第四話 文化祭と関東大会に挑む!
第四話です。
ここから、関東大会編です。
野球をがっちりとやりますが、相変わらず、ギャグも多いのでご安心ください。
というわけで今週もよろしくお願い致します!
1
俺が目を覚ますと、いきなり、男の汗、しかも思春期の男子特有の獣臭いにおいが鼻についた。
「おぉう、お目覚めやな?」
柴原がおそらく大船のイトーヨーカドーか西友で買ったのだろう、食品を並べながら、そう言った。
「何のつもりだ、そして臭い」
「俺達の城へウェルカム!」
井伊がそう言って、大きなゼロカロリーコーラを取り出した。
「さぁ、今日は何を作ろうか?」
井伊はそう言うと、卵を取り出し、バターを溶かした中華鍋にそのかきまぜた卵を放り込む。
そして、卵が半熟の状態で固まり始めると冷めた米をぶち込み、料理用の酒を入れた後に家庭的中華料理の基本である、ウェイパーあるいは正味シャンタンらしきチューブから中身を入れると、一気に炒め上げた。
「井伊キッチンか。不味かったら殺すぞ」
「俺の料理上手ぶりは去年の学園祭で証明済みだろう」
そう言えば、去年の学園祭ではこいつは餃子を焼いていたな?
意外と、こいつは料理上手なんだよな?
俺がそう思った中で井伊は柴原に「柴ちゃん、麺を茹でてくれ」と指示を出す。
「よし、まずは湯を沸かすで」
そう言って、井伊が中華鍋でチャーハンを火力の強さでパラパラと痛め上げる中で、柴原は湯が沸きあがるのを待っていた。
そして、気が付けば、井伊は「待たせたな?」と言って、チャーハンを俺の前に運び込んだ。
「具は卵しかないのか?」
「あぁ、シンプルイズベストさ」
そう言われてもな?
井伊が作った奴だし?
俺は内心では期待せずに井伊の作ったチャーハンを口に入れたが、驚いた。
かなり本格的なチャーハンだったからだ。
しかも、一流の中華料理人が言うところの美味いチャーハンの条件である、唇に油がてからないという条件を満たし、これははっきり言って、美味いと率直に感じた。
「美味いな?」
「だろ?」
そう言って、俺はチャーハンを食べる手を止めなかった。
「よし、スープ作るで!」
そう言って、柴原は牛乳丸まる一本を取り出した。
「ちょっと待て、お前等」
「何だ! 社長!」
「お前等、冒険するのは勝手だが、俺に何を食わせるつもりだ?」
「俺達は今、お前に商品企画を提示する、商品開発担当のシェフなんだよ」
「何の話だよ」
「文化祭はもうすぐだろう?」
そう言えば、そうだな?
関東大会のことを考えていたから、すっかり忘れていた。
「まぁ、そりゃあそうだけどさ?」
「今、俺達は牛乳ラーメンを作っている」
「斬新だ・・・・・・もっとも、テレビで板橋あたりであったのを見た気がするが?」
俺がそういう中で井伊はスープを作る、鍋にこれまたバター溶かし、そこに牛乳丸々一本を放り込む、
同時並行として麺が茹で上がる中で、井伊はそこにウェイパーか創味シャンタンをぶち込み、再び料理用の酒を入れ、そこにラー油とごま油もぶち込む。
「よし、麺だ」
おそらく、イトーヨーカドーで売っている、八〇円ぐらいの細麺をゆで上げると、井伊は湯切りして、牛乳スープを投入した後に面をぶち込む。
「どうだ、アイン、俺達の中華料理は」
「これで、文化祭でたらふく儲けるんや? 社長はお前やで?」
二人がそう言って、ラーメンを運ぶ中でも俺はチャーハンを食べ続けていた。
これは不覚ながら、井伊が作ったくせに美味い。
気が付けば、完食していた。
「そうか、そうか、そんなに俺のチャーハンが上手いか?」
「お前、プロ野球より、料理の鉄人目指したほうがいいんじゃないか?」
「まぁ、つぶしが効くかもな?」
そういぅた後に牛乳ラーメンを出され、そのスープを飲む。
牛乳のまろやかさにラー油とごま油の豊潤な香りが漂う。
結論から言おう。
この二つの品のコクの深さを引き出しているのは料理用の酒と、バターだ。
よく、一般的な主婦はおそらく、チャーハンは中華スープの素だけで作ると思うが、それではコクがない。
このコクという味覚を引き出す、井伊は間違いなく粗削りであるがプロの料理人になれる素質を持っている。
「でっ、社長」
「何だよ、企画部?」
「正式にこの二つは採用できないか?」
井伊と柴原が身構える。
「・・・・・・コストだな? チャーハンにしても、牛乳ラーメンにしてもコストがかかりすぎる、高校生の文化祭で出すには調達した食料のコストと売り上げの比率がアンバランスではっきり言って、赤字になるのは間違いない」
「あぁ~やっぱり、それか~」
「まぁ、だしのスープを取っていないのにここまで美味いのはすごいけど、牛乳、バター、料理用の酒に卵、中華スープの素の確保を多すぎず、少なすぎずのバランスで仕入れないと、絶対に損失は被る。白飯は何とか低コストで調達できるけどな?」
「難しいのぅ、商売とは?」
井伊と柴原が頭を抱える。
「もしかして、これだけのためにこの獣臭い部屋に俺を連れ込んだのか?」
「あぁ、新商品開発のために社長を呼び込んだのさ?」
井伊がそう言うと、俺は「・・・・・・関東大会まで時間を持て余すからな。良い暇潰しにはなるだろう」とだけ言った。
「おぉぉう、コストの問題が改善されれば、井伊チャーハンに井伊ラーメンは人気商品や?」
「調達先なんだよなぁ。しかも牛乳は保存が難しいからな? これは遠くに行くことになっても、激安価格のスーパーに行くしかないな?」
「やはり、あそこか?」
「あぁ、大船と言えば商店街がやばいと言われているのが外から来た奴らの印象だからな?」
「そのやばい商店街を巡るか? 楽しみだ」
大船は鎌倉市の一部ではあるが、戦後は闇市から発展をして、工業都市となり、今の商店街の基礎が出来ていた。
商店街は令和の今の時代になっても活気があって、その安さに横浜や東京から来た人間は驚くのだが、一方で闇市から発展をした街ということで、インテリでありたいと思う、鎌倉市の文化人を気取る連中からは常に蔑視の目線で見られている。
しかし、そいつ等が好む高い高級店でも大船の商店街の商品の安さは魅力のようで、客には内緒で大船まで買い出しに向かっているという噂は聞いていた。
そもそも、父親から聞いた話だと大船は一時期、あまりにも鎌倉市から蔑視されるので嫌気がさして、ついに鎌倉市からの独立を唱え、大船市を実現させようとした時期もあったそうだ。
人口の比率として、鎌倉市の人口の大半が大船に集中しているという事実があり、税収の七割を大船の住人から徴収していて、一部の文化人気取りがその金で詩だ、文学だなどと寝ぼけた事を言っているのだが、仮に大船が独立して、大船市になれば鎌倉市が財政破綻を起こす可能性も十分に考えられた事から、当時の鎌倉市は慌てに慌てたそうだ。
しかし、結果論として大船駅西側の再開発という実利を与えられた形で鎌倉市に残留することにしたという話しがあるが、その真相は定かではない。
ただ、どっちみち、市政の財政のキャスティングボードを握っているのは事実上、大船地区であるのは事実だ。
「まぁ、商店街だな?」
「その点は商品開発の俺達次第だな?」
そう言った、俺は「じゃあ、俺は家帰るわ」とだけ言った。
俺の家は北鎌倉にある古屋なので、走って帰ろうと思っていた。
ここからは二キロか三キロの距離だ。
「よーし、さっそく商店街行くぞ」
「社長にゴーサインが出るまで諦めへんで」
「それはいいが、もう一つ」
「何だ! 社長!」
「部屋汚いし、異臭がするんだけど? 飲食店としては最低だと思うぞ」
それを聞いた、井伊は「思春期だから、しょうがないだろう」とだけ言った。
「・・・・・・帰る」
そう言って、俺は部屋を出た。
「待っていろ! 絶対、商品化するんや!」
「うぉぉぉ、井伊飯店の創業がかかっているんだぁぁぁぁぁ!」
俺は二人がそういうのを横目に二人の下宿先から出ていき、北鎌倉へと走っていた。
鈴虫が鳴いていたので、もう季節は秋なのだと知覚した。
2
二日後に野球部の練習が再開され、俺はブルペンに入っていた。
「うぉぉぉぉ、商品開発!」
「違うだろう、今日は俺の研究に付き合ってもらう」
「何ぃ? まさか浦木飯店をーー」
「違う、ストレートの回転数を上げても、制球出来るように調整するんだよ」
そう言って、俺と井伊はブルペンで軽いキャッチボールをして、肩を温める。
そこには神崎と藤沢もいた。
そして、監督である林田までいた。
「監督まで来ましたか?」
「まぁ、お前のストレートのノビが強化されるか、制球を失って、お前に選手としての価値が無くなるかがかかっているからな? 俺も適宜、指導するつもりだ」
「監督が自ら指導に入るのは珍しいですなぁ?」
井伊はそのようなことを話しながら、俺とキャッチボールをする。
「座れ」
「いいのか? もう?」
「十分だ、フルパワーで行く」
そう言って、井伊はマスクを付けて、座り始め、ミットを軽く叩き「さぁ、来い!」とだけ言ってきた。
俺は井伊が構えるコースめがけて、普段投げている通常のストレートよりも指を強く押して、回転数を大幅に上げた形で、ストレートを投げ込む。
