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第七話 ラストシーズン

 第七話です。


 浦木君と真ちゃんが暴走する回です。


 今回はやり過ぎ感が強いですがどうでしょう?


 どう暴走するんでしょうか?


 今週もよろしくお願い致します。


 数日間の日本代表での合宿を終えて、俺と井伊は神奈川県の舞岡にある、早川高校に登校する。


 すると、部活の時間で柴原たちが「罪の無いキャッチャー君のあごを折った、破壊神の浦木先輩のご登場や!」と新一年生たちに紹介する。


「お前、悪意のある説明をするなよ?」


 俺がそう言うと、井伊は「あの瞬間は代表の皆がアインに恐怖を覚えていたよ」とだけ言った。


「こいつの剛速球はサテライトキャノン並みの威力を持った、破壊兵器や」


「サテライト・・・・・・」


「キャノンですか?」


 一年生達が固まるのを見た後に俺は柴原に「世代的にガンダムXは厳しいと思うぞ」とだけ言った。


 俺がそう一年達を眺めた後に、俺はノースロー調整をすることにした。


 すると、グラウンドでは一年生達に歓迎の為のノックが始まった。


「おらぁぁぁぁ! このぐらいを取れんと甲子園はいけんで!」


 柴原め・・・・・・


 自分よりも立場の弱い奴をイジメることにかけては天才的な奴だ。


 しかし、その中でエラーをすることなく、ボールを補給し続ける一年生がいた。


「おい、そこのお前!」


 柴原がそう言うと、その一年生は駆け寄る。


「えぇ、動きや! 名前は!」


「陳健居ある」


 その瞬間に辺りが沈黙に包まれる。


「中国人?」


「台湾人ある」


 柴原の横で練習を見ていた、井伊は「名前が途中まで陳健一だ」と言い出した。


「う~ん、井伊よ、お前は中華の鉄人から転向した方がええようや」


「そうだな? 和の鉄人にフレンチの鉄人、さらにはイタリアンの鉄人もあり得るな?」


「イタリアンなんかあったんか? アイロンシェフに?」


「番組の末期辺りにはあったような気がする」


「言っている意味が分からないある」


 陳がそう言うと、柴原は「お前! 先輩相手にため口かいな!」と指をさす。


「・・・・・・日本語分からないある」


 それを聞いた瞬間に一年生たちは沈黙に包まれる。


「何やと! こうなったら鉄拳制裁や!」


 そう言って、柴原が身構えると、陳は柴原のボディを思いっきり殴り、柴原は吐血してしまった。


「ぐはっ!」


「柴ちゃ~ん!」


「台湾人舐めるなある。こちとら日本の温室育ちとは鍛え方が違うある」


「うわ~ん、一年にぼこぼこにされたわ~」


「柴ちゃん! 泣くな! 一年生相手にぼこぼこにされたぐらいで!」


 また、とんでもないのが入ってきたな?


 俺はその光景を眺めながら、ストレッチを続けていた。



 翌日に学校へ行くと、何気に瀬口とは別のクラスになっていて、井伊と柴原と同じクラスになっていた。


「何の因果でこんなことになるんだ?」


「でも、その気になれば、会えるでしょう? 私達は?」


「それはそうだが・・・・・・あの二人と同じクラスっていうのが嫌なんだよ」


 俺がそう言うと「今度、デートするから、機嫌直せよ?」と言って、瀬口が俺の肩を揉みだす。


「止めれ」


「良いじゃない? クラス別になるんだから?」


 俺と瀬口がじゃれあっていると、井伊と柴原がその光景を遠めに眺めていた。


「何だ? お前等?」


「Go to hell(地獄に堕ちろ)」


 二人がそう言うのを聞いた後に俺は、クビを掻っ切った。


「陳と言い、お前と言い、腹が立つな?」


「久々にやるか! 鶴の舞!」


 井伊と柴原がそう言って、鶴のポーズをするが、すぐに後ろに林田が来て「整列」と静かに言い放った。


「げっ! 監督!」


「まさか、二年連続で担任が監督とは!」


 そう言った、二人はおとなしく席に着く。


「じゃあ、浦木君、デートよろしくね」


「はいよ」


 そう言って、俺は席に座った。


 ・・・・・・なんで両隣が井伊と柴原なんだよ。


「なぁ、お前等ーー」


「シャラップや! 浦木!」


「俺達は今、監督の恐怖に震えている!」


 そう言って、二人は「クワバラ、クワバラ」と何かを唱えていた。


「じゃあ、今日からみんな、同じクラスになるわけだがーー」


 二年連続で林田が担任かよ。


 俺は今年のクラス替えは失敗だと思って、ガラス越しに外を眺めていた。


 桜が見事に咲き乱れていたのが印象的だった。



 授業がひとしきり終わって、部活動の時間になると、俺は道具とユニフォームを持って、グラウンドへと向かって行った。


 すると、井伊と柴原が先に着いていて、すでにユニフォーム姿でなぜかエプロンをしていた。


 そう言えば、こいつらは授業終わる前に消えていたからな?


 よく、林田将軍の逆鱗に触れなかったな?


 俺がそういう中で部員たちが「やるぞ・・・・・・」や「あれか?」とソワソワした様子を見せる。


 すると、陳が練習用のユニフォームにエプロンを付けて、やってきた。


 そして、柴原は「よく来ました、挑戦者の陳さん」と鹿賀丈史のような口調で陳に近づく。


 これって、あれだよな?


 料理の鉄人だよね?


「いえ、どうも」


「では、さっそく、我らが誇る鉄人たちを紹介しましょう。蘇るがいい! アイロンシェフ!」


 すると、そこに部員達がドライアイスで湯気を作り、そこに井伊、木島、甘藤が包丁や野菜を持ちながら、ポーズをとる。


 包丁を学校に持ち込むなよ・・・・・・


「中華の鉄人! 甘藤俊哉! フレンチの鉄人! 木島竜介! 和の鉄人! 井伊小太郎!」


「さぁ、やってまいりした、我らが早川高校野球部が誇る、料理の鉄人たち。果たして、挑戦者陳はどの鉄人との対戦を始めるのでしょうか?」


 野中がそう実況をする。


 野中、お前までもか?


 結構、まともな方かと思っていたのにな?


 俺は監督が来ないかどうかを確認している最中に陳が「井伊! お前だ!」と指を指す。


「挑戦者、陳は和の鉄人、井伊を指名しました! 型に囚われない独創的な調理方法で和だけではなく、様々なジャンルに精通し、和食会の風雲児と呼ばれる。天才料理人! はたして、今日はどのような井伊マジックを見せるのでしょうか?」


 野中、実況上手いな?


 俺がそう思う中で、柴原が「さて、今日二人に戦ってもらうテーマを考えた結果、四月という事です。新生活がある中で、最近では感謝祭とやらも日本で流行っている。無理やりな感じですが、今日のテーマはこちら!」と両手を広げる。


 そう言って、柴原が布で包まれていた、机から食品を出す。


「今日のテーマは・・・・・・卵!」


 そう柴原が言うと、柴原が「さぁ、アレーキジー!」と言った後に井伊と陳が卵を取り始め、なぜか置いてある仮設の調理場で料理に入る。


「待て、待て、待て」


 俺が慌てて、それを止めに入る。


「お前等、何を野外で料理の鉄人をやっているんだ? 監督来たら、全員どうなるか分かるのか?」


「抜かりはない! 監督は今、教育委員会に呼ばれている! だから、それ以内に終わらせれば、大丈夫!」


 柴原のその大丈夫の言い方が、イナバ物置の言い方に似ていた。


「制限時間が三十分は分かるんだが、後片付けはどうするんだよ?」


 俺がそう言うと、柴原は固まりだす。


「そうか・・・・・・それがあったんや!」


 そう言って、柴原は「のぅ~!」と呻きだす。


 しかし、その中でも井伊と陳は手際よく調理を続ける。


「さっ、鉄人、井伊は何かを作っているようですが?」


 野中が実況すると、加地が「野中さん」とキッチンリポーターを始める。


 加地、お前もか?


 俺は頭が痛くなってきた。


「どうやら、鉄人は親子丼を作るそうです!」


「ほぅ、親子丼ですか?」


 いや、和食の風雲児!


 作る料理が形にはまりすぎているだろう!


