第五話 冬のオフシーズンと春の開戦
第五話です。
現実世界でも球春到来ですが、それとリンクして、センバツ編も読んでいただけると幸いです。
今週もよろしくお願い致します!
1
月日は流れ、クリスマスが近づいてきた。
「よし、今年こそ広めるぞ!」
「浦木から教わった、家族と過ごす正月的なクリスマスを過ごす為の!」
「正しいクリスマスを広める会! これを早川高校中に広めるんや!」
俺は部室でその光景を眺めていた。
「早川高校限定でそんなことを広げるなんて、ずいぶんとドメスティックな主張ですね?」
「あまりにもお二人の世界観が狭いということが露見しましたね?」
黒川と神崎がそう言いながら、用具を整備していた。
「・・・・・・ドメスティックってなぁに~」
「はい、出た、バカ」
俺がそう言うと、黒川が「内省的とか国内の事を指す用語ですね。家族間とか家庭内の事も指します」とだけ言った。
「ちなみに対義語としてはグローバルですね?」
「黙れぇい! 時代はポピュリズムなんや!」
柴原がそう言うと、黒川は「ポピュリズムを知っていて、ドメスティックを知らないんですか?」と言いながら、鼻で笑い始めた。
「貴様、今日という今日は許さん!」
「あちょ~!」
井伊と柴原に黒川が熱い戦いを繰り広げる中で、俺は瀬口からLINEで映画を見に行く約束をしていた。
「浦木さん」
甘藤が鬼の形相で俺に迫ってくる。
「・・・・・・どうした?」
「・・・・・彼女ですか?」
「あぁ、そうだけど?」
「何?」
「そうや! こいつは真たんとクリスマスを過ごすんや!」
「だから、敵!」
二人がそう言うと、甘藤は「僕の味方は・・・・・・辛い物しかないんだぁぁぁぁぁぁ!」と言って、外へ飛び出てしまった。
「甘藤ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「戻って来いぃぃぃぃぃぃぃぃ! 外は雪やぞぉぉぉぉぉぉぉ!」
そう言って、井伊と柴原は呼び止めたが、甘藤はすぐに「うわ! さぶ!」と言って、戻ってきた。
「何だよ、結局は戻ってくるのかよ?」
「外が痛いぐらいに寒い」
「だろうな? インフルになるぞ」
俺がそう言って、生姜湯を渡した。
「どこから出したんや?」
「インスタントだから、湯があれば作れるだろう?」
俺がそう言うと、井伊と柴原はこたつに寝転ぶ。
「暇やなぁ?」
「練習しろよ」
「若者特有の倦怠感がワシ等を支配しとるんや」
そう言って、二人が寝転び始めると、俺は「ウェイトをやってこようかな?」と言い出した。
「アインよ、筋肉は裏切るぞ」
「お前がまさかマッチョ路線に入るとは・・・・・・・まだモテたいんか?」
「怪我防止だよ。肩周辺を重点的に鍛える」
俺がそう言って、学校内にあるトレーニングルームに向かおうとすると、そこで川村に会った。
「浦木君!」
「・・・・・・北岡さんと木村さんがプロ入り出来てよかったですね?」
「まぁ、あの二人はいいとしてさぁ?」
川村が肩を組んでくる。
「私と遊ばない?」
「いえ、俺はトレーニングするんで?」
「じゃあ、私もそうする~」
川村がそう言うと、俺は「ウェアと室内履きを持っているんですか? それとタオル?」と聞いてみた。
「抜かりはない」
そう言って、川村はバッグを叩く。
「大体、こんなところで遊んでいていいんですか? 早明に行くんでしょう?」
「家で勉強ばっかりだと煮詰まるでしょう? たまにはトレーニングをして、息抜きしないと?」
そう言って、二人でトレーニングルームに向かおうとすると、後ろから井伊と柴原が「川村せんぱ~い」と大声をあげながら、走ってくる。
「俺達も一緒にトレーニングさせてください!」
「えぇ? 浦木君とデートしたいのに?」
それを聞いた、井伊と柴原は「お前においしい思いはさせない!」と言いながら、俺を指を指した。
「いや、いいけどさ? 俺は走ればいいし」
「浦木く~ん! 一緒にトレーニングしようよ!」
川村がそう言いながら、背中に抱き着いてくる。