ストレートはまるでホップするかのように井伊めがけて、進んでいくが、右に構えたミットからは離れ、逆球となった。
「一年の時はその回転数だったけどな?」
「一年の時は制球悪くて、ノビのあるストレートで勝負していたが、二年の時に制球が上がったが、スピードが上がって、回転数にも影響が出た。スピードガンと回転数を両立すれば、コントロールが効かなくなり、制球とスピードガンを重視すれば、回転数は並のままになる」
「関東大会は乗り切れるじゃないか? 京浜商業相手に回転数を抑えても、抑えられたんだし?」
それを聞いていた、林田は「関東大会になると、強豪が多いからな? 焦る気持ちも分かるが、最終的には制球を重視した形にしたほうがいいとは思う。しかしだ?」とサングラスを光らせる。
林田は俺の隣に立つ。
「今の野球は投球の高速化が進んでいる、お前はそのトレンドにおいて、球速とノビ、制球の面において、最強のストレートを作り上げることを考えていると俺は踏んでいるが、どうなんだ?」
「・・・・・・夏の甲子園では俺のストレートが機能しなくて、負けたと思っています」
そう、あの時にストレートが機能していれば、スピードと回転数の暴走が起きなければ、まだいい試合が出来たはずだ。
今でこそ、時期を経て、回転数を抑える形でストレートのスピードは一五〇キロを超え、制球もいいが、この回転数は最後のピースなんだ。
林田の言う、最強のストレートと言うには大げさだが、これがあれば、どんな強打者でも抑える、いや、抑えてみせると俺は思っていた。
「浦木、お前は進学希望だから、即プロ入りするわけじゃあないだろう」
「・・・・・・確かに自分でも完璧主義が過ぎると思いますが、俺はーー」
「焦るな。高校野球が全てじゃない、お前は大学行ってから、その気になればプロに入り、場合によってはメジャーも目指す可能性がある。今は育成期間なんだよ。だからこそ、変な色気を出さないで、確実な方法で行くしかないだろう?」
林田がそう言うと、神崎が「そんなにすごいノビなんですか?」と聞いてきた。
「うちのスポーツ統計部がアインのストレートの回転数を計測してみたら、三千回転を超えるそうだ」
早川高校には各運動部のデータ解析を支援する、スポーツ統計学部という部活が存在している。
その活動内容はブラック企業もびっくりで、もはや永田町の官公庁ぐらいの労働をしているのだが、部員達は文句を言いながらも、各部活のデータ解析を引き受けてくれる。
しかも、この部活は有名大学への進学率も高いのだ。
「三千回転ってすごいんですか?」
「はっきり言って、メジャーでも十数人しかいないであろう、数値だな?」
林田がそう言うと、藤沢が「もはや、高校生の時点でワールドクラスなんですね?」とだけ言った。
「まぁ、とにかく、今はセンバツに選ばれる事を考えろ、お前は納得しないだろうが・・・・・そうか、なるほど?」
林田は合点した様子を見せた。
「お前は何気に夏に長原に打たれたのを気にしていたのか?」
俺はそれを聞くと「あそこまで敵意を浮かべている奴に見事に運ばれましたからね? 悔しいというよりはもはや・・・・・・なんというか、奴に攻撃をする材料を与えたなと思います」とだけ答えた。
「お前が大学進学を希望していても、奴はお前が巨人から一位指名を受けると妄信して、一方的に恨みを募らせているからな。いくら冷静なお前でも理不尽な恨みをそんな形でぶつけられたら、フラストレーションは溜まるだろうな?」
「ライバル関係ですね?」
藤沢がそう言うと、林田が「違うな。そんなきれいな関係じゃない。もはや、あいつと浦木は憎しみ合う敵同士なんだ」とだけ言った。
「敵ですか?」
「浦木ははっきり言って、クレバーではあるが、一応は感情を持っている。あんなガキ臭い奴が攻撃してくれば、苛立ちも覚えるだろうな?」
「監督にはお見通しですか? もっとも、一応は感情があるってまるでロボットみたいな言い方ですね?」
俺がそう言うと、林田は「奴は確かに天才的なスラッガーだが、お前は奴の恨みに付き合う必要はない。それに引きずられて、感情的なガキ同士の喧嘩に巻き込まれるな、お前の目標はそんな少年漫画じみた感情論の応酬をする事ではないだろう?」と言ってきた。
「俺は対戦相手が誰であっても、ベストな成績を残すだけです」
「よく言った」
そう言った、林田は「軽く投げ込んだら、走れ。あまり投球をして調子を崩すな」と言って、笑った。
「分かりました」
俺がそう言うと、林田はブルペンを去った。
「社長、簡単に投げ込もうぜ?」
井伊がそう言うと「今日は商品開発の話はしないぞ」とだけ言った。
風が冷たく感じ、夏はもう終わったのだと知覚した。
3
練習を終えると、俺と井伊に柴原は大船のイトーヨーカドーと西友に出向き、卵、牛乳、ウェイポーや創味シャンタンにごま油とラー油を大量に買い込んだ。
「いやぁ、よくよく考えたら、三千円以内に収まるわな?」
「文化祭にどれぐらいのお客が来るか、見物だがな?」
俺と井伊がそう言っていると、柴原が「そう言えば、今年は三年生との紅白戦はせぇへんのか?」と聞いてきた。
「国体をやったからなぁ、あの人達は? 過密日程だ?」
早川高校野球部の三年生達は俺達が秋季神奈川県大会を行っている間、いわゆる準々決勝と準決勝の間に行われた、国体に出たが、ベスト四に終わった。
その後で、文化祭恒例の三年生対一・二年生合同の試合が行われるかが俺達には不安だった。
「いや、万が一やって、また男同士でむさいフォークダンスをするのは勘弁や?」
それを聞いた、俺達は沈黙せざるを得なかった。
「あれ? 浦木君?」
瀬口が買い物袋を持って、商店街にいた。
何気にライフの袋だから、富裕層は違うな?
「おう」
「何をやっているの?」
「文化祭の為の買い出し」
「そうや、井伊飯店を開くんや。社長は浦木やで?」
「井伊飯店なのに、社長は浦木君なんだね?」
瀬口はそう言うと「でも、最近は浦木君、私と遊ばなくなぅたよね?」と苦言を呈する。
「それは・・・・・・ワールドカップとかもあって、帰ってすぐに秋季大会もあったしーー」
「日程確認すると、関東大会まで時間あるよ?」
瀬口のその一言に俺は黙らざるを得なかった。
「・・・・・・お前も陸上部の練習があるだろう?」
「大丈夫だよ、時間合わせてよ」
真面目な瀬口からそういう発言が出るとは思わなかった。
確かにここ最近は忙しいから、瀬口と遊んでいなかったな?
「アイン、俺達に任せろ」
井伊がそういうと「社長にも休ませんとな? ここんところ、野球部でも井伊飯店でも働き詰めやろう?」とサムズアップをする。
「監督が怒るだろう?」
「大丈夫や? 俺達が何とかカモフラージュをするんやから?」
不安だなぁ?
「俺は一応、キャプテンなんだから、休めないだろう?」
「ええぇんやって、世の中は働き方改革なんやから?」
「それに俺達はまだ高校生なんだから、一度きりの人生だ。休め。林田将軍には俺達が何とか、カモフラージュを通す」
二人がそういうのを聞いて、俺は瀬口に「どこ行きたい?」とだけ聞いた。。
「東京行きたいな? 江戸巡り?」
「分かったよ、行くぞ。ただし、お互いにずる休みだぞ」
「やぅたぁ!」
瀬口はそう言いながら、ガッツポーズをする。
「アイン、食材は確保できたから、真ちゃんと茶でも飲んで来い」
「いいのか?」
「あぁ、ここまで来て、破局なんて展開は見たくないからな?」
そう二人に言われた後に瀬口が「行こうよ、浦木君」と言ってきた。
「・・・・・・分かった、恩に着るぞ、お前ら」
「まさか、アインから感謝の声が聞こえるなんてな?」
「人は権力の座に就くと、成長をすることもあるんやなぁ?」
二人にそう言われた後に俺は瀬口に「行くぞ?」とだけ言った。
「行きたいところがあるんだ」
「いいぞ、どこでも行こう」
そう言って、俺と瀬口は二人で大船の街を歩いていた。
井伊と柴原は大量の買い物袋を片手にどこかへと消えていった。
「・・・・・・距離があるね?」
「何の?」
「・・・・・・何でもない」
瀬口が急に不機嫌になったのが、腑に落ちなかったが、俺は気にせずに喫茶店に向かっていった。
瀬口は段々と不機嫌になっていた。
4
十月某日に東京の新橋に俺と瀬口はJR東海道線に乗って、新橋演舞場へと向かっていた。
瀬口の父親に相談したら、二人で歌舞伎を見に行くことになった。
「歌舞伎かぁ、中々に乙なデートだね?」
「演目は確か、頼朝の死に連獅子、加賀鳶だろう?」
「うん、昼の部は全部見るんだ?」
・・・・・・まいったな?
歌舞伎は全く分からないぞ?
一応は予習してきたが、まったく分らなかった。
瀬口の父親に聞いてみると、瀬口は歌舞伎の大ファンらしい。
公演中に寝たら、アウトだな?
気が付けば、新橋駅に着き、休日の混みあった電車を降りた。
「今から、楽しみだなぁ?」
瀬口がそう胸を躍らせる中で俺は「ルートは分かるか?」とだけ聞いた。
「それは浦木君の役目でしょう?」
俺はそう言われた後に「はい、はい」と言って、スマホで新橋演舞場の場所を調べた。
ちょっと、歩くな?