 俺はそう考えると頭が痛くなったので、藤沢を呼び出して「ブルペン」とだけ言った。


「えっ?」


 藤沢の声は恐怖に震えていた。


「お前以外、いないんだよ」


 そう言うと、一年生の部員が「僕も同行させてください!」と言ってきた。


「一年か?」


 俺がそう言うと、一年生達は恐怖に満ちた、表情で俺を見るが、その部員は「はい!」と大声を上げる。


「良い度胸だ。名前は?」


「伊都績です!」


「ようし、伊都。負傷する覚悟があるなら、俺の球を受けてみろ」


 俺がそう言うと、伊都は「はい!」と言って、付いてきた。


「あいつ、大丈夫か?」


「伊都って言ったか? あいつ、死ぬぞ」


「日本代表レベルでも、あの人の球を受けようとして、あご折ったんだぞ?」


 一年生がそういう中で「野中さん!」と加地がキッチンリポートを続ける。


「はい、どうぞ」


「鉄人はかつ丼を作り始めました」


 丼物を二つも作るとか、凡庸すぎるだろう・・・・・・


 俺は頭を抱えながらも、藤沢と伊都を連れて、ブルペンへと向かっていった。



 ブルペンに入ると、藤沢相手に立ったままの状態でストレートを投げ込み、続いて、座った状態で変化球を数球投げた。


「よし、あれやるぞ」


「止めてください! ハイスピンストレートはマジで死にます!」


 藤沢が泣きながら、そう言うと伊都は「僕、やります!」と手を挙げて、キャッチャーミットを叩く。


「止めろ! マジで死ぬぞ!」


 藤沢がそう止めるが、俺は伊都に対して「防具付けろよ」とだけ言った。


「浦木さん! 監督がいないときに一年を怪我させたら、俺達の責任ですよ!」


 藤沢がそういう中で伊都が藤沢から借りた防具を付けて、ミットをバシッと叩く。


「さぁ、来い!」


 あっ、こいつ、上手いな。


 もう、姿勢が藤沢と全然違うもん。


 俺がストレートを軽く投げると、伊都はミットの音を鳴らしながら、捕球する。


「ナイスボール」


 フレーミングの技術も藤沢以上だ。


 なら、変化球でブロッキングも観ようか。


 俺は落ちるボールである縦のスライダーを投げた。


 すると、伊都は体を前に出して、見事に後逸を防いだ。


「伊都」


「はい!」


「上手いよ、キャッチングとフレーミングは一年にしては抜群」


「・・・・・・サイコーです!」


 ただ、こいつ明らかにバカっぽいんだよな?


「俺の全力のストレート受けられるか?」


 俺がそう言うと、藤沢が「浦木さん! 絶対にあのハイスピンストレートはだめ!」と俺を制するが、俺は確信をしていた。


 このフレーミングとブロッキングの技術なら、俺が全力投球をしても捕球できると。


 俺はノーワインドアップからトルネード気味のフォームを取ると、ボールを指で滑らせる感覚でハイスピンストレートを伊都に投げ込んだ。


 すると、伊都はミットを微動だにせずに見事、ハイスピンストレートを捕球した。


「嘘だ・・・・・・」


 藤沢は唖然とした表情で、伊都を見る。


「良いな? 一年にしては上手いな、本当に」


「ありがとうございます! 沖縄から来たかいがありました!」


「沖縄から来たのか?」


 俺がそう言うと、伊都は「サイコーです!」と叫んだ。


 すると、グランドでは「勝者、陳!」と言う、鹿賀丈史の真似をした柴原の大声が聞こえていた。


「何と、挑戦者陳が、和の鉄人、井伊を倒しました!」


 だろうね?


 だって、和の鉄人は丼攻めだもん。


「さぁ、急げ、監督が来る前に片付けるんや!」


 柴原がそう叫ぶ中で、俺と藤沢に伊都の三人はグラウンドに戻った。


「一年はてきぱき動くんや!」


「お前も片付けを手伝えよ、茶番を仕掛けた張本人なんだから?」


 俺がそう言うと、柴原は「野球は上下関係が強いのや!」と言って、こちらを振り向く。


「ナンセンスだな」


 俺はそう言って、キッチンスタジアム解体を手伝い始めた。


「浦木さん!」


「いいですよ! これは僕等一年の仕事です!」


「あのバカ共の茶番に付き合ってもらったんだ。これぐらいじゃあ、釣りにもならねぇよ」


 俺がそう言って、片付けに加わる中で、井伊は「俺が料理で負けただと・・・・・・」と意気消沈していた。


 そりゃあ、何度も言うけど、あの凡庸なメニューで尚且つ、丼攻めだもんな?


 俺がそう思う中でも次第に日が暮れ始めた。


 結局、こいつらは今日、練習していねぇじゃねぇかよ。


 俺は歯ぎしりを覚えながら、アイスを食べる三年生を睨み据えていたが、本人達はどこ吹く風と言ったところだったのが気に食わなかった。



 翌日も授業が終わってすぐに練習へと向かい、ユニフォームに着替えて、ストレッチを行っていた。


「ジャンボ!」


「ジャンボ!」


 井伊と柴原に木島はそう言いながら、ストレッチをする。


「何それ?」


「俺達の新しい、掛け声や!」


「クールだろう? 真似はさせないぜ?」


「いいよ、そんなの?」


 俺がそう言う中でも、この三人はストレッチで筋を伸ばす度に「ジャンボゥゥゥゥ!」や「ジャンボォォォ!」と声を上げ続ける。


「お前等、それ止めろ」


「俺達は筋を伸ばすたびにその痛みに耐えるためにこのジャンボの叫び上げるんだ!」


「お前も言ってみるんや! ジャンボと! 一人だけでもいい! そうすればいずれ世界は変わるはずや!」


「お前、格好よく言っているけど、見ていて、滑稽だぞ?」


 俺がそう言うと、柴原は「ダサいなぁ? いずれジャンボが流行った時にお前は流行に乗り遅れた男になるで?」と鼻で笑い始めた。


「絶対に流行らないと思うぞ? まともな奴等が相手ならな?」


 俺がそう言うと、マネージャーの真山が「浦木さん、春の関東大会に関して、監督からお話があるそうです」と告げてきた。


「よし、行こう」


 俺がそう言うと、野中や加地もストレッチをしながら「ジャンボォォォォ!」と叫びだす。


 やばい、ジワリと流行り始めてる。


 俺は若干、うちのチームにまともな奴らがいるのかと不安になったが、監督室に入ると林田に「あいつ等、変な病気にでもかかったのか?」と開口一番にそう言われた。


「でしょうね? 何か変なキノコでも食ったんじゃないですかね?」


「まぁ、マジックマッシュルームではないだろうがな?」


「それ、犯罪ですよ」


 俺と林田がそのような会話をすると、林田は「でっ、さっそくだが、一年のキャッチャー相手にハイスピンストレートを投げたらしいな?」と切り出してきた。


「藤沢が喋ったんですね?」


「率直に言って、どうだ? 陳は俺が台湾から引っ張ってきたが、あの伊都は一般受験からの入学だそうだが?」


「あいつ、試験受けて、入ってきたんですか? バカっぽいのに?」


「人は見かけによらずだな?」


 林田がそう言って、水筒からコーヒーを入れて、飲み始めると「でっ、どうだ?」と聞いてきた。


「はっきり言って、フレーミングやブロッキングと言った捕球面に関してはかなりのレベルです、問題は肩と打撃ですね?」


「名捕手は打撃が評価されて、歴史に名を残すと、某元プロ野球選手が言っていたからな?」


「亡くなった重鎮はキャッチャーに打撃はいらないとか言っていましたけどね?」


「本人が三冠王だから、そう言えるんだろう?」


 そう言った、林田は水筒のブラックコーヒーを飲みながら「伊都について聞いてみたかったんだ。お前の心証を聞いてみたかったが、なるほど・・・・・・使ってみようかな?」とだけ言った。


 そうなると、藤沢は補欠に回るか?


 高校野球だと大体がキャッチャー二人で回すから、必然的にそうなるな?


 ナームーだな?


