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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

デスゲームをもう一度 〜Perhaps that someone is you?〜

作者: 枝垂桜

 何故、そうなったのかは自分でもよく理解していない。──ただ、分かるのは一つだけ。

 誰もが心のどこかで当たり前のように訪れると、そう思っているであろう朝日。快晴の空に浮かぶそれが皮肉なほど美しく見えて、自分が今日を生き残れたことを理解した。


「夢じゃ、無かったんだよね」


 ただ一人、自分自身の声がどこか遠くに聞こえる。振り返れば自分を送ってくれた車はなく、まるで夢のような感覚が抜けきれない。


 手足を確認して、それは当然傷一つなくちゃんと繋がっている。昨夜の出来事がまるで嘘の様子で、しかしアレをただの夢や幻覚だと片付けることは出来なかった。


 ふとポケットに入っていたスマホが鳴る。いつも起床の時間にとセットしていたモノだ。

 先程までは無かったはずのそれを手に取り、時間を確認する。何一つ変わらない、記憶にある時間だった。


「……ご飯に、しようか……」


 家の扉に手をかけ、ふと鍵がかかっていることに気がつく。慌てて自身の身体を弄り、すぐにソレは見つかった。


「よかった。いつもの場所に……」


 胸元にある硬い感情を頼りに、襟から手を入れると紐で首から下げた鍵が手に乗る。それを慣れた手つきで鍵穴に差し込むと、ゆっくりと回す。


 親はいない。──と言うよりは、既に他界していた。原因は……いや、思い出す必要もないだろう。

 不幸中の幸いとも言うべきか両親が遺してくれた財産は多く、今の高校を卒業するのには問題なく、大学も奨学金を借りる必要があるかも知れないが充分大卒を視野に入れることも可能だった。


 軽く朝食を済ませて、無理のない時間帯で家を出る。

 昨晩まともに寝ていないせいだろうか。昼間眠くなるも仕方ないことで、しかしそんなことも数日とせずに消えていた。


 一週間もすれば一夜の壮絶な出来事、それらがまるで嘘のように消え失せて何も変わらない日常が戻る。違うのは、ただ一晩を跨いだだけで数百万も増えた口座の残高だけ。













 もし誰かに何故か、と問われたたら答えるのは難しいだろう。


 両親がおらずとも、その代わりは祖父母が勤めてくれている。

 学校から近いと言う理由で祖父母の元には行かずあの家から通っている。


 ローンもなく、維持はそう難しくない。ただ高校を卒業するまではそこに住まわせて貰うよう頼んだのだ。

 ただそれだけで、学校生活も充実していると言えるだろう。


 もし誰かに何故か、と問われたのならきっとこう答える。


「偶然だよ」


 本当に、ただ偶然なだけだった。何となくアイスが食べたくてまだ辛うじて陽の光があるうちにコンビニに行った帰り、黒服の女性に声をかけられた。

 簡単に稼げるバイトがあると、一攫千金の遊戯ゲームがあるから参加しないかと誘われたこと。──ただ大学進学の費用の足しになれば、と参加した程度だった。


 当然怪しいとも思ったが、まさかあそこまで露骨に命を賭けた遊戯ゲームだとは思わないだろう。


 自分が参加した遊戯ゲームが、それこそ俗に言うデスゲームだと知った時は勿論焦った。

 突然眠らせられたかと思えば、知らない場所で目が覚めてルールを説明された。


 勝てば大金が手に入り、負ければ命を失う。

 何とか無かったことにできないかと訴えもした。


 しかし当然ながら、そんなことで見逃されるほど甘くはない。

 幸いと言うべきか他の参加者もおり、その半数が経験者だと言う。


 十人にも満たない人数で罠だらけの建物から脱出するゲーム。互いに協力するかどうかは参加者プレイヤーに委ねられるが、何故だか経験者達は一律して協力するべきだと提案してくれた。


 願ったり叶ったりだった。当然、経験のない残り半数もそれに同意する訳で……しかし流石に殺人ゲームなのだろう。罠を捌ききれず、目の前で二人の少女が死んだのを見た時は気が動転した。


 最終的には経験者の五人は生き残り、初心者は自身を含めて二人が残った。──それが多いか少ないかは分からない。ゲームが終わった安堵感から気を失い、気が付けば家の前に止められた車の中で目が覚めていた。


