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第六話 センバツ戦争

 第六話です。


 現実でも球春到来です。


 現実とリンクすれば、よろしいかと?


 今週もよろしくお願い致します!

1 


 センバツが開幕して三日目の第一試合で俺達の出番が来た。


「ようし、ゼットマンを倒す!」


「あんな変態野郎なんか、わし等のスターダムロードの踏み台になってもらうで!」


「沢木は意外とツッコミ型だと思うぞ? 最初にあの口調を聞いたときは衝撃的だったけど?」


 俺達がそう会話しているところに沢木がやってきた。


「ははははは! 浦木、井伊、この試合はもらったゼェェェェト!」


 そう言う、沢木の後ろから大男がやってくる。


「なっ、何や!」


「沢木。貴様、どこでそんなグラディエーターを仕入れたんや」


「うちの主砲の二年生の小比類巻だぜぇと」


 その小比類巻は190センチを超えているであろう、巨体で俺達を見下ろすが、無言のままだった。


「まるで、バイオハザードのネメシスみたいやな?」


 それを聞いた、小比類巻は無言のまま、目から涙を流し始めた。


「えぇぇ?」


「そこ、泣くところ?」


 小比類巻が無言で涙を流す中で「フランケン、試合でこいつらを倒せばいいゼット」と言って、ハンカチを差し出す。


 しかし、小比類巻はさらに涙を流し続ける。


「お前も何気に追い打ちかけているじゃねぇかよ」


 俺がそう言うと、沢木は「まぁ、試合は俺達が勝つから、頑張れゼェト」と言って、手を振りながら、その場を去った。


 小比類巻はそれに黙って付いていった。


「同意なき、イジリはいじめだと言う典型例だな?」


 俺達がそういう中で、甘藤が「皆さん、戻りますよ!」と言ってきた。


「ちぇ! せっかく、一服していたのに?」


「喫煙者には世知辛い世の中や」


「俺達は未成年だろう。第一吸ったら、大事件」


 そう言って、俺達はベンチへと戻ることにした。


「うぉう、風が強い」


「春一番や」


「くしょん!」


 井伊がそうくしゃみをする。


「花粉か?」


「まずいで?」


「何が?」


「井伊は花粉にかかった時は、ものすごい不調になるんや」


「何だ? その新要素は?」


 俺がそういった後も、井伊はくしゃみを続ける。


「止めてくれよ、不吉なフラグは?」


 俺はそう言いながらも甲子園の通路を歩いていた。


 井伊が不調だときついな?


 俺はできれば、このフラグが本当にギャグであってほしいと思っていた。



 試合前に甲子園の通路で、オーダーが告げられる。


「一番ショート、柴原」


「ゼットマンには引導を渡すで!」


「二番ライト木島」


「はい」


 ていうか、柴原が微妙にギャグテイストじゃないことを言っていたよ。


 ネタ切れだな?


「三番セカンド黒川」


「はい」


「四番キャッチャー井伊」


「びえっくしょい!」


 井伊がそうくしゃみをすると、柴原が「今日の井伊はダメやな? ノーヒットや」と言った。


「不吉だなぁ?」


「止めてくれよ、四番が機能しないとか?」


「いいか? 続けるぞ?」


 林田がそう言うと、部員達は「はい!」と答えた。


「五番サード、甘藤」


「はい」


「六番ファースト笹」


「はい」


「七番センター加地」


「はい」


「八番レフト野中」


「はい」


「九番ピッチャー浦木」


「はい」


「以上だ、井伊が花粉症で不調らしいが、井伊は抜きで戦うつもりで奮起してもらいたい」


「監督~それはないで・・・・・・びえっくしょい!」


 こいつダメだな?


「お前、分かっていると思うけど、リードに支障をきたすなよ?」


「分かって・・・・・・びえっくしょい!」


 本当に大丈夫か?


 俺は一抹の不安を覚えながらも、部員達と一緒に甲子園のベンチへと向かっていた。


 ベンチにたどり着くと、会場は超満員で両校の吹奏楽部が応援の練習を行っていた。


「蒸し風呂みたいな甲子園じゃないと、ここまでわくわく感が倍増するとはな?」


「春満開やな?」


「びえっくしょい!」


 大丈夫か?


 本当に?


 俺がそう思っている中でも、甲子園には春一番が吹き荒れていた、


 俺達の一回戦はすぐそこまで迫っていた。



 試合前に中部帝頭のキャプテンとじゃんけんをして、先攻後攻を決めたが、俺はじゃんけんに負けて、相手に後攻を取られた。


「キャプテ~ン!」


「お前の右手は剛腕だが、基本的には不運を運ぶものやな?」


 甲子園の一塁側ベンチで柴原がそう言うと、俺は「すまない」とだけ言った。


「あの浦木が、ワシが苦言を呈しても何もしないとは・・・・・・」


「年月ってすごいね?」


 柴原と木島がそう言うと、井伊が「びえっくしょい!」とくしゃみをする。


「お前、最悪ノーヒットでもリードはしっかりしろよ?」


「分かって・・・・・・びえっくしょい!」


「ダメだな? 意思疎通が出来ないもん?」


 俺達がそう言った後に審判が整列を促したので、グラウンドへと向かう。


「ふっ?」


 沢木が不敵な笑みを浮かべる。


「何だ、お前?」


「この試合は夏の時みたいに疲労困憊じゃないから、俺の勝ちだゼェト!」


 沢木がそう言うと、審判が「礼!」と言って、選手間で礼をした。


「はははは! 俺は完全試合するゼット」


「黙っとれ! ゼットマンが!」


「止めとけ。まともに相手するな」


 俺は柴原に自制を促すとすぐに柴原はヘルメットを被り、金属バットを持って、右バッターボックスに立とうとした。


(一回の表、早川高校の攻撃は一番ショート柴原君、背番号六)


場内でウグイス嬢のアナウンスが聞こえると、今年から全メンバーの一新された、応援歌を吹奏楽部が吹き始める。


 柴原の応援歌はメタルギアソリッドのテーマだった。


 結局はウチの吹奏楽部はゲームと映画の音楽から離れらないのか?


「見てみい! ワシが早川のーー」


 柴原がそう叫びながら、バットを振ると快音が響いた。


「核弾頭やぁぁぁぁぁ!」


「おぉぉ! 珍しく、初球ヒット!」


 柴原がヒットで出塁すると、うちの吹奏楽部はファイナルファンタジーのレベルアップのテーマをかけた。


 やっぱり、ゲームの音楽だけで甲子園乗り込んできたかぁ?


(二番ライト、木島君、背番号九)


 木島はスイッチヒッターであるため、左の沢木に対して、右バッターボックスに立つ。


 その応援歌はなぜか、重甲Bファイターのテーマだった。


 Bファイターを今の時代、知っている奴がいるだろうか?


 俺がそう思った時だった、柴原が木島に一球目が投じられたタイミングで盗塁したのだ。


 タイミング的にはセーフだな?


 そう思っていたが、キャッチャーの小比類巻がいきなり立ち上がり、スローイングすると、恐ろしい強肩で、ボールは二塁へと到達した。


「アウト!」


「んな、あほな!」


 柴原の足をアウトにしただと?


 なんて、強肩だ?


 だてに体がでかいだけじゃないな?


 すると、気が付けば、木島は沢木が投じたインコースにえぐるスライダーでツーストライクに追い込まれると、最後は沢木の決め球である、魔球とも言えるパームによって三振に切って取られた。


「ゼェェェェト!」


 沢木がそう吠える中で、木島はそれを睨み据える。


「あれがあるからなぁ、あいつ」


「うん、左の腕が遅れてくる、独特のフォームから変化が大きい変化球やマックスで140ちょっとのストレートだからね? 調子がいい時は手を出しづらいと思うよ?」


 木島がそういう中で黒川が打席に立った。


「三番セカンド、黒川君 背番号4」


「いけぇい! 黒タン!」


「鬼滅打法や!」


 加地と柴原がそう言うと、一塁側の早川高校応援席から紅蓮華の熱唱が始まる。


 黒川は部員達の紅蓮華の熱唱が続く中でスライダーとカーブで追い込まれていった。


「どうでも、いいけどさ?」


「何や?」


「あいつは去年の夏は応援歌、007のテーマだったろう?」


「だから、選手全員の応援歌一新されたんやから?」


 そのような会話をしている中でも、黒川に対して、沢木のパームが投げられ、黒川は三振に切って取られた。


「ゼェェェェェト!」


「あの掛け声むかつくな?」


 黒川がベンチに戻って、そう言うと、俺は「まぁ、実力至上主義って奴だよ」とだけ言った。


 俺はマウンドに立って、土を慣らし始めた。


 久々だな、甲子園のマウンドは?


 俺がそう感慨に浸っている中でも、井伊はキャッチャーマスク越しに「びえっくしょい!」とくしゃみを続ける。


 俺は投球練習で井伊がちゃんとボールをキャッチできるのを確認して、一応は安堵したが、ちゃんとリードが出来るかどうかが不安だった。


(一回の裏、中部帝頭高校の攻撃は一番セカンド、今井君、背番号四)


 一番バッターの今井が打席に立つと、高校野球のお約束と言ってもいい、打席での「しゃあ~!」という掛け声を上げていた。


 だから、俺はそれが嫌いなんだって?


 俺はそう思いながらも、井伊がサインを出した、アウトコース低めのストレートを投げることにした。


 要求通りのコースに投げたが、今井はそれを当てに来る。


 マシンで目を慣らしてきたな?


 俺はそう思うと同時に次はインコース中段にストレートを投げることにした。


 すると今井はスイングをして、ボールを当てに来た。


「黒川!」


「了解!」


 セカンドの深いゴロで内野安打が狙えそうだったが、黒川は素手でゴロを拾うと、そのままスローイングした。


「ワンアウト~」


「ワンアウト~」


 早川高校ナインがそう言うと、俺はマウンドを慣らしながら、黒川からボールを受け取る。


(二番センター宇佐美君、背番号八)


 宇佐美は左バッターボックスに立つと、今井と同じく咆哮をする。


 俺はそれには付き合わずに井伊のサインを眺めると、ストレートをアウトコース中断に投げ入れる。


 すると、宇佐美は思いっきり、腕を伸ばすが、届かずに完全な空振りとなる。


 もうちょっと、ホーム寄りに立たないと、お前の身長じゃあ、届かないよ。


 俺はそう思った後にアウトコース低めにボールを投げ入れると、宇佐美はそれをボールに当てて、ファウルとする。


「ファウル!」


 こいつ等、完全に俺のストレートにタイミングを合わせている。


 ここで回転数マックスのストレートを投げられれば、良い具合に三振の山を築けただろうが、あれは制球に不安があるので、実戦で使うにはリスクがありすぎる。


 なら・・・・・・


 俺がそう思った瞬間だった。


 井伊が新球種のサインを出したのだ。


 ここでこれを出すか?