「以上だ、戻れ」


「失礼します」


 そう言って、監督室を出て、グラウンドへと戻ると、井伊、柴原、木島たちが「ジャンボ!」と言いながら、ランニングしていた。


「ジャンボ!」


「ジャンボ!」


 やっぱり、うちの野球部はまともな奴らがいなかった・・・・・・


 俺は迫りくる、ジャンボの浸食に恐怖を覚えていた。



 続く、打撃練習中も部員達が「ジャンボォォォォォォ!」と雄たけびを上げながら、フルスイングをして、井伊はサク越えを連発して、柴原も「ジャンボォォォォ!」と叫びながら、右中間に流し打ちを続ける。


「・・・・・・何これ?」


 俺が思わず、そう漏らすと、黒川と神崎が「本当ですよね?」と具合の悪そうな顔つきでこちらにやってきた。


「やりたい放題だ? あの人達が三年生になってから、本格的に悪乗りが過ぎる」


 神崎がそう言うと、バッティング練習中に新サクラ大戦のテーマ曲である「檄! 帝国華劇団新章」を流し始めた。


 そのリズムに乗せて、部員たちは「ジャンボォォォォォ!」と言いながら、打撃練習に素振りを続ける。


 もう、迷惑極まりない・・・・・・


「おい、野球部」


 そうドスの聞いた声に少し、びっくりしたが、よく聞いたら、それは瀬口の声だった。


「何だ?」


「うるさいぞ?」


「あいつ等に言えよ」


「浦木君はキャプテンでしょう?」


 瀬口がそう言うと「そう言えば、川村先輩や野球部の三年生だった人たちが、すごく怒っているらしいよ」と言ってきた。


「あぁ、卒業式に行かなかったからだろう?」


「何で?」


「バイクの免許取りに行っていた」


 それを聞いた、瀬口は「それ、かなりひどいよ? 先輩の送別会よりもバイクの方が大事なんだ?」と言いながら、顔をしかめる。


「免許は時間的制約があるんだよ。先輩相手なら式に行かなくても、いつでも連絡できる」


「というか、それ校則違反じゃない?」


「いや、確認したら、明記はされていないから、問題はない」


 俺がそういう中でも「檄! 帝国華撃団新章」のテーマが響き、部員たちの「ジャンボォォォォォォ!」の叫び声が響く。


「とにかく、うるさいから何とかして?」


「そうしますよ」


 そう言って、瀬口がその場を離れると、俺は「檄! 帝国華撃団新章」のテーマを流し続ける、柴原の胴体めがけて、ボールを投げつけた。


「うぎゃあ!」


 柴原がそう叫ぶと、俺は柴原の胴体を足蹴にして「消せ、音楽」とだけ言った。


「止めろぉぉぉ! 俺達は新サクラ大戦をPRするんだぁぁぁ!」


「そうや! ゲームが賛否両論だからなんとか軌道に乗せたいんや!」


 俺が強制的に音楽を止めると「キャプテ~ン!」と部員全体に怒号が広がる。


「図に乗るな? 柴原のようになりたいか?」


 俺がそう言うと、皆が皆沈黙し、静かな打撃練習が始まった。


「さすがは暴君」


「見事です、キャプテン」


 神崎と黒川がそう言うと、俺はそれに背を向けて「伊都いるか?」と声をかける。


 金属バットの甲高い音がグラウンドに響くだけとなっていた。



 教室のスマートフォンで春の関東大会の日程が五月中旬から下旬になることを確認していた。


「東京の連中も参戦するのか・・・・・・」


 俺がそう呟くと、井伊が横から「教室でスマホを使うのはよくないと思います~」とスマホを眺めてきた。


「黙れ、情報収集だ」


「校則違反を堂々と行う、キャプテンなんて・・・・・・許せんわい!」


 柴原がそう言って、俺に戦いを挑むが、すぐに俺の右ボディが柴原の溝内にヒットする。


「ぐふぅ!」


「しかも、予選まで通過しないといけないか? 甲子園には行けないのに面倒くさい」


「アイン、柴ちゃんが苦しんでいるのは無視か?」


「自業自得」


 俺が冷たく、そう言うと、柴原は「デヤァ・・・・・・ジュワァ!」と言いながら、苦しむ。


「なんで、ウルトラマン調なんだよ」


 俺がそう言うと、井伊は柴原の腹をさすりながら「アインがゼットンに見える・・・・・・」とだけ言った。


「俺があんなカブトムシみたいな宇宙怪獣なのかよ」


「違うぞ、アイン! 宇宙恐竜だ」


「細けぇよ、特撮マニア」


 俺がそう言うと、瀬口が「ゼットン」とだけ言って、俺達の教室に来た。


「おぉぉう! 女神よ!」


「もう、もはやウルトラの母や!」


 そう言う、二人に微笑んだ後に「ねぇ、宇宙恐竜!」と俺の手を取る。


「何ぃぃぃ!」


 それを見た、柴原はショックのあまり、気を失う。


「デカルチャ!」


 井伊がそれを見て、柴原を揺さぶる。


「お前等、マクロスのセントラーティかよ?」


「超マニアックだよ、浦木君」


 瀬口はそう言った後に「バイクの免許取ったんだったら、どっか行こうよ~」と俺の腕を取って、振り回す。


「おぉぅ! そう言えばそうやった!」


 俺がバイクの免許を取ったことを聞くと、柴原はいきなり生き返った。


「お前! 校則違反やで!」


「校則にはバイク免許に関しては明記されていない。ルール違反ではない」


 それを聞いた、柴原は「ぬぅぅ!」とうなり声を上げる。


「まぁ、ええわ、お前がバイクで真ちゃんとデートしているところをスマホでパシャや!」


「そしたら、お前は初代ウルトラマンのように打倒されるようになる!」


 そう言って、二人は「ゼットン」と低い声でその宇宙恐竜の鳴きまねをする。


 すると、そこに林田が入ってきた。


「真ちゃん、逃げろ!」


「浦木君、とにかく、バイクでどこか連れて行ってね?」


 そう言って、瀬口は隣の教室に駆け込んだ。


「終わったか?」


「待っていてくれたんですか? 良心的ですね?」


 俺がそう言うと、教室は凍り付き、俺に視線が集中したが、すぐに「後でアメリカンノックな?」とだけ言った。


 アメリカンノックとは選手を外野に付かせて、届かない長距離にボールを打って、選手はそれを追って、延々と外野を走り回されるという練習だ。


 それを聞いた、平岡と井手口は「ナームー」と言ってきた。


 俺はとりあえず、林田の前なので、黙って席に座る。


「それじゃあ、教科書のーー」


 こいつ等、殺す。


 その時のアインは静かに怒りを滾らせていたが、校舎の外から、ウグイスの鳴き声が聞こえて、どこか間の抜けた感覚を覚えざるを得なかった。



 その後の部活では、林田にアメリカンノックの特打ちを延々とやらされ、俺の足と肺に疲労が溜まる結果となった。


 そして、連帯責任として、井伊と柴原も加わることになり、三人で外野を走り回ることとなった。


「・・・・・」


「・・・・・」


「・・・・・」


 俺達はただ、黙っていた。


 そう、ギャグだけではなく、何かを言う気力すら湧かなかったのだ。


「ひどい・・・・・・監督が教育委員会に呼び出されたから、まともになったかと思ったのに」


「あの監督がまともであった試しがあるか?」


 俺が井伊に言うと、柴原は「教育委員会はあいつを何のために呼んだんや?」と言って、項垂れる。


「やぁ、野球少年たち!」


 瀬口が制服姿でやってくる。


「真ちゃん、すまんが今、ワシ等はグロッキー状態なんや・・・・・・」


「アメリカンノックは恐ろしい、練習だす」


「・・・・・・」


 俺は口に血液の鉄臭い、味を覚えながら、立ち上がる。


「バイクは持ってきていないぞ?」


「まぁ、今日は本屋さん行こうよ」


「時代小説だろう?」


「違うよ、赤本だよ」


 あぁ、そう言えば、受験があるからな?


