社会人の野球部は基本的には高卒でプロに行けなかった奴の進路や。普通にドライチで行けるなら、高卒でプロに行けぇや」


「プロになって、ダメになったら、俺は何のスキルも無いプータローだろ?」


 俺がそう言うと、瀬口が「浦木君は起業するのが夢なんだよ」とだけ言った。


「お前、それは言うなよ。こいつらには秘密だろう?」


「なるほど、プロ入りの契約金や年俸をため込んで、会社の立ち上げ資金にするんだ?」


 井伊が目を輝かせる。


「お前にしては正解だよ」


「浦木、俺が無職になったら、雇ってくれや!」


「嫌だ、仕事出来ない奴なんか死ね」


 それを聞いた、柴原は「貴様は労働者の敵やぁぁぁぁぁぁ!」と怒鳴り始めた。


「視座が高いのさ? お前等みたいに永遠にぼろ雑巾のように使われる側じゃない」


 それを聞いた、井伊は「アインの歯に衣着せぬ発言が帰ってきた・・・・・・」と言ってきた。


「浦木君、基本的に君の好戦的で人を見下した、態度を取る、君を知っているから、僕は何も言わないけど、本当にこの成績じゃあーー」


「浦木君は行けます。余計な事言わないで!」


 瀬口がそう言うと、木島は「少数でも味方がいて、良かったね。浦木君」と言って、木島はクラスに戻った。


「木島、最近は浦木に辛辣やな?」


「彼、家は代々、教師の家庭なんだけど、お父さんとお母さんに教員や公務員になるように勧められていて、関係性が悪いんだって?」


「よく知っているな? 瀬口?」


「本人が浦木君はうらやましいって言っていたよ?」


「何で?」


「料理が上手いお父さんがいて、お母さんは無制限に愛情を注いでいて、裕福で自分の目標にだけ、進んでいるから、世間体だけを気にして、親の言う通りにしか生きられない自分とは根本的に違うんだって?」


 俺はそれを聞いて、瀬口に「木島には夢ってあるのか?」と聞いた。


「本人と話した時に聞いたけど、本当はプロ野球選手になりたかったんだって?」


「浦木がその気になれば、手にいれられる物やな?」


「そりゃあ、浦木が恵まれすぎているのを見ていたら、いじけるな?」


「俺の希望とあいつの家庭的な境遇は別のものだろう。同一視する方がおかしい」


 俺がそう言い放つと、柴原は「というか、真タンに悩みを打ち明ける時点であいつは真タンが好きなんやろうな?」と言った。


「ますます、アインにジェラシーを抱くわな?」


「知らない。思い通りにならずに格差があるのが、人生だろう?」


 俺がそう言うと、瀬口は「浦木君が恵まれているから、それに悩んでいる人の気持ちが分からないだけだよ?」と言ってきた。


「まぁ、とりあえず、最後の大会が終わってからだよ」


「あぁ、もうすぐか?」


 そう言う中で、外ではセミが鳴き始めているのが聞こえた。


 もうすぐ、最後の夏が始まるのか?


 そう考える、俺にはまだ本当にそれが最後だという、実感が湧かなかった。


「最後だ・・・・・・」


「そうやなぁ、わし等が揃うのもこの学年で最後や?」


「その気になれば、いつでも会えるだろう? もっとも、お前等が転落したら、すぐに見捨てるけど?」


「ふっ、アイン、俺は高卒でプロに行くぞ?」


 井伊がそう言うと、柴原は「まぁ、ワシは三流大学行って、適当に卒業して、芸人にでもなるわ?」と言った。


「凄い、適当な人生プラン」


「典型的なフリーター感覚の三流大学生の考えそうな人生設計だな?」


「やかましい! ワシがブレイクした途端に同級生面して、近づいてきたら、容赦なく切り捨てるで!」


「あぁ、問題無い。お前は永遠にプータローだ」


「何やとぉぉぉぉぉぉ!」


 四人でそう盛り上がっていると、林田がやってきた。


「ヤベェ!」


「真タン、がんばれぇい!」


 井伊と柴原がそう言うと、林田が「話は聞いた」とだけ言った。


「あっ、聞いてましたか?」


「進路相談するか? そろそろ、考えたほうがいいだろう?」


「可能なら、お願いします」


 林田とそう会話した後に授業に入った。


「もうセミが鳴いているか?」


「えぇ、夏ですね?」


 気温が高くなり、セミも鳴き、俺達にとっては本当に最後の夏が始まるのだとようやく、実感し始めた。


10


 そして、ついに夏の神奈川県大会が始まり、例によって横浜スタジアムで開会式をやり、開幕戦が行われる中で俺達は京浜東北線で学校へ戻る事にした。


「キャプテン!」


 伊都が声を張り上げる。


「電車の中ではお静かに」


「なんで、横浜で乗り換えないんですか!」


「監督がてっちゃんだから、電車に乗る時間を増やしたいんだって?」


 俺が目線を送ると、監督は地面に這いずりながら、電車のモーター音を聞いていた。


 そして、恍惚の表情。


「やばいっす!」


「それを言うな? 消されるぞ」


「分かりました!」


 そう言って、伊都はちょこんと座席に座り始めた。


「まったく、一年に監督の地雷を説明するだけでも大変やな?」


「というか、監督も選手の負担を考えてほしいな?」


 俺がそう言うと、井伊が「監督は目的最優先で人命軽視だから」と言ってきた。


「エヴァQのミサトさんだろう?」


「イヤァ!」


 そう言って、井伊がサムズアップする中で、俺は座席に座り始める。


 そう言って、大船までの道中で俺はスマートフォンでネットサーフィンすることにした。


 ー星谷総合、城之内、一五五キロを計測ー


 そのネットニュースを眺めると、あの非行少年の思わぬニュースが目に入った。


「・・・・・・また、当たらなきゃいいけどな?」


 俺はスマートフォンを閉じるしかなかった。


11


 そして、初戦が始まり、相手は保土始高校だった。


 オーダーは控え中心であるが、四番ファーストで井伊が入っていた。


 バッテリーは神崎と伊都か?


