第二話 世界大会開幕! 台湾での決戦!
第二話目です。
こういうご時世で悪ふざけですが、笑い倒せれば幸いな作品です。
二週目もよろしくお願い致します!
1
台湾桃園空港を降りると、俺達、日本代表は現地のガイドと通訳と合流して、バスに乗り込んだ。
「至るところが中国語だ?」
井伊がお上りさんよろしく、口をあんぐりと開けていた。
「やめろ、田舎者だと思われる」
「いや、だって、海外だぜ?」
「お前は中学の時に日本代表でアメリカに行っただろう?」
「まぁ、そういうお前は当時、アメリカ代表だったからな?」
そのような会話をしながら、俺はスマートフォンで開催する球場の場所を眺めていた。
台中インターコンチネンタル球場に斗六野球場と台中野球場か?
台北に行きたかったが、観光で来たわけじゃあないからな?
もっとも、世界的には高校世代の国際試合はあくまで親睦を深める為のセレモニーともいわれているが?
ただ、アメリカの学生連中はメジャーに自分の存在を売り込むために死に物狂いでかかってくるだろうな?
まぁ、今回はアメリカとは決勝まで当たらないかな?
「いやぁ、いたるところで迫力ある漢字の応酬だ」
「まぁ、これだとさすがに脱走したら、パニックになるな? 海外だし?」
そう言った後に、俺は北岡や宮田に黒木をそれとなく眺めると、こちらに対してニタリと笑ってきた。
早くも脱走計画を進行させているな?
俺はそれを見なかったことにして、対戦相手のグループ分けをスマートフォンで眺めた。
グループAでは俺達は台湾、オーストラリア、オランダ、メキシコ、イタリアと対戦するらしい。
「韓国と当たらないのは助かるな?」
「あそこな? ただでさえ強いうえに必要以上に日韓対決だって、騒ぐからな? 実際に野球やる俺達がやりにくくなって困る」
井伊のその問いにそう答えると、俺はため息を吐いていた。
スポーツに政治を持ち込むなよ?
オリンピック本大会だったら、永久追放処分を食らうからな?
もっとも、日韓関係に日中関係なんかスポーツ選手の管轄外だ。
そんな事は偉い人達や過敏な語ることを仕事とする奴らが、言えばいい。
スポーツ選手はただ、プレーして、結果を残せばいい。
その後に、何を言われるかは自己責任だ。
そんな事を考えながらバスから眺める、台北市内は見事に漢字まみれだった。
「飯食いたいな? あの豚の角煮とゆで卵をのっけた奴?」
「ルーローファンだろう? あれ、見た目は美味そうだが、俺は早くも日本に帰って、日本食を食いたくてしょうがないな」
「お前なぁ、せっかくの海外なんだから、もっと積極的になれよ?」
「最近の若者は地元志向がトレンドだぞ?」
「そういう内向的な子はこういう日本代表にはお呼ばれしないから? 大体、お前は英語も話せる国際派だろう?」
まぁ、ルーローファンは一度食べてみたいが、国際試合は何かと政治的な力が働くから、戦いづらくてしょうがない。
何も、起こらなければいいが?
「おっ! 台湾の女子高生!」
「まじで!」
「足! 足を見せろ!」
日本の恥どもめ?
台湾に来ても、これか?
アインは早くも日本に戻りたくてしょうがなかった。
そう考えている中でも、社内の窓からは中国語の漢字の大群が目に飛び込んできた。
2
台中野球場で初戦のオーストラリア戦に臨んだ俺達だが、結果は九対〇で解消だった。
初戦の先発を任された、先発の北岡は七回完封をして、オーストラリア打線をねじ伏せた。
「いやぁ、国際試合だなぁ?」
井伊がそう言いながら、バスから見える台中の市内を眺める。
「こういう、街の風景を見ると、俺達が今、海外にいるんだなぁと感じる。しかも漢字だらけだから、余計に国際大会を戦っていると感じるんだよなぁ?」
「あぁ、そう」
俺が適当に相槌を打っていると、井伊は地球の歩き方台湾編を眺め始めた。
「ショーロンポーも捨てがたいが、やはりルーローファンだろう?」
「外出は禁止だぞ?」
アインはそう言いながら、バスの窓から台中市内を眺める。
台中は人口に二八〇万人で、台湾第二の都市として知られている。
町の中心部には日本統治時代の頃に建てられた、歴史建築が数多く残っている。
「ルーローファンは台湾の宝とも言われている、代物だ。せっかく来たんだから、食わないという選択肢はないだろう?」
「まぁ、俺も本心を言えば、食いたいけどさ? ルーローファン?」
それを聞いた、北岡、宮田、黒木は「食いたいよなぁ、台湾での飯?」と言って来た。
「また、監督に怒鳴られますよ? しかも、あの時はマスコミにも漏れて、大変な目にあったんですから?」
東京での選手達による脱走騒動はスポーツ紙では笑い話で済まされたが、週刊誌やテレビではコメンテーターなどが否定的な意見を述べて、世論もUー18侍ジャパンに対して、批判的な意見を述べるようになった。
「ダメ?」
「ダメでしょう、国を代表しているんだから?」
「お前はアメリカ人の血が流れているのに、まるで昭和軍人みたいな意見を言うよな?」
「ホント、保守的だよね?」
何とでも言え。
事実、俺はここまで叩かれてはいないのだ。
こいつ等みたいにスタンドバイミーをするつもりはない。
「でもなぁ、結構、上海料理とか広東料理とかもあるんだよな?」
「これなんだ? モロヘイヤスープ?」
「読み方が分らない、漢字検定準二級なのに?」
黒木がそう言った後に「誰か、中国語分かる人いませんかぁ!」と叫び始めた。
「うるさいわい!」
川山がそう怒鳴ると、バス内は静まり返った。
「お前等、日の丸を背負う自覚はあるんか! えぇ!」
そこから、川山の説教が延々と始まり、気が付けば台中市内のホテルに着いた。
「うぉぉぉ! ルーローファン!」
「お前は川山に怒られても、反省しないだろう?」
「そう言う、お前も川山をバカにしきっているだろう?」
そう言われた俺は「うちの監督のほうが有能だな? 最も、冷血漢だけど?」
そう言って、俺は宿舎へと戻っていった。
そして、食事の時間になると、川山が選手全員を集めた。
「お前等、そんなに・・・・・・あのチャーシュー丼食いたいんか!」
川山がそう言うと沈黙が漂うが、すぐに北岡が「食いたいです!」と発言する。
本当にこの人は度胸が違うよね?