「時間あるから、何か食わないか?」
「それもそうだね?」
そういった後に、俺は瀬口と共に新橋駅を降りて、少し歩いたところにある汐留シティセンター地下二階にある、ニューヨークが本店の喫茶店へと向かっていた。
「あぁ、浦木君はやっぱりキザだね? ニューヨーク生まれの喫茶店なんて、選ぶんだもん?」
「不服か?」
「いいえぇ? これがマクドナルドとかだったら、幻滅するけど、そういうキザなところが少し好きだもん?」
瀬口がそう言うと、俺は頭を掻きながら「そうか・・・・・・」とだけ言った。
「照れてるんだ?」
「何で、そうなる?」
「ちょっと、顔赤いよ?」
「気のせいだろう?」
「はい、キザぁ~」
瀬口はそう言いながら、笑いだす。
それを聞きながら、新橋シティセンターの地下に入り、喫茶店に入ると、席に座った。
「ご注文は?」
「ハンバーガー」
「パンケーキ」
「かしこまりました」
俺は店員がいなくなると「腹減っているのにパンケーキかよ」と瀬口に苦言を呈する。
「いいじゃん、結構、おなかにたまるんだよ?」
「いや、腹減ったら、塩分取りたくなるだろう?」
「いや、意外と甘いものでも行けるって?」
そう二人で話していると、瀬口は突然「・・・・・・ここ、都会だね?」と言ってきた。
「おっさん達の聖地、新橋だからな? 大体、瀬口が東京に行きたいって言いだすからだろう?」
「そりゃあ、年中、鎌倉の山の中にいたら、何か、煮詰まりそうだもん。たまには大きな都会に行きたいよ?」
「俺も似たようなことを親父に言ったら『海に行けばいいだろう』とか言われたよ。都会の大きなビルと広大なスペースにスーツ姿が大量に行き来する光景の中に自分が潜り込んでいると、自分が社会の一部だと思えて、田舎での人間関係やいざこざも大したことはないとか、最終的には自分自身もちっぽけな存在だから、抱えている悩みも大したことはないと思えるのにな?」
「・・・・・・そう?」
「海行ったら、逆に悶々とするだろう? 自然だし? 人多くないし? 産業の一部である自分を感じたいんだ?」
「浦木君は完全な体制派だね? 都会嫌いは間違いなく海選ぶと思うよ?」
「そういう、お前の親父さんはその象徴だろう?」
「まぁ、そうだね?」
そのような会話をしていると、ハンバーガーとパンケーキが運ばれてきた。
「いただきます」
俺と瀬口がそういった後に俺がハンバーガーを頬張る中で、瀬口はパンケーキをフォークとナイフできれいに切り始める。
「ワイルドだなぁ? 浦木君はお育ちが悪いんじゃない?」
「黙れ、ハンバーガーをフォークとナイフで切るのなんて、食べづらいだろう?」
「そりゃ、そうだけどさ?」
そう言って、二人で食事を済ませると、新橋演舞場へと向かっていた。
「やっぱり?」
「何?」
「距離が遠い」
「演舞場まで歩くからな?」
「そうじゃなくてさぁ?」
「何だよ?」
「何でもない」
そう言って、瀬口はそっぽを向く。
俺はそれが気になったが、演舞場に入ると指定席に座る。
「親父さんもすごいな? 演舞場のチケットまで用意してくれるからな?」
「・・・・・・」
「まだ、怒っているのか?」
「・・・・・・気付かないんだ?」
「何に?」
「別に? 気が付かなければ、それでいいと思うよ?」
あぁ、そう。
俺はむっとしながらも、壇上を見つめた。
演目が始まったからだ。
内容はガイドブックを見ながら、見ていたが、中々に面白いものだった。
歌舞伎初心者の俺でも、劇場で見ればその圧倒的な光景には目を引くものがあった。
「良かったな? 歌舞伎?」
俺がそういう中でも瀬口は不機嫌なままだった。
「だから、何だよ?」
そう言うと、瀬口はいきなり俺の手を繋いできた。
「・・・・・・浦木君のバカ」
「なるほどね? 手を繋いで欲しかったのか?」
「鈍感、バカ」
「そうしたければ言えばいいのに?」
「恥ずかしいじゃん?」
俺と瀬口はそう言いながら、手をつなぎ続けていた。
「電車の中でもずっと手を握るか?」
「・・・・・・バカ」
俺と瀬口は電車の中でずっと手を握っていた。
「・・・・・・バカ」
そう言う中でも瀬口は微笑んでいた。
5
「ずる休みして、デートに行った気分はどうだ?」
翌日の部活の時間帯で監督室に呼び出されると、俺は林田と相対していた。
「申し訳ありません」
「女と遊びたい気持ちは分かるが、一応は主将なんだ。ちゃんと自覚を持て」
「分かりました」
「とりあえず、キャプテンに堂々とペナルティを与えるのもどうかと思うが、一応は与えよう。部室の掃除を関東大会前日までやってもらう。異論はないな?」
「はい」
「以上だ、練習に戻れ」
「失礼します」
そう林田に一礼すると、俺は監督室を出た。
「いやぁ、すまん、アイン」
「カモフラージュをしようとたんだが、失敗したんや、申し訳ない」
井伊と柴原がそう言うと俺は「なんて、監督に言ったんだ?」とだけ聞いた。
「インフルエンザにかかったって?」
「バカ野郎、そうしたら何日も休まなきゃいけないだろう?」
俺がそう言うと、井伊は「そりゃあ、インフル宣言翌日に堂々と、練習参加だもんな。柴ちゃんが言い出したんだぜ?」と何故か、胸を張る。
それを聞いた、俺は「本当か?」と聞いた。
「そんなことは無い! 井伊が言いよったんや!」
「違うだろう、お前だろう!」
「そういうの、水掛け論っていうんだよ」
俺達がそのようなやり取りを行っていると、そこに瀬口がやってきた。
ジャージ姿だった。
「・・・・・・」
「お前もしぼられたか?」
「トイレ掃除だって?」
「俺の方がまだいいな? 部室の掃除で済んだんだから?」
「うん・・・・・・」
そういう瀬口ははにかんでいたが、それを見ていた井伊は「お前等、死刑」と言い出した。
「何で!」
瀬口がそう言うと井伊と柴原は「非リア充! 非リア充!」と言って、練習所に向かっていった。
「理不尽だなぁ?」
瀬口がそう言うと、俺は「また、遊びに行こうな?」とだけ言った。
「まぁ、私も忙しくなるし、浦木君は関東大会でしょう?」
「あぁ、強豪だらけだよ」
俺がそう言うと、瀬口は「関東大会優勝したら、明治神宮大会に出られるんでしょう?」と言ってきた。
「何が言いたい?」
「神宮まで観戦に行こうかなって?」
「つまり、優勝しろってことか?」
俺がそう言うと、瀬口は「うん」と簡単に言い出した。
「・・・・・・期待するなよ?」
「頑張ってね? 私の為に」
瀬口はそう言うと、手を振りながら、走り去っていった。
すると、そこに林田がやってきた。
その格好はなぜかユニフォーム姿ではなくて、スーツ姿だった。
「良い子だな? あの子?」
「えぇ、まぁ?」
「・・・・・・部室の掃除はやれよ」
「監督、どこへ行くんですか?」
「いくつかの中学とシニアを視察に行くのさ? お前等の後輩のスカウティングだ」
そう言った、林田は「俺のいない間は指揮を頼むぞ、部室の掃除も忘れずにな?」と言って、駐車場へと向かって行った。
「俺の負担が増えるな?」
そう言って、俺はブルペンへと向かっていった。
残暑が消えたことが幸いに思えた。
6
そして、数日後には文化祭が始まった。
俺を社長扱いにして、井伊飯店がオープンしたが、井伊と柴原とはクラスが違うので、俺はクラスでの別のイベントを行いながら、井伊飯店の営業状況を眺めていた。
「おっ、社長!」
「かなり繁盛しているで!」
そう言って、井伊と柴原がチャーハンと牛乳ラーメンを作っていると、俺の隣にいた瀬口が「食中毒をお起こさないかな?」と言った。
すると、井伊が「・・・・・・あれ、なんか目から液体が出てくるよ?」と言いながら、泣き始めた。
「涙や! それは涙というんや! 皆が大好きな真たんからそんな事言われたら、泣くしかないやろう!」
柴原がそう激を飛ばす中で、井伊は泣きながらチャーハンを炒め続ける。
「どうでもいいけど、今日は三年生とも例の試合やるからな?」
「今のこの状況を見てみい! 掻き入れ時やないか!」
柴原がそういうその状況を見ると、井伊飯店は満員御礼の大繁盛だった。
「・・・・・・間に合い次第、来いよ」
「おう、任されぇ!」
俺はあきれ返りながら、グラウンドへと向かっていった。
「あいつ等、本業を忘れていやがる」
「いいの? あの二人抜きで?」
「仕方ないだろう、奴ら抜きでも出来るオーダーを作るさ」
そう言って、俺は野球部のグラウンドへと向かった。
「あれ、浦木さん。井伊さんと柴原さんは?」
神崎がそう言うと、俺は「あの二人は中華料理店を職業にするそうだ」とだけ言った。
「繁盛しているんだろうなぁ? 後で売り上げを巻き上げないと?」
黒川がそう言うと「闇金だなぁ。発言が?」と俺は言った。
「えぇ、店立てるのに、借金はしたでしょう。借りた物は返してもらわないと」
「まぁ、売り上げは全部回収だな?」
俺と黒川がそう言うと、甘藤が「鬼の所業だ」とだけ言った。
すると、そこに三年生たちがやってきた。
「おい、井伊と柴原は?」
「中華料理店が忙しすぎて、来られないみたいです」
それを聞いた、三年生たちは「俺達の引退試合に来ないとかさぁ?」や「ぶっ殺す!」などの声が聞こえた。
「・・・・・・売上げを巻き上げるか?」
「そうしましょう」
俺と林原は固い握手をした。
「じゃあ、オーダーと準備が出来次第、試合開始な?」
気が付けば、グラウンドの周りには見物客が集まっていた。
「先発は神崎で、俺がショートを守る」
それを聞いた、一年・二年生たちは絶句する。
「浦木さんは投げないんですか!」
「しょうがねぇだろう、バカ二人がいないんだから?」
それを聞いた、甘藤が「美味そうだったけどなぁ?」とだけ言った。
「じゃあ、オーダー言うぞ」
俺がオーダーを読み上げる。
「一番セカンド黒川」
「はい」
「二番ライト木島」
「了解」
「三番ショート俺」
「おぉぅ」
「四番サード甘藤」
「抜擢だぁ!」
「五番ファースト笹」
「いやぁ!」
「六番キャッチャー藤沢」
「あざっす!」
「七番ピッチャー神崎」
「はい」
「八番センター加地」
「おい」
「九番レフト野中」
「俺達は下位打線かよ」
「以上だ、異論はないな?」
俺がそう言うと、加地と野中が「不服だな?」や「せめて、セレモニー的な試合なんだから、打順を上げろよ」などと言っていた。
「その親善試合に負けると、俺達は男同士でフォークダンスをやらなきゃいけないんだよ」
それを聞いた、一年・二年生たちは沈黙していた。
「勝つぞ」
「おぉぅ!」
一年・二年生の顔つきは真剣なものになった。
「準備出来たか?」
木村がそう言うと俺は「問題ありません」と言った。
「始めるぞ」
そう言って、俺達はグラウンドに整列をした。
「あの二人は本当に来ないんですか?」
「もう来ない前提で行くしかないだろう」
俺がそういう中でも、選手達は礼をして、試合が始まろうとしていた。
気温が涼しくなったから、体の動かしようがあるなとは思えた。
「あのバカ共め?」
俺はそうつぶやいたが、他の選手達には聞こえなかった。
7
試合は三年生チームの先行で始まった。
三年生チームの先頭バッターは一番センター木村だ。
バットをくるくると回して、左バッターボックスに立つ。
それに対して、先発の神崎はインコース中段にツーシームを投げる。
しかし、木村はそれを軽打して、センター前へと運んだ。
一番、嫌な奴を塁に出したな?