「浦木は温存だが、一応は待機」


「はい」


 そう言われて、ベンチに腰掛けた俺ではあったが、試合はとんとん拍子で、進み。


 気が付けば、五回コールドで勝利していた。


「神崎はノーヒットピッチングか?」


「参考記録ですけどね?」


 それを見た、俺達は道具を片付け始める。


 そして、球場の外で現地解散を告げられると、俺は井伊と柴原と一緒に帰る事にした。


「嫌な情報があるんだ?」


「何や?」


「押しのアイドルが結婚したんか?」


「いや、俺はアイドル興味ないんだけど?」


 俺はスマートフォンを取り出し、それを二人に見せる。


「城之内か・・・・・・」


「たしか、一五五キロを計測したんやろう? おまけに素行不良で触る者を皆、傷つけた、あの野郎か?」


 去年の夏の大会では俺達は決勝で城之内達のいる、星者総合と当たったが、さんざん挑発行為を行ったことに審判が激怒して、高校野球の県大会決勝では珍しい、没収試合で俺達は甲子園へと向かう事となった。


「秋の大会も謹慎させられていたからのぅ?」


「あぁ、あいつらが改心したようには思えないんだ? 何か当たりたくないんだけど?」


「何気に日本代表候補に城之内が選ばれたのも腑に落ちないんだよな?」


 俺達がそう言うと、電車は大船へと止まった。


「じゃあ、ワシ等は帰るで?」


「アイン、夜道気を付けろよ」


「縁起でもないことを言うな」


 そう言って、俺は二人と別れた。


 そして、北鎌倉の自宅に戻り、パソコンを開くと、イアンからズームをしたいとメールが届いていた。


 気が重いな?


 ワールドカップ以来の会話だ。


 そう思いながらも、イアンとズームを繋げる。


「アインか?」


「あぁ、どうした急に?」


「コウシエンが始まったようだな?」


「よく知っているな?」


「早く、アメリカに来い。俺はお前を打ち崩したいんだ?」


「分かっているよ、ただ、今はその甲子園に集中したいんだ?」


「そんなに重要な大会なのか? それ?」


「よく言われている例えを使うなら、アメリカで言う大学バスケ並みの人気さ」


 それを聞いた、イアンは「あぁ、そんなに人気?」と返してきた。


「まぁ、俺の知り合いに日系人のおばさんがいるから、近況は聞いてみるが、とにかく、故障しないで、アメリカに来い。俺達は決闘するんだ」


「俺はメジャーにはまだ行かねぇぞ? 大学進学するし?」


 俺がそう言うと、イアンは「俺も大学に行く! 日米大学野球で勝負だ!」と言い出したが、俺は「切るぞぉ」とだけ言った。


「待て! まだ、話すことがーー」


 俺はズームの中継を切り、ベッドに横たわった。


「やることが多すぎる・・・・・」


 気が付けば転寝を始めていたが、母親の「ご飯!」の一言で強制的に起きざるを得な

かった。


 全く、面倒臭い。


 俺はこの時にたしかに一種の疲労感を感じ取っていた。


12


 その後に俺達は順当に県大会を勝ち進み、気が付けば、準々決勝まで進んでいた。


「相手は王明実業です」


「北岡無き後の新生王明実業は個々の力に頼らずに、徹底した戦略とチームプレーで、勝ち上がって来た、チームだ。ウチみたいなアベンジャーズもびっくりな個人技を生かしたチームとは大違いだな?」


「北岡さんがいた頃が懐かしいですね?」


「先人が偉大過ぎたから、その後の世代に付けが回っているんだろうけど、その分は戦術や技術でカバーしているのさ、言うまでなくても強いと思うぞ」


 俺が真山にそう言うと、監督がやってきて、部員はそれを囲む。


「じゃあ、オーダー言うぞ、一番ショート柴原」


「ランボー最後の戦場!」


「あの映画、嫌いなんだけど?」


「二番センター陳」


「おう」


「三番セカンド黒川」


「はい」


「四番キャッチャー井伊」


「痛みを無視しろと大佐が教えましたから」


「あの名言な?」


「五番ライト木島」


「はい」


「六番サード甘藤」


「はい!」


「七番ファースト笹」


「はい」


「八番レフト加地」


「はい」


「九番ピッチャー浦木、以上、異論はないな?」


「あります!」


 井伊が手を上げる。


「くだらないこと言ったら、どうなると思う?」


 林田がそう言ってくるが、「アインをじゃんけんから外してください!」と言った。


「それは一理あるな? じゃんけん弱いから?」


 林田はそうは言ったが、「でもなぁ、主将だからな?」と言って、結局、俺が行くことになった。


「アイ~ン、勝ってこ~い!」


「井伊さん」


「何じゃい、黒タン!」


「浦木先輩がじゃんけん勝つと負けるというジンクスがあるでしょう?」


 それを聞いた、部員一同は黙り始めた。


「アイン?」


「何だ?」


「散ってこい!」


「あぁ、そうか。お前等は俺を人身御供にするつもりだな?」


 俺はそう言って、王制実業のキャプテンとジャンケンに興じた。


 結果・・・・・・俺が勝って、後攻を勝ち取った。


「勝ったぞ」


 俺がそう言うと、部員たちが膝から崩れ落ちる。


「終わった・・・・・・俺達の夏が終わった・・・・・・」


「そうだなぁ、海行こうか?」


「戦意喪失するなよ」


 俺達はそう言いながら、ベンチへと向かっていった。


「とにかく、ジンクスはジンクスで最善を尽くすぞ」


「う~」


 部員達がそう言うと、俺は「監督の走り込みってまだ、冷結されていないよな?」とつぶやいた。


「まさか、あの悪夢の学校までのランニング?」


「しかも、ここは関内の横浜スタジアムだ? 舞岡まで遠いぞ?」


 俺がそう言うと、皆が「ランニングは阻止するでぇぇぇ!」と気合を入れ始めた。


「本当にこの代は嫌い、俺」


 部員たちが妙なハッスルをする中で俺は頭を抱えるしかなかった。


 試合の時間が刻々と迫っていた。


13


 試合が始まる前にグラウンドで整列をした。


 早川高校に王政実業の選手が揃う。


「礼!」


 そう言って、選手達がグラウンドに散り、俺はマウンドへと向かう。


「よぉぉぉし! しまっていこう!」


 そう言って、井伊が叫ぶと、早川高校ナインもそれに追随する。


「一回の表、王政実業の攻撃は、一番ーー」


 相手の一番バッターが左打席に立つと、俺はロージンバッグで腕をならして、それを捨てる。


 相手は右の俺に対して、全員左バッターを揃えてきやがった。


 でも、勝つさ?