「うぅん、北岡は度胸が違うのぅ。お前等もそうなんか?」
すると、選手達は「食いたいです!」と声を揃える。
「えぇやろう、お前等が世界選手権を無事に乗り切れたら、考えてもえぇわ?」
川山がそう言うと、選手たちは「ありがとうございます!」と大声を出して、頭を下げた。
「監督、それと一言」
「何や? 北岡!」
「チャーシュー丼じゃなくて、ルーローファンです、台湾の宝ともいわれる」
いらないことを言うなよ!
この人は!
川山はそれを聞くと「ワシが中国語分かるわけないやろう!」とだけ言ったが、その顔は笑っていた。
「何や、その流浪人みたいなチャーシュー丼は?」
「台湾の宝です!」
井伊がそう大声を上げる。
あぁ、もう俺は知らねぇ!
俺はひたすら、顔を上げること出来なかった。
「まぁ、ええわ。場合によってはもっと高級なところでもええで?」
「いえ、俺達はルーローファンがいいです!」
何でだよ!
高級中華食えるんだからいいだろう!
もっとも、俺は神奈川にいるから、中華街の存在があるからありがたみが湧かないのだろうが?
「まぁ、とにかくこの大会を乗り切るんや。そうすれば、お前等の言う、るろうに剣心は食えるで?」
ルーローファンだよ!
この人、何で、るろうに剣心知っているんだよ!
「監督、それは大ヒット漫画です」
「うん、いや、娘が好きだからつい出てしもうたわ」
そういうのはいいんだよ。
身内でやってくれよ。
「まぁ、今日は普通にホテルの食事やけど、せっかくの台湾やからな、中華もあるで」
「あーざっす!」
そう言った後に選手達はハイタッチをしたり、歓喜の涙を流す奴もいた。
どんだけ、台湾グルメをエンジョイすることに飢えていたんだ?
その涙は世界選手権を制覇した時に取っておいた方がいいだろう?
「ショーロンポゥ!」
「杏仁茶もあるとなおよし!」
詳しいなぁ?
こいつ等、台湾をエンジョイするつもりだ。
俺はそう思いながら、食事の席に出した。
ショーロンポーが美味かったのに驚いた。
・・・・・・野球で来てなければ、好き放題に台湾をエンジョイしたな?
俺はそう思いながら、神崎との同部屋で早めに寝ることにした。
「みんな、明日は楽勝だと思って、気を抜きすぎだよ」
神崎がそう言うと「ショーロンポー食いすぎですよね、実際に美味かったけど?」と同意の声を俺は上げた。
「まぁ、明日は高谷が投げるけど、浦木?」
「はい」
「リリーフ登板の時にブルペンにいる回数が多いけど、そんなに気を張らなくていいんだよ?」
そう言われた俺は「準備しないと、安心しなくて?」とだけ言った。
「出番手前、わずか十球で準備をするのがベストさ。あまり、ブルペンで投げすぎて、肩を消耗してもしょうがないだろう?」
「それもそうですね?」
そう言った、神崎はテレビを点けるがいたるところ、中国語での放送で理解出来ずに結局、日本の公共放送を見ることにした。
「あぁ、これは見れるんだ?」
「まぁ、ホテルですからね?」
そう言って、二人でテレビを見ると「帰ったら、国体かぁ?」と神崎がぼやく。
「まぁ、俺も帰ったら、秋季県大会ですからね? 強行日程です」
そう俺と神崎はぼんやりと話していた。
「寝るか?」
「はい」
そう言って、俺と神崎は早めに寝ることにした。
部屋を暗くして、ふと空を眺めるとここが台湾であることを妙に感じた。
「どうした? 早く寝ようよ」
「すいません」
そう言って、俺は寝ることにした。
3
続く、オランダ戦は六対三で勝利。
高谷はクレバーな投球術で、オランダの強力打線を僅か三失点に抑えた。
続く、オープニングラウンド三戦目が問題だった。
地元の台湾が相手なのだ。
「台湾か・・・・・・ジュニア世代はすごく強いんだよな?」
そう言いながら、今日先発をする神崎が斗六野球場のブルペンで投球練習をしていた。
「ここ数戦は格下相手でしたからね? ようやく強豪と対戦ですね?」
俺と神崎がそう会話する中でも、神崎はストレートを杉原のミットめがけて、投げ続ける。
ミットが弾ける音が台湾の昼空に響く。
「しかも、向こうにはうちの後輩がいるからな?」
「王金民・・・・・・ですか?」
王金民は広川大付属所属の一年生ピッチャーだが、今年の夏の甲子園では抑えを任されていた。
左のサイドスローから一五〇キロを超えるストレートとスライダーに超スローボールを操り、アジアン・ランディ・ジョンソンの異名を取っている。
事実、今年の夏の甲子園で神崎や長原が所属する広川大付属と対戦した時にラスト一イニングに現れた王金明に早川高校打線は歯が立たなかったという事実もあった。
「あいつは化け物だ。この僕を凌ぐかもしれない」
そう言う神崎の表情は真剣そのものだった。
「そろそろ、セレモニーが始まるぞ?」
杉原がそう言うと、場内では選手・監督入場が行われ、続いて国家斉唱も行われた。
君が代が流れると、グラウンド内の選手たちは帽子を胸に添えていた。
神崎と俺も同様の所作をして、君が代を聞いていた。
そして、セレモニーが終わると、神崎は「行ってくるよ」と言って、グラウンドのマウンド上へ駆け寄った。
「一応言っておくけど、出番の寸前で行けばいいんだぞ。ブルペン」
「気を付けます」
そう言って、俺はベンチへと戻ることにした。
やることがねぇな?