「うぜぇ・・・・・・」
そう言いながら、更衣室に入り、ウェアに着替えて、トレーニングルームに向かった。
そして、柔軟を済ませて、ウェイトトレーニングを始めた。
「うぉぉぉぉぉ! アンゴルモアパワー!」
井伊がそう言って、バーベルを上げるが、その重量は一八〇キロだった。
「すんごいパワー」
「そうですね? こいつは通常のパワーもそうですけど、普通じゃあ力が入らない場所で急激にアクセルがかかるから、怖いんですよ」
「確かに打ってほしいところで、打っているもんね?」
「科学的に解明できるものなら、そうしてもらいたいですね?」
俺はそう言いながら、サンドバックでボクシングの練習をする。
「なんでボクシング?」
「気分的にですかね? 大晦日が近いし」
「いや、そりゃあ、確かに格闘技があるけどさ?」
川村がそう言いながら、俺がサンドバッグを殴り続けるのを眺めていた。
「拳が重てぇ・・・・・・」
「こいつにはマジで喧嘩売るのは止めたほうがええわ」
そう言いながら、俺がサンドバッグを相手にスパーリングしていると、川村が「手を怪我するよ」とだけ言った。
俺はそれに対して、気にせずにスパーリングを続けていた。
2
ウェイトトレーニングが終わって、部室に引き上げると、井伊と柴原と甘藤はプレステ4で新サクラ大戦をプレイし始めた。
「お前等、ここは部室」
「黙れぇい! さくらたんエンドを見るまで帰らへんで?」
「いや、俺的にはクラリスエンドが見たいんだが?」
「僕は・・・・・あざみエンドが見たいです」
甘藤がそう言うと、井伊と柴原が「うわ、ロリコン」と言い出した。
「何がいけないんですか! あざみたんはかわいいでしょう!」
「あざみを選ぶんやったら、アナスタシアがいいやろう?」
「デカパイに転がるわけですか! 俺は断じて容認できません!」
「いや、というか、甘藤があざみ選んだら、普通に犯罪だよな?」
俺がそう言うと、甘藤は「浦木さん、ロリコンをバカにしましたね?」とまるで人を殺しそうな目でこちらを眺めた。
「いや・・・・・・すまん」
「ロリコンは正義だ!」
俺がそう言う、甘藤に対して、目を逸らすと、井伊と柴原が「あの浦木が恐怖を覚えている・・・・・・」と沈黙し始めた。
「同感だ」
俺はそう言い残して、制服に着替えて、部室を去った。
「浦木君?」
瀬口がそこにやってくる。
「帰ろうよ」
「良いけど、クリスマスはどうする?」
「浦木君をお家に招待する」
俺はそれを聞いた瞬間に「決まりだな?」と言って、瀬口とグータッチする。
「一応、言っておくけど、浦木君のお父さんとお母さんも一緒だよ?」
「えぇ? 父さんと母さんはいいだろう?」
俺と瀬口がそのような会話をしながら、バスを待っていると、どこかしらか、フラッシュがたかれる感覚を覚えた。
「何だ?」
「・・・・・・光ったね? 今?」
「あぁ」
「・・・・・・」
「週刊誌かな?」
「俺の両親もお前の両親もキレるだろうな?」
俺がそう言うと、バスがやってきて、それに乗り込んだ。
「未成年って事を考慮してもらいたいんだがな?」
俺がそういう中でも、バスは走り続け、外から雪が降り続けていた。
「ホワイトクリスマスだね?」
「・・・・・・そうだな?」
俺は週刊誌の発売日がいつだったかを思い出そうとしていた。
3
翌日、クリスマスが控えた、一二月第四週に入った日にそれは起きた。
某週刊誌が俺と瀬口がバスで待っているところを撮影して、大々的に報じたのだ。
-甲子園の星の大恋愛-
-剛腕王子のいたいけな青春か?-
この記事が出た日に俺と瀬口は校長室に呼び出され、校長と教頭に査問員会よろしく、尋問されることとなった。
後ろには林田と陸上部の顧問も控えていた。
「浦木君、君はうちの学校を代表する存在だ。もっと、立場を踏まえて、毅然とした対応をーー」
「まるで、瀬口と交際していることが学校として、容認できないという事にしか聞こえないのですが?」
俺がそう言うと、教頭は「貴様! 反論するんじゃない!」と言い出す。
