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第一話 日本代表合宿

 再び、明けましておめでとうございます。


 新年早々に能登半島地震が起きて、世の中、大変ですが、笑えるのであれば、このスーパーくだらない高校野球ブラックコメディ小説で暗い気持ちを吹っ飛ばせればと思います。


 全九話編成で、お送りするので二カ月弱の道程になると思いますが、皆様、再度重ねて、こんなご時世ですが、お付き合い願いたい次第です!


 ご拝読、宜しくお願い致します!

1 


 JR横須賀線から大船で湘南新宿ラインに乗り換えて、北鎌倉から、首都のど真ん中である、新宿駅へと降り立った。


 浦木アインは首都であり、大都会である東京へと降り立って、人通りの多さに閉口した。


 大船も多いけど、ここまでの人の数とはな?


 そう思って、ホームへと降り立つと、後ろから井伊小太郎が柴原信一郎と共に意味無くはしゃぎ始めていた。


 新宿駅の大迷路の中から地下鉄へと乗り換える手段を考えていた俺は時間を気にし始めた。


 まだ、時間はあるが、迷子になるのは必至だから油断ならないな?


「いやぁ、ついに来てしまったわ! 魔都、新宿!」


「おう、ついに俺達も花の都に進出したか!」


「よし、景気付けにサクラ大戦歌うで!」


 そう言う二人を無視して、二人がサクラ大戦のオープニングテーマを歌う中で、俺は必死になって、東京駅から抜け出すルートを探していた。


 まぁ、確かにこの辺りは、アウトローとビジネスシーンが混在する空間がが目立つ。


 だが、俺は嫌いだ。


 このゴミゴミとしたカオスな空気が嫌いなんだ。

 

 だが、人が多すぎるのと駅の構造が迷宮のようになっていることが俺を苛立たせていた。


 外苑前駅まで行かなければならないのだが、その場所が分らないのだ。


 ニューヨークはよく分かるのに、なんで東京は分からないんだ。


 俺はつくづく、田舎者に染まったようだ。


「アイン!」


「何だ? 俺は今、忙しい。サクラ大戦でも歌っていろ」


「龍が如くだよ!」


 そう井伊と柴原が指さす方向には、歌舞伎町があった。


「浦木、俺達とキャバクラ行かんか?」


「俺達は未成年だぞ? それに時間が無いし、道に迷った」


 それを聞いた、井伊と柴原は「うぉぉぉぉ! アインが東京砂漠にはまっている!」や「嫌やなぁ、都会に染まった、ビジネスマンは? 義理も人情もないんやな?」などと言って、スイカを取り出す。


「とりあえず、JRから出ないとな?」


 俺を含めた、三人はとりあえず、改札を出た。


 さて、ここから東京メトロ副都心線を探すんだが?


「うぉぉぉぉ! 女の子の露出度が高い!」


「さて、キャバクラ行こうやないか!」


「お前らなぁ、時間厳守なんだから、そんな暇は・・・・・」


 だが、そういう俺も腹は減っているんだ。


 何か、飯を食いたいのは確かだが・・・・・・


「アインよ、貴様は帝都に来て、何も感じないか?」


「まぁ、自分が田舎者であるということを痛感したぐらいかな?」


「魔都に来たんやから、ハイカラな飯ぐらい食いたいわ!」


「お前らなぁ、治安悪いんだぞ? ここ? 第一、金は?」


「いや、田舎者が何を気取ってんねん?」


 柴原が急に核心を突いた事を言うので、俺は拳を振り上げるが、柴原は「ええんか? 聴衆の目があるで?」とそれを嘲笑う。


 柴原のくせに・・・・・・


「一時間以上はあるんや? なぁ、いっしょに魔都を感じようや?」


 まぁ、瀬口に何か、土産でも買うのもいいかもしれないな?


 あいつも東京に行きたいって言っていたし?


「・・・・・・探し物がてら、食うか?」


「オオキ二!」


「魔都、バンザァァァァイ!」


 田舎者どもめ・・・・・・


 周囲のサラリーマンから好機と憐みの目で見られながら、俺達は新宿の激安で有名な本格寿司屋に入っていった。


「この額でこんな、本格的な寿司が食えるんか! 魔都恐るべし!」


「高校生程度の金で本格的な寿司食えるとか? 泣けてくる!」


 美味いなぁ、ここ?


 収益が成り立っているか、心配だが?


 あと、歌舞伎町のど真ん中だから、早く退散したい。


 井伊と柴原は店内でサクラ大戦のオープニングを合唱して、周囲から迷惑な客と見られていた。


 まぁ、紀伊国屋書店で瀬口が好きそうな江戸と現代の東京の比較する地図のような本を手に入れたからいいか?


 そう思った、俺だが、時間を見ると刻々と集合時間が近づいてきていた。


「お前等、そろそろ行かないか?」


「まだや、東京と言えば・・・・・・まだあれがあるだろう!」


「そうタピオカや!」


 タピオカは台湾だろう!


 わざわざ、東京まで行って、食う必要あるか?


「いや、あれは台湾の奴だから、東京に来てまでーー」


「バカモン! 東京はタピオカ激戦地や!」


「あの茶とミルクが混じり、タピオカの弾力の中に甘みがあるあの雰囲気をーー」


「行くぞ、時間厳守だ」


「待てぃ、アイン!」


「お前には情緒というものはないのかいな!」


「井伊は正式に呼ばれたけど、お前は東京観光に付いてきただけだろう」


「うぅぅ!」


そう言って、柴原は「胸が痛いわぁぁぁぁぁ!」と言い出す。


「アイ~ン、タピオカぐらいはいいだろう?」


「柴原はとにかく 、俺とお前は合宿に来たんだろう」


 そう、俺と井伊は夏の甲子園が終わった後に正規メンバーの不祥事によって、急遽、Uー18野球日本代表に緊急招集されたのだ。


 その合宿を行う為に東京の神宮球場近くにある軟式野球場へと向かわなければいけないのだが、


 ここから、東京メトロ副都心線に乗らないといけない。


 つくづく、自分の田舎具合が嫌いだ。


「走れ、時間がない」


「おぉぉい!」


「道間違えたんか!」


 そう三人で走る最中、井伊と柴原は「うぅぅ、寿司が胃の中で暴れとるで」や「我慢だ、柴ちゃん! 吐いたら負けだ!」などと言う。


 都会ってなんでこんなにまどろっこしいんだ?