そう俺が感じている最中に日本対台湾戦が始まった。
「プレイ!」
球審がそう告げる。
球場は台湾のファンの熱気に包まれていた。
「加油! 加油!(中国語で頑張れという意味)」
台湾の応援は熱狂的で知られているが、まさかジュニア世代にまで、駆け付けるなんてなぁ?
「応援がうるせぇ」
「アウェーだからな?」
しかし、神崎はストレートを主体に台湾の一番、二番、三番を打ち取り、すぐにベンチへと帰っていった。
「オッケイ! 初回無失点!」
ベンチがそういった後に一番の黒木がバッタボークスへと走り出す。
「いけぃ! 黒たん!」
台湾の先発は王金民だった。
王は左のサイドスローから一五〇キロ近い速球とスライダーを軸に黒木を簡単に三振に取ると、続く、二番バッターの堀井も三振に切って取られる。
「くっそ! こうなぅたら、日本が誇るクレイジー坊やに任せるしかない」
「アイム! クレイジー坊や!」
そう言って、井伊が勢いよく左バッターボックスに入る。
すると初球のストレートに見事にタイミングが合った。
「おっしゃ! 入った!」
日本代表のベンチが全員立ち上がり、打球の行方を追うが、それはライトのポールをぎりぎり、かすめ、ファウルとなった。
「おぉぉい! クレイジー坊や!」
井伊も「くっそぉぉ!」と言いながら、素振りをして左バッターボックスに立つ。
そして、王金民は左打者からすると、逃げるスライダーを投げるが、井伊はこれをミートして、左方向へと運ぶが、これもファウルとなった。
「俺は・・・・・・俺は・・・・・・クレイジー坊やだぁぁぁぁぁ!」
そう言いながら、左バッターボックスに入る井伊に対して、王金明は超スローボールを投げた。
「なっなっなっ、なにぃぃぃ!」
井伊は反射的にそのボールに手を出して気が付けば、ピッチャーゴロとなっていた。
台湾ナインがグラウンドを去る中で、井伊は走って、ベンチへと帰ってきた。
「みんな・・・・・・ごめん」
「行くぞ、勢いボーイ」
そう言って、宮田がショートのポジションへと走っていく。
「・・・・・・」
「早く、防具付けろよ」
「おぉぅ、そうだぅった、そうだった!」
井伊はそう言いながら、急いで防具の準備をする。
「一応、言っておくけど、リードの最中にバッティングのことは考えるなよ」
「分かっている」
そう言って、井伊は防具を付けた後にグラウンドへと出ていった。
ゲームは二回に入っていった。
ブルペンで準備をしないから、俺はこの何もしない感覚が煩わしくてしょうがなかった。
4
その後の試合は神崎と王金民の投げ合いとなり、緊迫した投手戦が展開された。
その中でも、台湾ファンのうるさ過ぎる、応援が余計に日本代表にじりじりとプレッシャーをかけていた。
「加油! 加油!」
「・・・・・・うるさいな?」
そう北岡が言う。
ゲームは五回の表で台湾代表の攻撃だった。
そんな中で台湾の七番バッターが出塁する。
「ツーアウト一塁ですか?」
「ヒット一本でムード代わるからな?」
それは俺達のホームゲームでも同じだと思うが、ここがアウェーだからそういう感覚になるんだろうなと俺は思えた。
しかし、その時だった。
神崎がウェストしたボールを投げたかと思うと、井伊が座ったまま一塁牽制を行い、台湾の七番バッターは見事に刺された。
「アウト!」
台湾の七番バッターは目を白黒させていた。
「あいつ、肩いいんだよな?」
「まぁ、バッティングもいいし、スローイングもいいし、キャッチングも上手いし、絶対にボールを後ろに逸らさないし、そういう取り方で審判に上手く見せるフレーミングの技術も金原さんに仕込まれました。けど、あいつの唯一の欠点があるんです」
「バカなんだろう?」
「えぇ、打撃もいいし、キャッチャーとしては総合力が高いんですけど、なぜかあいつ試験は赤点だらけで、あの空気の読めない感じ、不思議です」
北岡は「いるんだよな。勉強出来ないくせに変なところで頭良い奴?」と言いながら、腕組を始める。
「ふぅ」
井伊がそういいながら、ベンチに戻る。
「おっけぃ! ナイス牽制!」
井伊をそうみんながぽかぽかと叩くと、井伊は「うわ、やめろぉぉ!」と喚く。
しかし、井伊の牽制により、生まれた高揚感もすぐに王金民の速球とスライダーのコンビネーションに打ち消され、気が付けば、ゲームは最終回の七回へと移っていった。
七回の表に入る前に神崎に「そろそろ、準備してもいいだろう」と言われた。
そう言われて、ブルペンで準備する中で、神崎は一番、二番、三番バッターを連続で三振に切って取った。
「さぁ、ここからやぁ!」
監督の川山がそう言うと、二番バッターの堀井と井伊がベンチから立った。
「ここまで、あのバカのヒット一本だけですか、俺達の打線は?」
「日の丸が泣いているな? あんなバカが日本の希望なんて?」
気が付けば、延長戦を見据えて、北岡もブルペンにいた。
おそらく、このまま延長戦になれば、北岡もリリーフ登板するだろう。
日本はこのまま、一位通過すればスーパーラウンドでB組二位の相手と戦うことになるが、おそらく実力的にB組の一位はアメリカで二位は韓国だろう。
優勝を目指すなら、一位通過で韓国と当たって、それに勝利して、決勝に進出するほうが望ましい。
俺はそう考えながら、ブルペンで投球練習を続けていた。
「ストライク! バッターアウト!」
堀井が三振に倒れて、日本代表が意気消沈し始めた。
「あのバカが本当に日本の希望になるなんてなぁ?」
「悪夢だ」
そう言った瞬間だった。
木製バットの乾いた音が響いたと同時に打球は弾丸ライナーでライトスタンドへと運ばれていった。
