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第三話 帰還

 第三話です。


 アイン達が帰国して、甲子園を目指す戦いを再開します。


 基本はコメディなので、はい。


 今週もよろしくお願い致します!


 帰国して、すぐに、神奈川県の舞岡にある早川高校野球部の監督室で、俺と井伊は監督の林田と相対していた。


 三十代前半の若き監督はいつもの仏頂面だった。


「まぁ、良くやったな?」


 林田が鉄道模型を走る様子を眺めながら、そう言う。


「川山みたいな石器時代を生きてきた、老いぼれにお前らが壊されななくて、よかったよ」


「あぁ、ご存じでしたか?」


 そういう林田は「まぁな、今の時代には適合できない、哀れな野球関係者だ」と吐き捨てるように言った。


 沈黙の中でNゲージの走る音だけが響く。


「ところで、浦木」


「はい」


「お前のいない間に投票で、お前がキャプテンをやることになったから」


 それを聞いた俺は「えぇ?」と言った。


「嫌だろうなぁ? お前の性格的に?」


「監督! 俺は選ばれなかったんですか!」


 井伊がそう異議を唱えるが、林田は「今の二年生でまともなのは浦木ぐらいしかいないから、信任されたのさ」とだけ言った。


「一応、マネージャーの真山から告げられると思うが、部費の管理もやってもらうからな?」


 うわ、嫌だなぁ?


 俺は率直にそう思った。


「それと、うちのチームは国体に選出された」


 国体の硬式野球の選考基準はあくまで、甲子園ベスト8位内が基準であるため、夏の甲子園でそれを満たした俺達もそれに招待された。


 もっとも、必ずしもそれが絶対というわけではないが?


 国体はあくまで引退する三年生のご褒美的な試合要素があるので、おそらく一年、二年生は出場せずに三年生主体で行われるだろう。


「これには三年生主体で参加をして、お前達、一年・二年生は県大会と関東大会を制覇する事に全力をささげろ」


「はい!」


 俺達はそう声を張り上げた。


「以上だ、練習に戻れ」


 そう言われた、俺と井伊は制服姿のまま、練習場へと向かっていった。


「おぉぉう、国家の英雄達よ!」


 柴原がそう言いながら、近づいてくる。


「世界一おめでとうございます」


 一年生のセカンド、黒川がさも面白くなさそうにそう言う。


「土産いる人は?」


 そう言って、俺は台湾のアクセサリーを手渡す。


「えぇ? いらねぇ~」


 悪かったなぁ、プレゼントのセンスが無くて?


「キャプテン!」


 一年生のサード、甘藤が手を挙げる。


「何だ?」


「辛いのはないんですか!」


 こいつは名前とは裏腹に辛党なのだ。


「俺がお前らに土産を持ってくること自体が、異例だと思うが? 第一、食べ物は検疫で引っかかるぞ」


「僕は甘党じゃない! 辛党なんです!」


 甘藤がそう言うと、日本代表で行動を共にしていた、神崎の弟である、涼が「そういうのいいから」とだけ言って「うわ、マジでセンスねぇ」とアクセサリーを手に取る。


 こいつ等、殺す・・・・・・


「お前は本当にプレゼントのセンスが無いのぅ?」


「柴原、お前にはこれをやろう」


 そう言って、俺は柴原に不気味な洋風人形を投げつけた。


「何やこれ! ほんまに呪いの人形買ったんか!」


「あぁ、よかったじゃないか? 友達出来て?」


「ワシも友達を選ぶ権利はあるわい!」


 そう言うと、洋風人形は柴原を見つめて、目を光らせた。


「・・・・・何や、今の?」


「呪われたな?」


「いやぁぁぁぁぁぁぁ!」


 柴原がそう言って、呪いの人形を遠投でグラウンドの外に投げ込んだ。


「はぁ・・・・・・はぁ」


「必至だな?」


「お前、これでワシにあの人形がくっついてくるなら、呪いを返してやるで?」


「楽しみだな?」


 俺がそう言うと、井伊が「おやっさん、台湾ではエロアイテムは手に入らなかったけど、木村先輩から教えてもらった、ルートで台湾関連のアダルトビデオ手に入れたよ」と興奮気味に話した。


 木村は一年先輩の俊足強肩の外野手だが、とにかくそういう方向に詳しかった。


「でかした! 見せてみい!」


 そう言って、柴原はDVDのタイトルを見ると「ええわ、ええ仕事している」と感無量の表情を浮かべていた。


「ふっ、これならば言うことはないわ」


 そう言って、柴原は部室へと戻っていった。


「浦木先輩、監督から言われていると思いますがーー」


 マネージャーの真山がそう言うと俺は「知っているよ。ただ、部費の管理はお前の仕事だろう?」と苦言を呈した。


「私もそう言ったのですが、監督がそうさせるといったので?」


 社会勉強ですか?