そして、陸上部の顧問が「浦木、やめておけ!」と俺を制する。
「別にそうは言ってはいない。ただ、野球部はセンバツ出場のための選考が曖昧な段階だ。君達が交際するのは自由だが、もし、不足な事態を招いて、選抜出場が消えたら、君は仲間に何と言うつもりだ?」
「不足な事態とは?」
俺がそう聞くと、校長は「君にも想像がつくだろう? あえて、私にそのことを言わせるな」と言って、睨みつける。
その表情は怒りに満ちていた。
「たしかに瀬口君は国会議員の娘で、成績も優秀だ。別に君との交際を否定するわけじゃない。週刊誌でも瀬口君の事は未成年という事もあって、伏せられている」
「しかし、このネットの時代では、彼女の身分が特定されるのも時間の問題だと思われます、校長はーー」
俺がそう口を開くと、校長は机を手でたたく。
「とにかく、君達を呼んだのは不測の事態を巻き起こすなという事を釘指すためだ。そこまで反抗的なら、もう事態は分かっているという事だろう。浦木君、頭は悪くないから理解できるな? 私の言っていることは?」
「理解しました」
校長がそう言って、黙り始めると、教頭が「要するに不順異性交遊をするなという事さ?」と言ったが、すぐに校長に肘でどつかれた。
「私が言わないようにしていたのに?」
「・・・・・・申し訳ありません」
俺と瀬口はその瞬間に笑いをこらえていた。
「以上だ。センバツに選ばれるかどうかという事を考えて行動しなさい」
「失礼します」
「同じく」
俺と瀬口と顧問二人が校長室を出ると「お前等、失礼」と陸上部の顧問が言い出した。
「人の交際を学校の損得で測るあいつ等のほうがよっぽど、失礼だと思います」
「あいつ等って・・・・・・」
陸上部の顧問が絶句した表情で、俺を見つめると、林田が「とにかく、いちゃいちゃも度が過ぎなければ、問題ないという事ですよ。実際には警告の意味を込めての査問委員会だったわけで?」と言って、陸上部の顧問をなだめる。
「浦木・・・・・・本当に頼むぞ? 瀬口に何かあったら、俺の首が飛ぶんだよ」
「父にはやりすぎないように言っておきます」
瀬口がそう言うと、陸上部の顧問は「頼むよ! 本当に!」と言って、目を血走らせていた。
「お前等、部室に戻れ。先生とはすり合わせしておくから?」
「失礼します」
「同じく」
そう言って、俺と瀬口は野球部の部室へと向かっていった。
その一方で林田は泣き始めた陸上部の顧問をなだめていた。
「おぉぉう、アイン!」
「大丈夫だったんか!」
井伊と柴原が駆け寄る。
「いいじゃない、エッチしていないんだから?」
「川村先輩、みんなが伏せている中で堂々と言わないでください。校長ですらも言わないように努力しているんですから?」
俺がそう言うと、川村は「てへ♥ 言っちゃった♥」と言って、ウィンクをしだす。
「上級生でなかったら、相模湾に沈めています」
「こわ~い」
俺が川村を無視して、井伊と柴原を眺めると「後輩の様子は?」と聞いた。
「皆、心配しているよ」
「大学とのルートが無くなるからだろう?」
「違うよ、浦木が処分を受けないかどうかを心配しているんだよ」
「ありがたいな? てっきり、センバツ行きと大学のルートを心配していると思ったんだがな?」
「ウチの野球部はお前が思っているよりは、良い奴の集まりやで?」
柴原がそう言う中で、部室では笹と野中が新サクラ大戦をしていた。
「お前、風呂覗きすぎ?」
「風呂を覗く行為こそ、サクラ大戦の醍醐味だろう?」
俺達はその光景を眺めていた。
「あいつ等は心配していたの?」
「うん、さっきまでね」
「本当か? 俺には結構な時間帯から新サクラ大戦に熱中しているように思えたぞ?」
「あぁ、心配はしていたんだ。ただ、お前が査問委員会にかけられる直前になって、緊張感を紛らわすために新サクラ大戦を始めて、気が付いたらこうだ」
「あぁ、そうかい。まだ、大学のルートとセンバツのことを心配してくれたほうが嬉しいよ」
俺はそう言って、部室の椅子に座る。
「あぁ、評価下がった」
「大丈夫だ、それも込みだ。後で挽回する」