打たれた、王金民は無表情だったが、台湾のキャッチャーは唖然とした表情を浮かべていた。
「あのバカ・・・・・・本当にやりやがった!」
北岡はブルペンにいる二年生たちとハイタッチする。
確かに見た。
インコース低めの速い速球に対して、見事に肘を畳み込んで・・・・・・いや、あれは低めぎりぎりのコースを井伊が自慢のバカ力で無理やり、スタンドに運んだようなものだ。
どっちみち、あのバカが日本を救ったのは間違いない。
井伊はベンチでチームメイトにぽかぽかと叩かれていた。
「浦木、このままリードしていたら、九回頼むぞ!」
原口がそう声をかけると、俺は「はい」と返した。
そして、ゲームは九回に入った。
「お前が日本の救世主になるなんて、悪夢だな?」
俺がそう言うと、井伊は「でへへ」と笑った。
俺は思いっきり、井伊を暴行したい気分に駆られたが、世界がその瞬間をとらえたら問題なので、井伊に対して「散れ!」とだけ言って、マウンドで深呼吸した。
神崎が八回まで投げて、台湾打線を被安打四と四死球二に抑えたため、九回は七番バッターからのスタートだ。
瀬口は俺が投げている瞬間を見ているだろうか?
日本と台湾の時差は一時間程度だから、今の時間帯は学校か?
いや、あいつのことだから、どこかで見ているだろうが、この大会はそもそも地上波で放送はされていないだろうな?
井伊が要求するコースはアウトコースのストレートだ。
投球の基本だな?
俺はそれを確認した後に、ストレートを投げ込んだ。
台湾のバッターは無表情でこちらを眺める。
神崎のストレートも速いので、相手は目が慣れているから、驚きはしないんだろう。
俺はそう思ったと同時に井伊は七番バッターのインコースのボールゾーンからストライクゾーンに入る、高速スライダーを投げた。
七番バッターは唖然としていた。
「オッケィ! 来てるよ!」
何がだよ。
俺はそう思いながら、井伊のサインを眺めると、アウトコースの縦のスライダーを要求していた。
俺は要求通りにそこに投げ込んだ。
そして、七番バッターから三振を奪った。
「オッケィ!」
井伊が大声でそう言うと、ベンチからも声援が響く。
続く、八番バッターも真剣な表情で、こちらを眺める。
静寂の中で、俺は井伊の要求するコースにストレートを投げ込んだ。
次の瞬間には沈黙とため息が流れていた
5
続く、メキシコ戦は俺が先発。
結果は八対〇の完封勝利だ。
七回を十六奪三振の完封勝ちで、日本のスーパーラウンド進出を決めた。
そして、イタリア戦には沢木が先発。
七対四で勝利。
七回四失点完投で沢木のゼットの叫びが世界に響いた。
「いやぁ、これがルーローファンかぁ?」
井伊と俺は台中の街でルーローファンを食べていた。
今日、日本代表は羽目を外さない程度で、自由行動が許されている。
「美味いなぁ」
「アインが褒めるぐらいだから、美味いんだろうなぁ。台湾の宝!」
そう言って、井伊が「よぉし! 台湾カステラに行くぞ!」と言い出した時だった。
「お気楽なもんだなぁ? アインよぉ?」
ふと、後ろを振り返ると、そこにはアメリカ時代の旧友、イアン・バーネットがそこにいた。
「コ二チワ」
「下手な日本語使うな。英語で良いだろう?」
「そちらの坊やへのあいさつさ?」
「アイン! 誰だ! こいつ! さっきから英語で話しているけど!」
「俺の旧友だ。アメリカ高校野球ナンバーワンスラッガーだ」
イアンがアメリカ代表に招集されたのは知っていたが、ここまでの活躍は打率五割五分七里の本塁打五本で、打点十五と優勝すれば、MVPは間違いないという数字である事は情報として知っていたが、そのイアンが俺の目の前にいる。
「ニューヨークで会って以来だな?」
「あぁ、あの時は喧嘩別れだがな?」
俺が茶を飲むと、イアンは「何か、おすすめあるか? 台湾の事情は知らねぇんだ?」と聞いてきた。
「ルーローファンとかどうだ?」
「何だ? それ?」
「頼めば、分かる」
井伊はぽかんと口を開けているが、俺は同人に対して「先に戻っていろ」とだけ言った。
「いや、俺は残る」
「英語が出来ないくせに?」
「今のアインの相棒は俺だぁ!」
井伊がそう言うと「勢いのある坊やだ? 日本語は分からないが、楽しい奴であることは把握できるよ」とだけ言った。
「お前、俺と茶を飲みに来たのか?」
「これから戦う敵とは飯も食えねぇか?」
「ガンダムUCであったな? そんな台詞」
「フル・フロンタルだろ? 俺はお前の顔を拝みに来たんだよ」
そして、イアンの元にルーローファンが運ばれてくる。
「へぇ? これが? 美味そうじゃねぇか?」
イアンはルーローファンを食べ始めると「美味めぇなぁ? アジア料理もたまには良いな」とだけ言った。
「帰っていいか?」
「待て、待て、待て。俺は宣言しに来たのと伝えに来た」
「何をだよ?」
「俺達、アメリカのいるところまで勝ち上がれ。そして、俺はお前を打つ。今の俺は純粋に強打者として、日本高校野球最強の投手のお前をこの手で打ち崩したい」
「神崎さんや北岡さんを差し置いて、俺が日本のエースかよ?」
「俺はそう思うね? お前の顔を見たいのと宣戦布告を目の前でしたくて、うずうずしていたんだ?」
「その日は俺が投げるかどうか、分かんねぇぞ?」
俺が怪訝を露わにした声音で言うと、イアンは「はっ!」と笑い始めた。
「志願しろ。アメリカ戦への先発を!」
「無理だよ。年功序列ってのが日本にはあってな?」
「知らない、俺と戦え。でなければ、末代までお前を恨む」
イアンと仲直りがこういう形で行えたのはありがたいが、直情バカなんだよなぁ、こいつは?