 俺はそう思った後に「着替えてくる」とだけ言った。


「おぉう、待ってくれ、アイン!」


 井伊がその後に付いてくるが、すぐに部室から「ぎゃ~!」という柴原の断末魔の声が聞こえた。


「どうした、おやっさん!」


 井伊が急いで、部屋の中に入ると、俺はゆっくりとそれに続く。


「捨てたはずなのに、人形がもうおる!」


 そう言った柴原の前には、浦木が持ってきた、洋風人形が柴原のロッカーの中にいた。


 そして、再び、目が光った。


「ぎゃ~!」


 俺はひたすら、それを見て、笑いこけるしかなかった。



 九月に入り、秋季神奈川県大会が始まった。


 俺達、早川高校野球部は夏の県大会を制覇しているので、八月から行われるブロック予選は免除されていた。


 さらに俺と井伊が台湾に行っている間に一勝していたので、実質的に三回戦からのスタートとなる。


「強行日程だな?」


 帰国した翌日にはもう試合だったから井伊がそう言った。


 その井伊に対して、俺は「俺の場合は神崎弟が代わりに投げてくれるけど、お前の代わりは一年の藤沢だろう?」と聞いてみた。


「うぅん、一年という事もあるんだけど、あいつ取るのが下手なんだよな?」


「あまり後輩に苦言を呈さない、お前がそう言う時点でそうなんだろうな?」


 俺達はそのようなやり取りをしながら、軽くキャッチボールをしていた。


 すると、そこに柴原がげっそりと痩せた状態で現れた。


「よう、人形の効果は絶大だな?」


「・・・・・・あの人形が来てから、ものすごく調子が悪いんやけど?」


 そう言った、柴原の目は血走っていた。


「三回戦か? いきなり?」


「監督の方針で俺達は休みさ。その内容によっては俺、出ないだろうなぁ?」


 俺と井伊がそういう中、柴原は「呪いを解くんや! 浦木!」といきなり胸倉をつかんできた。


「おぉう、お前、悪霊に取りつかれているんじゃねぇの?」


「お前がその原因を作ったんやろう!」


 柴原がまるで・・・・・・というか本当に何かに取りつかれたような形相で俺に迫ってくる。


「というか、買ったアインが真っ先に取りつかれるはずなのに、なんで柴ちゃんの手に渡ってから、呪いが発動しているんだよ」


「そうや、不公平やないか?」


 それを聞いた、俺は柴原を鼻で笑った。


「何がおかしいんや?」


「不公平ね? スポーツは勝ち負けがあって、努力や才能で差が分かれるのに不公平か? 笑いが止まらないな?」


 俺がそう言うと、柴原は「黙れぃ! 買ったお前がなんで呪われなくて、ワシが呪われるんや!」と唾を飛ばしながら、詰め寄る。


 すると、そこに真山と二年生の部員数人がやってきた。


 次の相手の試合を偵察してきた帰りだろう。


「キャプテン、偵察から帰ってきました」


「真山、監督は戻ってくるか?」


「いえ、今日は会議があるので、遅れるそうです」


 それを聞いた、俺は「よし、俺がビデオを見る、それが済んだらチーム全体で、ミーティングするぞ」とだけ言った。


「良いんですか? 監督の指示無しで勝手にそんなことして?」


「俺をキャプテンに選んだ監督に言ってくれ」


 俺がそう言うと、真山は「分かりました、準備をします」と言って、部室へと向かって行った。


「はぁぁ。嫌やなぁ、キャプテンになった途端にキビキビして?」


 柴原がそう言うと、俺は「また、人形さんの目が光るな?」とだけ言った。


「なるほど、アインの怒りの精神と人形さんの呪いがシンクロしているんだ?」


「何やそれ、わしがお前に何かしたんか!」


「したね。数えきれないぐらいやったね?」


 俺がそう言うと、柴原は「お前、いつかどつくから覚悟せいや!」と言って、部室へと戻っていった。


 その後にしばらく、井伊とキャッチボールを続けていると「ぎゃ~!」という柴原の断末魔の叫びが聞こえてきた。


「人形さんが部室にやってきたか?」


「アイン、とんでもないものを持って帰ったな?」


 井伊は部室を心配そうに眺めていたが、俺は笑いを堪えるので精一杯だった。



 九月八日に早川高校は二回戦を勝ち上がってきた、城屋高校を相手に秋季県大三回戦を戦っていた。


 早川高校の先発は背番号十の神崎涼だったが、バッテリーを組む一年生の藤沢と呼吸が合わなかった。


「あれはいただけないな?」


「あの二人、仲悪いのは分かるんだけど、ここまで息が合わないのはまずいな?」


 俺と井伊はそのような会話をしていた。


 林田は腕組をしたまま、動かない。


 ここまで五回の表を過ぎて、七対〇ではあるが、神崎のフォークを藤沢は何度も後逸し、キャッチングや審判にストライクであることをアピールする、フレーミングの能力にも問題があるように思えた。


「おら、お前等! 無失点かつコールド勝ちしないと、帰りはランニングで舞岡まで戻らなあかんで!」


 柴原がメガホンをたたきながら、そう激を飛ばす。


 レギュラーは良いご身分だと、グラウンドの連中はさぞ感じているだろう。


「監督、帰りのランニングは止めませんか?」


「何故だ?」


 林田は腕組を止めない。


「時代錯誤だと思います。過密日程の中で闇雲に選手を負担させるのはあまり効率的な指導の仕方ではないと思います」


 俺がそう言うと、林田は「確かにそうだ。俺もそれは自覚している」とだけ言った。


「ならーー」


「確かにこの練習をしている様子を誰かが外部に漏らせば、俺は何らかの処分を受けるだろう。だが、俺がなぜ、ノルマを達成できなかったら、舞岡まで走らせるかというと、選手達に目標意識を持ってほしいからだ」


「だからと言って、こんな罰ゲームを続けていたら、選手が壊れます」


「同時にコンプライアンス順守の現代において、強い人間を作りたいから、俺はこんな時代錯誤な暴力的な指導を行っているのさ。今の時代、会社に入って縦社会と理不尽という現象を経験したことが無いから、すぐに新卒の若者は会社を辞めてしまう。学生時代にこの二つを経験していれば、社会に出ても問題はないだろう?」


「要は精神論なんですね?」


「お前が俺の指導法が嫌なら、お前が将来、目下の奴にそういう事をしなければいい。それが賢明な俺に対する反抗だと思うがな?」


「でしょうね? 今の段階で監督に反旗を翻しても、鎮圧されるのがオチです」


 俺がそういう中でも、神崎は藤沢のサインに首を振り続け、再び変化球を投げ続ける。


「あいつ、今日はストレートが走っているのに、藤沢はなんで変化球中心のリードをするんだよ」


 井伊が珍しく、後輩のリードに苦言を呈する。


「相手が格下でよかったな?」


 そういう中でも、藤沢は神崎のフォークを後逸して、ツーアウトのランナーを二塁に進めてしまった。


「まぁ、抑えられればいいさ?」


「失点したら、俺達まで走らないといけないぞ?」


「仕方ないだろう、チームの方針なんだから? 勇気があるならクーデターの一つでもしてみろ。俺はそんなことしないがな?」


「謀反を企んでいるなら、俺の目の前ではしないほうがいいぞ」


 林田は腕を組みながら、笑みをこぼす。


「まさか、制圧されるのがオチですよ」


「えぇ、監督相手にクーデター起こして、失敗したら、極刑に処されるでしょうね?」


「同感や?」


「分かれば良い」


 そういう試合展開の中で神崎は首を振り続けて、投げたストレートでバッターを三振に切って取る。


 神崎は吠えた。


「後で、あの二人は説教だな?」


 林田がそう言うのを聞いた俺は、背中に寒気を感じた。



 試合が終わった。


 何とか無失点で切り抜けて、試合も十対〇のぎりぎりでコールド勝ちだった。


「何とか、走るのは回避できたわぁ?」


「俺達はただベンチで観戦していただけだから、疲れもないしな?」


 俺と井伊、柴原はそう言って部室へと向かっていた。


「神崎と藤沢は監督室で説教だろう?」


「あぁ、あの二人はバッテリーなのにものすごく仲悪いからな?」


 そう言って、三人で部室の中に入ると、引退をする三年生たちがいた。


「おぉう、国の英雄達だ!」


 三年生のセンターである、木村がそう言うと、柴原が「いやぁ、木村先輩にそう言われると照れますわぁ?」と頬を赤らめる。


「お前じゃねぇよ、変態」


 俺がそう柴原を小突くと「暴力反対! 暴力反対!」と言いながら、うずくまる。


「荷造りですか?」


「まぁ、これから俺達は国体もあるから、まだ早いけど、林田ちゃんがさっさと去れって言い出したからな?」


 そう言って、木村が自分のロッカーを開けると、大量のアダルトDVDにエロ本や同人誌に官能小説が出てきた。


 ここまで、エロアイテムがあるなら逆にすごいな?