しかも、お世辞にも藤沢の肩はあまり強くはない。
俺が警戒をして、一塁の木村の動きを注視していると、案の定、神崎が二番ライトの山南が打席に立ってから、しばらくしてから、初球で盗塁を仕掛けてきた。
「藤沢!」
「くそっ!」
藤沢は二塁に送球するがワンバウンドの送球で、木村は悠々セーフとなった。
「スーパークイックが使えるだろう、神崎は?」
「あれは球速も遅くなって、変化球の切れも良くないから、使いません」
「走らせていいんだ?」
「メジャー伝説の技巧派投手、グレック・マダックスの持論は『盗塁されても得点されなけれいい』ですから」
「へぇ、あいつ伝説的な投手みたいなんだ?」
「知っていたんですか?」
「聞いたことはあるけどな?」
そう言う、木村は三塁を狙っているように思えた。
そして、三番ファーストの土田が打席に立つ。
引っ張り専門のバッターだからな?
俺は三塁寄りにポジションを取り始めた。
すると、土田は初球を捉え、ボールは三遊間に転がり始めた。
「浦木さん!」
「深いな! 打球の位置が!」
そうは言いながらも俺は、その深い位置から、ボールをベアハンドキャッチで掴むと、一塁へとノーバウンドで送球した。
それを見た、観客からは歓声が聞こえた。
「肩はさすがに強いですね?」
「守備範囲は狭いがな?」
二遊間を組む黒川とそのような会話をすると、次のバッターは四番サードの林原だった。
フライを打たれても、一点は入るな?
あらかじめ、失点覚悟で作戦は練らんとな?
そういう中で、神崎はツーシームをインコース低めに投げると、林原はそれをたたき、レフトフライとなった。
そして、三塁の木村は悠々と本塁へと帰還した。
「どんまい! どんまい!」
「まだ、一点よぅ!」
内野陣がそう声をかける中で、神崎は表情を変えることなく、淡々とボールを投げ続け、次の五番、六番をスライダーでゴロに仕留めた。
「ラン&ガン打線を仕掛けてきますか? さすがに簡単にいきませんね?」
「お前等は初めてかもしれないけど、負けたら本当にグラウンドで男同士のフォークダンスをしなければいけないからな?」
それを聞いた、黒川は「拷問ですね?」とだけ言った。
俺はそれに対して「大船駅の昆虫自販機の虫を食えよりはいいかもな?」とだけ言った。
「それ、もう完全にイジメですよ」
「中華料理店の二人は美味いとか言って、バクバク食っていたよ。俺には無い勇気だ」
「でしょうね?」
そう言いながらも試合は進行され、一年生・二年生連合チームがナルシストエースの井上がコントロールに苦しむ中でも変化球主体のピッチングで先輩の意地を見せて、二失点の好投。
そのまま、特別ルールでの五回までのイニングの間に三年生チームは一番木村のソロホームランと四番林原のツーランで点差は四対二となった。
続く、バッターにライト前に運ばれると、藤沢が神崎のフォークを後逸して、二塁へと進んでいった。
「すいません、俺のせいで、またピンチになって・・・・・・」
「・・・・・・」
「フォークが近づいている」
「よせ、それ言うの」
そして、続くバッターを何とかゴロでアウトにして、ツーアウトになり、続くバッターもレフトフライに打ち取った、
ベンチに戻り、俺達が近寄ってくる、フォークの足音に恐怖を抱いているその時だった。
急に中国語の曲が聞こえてきた。
「何だ? この曲?」
「あれですね。ジャッキー・チェンの名作のポリスストーリーの主題歌の英雄故事ですね?」
そして、そのテーマに乗せて、あのバカ二人がやってきた。
二人は中華料理店のコックの服装のまま現れた。
「遅れてすまない!」
「すまんなぁ、何しろ繁盛していたからなのぅ?」
そう言う、二人に対して、一年・二年の視線は冷たいものだった。
「売り上げの百パーセントを徴収するから、早く、試合に加われ」
「ちょっと待てぇ! それはウチの中華料理店がつぶれるやないか!」
「お前等、マクドナルドがどうして誕生したか知っているか?」
それを聞いた、井伊と柴原は目をぱちぱちとさせていた。
「マクドナルド兄弟が作った、小さな店をミルクシェイクミキサーのセールスマンであるレイ・クロックがいい具合に乗っ取って、最終的にはマクドナルド兄弟がその名前を使えなくなって、別の店舗を作ったら、その隣にマクドナルド作って、完全に潰したのさ。お前等、井伊飯店がマクドナルド兄弟なら、俺はレイ・クロックだな?」
「・・・・・・鬼子や」
「何だ、水の型で首切るか?」
「黙れ、煉獄さんに骨の髄まで焼き尽くされてしまえ」
「ここに来て、鬼滅をぶち込んできたよ」
そう言って、二人はユニフォームに着替える。
「藤沢、神崎」
俺がそう言うと、二人は「はい」と声を揃える。
「交代だ」
「えぇぇ・・・・・・」
それを聞いた、俺は「中華料理店の店主二人を使って、反撃開始さ?」
そう言って、俺は三年生ベンチを眺めた。
はっきり言って、余裕しゃくしゃくだったが、ここで俺達がもし逆転をしたら、どんな顔をするかが見ものだな?
俺は表情にこそ出さなかったが、確かに燃え上がる何かを感じていた。
8
試合は四回に入り、神崎に代わって、俺がマウンドに上がり、キャッチャーとショートも井伊と柴原に代わった。
「さぁ、どんどん行こう!」
井伊がそういって、ミットを叩く。
黙れ、中華料理店。
俺がそう言いながら、三年生チームの七番バッターに相対した。
井伊の要求はアウトコース低めのストレートだ。
俺は制球を重視して、そこに投げこんだ。
結果はストライクだ。
「相変わらず、速ぇな?」
「あれで、コントロールがいいですからね? これにスピンまで元に戻ったら、最強のストレートが高校生の段階で完成しますね?」
「一年の時はすごいノーコンだったのにな?」
三年生と井伊がそう会話する中で、井伊はサインを出す。
次はカーブだ。
俺は右バッターの三年生から逃げるような変化をするカーブを投げ込んだ。
「えぐいなぁ? 変化が?」
「あいつも本気ですよ、フォーク防ぐために?」
そう井伊と三年生が会話すると、井伊はインコース中断に縦のスライダーを要求してきた。
俺はちょうどミットに収まる形でそれを投げると、三年生は見事に三振した。
「えぐぅ!」
「えぇ、あいつは暴君です」
三年生がそういう中で、続く、八番、九番も変化球を交えて、連続三振に切って取ると五回の裏に入り、一年・二年生連合チームの最後の攻撃となった。
「あと二回しかないんですね?」
「正念場だな? この攻撃によって、俺達がフォークするか、三年生がフォークするかが決まる」
俺がそう言うと、五番の笹が右打席に入る。
「笹! 出ろ! 男同士でフォークしたくないだろう!」
笹はそういう中でも無言で構えた。
すると、ナルシストエースの井上は制球に苦しみ、意味なく、フォアボールで笹を一塁に出した。
「よっしゃあ! 頼むぜ! 鉄人!」
「中華の達人! 陳健一打法や!」
そう言って、井伊はバットをまるで陳健一が中華包丁を持つかのようにポージングしながら、左打席に立った。
「料理の鉄人は世代じゃないんだよな?」
「あれは、深夜に見ると、良い具合に飯テロやで?」
そう柴原と会話している時だった。
「あっ!」
井上の変化球がすっぽ抜けて、ボールはど真ん中に向かっていった。
すると、金属バットの甲高い音が聞こえて、打球はグラウンドのはるか遠くへと飛んでいき、井伊はダイヤモンドを回っていた。
「おぉぉぉう! 陳さん!」
「勝者! 陳健一!」
そう言った、一年・二年生チームのベンチはまるで、優勝したかのようなお祭り騒ぎだった。
「いやぁぁ、これならば、フォークは避けられるな?」
井伊がそう言うと、黒川が「でも、このまま引き分けになったらどうするんですか?」と聞いてきた。
「えっ?」
それを聞いた、一年・二年連合チームは唖然とした表情を浮かべる。
気が付けば、七番の柴原と八番加地に九番野中が倒れ、そのまま五回へと進んでいった。
続く、五回の表は俺が一番木村を高速スライダーで三振。
二番山南をカーブで三振。
三番土田をツーシームで三振に切って取った。
「まるで鬼のような投球やな?」
「紅蓮花でも歌ってろよ」
そういう中で、黒川に「いけぇぇぇぇい! 黒たん! 鬼滅打法や!」と柴原が檄を飛ばす。
一年・二年がそう叫ぶように紅蓮花を歌うと、黒川がフォアボールで出塁した。
「オッケイ! 黒たん!」
「鬼滅打法だ!」
そう一年・二年生チームが大騒ぎになる中で、二番木島がセンター前に運び、三番ピッチャーの俺に打席が回る。
「あぁ、ここで浦木や」
「ピッチングは鬼のようだが、バッティングは鬼殺隊の一般剣士並みにヘロヘロなんや」
「お前等、あとで売り上げは百パーセント巻き上げるからな?」
俺がそう言うと、井伊と柴原は「嗚呼、やっぱり、あいつ鬼だ」と言ってきた。
その最中に黒川とアイコンタクトをして、俺は仕掛ける時を待っていた。
すると井上が置きに来た、ストレートを狙って、俺はセーフティースクイズを仕掛けた。
「あっ!」
「それを仕掛けてくるか!」
俺が一塁を全力で走る最中で、井上は急いでボールを拾い、キャッチャーにトスするが、黒川の足のほうが速かった。
「セーフ!」
「やったぁぁぁぁぁぁ!」
サヨナラ勝ちの瞬間、一年生と二年生は黒川と俺の頭をぽかぽかと叩きながら、歓喜に湧く。
三年生チームは茫然としていた。
「先輩」
俺はファーストを守る、土田に話しかけた。
「約束は守ってもらいますよ」
俺がそう言って、にたりと笑うと、土田は「よく、覚えておくよ」とだけ言った。
こうして、学園祭恒例の試合は終わった。
夕暮れがグラウンドを包んでいた。
9
「こうなると分かっていたら、最悪だ」
井伊がそう言いながら、三年生の野球部員達が男同士でフォークダンスをする様子を眺めていた。
「何やねん? 高野連って? 俺達が中華料理店を開いて、必死で汗水たらして働いた金を日本学生野球憲章なんて意味の分からないルールでチャラにするんやで? こうなったら、働かないプータローが正しいみたいやないか?」
柴原が言った日本学生野球憲章では、野球部員の商業的利用が禁止されている。