俺は台湾まで来て、何で、こんな目に遭わなければ、ならないのかと、自問したが、すぐに止めた。
「監督には言うが、十中八九、俺は登板しないよ」
「ならば、お前が出るまで、代わりの投手を滅多打ちにするまでだ? 俺はお前を引きずり出す」
「俺は敗戦処理をするつもりはない」
「そうだとしても、俺とは本気で戦え。俺はこれだけが楽しみで、台湾までやって来たんだ」
そう言って、イアンはルーローファンを平らげる。
「さて、勘定だぁ・・・・・・」
イアンの顔が強張る。
「アイン、こいつ、凄い、雄弁にペラペラしゃべっていたけどさ・・・・・・」
「あぁ、金が無いんだろうな?」
「お前等、日本語でディスんのやめろ」
イアンは財布の中身を確かめる。
「無いんだろう?」
「・・・・・・すまんが、貸してくれないか?」
「ダッサ!」
俺は全力でそう言い放ったが、イアンは「面目ない」としか言わなかった。
次第に店は混み始めていった。
6
結局、イアンに金を貸すだけではなく、宿舎までの経路が分からなかったので、アメリカ代表の宿舎まで俺と井伊が送り届けることとなった。
最悪の休日だったな・・・・・・
そうこうしている間にスーパーラウンド初戦の韓国戦を戦っている、俺達だが、相手先発の剛腕右腕、パク・ビンチェを相手に攻めあぐねていた。
ちなみに日本の先発は北岡だ。
「おのれぇぇぇぇぇぇ! BTSぅぅぅぅ!」
井伊がそう叫ぶ。
「全世界の女子を敵に回すぞ?」
「黙れぇい! 日本の男子の屈折した気持ちなど、モテるお前には分かるかぁ!」
「その前にBTSを打って、攻略しろ。現時点では人間性も含めて、貴様の全敗だ」
井伊が鼻息を荒くして「打ってやるぅぅ!」と意気揚々とネクストバッターズサークルへと向かって行った。
そして、ツーアウト、ランナー無しで井伊。
パク・ビンチェが井伊に対して、一五〇キロ超の速球を投げる。
井伊が大きく、空振る。
パク・ビンチェはそれを見て、にたりと笑う。
俺が打席に立っていたら「こいつ、許さねぇ!」と思う態度だ。
井伊の表情を眺めると、憤怒に満ちていた。
行け、行け。
悲しみを怒りに変えて、立てよ、国民だよ、井伊。
さぁ、打てよ。
でないと、打倒BTSなんて・・・・・・
そう思った矢先だった。
井伊はインコース中段の目測で一五〇キロ超の速球をフルスイングで捉えると、ライトスタンドに打球が飛んで行った。
パク・ビンチェはライトスタンドを眺めたまま、固まっていた。
井伊は「あぁぁぁぁぁぁ! 打ったどぉぉぉぉ!」と叫びながら、ダイヤモンドを回る。
そして、静観すると、川山に激怒された。
これでスコアは一対〇だ。
今日の北岡の調子だと、完封は行けるか?