「木村先輩、それは俺達に残してください!」


「俺達はリビドーの赴くままにいたいんです!」


 井伊と柴原がそう言って、木村に頭を下げる。


「えぇぇ・・・・・・まぁ、飽きた奴だったらいいよ?」


「ありがとうございます!」


 そう言って、井伊と柴原は木村のロッカーからエロアイテムを漁る。


「これがいい!」


「まぁ、いいさ、俺の中でのベストヒットは家に保管しているからな?」


「何ぃぃぃ!」


「当たり前だろう、部室に保管していたら、風紀委員という名のPOLICEに俺のベストヒットが押収される。これほど悲しいことはない」


 いや、それ以前に風紀委員に見つかったら、学校行けなくなると思いますよ?


 俺はそう思いながら、井伊と柴原が「はい!」と言い出すのを冷ややかに見つめていた。


「いいか、お前等!」


「はい、木村先輩!」


「パイ!」


 井伊はアダルトビデオのパッケージを品定めしながら、そう言うが、俺は見ていて恥ずかしくてしょうがなかった。


「大船と戸塚のツタヤが潰れたことにより、湘南において、アダルトビデオの入手が困難になった。そして、一番俺が贔屓にしていた、大船と戸塚の品揃えの良いビデオショップは閉店になった」


「これは危機だ!」


「湘南からエロが消えてまう!」


 どんな状況、これ?


「唯一の救いは大船のブックオフでアダルトビデオの販売が再開されたことだ。しかし、これは中古品だ。最新のアダルトビデオは依然として湘南エリアでは手に入らない! 手に入るとしても製薬会社のある辺りのツタヤまで自転車なり車を使わなければならない」


「むぅぅぅ! 未曾有の危機や!」


「鎌倉市は俺達、健全な男の子に死ねと言っているんですか!」


 うん、だろうね?


 俺もお前等に死んでほしいもん。


 ていうか、木村先輩は横浜市に家があると思うのだが?


「あぁ、最悪の場合は家でのオ●ニーも鎌倉市の条例で禁止になるかもしれないな?」


「うぅぅぅ! 何という富国強兵!」


「令和の時代になったというのに帝国主義時代のイギリスのような政策を行う、市町村なんて大嫌いだ!」


 早く出て行けよ、ここから、地球から?


「だからこそだ。こんな状況だからこそ・・・・・・エロを絶やすな!」


「エロを絶やすな!」


 普通に大人しく、一八歳になるまで待って、国内最大手の某動画配信サイトに加入した方が早いんじゃないか?


 あれは普通にどの動画配信サイトよりも高いけど?


 映画とアニメ以外にそういうのを見られるサイトだと、聞いた時にはアインは閉口していた。


 まぁ、もっとも、動画配信サイトで公開されていないセル限定のアダルトビデオがあるのも事実だが?


 俺も詳しいのが悲しいところだが?


 俺がそう思う中で、井伊と柴原に木村は悠然とエロを語っていた。


「お前等、さっさと荷造りしろ」


 三年生の四番ファーストだった、林原がそう苦言を呈する。


「はい、はい、プロ志望届を出す人は違いますね?」


「林原さん、プロになるんですか?」


 俺がそう言うと、林原は「そこの変態も届を出すって?」とだけ言った。


「なるほど、今のうちのお二人のサインをーー」


「いや、どうなるか分らないから、まだ早いよ」


 そう言って、謙遜する木村にキャプテンだった山南が「どうでもいいけど、そのコレクション片付けたらいいと思うよ? 真山が来たら、風紀委員に通報されるよ?」とだけ言った。


「急げぇ! エロを絶やすな!」


「おぉぅ!」


「湘南にエロスを!」


「リビドー!」


 嗚呼、この野球部はバカばかりだ。


 しかし、アインの中では荷造りをする三年生たちを見て、どこか名残惜しさがあった、


 この人達とももうすぐお別れか?


 そう思った矢先だった。


 真山が部室に入ってきた。


 そして、絶句した表情を浮かべていた。


「真山! 決して、風紀委員に通報するなよ!」


「湘南の子孫繁栄の為だと言うのに君は大を捨てて、小を取るのか!」


 しかし、井伊と柴原の身勝手な主張を聞く間もなく、真山は「変態!」と言って、どこかへ消えていった。


「急げぃ! あいつは通報する気だ!」


「うぉぉぉぉ! エロを絶やしてはいかん!」


「湘南のまだ見ぬ子どもたちの為に!」


 そう言って、井伊と柴原に木村は急いでエロアイテムをバッグに入れ始めた。


 そのまま退学になってしまえ。


 俺は冷ややかにそれらを眺めていた。



 気が付けば、神奈川県大会はすぐにベスト4が出そろい、早川高校はそこに入っていた。


 トーナメントの序盤は神崎涼が投げ続け、俺はぎりぎりまで温存され、準々決勝でようやく登板して、何と完全試合を達成してしまった。


「おぉぅ、またもやスポーツ紙一面じゃないか、アイン?」


 大船のマクドナルドでそう井伊と柴原と一緒にビックマックを食べていた。


「お前等、ウェンディーズ命じゃないのか?」


「うぅぅん、それも捨てがたいんだがな?」


 そう会話していると、小学生ぐらいの子どもから「浦木選手、サインください!」と声をかけられた。


「俺? いや、俺はプロじゃないよ?」


「お願いします!」


 そう言われた、俺は「困ったなぁ?」とだけ言った。


「いいじゃん、サインぐらい?」


「うん、何だったらわしのサインをあげようか?」


 それは迷惑だわな?


「分かった、いいよ」


 そう言った、俺は「お名前は?」とだけ聞いた。


「秋です」


「良い名前だね? これでいいかな?」


「ありがとうございます! がんばってください!」


「気を付けて、帰ってね」


 そう言って、俺が手を振って小学生を見送ると、柴原が耳元で「あぁ言って、転売されると、面白いんやけどな?」とだけ言った。


「お前はいたいけな子どもの純粋な好意まで捻じ曲げるか? つくづく腐ったやつだよ、ラクーンシティのゾンビ並みに腐っているな?」


「ふっ! ウェスカーと呼んでくれ」


「黙れ、一般ゾンビ」


 俺と柴原がそのようなやり取りをしていると、瀬口からLINEが入ってきた。


 ー今、家来れる?ー


 何だ?