 後先は考えないで、出し惜しみもするなという事だろう。


 俺はサインに頷くと、その新球をアウトコースから外のボールになる軌道で、投げた。


 すると、宇佐美は見事に空振りをして、唖然とした表情で眺める。


 これが俺と井伊がセンバツまでの秘密兵器として用意した、高速シンカーだ。


 続く、三番バッターに対しては一球目にストレートを投げ、ファウル。


 続く、二球目はアウトコース中段でボールからストレートになる、ツーシームを投げて、ツーストライク。


 そして、最後は高速シンカーで三振に切って取った。


「いやぁ、ナイス・・・・・・びえっくしょい!」


「リードに支障がなくて、良かったよ。ネクストだぞ」


「打てるかなぁ?」


 井伊が鼻水をすすりながら、バットとヘルメットを手に甲子園の左バッターボックスに立つ。


 しかし、左の沢木のスライダーには空振り、スローカーブも見送り、最後はパームで見事に三振に切って取られた。


「ゼェェェェェト!」


 沢木が吠える。


「・・・・・・みんな、すま・・・・・・びえっくしょい!」


「もう、いいよ、今日は我慢の日だよ」


 俺がそういう中でも五番の甘藤がパームで三振に切って取られるのを眺めていた。


「ゼェェェェェト!」


 沢木の叫び声が聞こえる中で、俺はこの試合において投手戦を覚悟していた。



 試合はそのまま、両者ゼロ更新が続き、沢木は初回の柴原のヒット以降は一人もヒットを許さず、俺もランナーどころか四球を許さない、パーフェクトピッチングを行っていた。


 しかし、奪三振数では俺が七回終了時で七であるのに対して、沢木は十一だった。


「あの野郎、奪三振の記録を作り上げるつもりやな?」


 柴原はそう言いながら、三塁側の中部帝頭のベンチを睨みつける。


「俺のストレートに完全に合わせに来ているな?」


「びえっくしょい!」


 早川高校のベンチがそう言って、闘志を燃やす中でゲームはそのまま八回へと進んでいったが、俺が打たせて取るピッチングでありながら、九つ目の三振を奪うと、沢木は十四個目の三振を奪った。


「ゼェェェェェト!」


 沢木の独特の掛け声が癇に障る。


「浦木、お前は普段言うとるやろう?」


「何を?」


「ピッチャー同士の対決なんてありえない、あったとしても直接対決でなくて我慢比べやって?」


「その通り、俺は奪三振の数は少ないが、その分は球数を抑えている。真山」


「はい」


「ここまでの俺の球数は?」


「約、八十五球ですね?」


 それを聞いた、加地は「これで点が入って、完封したらマダックス達成だな?」と驚愕の表情を浮かべる。


 ちなみにマダックスとはメジャーリーグで球数百球以下での完封勝利を指すが、由来はメジャー伝説の技巧派投手であるグレッグ・マダックスの名から来ている。


「まぁ、ええわ、行くで! わしが膠着した事態を動かすで!」


 そう言って、柴原は右バッターボックスへ向かう。


「行くでぇ! アンゴルモアパワー!」


 そう言って、柴原は沢木のパームに思いっきり、空振りをする。


「・・・・・・やっぱり、ダメだな?」


「よし、次、行くぞ!」


 その時だった。


 グラウンドに快音が響く。


「えっ?」


「あっ?」


 柴原の打球はレフトスタンドへと消え、そのままホームランとなった。


「・・・・・・」


「・・・・・・いやった~!」


 柴原は歓喜の声を上げながら、ダイヤモンドを回る。


 沢木は唖然とした表情でそれを眺める。


「うぉぉぉぉぉ! 柴原!」


「まさか、お前が打つとは!」


「テポドン打法が初めて、当たったぞ!」


 ベンチがそう柴原をぽかぽかと叩く中で、俺は「カーブのすっぽ抜けか?」と聞いてみた。


「あぁ、スローカーブがすっぽ抜けて、真ん中に来たのをワシがフルスイングでシバいたんや?」


 すると、気が付けば、二番木島に三番黒川、四番井伊が三者連続三振に切って取られた。


「ゼェェェェェト!」


 沢木のその掛け声からはどこか悲壮感も感じ取れた。


「さぁ、浦木!」


「マダックスや! マダックスを達成するんや! この高校野球に!」


「ですが、その前に」


 真山が声を上げる。


「何や?」


「誰一人と出塁を許していないから、マダックスどころか、完全試合達成も考えられます」


 それを聞いた、瞬間にベンチは沈黙に包まれた。


「マダックスだな? 完全試合なんて狙ったら、ぼろが出る。マダックスを達成しろ」


 林田がそう言うと、俺は「はい」とだけ言って、マウンドへ向かう。


 土を慣らしながら、俺は花粉症の井伊へと投球を続ける。


「四番ショート、斎藤君、背番号六」


 打席に入る、斎藤は咆哮を上げるが、その眼は真剣になっていた。


 俺は初球にツーシームを投げると、斎藤はそれを見送る。


 そして、二球目にボール気味に高速シンカーを投げると、斎藤はそれに手を出して、サードゴロとなった。


「ワンアウト!」


「ワンアウト!」


 なるほど、相手は打ちたい気持ちが強すぎて、ボール球にまで手を出すようになったか?


 俺はそれを見抜いた瞬間に気が楽になった。


 井伊のサインを除くと、アウトコース中段のボールからストライクになるツーシームだった。


 俺はそれを確認すると、ノーワインドアップのトルネードのフォームを模倣したフォームを取り始めた。


 そして、ボールを投げ入れる。


「ストライク!」


 俺は審判にそう言われた瞬間に気分が高揚した感覚を覚えた。


 この試合は勝ったな?


 油断ではない。


 確かな確信だと俺には思えた。


 その時に甲子園の浜風が吹き、帽子が飛ばされそうになったのが少し、癇に障った。



 翌日の月曜日に大阪のグラウンドで練習していると、神崎がスポーツ紙を持ってきていた。


「浦木がマダックスを達成したのが、大々的に報じられている・・・・・・」


ー浦木! マダックス達成!ー 


ー本人名言! 甲子園でマダックス!ー


ーもはや、気分はメジャーだ! 浦木! 初戦完封勝ち!ー


「もうこれは茶化されているとしたか思えないな?」


 休憩時間に部員達でそれを眺めていると、柴原が「だって、本人からマダックスって言葉が連発されるんやもん。はっきり言って、流行語大賞物やろう?」と茶々を入れる。


 俺は談話の時に球数九十六球で一安打完封勝利を遂げたことをマダックスと表現したが、その結果、マスコミにこのような形で言われたのだ。


 朝の情報番組でも、マダックス。


 部員の一人が休憩時間に眺めている、昼のワイドショーでもマダックス。


 極め付きは夜のニュース番組でもマダックス。


 もう、もはや報道はマダックスがマダックスで、マダックスがいっぱいの状況なのだ。


「春の時点で流行語になっても意味ないだろう、あれは冬場の奴だろう?」


「某プロ野球選手もⅩでマダックス絶賛しているぞ?」


 加地がそう言うと、俺は「あの人、マスコミ嫌いのくせに語りたがるよね?」とだけ言った。


「えぇやないか? モノホンのメジャーリーガーにお褒めの言葉をいただいて?」


「その一方で昭和の大打者からはお叱りを受けたけどな?」


「『日本の高校生の段階で外国の悪い慣習を真似するんじゃない。もっと伝統とか文化とかを大事にしなさい!』って発言だろ? パソコン使えるのかって聞きたくなる発言だよな?」


「時代はグローバルですからね。それゆえに若者はコミュニティに籠るけど、向上心豊かなアスリートは自ら、世界の扉を開こうとする時代ですからね? 既得権益を守ろうとする田舎のご老人どもは気に入らないでしょうけど?」


 黒川がいつものような口調でそう言うと、俺は「グローバル化ゆえの繋がり依存かな? 弱い奴同士の傷の舐めあいだろう」とだけ言った。


「俺達がここまで辛辣に言うのは、俺達のエースが理由もなく、伝統とか文化とか繋がりという、さも正当にも思えるだろう、大義名分で傷つけられそうだからや! 浦木、お前は俺達が守るで?」


「見返りは何だ?」


「そうやなぁ? 幹事長ポストとかで頼むわ?」


「それはシンゴジラのワンシーンだよな?」


 俺がそう言うと、柴原は「実際にお前は政治家の娘と付き合っているやないか? 頼むわぁ、仕事斡旋してやぁ? 俺は建設会社に入るから?」と拝んできた。


「丸分かりの談合だな?」


 俺達がそういう中、井伊は鼻をかみ続ける。


「・・・・・・」


「まだ、治らないのか?」


「すま・・・・・・びえっくしょい!」


 初戦を突破したとは言え、主砲の井伊が機能しないんじゃあ、次も苦戦だな?