 俺がそう言って、重い腰を上げると「着替えるから待っていろ」とだけ言った。


「分かった」


 俺が着替えている間に井伊と柴原の声が聞こえないので、嫌な予感は抱いていたが、すぐに制服に着替えて、瀬口のもとへと向かう。


「二人が本当に倒れている・・・・・・」


「そのぐらい、アメリカンノックが効いているんだろうな?」


 俺がそう言うと、瀬口は「何それ?」と聞いてきた。


「外野を延々と走らされて、取れそうもない距離にボールをノックされる練習」


「いじめだ・・・・・・それ」


 瀬口は呆れたと言わんばかりの表情を見せるが、俺は「あの監督がまともだと思うか?」とだけ言った。


「確かに」


「だろう? 早く、赤本買いに行くぞ」


 そう言って、俺と瀬口はバスへと乗り込む。


 すると、夕暮れが空を包み込んでいた。


「日が伸びてきたね?」


「良いな? 俺は夏が好きなんだ?」


 俺は気が付けば、瀬口と手を繋いでいた。


 その時だけはどこか心が安らいでいることを俺は感じていたように思えた。



 バスで戸塚駅まで向かうと、複合施設内の本屋へと向かって、赤本を取り始めた。


「早明は厳しいかな?」


「それは俺もだろうな? もっとも、推薦を受けるつもりはないが?」


 俺がそう言うと、瀬口は青川学院大学や中心大学の赤本も手に取る。


「滑り止め?」


「うん」


「まぁ、瀬口だったら、受験でも行けるだろう?」


 俺がそう言うと、瀬口は「本気で言っている?」とこちらの顔を伺う。


「何気に俺よりも成績がいいじゃないか?」


「それは浦木君が態度に問題があるからでさぁ?」


「学力テストでも常に俺以上の成績を残すだろう?」


「まぁ・・・・・・そうだけど?」


 俺達は戸塚駅周辺を歩く。


「駐輪場?」


 瀬口が怪訝そうな顔を浮かべる。


「あぁ、この辺に隠してある」


 俺がそう言うと、瀬口は目を輝かせて「あるんだ!」と俺の後ろに抱き着く。


 そして、俺がそれを制しながらフードを被せていた、ホンダCRF1000L Africa Twinワンオーナーが姿を現す。


「前から、思っていたけど?」


「うん?」


「浦木君って車とかバイク好きでしょう?」


「免許取るぐらいだからな?」


 俺はそう言って、ヘルメットを瀬口に渡す。


「掴まれよ」


 そう言って、俺はヘルメットを着けて、鍵を指し、アクセルをふかす。


 そして、駐輪場からそのまま、道路へと向かうと、一気に走り抜けた。


 無論、法定速度の範囲内だ。


「いやぁ、春だから風が気持ちいいね?」


「このまま、家まで送ろうか?」


「頼むよ、宇宙恐竜」


「そのネタがまだ続いていたか・・・・・・」


 俺は信号が青になると、アクセルをふかして、バイクを走らせた。


 途中、俺の腹を掴んでいる腕に力が入るのを確認した。


 道中では、桜並木から桜が降り注いでいるのを確認して、その中をバイクで走り去った。


10


 翌日の部活動では伊都相手にブルペンで投げ込んでいた。


 そこには井伊と柴原や監督の林田も陣取っていた。


 俺は呼吸を整えていた。


 そして、伊都のミットめがけて、ストレートを投げる。


 そして、指をボールから滑らせる感覚で、伊都のミットにストレートが入り込む。


 ミットの弾ける音が響く。


「凄いな? 短期間でハイスピンストレートの制球が安定しだしている」


「何か、アインの親父が昭和の怪物がホップするストレートの投げ方のコツを語っているのを聞いて、本人の中でストレートの投げ方のばらつきに気づいて、その投げ方での制球を模索した結果がーー」


「ここまでの制球の安定に繋がったか? 俺もプロにいた時は実感したけど、意外とこういう球種の悩みとかは先輩とかOBとかの助言でうまくいく場合があるからな? 特にメジャーでもそういう事は頻繁にある」


「監督って海外志向だったんですか?」


「あぁ、プロに入った時はメジャー移籍を夢に見ていたな? もっとも、今じゃあ単なる教師だけどな?」


 林田はかつて、プロ野球選手で新人王を取るほどの逸材であったが、故障で若くして引退をして、教職の傍ら、野球部の監督をするようになっていたのだ。


 俺は数球、ストレートを投げつけると、ハイスピンストレートの制球が安定しだしたことに満足して、すぐに投球練習を切り上げた。


「いいな? 土壇場で間に合ったか?」


「まさか、スポーツニュースを見ただけで深刻な状況が打開できるとは思えませんでしたがね?」


 俺と林田は伊都の方に目を向ける。


「なるほど、良い逸材だ」


 林田がそう言うと、伊都は「ふがっ!」とだけ言っていた。


「うちの野球部はあんな奴等しかいないのか?」


「それはワシ等も同類言う事か?」


 柴原の目線を無視して、俺はブルペンを去る。


「おい、無視かい!」


「ウェイト行ってくる」


「よし、俺も行くぜ、柴ちゃんは行くかい?」


 井伊がそう言うと、柴原は「わしは機動力担当やから、余計な筋力はいらん!」とだけ言って、グラウンドに消えた。


「さぁ、行くかい? アイン」


「・・・・・お前とウェイトレは嫌だなぁ?」


「ふぁふぁふぁふぁふぁふぁ~ふぁ~」


「今度はバルタンかよ?」


 井伊の特撮好きには閉口をするしか無かった、俺だった。


11


 四月の中旬にシード扱いの俺達、早川高校野球部は初戦に臨んだ。


 今回は全国大会に直結しない大会なので、控え主体のメンバーで初戦に挑んだ。


 その為、今回のバッテリーは神崎と伊都だった。


 一応は補佐のために井伊がファーストに入ってはいたが、俺はいささか不安を覚えていた。


「藤沢は補欠に回った事にかなり、ショックを覚えていたそうですね?」


「スポーツはそういう物さ? 奴の奮起に期待せざるを得ないだろう?」


 林田がそう言うと、俺は「残酷ですね?」とだけ言った。


「しかし、伊都は肩と打撃は発展途上だが、フレーミングとブロッキングは確かに上手いな?」


「お褒めにあずかり光栄です」


「お前が発掘したようなもんだからな? それは誉めよう」


 俺がそういう中でも、神崎のフォークボールを体で受け止め、見事に振り逃げでアウトを取った、伊都を見て「あれは藤沢にはできないな?」と林田は上機嫌に語っていた。


 藤沢、ごめんな?


 でも、これだけは言える。


 お前、下手なんだよ。


 その状況で、上手い一年生が出てきたんだ。


 しょうがないだろう?


 俺はそう思いながら、ベンチに腰掛ける。


「熱いな?」


「まだ、夏じゃないですよ?」


 真山がそう言うと、俺は「二十度越えだよ」とだけ言った。


 そうして、俺は団扇を取り出して、仰ぎ始めた。


 もうすぐ、最後の夏が始まるのか?


 なんとなく、実感が湧かなかった。


12


 初戦を勝利で終えた、早川高校野球部は保土谷フォーティーフォースタジアムから、バスに乗って、JR横須賀線に乗り始めた。


「いやぁ、快勝! 快勝!」


 井伊はそう言って、コーラを飲み始める。


「体に悪いぞ。アスリートが飲むものじゃない」


「良いじゃないか? 僕だって飲みたい時があるんだよ!」


「そうや、酒も飲めないなら、コーラぐらいは健全やろう!」


 そう言って、井伊と柴原はコーラをがぶ飲みする。


 それ以前に未成年だからな?