結果的にこれを知らなかぅた、井伊と柴原であったが、後で真山にこの事が指摘されて、渋々、売り上げを手に入れることを諦めた。
もっとも、井伊のクラスでやっていたので、野球部員としてではなく、一高校生として中華料理店を行っていたので、ぎりぎりセーフかもしれないが、一応は不備が生じるといけないので、売り上げはすべてクラスに譲渡したという、不条理な事態が起きたのだ。
「あれだけ、チャーハン炒めて、ラーメン作ったのに、売り上げは俺達が調理している間に他のイベントで遊んでいた、連中のものや?」
「レ・ミゼラブルとはこのことをいうんだな?」
井伊と柴原がそういう中でも、三年生たちは男同士でむさいフォークを踊っていた。
「くそぅ!」
「お前等、俺達にこんな事していいのか?」
三年生達がそう言う中でも、井伊と柴原は売り上げを他の生徒に渡さざるを得ない事態に頭を悩ませていた。
「社長、深刻やで?」
「売り上げがゼロだぞ、ゼロ! あれだけチャーハンにラーメン作ったのに?」
「仕方ないだろう、高野連の規則とやらなんだから?」
俺がそう言うと、井伊は「つまり、高校球児はアルバイトもしちゃいけないってことかよ?」と苦言を呈する。
「いや、高校球児の身分を利用して、利益を得るのを禁止しているから、それは大丈夫だろう?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「何? 分かんないの? 言っていること?」
「うわぁぁぁぁぁぁん!」
「俺達の労働の対価がぁぁぁぁぁぁぁ!」
井伊と柴原がそう言いながら大声で泣き叫んでいた。
「くそぅ! お前等、ただでは済まさないからな!」
「お前等、来年のどこかしらで練習に来て、ぼこんぼこんにしてやるよ!」
二人と三年生たちの遠吠えが夕闇のグラウンドに響く中で、俺は腹が鳴るのを感じていた。
「食いたかったな? あれ?」
そう言っても、男達の遠吠えは収まらなかった。
10
十月中旬。
俺達、早川高校野球部は関東大会に挑むため、開催場所である、山梨県へと向かうことにした。
「監督も夜行バスを予約すればいいのに?」
「そりゃあ、あれやろう? 大のてっちゃんやから、どうしても鉄道での移動を推奨するんや?」
「選手の負担は考慮しないからな?」
神奈川から山梨への鉄道での移動はかなりハードなものであると思えた。
移動手段を調べるサイトを見てみたが、まず、戸塚から横浜で京浜東北線に乗り換え、東神奈川で横浜線に再び乗り換える。
八王子に着いた後にJR中央本線で甲府駅へと向かうのだが、あまりにも遠すぎる為に電車の本数も少ないため、特例として早川高校側は前日から当日の公休を認め、前日の昼から野球部は甲府を目指して、移動していた。
戸塚駅から、横浜駅へと向かい、東神奈川へと向かう道中で井伊が「でも、何だかんだ言って、俺達は関東大会は初めてだからな?」と言った。
「夜間バスだろう? 移動距離を考えれば、その方が負担は少ない」
そう言って、俺はこれからJR中央本線に乗るので気分の高揚を抑えられない、林田を見ていたが、真山が「ですが、夜間バスは事故を起こす可能性があります。多少は時間がかかっても、電車で移動したほうが全員の命は保証されるかと?」と言った。
「・・・・・・だいぶ、痛いハンデだな?」
「えぇ、他のチームは自前のバスを持っているでしょうが、うちは持っていないですからね?」
「そこが私立とは言え、新興勢力の俺達の悲しいところだな? 文武両道を掲げて、練習は毎日三時間が限度で、金も無い。そのくせ、監督のスカウトによって、中学やシニアから有望選手を集めて、層は厚いときた。凄いな? うちのチームは?」
「まぁ、それでいて、この数年で甲子園に二度も行っているのはある意味、凄いですね?」
真山がそう言って、眼鏡拭きで眼鏡を拭き始める。
「昼からの移動だから、ラッシュを避けられたのは良いな? 宿は?」
「取っているみたいですよ? まぁ、二回戦までは宿泊して、準決勝に突入する前にいったん学校に帰って、授業を受けなければいけないですが? 学校側もこれまでの功績を評価して、公休を大幅に与えてくれましたからね?」
「前から、思っていたけど、かなり強行日程だよな。県大会にしても関東大会も、俺に至っては台湾から帰って、すぐに合流だぞ?」
「浦木さんは神崎が投げていた試合で休んでいたじゃないですか?」
「まぁ、そりゃそうだけどさ?」
俺がそう言って、そっぽを向くと、真山は「高野連は本大会に関しては日程を開けるようにはしていますが、実権は各地方の高野連が握っていますからね? ばらつきはありますが、せめて地区予選でも強行日程は止めてもらいたいですね?」と高野連に苦言を呈した。
「まぁ、日程は窮屈にしないといけない理由があるのか無いのかは知らないが、俺が仮にずっと投げ続けていたら、もうヘロヘロだな?」
(次は~東神奈川、東神奈川)
電車の車掌のアナウンスが聞こえる。
「なぁ、アイン?」
「何だ?」
「ほうとうは食えるだろうか?」
また食い物の話か?
まぁ、俺も食いたいけど?
「・・・・・・食えれば食いたいな?」
「そうやなぁ、せっかくの山梨遠征なんやから、ほうとうぐらいは食いたいわな?」
すると、真山が「甲府駅前にあります」と言った。
「まじか!」
「ビンゴや! それは外せないで!」
井伊と柴原がそう言って、はしゃぎだすと、俺は「問題は監督次第だな?」と真山に言った。
「まぁ、結果次第といったところでしょうかね? それによってはほうとうがご褒美でもらえるかもしれませんね?」
ほうとうは一度、食べたことがあるが、あの味噌ベースのスープに独特の幅広い麺が絡み合って、とても美味だったのを思い出していた。
「アイン! 監督に進言するぞ!」
「俺達はほうとうを食したいんや!」
「今は止めておけ、監督の楽しみを奪うと、ほうとうは意図的におあずけになる」
そう言った、俺の目線の先には次の乗り換えを今か今かと待ちわびている、林田の姿があった。
「ほうとう! ほうとう!」
「俺達はほうとうの為に戦うんや!」
「フォウ・ザ・ほうとう!」
「ここ最近、俺達は食い物のネタが多くないか?」
俺は頭を抱えながら、そう言った。
11
それから数時間後に俺達は甲府駅前にある、温泉旅館に泊まることにした。
「いやぁ? ええとこやな? 学校側が全部旅費払ってくれるんやろう?」
柴原がそう言いながら、頭を洗い、体を洗い、そうつぶやいていた。
何故か、柴原は股間を重点的に洗っていた。
「う~ん、これでほうとうも食えたら、最高なんだけどな?」
そういう井伊も股間を重点的に洗う。
「アインよ」
「・・・・・・何?」
俺は若干の不安を抱きながら、向き直った。
「お前・・・・・・チ●コがでかいな!」
井伊がそう大声で言うと、俺はふろの桶で井伊の頭を殴った。
「ぎゃ~! バイオレンスだあぁぁぁぁ!」
「黙れ」
俺がそう言うと、柴原は「さすがはアメリカ人の血が流れているだけはあるのぅ! 見事に細長いわぁ?」と言ってきた。
俺が柴原に風呂の桶を向けると、柴原はそれに対して、恐れることはなく「だがなぁ、覚えておけや!」と言って、股間を強調して、仁王立ちを始めた。
「長さでは、アメリカ人に負けても、硬さと太さでは負けへんで!」
柴原がそう言うと、俺は容赦なく風呂の桶で柴原の頭部を殴った。
「バイオレンスや・・・・・・」
俺が黙って風呂に入ると、黒川と神崎に甘藤が風呂に入ってきた。
「何やっているんですか?」
黒川が呆れたと言わんばかりの表情を浮かべる。
「知らんな、自業自得だ」
俺がそう言うと、井伊と柴原は頭から出血しながら、風呂に入ろうとする。
「止めろ、湯が汚れる」
「黙れぇい! 全ての元凶はお前やろう!」
「下ネタを言うからだろう」
俺がそう言うと、甘藤が体を洗い、風呂に入る。
「待てぇい! 甘藤!」
「なっ、何ですか? 井伊先輩!」
井伊が甘藤を止めると「何てデカさだ!」と言い始めた。
「何やと! 長さでは浦木を超え、太さでも俺達を凌駕している」
「これで、硬さまで揃っていたら、甘藤は早川高校野球部では最強のチ●コを持っている事になるで!」
井伊と柴原はそう言って、甘藤を称賛するが、当の本人は泣きそうな顔をしていた。
「お前等、止めてやれよ」
「何を言っているんや! 称賛しているんやで!」
そう言う、柴原に対して、黒川が「それ、イジメですよ」と言って、風呂に入る。
「同感」
神崎もそれに続く。
「何や、お前等! チ●コのデカさを褒めているのがいじめなんか!」
「そうですよ。はっきり言って、セクハラですよ」
「何やと! セクハラは男女間の話しやろう!」
「今の時代は同性同士でも適用されるんですよ」
黒川にそう言われた、柴原は「ぐはっ!」と言って、温泉に沈んだ。
「部長!」
「まったく、近頃の新入社員は・・・・・・何が時代の流れや! ワシ等の若い頃はのぅ!」
「自然淘汰されやがれ、くそ上司」
俺はそう言って、風呂から上がり、脱衣所に向かっていた。
風呂場では、井伊、柴原、黒川、神崎がはしゃぎまわっていて、甘藤が泣いていたが、俺はため息を吐くしかなかった。
「良い気なもんだよな? 強行日程で明日は試合なのに?]
俺は再び、ため息を吐いていた。
12
翌日、俺達早川高校野球部は午前十時に行われる、関東大会初戦へと向かっていた。
「相手は土永栄大付属高校か?」
「えぇ、茨木の強豪ですね?」
真山とそのような会話をする中で、皆が皆、自分の時間を過ごす。
「名将と言われる、木下監督率いるチームですからね? 浦木さんや井伊さんも良い具合に研究されていると見たほうがいいでしょう?」
「あの爺さんは、結構、非情なところがあるからな? 選手の間ではカリスマ扱いされているけど?」
「あの爺さんはかつて『十八番はコマにもならない』と言ったんだ」
そう言って、林田が話に加わる。
「監督、夢の中にはいなかったんですか?」
井伊がそれに突っ込みを入れる。
ていうか、お前も話に加わっていたのね?