 俺は自分が田舎者だと痛感したと同時に時間が消費されていくことに怒りを覚えていた。



 東京メトロ副都心線の明治神宮前へと降り立ってからが大変だった。


 明治神宮の軟式野球場が見つからないのだ。


「アイン、見つからないのか?」


「・・・・・・俺も田舎者か?」


 するとその時だった。


「お前等、道に迷っているのかよ?」


 王明実業の北岡享がそこにいた。


「なっ、AV男優!」


「許せん、俺達の川村先輩を!」


 そう言って、井伊と柴原は走りながら、北岡に殴りかかろうとしていたが北岡は迫ってきた井伊には顔面に右ストレートを打ち込み、柴原にはボディにそれを打ち込んだ。


「おふぅ!」


「だからさぁ、格闘戦じゃあ、俺には勝てないよ」


 倒れる二人に目もくれずに俺は「助かります。軟式野球場はどこだか分かりますか?」と聞いた。


「一緒に行くか?」


「ありがとうございます」


 俺と北岡がそう言って、神宮一帯を歩こうとすると、北岡は「あの二人はいいの?」と聞いてきた。


「いいです、バカだから」


「待てぇぃ・・・・・・」


「俺達もジャパンのユニフォームを着るんや」


「井伊は着るけど、お前は部外者だろう」


 それを聞いた柴原は立ち上がると、学生服のぽっけに手を突っ込みながら、男泣きを始めた。


「どうやら、わしはここまでのようや」


「そんな・・・・・・ おやっさん!」


 どこの劇団だよ。


 俺と北岡は半ば呆れていたが、仕方なくこの茶番を眺めていた。


「だがなぁ、これだけは覚えておけや、浦木、井伊」


「何だい、おやっさん」


 柴原は涙をぬぐっていた。


「・・・・・・台湾でやるんやろう? ワールドカップ?」


「あぁ、そうだよ、おやっさん!」


「・・・・・・ 台湾土産をぎょうさんこうてきてくれや」


 それを聞いた、俺は「そうか。現地の呪いの人形をお前にくれてやるよ」とだけ言った。


「なんでや! 軽くサイコかつホラーやないか!」


「アジアのホラー映画は質が高いからな? 何だったら、捨てても気が付いたら、部屋に戻って来る奴をやろうか? 孤独なお前にはぴったりの友達が出来るだろう?」


「ガチモンのやばい奴やないか!」


 そう柴原が言うと、井伊は「おやっさん、台湾のエロアイテムを買ってくるよ!」と大声で言った。


「あっ、それは俺も欲しいな?」


 北岡さんも男だな?


 軽く唾を吐きたい気分になっていた。


「頼む! 野球は負けてもいいから、土産を頼むわ!」


「あぁ、任せてくれ、日本の威信にかけて、エロアイテムをゲットしてくる」


 ここに日本の恥がいます!


 しかも、エロアイテムで威信をかけるなんて非国民です!


 俺はそう思うと「行くぞ、時間ないぞ」とだけ言った。


「じゃあ、頼むで! アディオス!」


 そう言って、柴原は街の中へ消えていった。


 道に迷ってしまえばいいのに?


「えぇと、メンバーはひとしきり、見ましたけど?」


「あぁ、高谷に神崎、沢木に佐野、海東に長原が選ばれている」


「二年生が多いですね?」


「まぁ、投手が少し多いかな? もっとも今年の二年は黄金世代なんて言われているけどな?」


 そうらしいな?


 もっとも、年が同じというだけでひとくくりにされるのは気に入らないが?


「アイ~ン、まだ集合まで早いぞ~」


「早めに行って、準備運動だ」


 そう言って、俺は神宮球場前を通り過ぎた。


 若干、都会の空気とナショナルチーム入りをしたことで気負いすぎかな?


 俺はそう思いながら、神宮球場の前を通り過ぎて、軟式野球場へと向かっていった。



 軟式野球場に入って、ユニフォームに着替え、準備体操をしていると、日本代表に選ばれた連中と相対すことになった。


 初めて来たけど、この軟式野球場はあと数年で都市再開発の影響でなくなるらしい。


 場合によってはプロの選手もここで練習するらしいから、神奈川県民ではあるが、名残惜しいなと俺には思えた。


「浦木か、久々だな?」


「まぁ、まだ数週間ですけどね?」


 神崎翔と話をしていると、そこに「ゼェェェェト!」と叫び声が聞こえる。


「浦木君、久々だゼェェェェェェト!」


 ゼットマン沢木だ。


「あぁ、久しぶりだ・・・・・・」


「はははは・・・・・・ゼェェェェェト!」


 そう言う沢木を見て、俺は暑さの中ではしゃぎまわって、死ぬんじゃないかと思えた。


 もうすぐ、八月が終わるのにこの暑さで、そんなテンションは死ぬんじゃないか?


「ゼットだ! みんなゼットしろ! ゼット! ゼット!」


 もはや、意思疎通が困難なんですけど?


 俺がそう感じながら、沢木を無視して、柔軟を続けていると、その前に佐野が現れた。


「・・・・・何だよ?」


「瀬口さんは元気かい?」


 そういえば、こいつは瀬口の事が好きなんだよな?


 俺の彼女なんだが?


「元気じゃない?」


「うん、そうか・・・・・・浦木君」


 佐野が眼鏡を曇らせながら、こちらに近づいてくる。


「僕と瀬口さんの距離を近づけてくれないか!」


 えぇぇ?


 いやだよ、あいつは俺と交際しているんだもん。


 それに勝手にあいつの情報を漏らすと、何を言われるか分からないもんな?