瀬口はその光景を見て「最低・・・・・・」と口に発してしまった。
「うん、女子にはサクラ大戦の面白さは分からへんな?」
「いわゆる、ギャルゲーとロボット物を合わせた奴だからな?」
「オタクの男の子が好みそうなジャンルね?」
川村がそう言うと、柴原は「いわゆる、男のロマン言う奴です」と言い切った。
「大正桜に浪漫の嵐!」
井伊がそう言うと、瀬口は「最低」と言い切った。
沈黙が漂う中で、新サクラ大戦の音声が鳴り響く中で、瀬口のスマホに着信が入る。
「あっ、お父さん?」
その瞬間に部室に緊張が走る。
「うん・・・・・・うん・・・・・・大丈夫だけど、あまりやり過ぎないでね?」
そう言って、瀬口はスマホの通話を切る。
「お父さんが週刊誌に抗議するって?」
「うわぁ、さすが政調会長」
「問題は週刊誌側が徹底抗戦するか、素直に謝罪するかやな?」
「うん、お父さんも週刊誌を潰すつもりで戦うって言っていたから?」
そういう瀬口の目には炎が見えていた。
「・・・・・・俺達はニュースの最前線にいる」
「火の粉が映らんうちに隠れなな?」
井伊と柴原がそう言い出す中で、新サクラ大戦のゲーム音声だけが部室に響いていた。
4
そこから、月日が流れ、クリスマスに正月までが過ぎ去っていき、気が付けば、俺と瀬口をすっぱ抜いた、週刊誌の編集長と記者は瀬口の父親の怒りを買って、責任を取る形で更迭された。
俺はその一報を聞いた瞬間に一人でガッツポーズをしていた。
そして、一月某日。
俺達は部室でその瞬間を待っていた。
そう、部員達が新サクラ大戦をやっている中で。
「ふふふ、こうなったらトロコンするで!」
トロコンとはプレイステーション内で手に入る、ゲームのトロフィーをすべて集める事だ。
「お前等、飽きねぇな?」
「お前もやればいいやろう?」
柴原がそう言うと、俺は「三次元が充実しているからな?」とだけ言った。
「死刑!」
そう言って、柴原は新サクラ大戦を続ける。
「これがサクラ大戦名物の合体攻撃か? 良い具合にカオスだな?」
「しかも、この頭おかしい具合でまだおとなしい方と言われているんや? 先代の帝国歌劇団がどれだけ凄いかがわかるで?」
「それは誉め言葉か?」
「頭がおかしいは誉め言葉やろう?」
俺は柴原がそういった後に「意味分かんない」と言って、スマートフォンをいじりだした。
すると、そこに真山がやってきた。
井伊と柴原はプレステをポーズして、各々自分の好きなことを行っていた、部員たちも息を飲む。
「・・・・・・」
「どうやった?」
「行けます。センバツに招待されました」
それを聞いた瞬間に「いやったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」と部員たちは歓喜の声を上げる。
「うぉぉぉ! 関東負けた時はもうダメかと思ったけどなぁ?」
「神様っているんだな!」
「さくらたん! やったでぇ!」
部員達がそういう中で「中止とかにはならないだろうな?」と俺は真山に聞いてみた。
「まぁ、一例だけコロナウィルスで中止になった例がありますけど、今は情勢が落ち着いていますからね? 後はウチが不祥事を起こさなければ、出場できます」
俺はそれを聞くと「それならいい」とだけ言った。
「あぁ、不祥事や天災が起きませんように?」
「不吉なことを言うなよ、お前等が一番不祥事を起こしそうなんだから?」
「何やと!」
そう言って、柴原が勢い余って、唾を飛ばしながら詰め寄ってくるが、俺はすぐに帽子を拾った。
「夢じゃないんだよな! また甲子園行けるなんて!」
部員の一人がそう言ったと同時に俺は自分の頬を引っ張った。
「また、行けるのか・・・・・・」
俺以外の部員たちはまだ、帽子を投げ続けていた。
5
その後に至っても、野球部のお祭り具合は収まらなかった。
矢沢永吉の「止まらないHA~HA」の歌にのせて、部員達が帽子を投げ続ける。
中には、そのまま本家よろしく、タオルを投げるやつもいた。