 俺がそう思った後に二人は思いっきり、げっぷをする。


 こいつ等、殺す。


 俺はこのバカ二人に確かな殺意を抱いていた。


 部員たちがそう勝利の余韻に浸っている中で、俺は藤沢のいる方向を見た。


 一人、元気がなさそうに俯いていた。


「よぅ、いいか?」


「・・・・・あぁ、はい」


 藤沢がそう言うと、俺は隣に座る。


「井伊が引退したら、ベンチ入りは出来るから安心しろよ」


「・・・・・俺、そんなに下手ですかね?」


「まぁ、伊都が上手いのは確かだよ」


 俺がそう言うと、藤沢はさらに沈んだような表情を見せる。


「俺は実力に関しては、嘘は言わないつもりだ」


「でも、浦木さんは残酷すぎますよ」


 藤沢は今にも泣きそうになっていた。


「現段階では助けることはできないな? お前も高校球児なら実力で這い上がれ。監督は実力至上主義だ」


 そう言って、俺がその場を離れると、藤沢は泣きだし始めた。


「お前、励ますどころか、追い詰めてどうするんや?」


「キャプテンとしては最低な対応ですよ」


 柴原と黒川が苦言を呈するが、俺は「心にも思っていないことを俺は言いたくない」とだけ言った。


「・・・・・鬼畜め?」


「何とでも言え、俺は思ってもいない偽善的な嘘はつきたくない」


 そういう中で、電車は戸塚駅へと着いた。


「今日は現地解散だろう?」


「監督も最近は俺達の負担を考えてくれるから、助かるなぁ?」


 そう言って、俺達は戸塚駅のホームへと降りた。


 落ち込んでいた、藤沢も俯きながら、道具を持って、ホームへと降りた。


 心配だな・・・・・・


 俺は一抹の不安をこの時、確かに覚えていた。


13


 現地解散で俺と井伊と柴原に木島は大船で飯を食いに行く事にした。


「何食う?」


「お前等、ここまで来て、吉野家とかいうなよ」


 俺がそう言うと、陳が近くを通る。


「陳か?」


「げっ、キャプテン!」


「何や、お前? 何をこそこそしているんや?」


 柴原がそう意地悪く、陳に近づくと、当人は「バイトだよ」とだけ言った。


「バイトは校則では禁止されていないだろう?」


 俺がそう言うと、陳は「下宿先だ。仕事手伝う代わりに日本に住ませてもらっている」とだけ言った。


「もしかして、中華料理店か?」


 井伊がそう言うと、陳は「だからこそ、あんた達に話したく無かった」とだけ言った。


「なるほど、すぐに料理対決にもっていこうとするからな? こいつら」


「キャプテンはよく分かっている」


 そう言って、一同が歩き始めると陳は「来るのか?」と聞いてきた。


「その通りや!」


「中華の鉄人の働きぶりを見させてもらうぞ!」


 井伊と柴原がそう言って「ぐふふふふふふふ!」と笑いだすと、俺は「帰ろう」とだけ言った。


「何やとぉぉ?」


「お前! こんなタメ口野郎を野放しにしていいのか!」


「お前等の対応にも問題がある、陳は日本語が不十分だから仕方ないだろう? それとも? また、俺に殴られたいか?」


 俺がそう言うと、井伊と柴原は「よし、今日はハンバーガーだ!!」と声を揃える。


 木島はただ、恐怖に震えていた。


「キャプテン、助かった」


「早く、バイト行ってこい」


俺がそう言うと、陳は会釈をしてその場を去った。


「暴君が人を助けた・・・・・・」


「何がこいつを変えたんや?」


 井伊と柴原が俺を拝み始めた。


「どこ行く?」


「久々にウェンディーズ行くか?」


 そう言って、俺達はいつも通りにウェンディーズへと向かっていった。


 大船駅近くの下水道のどぶ臭さが鼻に突きさすように香るのはいつもの事だった。


14


 翌日の昼休み、俺が昼食を取っていると、井伊と柴原に木島、平岡に井手口が何かプロレスらしきものを行っていた。


「うぇいい!」


「あぁぁあ!」


 そう言うが、井伊と柴原の距離は離れたままで、延々とエアなんたらな感覚で技を繰り出す。


 そして、お互いが近づき始めると、レフェリーの木島が「ストップ!」と言って、お互いの距離を離れさせる。


「ファイ!」


「うぉぉぉぉう!」


「でぇぇぇおう!」


 井伊と柴原がそう言いながら、エアプロレス技を繰り出す様子を眺めた後に数秒で飽きた俺は、スマートフォンで新聞を見始めた。


「若年寄の浦木君」


 瀬口がそこにやってくる。


 しかし、瀬口が来るといつも寸劇を中断して、駆けつけてくる井伊と柴原はエアプロレスごっこを続けていた。


 それだけ、試合が白熱しているのだろうか?


「うぇぇぇぇい!」


「ぐぅぅぉぉぉぉ!」


 井伊と柴原の試合が白熱する中で、瀬口が「新聞?」と聞いてきた。


「一応は大学の面接で必要だから、全紙読んでいる」


「それ、かなりの力の入れようだよ」


 瀬口はそう言いながら、くすりと笑う。


「ところで、みんな何をやっているの?」


「プロレスじゃない?」


「ふ~ん? 何か奇妙なんだけど?」


 その瞬間だった。


 ガラスの割れる音と同時に柴原が頭から血を流して、倒れていた。


「柴ちゃ~ん!」


「柴原! 大丈夫か?」


 そうなると思ったよ。


 高校生がプロレスごっこすると、大体が怪我をするのが相場だ。


 俺はすぐに職員室に向かって、柴原の負傷を林田に伝えた。


「何をやっていたんだ? あいつ等は?」


「プロレスごっこですね? 柴原は頭から血を流しています」


「あいつ等・・・・・・自覚がなさすぎる」


 林田の怒りを間近に感じながら、俺と林田が教室に向かうと、柴原はぐったりと倒れていた。


「保健室に連れていけ」


「はい」


 そう言って、数人の生徒たちが柴原を担ぎ出し、保健室へと連れて行った。


「お前等、後で事情は聴くぞ?」


 林田がそう言うと、井伊と木島に平岡、井手口は凍り付いた表情を見せる。


「浦木、お前もだ?」


「目撃者ですからね?」


 俺がそういう中でも教室は謙遜として、他のクラスの連中もやってくる騒ぎとなっていた。


 時刻は午後一時になろうとしていた。


15


 林田に烈火のごとく叱られた後に俺達は保健室へと向かっていた。


「柴ちゃん、大丈夫?」


 井伊がそう言うと、柴原は「ふ、こんなのかすり傷や?」と言い出す。


「そうか、じゃあ、俺達がお前のせいで連帯責任を受けた償いでグラウンドのトンボ掛けを頼むぞ?」


 俺がそう言うと柴原は「さすが、不良且つ冷血漢の浦木やな? 友達無くすで?」と言って、頭を抱えた。


「冷血漢であることは否定しない。友達もいらない。ただ、俺が不良っていうのは当たらないんじゃないか?」


「お前、基本は学校に歯向かっているやないか?」


「成績は悪くはない。それに実質的に俺は停学処分を食らったりしたり、警察のお世話になったこともない。結果論として、大船のイトーヨーカドー前でたむろしている、大学生よりは素行がいいと思うぞ?」


「ものすごい、差別と偏見に満ちた発言やな?」


 柴原がそう言うと俺は「とにかく、俺は部活動に戻る」とだけ言って、その場を去ることにした。


「アイン・・・・・・さすがに冷たすぎるよ」


 井伊がそう言うが、柴原は「かまへん、かまへん、ワシは大したことないから、いつでも試合に出られるわ?」とだけ言った。


「いや、お前は出さないよ?」


「何やとぉぉ!」


「禊は済ませない限りは出さん」


「禊って、何や?」


「極刑」


「それは禊やない! もう死んどるやないか! お前は国語辞典をもう一回、読み直せぇや!」


 俺は柴原がそう叫ぶ中、保健室を出ていった。


「本当に柴原さん抜きで県大会を戦うんですか?」


 真山がそう言うと、俺は「まぁ、全国には繋がらない大会だから、いいだろう? 場合によっては俺がショート守ってもいいだろう?」とだけ言った。


「自業自得とは言え、これは痛いですね?」


「だろうな、故にあいつは極刑」


 俺はそう言いながら、保健室を振り返った。


「うわぁぁぁぁぁぁん!」


「柴ちゃん!」


「夏に間に合うから!」


 柴原の鳴き声が響いていた。


16


 その後に春の県大会を柴原抜きで戦い始めた俺達だったが、俺がショートを守り、神崎と伊都がバッテリーを組む形で勝ち進んだが、伊都はまだ一年生で筋力が細いので、肩が弱く、それに気づいた相手チームが盗塁を仕掛け続けて、結果的には最後、強豪の湾岸高校に負けてしまった。