 俺がそう思った時に真山と補欠の部員たちが偵察から帰ってきた。


「キャプテン、次の対戦相手ですが?」


 先ほど、テレビのネット同時配信で熊本代表の聖グリフィン学園が俺達の対戦相手になることを思い出した。


「海東か? 日本代表で一緒だったけど、あまり話はしなかったんだよな?」


「その海東と沢木さんは去年の夏にデッドヒートを繰り広げた結果、疲労を招いて、うちが沢木さんに勝ったんですよね?」


「運が良かったな? あの時は? 次の海東はスライダーとシュートの喧嘩投法が持ち味だろう?」


 喧嘩投法とはスライダーやシュートなどのインコースにえぐり込む変化球を軸にデッドボールやビーンボールもいとわない、まさしく喧嘩腰の投球術のことだ。


「嫌やなぁ? コントロール良いくせにわざと危ないコースを投げるんやろう?」


「乱闘は高校野球じゃあ、ご法度だからな? まぁ、あとでミーティングするか?」


 俺達がそう言うと、部員たちは「マダックス!」という言葉を返事替わりに使った。


「それは俺をからかっているのか?」


 俺がそう言うと、野中が「お前のそのやり取りの仕方がもはや喧嘩投法」と言った。


「相変わらず、イジられるの嫌いなんやなぁ?」


 柴原がそう言うと、俺は無造作に金属バットに手を出して、柴原をただ見つめた。


「さっ、皆、練習や!」


 そう柴原が号令をかけると、部員たちは練習に戻っていった。


「浦木さん」


 真山が無表情で問いかけてくる。


「何だ?」


「暴君、ここにあり」


 そう言って、真山はどこかへ去っていった。


 春一番が吹き始め、また帽子が飛ばされそうになっていた。



 宿泊先のホテルに戻ると、井伊と柴原と木島は俺の部屋に来て、なぜか、ジップロックに包まれた醤油とショウガに漬けられた鶏肉をもみもみしていた。


「まさか、大阪のホテルであなたと鶏肉をもみもみするなんてね?」


「あぁ、ワシもそんなことは考えもしなかったで? こんなロマンチックなことがあると思うか? ホテルで鶏肉をもみもみなんて?」


「びえっくしょい!」


 何で、俺の部屋で唐揚げを作っているんだよ?


「あのさぁ?」


「何だい? 浦木君?」


 木島が鶏肉をもみもみしながら、俺に振り向く。


 柴原も「うん、この鶏肉の弾力、まさしく感触は人肌のそれや」と言って、恍惚の表情に陥っていた。


「なんで、俺の部屋で唐揚げを作っている?」


「エロスの極み!」


「すぐに部屋から出ろ、このままだと俺は明日から唐揚げが嫌いになる」


「何を言うんや! 浦木! 鶏肉のこのもみもみの感触はまさしく、人肌のそれやで!」


「結局、そういうネタで片付けんなよ」


 俺がそう言って、ホテルのテレビを点けると、テレビのスポーツコーナーで一昨日に一回戦を勝って、俺達の次の対戦相手になった、聖グリフィン学園の海東が出てきた。


「出てきたか?」


 そう言いながら、柴原は渋い表情をしながら、鶏肉を揉み続ける。


「結局、それは止めないんだな?」


 すると、テレビのリポーターが(次の対戦相手は世代最強投手と言われている、浦木投手ですが? 自信のほどは?)と聞かれていた。


(別に世代最強と思っていないっす、俺が勝って、この世代を海東世代っていう名称にします)


(かなり、ライバル視されているそうですね?)


(確かにコントロールが良くて、スピードも速くて、変化球も多彩でしょうけど、俺が勝つっす。世代最強は俺っす)


 テレビでそれを聞いていた、柴原たちは凛々しい表情のまま、鶏肉をもみもみし続ける。


「こんな事、言っているけど、どう思うんや? 世代最強投手?」


「そんなものは狙っていない。欲しければそんな漫画チックな称号はくれてやる。ただし、勝利は渡さない」


「ドライやな?」


「大体、同い年だからって意識しあうっていう感覚が分らない。生まれ、環境、性格、心情に究極的に言えば、DNA配列が違うのに何で、皆同じにしてみようとするかが分らない。はっきり言って、バカみたい。意味がないよ」


「まぁ、お前はただ一人、大人になればいいだけやろう?」


 柴原は凛々しい表情を浮かべながら、鶏肉をもみもみし続けていた。


「早く、俺の部屋から出て行って、唐揚げでも揚げてこい」


「そうやな? そろそろ、この人肌のような弾力を持った、鶏肉にも醤油とショウガのエキスがーー」


「いいから、逝ってこい!」


 俺がそう言うと、木島が「その漢字だとご臨終しちゃうじゃないか?」と言って、俺の部屋から出ていく。


「お前、唐揚げ出来てもやらんで?」


「知るか? 俺はホテルのビュッフェが食べたいんだ」


「そうか、ならええやろう、この人肌はワシ等がもらう」


 そう言って、柴原が部屋を出ていった。


 そして、俺と井伊が二人っきりになる。


「・・・・・・びえっくしょい!」


「早く、部屋に戻れよ」


 そう言って、井伊を部屋から追い出し、俺は一人になって、ベッドに転がった。


「いいですか?」


 同部屋の神崎が避難していた、黒川の部屋から戻ってきた。


「あぁ、唐揚げを作っていたやつらは退散した」


 そう言う中で、神崎は「次の相手は浦木さんが一番嫌いなタイプですね?」とだけ言った。


「そんな狭いコミュニティの中での称号なんか、ただでくれてやる、さっきも唐揚げ共に言っていたけどな?」


「ご機嫌斜めですね?」


 神崎がそう言って、チャンネルを切り替えると夕方のアニメがやっていた。


「アニメかよ」


「良いじゃないですか? 海東なんて見たら、浦木さんの機嫌が悪くなるだけです」


「あぁ、そう」


 俺はそう言って、ベッドに横たわった。


 アニメの声優の声が部屋に響いている中で、二〇分ほど目をつむっているだけで、脳みそがすっきりしていた。


「浦木さん、食事の時間らしいですよ?」


「分かった」


 俺はそれを聞いた後に部屋を出たが、そこには柴原、井伊、木島がまだ鶏肉をもみもみしていた。


「お前等、唐揚げは揚げないとだめだろう?」


「この鶏肉の人肌の感触にやみつきなんや!」


「揚げたら、この人肌の感触が無くなるじゃないか?」


 俺は柴原と木島がそういうのを聞いた後に「腐るぞ?」とだけ言った。


 すると、柴原が「腐っても、もみもみするこの思い、まさしく愛や!」と言った。


「グラハムを出すな。鶏肉はお前等の玩具になるために養鶏場で殺されたわけじゃない」


「浦木さん、それは残酷すぎます」


 神崎がそういう中、井伊の「びえっくしょい!」と言うくしゃみが響いた。


「飯食いに行くぞ、鶏肉はしまえ」


「ノーゥだ!」


「鶏肉は人肌のようなーー」


 俺はとりあえず、柴原の溝内に右ストレートを打ち込んだ。


「行くぞ」


「はい」


「実力行使に出てきたか? 浦木君」


「うぉぉぉう! 鶏肉がぁ!」


 柴原のうめき声がホテルの廊下に響いていた。



 翌日、春の選抜高校野球二回戦の相手である、聖グリフィン高校戦に向かうために阪神電車に乗り込んで、甲子園駅へと向かっていた。


 てっちゃんの林田は地面に這いつくばり、電車のモーター音を聞き、恍惚の表情を浮かべていた。


「まぁ、監督はいつもの事で、俺達が冷たい目で見られるのはしょうがないけどな?」


「びえっくしょい!」


 井伊がくしゃみをすると、近くの女子大生たちが「あれ、浦木じゃね?」や「やっば! めっちゃ、かわいいんやけど!」などと俺を見ながら、スマホで写真を撮影する。


 俺が軽く手を振ると、女子大生達は「手を振ったんだけど! めっちゃうける!」や「もはや、神!」などと言って、はしゃぎまわっていた。


「お前、ええなぁ? 女子にモテて?」


 柴原がそう言うと、俺は「スイーツにモテても無駄だ。あんな劣性遺伝なんかにモテても生物的に受け入れない」と言った。


「スイーツは言い過ぎだろう?」


 野中がそう言う。


 ちなみにスイーツとは甘い物ではなくて、ネットスラング的な意味ではおしゃれと恋愛とかわいいアイテムやイベントなどにしか興味が持てない、中身がすっからかんな女子のことを指すらしい。


 はっきり、言って、俺はこういう劣性遺伝の女子が一番嫌いだ。


「あんな、中身の無い奴等を生かしておくのは税金の無駄遣いだよ」


「浦木は瀬口がいるからな? その彼女もすごい優しくて、聡明で、運動神経も良いから、それと比べたら、そういう連中は落ちるわな?」


 野中がそう言うと、続いて男子大学生が「ヤベェ! マジで浦木なんだけど!」や「パネェ! マジ奇跡!」と言いながら、俺の写真を撮り続ける。


 ちなみにその服装は無駄な装飾が多かった。


「ちなみに男子の場合は逆スイーツって言って、女子のスイーツに準ずる条件で、そいつらを生かしておくのもいい具合に税金の無駄遣い」


「お前、だいぶストレス溜まっているな? マスコミ対応とか学内の様子に外での様子もしょうがないけど、ネットスラングを出すぐらいだから、俺は心配だよ」


「いや、どう考えたって、あいつ等、スイーツだろう? 普通は無断で写真撮るか? 目立つ事とモテる事しか考えない、中身の無い奴等だろう。あれ?」


「そういうお前は大多数にモテたくないんか? 男の性やろう!」


 柴原がそう言うと、俺は「別に? 大多数の劣性遺伝子にモテても意味ない。一人の大切な人にだけ愛されればそれでいい」とだけ言った。


 それを聞いた、柴原は見事に固まってしまった。


「うん、ナチュラルにモテる人の発言だよね?」


 野中がそう言うと、電車のアナウンスで(次は~甲子園、甲子園)と伝えられる。


「さっ、幼稚なガキと遊んでやるか?」


「・・・・・・今日の浦木はかなり苛立っているで?」


「こういう時の浦木って大体、とんでもない成績を残すんだよなぁ。怒りを力に変えるんだから?」


 俺は二人のそのつぶやきを無視しながら、甲子園駅を降りた。


 確かに今日は集中しているな?