柴原がそう熱唱する横で、井伊がエレキギターを弾き、木島がドラムを担当していた。
「まさか、あの三人がロックにも精通していたなんてね?」
瀬口が制服姿でやってきた。
「俺もロックは好きだけど、古典的な奴はさっぱりなんだよな?」
「レッドツェッペリンとか知らない?」
「移民の歌とかは好きだけどな?」
「あぁ、ベタな好みだね?」
「そういうお前は?」
「ビートルズはお父さんが好きだけど、私はエアロスミスとか、ボンジョビとかかな?」
「意外とハードだな?」
「特にボンジョビのイッツマイライフとか聞きながら、トレーニングするのは結構好きだけど?」
「それはもはやナカヤマのきんにくんだろう?」
「あれ、日本でこそ、筋トレの代名詞だけどね?」
そう言う中で、柴原は「よし、次は『時間よ止まれ』を歌うで!」と矢沢永吉の曲を歌い続ける。
そう言って、部員たちは帽子を投げ続ける。
その中で、教頭が「貴様等! グラウンドでロックなんてするんじゃない!」と拡声器で怒鳴り始める。
一瞬、部員達は黙り始めるが、すぐに柴原が「俺達はロックやあぁぁぁぁぁ!」と言って、コンサートを続ける。
それを聞いた、部員たちは同意の意味で帽子を投げ始める。
「止めろぉ! 貴様ら、どういう処分が待っているか分かっているんだろうな!」
まぁ、そうは言ってもセンバツ行きを決めた、俺達を処分できるかな?
「これは昭和かい?」
「なんか、日本武道館でビートルズが演奏するかしないかで揉めているときみたいだよね?」
「巨人・大鵬・卵焼きの時代だな?」
「ウチのお父さんは江川・ピーマン・北の湖の時代が好きなんだよね?」
「あぁ、好きそうなタイプだよな?」
俺がそう言うと、瀬口は「浦木君の事もだから好きなんだよ」とだけ言った。
「確かに俺は嫌われ者だが、昭和の怪物と重ねられるのはちょっと、申し訳ない感覚を覚えるな?」
「ていうか、浦木君は昭和の怪物の現役時代知らないでしょう?」
「お前もだろう?」
俺がそう言うと「ユーチューブだね?」とだけ言った。
そんな中で柴原の歌声と井伊のギターに木島のドラムが響き、教頭が「止めんかぁ! 貴様等!」と怒鳴り声をあげる。
もう、もはやこの光景は昭和の時代にロックが日本にやってきたような状態にしか思えなかった。
「帰るか?」
「だね?」
俺と瀬口はライブが続く中で帰宅することにした。
一月の午後一七時は日の出は降りるのが早かった。
6
気が付けば、センバツまであと一か月が過ぎようとしていた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
部室でこたつに入りながら、俺と井伊に柴原の沈黙が続く、そして、やかんが沸騰をした。
「おぉし! ようやく、湯を通すで!」
そう言って、柴原がやかんを持ってきて、カップヌードルに湯を入れる。
「おぉう、柴ちゃん、俺のシーフードヌードルにも頼む」
「任されて!」
柴原が井伊のシーフードヌードルに湯を入れる。
「浦木はカップ麺食わへんのか?」
「これでも、体には気を使っているからな?」
「そうか? 残念や?」
そう言って、柴原はにんまりしながら、カップヌードルが出来るまでの三分をファミ通を見ながら、過ごそうとしていた。
俺は仕方ないから、休み時間に女子からもらった、チョコレートを食べることにした。
今日はバレンタインだからだ。
「ちょっと、待てぇぇぇぇぇい!」
「アイン、その茶色い物体はまさかチョコという禁断の果実ではないだろうね?」
「その通りだ。義理チョコだが、俺は五つもらっている、瀬口の本命チョコはカウントしていないがな?」
俺がそう言うと「許せん、なんでお前みたいな学校の嫌われ者が五個もチョコをもらえるんや!」と言い出す。
「三分経ったぞ?」
「黙れぇい! 今はこの問題から逃げるんやない!」
柴原がそう言うと「貴様、真たんという存在がいながら、尚且つ、義理とは言え、チョコを五個ももらうだとは・・・・・・破廉恥極まりない!」と唾を飛ばしながら、怒鳴る。
「許せない! お前は平等という事を知らんのか?」