 俺は返信をした後に、ここから歩いて栄区に行くことにした。


「井伊、柴原、俺はちょっと瀬口の家行くから」


「何や、することするんか?」


「しねぇよ」


「ついにお父さんから、許可が下りたか、アインのリーサルウェポンがついにベールを脱ぐ!」


「お前等、俺が今の立場になかったら、確実に殴る」


 そう言って、俺はカバンを持って、マクドナルドを出ようとした。


「アイン!」


「何だ?」


「思う存分、イって来い」


「・・・・・お前等、飲食店だぞ」


 そう言って、俺はマクドナルドを出ると、ルミネ前の交差点で交番を通り過ぎた。


 家まで、御呼ばれか?


 吉報だったら、いいけどな?


 もっとも、その逆もあり得るが?


 下水道の匂いがして、鼻を抑えていた俺だった。


 6


「いやぁ、呼び立ててすまない」


 瀬口の父親である、裕二がそう言いながら、ソファに腰を掛ける。


 そこには瀬口の母親が俺を見て、笑いながら、コーヒーを用意してくれた。


 お義母さんは初めて会った時とは偉い違いだな?


「いえ、時間はありますから?」


「一週間後に試合でしょう? 練習しなきゃ?」


 瀬口が隣に座りながらそう言う。


「明日は神崎が序盤を投げて、俺は四回から五回での登板、監督も俺が台湾帰りだから、負担を軽減するように配慮してくれているよ、鬼のような冷血漢のくせに?」


「なるほど、オープナーを使用するんだ?」


 オープナーとはリリーフ投手を初回に先発させて、先発投手を温存する戦法で、メジャーリーグで使用されたことで有名だった。


 明日の試合では神崎が序盤を投げて、俺は後半から投げるというプランで行くらしい。


「昔は投手が毎日、一〇〇球近くを投げて、連投は当たり前だったんだがな・・・・・・時代だな?」


 裕二は何か、感じるところがあったのだろう。


 ため息を吐いていた。


「いえ、無理をすれば投げられますが、チーム方針なので」


「まぁ、それはいいが、ちょっと話があってね?」


 そう言った裕二は「浦木君、君は大学進学を希望しているそうだね?」と言ってきた。


「はい、早期のプロ入りはしません」


「だが、今の状況ならば高校側が宣伝のために君のプロ入りを無理やり押し通す可能性がある」


「そう思われます」


 確かにそのことは考えられた。


 日本代表で一緒だった、神崎翔は大学進学を希望していたが、学校側の説得と、家への脅迫が相まって、高卒でのプロ入りを希望したらしい。


 俺はちゃんと自分の意思を通せるだろうか?


「私は君が大学に行けるように支援するつもりだ」


「ありがとうございます」


「しかし、その条件として志望校はこちらで決めさせてもらう」


 なるほど、それが要件か?


 まぁ、議員先生の押す大学なら申し分はないだろうな?


「ちなみにその志望校とは?」


「私の母校である、早明大学だ」


 あぁ、あの学校か?


 申し分はないが、いくら成績は良いとは言っても、俺の学力では少し厳しいかもしれないな?


「それは構いませんが、学力的に厳しいかもしれません」


「まぁ、そこは考えるとして、君は経営者になりたいんだろう? それならば法学部か政治経済学部に入ってほしい」


 厳しいな?


 学部的に野球部と両立できるかも難しい。


 もっとも、経営者を目指しながら野球を続けるなら、多少の睡眠不足もやむを得ないが?


「先生のお兄様は清明大学出身でしたよね?」


「あぁ、兄貴は坊ちゃん気質だったからな? 裕福だったが、俺は兄貴と違って両親と仲が悪くてね? アルバイトをして学費を稼いで、早明大学に入った。そこでは柔道部だったが、今でもその人脈は大事なものだよ」


「確か、お兄様の子どものころの夢は刑事でしたよね?」


「兄弟で同じ夢だったんだ。兄貴は親父から後継者に指名されたから、一般企業を勤務した後に、親父の秘書になったが、俺は最後まで抵抗をして卒業間際まで刑事になろうとした。最も、最終的には警察庁には入れたが、結局は政治家さ」


「先生は警察庁の出身だったんですか?」


「君にしてはリサーチ不足だな? まぁいい。公安部などの良いところまで行ったが、最後は親父の死に際を見て、政治家に転身した。同期の警察官僚には『結局、政治家になるのかよ』なんて言われたが、その判断を悔めば、今の自分を否定したことになる。考えないようにしているのさ」


 裕二の父親、要するに瀬口の祖父は元外務大臣だったが、悲願だった総理にはなれずに苦渋を舐めたことは有名な話だった。


「まぁ、早明では柔道と勉強漬けで遊んだことなんてないし、俺は兄貴とちがって、同級生に友達はいなかった。君に私と同じ道を歩めとは言わないが、提案として、私と同じ早明大学に入るなら、何らかの助けはしようと思う。ただし、条件はあるがな?」


「その条件とは?」


「一つ、試験で入ること。二つ、野球部なり何らかの運動部に入ること。三つ、政治経済学部か法学部に入ること。四つ、大学では一切、コンパや合コンに深夜までの飲み会に何らかの政治的な集まりには参加せずにさらに警察のお世話になるなどは言語道断、とにかく真と交際する、野球をする、勉強をする以外は一切の遊ぶという行為は禁じる。これらの私との約束を守るなら、君の大学進学への道の助けに私はなろう」


 今どきの大学生が聞いたら、十分な修羅の道だな?


 まぁ、俺もコンパや合コンに政治活動なんかする運動音痴な学生は嫌いだからな?


 野球と勉強漬けで、瀬口と遊ぶ以外の息抜きは禁止。


 良いじゃないか?


 何も夢中になるものの無い、若者達よりもはるかに充実した青春を送れるな?


「その方向でよろしくお願いします」


「決まったな。早速、準備を始めよう。君もその方向で動いてくれ」


 俺はこの時に確かな高揚感を覚えていた。


「大丈夫? 結構、大変そうだよ?」


「いいさ、俺は学生なんて人間と思っていないんだから?」


「それ、凄い暴言だよ」


「いいだろう、別に?」


「学生は学生でも井伊君と柴原君は別でしょう?」


「あいつらも人間として見ていないな?」


「あの二人が聞いたら、泣くな?」


 そう言って、瀬口はコーヒーにミルクを入れていた。


 あの二人にそう言ってみたいな?