佐野と海東、国分がブルペンで準備する。
俺も出ようか・・・・・・
すると、川山が「お前はアメリカ戦に投げてもらうで? それまで、余計な事をするなや?」と言ってきた。
「志願を受け入れてくれるんですか?」
「お前には力があるからや? 力が無い人間の要望は聞かんが、神崎や北岡からも了承を得たからな?」
意外と、頭が柔らかい監督で助かる。
俺は北岡がフォークボールで韓国のバッターから三振を取る様子を眺めながら、右手に力が入るのを感じた。
台中は午後真っ盛りだった。
7
韓国戦を勝利した日本は続く、プエルトリコ戦を一五対〇の五回コールド勝ち。
キューバには五対〇で勝利し、ベネズエラには一〇対〇の四回コールド勝ちとここまで、全勝で決勝ラウンドへと進んだ。
そして、決勝ラウンドのカナダ戦に一対〇という僅差で勝利した、日本はついに決勝でアメリカと相対す事となった。
「アメリカの二番バッターを打っている、イアン・バーネットはここまで、打率五割五分七里で本塁打八本の打点二五のアメリカ高校野球最強のスラッガーだ。ここまで出場チーム最高の防御率を記録している、日本投手陣と最高の打率と本塁打数を記録している、アメリカとの対決だ。して、各バッターの苦手コースだがーー」
俺がぼんやりとチームのミーティングを聴いていると、瀬口からLINEがやって来た。
ー今、大丈夫?ー
ーミーティング中だけど、堂々とLINE中ー
数秒の後に返信が来る。
ー相変わらず、海を越えても露悪的だね? 世界王者になれよ! お土産も忘れず!ー
ーあぁ、取るよー
ーおやすみー
そう言って、瀬口と短い、やり取りをやっていた時だった。
川山がそこに立っていた。
「何でしょう?」
「何でしょうやないやろう! ミーティング中や! ミーティング中! LINEやっとんやない!」
川山の怒号が響き渡る。
「ウチの部員がそんな事したら、裸でガンジス川吊るすで?」
「それ、体罰ですよ」
川山は顔を真っ赤にさせる。
「やかましい! お前は他校の選手で預かり物やから、甘めに見ているが、これで明日のアメリカ戦、勝てんかったら、ほんまに許さへんで!」
川山がそう言う中、神崎と北岡は「俺達を差し置いて、先発だから、頼むよ?」や「まぁ、バックには俺達、付いているから、堂々と、打たれろよ?」と言われる。
「そうですね? スマホを取り上げてもらいます?」
「いや、そこまではせぇへんけどなぁ? お前の学校、スマホのルールが緩いみたいやし? あの林田ってガキに何かイチャモンを付けられるの嫌やからなぁ? まぁ、明日の働き次第や! 頼むで! 不良坊や!」
そう言って、川山がアインの右肩をポンと叩く。
「すまんなぁ、続けてくれ!」
「アメリカの打線においてはーー」
俺がとりあえず、メモを取り始めると、沢木が「お前は本当に人たらしだゼェェェト? 川山まで取り込んでやがるゼェェェェト」と声をかける。
「そうかぁ? 言われた通り、他校の選手だから、手出しできないだけだろう?」
「そこぉぉぉぉぉぉ!」
川山の怒号が飛び交う。
もはや、コントだな?
段々と不謹慎ながら、川山という男が愛らしく見えてきた、俺だった。
明日が山場だ。
8
決勝戦、アメリカ戦当日。
俺はブルペンで投球練習をしていた。
「オッケェイ! 来ているよ」
「ナイスだねぇ? アインよぅ?」
何で、ブルペンにイアンがいるんだよ?
敵チームだろう。
「お前、敵チームだろう?」
「あっ! イアンだ!」
井伊がマスクを取って、こちらに駆け寄る。
「お前、敵チームなんだから、あっち、行け!」
沢木が流暢な英語でイアンをつまみ出そうとする。
英語だと、ゼットって言わないのな?
「硬い事、言うなよ? なぁ、アイン?」
「何だ、敵情視察?」
「メジャーのスカウトがたんまり来ているぜぇ? お前の好きな金の匂いがしないか?」
「金より、学だよ。今の俺にな?」
「そうだったな? まぁ、俺がその野望を打ち砕くけどな?」
イアンがそう笑うと、俺は「俺が悪者みたいじゃないか?」とだけ言う。
「悪者だろう? 十分? 純粋な野球少年がお前の野望を打ち砕く」
「黙れ、お前はバスケもやるだろう?」
俺が笑顔でそう言うと井伊が「アイン、監督が来る! こいつ、出すぞ!」と言って、チーム全員でイアンを外へ押し込む。
「じゃあ、頼むぜぇ!」
「黙れ、さっさと、チームに戻れ」
俺達はそう言って、イアンが出て行くのを見送った。
「陽気な奴だゼェェェェト?」
「まぁ、悪い奴ではないんだがな? 育ての親の婆ちゃんには辛く当たるけど?」
「捉えようによっては悪い奴だゼェェェェト」
俺は沢木のその一言を聞いて、一つ、息を吐く。
「まだ、行くぞ。バカのせいで、調整が狂う」
「おぉう! 行くぞ!」
そう言って、俺は井伊のミットにストレートを投げ続ける。
ミットの甲高い音がブルペンに響く。
時刻は午後五時半を過ぎたあたり。
ナイトゲームで開催される、決勝に向けて、俺は自身の熱気を極限に高めていた。
9
国歌斉唱が始まった。
井伊がそれを聴きながら、涙していたのを見た。
毎回、試合前に君が代を聴くと、泣き出すのだ。
あいつは純正のネトウヨだ・・・・・・
俺はベンチ裏でそれを聞いた後に後攻のアメリカの先発を眺めた。
アメリカの先発はハリー・ウェルスレッド。
長身の剛腕投手か?
俺は一番に座る、宮田が剛速球に度肝を抜かれるのを目の当たりにした。
続く、二番の仁藤もあっけなく、剛速球からの変化球で三振。
あれが、スイーパーか・・・・・・
恐ろしく、変化の鋭い、スライダーだ。
続く、三番長原は得意のインコース低めにボールが来たので、引っぱたいたが、ライトフライに終わった。
「ツーシームか?」
俺がそう言うと、長原は「捉えたはずだがな?」とだけ言って、サードの守備位置に着く。
先発のマウンドに立つと、スイッチヒッターのルオ・マックスウェルを迎えるが、初球はストレートを投げる。
ルオは初球を見送った。
そして、高めに更にストレートを投げる。
今度は空振りをした。
そして、最後はカーブを投げて、三振に切って取る。
続く、二番バッターは高めのストレートで三振。
次に今日、三番に入ったイアンと当たる。
イアンに対する初球はツーシームを投げた。
その変化にイアンは顔をしかめる。
そして、二球目にインコース低めにストレートを投げ入れた。
その時だった。
イアンは豪快なフルスイングで打球をバックスクリーンへと持って行った。
渾身のストレートを持っていくか?