「いや、チョコレートの数とか、金の稼ぎ方とか、知恵が働くとかは能力の問題だし、日本は資本主義で尚且つ、民主主義国家だから、競争に勝ったなら一人勝ちも容認されるんじゃないの? それを不公平とか言う奴って、本当に負け犬でしかないと思う。自分たちが有利な時だけ、競争だとか嘯いて、負けそうになると不公平だとか、一人勝ちは許すなとかいうなとかいうんだもん? 健全な競争を勝ち抜いたなら、結果は結果として受け取ったほうがーー」
「黙れぇい! ワシ等はポピュリストで反知性主義やぁ!」
「そうだ、俺達は自分達が勝てればいい! 大義名分なんて後から付くんだよ!」
俺はそれを聞いた瞬間に「くず、ごみ、俺は個人主義者だけど、その方がまだいいと思うよ、お前等は単に何もしないくせに自分が注目されたいだけだろう? それでいて平等とか主張するのかよ、喜んで一人勝ちをするよ」と吐き捨てるように言った。
「恵まれているお前が言う事かいな! 大体、今日、かなり理屈っぽいで! お前! 何か、心が病んでおるんか!」
そう言った後に柴原は「表に出ろや! こうなったら武力に訴え出るで!」と言って、井伊も「二対一なら、さすがのアインでも勝てまい?」と言い出した。
「いいだろう」
そう言って、俺達が部室の外に出た瞬間だった。
「井伊さんですよね?」
一人の女子学生が声をかける。
「えっ、そうだけど?」
「私、大ファンなんです! たくさんホームラン打つから!」
そう言って、女子学生はチョコレートを井伊に渡す。
「これからもがんばってください!」
そう言って、井伊にチョコレートを渡して、女子学生は去っていった。
「連絡先まで書いてある」
「そうか、よかったな?」
「アイン」
「何だ?」
「ブルペン行こうか? 練習に協力するよ」
「ありがたいな?」
それを聞いた、柴原は「ちょっと待てぇい! お前は裏切るんか! 不公平や!」と怒りを露にする。
「学生の不公平発言なんてな? 負け犬の遠吠えなんだよ!」
井伊がそう一喝すると、柴原は「うわぁぁぁぁぁぁぁん!」と泣き始めた。
「俺もチョコが欲しいんやぁぁぁぁぁぁ!」
「よし、アイン、かねてから開発中の新球種を試そうか?」
「あれか? センバツまでに間に合えばいいんだけどな?」
俺達が柴原を無視して、ブルペンに向かおうとすると、柴原は真山に「俺にチョコをくれやぁぁぁぁぁ!」と言って、抱きつこうとしていた。
「先輩、訴えて、網走送りにしますよ」
「うわぁぁぁぁぁぁぁん!」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「刑務所イコール網走ってところがレトロだな?」
「さっ、新球種の開発、開発」
そう言いながら、俺達はブルペンへと向かっていった。
柴原の「ギブミーチョコレート!」という断末魔の叫び声がグラウンドに響いていた。
7
三月某日、ついに俺達は決戦の地である、関西へと向かうために学校に集合した後に電車での移動を開始した。
「いってらっしゃ~い!」
「頑張れよぉぉぉ!」
学校の生徒達というよりは近隣住民のおじさん、おばさんたちも加えた集団が手を振る中で、戸塚駅から横浜へ向かい、京浜東北線に乗り換えて、東神奈川から新幹線に乗ろうとしていた。
「ついにここまで来たか?」
俺がそう言うと、真山は「ここまで盛大に送り出されると、感無量ですね?」と返してきた。
そんな中でも井伊と柴原は「かわいい女の子はいるか?」や「おっ、中々ええ子おるで?」と女の子の品定めをしていた。
「毎度の事だけどさ?」
「はい?」
「あいつらは女と飯のことしかないのか?」
「えぇ、欲望に忠実な人達です」
俺がそういう中でも群衆たちは手を振るのを止めない。
「アイン! あの女の子かわいいで?」
「彼女がいる俺に言うのか?」
「ふっ、いいじゃないか? 俺達、男だろう?」
井伊がそう言うと、俺は「お前、あの女の子とはどうなったんだよ?」と聞いてみた。
「・・・・・・」
「どうなんだよ?」
「傷口に塩を塗るって、この事だよね!」