 俺はひそかにそう思っていた。



 試合会場のサーティーフォー保土谷球場に入ると、柴原が「あれ?」と言い出した。


「どうした?」


「何か、荷物がやけに重いんやけど?」


 柴原がそういったと同時に早川高校野球部の面々に緊張が走る。


 呪いの人形が柴原のバッグに入っていたのか・・・・・・


「あぁ、もう! 浦木が余計なもの買うから!」


「いや、大丈夫、あれは単純に柴原を呪うやつだから」


「お前! 言うたな! 真相を言うたな! これで今日の試合負けたら、戦犯はお前やで!」


 そう言って、柴原がバッグをガサゴソと漁ると中から、呪いの洋人形が出てきた。


「ほらぁ! やっぱり出てきたぁ!」


「うわぁ、俺達まで呪われないかな?」


「大丈夫、柴原限定だから」


 俺がそう言うと、人形の目が光りだした。


「うわぁ! 呪われた!」


「浦木! 絶対に柴原だけだよな! 絶対にそうだよな!」


「無論だ。俺がチーム全体を負かす様に仕向けると思うか? 柴原が交通事故に遭うのは仕方ないとして?」


「貴様ぁ! どんだけワシが嫌いやねん!」


 柴原が俺に掴みかかろうとすると、それを眺めていた林田が「おい」と声をかける。


 その瞬間、部員たちは直立不動の姿勢になる。


「・・・・・・」


「・・・・・・」


 林田と部員達の間に沈黙が走る。


「お前等?」


「はい!」


「不幸を呼ぶ黒い豚って知っているか?」


 世代ではないが、知っているぞ。


 それは「柔道部物語」に出てくる不吉なフラグだ!


「知っています、『柔道部物語』のジンクスですよね?」


「あぁ、この黒い豚は柔道場に現れて、選手に取りつくと、その選手がどんな実力者でも必ず、初戦敗退をしてしまうという、不吉な精霊だ」


「たしか、対処方法って『愛しているから来ないでね』ってひたすら祈るしかないって聞きましたけど?」


「その人形に対しても同じ要領でやればいいんじゃないか?」


 林田はそう言って「トイレ」とだけ言ってどこかへ消えていった。


「いや、いや、いや! 部員全体で逆ハーレム作っても、柴原にかかった呪いが俺達にまでパンデミックするぜ?」


「まるで呪怨みたいだな? パンデミックなんて?」


 俺がそう言うと、柴原は「もういい、ワシがこいつに愛を伝える・・・・・・アイラブユゥゥゥゥ!」と球場中に響く叫び声をあげた。


 すると、案の定、人形の目は光った。


「人形すらからも振られるか、お前は?」


「・・・・・・」


 部員達に絶望的な空気が漂う中で、林田がトイレから帰ってきた。


「じゃあ、やることやったから、オーダー言うぞ」


 来たな?


 俺はそれを聞いた後にすぐに気持ちを臨戦態勢に持って行った。


「一番ショート、柴原!」


「アイラブユゥゥゥゥ!」


 人形の目が再び光だした。


「もういいから、呪いをこれ以上、増幅させるな」


 部員の一人がそう言うと、柴原は泣き始めた。


「二番ライト、木島」


「はい」


「三番セカンド、黒川」


「はい」


「四番キャッチャー、井伊」


「はい」


「珍しく、今日はギャグ言わないんだな? オーダーの時のお決まりなのに?」


「・・・・・・俺も呪いはかけられたくないな?」


 それを聞いた、柴原は「裏切者ぉぉぉぉぉ!」と言いながら、泣き続けていた。


「五番サード、甘藤」


「はい!」


「六番ファースト、笹」


「はい」


「七番センター、加地」


「はい」


「八番レフト、野中」


「はい」


「九番ピッチャー、神崎」


「はい」


「以上だ、今回は神崎をオープナーにして、四回から五回の辺りで、浦木に交代する。それまでに優勢な状況が作られることが望ましい、打線の奮起を期待したい、以上、各自、準備をしろ」


 そう言われた部員たちは「はい!」と声を上げた。


 そして、球場に入ると、俺達は準備を始めたが、柴原が洋人形に座布団を敷いて、自分が座るベンチの横に置いていた。


「高野連からなんか言われないか?」


「電子機器を持ち込んでサイン盗みはしていないから良いやろう?」


 それを聞いた、俺は「とりあえず、しまえ」とだけ言った。


 対戦相手の京浜商業は古豪ではあるが、今回のトーナメントで復活の四強入りを果たした。


 俺達はこの試合を勝てば、関東大会への出場権を得るが、負ければそこで関東大会行きは閉ざされる。


 この試合は大きなターニングポイントだ。


「まぁ、呪われているのは柴原だけだからな?」


「何やと? 俺がなんか不吉な事故に合うとでも言うんか?」


 そう言って、柴原と俺が取っ組み合いのけんかをしている様子を眺めて、対戦相手の京浜商業は大爆笑していた。


「おい、柴原、対戦相手から嘲笑されているぞ」


「やかましい! 呪われたワシの身にもなれや! そもそもの元凶はお前やろう!」


 そのようなやり取りを繰り広げながら、空の色はどこか冴えない様子だった。


 雨が降るのだろうか?


「聞いとんのか!」


「あぁ、聞いているよ、とりあえず、しまえ」


「そう言うたら、人形はんが怒り出すわぁ」


 そう言いつつも柴原が人形をバッグにしまおうとすると、人形の目が光りだした。


「・・・・・・」


「どないする?」


「とりあえず、見えないところに置いておけよ。座布団付きで」


「何や、お前も呪いを十分恐れているやないか?」


 そう言われた、俺は無言を返事にして返した。


 空気も冷たく、水っぽくなってきた。


 雨が降るつもりで準備しなきゃな?


 球場には風も吹いてきたことを俺は知覚していた。



 試合が始まった。


 早川高校の先行で始まり、一番ショートの柴原が打席に入る。


(一回の表、早川高校の攻撃は一番、ショート、柴原君、背番号六)


「見てみい、ワシが早川の!」


 そう言って、豪快に変化球を空振りする。


「核弾頭や!」


 毎回の試合のお決まりだな?