「俺の守備範囲にはバスは入っていない」
そう言った、林田は「とにかく、あの爺は何を仕掛けてくるかわからない、選手の生命や将来よりも、甲子園での勝利しか考えていないからな?」とこちらに目を向ける。
「ずいぶんとお嫌いなんですね?」
「あいつ等のせいで俺達は甲子園で負けた、しかも当時の先発の俺に対して、徹底して、バント攻めをして、気を剃らしたのさ?」
林田が怒りを込めて、そう言っていた。
「『バントなんて、アウト増やすだけだから、させればいい』って、監督言ってたやないですか?」
「当時は若かったんだよ、その経験があるから、今の攻撃的な指導方針なのさ?」
そう言った、林田は「とにかく、勝てよ。これに勝てたら、ほうとうを食わしてもいいぞ」と言ってきた。
「マジですか!」
「うほぅ! これは僥倖や!」
「ただし、負けたら、分かるな?」
そう林田が言うと、バス内の部員たちの空気は重苦しいものになる。
「まさか、山梨から走って、神奈川まで帰れとか言うんじゃないでしょうね?」
「どうかな? この辺は樹海があるからな? 自衛隊も樹海を使って、訓練をしているしな?」
それを聞いた、瞬間に俺の背中には悪寒が走った。
「マジだ! この人はマジでそんなことを言っているよ!」
「やばいで! これはまずい! 野球部全員が神隠しになってしまうで!」
「何か、野球部全員が神隠しに合うなんて、パワポケ4みたいですね?」
黒川がそう言うが、柴原は「笑い事やないで! 俺はまだ死ぬのは嫌や!」と目を血走りながら叫ぶ。
「おぉぅ、女の子を手に入れるまでは死ねない!」
井伊はそう言った後に「クワバラ、クワバラ」とお祈りを始めた。
「でも、お前等、あれだぞ、神隠しに合ったら、逆に異世界に転生して、モテモテライフを送る可能性もあるぞ?」
林田がそう言うと、井伊と柴原は「あっ、その手があったか!」と言い出した。
「・・・・・・俺は現世に残るぞ」
「そうか、アインよ、君はモテるからいいさ?」
「だがなぁ、俺達、モテない村の住人は異世界に転生してでも、愛を手に入れたいんやぁ!」
「リビドー!」
井伊と柴原がそう言うと、真山が「着きましたよ」と言った。
「皆、異世界には転生したくないよな?」
俺がそう聞くと、部員たちは「当たり前です!」という答えが返ってきた。
「待てぇい! お前等!」
「リビドーの赴くままに行ける可能性があるんだぞ!」
「知るか! 俺達はこの世界にいたいんだ!」
「お前等だけ、行けよ! 魔界なり天界なりに!」
「そこでお前等、真女神転生の世界を混ぜてくるか・・・・・・」
俺はそれを聞いた後に部員たちに「勝つぞ。俺達は今の世界に残る」とだけ言った。
「おぉう!」
部員たちの甲高い声が聞こえた後に、俺達は小瀬スポーツ公園内にある山日YBS球場へと向かって行った。
「愚かな人類め」
「異世界に転生すれば、モテモテライフを満喫できるというのに!」
「行くぞ」
井伊と柴原もそうは言いながら、球場へと向かう。
春の選抜甲子園をかけた、俺達の関東大会が今、始まろうとしていた。
13
山日YBS球場に着いて、アップをしていると、木下監督率いる土永栄大の応援団は俺が投球練習しているところを撮影していた。
「あぁいうの、どうなんや? ワシは嫌やで?」
柴原がそう言うと、俺は「別に撮られても問題ないだろう、勝てばいいし?」とだけ言った。
「相変わらず、クールな発言やなぁ? そうやなくて心理的に嫌やろう?」
「いや、もう俺は有名人だから? もっとも、気に入らないのはお前や井伊ですらもデータ収集の対象にしている、あいつらの異常な執着心は理解できないがな?」
「それだけ、ワシ等が中心選手ということやろう?」
「中華料理店の店主と店員がか?」
「黙れぃ、ワシは総料理長や!」
「それは俺だろう!」
俺と井伊と柴原三人がそのような形でワイワイと騒いでいると、土永栄大の応援団は呆れかえった表情を浮かべていた。
「ほら、見ろ、相手にも呆れられているじゃねぇかよ?」
俺がそう言うと、林田が駆け寄ってきて「緊張感が無さすぎだ。それともうそろそろ、オーダー言うぞ」と言ってきた。
「ようし、戦闘準備や!」
「陳健一打法の出番だ!」
井伊と柴原がそう言って、ベンチへと引き下がる。
「じゃあ、お前等は遊び感覚だが、オーダー言うぞ」
「ほら見ろ、監督にまで怒られる」
「お前もじゃれていたやろう?」
「そこ、私語を慎め!」
監督にそう言われると、部員全員が直立不動の姿勢を保つ。
「じゃあ、言うぞ。一番ショート柴原!」
「いでよ、アイロンシェフ!」
「二番ライト木島」
「はい」
「ふっ、中華の鉄人打法に後を任せるんや」
「三番セカンド黒川」
「はい」
「四番キャッチャー井伊」
「勝者、陳健一!」
「五番サード甘藤」
「はい」
「まぁ、いいさ、私の記憶が確かなら、勝利は確実である!」
「六番ファースト笹」
「はい」
「七番センター加地」
「はい」
「八番レフト野中」
「はい」
「九番ピッチャー浦木」
「はい」
「以上だ、今回から関東大会だから対戦相手のレベルは格段に上がる。引き締めて行けよ」
「はい!」
「じゃあ、キャプテンの浦木から一言」
「えぇ?」
俺がそう言うと、井伊と柴原が「よっしゃあ、キャプテン!」と盛り立てる。
「まぁ、今日から強豪続きですけど、目標は春の選抜に出ることなので、関東大会優勝を目標に駆け上がっていこう!」
「よっしゃあ!」
「しゃあ! 行こう!」
そう言って、チーム全体がサムズアップした後にグラウンドへと向かっていった。
「スピーチが平凡」
「浦木さんが大声出すところを初めて見ました」
「黙れ、あれでも良く出来た方なんだよ」
そう言って、真山に背を向けた後に、整列を始める。
「礼!」
「お願いします!」
そういうと選手たちは無言で、グラウンドに散っていった。
「神奈川の時は結構、整列の時はバトったんやけどな?」
「これが普通だよ」
そう言って、俺達は守備位置につき始める。
ゲームは早川高校の後攻で始まったからだ。
「しまっていこう!」
井伊がそう大声を張り上げる。
「一回の表、土永栄大付属高校の攻撃は一番ライト、野原君、背番号九」
一番バッターの野原は左バッターボックスに入ると「しゃあ!」と大声を上げた。
なるほど、木下の爺が仕掛けてきた、作戦の一つが右投手の俺に対して、左バッターだけの打線をぶつけてきたか?
左対左の法則なんて、今の野球じゃあ、絶滅危惧的な考えなのに?
俺はそう思いながら、井伊の要求するアウトコース低めのストレートを投げた。
野原はそれを思いっきり、空振りする。
表情は「ほぉぉぉぉぉ」と驚いたような声を浮かべていた。
マシンで目を慣らしてきたかな?
俺はそう思いながら、続いて、アウトコースからボールゾーンに落ちる、縦のスライダーを投げた。
すると、野原はこれも空振り。
野原の表情は強張っていた。
そして、バットを短く、持ち始めた。
ミート主体に切り替えて、俺を全員野球で叩くつもりか?
そう思った、俺は井伊がインコース中断に左バッターの内閣をえぐる形での高速スライダーを要求しているのを確認して、制球を意識して、投げた。
野原はボールだと思って、見逃したが、結果はストライクだ。
野原は三振に倒れ、駆け足でベンチへと戻る。
その顔はなぜか、笑っていた。
嫌いだ。
人が真剣になって戦いをしているのにおちゃらけた奴なんて?
「二番サード、久保君、背番号五」
久保も打席に入ると雄たけびを上げる。
高校生って、感情を制御できないのかな?
俺はそう思いながらも、井伊のサインを確認するが、久保がバットを短く持ったのを確認した。
こいつ等、当てに来るな?
俺はそう思った後に、井伊の要求する、ストレートのサインに首を振り、続く、高速スライダーのサインも首を振った。
俺が選択したのはツーシームだった。
井伊はそれを確認すると、アウトコース中段へとミットを構える。
そして、俺はそこめがけて、ボールを投げ込むと、久保は一球見送る。
「ストライク!」
様子見か?
俺はそう考えた後に二球目のインコース低めにツーシームを投げ入れた。
すると、久保はそれに手を出して、セカンドゴロとなった。
「ワンアウト!」
「ワンアウト!」
ナインがそういう中で、続く、三番バッターもバットを短く持って、打席に立つ。
俺はそれに対して、インコースの低めのツーシームを使って、三球で仕留めた。
スリーアウトチェンジだ。
「相手は当ててきているな?」
「あぁ、アインはツーシーム主体の投球をするのか?」
「当てたいのなら、当てさせるさ? ただ、ヒットにはさせないがな?」
「打たせて取るか? 本当に状況に合わせて、投球プランを変更できるんだな?」
俺がそういう中で、柴原が右のバッターボックスに立った。
「見てみい、ワシが早川のーー」
そう言って、豪快に空振りする。
「核弾頭や!」
「よっ! 柴ちゃん!」
「あいつ、初球は大体、空振りするよな?」
「えぇ、打率も最悪です」
真山とそのような話をすると、続けて「相手ピッチャーは西田竜輝、二年生でサイドスローからの高速シンカーとスライダーに最速で一四九キロのストレートが持ち味の変則右腕です」
「うわぁ? 地味に嫌なタイプだ」
「サイドスローをぶつけてくる時点で嫌味な感じですね? しかも、シンカーを使ってくるなんて?」
「嫌な爺さんだな?」
気が付けば、柴原はショートゴロに倒れていた。
「おぉぉい!」
「何だよ! 出ろよ!」
「あいつ、めちゃ、球が重いんやけど!」
柴原がそう言うと、真山が「球質も重いんですよね」とだけ言った。
「最低」
「ドイヒー」
俺がそう言うと、笹もそれに続く。
続く、二番木島は左打席に立つと、西田の速球に自慢のミート力で見事に対処していた。
しかし、打球はライト方向へのファールだ。
「いやぁ、キジーのミート力を持ってしても、あれか?」
井伊がそういうが俺は「お前、ネクスト」と言って、ネクストバッターズサークルに立つように忠告する。
「おぉぉう、そうだ、そうだ」
井伊がそう言って、グラウンドに出る中でも、木島は必死に粘る。
気が付けば、カウントはフルカウントになっていた。
「制球は普通か?」
「らしいですね? ばらつきが結構見受けられます」
俺と真山がそう言うと、木島は西田の高速シンカーに手を出し、柴原に続いて、ショートゴロに倒れた。
「黒タン、いけぇい!」
「鬼滅打法や!」
部員達の紅蓮華の熱唱の中ではあったが、黒川も高速シンカーの前にピッチャーゴロに倒れた。
「あぁ、鬼にやられた!」
「お前は一般剣士かいな?」
「・・・・・・重い」
「行くぞ」
そう言って、俺は二回のマウンドに登る。
すると、次の四番バッターもバットを短く持って、打席に立つ。
本当に腹立たしいほどにワンチーム気取りだな?