回転数が十分ではないが、そう簡単な相手ではないというのをまざまざと見せつけられたという形だ。
俺は続く、四番バッターを縦のスライダーで三振に切って取ると、すぐにベンチに戻る。
「アインが打たれるとはなぁ・・・・・・コース完璧だし?」
「ラスボスにはちょうどいいだろう?」
俺がそう言うと、井伊に「ネクスト」とだけ言った。
「おぉぉぉぉう! そうだった!」
そう言って、打席に立つが、井伊はフルスイングを見せるが、容易に三振に切って取られた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
「クレイジー坊やが容易に打ち取られる!」
井伊があんなに打ち崩されるのは初めて見たな?
最少失点に抑えないと、勝てないな?
若干の暗雲が日本チームに覆ってきたように俺は思えた。
10
その後にゲームは二回に入り、俺は五番、六番、七番を連続三振に切って取って、四番から、四者連続奪三振を記録した。
先ほどまで、日本チームに暗雲が垂れ込めていたが、アメリカチームの空気も変わって来た。
しかし、日本打線はウェルスレッドの剛速球を攻略できない。
そして、ゲームは三回。
八番、九番、一番を速球と変化球を合わせて、再び、連続奪三振。
これで七者連続奪三振。
段々とアメリカチームにプレッシャーがかかってくるようになってくる。
「浦木が失点しながらもアメリカにプレッシャーを与える投球だゼェェェェト」
「打たれているかならなぁ? 次、イアンを抑えないと無意味だよ」
沢木とそのような会話をしながらも、日本チームの下位打線はウェルスレッドを攻略できず。
そして、四回の裏へと向かう。
二番をストレートで三振に切って取る。
八者連続奪三振。
続いて、先ほど、ホームランを打たれた、イアンが右バッターボックスに入る。
初球はインコース高めにツーシーム。
イアンは全く動けない。
ツーシームか?
そう思った、アインはアウトコース低めにツーシームを投げ込む。
これも動けない。
誘っているか?
井伊は早くも遊び球無しで高速スライダーでの三振狙いだが、俺はそれに首を振った。
イアンはスライダーが大好きなんだよ。
ここはアメリカ人相手には・・・・・・
俺は投球モーションに入る。
フォークのように落ちる、縦のスライダーでイアンを三振に切って取る。
ここまで、横の高速スライダーではなく、ツーシームと落ちる縦のスライダーで空振りを奪ってきているから、後は得点さえ奪えれば、この試合は勝てる。
続く、五番バッターも三振に切って取った。
アメリカのベンチを見ると、誰も笑っていなかった。
「問題は得点なんだよなぁ・・・・・・」
井伊がそう言うと、またもや日本の打線が打ち取られる。
続く、二番の仁藤も打ち取られる。
「ネクストですよ?」
「行けるかなぁ?」
そう思った時だった。
長原がライトへホームラン級の打球を放つが、ライトがそれをフェンス際でキャッチしてしまう。
「こんなところで無駄にWBCやらなくてもいいのに!」
誰かが軽く、キレる。
「行くか?」
「アイン、すんごい冷静なんだけど?」
「実際に俺がピッチングは優位だ。アメリカ用の組み立ても出来たしな? 後は得点」
「面目ない!」
そう言って、俺はマウンドに立つ。
五回の表。
俺は六番バッターに初球を投げる。
ツーシームを投げたが、それが一六一キロを超えていた。
場内が凍り付く中で、俺は続けて、カーブを投げる。
そして、最後は縦のスライダーだ。
これで、十一者連続奪三振。
アメリカには相当なプレッシャーだろうな?
ふと、アメリカベンチのイアンを眺めると、今にも歯ぎしりをしそうな表情を浮かべていた。
悪いが、この試合は勝たせてもらう。
俺は続けて、七番バッターに相対していた。
台中の青空が俺を後押ししているようにも思えた。
11
その後も俺の奪三振ショーは続き、五回の表も三者三振。
十四者連続三振となった。
アメリカは六回裏、日本の攻撃。
井伊からの打順だ。
「何だかんだで、一点差だからな?」
俺がブルペンで投げ込んでいると、井伊の打席を見ていた。
何だかんだで、ここぞという場面で一発を撃つのが、スラッガーとしての井伊の特徴だ。
事実、イアンほどの活躍では無いし、同人は三番で固定されているが、日本の四番として十分な働きを見せている。
頼むから、打ってくれよ・・・・・・
そう思った、初球だった。
初球の速球を振りぬき、打球はライトスタンドへと消えて行った。
「やりやがった・・・・・・」
俺は井伊が窮地を自分の窮地を救ってくれた事に対してだろうか、思わず、笑みがこぼれてしまった。
「浦木・・・・・・笑っているのかゼェェェェト?」
俺は「バグったかな? 俺?」とだけ言った。
「アイ~ン! 撃ったドォ!」
井伊がそう言うと、川原が「甘いストレートやったなぁ・・・・・・井伊はそういうのを逃さへんからなぁ? お前、ええ笑顔やなぁ それにしても?」と言って、笑う。
そう言う、俺は笑いながら、試合を眺めていた。
後続が倒れて、スリーアウトチェンジ。
俺はブルペンから、マウンドへと向かう。
「アイーン! 日本の窮地を救ったドォ!」
「・・・・・・MⅤPはお前だな?」
俺が小声でそう言うと「アインが俺の事を褒めた?」と口をパクパクさせた。
「防具付けろ、まだ、同点だ。全力で抑える」
そう言って、俺が六回のマウンドへと上がる。
一番、二番、三番の打順。
イアンと三度目の対戦か?