 理由は無いが、勝たないとダメなんだ。


 俺がそう思いながら、ボールに手をやると、審判が「プレイ!」と号令をかけた。


 そして、横浜スタジアムにサイレンが響く。


 俺は初球、インコース高めにハイスピンストレートを投げ入れる。


「ストライク!」


 審判がそう号令をかけると、相手は恐怖心を滲ませて、俺を見入る。


 続く、二球目はアウトコース低めにハイスピンストレートを投げた。


 これに一番バッターは空振りをする。


「ストライク!」


「おけぇい! 良い球が来ているよ!」


 井伊がそう言って、ボールを返球する。


 そして、三球目。


 井伊は高速シンカーを要求するが、俺はそれに首を振り、再びハイスピンストレートを投げ入れる。


 今度はインコース高めだ。


 すると、一番バッターは思いっきり空振りをする。


「バーターアウト!」


 その時、球場はどよめいていた。


 俺が後ろを振り向くと、球速表示は一六一キロだった。


「明日の一面は俺だな?」


 その表示を見て、今日の試合は勝てるという確信を持った、俺は続く、二番、三番も空振り三振に切って取った。


「オッけぇい! ナイスピッチ!」


 ベンチで熱い歓待を受けると、柴原がヘルメットとバットをもって「俺に任しとけぇぇぇぇぇ!」と言って、打席に向かっていった。


「一回の表、早川高校の攻撃は一番ショート、柴原君、背番号六」


「見てみい! わしが早川の!」


 そう言って、柴原は王政実業の左投手のスクリューに空振りをする。


「核弾頭やぁぁぁぁぁぁ!」


「あいつ、スクリューを使うのか?」


「面倒くさいですね? あいつは関内の中心で愛を叫んでいますけど?」


 俺と林田がそのような会話をすると、加地が「ものすごい、ローカル感がする」とだけ言った。


「行けぇぇぇぇぇぇぇい! テポドン!」


「突破口を切り開けぇぇぇぇぇぇぇ!」


 部員たちにそう言われると、柴原はライト線へのヒットで出塁した。


「おぉぉぉう! テポドンが珍しく、初回出塁だ!」


「いいぞ~いい兆しだねぇ~」


 井伊がそう言って、ヘルメットとバットを持つと、黒川が「どこのAV監督ですか?」とツッコミを入れる。


 すると、二番バッターの陳の打席に入ると、柴原はすぐに盗塁を仕掛け、ノーアウト二塁の状況を作り上げた。


「相手、ド緊張してますね?」


「もしくは、お前に一六一キロなんて、数字だされたから、競争心が煽られて、フォームが崩れたんだろう?」


「相手ピッチャーは山之内でしたっけ? 自分の特性も知らずに万人が一〇〇マイルを投げれると思うなんて? 浅はかで想像力のない投手だ」


 俺がそう言うと、金属バットの甲高い音が聞こえる。


「おぉぉう! 中華の鉄人! ナイスバッチ!!」


 打球は左中間を転々と転がり、柴原が見事、ホームに生還する。


「はははは! 援護射撃は安心しろや! 浦木!」


 俺がそれを無視する中で、黒川がセンター前に運んで、ノーアウト一塁・三塁で四番井伊。


「井伊ぃぃぃぃ! ベリンジャー打法や!」


「それ、とんねるずの番組でやっていた奴だろう」


 俺がそう言う中で、金属バットの甲高い音が聞こえた。


 気が付けば、打球は横浜スタジアムの場外へと消えて行った。


「勝ったな?」


「まだ、分かりませんよ。監督」


 俺と林田がそう会話する中で、井伊は淡々とダイヤモンドを回っていた。


 このまま、コールドしてくれるとありがたいがな?


 夏の酷暑が身に堪える時間帯だった。


14


 翌日のスポーツ紙一面は俺が一六一キロを出した事がデカデカと書かれていた。


「もはや、非日常も日常と化したか?」


 井伊がサングラスをかけながら、淡々と語る。


「あぁ、もはやこれはいつも通りの光景さ?」


 柴原もサングラスをかけながら、同様の行いをする。


「早川高校野球部全国制覇計画。それこそが我々、早川高校野球部の悲願だ」


「井伊、野球部を潰そうとする学校上層部は黙っていないぞ?」


「分かっている。もうすぐ、我々はその境地に達しようとしている」


「浦木の覚醒は近い」


 そう言って、井伊と柴原がグラサンと付け髭をして、碇ゲンドウの真似を続けていた。


「おい、お前等、ここは特務機関ネルフじゃないんだよ」


「アイン、お前はなぜ、ここにいる」


「ノリに乗るのなら、早くしろ、出なければ・・・・・・帰れ!」


「帰るよ、休みなんだから」


「逃げるのか? アイン」


 俺はそれを聞いて「いつまで、ヱヴァやっているんだよ・・・・・・」とだけ言った。


「井伊」


「あぁ」


「木島を出せ」


「使えるのか?」


「増長した浦木よりはいい」


 俺はその二人のバカ話を聞いている中で、瀬口とばったり会った。


「・・・・・・」


「・・・・・・」


「勝ったね? 何気に」


「順当過ぎて、怖いが、そうなると、城之内と当たるかもしれないんだよ」


 試合は俺が退いた後に神崎がパーフェクトリリーフで抑えて、見事に勝利した。


 一方で次の相手は城之内率いる、星谷総合になるかもしれないのだ。


 真山が現地で観戦しているが、内心では城之内に敗北してもらいたい次第だ。


「あいつ、嫌い。浦木君の事を舐めてかかっているから」


「そういうお前がいるだけで、俺は心強いよ」


 俺は本心からそう言ったが、瀬口は「浦木君、優しくなったなぁ? 私の教育の成果だよ」とだけ言った。


「何で、お姉さん目線なんだよ」


「精神年齢では圧倒的に私が浦木君より上だよ」


「そうかぁ?」


「そうだよ! 絶対に優等生と無駄に露悪的なひねくれ小僧のカップルだと、お姉さんと弟的なポジションになるのは必然だよ!」


 瀬口がそう自信満々にドヤ顔を浮かべるが、俺は静かに「漫画好きだからなぁ、瀬口?」とだけ言った。


「言わないでよ・・・・・・部屋中が漫画だらけなの内緒にしているんだから?」


 瀬口が頬を赤らめたので、俺のサディスティックな心理が刺激されたので、もうちょっと、この話題で攻めようと思ったが、井伊と柴原が「アイィィィン!」と叫びながら、やって来る。


「何だ、お前等は? 間が悪い」


「おろ? お取込み中?」


 俺はバツの悪さを抱えながらも「何だ?」とだけ聞いた。


「星谷総合と当たる事になりました・・・・・・」


 そう言いながら、井伊と柴原はおいおいと泣き始める。


 最低な展開だな?


 あの正真正銘の不良小僧が躓くところが見たかったのだが?


「まぁ、当たるもんはしょうがないからのだが、アイン!」


「ワシ等はなぁ? 星谷総合への偵察を行なおうと思うんや!」


 二人が何故か、自信満々にそう言うと、俺は「俺は行かないぞ? あんな悪鬼の巣窟の不良高校なんか?」とだけ言った。


「そんな事を言うなやぁ! お前が喧嘩強いのは知っているんやから、お前いないと、ボコボコにされるんやぁ!」


「頼む、真山を連れて行くからこそ、お前が必要なんだ!」


 ちょっと、待て。


 真山を連れて行くだと?