 あいつの父親は国会議員だしな?


 そう思っていると、スマホにLINEの着信が入った。


「何だい、浦木君?」


「いや、何でもない」


「練習前とはいえ、練習場にスマホを持ち込むなんていい度胸だゼェト?」


 鬱陶しい奴のダブルコンボだ。


ー世界チャンピオンだ! がんばれ!ー


 普通に嬉しいのだが、この状況でどう弁明しようか、このマザコンに?


「君と瀬口さんはやはり親しいのか?」


 佐野が丸顔を俺に迫らせてくる。


「・・・・・・だったら、何だよ?」


「・・・・・・まさかとは思うが?」


「うん?」


「君はーー」


 すると、遠くから「おぉぉう、浦木君!」と中年の男の声が聞こえた。


 瀬口の父親だ。


 何で、議員先生が練習場に入ってくるんだよ!


 明らかな越権行為だろう!


「あっ、お久しぶりです」


「いやぁ、無理言って、練習場に入ったが、国会から近くて、君に会いに来たよ」


「光栄です」


 嘘です!


 帰ってください、先生!

 

 佐野が疑念を抱きながら、俺の顔を見つめる。


「真も君が世界チャンピオンになるだろうと自慢しているよ。君は娘にとって、ヒーローなんだ。無論、私にとってもな?」


 そういう議員先生は「がっははは!」と笑いだす。


 すると、お付きの秘書が「先生、お時間が近いのと、そろそろ退却しないと、高野連の連中がうるさいと思われますが?」と進言してくる。


「おぉぉう、そうか、これはまた、週刊誌に書かれるな。越権行為とな?」


 そう言って、高笑いを始めると「高野連は我ら、自明党とは相性が悪いからな? プロだったら話は別だが・・・・・・浦木君、がんばれよ、我らがヒーロー!」と俺の肩を叩く。


 いや、その発言自体も結構な暴言ですけどね?


 すると、そこに佐野の母親がやってきた。


「瀬口先生? うちの息子に何の用ですか?」


 えっ、知り合い?


「ママ! この人は僕のフィアンセのお父様だよ!」


 勝手にフィアンセにすんなよ、人の彼女を!


 知らないんだろうけど?


「チッ! 佐野のババアが? 臨時国会が始まったら、また俺の兄貴を野次るんだろう」


 この議員先生の兄は現職の元総理大臣なのだ。


「そう、あの子のお父様があなたなの?」


 すると、佐野の母親は「冬彦さん、あの子はだめよ、与党の政調会長の娘とはなんて絶対にダメ」と言い出した。


「なんで! 母さんは僕の味方だろう!」


「あなたは、民人党の幹事長であるこの私の息子なの。かわいそうだけど、こればかりはーー」


 すると、佐野は実の母親の腹を殴る。


「冬彦さん・・・・・・・」


「・・・・・・」


 元ネタの再現が来たな?


 というか、佐野の母親って野党第一党の幹事長なんだ?


 どおりで、遠くにある公用車にガタイの良いスーツ姿の男達、数名がいるわけだ。


 警視庁のSPは政府要人だけではアなく、各政党の党首、幹事長クラスの警護を行うからだ。


「先生、そろそろお時間が・・・・・・」


「茶番だな? 浦木君、がんばれよ」


「はい」


「佐野先生、残念ですが、あなたの息子さんではうちの娘には役不足です」


「何ですって?」


 ここで論争をしないでよ。


 親バカフレンズ達よ。


「まぁ、臨時国会が楽しみですよ、じゃあ、私はこれで!」


 そう言って、瀬口先生は高笑いをしながら、練習場を去った。


 本人には悪いけど、まるっきり悪代官だな?


「浦木君と言ったわね?」


 佐野の母親がこちらに迫ってくる。


「はい」


「うちの息子はあなたよりも素質があるわ。ルックスだって丸っこくてかわいいもの、とにかく、あのお嬢さんと一緒に地獄に落としますわ」


 佐野先生がそういうと当の佐野本人は「ママのバカ! 僕は真ちゃんがいいんだ!」と言って、幹事長先生を怒鳴り散らす。


「冬彦さん!」


「バカ! バカ!」


 うん、限りなく茶番だな?


「とにかく、浦木君! 覚えていなさい!」


 そう言って、幹事長先生は涙を流しながら、練習場を去っていった。


「佐野、親不孝だゼェェト」


 沢木が傷口に塩を塗るようなアシストを決める。


「浦木君! 君には真ちゃんは渡さない!」


 佐野はそういうが沢木が「というか、もう親公認の仲ならもう勝ち目はないゼェェト。佐野のときめきメモリアルはもう開始前から終わっているゼェェェト」と追い打ちをかける。


「沢木、お前は意外とえげつないな?」


 俺がそう言うと、佐野は「嫌だぁ! 真ちゃんは僕の物なんだぁぁぁ!」と泣き叫び始めた。


「ママァ!」


 佐野がそう叫ぶ中で、沢木は「いい加減、ママのおっぱいから離れるゼェェェト」とさらに辛辣な言葉を放つ。


「うぅぅん、まさしく史上最凶の日本代表だな?」


 井伊がそう言うと俺は「笑えねぇよ」と言った。


「気にしない、気にしない」


 そう言って、柔軟を続けながら、俺は汗をぬぐった。


 残暑が鬱陶しい。


 佐野はまだ叫んでいた。



 数年後には解体されるだろう、明治神宮の軟式野球場で柔軟をしていると、全日本の監督である川山とヘッドコーチの原口が現れた。


「まぁ、君等は高校野球界の精鋭でありーー」


 演説の長い監督とは事前情報で聞いていたが、その情報に間違いはなかった。


 うちの監督である、林田耕哉からレクチャーを受けていたが、この監督はとにかく、勝利至上主義で、本来であれば、各国の高校生がフェアプレイを誓い合う、サロン的な会合として考えられている、これらの国際大会で選手の不手際を起こした後に『お前等、世界は取れんぞ!』と激怒した話は有名だ。


 しかも、その癖、現代野球では得点するにはあまり不確実と言われる、送りバントを好むらしい。


 まぁ、日本独自の野球とは言えば聞こえはいいが、これだけ、サイバーメトリックスやら統計やらが、進んでいる二十一世紀の野球において、昭和志向のジジイが令和の時代に生き残ているのかもしれないな?