「え……?」


 いつもと変わらず学校から帰り、ゴロゴロとスマホをいじっていた時だ。突然非通知から電話が届く。

 人によっては珍しいことでも、別に気にするようなことではない。心当たりがないのなら出なければいいだけで、そのまま無視を決め込めば何も起こらないのだから。


 しかし何故かその時、いやな汗が背中を伝うのを感じた。やめておけと、心のどこかで警告が鳴るのを無視して電話に出る。


「お久しぶりです。……一カ月ぶりで、しょうか」


 電話越しに聞こえるのは固い女性の声。聞き覚えのない声だが、それが強烈に脳裏にこびり付いているような錯覚を覚えた。


「現在、ゲームへの招待を受けています。参加、されますか?」


 眩暈がする。女の口ぶりからしたら拒否することも出来るのだろう。

 しかし自分の意思とは反して、口がひとりでに動いた。


「ええ、お願いします」

「それでは、半刻後」


 静かな声で電話は切れて、漸く一息つく。未だ身体の震えは取れず、しかし約半刻で自分があの死が蔓延る世界に連れて行かれるのだ。

 身体の震えはそのままに、制服を脱ぐと動きやすい服装に身を包む。気持ちばかりの化粧をして、貴重品だけでを持つと家を出た。


「早い、ですね」

「待たせる訳にはいきませんから」


 家を出れば既にそこには黒塗りの車が停められていて、扉に鍵をかけて助手席へと向かう。


「どうぞ」

「どうも……」


 背の高いスーツの女性がドアを開け、促されるまま車内へと足を踏み入れる。遅れて女性が運転席に座ると、懐から何かを取り出して手渡してくる。


「睡眠薬です。健康に支障ないのでご心配なく」


 デスゲームの管理者が参加者の健康を気遣うことに些か疑問を思い浮かべながも、しかし薬飲まない限り車は動かさないぞ、と言う意思はサングラス越しでも伝わってくる。


「水を、いただけますか」


 どうにも緊張して乾いた口では錠剤をうまく飲み込めない。このまま口の中で溶かしても効果があるか分からないが、効果が薄れて途中で目が覚めてしまえば面倒なことになるのは目に見えていた。


「ええ、勿論」


 当然のように水の入ったペットボトルが手渡される。その中身が本当に水なのかははだはだ疑問だが、今更そんなことを気にしたところで意味はない。

 薬を流し込んで間もなく、強い眠気に誘われるまま抵抗することなく深い眠りにつく。









 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇











 寝不足の朝のように鈍い頭でも、自分が寝かされていることは理解出来た。しかし酷く気怠く、起きる気にもならず寝狩りをうつ。


 ──何で毛布がないんだよ……


 手探り、いつも身体にかけている毛布が無いことに内心悪態を吐きながら、身体の左右に腕を伸ばして探す。しかし当然のように毛布は存在せず、何なら服の感触もまたいつも身につけている筈のパジャマとはまるで違った。


 ──寝ずらい……

 ──制服のまま寝ちゃったのかな……


 もしそうだとすれば制服にシワが付くのは避けたい。面倒だが一度起きて、パジャマに着替えたのちに改めて毛布に包まるとしよう。

 そう思い立ち身体を起き上がらせた時、不自然な明るさに疑問符を浮かべた。電気を付けたまま寝たにしてはまだ暗く、しかし自分の身体を確認するのは十分過ぎるほどの光はある。


「──っ!?」


 思い出し、そして跳ね起きる。


 つい先程の出来事、デスゲームへ参加する為に睡眠薬を飲んで寝ていたのだ。今回がどんなルールかは知らないが、首が繋がっているからには寝首を掻かれると言う最悪の事態は避けられたようだ。