「ふはははは! ワシ抜きで戦ったら、見事に県大会で負けたようやな!」


 柴原がそう言いながら、俺に抱き着いてくる。


 俺はそれをすぐに振りほどいた。


「お前、チームの負けを喜ぶとか、最低だぞ?」


「わしは自分のチームの負けを喜んでいるんやない、お前の裁量不足に喜んでいるんや!」


 そう言って、柴原は「熱男ぅぅぅ!」と拳を突き上げるが、俺はすぐに右ボディをくらわす。


「うぉぉぉ! レバーが!」


「柴ちゃん! おい、アイン! 今の柴ちゃんは頭悪いんだぞ!」


「どんな言い方やねん!」


 井伊と柴原がそう言うと、俺は「そうだな、頭は避けたが、ただでさえ、悪い頭が悪くなったんだもんな?」と言って、続いて「クワバラ、クワバラ」と唱え始めた。


「止めろ、アイン! これ以上、柴ちゃんの頭が悪くなったら、どうする!」


「お前等、絶対に悪意あるやろう!」


 そう三人でやり取りをしながら、ユニフォームに着替えを済ませて、すぐにグラウンドへと向かう。


「あぁ、今日も平和だなぁ?」


「わしはけちょんけちょんにされたけどな?」


 柴原がそう言うと、林田は「おい、お前等」と言って、やってきた。


「はい!」


 全員が直立不動になると、林田は「今日、浦木に取材が来ているから、相手に粗相のないように」と言ってきた。


「えぇと、相手は・・・・・・」


「帝日テレビ」


「明朝テレビじゃないんですか?」


 俺がそう言うと、林田は「珍しいがな? 今回他局だ。とにかく、二〇分後に始めるぞ。早く来い」と言って、その場を去った。


「何や、浦木だけなら、徹底して、邪魔したいわぁ?」


「お前等、余計なことをしたら、殺す」


 そう言った、俺は監督に付いていくことにした。


 その中でも、井伊と柴原達は「うがぁぁぁぁ!」と言いながら、グラウンドに寝そべった。


 気持ちよさそうだな?


 春だからか?


 俺はそう思いながら、グラウンドから出て言った。


 遅く咲いた、サクラが降り注いでいた。


17


 開いている教室に林田に連れられて向かうと、そこにはお世辞抜きに綺麗な女の人がいた。


 まるっきり、大人の女性といった形だ。


「初めまして、帝日テレビアナウンサーの冬樹怜です」


 冬樹令と言った、その人はお辞儀をするが、アインは珍しく、緊張した。


 この人は本当に育ちの良い人だ。


 俺はそう思うと「どうも・・・・・」と言ったきり、黙ってしまった。


「緊張されています?」


「いえ・・・・・・あんまり、インタビュー好きじゃないんです」


 俺がそう言うと、冬樹は「マスコミ嫌いとか?」と言ってくる。


「そういうことでは無いんですけど、あんまり、野球以外で自己表現っていうのかな・・・・・・そういうことはしたくないんです。外でマクドナルドにも行けないですからね?」


 それを聞いた、スタッフは空笑いを浮かべるが、冬樹は「えっ、浦木選手はマクドナルド行くんですか?」と聞いてきた。


 意外といった表情だ。


「行きますよ、ウチの野球部は大船のマクドナルドか隣のウェンディーズのどっちか行っていますから?」


「大船って・・・・・・」


 どうやら、大船の事を知らないようだ。


「えぇとですね・・・・・大船は横浜と鎌倉の境にある街なんですけど、いい具合に飲み屋と床屋と接骨院だらけの街ですね?」


「はぁ・・・・・・」


「アメリカ人かイギリス人が来て、なんか感動していましたけど、推察するになんか東アジアの市場的な感覚を覚えたからかな? まぁ、実際に見方によっては香港の市場か、韓国の大邱とか釜山みたいな感覚は覚えますよ。東洋の喧噪とした市場ですね?」


「浦木選手って、結構、喋るんですね?」


 冬樹は意外と言わんばかりの表情を浮かべる。


「まぁ、大船はキアヌ・リーブスは好きそうなところですかね? あの人は日本の大阪と帝国ホテルが好きですから。特に帝国ホテルは主演映画のセリフに使うぐらいに」


「浦木選手、映画好きなんですか?」


「かなり、好きですね」


 俺は無表情で淡々と答えているつもりだが、自然とペラペラと言いたいことを言っていた。


 この冬樹というアナウンサーが相手だと、自分の本音をペラペラと話してしまうな?


 警戒をしないといけないが、自然と口が緩む感覚を覚えていた。


「例えば、どんな映画ですか?」


「メンインブラックの第一作とダークナイトのジョーカーが出る奴にアニメの機動警察パトレイバーの劇場版第一作ですね?」


「浦木選手、アニメ見るんですか? というか、結構、オタクですね?」


「オタクなのかな? 俺? まぁ、でも、見ますよ、野球部で年中ネタになっていますから。冬樹さん」


「あっ、はい?」


「俺、年下だから、別に選手とかさんをつけなくてもいいですよ」


「昔、ある作家さんがスポーツ選手のインタビューをした時に年下であろうとも君付けで対応するのはどうなのだろうかと著書で言っていたので、それを気を付けていてーー」


「ちょっと、二人とも!」


 帝日テレビのプロデューサーがそこに入る。


「ちょっと、君等、公共放送じゃなくて、これは民放! 何もそんなかしこまったインタビューをしなくていいんだよ!」


「すいません」


 冬樹はそう言うが、俺は「基本的に少年の自尊心を傷つける内容でなければ、何でも答えますよ」とだけ言った。


「はぁ、浦木君・・・・・・って、意外と取材にオープンなんですね?」


「監督が未成年だからって理由で、俺に対する取材はかなり制限していましたからね? 今回はインタビューに至った理由はよくわからないんですけど、基本的に俺はマスコミは俺の動静を伝える媒体だから、友好的にはしたいですね? 何も知らない素人が適当なことを言うのは時代の流れですけど?」


 それを聞いた瞬間に「高校生でそこまで達観できるのはすごいですね?」と冬樹は言う。


「昔、好きだった選手のマスコミ対応を参考にしています」


「だから、硬いって!」


 プロデューサーがそう茶々を入れるが、俺と冬樹は構わず、インタビューを続けた。


「話しの話題を変えますけど、浦木君は世代最強投手と言われているそうですね?」


「不服ですけどね?」


「えっ、不服なんですか?」


「だっから、言ったでしょう? マクドナルドにも自由に行けないですから」


「確かに・・・・・・」


 俺がそう言うと、冬樹はうなずく。


「冬樹さんはマクドナルド行かないですよね?」


「いや、行きますよ」


「あぁ、万人の味なんだ? 元アメリカ大統領なんか側近に朝早くからビックマック買わせるもんな?」


「時事ネタだ・・・・・・」


 冬樹がそう言うと「話を戻しますよ、世代最強投手と呼ばれることに関しては、どう感じます?」と聞いてきた。


「嫌だなぁって感じですよ。打たれれば鬼の首を取ったかのように大声を上げられるし、良い投球をしても当たり前で、運悪く、増長すれば総叩きです。夜道も暗くて、歩けない」


「浦木君が増長するところとか想像ができないです」


「そうしたいけど、Xとかインスタとかしていないから、伝わらないだけですよ」


「えっ、やんないんですか? SNS?」


 冬樹は目を丸くする。


「失言癖があるから、意図的にやんないんです。口で何か伝えないで、ピッチングで結果を残したいんです。それじゃあ、言うだけ番長になっちゃうじゃないですか?」


 それを聞いた、冬樹は「凄い、もう大人ですね?」と言った。


「老成化しているんですよ。うちの野球部はおじいちゃんの集まりです」


 そう言うと、スタッフから笑い声が上がる。


「もう、うちの井伊や柴原なんか、出汁じゃなくて、緑茶のお茶漬けにワサビ漬けの良さに目覚めていますからね? これを爺と言わずしてなんていうんでしょうかって感じですけど?」


「それは、渋いなぁ・・・・・・その二人にも話を聞いてみたい」


 冬樹がそう頷くと、「ライバルとかいます?」と聞いてきた。


「ライバル?」


「そう、ライバル」


 冬樹がそう俺の顔を眺めるが、俺は「正直言って、要らないですね」とだけ言った。


「そうなんですね?」


「誰かと意地の張り合いをするというよりはとにかく相手が誰でも、勝ち続けるってところじゃないですかね。マウンドは基本的に誰も声をかけてくれないから、常に相手がどうだとかよりは自分にとって、優先すべき選択肢を考えています。そこに他者の存在は介在しないし、第一、俺は自分しか好きじゃないから、そんなにライバル視されても興味が持てないんですよね?」


「もう、なんか、哲学者だなぁ・・・・・・」


 冬樹がそう言うと「あぁ、それとこれを聞かなきゃいけないんですけど、進路はどうなされるんでしょうか?」と重ねて、質問をする。


「・・・・・・一番の難問ですね?」


「えっ、これが一番?」


「えぇ、はっきり言って、一番触れられたくない、話題ですね」


 それを聞いた、冬樹は「もしかして、進学ですか?」と意地の悪い笑みを浮かべながら、聞いてくる。


 この人はこういう側面もあるんだな?