 俺は冷めた様子で、それを眺めながらブルペンへと向かう。


「もう行くのか?」


「投げはしないけど、一応は行くわ。それにオープナーがうまく機能しなかった場合も想定しないといけない」


 そういう中で柴原は背中にデッドボールを食らった。


「ぎゃあぁぁぁぁぁ!」


 柴原がそう言って、倒れる。


「柴ちゃん!」


「あぁ、たぶん痛くないから」


 俺がそう言うと、柴原は「ネバァァァァギブアップゥゥ!」


 そう言いながら、一塁ランナーとして柴原が出る。


 そして打席には二番木島が入る。


 木島は本来、三番打者タイプだが、何気にアメリカにかぶれている早川高校では、出塁

率が高く、俊足の柴原がすぐに生還できるための攻撃的なオーダーを組んだそうだ。


 そして、案の定、林田からゴーサインが入ると、柴原は盗塁をして二塁へと到達した。


「ナイスラン!」


 早川高校のベンチは盛り上がる。


 そして、スイッチヒッターの木島が左打席で相手ピッチャーが投げてきた甘いスライダーをうまくミートして、右中間へとボールは飛んでいった。


 その間に柴原は激走して、見事ホームへと生還した。


「よく、帰ってこられました!」


 ネクストバッターズサークルで準備していた、井伊が敬礼をして、柴原を出迎える。


「ごくろうや」


 そう言って、柴原はベンチに戻ると、人形に頭を下げた。


「・・・・・・気をつけろよ、扱い」


「心得とる」


 続く、三番黒川がセンター返しで、出塁して、ノーアウト一塁、三塁で四番キャッチャー井伊が打席に入る。


「イケェェェェイ! パワーファイター! もしくはクレイジー坊や!」


「今日から、君もパワァファイタァ!」


「パワーファイター!」


 井伊がそう言って、左打席に立つと、投手の癖を完全に読み切った、黒川がすぐに盗塁を仕掛ける。


 黒川は二塁を陥れた。


 そして、ノーアウト、二塁、三塁になると、井伊は軽打の態勢に切り替えて、左中間にヒットを放ち、木木島と黒川はホームに生還した。


 これで、初回だけで三点リードだ。


 そして、ノーアウトで、二塁


「おらぁぁぁ、甘藤、ストロベリー打法やぁぁぁぁ!」


 柴原がそう激を飛ばすと、甘藤は「僕は辛党だぁぁぁぁ!」と言って、右バッターボックスから左中間のフェンス直撃のタイムリーを放った。


「いやぁ、意外とうちって強いよね、学校の規模と比例せずに?」


 俺がそう言うと「うちの攻撃手法は機動力と破壊力の融合を唱えた、ラン&ガン打線ということは浦木先輩もすでに知っているでしょう?」と藤沢が言う。


 その当人はキャッチャーミットを用意していた。


 すると、そこからは三人連続でゴロに倒れ、スリーアウトチェンジとなった。


 初回だけで、四点のリード。


 これは先発投手の神崎にも精神的にも助けになるだろう。


 ブルペンに入った俺は、その神崎の兄貴から教わった、直前で準備をすればいいという、アドバイスを受けて、とりあえずはブルペンで立って眺めていた。


「浦木先輩、準備しなくていいんですか?」


 藤沢がそう言うと俺は「神崎の出来次第だな?」とだけ言った。


 その神崎は藤沢と違い、フレーミングにブロッキングにも優れる、井伊のリードに従い、ストレート主体のリードを続けて、一回を三者凡退に抑えた。


「あいつはストレートが良いからな?」


「スピードは遅いじゃないですか?」


「ノビと切れだよ。体感速度で十キロ近く違うんじゃないか?」


 それを聞いた、藤沢は面白くないという表情を浮かべていた。


「藤沢、そんなに神崎が嫌いか?」


「いや、だって、あいつ偉そうじゃないですか?」


「そりゃあ、ピッチャーだからな? 多少エゴイストじゃないと、孤独でつぶれてしまうポジションだろう。それだけが理由で嫌いなのか?」


 そう言う藤沢は沈黙の後に「理由は分からないんです、ただ単にとにかくあいつが嫌いなだけです」とだけ言った。


「人を嫌うには純分すぎる理由だな。理由は無いけど嫌い。大義名分は無くて、誰も支持はしないから、利口な理由づけではないが、一個人としては十分すぎる理由だ」


「・・・・・・説教ですか?」


「いや、お前が神崎が嫌いなら、それで構わない。俺には関係の無い事なんだから? ただ、藤沢はキャッチャーだろう。あぁいうような奴をコントロールするのが仕事だ。一個人なら理由無く嫌いで構わないが、それを解決しないと、俺達、レギュラーが休養できないんだよ、引退した後にお前等が殴り合いをやっても俺は関知しないがな?」


 そう言われた、藤沢は納得のいかないという表情だった。


 グラウンドでは柴原がファウルボールで自打球を受けてしまい、バッターボックスに倒れていた。


「あいつ、地味に呪われているな?」


「・・・・・・」


 藤沢は黙ったままだった。


 すると、球場ではぽつぽつと雨が降り始めた。


「まだ、小雨か? 続くな? 試合は」


 俺はそう言った後にジャンパーを脱ぎ始めて、藤沢を立たせてボールを投げ始めた。


 すると、再び柴原が二盗を決め、木島がセンター前に運んだ。


 いいようにやらているな?


 相手チームは?


 残暑が残るはずの気候の中で、どこかヒンヤリとした空気が迫っているように感じた。



 試合は五回に入り、ゲームは六対三で、早川高校がリードしていた。


 ストレート主体のピッチングで、京浜商業を三点に抑えていた。


 京浜商業はつなぎの打線の理論で、単打をつなぎ合わせて、神崎に襲い掛かっていた。


「まぁ、高校野球らしいといえば、らしいんだけどね?」


 そう言って、俺は藤沢相手にブルペンで投球練習を続けていた。


「浦木さん、出番です」


 五回に来て、ついに出番か?


 俺は最後の一球を投げた後に、水を口に含み、それを飲み込むと藤沢達とグータッチした後に、走ってマウンドへと向かっていった。


「おぉぉう! 休息十分やなぁ?」


 柴原がそう俺に近づくと、俺は「近づくな、呪いが移るだろう?」とだけ言った。


「黙れ! お前が持ち込んだ人形で負けたら、お前が戦犯や!」



 俺は柴原がそう言うのを無視して、「さぁ、ここからはアインの奪三振ショーだぁ」と井伊が声をかける。


「調子は良いのか?」


 ファーストを守る笹が心配そうに俺を眺める。


「まぁ、良いんじゃないか?」


「夏の甲子園みたいにいきなり、ストレートの回転数を抑えられなくなって、制球が乱れるってことはないだろうな?」


 夏の甲子園大会三回戦で、俺は神崎翔、長原進に王金民を擁する、広川大付属相手に終盤において大乱調を起こしたが、その要因がストレートの回転数をコントロールすることが出来ずに、ストレートの制球が乱れ、変化球主体の投球でしか立ち回れずに内に入る高速スライダーを長原にスタンドに運ばれた次第だ。


「さぁな、最もワールドカップの時は回転数抑えても勝てたけどな?」


 俺がそう言うと、井伊は「アイン、スライダーはどうする?」と聞いてきた。


「ストレート主体」


「大丈夫か? またコントロールに苦しむんじゃないか?」


「一応は回転数を抑えるつもりだ。三千回転以上のストレートを投げると、一気に制球は安定しなくなるが、ただの速い球なら問題ない」


「分かった・・・・・・抑えるぞ!」


「おぉう!」


 そう言って、早川高校野球部の面々は各ポジションに散っていった。


「さぁ、来い!」


 井伊が投げるアウトコース低めに俺はストレートを投げた。


 バッターは一球様子を伺う。


「ストライク」


 球筋を見た、バッターは笑いだす。


 真剣な試合の最中に笑う奴なんか、嫌いだ。


 特に自分が劣勢な時に笑っている奴なんて、自分が劣勢であることを認めないという精神的な卑劣さを感じる。


 まったくもって、スポーツマンシップを感じない。


 俺がそう思った後に、井伊はインコース高めのストレートを要求する。


 俺がそこへ投げると、バッターは空振りする。


 なるほど、マシンである程度、体感速度には慣れているようだが、生身のストレート相手にはそれに対して、限界があるというのだろうか?