 川山の演説が終わると、次は原口の演説が始まる。


 長げぇ。


「長いゼェト、むらむらしてくるゼェト」


「何でだよ、何がお前を興奮させる?」


 沢木に対して俺がそう言うと、北岡が「たしかにむらむらしてくるな? もっとも、ホテルでは相部屋だから、しこるのもトイレじゃなきゃいけないのが、難点だが?」とそれに対して、同意する。


「おぉぉう、合宿あるあるですなぁ」


 北岡、沢木、井伊の三人は早くも下ネタで意気投合している。


 俺はこんなすぐに下ネタを言う、奴等と同等にはなりたくない・・・・・・


「以上だ、各自、練習に入ってくれ!」


 そう言って、各自解散になり、俺は下ネタを言わないだろう、神崎に近寄る。


「自主練ってことですか?」


「まぁ、川山先生も他所の学校から選手を預かっているからかな? 自主的な裁量に任されていると思うよ。千本ノックはないと思うけど?」


「神崎さん、それは昭和ですね?」


 俺がそう言うと、神崎は笑いながら「柔軟は済んだかい?」と聞いてきた。


「えぇ、まぁ?」


「じゃあ、肩がほぐれたら、キャッチやろうよ」


 神崎はそういうと、俺にグータッチしてきた。


「ご本家はもうやめましたけどね?」


「あれ、結構好きだっんだけどな?」


「伏せているんだから、言っちゃだめですよ」


 そう言って、俺は神崎とグータッチすると、しばらくしてから、キャッチボールを始めた。


 すると、そこにマスコミが多く押し入って、カメラをフラッシュさせる。


「すごい、注目度だ?」


「ここ最近は、世代別日本代表にも注目が集まっているからね?」


 そういう中で、井伊が「うぉぉぉぉぉぉ! ディスイズ、ジャパニーズサラリーマン!」と叫びながら、猛烈な勢いで素振りを続ける。


「僕らのリゲインだろう?」


「働く大人の讃美歌だゼェト」


 辞めろ、辞退しろ、日本の恥共。


 俺がそう思う中で、ふと視線を感じたので、その方向を見たら長原が俺をにらみつけていた。


「何だよ?」


 そう言うと、長原はどこかへと消えていった。


「・・・・・・すまない」


「神崎さんは悪くないですよ」


 神崎と長原は同じ広川大付属の先輩、後輩の仲である。


 そして、長原が大のアイアンズファンで俺に対して、その同球団のスカウトが俺の一本釣りを狙っていると聞いて以降、奴は俺を敵視するようになった。


「俺は大学行きますから?」


「周りがそうさせると思うかい? 僕も大学に行きたかったけど、ウチの学校の上層部が親まで説得させて、プロ志望届けを提出するように働きかけたらしい」


 神崎はバツの悪そうな顔をしていた。


「それは・・・・・・悪質ですね?」


「まぁ、そうしないと家に脅迫状が届きそうだったからね。不本意だけど、今はどこの球団に入るかが気になって仕方ないよ」


 そういう神崎の顔はすぐれないものだった。


「浦木君は志望球団とかあるのかい?」


「・・・・・・無いですけど、あくまで大学に行くのが目的で、野球していましたからね?」


「そう」


 その後は二人で、キャッチボールを続けた。


 井伊の甲高い声があたりに響いていた。



 東京での合宿が始まって、二日。


 俺は井伊を座らせて、ブルペンで投球練習をしていた。


「オッケィ! ナイスボー!」


 井伊の甲高い声が響く。


「良いなぁ。お前、球が速いうえに伸びまであぅて、変化球も多彩だからな?」


「うぅぅん! 速球派投手は男のロマンだゼェェト!」


 沢木と先輩投手である、国文がそう言ってくる。


 だが、そういう国文は確かに速球派ではないが、見ていて美しいアンダースローで多彩な変化球を投げ込んでいた。


「ナイスボール!」


 井伊と正捕手の座を争う、杉原がそう声をかける。


「早く、俺にも投げさせるゼェェェト」


「お前は夏に結構、酷使されたから、休んだ方が良いだろう?」


 俺はそう言いながら、井伊のミットめがけて、速球を投げ続ける。


「お前も夏に結構、投げ込んだゼェェト」


 すると、そこに川山と原口がやってきた。


「浦木、ちょっとええぇか?」


 出たよ、おっさん。


 俺一人で応対するの嫌だな?


「あっはい」


 そう言って、最後の一級を井伊に投げ終えると、俺は駆け足で二人のもとに駆け寄る。


「お前には先発の一角、やってもらうで?」


 まぁ、順当だな?


 そう思った俺は、投げるのを止めて、川山に向き直った。


「構いません」


「・・・・・・」


「どうしたんですか?」


「応対の仕方が・・・・・・ウチの生徒やったら、しばくで? ちょっと、気を付けぇいや?」


 そう言われてもなぁ?


 この人に対してはノーリスペクトなんだよなぁ?


 まぁ、それを見抜かれているなら、気を付けないといけないが?


「はぁ・・・・・・」


「まぁ、それはええわ、ミーティングで言うけど、明後日は早明大学との壮行試合で一イニング投げてもらう。その二日後には大学日本代表と神宮球場でこれまた壮行試合や、適度に体動かして、怪我せんといてや?」


 そう言って、川山と原口はどこかへ消えていった。


「うぉぉぉ! 大学生と対決か!」


 盗み聞きしていたのかよ? 