 意外だとは思えた。


「それは秋までのお楽しみという事でお願いします」


「あぁ、言えないんだ・・・・・・」


 冬樹がそう言うと、林田が「時間ですね?」と言ってきた。


「あぁ、もう時間か?」


 冬樹がそう言うと、俺は「ありがとうございます、楽しかったですよ」とだけ言った。


 それを聞いた、冬樹はマイクを外して、音声が録音されなくなった後に「そう言ってもらえるのはうれしい限りだね? プロになったら、インタビューよろしく」と言って、握手をしてきた。



「はぁ・・・・・・」


 有能だな?


 押しも強いし、何よりも自然と話をしたくなる懐の深さだ。


 好きだな、この人。


 俺がそう言って、立ち上がると、冬樹は「じゃあね? 未来のエースさん」と言って、スタッフと共に撤収をした。


「浦木、練習に戻れ」


「あっ、はい」


「愛しの彼女はご立腹のようだがな?」


 林田が珍しく、にやけながらそう言うと、瀬口が腕を組んで、廊下に立っていた、


 ひどく、ご立腹だな?


「そんな、怒る事ないだろう?」


「鼻の下、伸ばしてた」


「まぁ、あの人、美人だったからな?」


「私より?」


「大人の女の人が相手だからな?」


 それを聞いた、瀬口はますます眼光が鋭くなった。


 瀬口がここまで怒り出すのは初めて見たような気がする。


「焼いてるか?」


「当然」


「素直でよろしい、部活動終わったら、アイス食おうか?」


「いいよ、別に今日はそんな気分じゃない」


 瀬口がそう不機嫌になる中で俺はただ、黙るしかなかった。


 林田が笑い続けているのが唯一の救いだが、俺は内心では助けを求めたい気分にはなっていた。


18


 そのインタビューが終わり、練習も終わったので、瀬口を連れて、戸塚駅へと向かっていた。


「・・・・・・」


「まだ、機嫌が悪いのか?」


「・・・・・」


 無言だもんな?


 そのまま、バスから降りると、瀬口はそのまま駅へと向かって行った。


「本屋行かなくていいのか?」


 瀬口はそのまま、改札を通り過ぎていった。


 こりゃあ、このままにしておいた方がいいかな?


 俺がそう思って、改札を通ろうとしたときに、後ろには井伊と柴原が壁から俺を眺めていた。


「お前等・・・・・・何だ?」


「浦木、破局するならしてもええんやで?」


「真タンは僕らが美味しくいただきます」


「・・・・・その表現はちょっと危ないな?」


 俺がそう言って、改札を通り過ぎると、井伊と柴原も付いて来て、そのまま横須賀線の電車に乗り込む。


「まぁ、浦木が鼻の下を伸ばすぐらいやから、相当な美人なんやろな?」


「あぁ、あの人は俺に話しやすい環境を作っていた、かなりのやり手だよ」


「アイン、女の子を能力で見るのはよくないぞ?」


 井伊がそう言って、俺の肩を掴む。


「そうやって、自分よりも能力が高い女を避けて、自分よりも弱い女をイジメて、楽しむ奴も安っぽいだろう?」


「うぅぅぅ、それはそうだが・・・・・・」


「男の性やろう! それの何が悪い!」


「悪いよ。はっきり言って、能力があるなら、起用すべきだ。ただ、かわいいだけでちやほやされる奴なんて俺は嫌いだ」


「シビアだなぁ? 真タンがいたからいいけど、お前は女子から嫌われるぞ?」


「まぁ、その真タンもお前を見限ったんや。そして、わしらが美味しくいただく!」


 二人が「がっははははは!」と笑うが、俺は「殺すぞ、お前等」とだけ言った。


「黙れぇい! ヒロインを世界共通の彼女にして、何か問題でも?」


「大有りだよ。コンプライアンス的にもまずいだろう」


 俺達がそうやり取りをしていると、電車が大船駅へと付いた。


 すると、すぐに瀬口の父親から電話がかかってきた。


「おぉぉう、電車の中での通話は止めましょう」


「分かっているよ?」


 俺は大船駅のホームへと降りて、恐る恐る電話に出た。


「はい・・・・・・」


(・・・・・・至急、私の家に来なさい)


「分かりました」


 瀬口の父親は怒りを静かに燃やしているように思えた。


「ちょっと、瀬口の家に行ってくるわ」


「何?」


「なるほど、ならこれを持ってイケェイ!」


 そう言って、柴原はすっぽんエキスを渡した。


「・・・・・・そういう歓迎ムードじゃねぇぞ?」


「浦木君が真タンを美味しくいただきました!」


「事態が切迫しているから、今日は無しだが、いずれ殺す」


 俺はそう言って、大船駅のホームから階段を駆け上がった。


 相当、絞られるだろうな?


 俺はこれから極刑が行われるような暗い心境に陥っていた。


19


「話は真から聞いているよ」


 そう言う、瀬口の父である裕二の口調は重かった。


 瀬口は自分の部屋に籠ったきり、出てこない。


 瀬口の母親からも白い目で見られる始末だ。


「・・・・・・申し訳ありません」


「まぁ、君は浮気をしたわけではなくて、ただ単にインタビューを担当した、アナウンサー相手に鼻を伸ばしたというだけだから、男の私として心情は分からなくはないのだが・・・・・・」


「あなた?」


 瀬口の母親は裕二を睨みつける。


「うん・・・・・・」


「・・・・・・彼女は怒っていますか?」


「当たり前よ」


「まぁ、母さん、浦木君は何も不貞を犯したわけではないんだ」


「当たり前です、高校生なんだから」


 瀬口家のリビングは殺伐とした雰囲気に包まれていた。


「浦木君」


「はい」


「英雄、色を好むと好事魔多し」


「・・・・・・ことわざですね」


「今の君の状況がそうだ」


 そう言って、裕二はキッチンへと向かい、グラスにロックの氷を入れていた。


「コーラにするか? アスリートの天敵だが?」


「いただきます」


 俺がそう言うと、裕二はグラスにコーラを入れて、戻って来た。


「私やうちの兄貴も学生時代は多くの浮名を流してきた」


「あなた!」


「まぁ、聞け」


 裕二はそう言って、瀬口の母親を制する。


「まぁ、君は学校ではどうか分からないが、世間では好きな人間も多いらしいからな? その分、アンチも多いとは聞いているが?」


「よくご存じで・・・・・・」


 この人の情報収集能力には敵わないな?


「・・・・・学生時代に大人の女性に心惹かれるのは、若さ故さ?」


「・・・・・すみません」


「君はねぇ」


「はい」


 裕二がウィスキーを飲み始める。


「いわゆる、マザーコンプレックスかシスターコンプレックスの類じゃないかと思うんだ」


「えっ?」


 突然、そう言われた俺は動揺をしていた。


 俺がマザコンかシスコンだと?


「いや、私は・・・・・年下には興味ないですよ」


「上限定でだよ。事実、真も君のことが放っておけないと言って、君が学校で行った一つ一つの言動や動作を妻に話していた」


「確かに彼女の方が、大人だと思うことが多々ありますけど・・・・・・」


「君の好戦的な態度を諫めるのも愛おしいと思っているんじゃないかな?」


 確かに弁当を食っている時に白飯が俺の顔についていたら、無理やりにハンカチでそれを取って、笑っていたな?


 あいつは確かに母親気質だとは思っていたが・・・・・・


 俺もそれに甘え切っていたという事か?


「君は一人っ子だろう?」


「そうです」


「じゃあ、なおさらだ。君は真に母性を感じて、交際をしているんだろう」


「・・・・・・かもしれません」


 俺がそう言って、コーラを飲み干すと、裕二が「真もまだ幼いな? 君が大人の女に鼻の下を伸ばしてもそれが現実的ではないと推察できないのだからな? あいつには私から言っておく、今日は帰りなさい」と言って、茶菓子を渡してくれた。


「和菓子だ。一応は言っておくが、中身に金は入っていない」


「すみません、本当に恐縮です」


 そういう中でも、瀬口の母親の目線は厳しいものだった。


「この話は男にしか分らんな?」


「ありがとうございます・・・・・・」


 助かった・・・・・・


 内心では殺されると思っていたので、裕二に送り出されて、玄関を出て、住宅街に出た後には思わず、がくりと崩れてしまった。


 お義父さんはやっぱり、偉大です。


 俺はそう思いながら、大船駅を目指して歩き始めた。


 ここから駅まで二十分かかるんだよな?