俺はツーシームをアウトコース低めに投げ入れるが、バッターは手を出さない。
初球に手を出さないと、カウント悪くなるぞ?
俺はそう思いながら、アウトコース低めにボール気味になる、ツーシームを投げるが、それには手を出さなかった。
ボール球には手を出さないのは徹底しているな?
俺はそう思って、インコース中段にツーシームを投げるが、好球必打と言ったところか、すぐに手を出して、ファーストゴロとなった。
研究した割には、ツーシームに手を出すな?
まさか、俺がツーシームを投げることは考えていなかったのか?
俺がそう思った後に、五番バッターにツーシームを投げた後に、カーブを投げるが、相手バッターはこれをミートしてくるが、これもセカンドゴロとなった。
相手は俺が三振にこだわるとでも思っているのだろうか。
俺はその後の五番バッターをインコースの高速スライダーで詰まらせて、ファーストゴロに仕留めた。
「ゴロ狙いか?」
「転がして、地上戦に持ち込むつもりですね?」
俺はスポーツドリンクを飲みながら、真山とそう会話すると、井伊が左打席に立った。
「いけぇい! 中華の鉄人!」
「陳さん! ファイト!」
しかし、その井伊も高速シンカーに対して、サードゴロに終わった。
「おい、陳さん!」
「井伊をもってしても、これか?」
「苦戦するかもしれませんね?」
激戦だな?
神経戦ともいうべきか?
俺はこの試合が長い戦いになることを覚悟し始めていた。
14
早川高校体土永栄大のゲームは五回へと入り、投手戦の様相を呈していた。
俺は被安打五で、四回を無失点で、四死球はゼロだった。
一方の西田は被安打〇の四死球五だった。
そして、俺が五回の表も打たせて取るピッチングで三者凡退に抑えると、井伊が駆け寄ってきた。
「偉い、偉い。相手がノーヒットピッチングをしても、それに対して、対抗心を抱かないだもの?」
「勝つのが最優先だ、俺の仕事は点を与えなければいい」
「ほぅぅ! クールだねぇ?」
そう言う、井伊に対して、俺は「ただ、あいつ等、ランナーが出たら、すぐにバントなんてさぁ、非効率な攻撃だよな?」とだけ言った。
「しかも、柴ちゃんがランナーで出ると、牽制をこれでもかと入れてくる、はっきり言って陰湿だな?」
「だから、嫌いなんだよ、爺とそれに群がるガキ」
それを聞いた、木島は「浦木君も子どもだろう・・・・・・」と言ってきた。
そう木島が言うと、井伊がフォアボールで出塁した。
「おー、ナイスセン!」
チームメイトがそう言うと、甘藤が打席に入る。
すると、そこでモーションを盗んだ井伊が盗塁を仕掛ける。
完全に裏を突かれた、西田と相手キャッチャーはなんと、ボールを後逸してしまう。
すると、その間に井伊は三塁に到達した。
「井伊は意外に足が速いんだよな?」
「あぁ、監督によってはキャッチャーから転向されるやろうな?」
そう言った、瞬間に甘党が三振に倒れた。
これで、ワンアウト三塁。
ここで、林田が笹にサインを送る。
「あれか?」
「おぉう、浦木印の汚い手や」
「ちゃんとルールで許されているんだから、作戦として成立するんだよ。それが相手にとって有利だからって、ふてくされるやつは相当な運動音痴だな?」
俺がそういうと、笹はセーフティースクイズを仕掛け、見事にそれがはまった。
西田はボールをつかみ損ね、井伊がホームに到達すると、グラブを叩きつける。
「西田はフィールディングに不安がありそうです」
「うちの機動力の面が功を奏したな?」
そして、一点を挙げた後に、気が付けば、早川高校の攻撃は終わり、六回に入ったが、俺がツーシーム主体のピッチングを続ける中で、土永栄大はゴロの山を築く。
そして、九回に入り、勝利の瞬間まであと一人の瞬間を迎えた。
俺は井伊の構える、アウトコース中段にボールからストライクに入る、ツーシームを投げると、バッターはそれを見送る。
ワンストライクだ。
俺は井伊の要求した高速スライダーのサインに首を振って、全力のストレートに頷いた。
まだ、ランナーはいなくて、ツーアウトだ。
ここで、回転数を上げたストレートを試したい。
俺はそう思って、全力で回転をかけたストレートを投げた。
すると、ボールは高めに浮き、大きくボールになったが、その勢いに押された、相手バッターは思わず空振りをしてしまった。
制球だな?
俺は井伊からアウトコースにボールになる、縦のスライダーのサインに頷くと、それを投げた。
そして、相手が空振りをして、試合は終了した。
「ない~す」
井伊がそう言うと、ウグイス嬢の「試合終了でございます」というアナウンスの中で、部員たちが「今日はほうとうだ!」と言い出した。
「明後日はまた試合だよ、強行日程だよな?」
俺がそう嘯くと、真山が「ベスト四まであと一つ勝たないと?」と言ってきた。
「いや、確実に選抜に行くには優勝するしかない」
俺がそう言うと真山は「意外と熱血漢なところがあるんですよね?」と言ってきた。
秋が深まった昼頃に部員たちの「ほうと~う」という叫び声が響いていた。
15
土永栄大付属高校との初戦を終えて、その翌々日の準々決勝も俺の完封勝利で突破した、俺達早川高校は試合まで、中四日のインターバルがあいたので、いったん山梨から神奈川に帰郷し、高校での授業を受けることとなった。
「お前等、もうセンバツ出場決めたのかよ」
同じクラスで柔道部の井手口とサッカー部の平岡がスポーツ新聞片手にそう言ってきた。
「関東で四強に入っただけだから、まだ確定したわけではない。原則として、基準は満たしたと思うが、選考基準があいまいだから、決まったわけじゃあない」
「相変わらず、キザで優等生的な意見だよ」
「実際は、授業のおさぼりと教師への反抗を続ける、超アウトローなのにな?」
そう言った、平岡がスポーツ紙を広げる。
「何だよ、三面かよ」
「三面であろうと、スポーツ紙に乗るとか、お前、図に乗るなよ」
「図に乗るも何も、すでに事実なんだ。それを邪魔するのは潔い態度ではないな?」
俺達がそうしていると、瀬口がそこに加わり「でも、浦木君がここまで凄いと皆、おいてきぼり食らいそうだね?」と言ってきた。
「そうだな?」
俺がそう言うと、瀬口は「・・・・・後で、一緒に帰ろうよ」と言った。
「いいぞ?」
「うん、待っている」
そう言って、瀬口はどこかへ行ってしまった。
「今のは否定したほうが良かったんじゃないか?」
「他にどんな回答がある?」
「別に『そんなことはない』の一言でいいじゃねぇかよ」
俺がそういうと「瀬口とは大学が一緒になるかも分からないんだよ。俺にも確証は持てない」とだけ言った。
「お前、そういうことを言っていると、せぐっちゃんは俺がもらうぞ」
「ゴリラとチャラ男なんてあいつはなびかねぇよ」
「そうか? 女って結構、見切り早いぜ?」
俺はそれを聞くと「分かったよ、ちょっと行ってくる」とだけ言って、瀬口を追いかけ始めた。
「浦木!」
井手口が声をかける。
「これを持っていけ!」
そう言われて、投げ渡されたのはリポビタンDだった。
「何これ?」
「いいから、イケェイ!」
「俺は変なことしないぞ」
そんな事を言いながらも、俺は瀬口を追いかけ始めていた。
気が付けば、どう言って、瀬口の機嫌を取り戻そうかと考えていた。
16
瀬口を追いかけると、そこは屋上にある、校長専用のサロンがある扉の前だった。
この中はドーム状になっていて、ウィスキーや葉巻の嗜好品に花や湖などがある、豪華な部屋だったのを覚えていた。
「来たんだ?」
「あぁ」
「・・・・・・覚えている? 一年生の時?」
「あぁ、俺が一人でこの部屋に侵入したんだよな?」
「まさか、あの時は浦木君の事を好きになるとは思わなかったな?」
俺は瀬口がそう喋るのを聞いた後にキーピックを取り出して、部屋の鍵を開けようとした。
「その時の俺の印象は?」
「いけ好かない、反抗期をこじらせている男子」
「行き過ぎた真面目で、型通りのことしかしない模範生」
お互いがそう言うと、笑いながら見つめる。
すると、鍵が開いた。
「本当に行くか?」
「行ったら、退学かな?」
「優等生もついに悪に染まったか?」
「まぁ、先生達に見つかったら、浦木君に脅されたとかいうよ」
「良いな、そういう責任転換」
俺はそう言うと、瀬口と一緒に部屋へと入っていった。
「広いね?」
「あぁ、ウィスキーや葉巻もあるし、つまみもあるな?」
俺がそういうと、瀬口はハンモックに寝転がった。
「良い具合に温かい。冬の時とかは天国だろうな?」
「夏の時はおそらく、冷房がガンガンに聞いているんだろうな? さながら特権階級に許された、オアシスと言ったところか?」
俺はそう言って、つまみのスモークチーズを取り出した。
「絶対に後で、校長に見つかると思うよ?」
「まだ、未成年飲酒や喫煙しない分、良心的だろう? ほれ」
俺がそう言って、スモークチーズを渡すと、瀬口はそれをほおばる。
「うん、何だろう? 普通においしいよね?」
「まぁ、俺等は酒飲まないからな?」
「それは大学に進学してからのお楽しみかな?」
瀬口がそう言うと、しばらくの間、沈黙が流れる。
「瀬口、大学は早明に行くのか?」
「行きたいけど、私の学力が追いつくかなって?」
「定期テストでの成績は常にお前が俺よりは上だろう?」