 そう言った、井伊は「許せん!」とまで言い始めた。


「何で?」


「あいつ等! 勉強という正論の名のもとに、夜まで遊び、合コンをし、女の子と遊び放題の性活をする輩だ! 許せんぞ、日本の大学生!」


「・・・・・・要するに女にモテる奴が嫌いなんだろう? ちなみにお前の言っていること全部ひっくるめて、言えば、反知性主義とひがみが感情を支配しているから?」


 俺がそう言うと井伊は「高卒の意地を見せるだぁぁぁぁ!」と叫んだ。


「なぁ、浦木を除いて、みんなそう思うだろう?」


「・・・・・」


「あれ、国分さん?」


 国文が悩んだ表情を見せる。


「俺、高校でプロ行けなかったら、大学か社会人行こうかと思うんだけど?」


 あぁ、そっか、この人は三年だし、時期的にはプロ志望届を出すか、進学か就職かを悩むんだろうな?


 俺の周りも一年後はこの人みたいな人が多くなるんだろうな?


 もっとも、叫んでいるバカは後先考えずにプロ志望届を出すんだろうけど?


「それは、どれかに決めなきゃいけないんでしょう?」


「いや、大学と社会人で指名待ちしてくれるところがあってさ?」


「それはかなり良心的ですね?」


 指名待ちとはドラフト会議で指名漏れした場合に大学および社会人チームがその選手を迎え入れてくれる事を指すのだが、現行のドラフト制度でプロ志望届を出した選手に救いの手を差し伸べるチームがあることははるかに良心的だろうと思えた。


 昭和や平成の頃のドラフトはそれで、かなり揉めて、高校と大学の推薦ルートが消えたという話しがあるぐらいだ。


 国文は進路に関しては、かなり恵まれているとしか言えない。


 もっとも、日本のドラフト制度は独特の競合選手がいた場合は、くじ引きで選手の交渉権を得るということがあるから、揉めるんだろう?


 アメリカはウェーバー制度で一番、最初に指名した球団が無条件で交渉権を得るのだ。


 日本のドラフトはショーと化しているが、アメリカのドラフトはマスコミに公開されることなく、電話会議で密かに六月に行われる。


 それはネットで聞けるが、そこまでするのはアメリカでもマニアの部類のオタクだ。


 ここまで、過剰にアマチュアを煽り立てるのは問題があると思うがな?


 神崎さんが可哀そうだ。


 俺はそう思考を働かせていた。


「浦木は・・・・・・プロ行くんだろう?」


「いえ、大学進学です」


「意外! てっきり、プロ行くのかと思った!」


「まぁ、いきなりプロはよっぽど、腕に自信がないなら止めておいた方が良いでしょう」


 俺がそういうと、井伊が「許せん、ブルジョアジー共め! 沢木、お前は俺と同じ道を!」と言って、沢木に詰め寄る。


「いや、俺は東京の大学行くゼェェト」


「えぇぇぇぇ!」


 その場にいる全員が驚いた。


「おかしいゼットか?」


「いや、お前・・・・・・バカじゃん!」


 俺がそう言うと「俺はオール五だゼェェト」と沢木は答える。


「まじで?」


「まぁ、推薦という手もあるが、最悪の場合は受験するぜぇぇと」


「・・・・・・面接でゼットとか言うなよ?」


「・・・・・・俺、ゼットなんて言ってないゼェェェト」


 周囲に沈黙が走る。


「えっ?」


「何を言っているゼェェェト?」


 まさかの自覚症状無しかよ・・・・・・


 俺は沢木の語尾の謎が深まる事に頭を抱えそうになっていた。


 それを悟られるのが嫌なので、俺は道具を片付け始めた。


「アイン、終わり?」


「沢木の忠告に従って、体を休めるんだよ」


「じゃあ、俺も休むゼェト」


 俺と沢木はそう言って、ブルペンを後にしようとした。


 国文は先までの騒動の後でひたすら美しいアンダースローで杉原のミットに変化球を投げ込んでいた。


 すると、井伊も俺達の後についていく。


「何? ポピュリズムに踊らされている人?」


「止めろ。そういう言い方するの? 俺は打撃練習に行くんだ」


 三人でそういう中で九月の東京ではまだセミが鳴っていた。


「アイスが食べたいな?」


「腹壊すゼェト」


 セミの鳴き声が一瞬止まった。



 二日後、早明大学のメイングラウンドで高校日本代表対早明大学の壮行試合が行われた。


 試合は先発の北岡が、四回を投げて、なんと大学生相手に八個の三振を奪った。


 打線は四回に三番井伊と四番長原のアベックホームランで二点を先制。


 そのリードを守って、二番手投手の国文が打たせて取るピッチングで、七回までゼロ更新を続け、八回を沢木が投げ、ついに九回の裏へと突入した。


「浦木、出番や」


 俺はブルペンで川山のその一言を聞くと、最後の一球を投げ込んで、すぐにタオルで汗を拭き、他の投手達とグータッチをした。

 

 唯一、佐野はそれを拒否したが?


 俺はマウンドに駆け寄り、キャッチャーの井伊と内野陣が集まった後に、汗を拭う。


 熱いな?


 九月なのに?


 俺がそう思っていると「いやぁ、まさかのゼロ更新だ?」と井伊がミットで口を隠しながら、そう言った。


「まぁ、ここでポカされたら面白いけどね?」


 長原が人を嘲るような笑いを浮かべる。


 まぁ、こいつはこういう奴だからな?


 いちいち、反応するのもナンセンスだ。


 そう円陣を組む中で、セカンドの三年黒木が「まぁ、壮行試合だから?」とだけ言った。


「よし、帰って、タピオカだ」


 ショートの宮田がそう言う。


「いや、俺達、外出は禁止されていると思いますよ?」


「何、言ってんだ? 花の都にまで来て、何もせずに帰れか?」


 すると、審判が「長いよ!」と怒り出した。


「とにかく、どこかへ行くぞ!」


 宮田がそう言うと、皆が皆「東京!」と叫ぶ。


 井伊の感染力はすげぇな?