 部員達や監督と一緒に甲子園へ行くと、俺は何か、闘志と冷静さが同時に込み上げてくるのを感じていた。


「あいつ、二度と俺に歯向かえないようにしようか?」


「お前、相当、頭に来ているんやなぁ?」


 俺は柴原にそう言われて、ただほくそ笑んでいた。



 甲子園の通路で林田がオーダーを告げる。


「一番、ショート、柴原」


「はい」


「今日は真面目だな?」


 俺がそう言うと、柴原は「お前が怖いんや」とだけ言った。


「二番、セカンド、黒川」


「えっ? まさかのオーソドックスな打線の組み方?」


「三番、サード、甘藤」


「えぇ? 変わりすぎだろう?」


「四番ライト、木島」


「あれか? 井伊君が不調だから、打順を大きく、組み替えてきたか?」


「五番、ファースト、笹」


「俺で五番務まるか?」


「六番、センター加地」


「えっ、じゃあ、井伊はどうなるの?」


「七番レフト、野中」


「えっ、もう、下位打線か、出られないかのどっちかじゃん?」


「八番キャッチャー井伊」


「何ですとぉぉぉぉぉぉぉ!」


「九番ピッチャー浦木」


「はい」


「以上、異論はないな?」


「はい! はい! はい!」


 井伊は大きく声を上げる。


「お前は花粉症がひどいから、リードに専念できるように、下位打線にやったのだが、不服か?」


「大いに不服です!」


「なら、結果を出せ!」


 林田にそう言われると、井伊は「あぁぁい!」と返事する。


「すげぇ・・・・・・下位打線に降格させて、井伊を花粉症から回復させやがった」


「林田マジックとはこの事や。やり方が超強硬的やけど?」


 まぁ、井伊が下位打線降格のショックで、花粉症から回復したのは良い。


 問題はあのくそ野郎をどう潰すかだ?


「アインよ、顔が怖いぞ」


「よせや、井伊、お前も巻き添え食らうで?」


「うぅぅ?」


 俺は聖グリフィン学園のキャプテンとじゃんけんをする為に審判と両監督同席の下、甲子園の別スペースに移った。


 結果、俺が勝利したので迷いなく、後攻を取った。


「よろしくな? 浦木君」


 聖グリフィン高校のキャプテンはにたにたと笑いながら、握手を求めるが、俺はそれを無視して、踵を返した。


「おい、君!」


 聖グリフィン学園の監督は声を荒げる。


「おたくのエースがウチの浦木を怒らせたのがいけないんですよ。こうなるとこいつはとんでもない成績を出しますよ?」


 林田がそう言うと、同監督は「あんた、指導者なのに、選手間の争いを煽るのか?」と詰め寄る。


「私もこいつら等と一緒にあんた達を潰します」


 そう言って、林田と俺は踵を返して、一塁側ベンチへと向かって行った。


「いいんですか? 宣戦布告して?」


「いいさ? だが、俺もお前も今日の試合は勝たないとまずいな? これはもはや戦争なんだから?」


「勝利の為に犠牲を最小限にして相手には大きな損害を与える、俺も奴に関しては人間ではなく、殲滅対象として相対します」


「戦争小説の読みすぎだよ」


 そう言って、一塁側ベンチで部員たちと合流すると、俺は藤沢を引き連れて、ブルペンへと向かっていった。


 使ってみるか?


 俺は回転数をマックスにして、ストレートを投げ込んだ。


 すると、なぜか、制球が安定し、藤沢の溝内にボールがめり込んだ。


「浦木さん・・・・・・俺を殺すつもりですか?」


「すまんな? 俺は海東を殺すつもりでかかる」


 その光景を眺めていた、井伊は「こいつは怒りを力に変えるから?」と言って、藤沢を開放する。


 その後に阪神園芸の社員達がグラウンドを整備すると、俺達はグラウンドに出て、整列をする。


「浦木」


 海東が俺に話しかける。


 しかし、俺は全力で無視する。


「俺はお前を倒して、世代最強投手になる。だけど、お互い全力を尽くして、フェアプレーをーー」


「Ī wont you kill(俺はお前を殺したい)]


 俺の話した言葉を聞いた、聖グリフィンの選手たちの一部は思いっきり、俺を睨みつけるが、海東は「何を言っているんだい? 握手しようよ」と声をかけるが、俺は審判に促されて、礼をした後にそれを無視して、一塁側ベンチに引き上げた。


「俺はお前を殺したいか?」


「宣戦布告、事実上の戦争や」


「あいつ、頭部にぶつけてやろうかな?」


 俺がそう言うと、井伊が「主人公とは思えないセリフだな?」と言った。


「誰がそんな事を決めた? そんな物も返上するさ? ただし、あいつはぶっ殺す」


「あぁ、海東が可哀そうや。浦木の怒りを完全に引き出してしまった」


「パワプロだったら、どのぐらいの能力アップか分らないぐらいの能力アップだよ」


 そう言いながら、井伊と柴原はグラウンドへと向かう。


 そして、俺もグラブを持って、マウンドへと向かう。


 そして、そこに立つと、土を鳴らして、投球練習を続ける。


 聖グリフィンのバッターは俺をにらみ続けていた。


 そして、一番バッターが左打席に立ち、咆哮を上げる。


 そして、試合開始のサイレンが鳴る。


 その中で俺は井伊の要求する、アウトコース中段に通常の回転数のストレートを投げる。


 すると相手は待っていたと言わんばかりにレフト方向に流し打ちをするが、それはファウルになった。


 まぁ、相手はマシンで俺のボールのスピードを想定した打撃練習をしていたのは明白だ?


 俺は井伊にもう一回、同じコースでの要求を受けた。


 回転数マックスでだ。


 そして、井伊のミットめがけて、三千回転を超えるであろう、超ハイスピンのストレートを投げ込むと、


 一番バッターは度肝を抜かれた表情でこちらを眺める。


「ストライク!」


 バッターは唖然としていた。


 そして、俺はアウトコース低めにハイスピンストレートを投げ入れると、バッターは手も足も出せずに見送り三振となった。


 その一番バッターはベンチに帰ると、監督に怒鳴られていた。


 なぜ、見逃しをしたのかと言わんばかりだ。


 続く、二番バッターも三球ともハイスピンストレートで三振。


 そして、三番ピッチャー海東だ。


 俺にお辞儀をして、にやにやしながらこちらを向いているが、俺はハイスピンストレートを軽くインコース中段に投げ込むと、海東の表情が変わった。


 そこまで、バカじゃなかったか?


 俺はそう思った後にアウトコース低めに同球を投げ、最後もそれで仕留めた。


 スリーアウトチェンジだ。


「怒れる、暴君が目覚めたな」


「あぁ、こいつが味方で良かったわ」


 そう言って、柴原はチームメイトと談笑しながら、打席に入る為にすぐにバットとヘルメットを持って、グラウンドに向かっていった。


「浦木さん、ハイスピンストレートの制球が安定したのは分かりますが? あまり序盤から飛ばしすぎないでください。ペース配分を考えてーー」


 真山が心配そうにそう言うと、俺は「ぶっ倒れるぐらいに全力投球したいんだ」とだけ言った。


「あいつ、ぶっ殺してやる」


 俺がそう言うと、ベンチには張り詰めた空気が流れた。


 すると、柴原はショートゴロに倒れていた。


「あぁぁぁ!」


「暴君に処刑されるぞ!」


 それを言われた柴原は「・・・・・まだ、打席あるやろう? なぁ?」と体を震わせていた。


「恐怖だ! 恐怖で柴原が震えている!」


「しかも、海東に対して極刑発言まで出たから、これは荒れるぞ! 今日!」


 加地と野中がそう言うと、黒川と甘藤が海東のインコースとアウトコースにえぐり込む、スライダーとシュートにカットボールのコンビネーションに凡退の山を築く。


「・・・・・・」


「お前等! 次は得点せぇよ!」


「はい!」


 二回の表に入ると、柴原がそう言って、ナインを鼓舞すると、俺は続く、四番バッターに五番バッター、六番バッターをハイスピンストレートだけで三振に切って取った。


「ここまでストレートしか投げていない」


「これが、真浦木アインの力かいな?」


 続く、四番木島は海東のえぐり込む変化球をカットし続け、フォアボールで塁へと出た。


「よっしゃあ! ナイス選!」


 木島がそう言うと、続く五番の笹の打席で木島は盗塁を仕掛け、それは成功する。


「うぉぉぉぉ、機動力で揺さぶるか?」


 すると、笹はいきなりセフティーバントを仕掛け、一塁はアウトになったが、木島は三塁に到達する。


 これでワンアウト、三塁で六番加地。


 海東がウェストをして、キャッチャーが三塁へ牽制をした時だった。


 牽制球がそれて、ボールは転々とし、木島はホームに生還した。


 早川高校一点先制。


「勝ったな?」


「まだ、早いで? 浦木」


 柴原が珍しく、真面目な口調でそう言うが、続く、加地もフォアボールで出塁をして、野中も連続フォアボールで出塁、そして・・・・・・


 甲高い金属音が聞こえる。


 完全に俺との勝負の事しか考えていなかった、海東が動揺して置きに行った、ストレートを井伊が見事にフルスイングで弾き飛ばし、甲子園のライトスタンドに消えていった。


「クワバラ、クワバラ」


「暴君の祟りが起きませんように」


 俺はその一言、一言にはツッコミを入れずに、スリーアウトになると、マウンドに向かった。


「井伊」


「なんじゃい?」


「高めの釣り球を使いたい」


「・・・・・・なるほど、ハイスピンストレートの伸びに付いていけない相手打線をそれでばったばったと切るつもりか?」


「いいか? やっても?」


「どうぞ、どうぞ。ご自由に?」


 俺はそう言うと、三回の表も全バッターを連続奪三振で切って取り、これで九者連続奪三振を記録した。


 その後、海東は俺を意識しすぎて、三振を取ろうとして、完全に自分を見失い、結果として、早川のラン&ガン打線の猛攻を受けることとなって、十四対0の大差でゲームは九回表に入った。


 そして、俺はここまで、誰一人とランナーを出していない。


 九回、聖グリフィン学園の七番、八番を三振に切って取った。


 これでこの試合は二十三個目の奪三振だ。


 そして、最後の九番バッターは俺に対して、体を震わせながら左バッターボックスに立つ。


 そして、案の定、三球でハイスピンストレートを使って、仕留め、試合は俺の完全試合と奪三振二十四個で尚且つ、打線は二けた得点の大勝だった。


「ざまぁ!」


 俺がそう言うと「お前、もはや、やっていることがアンチヒーロー」と井伊が駆け寄る。


 そして、試合後の整列で海東が「負けたよ、浦木君、今度は負けないよ」と言ってきたが、俺はそれに対して「お前に悲惨な死が待っていることを願うよ」とだけ言って、礼をして、その場を去った。