俺は一番に対して、ツーシームを軸に最後は高めのストレートで仕留めた。
相手は予想をしていなかった配球に悔しさを露わにする。
続く、二番バッターには初球を高速スライダーで入ったが、それを強打される。
しかし、それはファウルになった。
横のスライダー狙いを徹底しているな?
カウントはノーボール、ワンストライク。
遊び球はいらない。
続けて、高めのストレートを投げると、二番バッターは振り遅れる。
会場がどよめく。
恐らく、一六〇キロ越えだろう。
ここに来て、意図して、回転数を抑えているが制球は出来ている。
最高の状態でラスボスに挑めるじゃないか?
続けて、高めにストレートを投げると、二番バッターは空ぶった。
三振。
これで、いくつだ?
記憶が無い。
そんな事よりも、奴だ。
イアンが右バッターボックスに入る。
若干、顔が引きつっている?
何でだ?
ホームランを打った時のような自信を感じない。
俺は井伊のリードを信じて、アウトロー低めにストレートを投げた。
ファウル。
続けて、高めインハイのストレート。
これも空振り。
若干のボール気味を振る時点で、こいつは焦っている。
まぁ、良い。
そして、最後は・・・・・・
俺達がラスボスとの、恐らくは最後になるであろう対戦で選択したのは縦のスライダーだった。
最後の最後で勝負に熱くならないのが、俺だよ。
イアン。
井伊のリードを信じたから、最後は変化球なんだよ。
イアンは真っ向勝負を信じていたと言わんばかりに虚を突かれた、表情をする。
「何故だ・・・・・・」
イアンが英語でそう言うのを唇の動きで察した。
勝てないからか?
俺が真っ向勝負を捨てたからか?
悪いが、俺は今、勝つことしか考えていない。
お前と遊ぶ時間は無いんだ。
俺がそう思いながら、ベンチに戻ると、監督が「浦木、交代や」とだけ言った。
「分かりました」
そう言って、俺はベンチの奥へと、戻って行った。
「アイシングするぞ?」
スタッフがそう言って、俺がアイシング機器を付けようとすると、ゲームは動き始めた。
相手投手のマックスウェルが制球を乱したところを六番の新田が決めた。
ソロホームランだ。
「意外だな? それが野球だけど?」
「何、酔ってんだよ? 一人で?」
「手厳しいですね?」
そう言って、俺はあくびした。
「寝たいんですけどねぇ、試合は見ないといけないんですよ」
「確かに横になった方が回復的には良いけどさ・・・・・・」
「寝かせてもらえます?」
「内緒だぞ?」
俺はそう言って、右肩をアイシングしながら、ロッカーへと向かう。
日本ベンチは歓喜に沸いていた。
そして、抑えのマウンドは北岡に託された。
勝てるな?
もっとも、この試合の出番は終わった。
俺の出る幕はない。
そう思うと、気が楽だった。
12
思えば、時が流れるのは早かった。
日本へと帰国する機内で俺は空をひたすら眺めていた。
俺達はW杯優勝を決めて、意気揚々と帰国することが出来た。
イアンは本気で悔しがっていた、早々にリベンジを告げて、何処かへ走って行ったのが印象的だった。
世界王者になったら、また、騒がれるな?
俺はそう思いながら、ひたすら南シナ海の上だろうか、空を眺めていた。
そして、気が付けば、眠っていた。
「まもなく、当機は成田空港上空にーー」
客室乗務員のその声と同時に俺は目覚めて、着陸の準備を始める。
そして、着陸が済み、荷物を片付け、成田空港のゲートへと入る。
すると、案の定、多くのマスコミがいた。
大体の取材のターゲットは神崎に北岡だと思ったが、俺に取材が集中することとなった。
「浦木選手! 一言!」
マスコミがそう言って、近づいてい来るが、警備会社の社員だろうか?
いかつい男達がそれを遮る。
疲れたな?
熱い風呂に入りたい。
俺はそう思いながら、辺りを見回した。
「アイ~ン」
「浦木く~ん」
空港には自分の家族と、瀬口がいた。
「ただいま」
「息子よ! 勇姿は見ていたぞ?」
「ママ、感激!」
「瀬口、勝ったぞ?」
両親二人を無視して、瀬口にそう言うと、瀬口は「お土産」と一言だけ言った。
「待てぃ、息子よ! 父親は無視か!」
「ママの愛をスルーするなんて!」
そう言う、両親をスルーし続けて「これで良いか?」とだけ言って、台湾で買った、アクセサリーを渡した。
「・・・・・・浦木君って、本当にプレゼントのセンスないよね?」
「悪かったなぁ、歴史物は探したけど、中国語は俺もお前も分らないだろう?」
「そういうのは部屋にあるだけでも、歴史を感じるの! 全く分かっていない!」
「お前みたいなタイプは買って満足する奴だろう」
俺と瀬口がそうやり取りする中でも、父親と母親は「アイ~ン、無視をするな!」と声を上げ、井伊は意気揚々と取材に答えようとするが、川山に怒られて、すぐにバスに押し込まれようとしていた。
「・・・・・・日本に帰ってきたな?」
「ねぇ、聞いてる?」
瀬口がそう言うと「結構、頑張って、選んだんだけどなぁ、俺?」と瀬口に苦言を呈した。
瀬口はともかく、井伊が怒られ、両親が俺に対する身勝手な愛を叫ぶ光景を見て、帰国したと感じる俺って、何だろう?
俺はこのカオスな状況に頭を抱えたくなった。
続く。
次回、第三話 帰還
アイン達が日本に帰国して、ここから甲子園を目指す戦いに戻ります。
来週もよろしくお願い致します!