 そう思いながら、俺は投球練習を始める。


 早明大学のバッターはじっと、それを眺めている。


 そして、井伊からボールを返球される。


「プレイ!」


 審判がそういうと、俺は井伊のサイン通り、アウトコースのストレートを投げ始めた。


「ストライク!」


 球が速いと、対角線を意識した配球でストレートでのゴリ押しが出来る。


 俺は井伊がカーブのサインを出すが、それに首を振って、ストレートのサインに応じた。

 

 今日は短いイニングで、公式戦じゃないから、実験的なことをするのさ?


 そう言って、俺がストレートをインコース中段に投げると、グラウンドは騒めく。


「まじで?」


「・・・・・・これは、まずいな?」


 大学生達がそういうのを聞いて、スピードガンの数字かなと思えた。


 続いて、井伊が高めの釣り球を要求したので、そこに全力のストレートを投げ込むと、


 バッターは空振り三振に倒れ、騒めきはさらに大きくなった。


「あいつ、まだ高二だろう?」


「・・・・・・化け物め?」


 スピードガンだな?


 俺はそう思った後に続くバッターに相対していた。


 そして、井伊のサイン通り、インコース低めにストレートを投げ入れた。


 ミットの弾ける音が響き、騒めきは沈黙に変わっていた。



 翌日、スポーツ紙面の一面は俺だった。


「158キロを出して、一躍時の人か?」


「良いなぁ、お前は? 俺なんか、ホームランを打っても三面記事なのに?」


 そう言って、井伊と北岡がエビマヨネーズとパスタも取り寄せる。


 宿泊先のホテルで昼食を取ることになったのだ。


「・・・・・・悪い事を一つ出来ないですね?」


「だろうなぁ、俺もエロ本買えねぇもん?」


 北岡がそう言った後に、井伊は席に着き、パスタをずるずるとすすり始める。


 野蛮人共め?


「ところで、今日の脱走計画はどうする?」


「おっ、良いですね? 花の都を満喫するんでしょう?」


 その計画を本気でやるつもりなのか? 


 俺は知らないぞ?


「試しに歌舞伎町へ行くゼェェェト」


 沢木もそこに加わる。


「あぁ、龍が如くツアーか?」


「いいねぇ、俺達、未成年だから、制限かかるけど?」


 そう言って、黒木と宮田も加わる。


「でも、ママに怒られるんじゃあ・・・・・・」


 佐野の坊ちゃんまで、脱走計画に加わるか?


「・・・・・・せめて、タピオカぐらいなら良いだろう?」


 北岡がそう言うと、皆、頷いていた。


「よし、行きたい奴は挙手しろ!」


 そう言うと、俺、長原、神崎の三人以外は皆、手を挙げた。


「よし! 脱走するぞ!」


「おぉぅ!」


 俺は冷やし中華を食べ終えると、すぐに部屋へ戻ることにした。


 余計な反乱には加わらない方が身のためだ。


 何せ、俺は常に体制派なのだから?


「アイン、行かないのか? タピオカ食えるんだぞ」


「・・・・・・俺が行ったら、脱走計画がⅩに上げられるぞ」


 それを聞いた、井伊は「お前って奴は・・・・・・身を挺して、俺達の脱走を支援してくれるか!」と涙を流す。


 はい、バーカ!


 まぁ、事実、これだけスポーツ紙に乗ったら、俺の身も危ない。


 こいつ等だけ叩かれればいい。


 そう思った、俺は「とりあえず、宿舎に戻る」とだけ言った。


 そして、しばらく寝ていると、監督の川山が「あいつ等! どこ行ったんや!」と怒号をホテルに響かせていた。


 そして、翌日。


 代表チームのほとんどが監督及びヘッドコーチから叱責される事となった。


「お前はこういう事になることを予期して、行かなかったんだな?」


 井伊が冷たい目線を俺に向ける。


「普通にこうなると、予測出来なかった、お前等が悪い」


「お前は体制派のポチだゼェェト!」


 何とでも言え。


 そう思った俺は「今日は大学日本代表との試合だろう」とだけ言った。


「話題をすり替えるなよ」


 井伊がそう言うと、俺は「あの中には俺達にとって因縁深い二人がいるんだよな?」とだけ言った。


「あぁ・・・・・・軽くダースベイダーのテーマが聞こえるな?」


 井伊がそう言うと沢木が「沖田と金原、お前等二人の二年先輩だゼェェェト」と言った。


「あの二人は今じゃあ、二年生にして大学野球の中心選手だからな?」


「どの世界でもOBは歓迎されないゼェェト」


 そう言った、沢木はタピオカグミを出してきた。


「元気出すゼェェト」


「気が重い」


 井伊がそう言うが、俺は無言だった。



 試合前の神宮球場は午後三時を迎えていた。


 今回の高校日本代表対大学日本代表の試合はナイトゲームで行われる。


 故にどこかけだるさを感じていた。


 無理もない、普段デーゲームで慣れているから、この時間帯はようやく学校の授業が終わる時間帯だ。


「おぉぉう、チケットはソールドアウトだそうだゼェェト」


「本気で言っているのか? 今日は月曜だろう?」


 よりにもよって、一番気怠い月曜なのに、神宮は満員ですか?


 日本人はどこまでめでたいんだ?


 俺がそう思う中で井伊は「ディスイズ、ジャパニーズサラリーマン!」と叫びながら、打撃練習を続けていた。


 立て続けにサク越えを連発しているので、マスコミもそれにはさすがに無視をすることが出来ずにシャッターを押す。


 そんな中で黒木と宮田がリゲインのテーマを口ずさみながら、井伊の打撃練習を見つめていた。


「井伊君の打撃は相変わらず豪快だね?」


 そこには、明朝テレビのスポーツ部のディレクターである、藤谷達郎がいた。


 あいかわずの肥満体から汗のしずくを垂らしていた。


「あぁ、勢いと馬力だけがあいつの取柄ですからね?」


「まぁ、しかし、君達の先輩達が壮行試合の相手か?」


「テレビ的に煽れば、かなりおいしいでしょうね?」


 すると、俺はある気配を感じた。


 同時に脳内でスターウォーズの帝国軍のテーマが聞こえてきた。


「お前等、久しぶりに見たな。えぇ?」


 金原がそう言って、近づいてくると、俺は直立不動の態勢を取り、井伊も打撃練習を止めて、同様の態勢になる。


「ちわっす!」


「ちわっす!」


 俺は帽子、井伊はヘルメットを脱帽して、頭を下げた。


「お前等、俺がここに来る前に挨拶しなかったろ?」


 来たよ、令和のこのご時世に体育会系のこの無駄な縛り?