そう言って、井伊は横須賀線のトイレに走っていき、そのまま閉じこもってしまった。
「そうか、上手くいかなかったのか?」
「ざまぁや、ざまぁ。人を裏切って、勝手に彼女作りおって」
柴原がそれを鼻で笑う。
「まぁ、あの女の子も井伊個人よりも井伊の能力が好きだった感じだったからな?」
「あぁ、そのとおりや。あの女の子も二週間したら、急に別れ話を切り出して、悲劇のヒロインを気取りだしたらしいで?」
「質の悪い女に引っかかったな?」
「井伊も井伊やで? 本人は一番悔いがあるとすれば、童貞を卒業出来なかった事らしいで?」
「最初から、それが目的なら振られるな? というか、相手の女も女なら井伊も井伊だな?」
俺はそう言いながら、スマートフォンをいじりだす。
すると、柴原はトイレに駆け寄り。
「おい、井伊、横浜にすぐ着くで? はよう、出ろや?」
「お前に俺の気持ちが分かるか? 二週間だぞ? 二週間しかもたなかったんだ!」
「いや、相手の女にも問題があったんだろう? 気にすんな?」
俺もそれに加わるが、井伊は「ひ~ん」と鳴き声をあげながら「エッチしたかったよぉぉぉ!」と叫びだす。
「・・・・・・それはフられるわな?」
「というか、午前中の横須賀線で堂々としているよ」
「というか、最初からヤリモクならどんな女でもはっきり言って、お前のことを捨てるで?」
そう言って、俺と柴原がトイレの前から去ろうとすると、井伊は「ギブミ~ガール!」とトイレの中で叫び始めた。
「去勢しろ、去勢」
「そうしたら、少しはおとなしくなるで?」
俺と柴原がそう言って、席に戻ると電車は気が付けば保土谷に着いていた。
「おい、あのバカはいつまでトイレにいるつもりだ?」
野中がいら立った様子で俺に聞く。
「確かに時間が無いな?」
俺がそう言うと、「井伊、時間ないで!」とトイレのドアを叩く。
すると、トイレが流れる音が聞こえる。
「・・・・・・」
「手は洗ったか?」
「電車の中のトイレにせっけんがあると思うか?」
そう言われた後に俺は井伊から一定の距離を置いた。
「まさか、失恋のショックが胃に来るとはな?」
「・・・・・・そりゃあ、あれだけやけ食いすればそうやろな?」
「そんなに食っていたのか?」
「あぁ、マクドナルドのバーガー三つにポテトのLにナゲットLに帰りはラーメン食って、下宿先に帰っても、カップ焼きそばを食って、このざまや?」
「完全にストレスを食で発散しているな?」
俺達がそういう中、電車の車掌がアナウンスで(まもなく~横浜~横浜~)と到着寸前の状況を告げる。
「行くぞ、食いしん坊万歳」
「おう!」
俺達は荷物を持つと、総出で下車の準備をしていた。
そして、横浜駅へと降りると、春一番が吹いていた。
この暖かい気候の中で春一番を受けると、何かしらの期待感を感じる自分がいた。
8
三月十三日。
大阪府内の宿舎から俺達はセンバツの組み合わせ抽選会が行われる新聞社の大阪本社へと向かっていった。
「よし、アインよ」
「神の右手で楽な相手を引き当ててくれや!」
井伊と柴原がそう言うと、俺は「甲子園まで来たら、弱い相手はいないと思うぞ」とだけ言った。
すると、場内から吹奏楽の音が聞こえ「まもなく、時刻は八時五十五分になりました。後、五分で抽選会を始めます。スマホ、携帯から音が漏れないようにお願いします」と司会がアナウンスする。
「さぁ、頼むで、神の右手!」
「楽な相手をその手でつかむんや!」
そう言って、二人は俺を送り出す。
「ただいまから、センバツ高等学校野球大会を始めます」
その後に、新聞社の社長が演説をして、組み合わせ抽選会が始まる。
「同一地区のチームは少なくとも準々決勝までの対戦は避けるためにーー」
司会がそういう中で、くじ引きが始まる。
「では、関東代表私立早川高校のキャプテン、くじ引きをお願いします」
俺達はXの枠組みに入れられた。
その後にくじを引くと、愛知の中部帝頭高校のキャプテンと目が合う。
日本代表で一緒だった、沢木のいる学校だ。
まさかな?