 ──命懸けのゲームでいつまで気持ち良さそうに寝てんだ……


 先程までの自分がもし目の前にいれば迷わず蹴りを入れてでも叩き起こしていただろう。素早く周囲を確認すれば、驚いたことそこはゴシック感溢れる街並み。

 今時そんな街が自分の地域近くにあるとは思えず、そう考えればゲームの為に態々用意したのだろう。


 ──何とも手の込んだことを……


 既に夜遅く、空は暗い。それでも所々にある不気味な街灯が薄寒い灯りを放っていた。

 次に自分の寝かされていた石の台を確認して、そうして自分の身体を見下ろす。


 ──それは酷い……


 ボロボロの布切れだ。いや、厳密にはワザと所々が破かれた魔女装束とも言うべきだろうか。

 ゴシック感ある街並みと魔女。それが何を意味するのか、未だ覚醒し切れていない頭を抱えて歩き出す。


 何故そっちに行ったかは分からない。火に群がる虫のように、未だボーッとする頭で光の揺れる場所に来ただけだ。


「あっ!」


 そうして視界が晴れた先、思わず感嘆の声を漏らす。


 ──何故か。まず一つは巨大なキャンプファイアーが目に入ったからだ。

 何よりも目を引くのはその炎に炙られる人型の何か。人形ハリボテか、本物の人間か、十字架に磔にされたようにして炎に焚べられていた。


「──っ!?」


 次に視線が行くのはキャンプファイアーを囲むように群がる無数の人影。その一人と目が合った時、自分が大きなミスをしたと思った。


「待って! 貴女も魔女なの!?」


 踵を返して逃げようとしたところを止められ、魔女であることを聞かれる。確かによく見ればキャンプファイアーに群がっている人影は皆、同じような魔女装束を着せられていて、人が燃やされてると言うのに張り詰めたような緊張感はない。


「まだゲームはまだ始まってないわ。今作戦を話し合っているところなの」


 それを信じていいのか、迷うも不幸なことに来た道を戻ったところでどうせ行き止まりだ。


「あの人は?」

「あれは人形。近くで見てみる?」


 少女の一人連れられて人形と言われたそれを見上げる。確かに生身の人間ではないようで、どんな材質かまでは分からないが魔女装束を着せられた人形であることは確かだ。


「えっと、今回のゲームは一体……?」

「魔女狩りだ」


 質問に答えたのは少し離れた場所に腰を下ろした女性。身の毛もよだつような美貌を持った彼女は、片方の目を開けてこちらをジッと見据えてくる。


「分かりやすく言えば、鬼ごっこ。鬼は武器を持ち、私達異端者……平たく言えば魔女を追いかけてくる」


 既にゲームの内容は開示されているようで、女性はそれを噛み砕いて教えてくれた。


「村人と呼ばれる鬼側の人数は分からない。彼等のクリア条件は開示されていないが、おそらく一定数の魔女を狩ることだろう」


 前回とは打って変わって、これは参加者同士で生き残りをかけるゲームのだようだ。当然覚悟はしていたつもりだが、いざこうして聞かされれば恐怖に身体が震える。

 相手側の実力は未知数。もしかすれば相当な手だれがいる可能性だってあるのだ。


「私達の勝利条件は夜明けまで逃げ切ること。開示はされていないが、これまでの経験からして、鬼ごっこ形式のゲームでは獲物の数が鬼側の抱えるクリア条件の倍以上が用意される」