 海東は泣きながら、その場に崩れてしまった。


「暴君、ここにあり」


「海東も余計な事言わなければ、良かったのに?」


 俺は部員達のその一言を聞きながら、甲子園の通路を歩いていると、幕張経済大付属の守屋が俺を眺めていた。


 俺は無視して、その場を去っていった。


「何や、あいつ?」


「さぁな? とにかく、今は腹が立ってしょうがない」


「勝ってもそれかいな?」


 俺達が甲子園から出ると、外は曇り空だった。


「雨やな?」


「俺にとっては吉兆の証さ?」


 そう言って、俺はほくそ笑んだが、部員達は怪訝な顔をしていた。



 聖グリフィン学園戦から二日後、俺は藤沢を相手に投球練習をしていたが、問題が起きていた。


 二日前の試合では完全にマスターしたと思えた、ハイスピンストレートの制球が再び安定しなくなったのだ。


「あぁ? やっぱり、そうなる?」


「何や? 何や? あの試合で真浦木アインが覚醒するのが相場やろう?」


「そう、そう。大体、あのタイミングだったら、ガンダムとかなら新型機に乗り換えるタイミングだろう?」


 井伊と柴原がそう言いながら、俺がハイスピンストレートを投げながら、大暴投を続けるのを眺めていた。


「別に? 高速シンカーは制球に問題がないから、左バッター対策にはなるさ?」


 俺がそう言うと、続けて、藤沢にハイスピンストレートを投げ続ける。


 すると藤沢の顔面に当たり、マスクが壊れた。


「ぐふぅ!」


「大丈夫か?」


「ヘルメットがなければ、即死ですよ」


「そこで某大佐を出すか?」


 俺がそう言うと、柴原は「もはや、そのハイスピンストレートは凶器や。取る方も命がけやで?」と言った。


「まさしく、都市一つを破壊する威力のサテライトキャノンのような威力だ。投げるたびにティファが発狂するぞ?」


 井伊がそう言うと「ガンダムXかよ。お前は取れるだろう?」と俺は返した。


「いや、俺も取るの命がけだから?」


 井伊がそう言うと、一年生の部員が「浦木さん、面会に来た人がいるんですけど?」と言って来た。


「誰? それによるけど?」


「あの~」


「何だよ?」


「聖グリフィン学園の海東さんなんですけど?」


「追い出せ。場合によっては出張中ですと言え」


 俺がそう言うと、井伊は「さすがに可哀そうだろう?」と言うが、そこで黒川が「あの人も好かれたいのか、敵対視したいのか分らない態度を取るのが問題なんですよ? 中途半端な謝罪なら受けないほうがいいと思いますよ。はっきり言って、あの人が悪い」と珍しく、俺を弁護する。


「せめて、お互い悪いんやから、お互い丸くなろうや?」


 柴原がそう言うと、俺は「アメリカ人は謝ると訴訟で負けるから、それだけはご法度なんだよ」とだけ言った。


「ここは日本や」


「そうかい、そうかい、追い出せ」


 俺がそう言うと、一年生は「そう伝えときます」とだけ言った。


 そして、藤沢にハイスピンストレートを投げると、珍しくど真ん中に入ったが、藤沢はそれを取れずに腹に当たり、苦悶の表情を浮かべる。


「うぅぅぅぅ!」


「その新球種は人を殺す可能性のある、妖刀やな? 井伊は変わってやれや?」


「嫌だよ、俺は女の子とまだエッチしていない」


「結局、それかよ?」


 俺はそう言うと、藤沢に「まだ、行くぞ」と言って、ハイスピンストレートを投げ始める。


「浦木さん! 俺! 死んじゃいますから! 止めてください!」


 藤沢の断末魔の声がグラウンドに響いていた。


10


 結局、ハイスピンストレートの制球は安定せずにその度に藤沢がボールにぼこぼこにされるという展開で終わった。


「・・・・・・」


「キャッチャーの練習ができて、良いじゃないか?」


 大阪のホテルのロビーで俺がそう言うと、井伊と柴原が「鬼や・・・・・・後輩の負傷のリスクよりも自分の新球種開発を優先させるとは?」や「まさに鬼畜の所業! アイン! 高野連にばれたら、イジメだよ!」などと俺を非難する。


「次の対戦相手もマシンで俺の速球にタイミングを合わせるだろう? 早めにハイスピンストレートの制球を安定させないといけない」


 俺はそう言うと「部屋に戻る。神崎は入れるな」とだけ言った。


「超、自己中なんやけど?」


「神崎、俺達とモンハンでもやるか?」


「地獄だ・・・・・・浦木さん、恨みますよ」


「なんとでも言え。ただし、四五分で済ませる」


 俺は一人で部屋に戻った後に持参したパソコンを開き、ズームを起動した。


 すると、神奈川に残っている、瀬口と通信が繋がった。


「便利な時代だな? 今じゃあ、実体では会えなくても遠隔で視覚的に会うことが出来るんだから?」


(・・・・・・浦木君、精神的に大丈夫?)0


 開口一番に瀬口がそう言うと、俺は「何で、そんな事を言う?」とだけ聞いた。


(この前の試合の時は浦木君、珍しく叫んでいたから)


「そうか? 俺は覚えていないな?」


 記憶には無いが、瀬口の言う通り、あの時の俺は常軌を逸していた。


 確かに三振を奪う度に俺はあれだけ嫌っていた、無意味な咆哮を自分自身が行っていたことをたった、今、恥じていた。


(嘘。絶対、覚えているよ?)


「・・・・・・あの時は精神的に苛立っていて、気が付けばあのざまさ?」


(浦木君でも苛立つことがあるというのが証明されたね? メディアに追いかけまわされるのが嫌なの? それとも、井伊君と柴原君に問題がある? もしくは対戦相手にーー)


「三番目が一番大きい、一番目は俺の関係者に危害が及ぶ可能性があるが、ちゃんとした株式会社が節度を持って、行えば、怪我をすることはない。まぁ、強引な取材手法を使う記者がいても、お前の親父さんがそいつの上司に頼んで、更迭させるだろう?」


(まぁ、それは、そうだけどさ?)


「まぁ、学校全体が俺を好機の目で見るなら、俺も辛いが、今は春休みで、尚且つ、野球部の活動があるから、クラスにそこまで拘束される必要もない。一年の時のバカ共みたいに俺達をストーキングする奴等も結果的には奴らがバイクふかして、コンビニ弁当すらも食べられない中で、俺はそれを見ながら、家族そろって、すき焼きを食っているという、この明確な立場の違いがある。滑稽だろう? もう俺は学校には拘束される言われはない。甲子園のヒーロー様だからな?」


 俺がそう言うと瀬口は(相当、精神的に辛いんだね? 特に対戦相手に強い怒りを覚えているように思える)と心配そうな口調になっていた。


 瀬口が頭を抱えると、俺は「あの少年漫画気取りの心を折ったのはよかったな? あぁいう、無意味なライバル心を燃やす奴は往々にして、メンタルも脆いものさ? 人と人が殴り合えばいずれ仲良くなるなんて、考えている奴等こそ老害だ。人は考えを変えることはない。それをするには無理やりに拘束をして洗脳するしかないだろう? あるいは人を変えようと思う奴がいるなら、かなり思い上がった独善的で自己中心的な知識人だ。俺はあの海東みたいな人間を作り出したのはその老害共ではないかと思えるよ」と俺は自身の心中を瀬口に打ち明けた。


(・・・・・・浦木君、寝ている?)


「うん、俺も精神的に疲れているな?」


 俺の話を聞いていた、瀬口は呆れ返ったと言わんばかりの笑いを上げる。


(まぁ、そんな浦木君の精神状態を鑑みて、私はセンバツ優勝を浦木君には頼まないようにしているんだ?)0


「いいよ、優勝旗を持って帰るよ」


(0無理しないで? 浦木君は大学と高校を踏み台にして会社の社長になるか、プロ野球選手になるんでしょう?)0


 瀬口がそう言うと、俺は「お前・・・・・・言い方が悪い」と苦言を呈する。


(だって、浦木君の普段の口調からならそう言うじゃない?)


「あぁ~瀬口の口調を段々と悪くしたのは俺か?」


 俺と瀬口はそう言いながら、ただ笑いあっていた。


「まぁ、お前は俺の心の中をよく分かっているよ。俺にとって学生である期間は踏み台にしかすぎない」


(だろうね? 学生同士の飲み会やカラオケなんてクソ食らえだよ)


「だから、お前は言い方」


(クラスでも、大学生とコンパやっている人いたけど、大学生の男子は自分よりも立ち位置が弱いと思って、バカにした態度取るらしいもん? 二十一世紀になって数十年立つのに、若い子ですらも男性優位の姿勢を取るなんて、ひどいと思わない?)


 俺はそれを聞いて、瀬口に「コンパ行ったの?」と聞き返した。


(川村先輩から聞いただけだよ)


「あの人だったら、やりかねないし、言いかねないな?」


 俺達は一息付くと「というか、俺達はもしかして、友達いないのが共通点なのかもな?」と言った。


(いるよ! 私にだって?)


「本当に? じゃあ、五人の名前を言ってみろよ」


(えぇ、川村先輩に井伊君に柴原君に・・・・・・陸上部の夏見に・・・・・・う~ん)0


「だろう? 無理すんなよ?」


(いるよ! ちょっと待ってよ!)


 瀬口がそう言うが、俺は「学校の友達の数なんて、大学や会社の面接で面接官に聞かれたときにはじめて、意味を成すものであって、五人以上いれば問題ない。数は力だと某政治家は嘯いていたが、それは政治の世界であって、一般社会においては量より質さ?」と言って、気が付けば頬を緩めた。


(それはお父さんと敵対している人だよね?)


「あぁ、よく分かったな? 数は力なんて堂々と言う奴なんて、ろくな人間じゃない」


 すると、ホテルの外から神崎が「浦木さん、食事です」と伝えられる。


 同時に瀬口の部屋の外からも(真~ご飯!)と母親の声が聞こえる。


「じゃあ、お互い夕食だな?」


(お休み。無理しないでね?)