 あんな畜生共の巣窟に?


 そんな事したら、真山が予期せぬ妊娠をしちゃうじゃないか?


 真山とは単なる先輩と後輩の仲であって、恋愛感情などは一切無いが、仲間ではあるので、そんな事態だけは防ぎたい。


 故にそれだけは主将権限で絶対に許さない。


「駄目だ。真山を連れて行くと、犯される可能性がある。行くとしても男子だけで偵察班を作れ。そして、可能であれば、あんなところに行くな!」


「いや・・・・・・それが真山は乗り気なんや?」


「あぁ? あいつは映画の見過ぎじゃないか? ちょっと、説教してくる」


 俺がそう言うと、井伊が「アインが本気で心配しているんだな・・・・・・マジで目が真剣だもん」と言う。


「俺は真面目君だよ」


「普段、授業をサボタージュしておるのになぁ?」


 柴原のくせに痛いところを突くんじゃない。


 普段だったら、暴行の一つや二つはしているが、真山への説教をどう行うかで頭が一杯なので、とりあえず、真山が帰って来たら、冗談抜きで正座の一つや二つはさせようと思った。


「私も同席する」


 瀬口がそう言うと「言ったら悪いが、瀬口は部外者だろう? 止めてくれ」と俺は苦言を呈する。


「浦木君が怒ると本気でマズいから、私が歯止めになるの。隅っこにいるだけだから?」


「それが賢明や! 真ちゃん、頼むで!」


「アイン、忠告は聞きいれた方が良いぞ! 内心では部員一同が真山を危険な目に遭わせたくないからこそ、お前の説教が上手くいく事を期待している!」



 井伊と柴原がそう言うと、部室の外から「何ィィィィ! 真山が星谷総合に向かうだとぉ!」と大声が聞こえた。


 俺は勢いよく、部室のドアを開けると、二年生と一年生達が炎天下の中で聞き耳を立てていた。


「暑い中、盗み聞きとは良い度胸しているな?」


「そんな事はどうでも良いんです! 真山は本気であんな地獄の様な学校に自分から、行くんですか!」


 甘藤が汗まみれの顔面をこちらに近づける。


「汗吹け、そして、近い」


「真山先輩が犯されるぐらいならば、俺達が偵察隊に行きます!」


「真山先輩を生贄にして、勝利するなど、許せん!」


「皆で真山先輩が不良の子を孕まないように偵察隊に志願するぞぉ!」


 二年生と一年生がそう奇声を上げるが、俺は「お前等、脳内で勝手に言うのは合法だが、妊娠とか孕むとか犯されるとか、本人の前で言ったら、はっきり言って、大問題で、マジで嫌われるから、止めろよ?」とだけ言った。


「脳内で真山先輩が犯されるのを想像するのは有りなんですか!」


「お前等はエロアニメの見過ぎだろう。バカだろう? 真山をそういう目で見るな。仲間だろう?」


「真山先輩をそういう目で見るなは不可能です」


「そうです! 俺達はずっと入学当初から、真山が好きだったんです!」


 一年と二年がそう言うと、俺は「お前等、絶対に本人の目の前でそれ言うなよ。俺が主将権限で絶対に真山は行かせない」とだけ言った。


「浦木さん、聞こえていましたよ」


 真山は目が笑ってない状態で笑みを浮かべながら、俺の方へ向かう。


「真山ぁ!」


「真山先輩!」


「あなた達こそ、潜在的なレ●プ魔。柴原先輩と変わらない」


「誰がレ●プ魔やぁぁぁぁぁぁぁ!」


 柴原が咆哮を上げる。


「まぁ、血気盛んなアホの集まりだとは言え、今のご時世では冗談で済まされないから、女子に対する言動は気を付けろよ。とりあえず、真山を説教するから」


 俺がそう言うと、一年と二年は「真山先輩!」や「真山ぁ! 生きて帰って来い!」と言うが、当の真山は満面の笑みで「私の思い人からお説教食らうから、これほど、良い事は無いけど?」と言った。


「えっ・・・・・・」


「真山って、浦木さんが好きなの?」


「脈無しよ、あなた達?」


 真山が微笑を浮かべながら、そう言うと、一年生と二年生は膝から崩れ落ちた。


「終わった・・・・・・俺達の青春が終わった」


「マネージャーはキャプテンが頂くという、黄金パターンだよね!」


「というか、浦木先輩、あれだけ、美人の彼女いるのに、真山まで貰うなんて・・・・・・クラスであれだけ嫌われているのに、地味に美人限定でモテるという、謎スキルがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


「あぁぁぁぁぁぁぁ!」


 一年生と二年生が発狂する中で、俺は真山に「俺の事が好きなのか?」とだけ聞いた。


「いえ? あいつ等が私で猥談していたので、軽く、打撃を与えようと?」


「だろうな? 瀬口がプンプンだもん?」


 瀬口は真山を睨みつけていた。


「本気?」


「冗談ですよ。瀬口先輩がいるの知っていますし?」


「・・・・・・何か、冗談には思えない」


 瀬口がそう言うと、俺は「部室で説教するぞ。二人っきりはコンプラ的にマズいから、瀬口に同席してもらう」と真山に伝えた。


「お二人は仲良いですねぇ? 夫婦みたい」


 それを聞いた、瀬口は頬を赤らめるが、俺は「冗談は良い。覚悟しろ」とだけ言った。


 キャプテンになると、自分のプレーだけを考えることが不可能になるから、はっきり言って、嫌だな?


 かと言って、他に出来る奴がいないしなぁ・・・・・・


 俺は部室の古いクーラーのタイマー予約を入れると、真山と向き直った。


 隅っこには瀬口が控えている。


「お前はふざけているのか?」


 俺は真山に説教を始めた。


 真山が無表情なのに笑っているように見えたのは気のせいだろうか?


15


 翌日、俺と井伊、柴原、甘藤に一年、二年数人を加えた、偵察班は星谷総合高校がある、神奈川県横浜市中区の十日市場へと向かって行った。


「見事に何もねぇな?」


「いやぁ、住めば都だぞ? アインよ、恐らく?」


「星谷総合はここから、歩くんだっけ?」


 そう言って、俺達は星谷総合のある場所まで向かって行った。


 すると、段々と十日市場の街並みから星谷総合の校舎へと向かうと、カラスの大軍が出迎えてきた。


「・・・・・・不吉」


「ここだよなぁ? 星谷総合って?」


 十日市場駅から歩いて、十五分と意外と近いが、校舎は荒れに荒れて、カラスが大量に生息をしており、目の前では黒猫数組のカップルが堂々と交尾をしていた。


「アイ~ン、もう帰ろうよ!」


 真山を連れて行かなくて、良かったな。


 俺はそう安堵した後にインターホンを鳴らした。


「どちらさん?」


 ドスの聞いた声が聞こえる。


「今朝、お電話した、早川高校の浦木と申します。野球部の練習を見学出来ないかと?」


「あぁ、今朝、連絡して来た、不躾な人たちね? ちょぅと、待っていろよ」


 不躾はどっちだよ?