 俺はそう思ったが、相手は鬼軍曹で知られた金原なので「申し訳ありません」と言うしかなかった。


「まぁ、今日はとことん遊んでやるよ、当てるから気をつけろよ?」


 そう言って、金原もリゲインのテーマを口ずさんでいた。


 この人もかい?


 すると、そこに沖田が現れた。


「ちわっす!」


「ちわっす!」


 俺と井伊が頭を下げると、沖田は「僕相手にはそれはいいから」とだけ言った。


「まぁ、金原はああだけど、浦木と井伊とまた対戦できるのを楽しみにしていたんだよ」


「そうなんですか?」


「うん、良いサンドバックで大学での憂さを晴らせるってね?」


 それを聞いた、俺はこの人達は俺達をそういう扱いで見ているのかと絶句した。


「まぁ、僕も久々に金原とバッテリー組めるからこういう機会は嬉しいけどね?」


 そう言った、沖田は「じゃあ、当てるから避けてね?」とだけ言って、どこかへ消えた。


「アイン・・・・・・」


「あぁ、分かっている」


 そう俺達は完全にあの二人に舐められている!


 確かに大学と高校ではその実力差は明らかに開いている。


 だが・・・・・・もう少し、人間らしい扱いをしてもいいだろう。


 何せ、もう時代は令和なんだから?


「俺達はサンドバックじゃない」


「・・・・・・まぁ、実力差はあるのはしょうがないが?」


「何だい? アイン?」


「・・・・・・下剋上でもするか? 気に入らねぇし?」


 それを聞いた、井伊は「君こそ、ジャパニーズビジネスマンだ!」と言われた。


「意味分かんねぇよ。大体、俺の性格を考えれば二十四時間は働かねぇだろう?」


 それを見ていた、藤谷はただ腹を抱えて笑っていた。


「楽しみにしているよ。大学生相手にジャイアントキリングをしてくれ」


 そう言って、藤谷はどこかへ消えた。


「ジャイキリか?」


「下剋上だな?」


 そう言って、俺はベンチへと下がり、井伊もそれについてきた。


「受けようか?」


「まぁ、ちょぅとだけ投げようかな?」


 九月なのにヒグラシが鳴いていた。



 神宮外苑の辺りが夕暮れに包まれると同時に高校日本代表と大学日本代表の壮行試合が始まった。


 試合前の整列の時に俺は大学生選手達の体格を見て、自分達のチームが苦戦するなと感じた。


 フィジカルが違いすぎる・・・・・・


 基本全員がスポーツ科学やら最新鋭のトレーニングやらで鍛えているんだ。


 まだ、未成年の俺達では勝てないかもしれない。


 でもなぁ?


「お前等、叩かれる準備は出来ているか? サンドバックよぅ?」


 金原がそう言うと俺は「まぁ、これで勝ったら、俺達は翌日のスポーツ紙の一面ですね?」とだけ言った。


「まぁ、無いけどな? そんなこと。まぁ、頑張れや?」


「言っとくけど、お前等のための壮行試合だから、世界選手権が本番だぞ?」


 金原が高笑いをする中で、沖田が心配そうな表情を浮かべる。


「全員整列! 礼!」


 審判一堂にそう言われて、礼をした後に各チームはベンチへと戻っていった。


「ようし、ジャイキリ起こすぞ!」


「おぉぉぉ!」


 高校日本代表の面々がそう言うと、一番セカンドの黒木が右バッターボックスに立つ。


「黒木、打てよぉぉぉ!」


 しかし、その黒木は大学日本代表のエースである、野中のストレート攻めからのチェンジアップに三振を喫する。


「おぉぉぉい!」


「黒ちゃん!」


 チームメイトにそう言われる中で、ベンチに駆け足で戻った、黒木は「あの金原が要らない事ばっかり言って、打席に集中できなかった」とだけ言った。


「あぁ、ささやき戦術だ」


「お前の先輩だったよな? あんなこすい真似すんの?」


「金原さんは人が嫌がることをするのが大好きなんですよ。特に後輩相手に?」


「根っからのサディストだな?」


 気が付けば、二番バッターの堀井がセカンドゴロに倒れて、続くバッターは三番キャッチャー井伊だった。


「行けぇい! ジャパニーズビジネスマン!」


 しかし、井伊はストレート攻めで三振に倒れる。


 井伊は無言で、走りながらベンチに戻る。


「ささやかれた?」


 防具をつける、井伊にそう問いかけると「彼女出来たかと聞かれて、いないと答えたら、延々と童貞呼ばわりされて、集中できなかった・・・・・・」と泣きそうになっていた。


「悲しみを怒りに変えて、立てよ、国民。ジオンは君達の力を欲している」


「いや、素直にドンマイでいいだろう! クールにギレン閣下のネタを放るなよ!」


 井伊はそう言いながら、防具をつけて、駆け足でグラウンドへとかけていった。


 高校日本代表の先発は難聴でありながら、高校野球界ナンバーワンの技巧派投手である、高谷だ。


 その高谷は決して早いとは言えない、ストレートをコーナーに投げ分けて、大学生相手に三者凡退を築き上げた。


 高谷が手話で言っていたが、球威がそれほどなくコントロールだけが取り柄なので、配球にはかなり神経を使うらしい。


 特に近未来の野球においては球威がある一定まで無いとトップレベルで大成するのは難しいので、馬力のない自分は生き残るのに必死だとも言っていた。


「ナイスボー!」


 チームメイトがそういう中で、俺はサムズアップをして高谷の労をねぎらった。


 まだ、始まったばかりだが?