「分かっている、寝ろよ」


 俺達はそう言って、ズームの通信を閉じて、パソコンもしまった。


 部屋の外に出ると、神崎が「良いことでもあったんですか?」と聞いてきた。


「何でそんな事を聞く?」


「顔がにやけていますよ」


 俺はそう言われると「神崎にばれるぐらいなら、俺は冷静に徹することに関してはまだ、未熟かな?」とだけ言った。


「どんな深夜アニメでもそんなセリフはないですね?」


 二人で大阪のホテルの廊下を歩いていると、大阪の夜景が見えた。


 大都会だな?


 街に出たい気分になったが、食事が待っているので、宴会場に急ぐ事にした。


11


 その後に俺達はセンバツを勝ち進み続け、ベスト八まで勝ち残った。


 しかし、俺は依然、ハイスピンストレートの制球が安定せずに通常の回転のストレートを当てられ続け、


 奪三振率はここ数年では、低いものとなっていた。


「まぁ、アインは状況に合わせて、投球プランを変えることが出来るから、抑えてはいるんだけどなぁ?」


 井伊がそう言いながら、甲子園のバックネット裏で甲子園カレーを食べ始める。


「投球センスとクレバーさも備えているのが、浦木や。剛速球だけが能やない」


「珍しいな、お前が俺をべた褒めするなんて? 何か見返りでもあるのか?」


「幹事長ポストか、建設会社に就職したときに仕事を斡旋してもらうんや?」


「日本の闇だな?」


 俺がそういう中でも、三回戦の千葉県代表の幕張経済大付属と石川県代表の北菜の対戦は続いていた。


「佐野はナックルの投げすぎで、スタミナは尽きているが、他に投手がいないから、続投を続けているが、相手は強豪の幕張経済大付属、守屋はまるで機械のように正確な投球で、ゼロ更新を続けているか?」


 俺がそう言うと、井伊は「う~ん、広川大付属も負けたからな?」と言ってきた。


 広川大付属は長原や王金民を擁していたが、延長タイブレークの末に大阪竜明に敗れた。


 その時、サヨナラタイムリーを打った、大阪竜明の四番、矢吹が大きなガッツポーズをする様子が、翌日のスポーツ紙ではデカデカと報じられていた。


「あのチャラ男と優勝をかけて戦うのは嫌だな?」


「去年はあいつらの学校の先輩方が不祥事を起こしたから、お前等はおこぼれで急遽、日本代表に呼ばれたんやろう?」


「高野連側はチャラ男の世代は関与していないから、お咎めなしにするつもりだったらしいが、学校側の判断で急遽、日本代表への選手派遣辞退を申し出たらしい。もっとも、それがあるから俺は台湾旅行ができたがな?」


「お前のぅ? 日本代表の試合を旅行なんてーー」


「俺は出番が少なかったんだよ、井伊は出番が多かったがな?」


 そう俺が言うと、井伊は双眼鏡を眺めながら「いやぁ、一応は世界チャンピオンだからな? 俺達?」と満面の笑みで言っていた。


「今年の秋はアジア選手権だから、韓国に行くらしい。もっとも、代表に選ばれればな?」


 俺がそう言うと、黒川は「もう代表候補に浦木さんと井伊さんは選ばれているでしょう? 春には関西に集まって、合宿をするんでしょう?」と言って、スマホで守屋を撮影していた。


「今はセンバツが優先だよ」


 俺がそういう中でも、守屋はスライダーで三振を奪い、無表情のまま、ベンチに戻る。


 対照的に佐野は「ん~!」と劣勢な状況に怒りを露にする。


「さすが、冬彦さん。感情を制御することが出来ない、中年キッズぶりを披露しているで?」


「あいつはまだ十代だろう?」


 柴原がそういう中でも、北菜のエースである佐野は次第にナックルの投げすぎで、スタミナを消費し、幕張経済大付属の打線にこつこつと当てられる。


「あのこつこつ具合は地味に嫌なんだよな?」


「打線は完全につなぎに徹して、機動力も積極的に次の塁を狙い、選球眼に優れていて、出塁率も出場チームトップクラス。守備もウチとナンバーワンの座を争うぐらいの堅実さ。ある意味ではベクトルの違う、似た者同士が対戦するようやな?」


 機動力と破壊力の融合を掲げた、早川高校のイメージからすると意外だが、実はセンバツに入ってからはその守備力が評価され始めていた。


 事実、失策数はここ三試合で0と言うぐらいの堅実ぶりだ。


 もっとも、その似た者同士の対決は去年の秋では俺達が敗北したのだが?


「スライダー主体か?」


「オーソドックスだな? ストレートはマックス149キロか? 高校では早い部類だな?」


「特に守屋はコントロールがあの高谷さんを上回るのではないかと巷とネットでは噂されていますね?」


 真山がそう言うと、俺は水筒の中のウーロン茶を飲み始めた。


 そういう中でも、幕張経済大付属はじわじわと北菜との点差をじわじわと広げ、気が付けば、守屋は八十五球での完封勝利、マダックスを達成した。


「うわぁ~浦木のお株を奪う、マダックス達成」


「しかも、浦木よりも十球近くは少ない。これには苛立ちは覚えないんか? 浦木?」


「いや、あいつ、良いな? 寡黙で人を挑発しないし、攻撃的じゃなくて? 今のところは好印象だよ」


 俺がそう言うと、井伊と柴原は「浦木が好きって言った相手だから、この試合は負けるわ?」や「俺達の春は終わりだ」と言い放った。


「なんで、俺の好き嫌いが勝ち負けにかかわるんだよ」


「いや、アインは感情の起伏がピッチングに表れるから」


「俺はそんな感情的な人間じゃない」


 俺がそう言うと、明朝テレビの藤谷と日比谷がやってきた。


「やぁ?」


「明朝テレビは夏と違って、放送局じゃないでしょう?」


「まぁ、スポーツコーナーはあるから。ただ言いたいことがある」


 俺は藤谷を見据えて「何です?」とだけ言った。


「かつて、怪物と言われた投手達の魅力はそのスペックと同時に常にどこか危なさを感じさせる、不安定さにあるとかつての最強世代を取材したジャーナリストは言っていた。君をはじめ、今の三年生世代が多く取り上げられるのも、浦木君がただスペックの高い投手であることだけではなくて、その脆さと危なさを秘めた、不安定さにある」


「俺は見世物じゃないです」


「分かっているよ。だが、俺はマスコミの人間だ。君の周りには視聴率を取れるほどのドラマチックな展開が待ち受けている。俺は君の怪物としての系譜に魅了されたんだよ」


「別にそれほどの投手ではないですよ、俺は?」


 俺はそう言って、そっぽを向く。


「林田、大丈夫か彼は?」


 藤谷がその場にいた、林田に声をかける。


 この二人は大学時代にバッテリーを組んでいた関係だ。


「ここ最近、あいつはプライベートが無いようなものだ。野球でもそれ以外でも常に何かに追い回されている。藤谷、そっとしといてくれないか?」


「・・・・・・まぁ、俺としては取り上げたいが、浦木君には将来的に活躍してほしいからな? 俺達はそっとしておくよ」


「別の同期のいる、会社にも頼めないか?」


「もう彼は全国区だ。上層部が放っておかないよ。頼みはするがな?」


 そう言って、藤谷は「あまり深刻に考えるなよ。好きな事をしなさい」とだけ言って、その場を去った。


「俺は商品じゃない」


「アイン、藤谷さんはお前の事が好きなんだぞ?」


「だとしても、所詮は数字取りの為だろう? いいかげん、俺を一人にしてくれよ」


 俺はそう言った瞬間に自分の迂闊さに思わず、舌打ちしてしまったが、それを見た、林田が「今日はホテルに帰れ。消耗が激しいから、寝とけ」とだけ言った。


「ご配慮、ありがとうございます」


 俺はそう言って、席を立った。


「一人で大阪の繁華街なんて行くなよ」


「ホテルに戻りますよ。疲れているんだから」


 俺が甲子園を出ていこうとすると、次の試合を告げる、サイレンの音が響いていた。


 次の相手は機械か?


 そう思った後に、俺は考えるのを止め、ホテルに帰って寝ることだけを考えていた。


 12


 一人でホテルに戻る手前、急に腹が減ったので、うどん屋に入った。


 今の時点の所持金では、うどんがコストパフォーマンス的には良いからだ。


 関西のうどんは好きなんだよな?