 ここで、三千回転以上のストレートをコントロール出来て、投げられれば、爆発的に三振が取れるんだが?


 俺がそう思うと、井伊は高めの釣り球を要求する。


 そして、俺がそこに高めのストレートを投げると、バッターは見事に三振に倒れた。


「いいぞ、ナイスピッチ!」


 あっけなさすぎる。


 神奈川の古豪の京浜商業でもこの程度か?


 俺は若干、拍子抜けした感覚を覚えながら、次のバッターが打席に立つのを待つ。


 バッターは「しゃぁぁぁ!」と掛け声を挙げるが、俺はそれに興ざめしていた。


 精神論だな?


 技術もへったくれもない。


 もっとも、高校野球が教育だとすれば、考え物だが?


 俺はそう思いながら、アウトコース中断にストレートを投げた。


 バッターは見送る。


 そして、意味なく笑う。


 振らないと当たらないぞ?


 俺はそう思いながら、井伊の要求するインコース低めにストレートを投げるが、バッターはいきなりセーフティバントの姿勢を取るが、俺と井伊はあえてそれに当てさせて、キャッチャーフライにした。


「ツーアウト!」


 体系と脚力を考えて、セーフティーやれよ。


 非効率的。


 俺はそう毒づきながら、次のバッターにも相対した。


「しゃぁぁぁ! こいやぁぁぁぁ!」


 叫ぶな、うるさい。


 俺はそう思いながら、インコース中段にボール気味のストレートを投げると、バッターはそれに手を出し、ショートゴロとなった。


 スリーアウトチェンジだ。


「おぉぅ、抑えたな?」


 井伊がそう言うと、俺はベンチに戻って、スポーツドリンクを飲んでいた。


 気が付くと、柴原の席の隣の呪いの人形の目が青色に変色しているように思えた。


「柴原?」


「何や? こんな時に?」


「勝利の女神が降りたよ」


「・・・・・・人形の目が青くなっておる」


「本当だ、怒った時は赤く光るのに?」


 俺、井伊、柴原の三人でそう絶句する中で、急に試合会場にぽつぽつと雨が降り始めた。


「うぉぉぉ、ここに来て雨かいな?」


「せめて、七回が終わるまではもってほしいな? コールドゲームになるんだから?」


 俺は人形の目を見ると、まだ青色だった。


「勝ったな?」


 俺はそう言った後に、ベンチに腰掛けた。


10


「いやぁ、完勝やったなぁ?」


 俺と井伊と柴原は大船駅前のマクドナルドで今日の試合の勝利を祝っていた。


 ごめんな、隣のウェンディーズ。


 あれだけ、ウェンディーズ命とか言っておいて、すぐ寝返るんだもん。


 隣にある、身近なライバル店にそのような感傷めいた気分を抱きながらも、アインはビックマックを頬張っていた。


 試合は雨天七回コールドで、早川高校が六対三で勝った。


 俺が五回から登板すると、その後はストレートだけで、京浜商業打線を抑え続け、三回を被安打ゼロの奪三振、五個で抑えた。


 ちなみに四死球は一つもなかった。


「これで関東大会出場決定だなぁ?」


「ここまで来たら、神奈川を取るで!」


 井伊と柴原がそうはしゃぐ中で階段から川村光と交際をしている北岡がやって来た。


「戦力を温存したら? くじ引きでどうなるか分らないけど?」


「俺もその方が利口だと思うな?」


 北岡を見た、井伊は「貴様、どうやらプロに行くらしいな?」とため口を吐いた。


 すると、北岡はいきなり、井伊の後ろを取り、チョークスリーパーの態勢に入った。


「何?」


「他校とは言え、仮にも先輩なんだから、敬語ぐらい使えよ?」


「井伊、今助けに行くで!」


「お前等、マクドナルドを出入り禁止になるぞ」


 俺がそういった後、井伊は北岡に絞め技で意識を落とされた。


「井伊・・・・・・」


「どうする、お前?」


 それを見た、柴原はそっぽを向いて、マックシェイクを吸い始めた。


「川村先輩、結局は早明大学に行くんですか?」


「まぁ、推薦と受験の二つで考えているけどね?」


 川村はぶっとんだ性格ではあるが、陸上でも大学の推薦が狙え、後輩の瀬口いわく、偏差値も高いらしい。


 将来の夢はジャーナリストらしいが、その為にも六大学の名門である早明大学を狙うそうだ。


 こいつは俺が一年生の時から俺にアプローチをしてきたが、まさか、大学まで一緒になるとはな?


 そう考えると、俺は頭が痛くなってきた。


「浦木君も早明行くんでしょう?」


「・・・・・・瀬口が喋ったんですね?」


「ふふん、真は私の親友だからね?」


 後輩を親友というのはこの人の気さくさを表しているな?


 俺はそう思うと「まぁ、とりあえずはそこ一本で行くつもりです」とだけ言った。


「向こう見ずだね? 滑り止めとかしないの?」


「瀬口の親父さんに早明を受けるように厳命されたので?」


「まぁ、とにかく、大学が同じになるんじゃない? 私達はやっぱり運命の糸で繋がっていてーー」


「北岡さんがいる前でよくそんなこと言えますね?」


 当の北岡は井伊と柴原を簡単に制圧していた。


「ジョークよ。本人もそれは分かっているから?」


 川村がそういった後に北岡が俺に向き直る。


「防衛大には行かないんですか?」


「まぁ、軍人一家だからな、ウチは? 妹が代わりに行くとは言っているから、それで解決だが、親父は最後まで俺が防大に入らないでプロ入りすることに納得いっていないようだったよ」