 俺がそう言うと、校舎から、顔に大きな傷と刺青を入れた、長身の男がやって来た。


「驚いたな? 本物の浦木アインじゃないか?」


 えっ?


 ヤ●ザだよね?


 明らかにこの人?


 アインは「はい・・・・・・」とだけ言うと、ヤ●ザは「磯部です。この学校の教頭です」とだけ言った。


 えぇ?


 教頭なのに極●かよ?


「ここの生徒は荒れているからね? 俺のガイドが無いと、命無いよ。付いてこい」


 どんな学校?


 チャカとかヤバい薬物を製造していねぇだろうなぁ?


 俺と井伊、柴原、甘藤、他数名は恐怖に慄きながら、星谷総合の校舎へと入る。


「アイーン。ここ、何?」


「さぁな? 余計な事を言わない方が良いと思うぞ」


 校内のグラウンドに入った直後だった。


「伏せろ!」


 磯部がそう言うと、早川高校の部員全員が反射的に伏せた。


 すると、奥にある、校門の鉄の部分に何と、実弾がめり込んでいた。


「貴様等ぁ! 来客が来たからと言って、実弾で狙撃するバカがいるかぁ!」


 いや! 何で、実弾があんの!


 ていうか、狙撃って何?


「磯部先生? そいつ等、玩具にしていい?」


 校舎に大量の不良生徒が現れる、男子女子関係なく。


 手元を見ると、拳銃、アサルトライフル、マシンガンに日本刀、トンファー、何か、鎖系の奴にメリケンサックに包丁と武器のオンパレードだった。


「貴様等ぁ! 来客だぞぉ!」


「うぉぉぉぉぉぉぉ!」


 不良生徒が大量に向かってくる。


「あれほど、来客が来たからと言って、興奮状態になるなと言ったのに! 走れ! 皆!」


 反射的に早川高校の面々は走っていたが、井伊は「アイン・・・・・・ごめん」とだ

け言った。


 ズボンが濡れていて、しかも、明らかにウ●コの匂いがしていた。


「後で、ムーニーマン買ってやるから、今は走れ!」


「うわぁぁぁぁぁぁぁん! 何、この学校!」


「クローズZEROもビックリの不良校やな?」


「走れぇ! 後輩共! 生きて帰るぞ!」


「俺達! ただの高校球児なのに!」


 そう言って、俺達はグラウンドを武装した不良生徒達に延々と追いかけられ続けていた。


 武装している時点で勝ち目が無いが、そもそも論として、数が多すぎる。


 素手じゃないからなぁ・・・・・・


 アインは計算をしたが、どっちみち、相手が悪すぎるので、逃げることに終始する事に頭を切り替えた。


 実弾が飛んでくる。


「あれ! 銃刀法違反だからぁ!」


 甘藤が泣きそうになりながら、そう言うが、磯部は「星谷総合の常識は世の中の非常識なんだよ! 優等生諸君!」と妙に良い声で言っていた。


「そこ、自慢するところじゃない!」


 俺は思わず、大声を上げていたが、ただ、ひたすら、走るしかなかった。


 地獄のような・・・・・・まさしく、悪鬼の巣窟と言っていい学校が星谷総合なのだとこの時ほど、痛感した事は無い。


 そう思った時だった。


「あれぇ? 浦木じゃん? お困りぃ?」


 城之内がけたけたと笑いながら、こちらを眺める。


 周囲ではスキンヘッドの野球部員が何か大掛かりな・・・・・・兵器と言った方が良いだろうか?


 とにかく、デカい砲台を用意していた。


 あれって、もしかして、機関銃だよね?


「お前等! 野球部の部室にとりあえず、入れよ」


 そう言って、城之内が「うほぉぉぉぉぉ!」と言って、機関銃を不良学生共に照射する。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


「これは・・・・・・戦争だ!」


「あぁ、無慈悲や。悲しいけどこれって戦争なのよねなんて、台詞で片付けられないぐらいに悲惨過ぎる」


 ていうか、これ、どう後処理するんだろう?


 明らかにもう、国家絡んでくるじゃん?


 そう思いながらも部室の白い白線の上を歩くようにスキンヘッド部員に促されて、部室へと入る。


 あぁ、これ、歩く場所が指定されている時点で、あの非人道的な兵器を使うんだろうなぁ?


 アインはアダルトビデオのポスターまみれの部室に入ると、とりあえず、他の部員達に「伏せるか?」とだけ言って、伏せた。


「死ねぇぇぇぇぇぇい!」


「チェストォォォォ!」


 そう言って、不良学生達が部室に詰め寄った時だった。


 大きな爆発音が聞こえて、部員達の断末魔の声が聞こえる。


 地雷だ。


「足がぁ! 足がぁ!」


「母ちゃ~ん!」


 ここ、日本だよなぁ?


 そして、部室に血まみれのユニフォームを来た、城之内が入って来た。


「見学へようこそ。見る? 練習?」


 俺はこの時ほど、早く、家に帰りたいと思った事は無かった。


 牧歌的に学校のチャイムが鳴るのが気休めにしか聞こえなかった。


16


「良いぞぉ! もっと、大振りで振って、飛ばせぇ!」


 星谷総合野球部監督の高田の号令の下で、不良学生の野球部員達が大振りで金属バットを振り続け、打球は大きく飛んでいく。


 見ていて、豪快な物だなと思えた。


 グラウンドの外では、機関銃で撃ち抜かれた、武装した不良生徒と、地雷で命を失った、同様の存在だった、肉塊達がカラスの餌となっていた。


「アイン、あれは無視?」


 井伊が教頭の磯部から借りた、星谷総合のジャージに着替えて、そう言った。


「多分、この学校の運営元がかなり、やべぇんだろうな? あれだけの騒ぎ起こしても、警察は来ねぇし、表沙汰にならねぇもん」


「俺も漏らすしさぁ? 厄日だよ。今日は?」


 井伊が泣き出すと、磯部は「君等、ここで遭った事を口外はしないだろうね?」と静かにつぶやくように言い放つ。


 早川高校の面々は「しません!」と声を揃えた。


 何をされるか、分からないからだ。


 そう言った後で、ブルペンへと向かうと、城之内が剛球を投げ込んでいた。


「よう、お前の相棒は漏らしたらしいな? ムーニーマン買ってやろうか?」


 城之内がケタケタと笑うが、俺は「あいつはそういう星回りだからなぁ、別に何も感じねぇよ」とだけ言った。


「はっ? お前、カッコつけてんじゃねぇよ?」


「いや、本当に思わないから?」


 その様子を見た、柴原は「城之内、浦木はそういうドライな奴やから。感情を無視すると言う事が出来るんや」とだけ言った。


「はっ! 感情無い人間なんて、いねぇだろう? 何言ってんの?」


 そうじゃなくて、感情をコントロールする事に長けているんだよ。


 こういう直情的な奴は前回の没収試合の時もそうだが、何かしらの攻略方法はあるから、後で帰って考えようか?