 俺が楽しみに思いながら、うどん屋の席に座ると、そこには矢吹がいた。


「うわぁ?」


 俺が思わず、そう言うと、矢吹が「何や?」と声をかける。


「店を変える」


「待て、待て、少しは話をしようや?」


「これから戦う相手と飯なんか食えるかよ」


「まだ先や、うどん食うんやろう」


 矢吹がそう言うと「座れや」と言うが、俺は店を離れようとする。


 しかし、そこに「うぉぉぉぉぉい!」や「関西のうどんはお久やぁ!」と言って、井伊と柴原がやってくる。


「お前等、付けていたのか?」


「林田監督から、お前が寄り道せぇへんように監視するようにお達しが来て、ここまで来たが?」


「関西式のうどんを食べられるんだ、俺達もミイラになろう」


「ミイラ取りがミイラになるって奴な?」


 そう言って、井伊と柴原が店の席に座ると、矢吹が「浦木」と言って、席に座るように促す。


 俺は仕方なく、席に座る。


「向こう見ずやな? パイロット気質や」


「どこのガンダムUCだよ」


 俺がそう言うと、矢吹は「瀬口さんって、政治家の娘なんやってな?」と切り出した。


「まだ、狙っているのか?」


「政治家の娘だといろいろと面倒くさいから、俺は撤退するわ。好みではあるけどな?」


「それが賢明」


 俺はそう言って、運ばれてきたうどんを食べる。


「スプーンはあります?」


「あんちゃん、それはすすって食べる物やで」


 うどん屋のおじさんがそう言うと、俺は仕方なくうどんをはしで掴んで、極力、すすらないように食べた。


「お前、すすれないんか?」


「こいつ、アメリカ人なんだよ」


「あぁ、帰国子女言う奴か? まぁ、政治家の娘が選びそうなエリート様や?」


「お前、相当、気にしているだろう?」


 俺はそう言いながら、うどんの麺を食べ続ける。


「お前等、プロは行くんか?」


 矢吹がそう言うと「俺は大学進学でバカキャッチはプロ志望でレイプ魔のショートはお笑い芸人志望」と言った。


「誰が、レイプ魔じゃあぁぁぁぁぁぁ!」


 柴原がそう言うと、矢吹は「なるほど、確かにそうやな? こいつは中学時代からそうや」と同意する


「矢吹! 貴様ぁ! 余計な事を言うたら、殺すで!」


 俺達がそういう中だった。


 何と、偵察を終えた、早川高校の面々が林田を先頭にうどん屋にやってきたのだ。


「あっ」


「あぁ~、やっちゃったよ」


 黒川と神崎が頭を抱える中で林田は笑いながら「おい、お前等。帰れって、俺は言ったよな?」と言ってきた。


 その笑顔が怖い。


「・・・・・・」


「・・・・・・」


「・・・・・・すいません」


 俺達にとっては恐怖の瞬間だった。


13


 その翌日には千葉県代表の幕張経済大付属戦を迎えることとなった。


 迎えた、早朝。


(本日、春のセンバツ高校野球では第二試合で早川高校対幕張経済大付属戦が行われます)0


(いやぁ~楽しみですね? 世代最強投手と称される、浦木投手とサイボーグと称される守屋投手の対決、この世代が黄金世代と称される理由が分かりますね?)


 テレビでアナウンサーがそう言うのを確認しながら、俺はユニフォームに着替える。


「時は来た」


「今、覚醒の時」


「爆誕!」


 そう言って、井伊と柴原に木島はパンツ一丁のまま、テレビのスポーツコーナーを眺めていた。


「お前等、風邪ひくぞ?」


「春爛漫!」


「時は来た!」


「今、覚醒する! 花見の時!」


 三人がそう言うと、俺は「お前等、パンイチで勢いよく、何か言ったら、格好良いと思うなよ?」とだけ言った。


「何を言う! 俺達こそ!」


「人呼んで、パンイチブラザーズ!」


「入会者募集!」


 この三人を無視しながら、ユニフォームへの着替えを終えて、道具もバッグに詰め込み、忘れ物が無いか確認する。


「アイン、俺達と共に来ないか?」


「今なら、パンイチ兄貴の称号を与える!」


「断る。風邪でも引いていろ」


 俺がそう言って、テレビの電源を切ると、井伊と柴原に木島はパンイチのままで仁王立ちを続けていた。


「パンイチブラザーズ!」


「かい・さん!」


「気が済んだか?」


 俺がそう言うと、井伊は「うん、済んだ、済んだ」と言って、ユニフォームへと着替え始めた。


「というか、急いでくださいよ。監督がてっちゃんだから、バスじゃなくて電車移動なんですから?」


「黙れぇい! お前等が急かすからパンイチブラザーズが解散になってしまったんや!」


「パンイチブラザーズは死に行く運命だったんだよ。いい加減分かれ」


 俺がそう言うと、柴原は「うわぁぁぁぁぁん! こいつ嫌い!」と泣きだした。


「何、この人達?」


 神崎は軽蔑をそのまま、表した目線をこの三人に贈る。


「神崎、見るな。こいつ等はパンイチに堕ちてしまった哀れなエテコウ共だ」


「パンイチになることがまるで、人の道を反れたかのような言い方ですね?」


 俺と神崎がそのようなやり取りをしていると、柴原が「黙れぇい! そこまで言うんやったら、パンツ脱いで、イチモツブラザーズ結成するで!」と言って、パンツを脱ごうとする。


「いや、それは・・・・・・」


「柴ちゃん、それは犯罪だよ」


 井伊と木島がそう言って、柴原の肩を叩くと二人はユニフォームに着替え始めた。


「イチモツブラザーズ」


「解散」


 俺と神崎がそう言うと同時に井伊と木島も静かに着替えを終えて、静かに部屋を出た。


 柴原はその場で「うぉぉぉぉぉぉん!」と言いながら、泣き叫んでいた。


「どうしたの、あいつ?」


 笹がそう言って、部屋の中を覗くが「見るな。あいつはパンイチという名の悪魔に取りつかれた、ファウストそのものだ」と言って、部屋のドアを閉めた。


「えっ、大丈夫? ルームキー?」


「一年に頼んで、柴原が回復次第、絞めてもらうか?」


「アインよ、絞めるじゃないぞ? 閉めるだぞ?」


「字の違いなんて、気にするな? 些細な問題じゃないか?」


 俺達はそう言いながら、甲子園へと向かうためにホテルを出ていった。


 柴原の鳴き声がホテル中に響いていた。


14


 阪神電車に乗って、甲子園駅で降りると、俺達は甲子園を眺めていた。


「・・・・・・」


「どうしたんですか?」


 黒川がそう言うと俺は「パンイチファウストはどうした?」と聞いてみた。


「・・・・・・いないですね?」


「井伊、柴原は・・・・・・」



 井伊を探し出すと、気が付けば、甲子園駅前の公衆トイレで井伊と柴原が立ちしょんをしていた。


 ちなみにこの公衆トイレは外から立ちしょんをしている様子が丸見えなのだ。


 近くでは甲子園に観戦に来た、女子生徒が「ぎゃあ~!」と恐怖に満ちた悲鳴を上げたり、中には大爆笑しながら、その光景を眺めていた女子生徒もいた。


「この展開って、前回の夏の甲子園の時に広川大付属にぼこぼこにされた時みたいな展開ですね?」


「ジンクスだな?」


 神崎と黒川がそう言うと、俺は「そんなジンクスを作り出すな? 俺達は勝つ。とにかく、あのバカ共を連れてこい」と一年生たちに指示を飛ばした。


「井伊さん、柴原さん、キャプテンがカンカンですよ!」


「知るかい! あんな奴! 部長になったとたんに偉ぶりやがって!」


「同期で一番の出世頭やからって! ちくしょう、俺達も頑張ってんだよ!」


「どうせ、俺達は平社員だよ!」


 どこの中年平社員だよ。


 俺が直接、乗り込もうとした中で気が付けば、兵庫県警が一年前の夏の再来のように再びやって来た。


「あら、また、あんた等か?」


「すいませんね? あのトイレは使わないほうがいいですよね?」


 林田が警察官に頭を下げる。


「まぁ、それはええんですけど、きいつけてくださいよ。甲子園を皆、楽しみにしているんやから?」


「肝に命じておきます」


 そう言って、兵庫県警の警察官たちは去っていった。


「また、浦木や?」


「仕事中やなかったら、サインが欲しいわ~」


 警察官たちが去り際にそう言ったのが、耳に残った。


「うふぉ~用を足して、絶好調や!」


「同感! 同感!」


 井伊と柴原の二人はそう言って、合流するが、林田は「おい」とドスの利いた声を出した。


「去年の夏と同じ事をするな」


 俺達はそれを聞いた瞬間に背筋が凍り付いた。


「・・・・・勝て、とにかく」


「はい」


「甲子園駅のトイレに行くと、負けるというような不名誉なジンクスを残すな」


 俺達は監督にそういわれた後に球場へと入り込んだ。


「・・・・・勝つぞ」


「確かにそんなジンクスが出来たら、後世の恥ですね?」


「ある意味では、伝説になるでしょうね?」


「うぅぅ~みんな、すまん」


「俺達のせいでそんな伝説がーー」


「勝てば、良いんだろう。勝てばさ」


 俺がそう言う中で、今日の第一試合が続いていた。


 歓声と金属バットの甲高い音が響いて、俺の静かな闘志を燃やしていた。


15


 第一試合が終わる前に通路前で、林田がオーダーを読み上げる。


「一番ショート、柴原」


「パンイチブラザーズ一号!」


「二番セカンド黒川」


「はい!」


「会員募集中や!」


「三番サード甘藤」


「はい」


「いいんや、毎回無視されるんやから・・・・・・」


「四番ライト木島」


「はい」


「五番キャッチャー井伊」


「監督! 四番じゃないんですか!」


「六番ファースト 笹」


「はい」


「おぉぉぉぉい!」


「七番センター加地」


「はい」


「八番レフト野中」


「はい」


「九番ピッチャー浦木」


「はい」


「以上だ。異論はないな?」


「ありまーす! 言いたいことがたらふくあります!」


 井伊がそう言うと、林田は「リードに専念してもらうために八番のままでの固定も考えたが、段々、バッティングの調子が上がっているから、暫定的にクリーンナップに入れたんだ。勝ち進めば、四番復帰も考える」と言った。


「そうか、勝てばいいんだ。そうか、そうか、四番に戻るにはそうすればいいんだ?」


 そう言って、井伊は「くっくっくっ!」と笑い始めた。


「お前、どこの深夜アニメの変態的な悪役だよ」


 俺がそう言うと、野中は「というか、キャッチで四番なんて負担かかりすぎだろう?」と言って、加地も「よほどの自分大好き野郎かマゾ野郎じゃないと希望しない、ポジションだな?」と井伊に冷たい目線を送る。