 するとさっきまで倒れていた、井伊と柴原が「何! 妹が軍人になる!」と言って、復活した。


「アーミーフェチ!」


「強いヒロインって良いよね!」


 すると、北岡が井伊と柴原に対して「お前等、妹は俗物が嫌いだから、覚えておけよ」とだけ言った。


「なら、いいだろう、俺は明言する」


 井伊が北岡を指さす。


「俺もプロ入りして、貴様を打ち砕く!」


 それを聞いた、北岡は「はっ!」とそれを鼻で笑う。


「楽しみだな? もっとも、お前は指名されるかどうか分らんだろう?」


 そう言った、北岡は「光、先に行くぞ」とだけ言った。


「あぁ、うん」


 そう言った、川村は「じゃあ、私行くから」とだけ言った。


「川村先輩!」


 井伊と柴原が涙を流していた。


 北岡と川村が交際している事実を受け入れられないんだろう。


「でもねぇ、井伊君」


 川村が笑顔を見せる。


「亮は井伊君のことをスラッガーとしてもキャッチャーとしても高く買っているそうよ」


「本当ですか!」


「えぇ、だから同じチームがいいって」


 それを聞いた、井伊は少し考えた後に「俺は北岡さんを打ち砕きます」と言い放った。


「分かった、本人にそう言っておく。ただし後悔しないでね?」


 そう言った、川村は「じゃ」とだけ言って、マクドナルドを去っていった。


「ホットなライバル関係の誕生や?」


「うぅん、一年後が楽しみだ」


 井伊がそうどや顔をする中で、俺はビックマックの残りを口にしていた。


 それ以前にこいつがプロ入出来れば良いけどな?


 マクドナルドの外では大雨が降っていた。


11


 その翌日に俺達、早川高校野球部は神奈川県大会決勝を戦ったが、監督である林田は関東大会出場を決めたことから、戦力を温存して、スタメンの大半を控えの選手主体にしていた。


 俺は八番ショートで出場して、柴原はサードで出場していたが、それ以外はほとんどが控え選手だった。


 すると、先発の二年生、本田が打ち込まれているのを見て、サードを守る柴原はたまらず「めちゃくちゃ、打たれているやん! 俺の方向に打球飛びすぎて、忙しいわ!」と怒鳴り散らしていった。


 ここまで、大量失点で一三対三で、六回の裏を迎えようとしていた。


 高校野球のルール上は明らかなコールドゲームで、完全な完敗を喫するのは間違いなかった。


 ここまで先発で十三失点の本田が涙を流しながら、スリーアウトを取って、ベンチに戻ると、井伊が「大丈夫か?」と聞いてきた。


「すいません、俺がボールをこぼしすぎるから・・・・・・」


 藤沢も泣きそうな表情で、本田に詰め寄る。


 ここまでの失点の内訳は対戦相手の王明実業は早川が得意とするラン&ガン打線を研究したと見られる。


 藤沢のフレーミング、ブロッキング、スローイングの守備面の不備を突いて、徹底した機動戦を展開。


 その結果、ランナーに走られ続けられた、藤沢は焦るあまり、本田の変化球をパスボールし続け、失点を重ねていた。


「監督、これは、対戦相手にも失礼ですよ」


 あまりの惨状に俺は林田に物申してしまった。


「知っている。だが、もう俺達は関東大会出場を決めている。おまけにくじ引きの影響もあまり無い、それならば、データ収集と主力の温存に力を入れた方が合理的なはずだ?」


「向こうのチームや監督もカンカンじゃないですか?」


 そう言って、俺が見る方向には王明実業の監督に選手達が怒りに満ちた表情で早川ベンチを眺めていた。


「後で、何か言われるな?」


 林田がそういった後に、早川高校の最後のバッターが空振りをして、試合は終了した。


「真山、データは取っているな?」


「えぇ、バックネットからもばっちりですし、スコアもつけておきました」


「よし、礼が終わったら、即刻撤収だ。余計な事は気にするなよ」


 林田がそう言って、選手達をグラウンドに送り出すが、対戦相手の王明実業の選手達は怒りに満ちた表情を浮かべていた。


「お前等、何で本気出さないんだよ?」


「さすがに失礼じゃないか? えぇ?」


 王明実業の選手達がそう苦言を呈すと「俺達もそう思うけど、監督の方針だから?」とだけ言った。


「軽い、暴君や。切れ者であることは間違いないんやが、あぁいう、配慮が出来へんから、俺達も困っているんや」


「それには同感」


 俺に柴原、井伊がそう言っても、王明実業の選手達の怒りは収まらない。


「関東大会で当たったら、覚えておけよ」


「トーナメント表的に別ブロックだろう?」


「黙れ。とにかくお前等をボコる。覚えておけ」


 そのようなやり取りの後に整列と礼が終わって、俺達は急いで道具を片付けて、球場の外へ出る。


 しかし、そこでは林田が王明実業の監督に怒鳴られていた。


「勝てば良いのか! あんたは!」


「関東大会には出場が決まっています。選手の負担を考えれば、休める時に休ませたほうがーー」


「あのなぁ! 高校野球は教育の場なんだよ! あんたみたいに効率だ、疲労だ、負担だって言っていたら、子どもが何も努力しないでも何とかなると勘違いをするような奴に育つだろう! それにあんたはウチ相手にこんな試合してもいいと思っているのか! 失礼だ!」


 そう王明実業の監督が言うと「とにかく、このことは覚えておくよ、あんたみたいな青二才はもっと教育というのを意識しないとだめだ」と唾を飛ばしながら、怒鳴っていた。


「心得ておきます」


 そう言って、頭を下げる林田だが、その表情には青筋が入っていた。


 あぁ、相当にお怒り気味だ。


「全員、揃ったか?」


 林田が怒気を孕んだ声音でそう言うと、俺達選手一同は「はい!」と声をそろえた。


「今日は現地解散だ、関東大会は十月の下旬開幕だから、それまでは時間がある。とりあえずは俺からのご褒美として、今日は警察にパクられなければ、羽目を外しても構わん。以上だ、帰れ」


 そう言われた選手達は「はい・・・・・・」と不安げな声を出していた。


「嬉しくないか?」


「いや・・・・・・相手の事もありますし」


「・・・・・・お前等は俺が中学から選んで、ここに集めたんだ、その成果が出たよ。大人としてその対応は正しい」


 そう言った、林田は珍しくはにかんでいた。


「とにかく、今日は遊べ。パクられるなよ」


 そう言って、林田は帰り支度をした。


「どうする?」


「ゲーセンでも行く?」


「良いねぇ? ガンダムやる?」


「戦場の絆か?」


 チームメイトがそういう中で、俺は井伊と柴原に「部屋来ない?」と言われた。


「嫌だよ、変な病気を拾うだろう?」


 俺がそう言うと、井伊が手刀を俺のうなじに打ち込んでいた。


 意識が遠のく。


「よし、俺達の下宿先に運ぶで?」


「良いねぇ、ついにアインが俺達の世界に来るか?」


 井伊と柴原がそういう中で、俺の意識は遠のき、気が付けば、漆黒の闇が広がっていた。


 続く。


 次回、第四話 文化祭と関東大会に挑む!


 ギャグ満載な回ですね。


 私のギャグで笑えるかは分かりませんが、陰々鬱々とした気分を笑い飛ばせれば幸いです。


 来週もよろしくお願い致します!

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