「よぉし! お前等に俺の全球種見せてやるよ!」


 城之内はそう言って、全球種を投げる。


 甘藤にアイコンタクトを取ると、甘党は磯部に気付かれない様に、眼鏡に仕込んだ、カメラ機能をオンにする。


 そして、城之内の投げる、ストレート、高速スライダー、フォーク、ツーシームの全球種の起動と投球フォームを録り、コントロールの度合いもバッチリ録画した。


「あのバカ・・・・・・」


 磯部は頭を抱えるが、それを注意することは無かった。


 これは勝てるかなぁ・・・・・・


 今はとにかく、この場をやり過ごして、帰って、作戦を立てることを考え始めた俺だった。


 肉の焼けた匂いだろうか?


 それが漂う時点で、ここが異常な地帯である事は確かだと思えたが、それすらもギャグにしか思えない、異常な自分がいる事を知覚していた。


17


 準決勝当日の横浜スタジアムは快晴そのものだった。


「試合会場に来て、安堵を覚えるとか、あの学校はどんだけヤバいんや?」


「試合の方が極楽と感じるぐらいだからな?」


 俺は真山の方に目をやると、真山は「全てデータは揃っています。後は皆さん次第です」とだけ言った。


「まぁ、あれだけの凄惨な戦争現場見せられて、あれだけど、俺達はアスリートだから、それであいつ等に制裁するか?」


 俺がそう言うと「あいつもアホやなぁ? 手の内を晒しているんやもん」と柴原がスポーツドリンクを飲みながら、言い放つ。


「それだけ自信があるという風にも取れるがな?」


 俺達、早川高校野球部が横浜スタジアムの一塁側ロッカーに入ると、星谷総合の応援席はまるで、荒れた成人式のような模様になっていたのに閉口した。


 武器を持って来ないだけ、まだ、良いか?


「じゃあ、オーダーな?」


 林田がそう言うと、部員達は「はい!」と声を揃える。


「一番ショートで柴原」


「生きろ! 絶対に生きろ!」


「それ、亡国のイージスの映画の奴のキャッチコピーだろう?」


「よく分かるなぁ? 小説は良かったんやけどな?」


「二番ライト、木島」


「はい」


「三番セカンドで黒川」


「はい」


「四番キャッチャー、井伊」


「我々は独立国家、ヤマト!」


「それは沈黙の艦隊」


 何で、国内の戦争映画でまとめるんだよ。


 いい具合に星谷総合で戦争に巻き込まれたからか?


「五番サード、甘藤」


「はい!」


「六番センター、陳」


「おう!」


「七番ファースト、笹」


「はい」


「八番レフト、野中」


「はい」


「九番ピッチャーで浦木」


「はい」


「以上だ、文句ないな? あと二試合だ。存分に暴れろ」


 林田がそう言うと、俺達はベンチへと向かう。


「今日も暑いなぁ・・・・・・持つかなぁ?」


「高野連に抗議したいぐらいや? 相手と同時に熱さとも戦っているからのう」


 そう言うと、星谷総合の城之内が「おっつー! 浦木ぃ! 負ける準備は出来ているか?」と聞いてきた。


「やる前から、負ける事、考えるバカがいるかよ」


 俺が静かにそう言うと、城之内は「猪木さんじゃん! お前、意外と冗談通じるんだなぁ!」と何故か、狂喜乱舞する。


「うるせぇ。さっさと、自分のベンチに戻れ。俺はウォームアップしなきゃいけない」


「は~い。まぁ、勝つのは俺達だけど、せいぜい頑張ってねぇ?」


 俺は城之内が去ると「何だ? あいつは?」と井伊と柴原に迫る。


「ヤンデレやろうな?」


「いつのまにか、あいつ、アインの事が大好きになっているなぁ?」


「良い迷惑だ。ムカつく以外の何物でもない」


 俺がそう言うと、井伊は「アインは美人と一部の変わり者限定でモテるからな? クラスでは凄い、嫌われようなのに?」とだけ言った。


「黙れ、あの城之内はマジで黙らせる」


 そう言って、俺はブルペンへと向かって行った。


「中々、調子良さそうやな?」


「そうだなぁ? バッテリーを組む者としては嬉しい限りだよ」


 どいつもこいつも呑気な事を・・・・・・


 俺は程よい、苛立ちを胸に学校では準備はしたが、一応は今一度、ストレッチを開始した。


 時刻は午後一時十五分。


 試合開始まではまだ、時間があった。


18


「整列!」


 試合前の整列が始まり、早川高校と星谷総合の選手達が相対した。


「タイマン上等って奴だよ。浦木」


 城之内がそう言うが、俺は「野球は団体スポーツのはずだが?」と返した。


「俺との勝負に逃げんなよ?」


「礼!」


「お願いします!」


 そう言って、早川高校ナインがグラウンドに散る中で、俺は井伊を相手に投球練習を始める。


(一回の表、星谷総合の攻撃は一番センター、加藤君。背番号八)


 そう右バッターボックスに加藤が入ると、俺はハイスピンストレートを内角中段に投げ入れた。


「ストライク!」


 井伊が「よし! よし! 良いぞ!」と言って、俺に声をかける。


 二球目は外角高めにハイスピンストレート。


 見送りストライク。


 続く、三球目は外に逃げる、高速スライダーで三球三振。


「オッケェイ! ナイスボー!」


 井伊がそう言いながら、返球すると、俺はボールを受け取り、ロジンバッグを手に掛ける。


 続く、二番バッターはハイスピンストレート三球で三振。


 三番バッターはストレート二球続けて、ストライクで、高速スライダーで三振。


「相手が大振りで助かるよ。当たったら、飛ぶけど?」


「いやぁ、今日のアインは安泰だな? 問題は城之内を攻略できるかだが?」


 井伊がそう言って、バットを持っていると、柴原が右バッターボックスに立つ。


(一回の裏、早川高校の攻撃は一番ショート、柴原君。背番号六)