 しかも、暗いし、オヤジ狩りも起きると聞いている。


 高級住宅街なのに怖いのなんの。


 そう思った矢先だった。


 母親から十件近くも着信が入っていた。


 母親の執着心に異常性を感じながら、すぐに電話をかける。


「・・・・・・もしもし」


「どこいるの! ご飯よ!」


 俺はこの日、立場的に腰を低くしなければいけない日なのだと思っていた。


20


 翌日、俺は昼休みに教室で野球部の部費の計算を行っていた。


 真山の仕事だろう、監督もなぜか俺に任せやがって・・・・・・


「シュワッ!」


「デヤァ!」


「ストリウム光線!」


 後ろでは井伊に柴原、木島がウルトラマンごっこをしていたが、それを無視して、俺は計算を続けていた。


 すると、教室の扉が開く音と共に瀬口が現れた。


「おっ、真タン!」


「・・・・・浦木君はいる?」


 その表情は過去類を見ないぐらいに殺気立っていた。


「・・・・・そこにいます」


 そう言って、瀬口は礼を言うこともなく、俺の方向へ向かって歩く。


「あの真タンが俺達に礼を言うこともなく、浦木に詰め寄った・・・・・・」


 三人が息をのんで、俺と瀬口を眺める中で、瀬口はいきなり、俺の顔を平手打ちで殴り始めた。


「いて!」


 すると、二発目も飛んできた。


「ぎゃ!」


 続いて、三発目。


「ぶほ!」


 四発目


「あ!」


 五発目。


「ストップ! ストップ!」


「真タン! 浦木が死んでまう、親にもぶたれたことないんやから!」


「もう二度もぶたれたぐらいの問題じゃないね?」


 井伊と柴原に木島が止めに入る中で俺は頬が内出血しているのを確認しながら「俺はどこのアムロ・レイだよ」とだけ言った。


「浦木君」


 瀬口が俺を睨み据える。


「私、アナウンサーになるから」


「えっ?」


 その場にいた全員が絶句する。


「あんな、おばさん相手にほのじになるのはあの人がエリートだからでしょう?」


「いや、それは・・・・・・」


「だったら、私がそうなる! 私、負けないから!」


 そう言って、瀬口はどこかへ消えてしまった。


「・・・・・・」


「あんな真タンを見たのは初めてや?」


「アイン、大丈夫か?」


「分からん。本人に聞こうにも心を閉ざしているから、近づきようがないんだ?」


「困ったのぅ・・・・・・」


 そういう中でも、俺は五発ぐらい平手で殴られた頬に手をやる。


「親にもぶたれたことないのに」


「お前、冗談言う場合やないやろう」


 教室のチャイムが鳴り始めていた。


21


 そして、放課後に練習を始めると珍しい、珍客の対応に追われた。


「いやぁ~懐かしいな? 我が母校」


「まだ、卒業したばかりでしょう?」


 俺は早明大学に進学した、川村光を横目にストレッチを行っていた。


「真、怒らせたんだって?」


「あいつ、川村先輩に話したんですね?」


「愛と憎しみは表裏一体、その真逆は何だと思う?」


「無関心ですね。マザーテレサが言っていた奴」


「そう、そう、それ」


 そう言って、川村は「良い天気だぁ~」と言って、寝転ぶ。


「あっ、そこは井伊と柴原が唾やガムを年中吐き捨てているから、汚いですよ」


「ゲッ! マジで!」


「おい、ちょっと待てぇい!」


「お前、なんてデマ流していやがるんだ!」


 そう言って、井伊と柴原がやって来る。


「大体、ガムくちゃした上に唾を吐き捨てるなんて・・・・・・気分はメジャーリーガーやな!」


「日本球界は断じてそのような行為は許しません」


 そう言って、座り始める。


「浦木君、がんばって早明に来なよ。そしたら、一緒に新宿の居酒屋に行こうよ」


「川村先輩はまだ酒飲める年じゃないでしょう」


 俺がそう言うと、後ろからいきなり蹴られた。


「ぎゃ!」


 俺が思わず、そう唸ると後ろには瀬口がいた。


 その表情は怒りに満ちていた。


 そして、全力で蹴り始める。


「痛い! 痛い! 痛い!」


 瀬口はすぐに俺の胸倉をつかみ始めた。


「浦木君」


「・・・・・何だ?」


 俺がそう言うと、瀬口はいきなり俺に口づけした。


 それを見た、井伊と柴原は大変なショックを受けていた。


「デカルチャ・・・・・・」


「女神が汚れてしまった・・・・・・」


「美人は大体、野郎付きよ」


 川村がそういう中、瀬口は「浦木君」と言ってきた。


「・・・・・結婚しようか?」


 俺がそう言うと、さすがに瀬口は「えっ!」と言って、びっくりした。


「待てぇい! アイン!」


「さすがに学生結婚はあかん!」


「あのね、真? それは昔、少年マガジンでやっていた「涼香」っていう漫画で最後に主人公とヒロインに子供が出来て、大学の推薦が消えた後に結ばれるっていうとんでもない終わり方だから、あまり感心しないよ」


 三人は必至で止める中で井伊と柴原は「大体、少年誌でヒロインが主人公の子どもを身ごもるなんて、衝撃的過ぎて、ショックを受けたが、現実でそれをやったら、まずいで!」や「俺達も庇いきれないぞ!」と発狂を始める。


「・・・・・・」


「・・・・・・」


「考えたら、そうだね?」


「もしかして、妊娠を狙っていたとか?」


 俺が瀬口にそう聞くと、平手打ちが返ってきた。


「うるさい!」


 瀬口が頬を赤らめながらそう言うと、井伊と柴原が「女神がぁぁぁぁぁぁ!」や「浦木に犯されていくぅぅぅぅ!」と発狂を始めた。


「浦木君!」


「何だよ?」


「別に活躍するのはいい、プロ野球選手だろうと、メジャーリーガーや会社の社長に政治家になっても構わない! だけど、約束して!」


 瀬口はそう言って、俺の手を取る。


「いつか、結婚して!」


 俺はそれを聞いて、頭をかいた。


「・・・・・・ストレートだな?」


「人が真剣な時に冗談を言うな?」


「親父さんにまで、あそこまでサポートを受けているのもそうだが、ここまで来て、破局は嫌だな?」


「それってーー」


 気が付けば、俺は瀬口の唇を奪っていた。


「アイン! 止めろぉぉぉぉぉ!」


「ワシ等の女神相手にそんなに情熱的な・・・・・・あぁぁぁぁ!」


「これ、もうもはや昼ドラの世界だよね? 甲子園を目指しているのに?」


 俺と瀬口は気にせずに接吻を続けていた。


 そして、すぐに瀬口が無理やりに引きはがし、平手打ちをした。


「止めろ! 白昼堂々と!」


「お前だって、妊娠したいとか言っていたじゃないかよ!」


「仮にそうしたら、本当に社会から消すからね!」


 二人でそう言いあっていたら、井伊と柴原が「何か、仲直りしたのはええけど、かなりまずい方に行ったんやないか」や「これは監視を付けておかないと、この二人の愛は暴走するな」と言っていた。


「そうだな、お前等、そうするように監督に伝えろ。俺も学生結婚はまずいと思うが、勢いでなるかもしれない」


「アイ~ン! 駄目だよ! ラブパワーに飲まれたら!」


「戻ってこぉぉぉぉぉぉい! いつものクールなお前はどうした!」


 俺と瀬口がそう手を重ね合わせる中で、川村が「桜が咲いている・・・・・・夏が近いのに?」と言ってきた。


「まさか、二人の愛の力が桜を動かしたのか?」


「これはエヴァ新劇場版破のサードインパクト並みの衝撃だ! アイン! 人でなくなるぞ!」


「それ以前に人類が死滅をしてしまう!」


 そういう中でも、俺と瀬口は抱き合っていた。


 後で査問委員会かな?


 そう思ったが、俺には不安はなかった。


 続く。


 次回 第八話 激闘! 星谷総合戦!


 かなり、「地獄甲子園」が入っている回になりますが、何卒宜しくお願い致します。


 来週もご拝読を宜しくお願い致します!


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