「それはいい! とにかくキャプテン!」


 井伊が俺を指さす。


「今日こそ、試合前のじゃんけんに勝ってもらうぞ」


「ここまで、甲子園に入って、三試合全てのじゃんけん敗退」


 俺は痛いところを突かれると「いや、肝心の試合に勝っているじゃないかよ?」と苦言を呈した。


「とにかくだ! アイン!」


「今日こそ、じゃんけんを勝ち抜け! そして、後攻を取るんや! サヨナラ勝ちのボーナスが手に入る!」


「まぁ、確かにサヨナラ勝ちが出来るメリットはデカいな?」


 俺はそう言って、林田とともに幕張経済大付属の監督とキャプテンの下へ向かい、審判同席の下、じゃんけんに興じることとなった。


「ポン」


 そう言って、じゃんけんをすると俺が珍しく勝った。


「あっ、勝った」


「う・・・・・・」


 俺は即座に審判に後攻を選び、その場を後にした。


「浦木、どうやった!」


「勝ったよ、後攻を取った」


「しゃあ! おら~!」


 部員達がはしゃぐ中で、黒川が「浦木さんがじゃんけんに勝つなんて、なんか天変地異が起きるんじゃないですか?」と言い出した。


 それがきっかけでチームに沈黙が漂う。


「えっ? 何で皆、黙るの?」


「そうか・・・・・・アインがじゃんけん勝つと、肝心の試合が負けてしまうフラグか?」


「いつもと違うことが起きると、不吉なことが起きるというジンクスやぁ~。浦木、すまん、ワシ等はここまでのようや」


「俺はじゃんけん勝ったのに、なんで責められなきゃいけない?」


 俺が若干、不機嫌になると、試合終了のサイレンが鳴る。


「いよいよだぞ、お前等」


 林田がそう言うと、俺達はグラウンドを眺める。


 勝利チームの校歌が流れた後に阪神園芸の職員が甲子園の整備をする。


「関東のリベンジするで」


「俺達はセンバツを取る!」


「おぉぉう!」


 部員達がそう言って、ベンチへ向かう中で俺は「お前等、珍しくまともな事を言うな?」とだけ言った。


「俺達はこう見えて、社会派なんだよ?」


「ありえないな? ボケ担当の二人が?」


「ボケは社会派じゃないと出来んのや!」


 柴原がそういう中で、俺達は甲子園のベンチへと着いた。


 春一番が吹き、俺達の戦意も揃って、高揚感に包まれたような気がした。


16


 試合開始前に俺達は整列をして礼をするために、グラウンドに向かった。


「礼!」


 そう言って、早川高校と幕張経済大付属の選手達が礼をすると、すぐにベンチに戻り、グローブを取る。


「勝つぞ」


「おぉぉう!」


 早川高校ナインがそう言うと、俺はマウンドに登り、それを自分好みに慣らした。


「一回の表、幕張経済大付属の攻撃はーー」


 一番バッターが左打席に入ると、俺は初球アウトコースのストレートを井伊から要求され、投げ入れた。


 バッターはそれをファウルにする。


 やはり、当ててくるか?


 俺は次はアウトコース高めにストレートを投げ入れるが、一番バッターは再びバットに当てる。


 チッ!


 俺がそう軽く、心の中で舌打ちすると、井伊の次の要求は高速シンカーだった。


 俺はアウトコースに逃げて、ボールになる高速シンカーを投げると、バットは空を切った。


 一つ目のアウトか?


 「二番ーー」


 二番バッターが右打席に立つと、俺はインコース高めにストレートを投げるが、相手はそれを狂信してくる。


 大きなフライが飛ぶが、レフトの野中がそれをキャッチする。


「ツーアウト!」


「ツーアウト!」


 井伊とナインがそう叫ぶ中で俺はすぐに三番バッターを眺める。


「三番ーー」


 三番バッターが右打席に立つと、井伊は初球、高速スライダーを要求する。


 このバッターって、長打力あるんだよね?


 俺がそう思いながら、高速スライダーを投げると、相手は見事に空振りをする。


 続いて、井伊はインコース低めに縦のスライダーを要求して、俺が投げると相手は再び、空振りをする。


 そして、井伊はアウトコース高めにストレートを要求する。


 低め主体だったのに、急に高めを要求するようになったな?


 俺がストレートを投げ入れた時だった。


 三番バッターは流し打ちでミートして、ライト方向にヒットを放った。


「ドンマイ! ツーアウト!」


「ツーアウト!」


 ナインがそういう中で、俺は続く四番バッターに相対す。


 俺は井伊がアウトコース中段にストレートを放ると相手は、きっちり、ミートしてきて、気が付けば、ボールは右中間に抜けて、ランナーは一気にホームへと進んだ。


「バックホーム!」


 俺がそう叫ぶ中で黒川が井伊に返球するが、時すでに遅く、相手は本塁へと到達していた。


「セーフ」


 俺は苦い表情を見せるしかなかった。


続く、五番バッターに相対しても、相手はストレートを流し打ちで返して、ツーアウト一塁・三塁になり、俺が再びストレートを投げると、六番バッターはスクイズを仕掛け、俺はそれに引っかかった。


「くっ!」


「アイン!」


 俺はボールを取ろうとしたときに足をくじいた。


「つっ!」


 俺はボールを取って、井伊に渡すが、すぐに足を抱えて、うずくまった。


「アイン!」


 幕張経済大付属に二点目が入った後にすぐに試合が中断される。


「足をくじいたのか?」


 笹が駆け寄り、すぐに内野陣が集まる。


 すると、伝令がやってくる。


「監督が交代させると、言っているそうです」


「出来ると伝えろ」


「そう言っても、神崎に交代させろと聞きません」


 あの野郎・・・・・・


 俺がそう思うのも無視して、伝令の一年生が俺を支えようとする。


「いい、自分で歩ける」


「ですが・・・・・・」


「いいと言っている」


 俺がそう言って、自力でベンチに戻ると、林田は「くじいたか?」とだけ言った。


「すみません」


「休め」


 林田がそういう中、神崎がブルペンから駆け足でやってきて、投げ始めると、何と一球で仕留めて、ようやくスリーアウトチェンジとなった。


「あいつ、おいしいところを取るな?」


「後輩の育成さ? お前無き後のチーム育成も考えなきゃいけない」


 そう言って、ナインがベンチに戻ると、すぐに柴原がヘルメットとバットを持って、右打席に立った。


「見てみい! ワシが!」


 そう言って、柴原はフルスイングするが、相手のスライダーのキレに驚愕の表情を浮かべながら「なんじゃ、こりゃあ!」と叫ぶ。


「私語を慎みなさい!」


 柴原は審判にそう怒鳴られた後に、バットを短く持って、顔は真剣そのものになっていた。


 守屋は続けて、カーブを投げてきて、それがアウトコースに逃げていくようにボールになる。


 柴原は尻餅をついて、空振りした。


「やばい、柴ちゃんがサイボーグに翻弄されている」


 いよいよ、柴原の顔が険しくなってきた。


 そして、守屋が三球目に投げたのはチェンジアップだった。


 柴原は勢いよく空振りした。


「うぉぉぉぉぉ! パンイチ一号!」


「何で、お前は出塁しない!」


「勢いバカが!」


 早川高校ベンチからそう非難の起きると、柴原は駆け足で戻ってくる。


「すまない・・・・・・」


 柴原がそういう中でも黒川が守屋のスライダーに空振りをして、三振に切って取られた。


 そして、続く甘藤はアウトコースのストレートを見逃したが、それがストライクとなり、三者連続三振に切って取られた。


「うわ~、まじかよ」


「あの制球力とポーカーフェイスぶりがサイボーグと呼ばれる所以か?」


 俺がそう言って、マウンドに向かおうとすると、神崎が「俺が投げていますよ?」と言ってきた。


「そうだよな?」


「ですよ?」


「頼むぞ、未来のエース」


 俺がそう言うと、俺はベンチに座って、試合展開を眺めていたが、俺の後を継いだ、神崎が好投を続け、心底不愉快だった。


 さっさと終わればいいのに?


 俺は温暖な気候の中で、足の痛みが気になっていた。


17


 試合は二対〇で終わり、俺達、早川高校は敗北をした。


 俺の後を受けた、神崎が無失点ピッチングを続けたが、打線はサイボーグと呼ばれる、守屋の機械のように正確なピッチングに攻略の糸を掴めず、無失点のまま、守屋に再び、マダックスを許す結果となった。


 そして、俺は試合に負けて、関西から神奈川に帰郷すると、すぐに井伊とともにUー18日本代表の研修合宿に向かう為に再び、関西へと向かった。


「よう、世代最強投手」


「よく来たゼェェト!」


 矢吹と沢木がそう俺達を出迎える中で、長原に佐野は俺達とは一切、会話しなかった。


「うわぁ? 黄金世代勢ぞろいだ」


「それはともかくとして?」


「何だ、アイン?」


「なんで、星谷総合の城之内がいるんだよ?」


 城之内はド金髪の髪の毛をなびかせながら、辺りを睨み散らしていた。


「あいつ等、俺達との去年の夏の県大会決勝戦で挑発のし過ぎで、没収試合されて、しばらく、謹慎していたんだろう?」


「わしが呼んだんだよ?」


 俺がそう言うと、奥から初老の男がやってきた。


「Uー18日本代表の監督に就任した、内田左之助です」


 俺はその名を聞くと「たしか、大学野球界の重鎮だろう?」と沢木に聞く。


 井伊にはそのような人事に関する邪推が出来ないからだ。


「今まで、長老然としていたゼットらしいが、今回の監督職で一八年ぶりの現場復帰らしいゼット」


「大丈夫か? 国際試合だぞ?」


「あぁ、その点はNPBとも年中、交渉していたから、かなり国外の野球にも精通しているはずだゼェト」


 本当かよ?


 俺がこの初老の爺さんを見上げると「林田そっくりじゃな? あいつも学生時代はとんがっていた」と俺を見上げる。


「監督とご関係が?」


「あいつはワシが大学時代に指導したが、とにかく、反抗的で困ったよ。まぁ、君はその教え子だから、その系譜を引き継いでいるとは思えたがね?」


 そう言って、内田は「じゃあ、みんな軽く、ストレッチしたら、各々、練習を始めよう」と言った。


 俺達はそうして、練習を始め、シートバッティングがいつしか始まり、俺はマウンドに登った。


 メンバー達が俺の投球を眺める。


 しかし、不安なことがあった。


 受けるのは井伊ではなく、別の高校のキャッチャーだったからだ。


 俺は心配だったが、そのキャッチャーは兵庫の涼香高校のキャッチャーだった。


 俺は相手に求められるまま、全力でストレートを投げた。


 すると、キャッチャーはそれを取れずに顔面のあごにストレートがもろに入った。


「大丈夫か!」


 医療スタッフが駆け寄る中で、俺はとりあえず駆け寄る。


「えっぐ・・・・・・」


「あれが敵だって時点で、脅威だな?」


 日本代表のその面々のつぶやきを聞いて、俺は少し複雑な気分を抱いていた。


 続く。




 次回、第七話 ラストシーズン


 来週から、ついに最終学年突入!


 是非、ご拝読願います!



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