「見てみい! ワシが早川のーー」:


「ストライク!」


 柴原がいつもの方向を言い終わる前にストレートが投げ入れられた。


「核弾頭や・・・・・・」


「テンポ早ぇな? 不良少年」


 気が付けば、二球で柴原はストレートで追い込まれ、最後はフォークで三振した。


 そして、柴原はベンチへ走って、戻る。


「・・・・・・すまん」


「あの掛け声は禁止しようかな?」


「それだけは堪忍やぁ!」


 そう言う中でも、木島が三球三振。


 黒川も外角低めのツーシームを見逃して、三振となった。


「今日はたこ焼きの日やな?」


「あれだろう、関西のプロ野球の試合で〇更新が続いた試合で、世界の盗塁王がタコ焼き機とか言い出したんだろう?」


「あぁ、あれは爆笑モンやったわぁ」


「タコ焼きの日は我慢の日ってね?」


 井伊と柴原がそう言うと、俺は「笑えねぇよ、打てよ」とだけ言って、マウンドへと登り、ロジンバッグを手に取る。


 今日はロジンを手に取らないと、何か、落ち着かない心境だ。


 そして、相手は四番ピッチャーの城之内だった。


「はぁぁい♪」


 俺はそれに対して、何も感じる事なく、ハイスピンストレートを外角中段に投げ入れる。


 城之内の目が変わった。


 真剣そのものだ。


 俺はハイスピンストレートを内角低め中段に投げ入れるが、城之内はそれを無理して、引っ張る。


 セカンドゴロだ。


 城之内がムキになって、自滅してくれたら、儲けものか?


 俺はそう思いながら、五番バッターに相対すが、気が付けば、夏の日差しが自分を襲っている事を知覚した。


 大汗をかきながら、相手チームの応援曲を聞き入る。


 これが日本の高校野球。


 俺はそのど真ん中にいる。


 そう思いながら、五番バッターに内閣高めのハイスピンストレートを投げ入れる。


「ストライク!」


 場内が騒めく。


 一六〇キロを超えたのだろうと、この時は確信して、スコアボードを見ることは無かった。


 俺は集中の淵にいる。


19


 試合はそのまま、両者、〇更新で進み、ゲームは六回へと入っていった。


 俺は一人のランナーも許さないパーフェクトピッチングが続いていたが、城之内はコントロールが良い具合に定まらない、荒れ模様で四死球は七つも与えているが、三振で切り抜け続けて、気が付けば、ノーヒットの奪三振十七で球数は二五人のバッターを相手して、九四球となっていた。


 対する俺は、パーフェクトピッチングで奪三振は五つと打たせて取るピッチングに終始して、一八人のバッターに対して、球数、四二球の省エネピッチングを心掛けていた。


「作戦通りだな?」


 林田がそう言うと、俺は「真山が考案した奴ですよ」とだけ言った。


 相手の城之内はこの夏、初戦からずっと先発を続けて、一〇〇球以上を投げる試合も制球力の悪さから、ざらでは無かった。


 故に疲労感は相当な物であると考えられ、この炎天下で出ずっぱりの全力投球と適度に休んでいる省エネピッチングでは疲労の度合いが違う。


 つまりは城之内が力尽きるのを待つ。


 勝負は長期戦であると、早川高校は踏んでおり、俺は延長戦を見据えて、まだ、ギアを上げていなかった。


 そして、七回の表を俺は五球で終わらせて、ここまでトータルで四七球で、疲労感〇で強いて言うならば、炎天下が答えるぐらいの体力状況だった。


「絶倫状態のアインだな?」


「真タンもこれではぁはぁ、言うているんやろうなぁ? 羨ましい奴。チ●コもデカいし?」


「お前等、後でぶっ殺す」


 そういう冗談も言えるぐらいの空気は早川高校内にはあったが、星谷総合ベンチを見ると、城之内の姿は無かった。


 裏で休憩しているな?


 そして、ベンチから出て来る。


 その顔は強がっているが、汗が噴き出しているように思えた。


 バッターは・・・・・・七番の笹か?


「笹! 出ろぉ!」


 井伊が声を上げると、笹が左バッターボックスに立つ。


 城之内がストレートを投げるが、それは笹の背中に当たる。


 150キロの剛速球が背中に直撃したのだ。


 痛いに決まっている。


「笹!」


 しかし、笹はすぐに一塁へと走って行った。


「大丈夫そうやな?」


 続く、八番の野中の打席で城之内はフルカウントの末に四球を出して、俺にバッターボックスが回る。


 城之内の目の色が変わるが、俺は初球でストレートが来るのを読んでいて、送りバントを決めた。


 城之内は面を食らっていたが、俺はとにかく一塁へと駆け抜けた。


 すると、城之内は転倒をしてしまった。


 疲労がそこまで来ていたか?


 俺は一塁セーフになると、打席にはあのアホが立つ。


「見てみい、ワシが早川のーー」


 そう言って、城之内はフォークボールを投げるが、それをキャッチャーが後逸して、各ランナーが進塁。


 早川高校は一点を先制した。


 俺は二塁へと向かう。


 予定通りに自滅を始めてくれたか?


 俺が二塁でリードを取り始めると、柴原がアウトコース中段のストレートをライト方向に流し打ちする。


 俺はそれを見ると、ホーム目掛けて、全力疾走した。


 三点も入れた。


 続く、バッターは木島だ。


 木島への初球もストレートだが、柴原がスタートを切り、ノーアウト二塁。


 城之内が苛立った表情を見せているが、この時点でウチの作戦の術中にはまっているなと思えた。


 そして、ムキになった、城之内がストレートを投げ入れると、木島はそれをセンター前へと運ぶ。


 続く、バッターは黒川だ。


 初球で木島がスタートを切り、ノーアウト二・三塁。


 ここでも城之内はストレートを投げ入れる。


 黒川はそれに対して、セーフティースクイズを行い、四点目が入る。


 城之内の苛立ちが募る中で、ワンアウト、三塁。


 ここで、四番井伊。


 どうする?


 勝ちにこだわるならば、敬遠が妥当だぞ?


 俺はそれを見ていたが、城之内は頭に血が上っているのだろう。


 再びストレートを投げたが、軽打に切り替えた井伊が右中間を超える、タイムリーツーベースを放つ。


 五点目だ。


 城之内が怒りを露わにするが、伝令がやって来た。


 城之内は伝令の胸倉を掴むが、口論になりながらも、投手交代を受け入れた。


 ベンチに変えると、グラブを投げつけて、利き腕で壁を殴った。


 そして、蹲る。


「あれは骨折かな?」


「投手は悔しくても利き腕で壁を殴るなは鉄則だよ」


 林田とそのような会話をすると、俺は星谷総合の二番手が一年生である事に驚愕した。


 城之内だけで持たせていたチームか?