「お父さんからも『絶対に早明に行け』って、言われているけど、推薦抜きで単純に学力だけで言ったら、難しいと思うな? 浦木君は勉強している?」
「・・・・・・難しそうだな? 法学部か政経学部だから、野球推薦は使えないだろうな?」
「だよね?」
そう言って、二人は無糖炭酸水に手を出した。
「これは、ハイボール用の奴だな?」
「まぁ、飲酒しない分にはね?」
「高校の一年半を通じて、優等生のお嬢様を悪に染め上げたな? 俺は?」
そう言って、俺と瀬口は炭酸水を開けると、炭酸が泡を立てて、地面に零れ落ちた。
「あぁぁ!」
「ダメだよ! 浦木君! 証拠隠滅をしなきゃ!」
「そういう問題か?」
俺達が急いで、床を拭き始めると、手が触れ合う。
「・・・・・・浦木君?」
「・・・・・・何だよ?」
そう言って、俺と瀬口は唇を重ねていた。
しかし、それは一瞬で終わった。
「言っておくけど、私は大学行きたいから、これ以上のことをしたら、お父さんに頼んで、浦木君を抹殺するよ?」
「これ以上の事って?」
俺がそう言うと、瀬口は頬を赤らめて「何でもない。とりあえず、証拠隠滅して、ここを出よう」とだけ言った。
そして、炭酸水がこぼれた、床を拭いた後につまみのスモークチーズとサラミを数点盗んで、校長の娯楽室から出ていった。
そして、もちろんばれないように鍵をかけた。
「これで俺達は共犯者だよ」
「主犯は浦木君だよ? 私はそそのかされたって言って、泣き真似するから?」
「ジョーカー並みに悪に染まり始めたな?」
そう言いながら、俺と瀬口は手を握りながら、階段を駆け下りていた。
17
その数日後には、俺達は山梨に戻り、関東大会の準決勝を戦っていたが、千葉県代表の幕張経済大付属戦で、俺は思わぬ苦戦を強いられていた。
ストレートにタイミングを合わされ、変化球もこつこつと当てられ、五回には二点タイムリーを打たれた。
「久々に打たれたな?」
林田がそう言うと、俺は「面目ありません」としか言えなかった。
「まぁ、三振は十七個とっているがな? 問題は・・・・・・」
林田がそういう中で、柴原が三振するのを眺めていた。
「幕張経済大付属の守屋の噂は聞いていたがな?」
「何でも、感情を一切出さずに精密無比なコントロールで投球する様子から、サイボーグと呼ばれているそうですね?」
真山と林田がそういう中で、柴原は俯いた表情を見せる。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「打てよ」
「すまん、面目ない」
俺と柴原がそのような会話をする中で、井伊は「これはかなり深刻だぞ?」と言ってきた。
「・・・・・・どうします?」
「できれば、関東を制覇して、センバツ行きを確定したいがな?」
林田は沈黙をし始めた。
「・・・・・・捨てます? 試合?」
「浦木」
「はい?」
「徹底的に相手の得意、不得意なコースを調べる、打たれろ」
それを聞いた、部員達は「それはプレミア12で日本代表が韓国戦でやった情報収集の仕方ですよね?」と言ってきた。
「俺は指示があれば、動きますがーー」
俺は林田にこう言い切った。
「すぐに合理的な選択を掲げて、勝負を捨てるやり方ははっきり言って、どうかと思います」
俺がそう言うと、林田は「もっともだ、後で存分に俺を嘲りながら、ほうとうでも食え」と言ってきた。
「井伊」
「おうさ」
「打たれるぞ、バカにされるのは腹立つがな?」
「俺も釈然としないがな?」
「来年に向けての種まきだと思いましょうよ」
黒川にもそう言われて、俺はマウンドに上った。
俺は井伊が要求する、インコースの中段にストレートを投げたが、すぐに相手バッターにポテンヒットにされた。
忌々しい。
わざと打たれるのはやはり、腹が立つ。
そう思いながら、次のバッターにもストレートを投げた。
金属バットの甲高い音がこの時ほど、忌々しく聞こえたことはないだろうなと思えた。
18
結局、試合八対〇で負けてしまった。
その後は、監督が責任を取って、自腹で部員全員にほうとうを奢ってくれたが、なんとなく釈然としない感覚が部員達には渦巻いていた。
「ぼこぼこに打たれたらしいな?」
「ざまぁ!」
クラスでは井手口と平岡が延々とユーチューブで俺が打たれている映像を流す。
「そうだよ、悪いかよ」
「いや、いや、悪くはないよ?」
「君の実力が至らないだけさ?」
そう言って、二人は高笑いを始める。
こいつ等、殴りてぇ。
俺がそういう中で「アイン!」と井伊がクラスに駆け寄ってきた。
「もうすぐ、ドラフト始まるで?」
柴原もそう言うと、俺は「たしか、一七時からだろう?」とだけ言った。
「こんなことがあろうかと、テレビとラジオを用意したで?」
そう柴原が言った後に俺は「ウチから指名されるか?」と聞いた。
「もうすでにマスコミが待機しているさ」
「まぁ、後で部室や」
「カモン! アイン!」
そう言って、二人は教室を出ていった。
すると、普段は教師をしている林田が教室に入ってきたので、すぐに授業が始まった。
そして、そこから時間が過ぎて、授業が終わり、俺は部室へと向かっていた。
「あぁ、みんな、来ているな?」
気が付けば、部員達で部室はいっぱいになっていた。
満員電車並にすし詰めだな?
「うぅぅ~ここまですし詰めだと、野球部員のサーモン軍艦巻き詰めが出来そうだな?」
「うわぁぁ、臭そうやなぁ? サーモンがかわいそうや?」
「意味わかんねぇよ」
俺達がそう言うと、ドラフト会議が始まった。
まずは一巡目指名だ。
『第一回選択希望選手 関西ライガース 神崎翔 一八歳投手、広川大付属高校』
「順当だな?」
「だろうな?」
俺達がそういう中でテレビでは指名が続く。
『第一回選択希望選手 埼玉西田レオンズ 神崎翔 一八歳投手、広川大付属高校』
『第一回選択希望選手 千葉ローズマリオンズ 神崎翔 一八歳投手、広川大付属高校』
『第一回選択希望選手 福岡ハードバンクファルコンズ 神崎翔 一八歳投手 広川大付属高校」
『第一回選択希望選手 東北円天シルバーフェニックス 神崎翔 一八歳投手 広川大付属高校」
『第一回選択希望選手 北海道ベアーズ 神崎翔 十八歳投手 広川大付属高校』
「うわぁ、お前の兄貴は六球団から指名受けたで?」
「・・・・・・あいつ、殺す」
「なんで、そうなるんだよ」
『第一回選択希望選手 名古屋サラマンダーズ 北岡亮 十八歳投手 王明実業高校』
「何ぃ!」
「AV男優め! 堂々と指名を受けおって!」
『第一回選択希望選手 横浜スターズ 北岡亮 十八歳投手 王明実業』
気が付けば、皆が皆、息を飲んでいた。
かつて、戦った奴らが、こうしてプロから指名を受けるのだ。
何かしら感じるものがあるのだろう?
『第一回選択希望選手 帝国アイアンズ 北岡亮 十八歳投手 王明実業』
「第一回選択希望選手 近畿ブルス 北岡亮 十八歳投手 王明実業」
『第一回選択希望選手 東京クロウズ 北岡亮 十八歳投手 王明実業」
『第一回選択希望選手 広島サーモンズ 藤田正吾 二十四才 外野手 東日本ガス』
「広島以外は全員、北岡と神崎しか指名していない」
「許せん」
こりゃあ、木村さんと林原さんは一位指名無いな?
俺がそう思う中でくじ引きが始まった。
『決まりました! 神崎投手の交渉権は千葉ローズが手に入れました!』
「マリオンズか!」
「うわぁお!」
部員たちがそういう中で、井伊と柴原は「AV男優め! くたばれ!」と言って、呪いの洋人形を持ち始めた。
すると、人形の目が赤く光る。
「これは・・・・・・俺達に光が!」
「逆だろう」
俺がそう言うと、テレビでは北岡のくじ引きが始まる。
すると、テレビから歓声が上がる。
『北岡投手の交渉権はアイアンズが手に入れました!』
「えぇぇ~あいつ、アイアンズ愛かよ」
井伊と柴原がふてくされる。
そして、そこから各球団が外れ一位の指名に入るが、ほとんどが大学や社会人の選手達で、林原や木村は入らなかった。
「ここからは、ラジオか?」
そう言って、俺達はラジオのチューニングを合わせる。
『第三回選択希望選手 関西ライガース 木村浩二郎 十八歳 外野手 早川高校』
「おっ! まさかの指名や!」
柴原がそう言うと、部員たちから拍手喝さいが起きる。
『第三回選択希望選手 福岡ハードバンクファルコンズ 林原樹 十八歳 内野手 早川高校』
「犬猿の仲の二人が仲良く、三位指名か?」
「喧嘩が無ければめでたいですね?」
真山とそのようなことを言う中で、部室は拍手喝采に包まれていた。
「体育館にはマスコミがいるで!」
「よし、行くぞ!」
井伊と柴原はそう言ったが、俺は教頭に大目玉を食らうのが嫌だったので、練習をすることにした。
「さっ、練習、練習」
「皆、お祭り気分でやりませんよ」
「じゃあ、走るなり、ウェイトするなりするさ?」
俺はそう言って、外へと出始めた。
『第四回選択希望選手 広島サーモンズ 高谷純也 十八歳 投手 建長学園高校』
あの人も指名されたか?
聴覚障害を持ちながら、精密機械と称される制球力と確かな人柄を持った、一年先輩の投手の夢が叶った瞬間を聞いた俺はつい笑みを浮かべてしまった。
外は雨が降りそうだった。
続く。
次回、第五話 冬のオフシーズンと春の開戦
来週は純然たるギャグ回です。
乞うご期待!