俺はくじを引いて、司会に促されて、「十三番です」と言った。
嫌な番号だな?
俺がそう思ってから、しばらく経つと、中部帝頭高校のキャプテンが「中部帝頭高校! 十四番です!」と大声を上げた。
最悪だ、初戦から沢木と試合をするのか?
「何ぃ? 初戦からゼットマンやと!」
組み合わせが決まった瞬間に沢木の「ゼェェェェト!」という声が聞こえたが、すぐに「バカ野郎」や「抽選会の途中だぞ」などと自制を促されていた。
そして、抽選会が終わると「浦木、今から対戦が楽しみだゼェト!」と沢木が駆け寄って来た。
「俺は憂鬱だよ」
「まぁ、試合の時はフェアプレーだゼェト。とりあえず俺達はセンバツ優勝を狙うゼェト」
そう言って、沢木が「ははははだゼェト!」と言って、どこかへ消えていった。
「うぅん、ゼットマンが相手か?」
「これは難敵やな?」
「・・・・・・名前で呼んでやれよ」
よりによって、ハイテンション坊やが相手かよ。
自分がくじを引いた右手を見つめる。
「アイン、意外と凶運だな?」
「字がちげぇよ」
俺はこの時ほど自分のくじを引いた右手を恨んだことは無かった。
9
センバツ高校野球が開幕をした。
俺達は試合を控えて、大阪市内のグラウンドで練習をしていた。
「PTAをぶっ壊せ♪」
「教育委員会ぶっ壊せ♪」
そのような奇妙な歌を歌いながら、俺達はランニングをしていた。
「この歌詞、考えたの監督だろう?」
俺がひそかに柴原に耳打ちする。
「その通りや、年中、スパルタな練習内容と指導方針でPTAと教育委員会とバトルしているから、こんな歌を部員に歌わせて、宣戦布告を宣言しているんや」
「ていうか、この光景がマスコミやネットに漏れたら、大層大騒ぎだろうな?」
俺達がそういう中でも「校長先生ぶっ殺す♪」や「教頭先生ご臨終♪」などの歌が歌われ、林田の怨念を部員達が歌いだすが、部員達もノリノリで歌いだす。
「なるほど、健全な高校球児がお届けする、身近な反権力的行動と言ったところか?」
「そうや、政権与党や大企業の偉い人に反抗するだけが反権力やないんや。教師や偏狭な地方政治家や地元の地主に対する反抗も立派な反権力や」
「これが学生時代は表面上優等生でありながら、大人や大多数の学生に対して反旗を翻し続けた、林田イズムか?」
「見事に俺達にも林田イズムが浸透し始めている」
井伊がそう言うと、林田が「よし、後はストレッチして、全体練習は止めよう。練習したい奴は残るもよし、休みたい奴はホテルに行くのも有りだ」と言い放った。
「あっす!」
俺達がそう言いながら、スローダウンの一環で走るのを止めて、グラウンドを一周歩き始める。
「PTAをぶっ殺せ♪」
「教育委員会ぶっ倒せ♪」
「喧嘩上等♪」
「宣戦布告♪」
「俺達、無敵の野球部です♪」
部員達が大合唱で歌いだす中で、俺は林田に近づき「凄い歌詞ですね?」と聞いてみた。
「ふっ、あいつ等も俺の考えが分かるようになったじゃないか?」
「いや、あの歌詞は完全に監督の周りに対する、怨念が詰まった奴だと思いますよ?」
「お前も大人になれば分かるよ。大人になって仕事すると皆が皆、手を取り合って、仲良くしましょうなんて言っていたら、いい具合に食い物にされるんだからならな?」
「肝に銘じておきますよ」
それはあんたが敵を作りやすい、とんがった性格だからだろう。
俺はそう思いながらも部員達がストレッチをする様子を眺めていた。
続く。
次回 第六話 センバツ戦争
来週から、本格的にセンバツ編がスタートです。
現実世界でもプロ野球のキャンプとかが盛り上がる時期なので、野球が必然的に盛り上がる時期ですので、是非、ご拝読を!
来週もよろしくお願い致します!