 勝ったな。


 俺はそう思うと、早川高校の波状攻撃が続く中で、表情を引き締めるのが大変だった。


 気が付けば、甘藤がホームランを打っていた。


20


 俺達は星谷総合戦を七対〇の完封勝利で退けると、続く、決勝戦は俺がノーヒットノーランを行い、横浜京浜高校に三対〇で勝った。


 そして、今日は甲子園のある関西へと向かう為に新幹線へと乗り込んだのが・・・・・・


「監督は相変わらずのてっちゃんぶりかいな?」


 恐らく、新幹線ツアーに向かっているのだろうな?


 俺はそう思った後に井伊が「さぁ、アインよ」と言い出した。


「何だ? 俺は外の風景を見たい」


「スジャータアイスをたんまり買って来たんだが、食べないか?」


 そう言った井伊の手元には新幹線名物の固いスジャータアイスがたんまりと山を作っていた。


「買い過ぎだろう・・・・・・」


「いやぁ、これが冬だったら、シジミの味噌汁とか豚骨スープとかも買えるんだけどな?」


「それは冬になれば、関東ではどこでも買えると思うぞ?」


 俺がそう言うと、柴原が「あれは美味いのう。冬に電車乗る時の楽しみや? 関東飯で言うたら、富士そばとか食べると、東の方にいるんやなぁと思うわ。コロッケそばとか?」と言いながら、スジャータアイスを食べる。


「そう言えば、富士そばって関西には無いんだよな?」


「そうや? あれは西の人間からすると、東を感じる場所なんや」


 そう言って、柴原は珍しくニヒルな笑いを浮かべる。


「その東から、俺達は西へ向かう。俺に至っては三度目の関西だ。また、良い店を頼むぞ」


「任せぇ。最後の夏やからな?」


 そう言いながら、三人でスジャータアイスを食べ進めていた時だった。


「えぇ! スジャータアイス買い忘れたの!」


 甲高い女の声が聞こえる。


 すると、隣にいる女が「ごめん、鈴! 時間無かったからさ?」と平謝りする。


「新幹線に乗ると聞いて、真っ先にスジャータアイスが食べたかったのに・・・・・・」


「でも、鈴は売れないから、そんな余裕ないでしょう?」


「本当の事を言うんじゃない・・・・・・売れないのにドラマの撮影で関西に行く中で、新幹線の楽しみはスジャータアイスだったのに!」


 女優か?


 でも、売れないとか言っていたな?


「さっき、崎陽軒のシュウマイ弁当をたらふく食べていたじゃない?」


「それはそれ! これはこれ!」


 何で、逆境ナインのセリフを出すんだよ。


 何気に面白い人だな?


 この人は?


「あれ・・・・・・あの人は?」


「井伊、有名なの? あの人?」


「ベイカー・鈴ちゃうか?」


「・・・・・・聞いた事が無いんだけど?」


 それを聞いた、井伊と柴原は「特撮の名作である「コーカス・アバネット」の悪役令嬢のメーシー様を演じて、男子諸君から絶大な人気を誇った、ベイカー・鈴様やぞ!」や「可愛いだけじゃなくて、面白くて、青川学院大学在学という才女っぷりもクセになる、美女中の美女だぞ!」と口を揃える。


「マニアックだなぁ・・・・・・」


「黙れぇい! 俺はベイカー女史と仲良くなって見せる!」


 そう言って、井伊がベイカーに近寄る。


「すいません・・・・・・」


「あっ、はい?」


 ベイカーは面を食らった表情を見せる。


「ベイカー・鈴さんですよね?」


「えっ? まさか、私のファン?」


「ワシもですぅ!」


 柴原がそこに加わる。


「アイン! サイン貰えるぞ!」


「めちゃくちゃ困っているから止めろよ・・・・・・すいません、すぐ、どかしますね?」


 しかし、ベイカーは逆に「浦木選手!」と開いた口が塞がらないと言わんばかりの表情を見せた。


「すいません」


「えっ? 鈴、あの浦木君が、あなたのファンなんて・・・・・・例の彼氏と同じでモテる女は違うわね?」


 マネージャーがそう言うと、井伊と柴原が「えっ! 彼氏いるの!」とショックを顔に隠さない。


「だからさぁ、それをファンの前で言わないでよ。私は慎重なんだから、そういうのは?」


「というワケよ、坊や達。余計な事は考えないのよ。サイン貰ったら、座席に戻りなさい。ただし、浦木君はこちらへ」


「何ぃ! どういう事や!」


「差別だ! 差別!」


「よせよ、お前等、相手は仮にも芸能人なんだから」


 そう言いつつも、ベイカーは井伊と柴原が用意した色紙にサインを書くと「ありがとう。君達でサイン色紙は二人目と三人目だよ」とだけ言った。


「一人目って・・・・・・彼氏さんですか?」


「はははは・・・・・・内緒だよ?」


 それを聞いた、井伊と柴原は沈んだ気分をもろに表しながら、座席に戻る。


「やっぱり、美人は野郎付きなんやな?」


「特撮ファンを魅了する、ベイカー女史を射止めた、彼氏って、どんな人だろうなぁ?」


 俺も座席に戻ろうとすると、ベイカーのマネージャーだろうか、同人の隣にいた女が「浦木君、逆にサインして欲しいな? あと、こっちでお話」と座席をトントンする。


「ごめん! 浦木さんでいいかな?」


「浦木で構いません。サインって言っても、俺はプロじゃないから、あまり上手くはないですよ?」


「本当にごめんね? でも・・・・・・」


 ベイカーが顔を赤らめる。


「鈴はねぇ、浦木君の大ファンなのよ? イケメンの彼氏がいる身で?」


「言わないでよ。結鶴君の分のサインも欲しいけど?」


 彼氏は結鶴って言うんだ?


「まぁ、暇なんで。いいすよ」


「ありがとう! さぁ、おいで!」


 まぁ、ただ風景を見つめるよりはいいか?


「スジャータアイスいります?」


「あるの?」


 ベイカーとマネージャーが目を輝かせる。


「井伊、柴原、スジャータアイスを恵んでくれ」


 井伊と柴原は甲子園で負けたかのように泣き続けていた。


 それが妙に滑稽で面白かった。


 俺達は最後の甲子園へと向かっていた。


 続く。







 次回、最終話 栄光を君に


 泣いても笑っても最終話!


 ここまで、長かったぁ!


 来週もよろしくお願い致します!


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