 そこから、なんと試合は投手戦になり、高谷は三回を被安打三の無四球で降板。


 そして、次のマウンドには北岡が上り、大学日本代表のスラッガーたちを球質の重いストレートとフォークにスプリットの組み合わせで、三振の山を築いていった。


「うわぁお! 大学生相手にここまで健闘しているよ!」


「逆に言えば、打線が奮起しないと勝てないゼェェト」


 ブルペンで投球練習をしている中で沢木のその発言に待機している投手陣は沈黙してしまった。


 そこから、北岡は三回を投げて、被安打ゼロの三振四つという数字で降板したが、後を受けたのがその沢木だった。


「・・・・・・」


「・・・・・・」


 沢木の登板が決まった瞬間にブルペンは沈黙に包まれた。


「死んで来い」


「どんな状況だゼェェト!」


 そう言いながら、沢木と俺達はグータッチをしていた。


 その沢木の投球だったが、左の遅れてくる変則フォームから、魔球パームを中心に打たせて取るピッチングをしてきたが、ストレートの球威がこの日は冴えずに気が付けば大学ナンバーワンスラッガーと言われる、加野相手にランナー満塁のピンチを背負っていた。


 俺はそれを見ていたが、ただひたすらあるかどうか分らない、出番に備えて、投球練習を続けていた。


 すると、木のバットの乾いた音が聞こえた。


「ゼェェェェト!」


 打球はバックスクリーンに飛び込んでしまった。


「・・・・・・沢木で躓いたか?」


 俺はそう言った後に投球練習を続けていたが、ブルペンの空気は重かった。


 沢木は泣いていた。


10


 成田空港のロビーでは報道陣のフラッシュがたかれていた。


「若き侍ジャパンが決戦の地、台湾へ向けて、今、出国します!」


 明朝テレビの若手記者がそういう中で、俺は藤谷が手を振るのを見て、それに答えた。


「・・・・・・」


「・・・・・・」


 高校日本代表の面々は先の壮行試合での重いムードを引きずって、終始無言だった。


「井伊、なんか喋れよ」


「無理だよ、大学生相手とは言え、コテンパンにやられたんだから?」


 先の大学日本代表相手の壮行試合はひどい有様だった。


 世代別で言えばカテゴリーが上の相手ではあったが、沢木で躓いた後に佐野を投入し、その後に国文を投入したが、完全にそこからは大学日本代表のワンサイドゲームと化してしまった。


 結果として、八対〇で完封負け。


 格上相手とは言え、あまりにも惨憺たる結果だった。


「お前、俺にこれを言わせるか?」


「何をだよ」


 仕方ないな?


 本来であればこんな下世話なことを言いたくないのだが?


「お前、スッチーいるから、テンション上がるかと思ったんだけどな?」


 それを聞いた井伊は「何? そうか、スッチーパラダイスか!」と急に元気を取り戻した。


「皆、スッチーいるって!」


 井伊がそう言うと、選手達は「何!」と言い出した。


「それは盲点だったな?」


「敗戦に打ちひしがれる俺達には一筋の希望の光が見えたゼェェト」


 恨むぞ、お前等。


 まぁ、何とか俺の下世話な発言のおかげで、皆、元気を取り戻したようだ。


「浦木君!」


 何だ?


 ふと、聞いたことのある声を聴いて、その方向に向かうと瀬口真がいた。


「真ちゃ~ん!」


 佐野がそう絶叫しながら近づいてくるが、北岡が溝内にボディを打ち込んで、見事に制圧した。


「時間内に済ませろよ?」


 北岡がそう言うと、俺は「「感謝します」とだけ言った。


「間に合わないかと思ったよ?」


「何に? 帰国したらいくらでも時間あるだろう?」


「うん・・・・・・浦木君?」


 瀬口がそう顔を近づける。


「お土産は工夫してね?」


「・・・・・・それ言うために成田に来たのか?」


「それだけじゃないよ、世界チャンピオンになってね?」


 そう言って、真は俺の頬に軽くキスをした。


「マスコミがいる中で堂々としているな?」


「・・・・・・結構な大冒険かな?」


 そう言って、真は頬を赤らめていた。


「じゃあ、行くから?」


「お土産とメダルは持ってきてね!」


 そう言って、真は手を振り続けていた。


「はぁぁ? 彼女に励ましとお出迎えなんてなぁ?」


「俺達、名門校はまるで懲役を食らっているかのように寮生活を送っているのに・・・・・・」


 そう、黒木と宮田は冷たい目で俺を見つめる。


「・・・・・・すみません」


「なぁ、沢木、お前も何か言ってみろよ」


「俺、彼女いるゼット」


「えっ?」


 それを聞いた、黒木と宮田は絶句した。


「マジで?」


「うん、十歳上だゼェェト」


 何気に年上好みなんだな?


 まぁ、沢木は言動こそおかしいけど、基本的には美男子で通っているからな?


「お前・・・・・・高校生が社会人と付き合うのは犯罪だろう?」


「同意があればいいゼェェト」


「軽く、児童福祉法違反だと思うぞ?」


「だから、言っているゼェェト、同意済みだとゼェェェト」


 ・・・・・・何か、頭痛くなってきたな?


 そう言いながら、搭乗ゲートを通り、俺達は飛行機へと乗り込んだ。


 台湾は近いから、寝ていると一瞬だろうな?

 

 そう思いながら、席についた後に俺は熟睡をしてしまった。


 飛行機の独特の新調されたゴムと生地のにおいがどこか自分に旅に出るという事を妙に自覚させているように思えた。


 続く。


 次回、第二話 世界大会開幕! 台湾での決戦!


 次回から、海外での戦いになります。


 来週もご拝読よろしくお願い致します!


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