 つまりところ、鬼側の全員がクリア条件を満たしたとしてもこの場にいる半数以上は生き残れるようだ。

 しかしそうだとしても、生存率は二分の一。命を賭けするにしてはあまりも不釣り合いな数字だった。


「ではどうする? このまま黙って半減するまで逃げ回る?」

「いいや、返り討ちにする」


 別の少女の問いに、女は首を振った。


「鬼側のクリア条件がまさか一人だと思わないだろう? 鬼側は一人につき少なくとも二人……でも少ないな。最低でも三人、あるいはそれ以上の魔女を狩る必要がある。

 こちらは鬼側のクリア条件、その倍以上の人数が用意されているんだ。単純計算でも鬼側の六倍以上、あるいは十倍近くかそれ以上いる」


 つまるところ、数の暴力で鬼側を圧倒することが出来ると言うことだろう。そう思案する女に、それでもなお少女が食い下がるように唸った。


「いや、逆に魔女側が圧倒的に少ない可能性は? 鬼側、村人のクリア条件に魔女の人数が足りないどころか、魔女の人数を村人が超えている可能性も捨て切れない」


 もしそうだとすれば魔女側どころか、鬼側でも少ない獲物を求めてシノギを削ることになる。だが、女は即座に首を振ってそれを否定した。


「それはないな。運営がどうやって参加者を集めてくるか分からないが、そう簡単なことじゃない。今までのゲームでも生存人数が五割を切る設定のものは無かった」


 今回もそうではないと言う保証もなく、しかし何故だか女には確信がある様子だった。


 何よりもその説明は理にかなっていた。

 デスゲームとは言えど運営にとってはそれが収入源。参加者が激減してゲームが成り立たなくなれば企画側、運営側の存亡も怪しまれる。


「鬼側は獲物よりも数倍少ない。どちらが勝とうとも、今回の生存率は五割を切ることはない」


 確かに鬼側がクリア条件の魔女を借り尽くしてもこちらは半減。鬼側の生存者と合わせれば五割を十分に超えている。


「質問ですが、鬼側は何人いると思いますか? 配布されている武器は?」

「さて、な……ここにいる人数はざっと二百人近くはいるか。今までも前例のない参加人数なのは取り敢えず置いて、一人で三人を狩るとして、その倍以上──」


 一人が三人狩る計算で逆算すれば三十人ほど。それが多いと見るか、少ないと見るか。


 間違いなく鬼側からすれば少ないだろう。相手が二百人近くいるのに対して、鬼は一クラス程度。

 数で押し切られれば例え武器を持っていてもどうにもならない。あるいはその武器を奪われて殺されるだけだ。


「しかし、参ったな」

「何か問題が?」


 周囲を見渡して女が困ったように顔を顰めた。


「知ってるか? 組織というものは多くても百五十まで。それ以上の人数になるとかえって機能しづらくなると言う」


 せっかくの人数も纏めきれなければ足手纏い。──とは言え、このままなす術なくやられると言う選択肢もない。

 先にも出た結論だが鬼側がクリア条件を満たせば生存率は五割。鬼側を返り討ちにすればその分、こちら側の生存枠が開く。


 単純にこちらの生存率を上げるだけならそれが最善だが、実行者の生存率は大きく落ちる。誰が率先してそんな危険な、それこそ命を賭けてまで戦うだろうか。


 ──逃げ回っていた方がまだ生存率は高い……


 攻撃を仕掛けるのはやはり相応に生存率は落ちる。出来ることなら経験値の多い人に買って出て貰いたいものだが、逆に言えばそんな他人頼りで今後のゲームを生き残れるのだろうか。


 ──いや、何でまたゲームに参加することになってるんだ……


 周囲を見渡す。自分でもデスゲームは二回目で、恐らく今回が初めてだろうと言う参加者もチラホラと見かけられた。


 ──意外と分かりやすいんだな……


 こうして見れば見るからに落ち着きがない。ソワソワとしているもの、顔が青ざめている者、ずっと啜り泣いている者、ゲーム開始前から不安になる要素しか転がっていない。


「あまり悠長に作戦会議をしている場合でもないな」


 顔を上げた女の視線を追って見れば、遠目に見える巨大な時計塔。その針が十二時を差そうとしていた。


「あれが十二時になった時、あの門が開いて鬼ごっこのステージが解放される。ここにいてもただの袋小路だ。逃げるのならより広い方を選ぶといい」


 恐らくは意図的に操作できる範囲にまで数を減らすつもりなのだろう。確かにリスクを負ってまで過剰数を抱えるよりも、個人の意思を尊重すると謳って十分に操れる人数にまで絞った方がいい。


「まぁ、やることは変わらないがな」


 気怠るそうに立ち上がり、そうして決して大きくない声で、しかしよく通る声が響き渡る。その声に引かれるように誰もが女へと視線を向け、対する女は自分へと注目が向いていることを確認すると先程話した内容を要約して話した。


「もう知っていると思うが、鬼側のクリア条件は我々魔女を一定数狩ること。このままおめおめと逃げ隠れしてやり過ごすことも出来るだろう」


 腰に手を当てて、鋭い眼光が参加者達を見渡す。


「しかしもしあちらの全員がクリア条件を満たした場合、こちらの生存率は五割」


 非常な現実を突き付けるように言い放つ。今までに聞いたどんな言葉よりも鋭い言葉で、容赦なく弱い心を抉り出す。


「ではあればこちらは反撃に出るべきだ。倒した鬼の数だけ、我々の生存枠は拡張される」


 申し出る者はいるか、と冷たい声が一喝。

 意外なことに攻撃班に名乗り出るもは多く、迷った結果また自分もそこに加わることにした。


「貴女、ゲームは何回目?」


 チームが割り振られ、その相方から不意にそんなことを聞かれる。参加数が気になる心理は理解出来るし、はぐらかす必要もないだろう。

 この界隈で参加数が多い者が偉い訳でもなく、多くの経験を重ねた者でも死ぬ時は呆気ないほどあっさりとしているものだという。


「まだ、二回目です」

「そっか、私もまだ八回なんだ。よろしくね」


 差し出された手を、少し躊躇ったのちに握り返す。


「それにしても勇気あるね。二回目で攻撃班に入るなんて」


 実を言うと勇気とは言うよりはただ長いものに巻かれているだけだ。正直なところ保守派に入って時間まで逃げ回ることを選ぶ予定だった。


 攻撃班が多少なりとも鬼側を減らしてくれれば逃げる側の生存率も上がる。──それが蓋を開けて見ればどうだろうか。経験者であろう者達の殆どが攻撃班に加わるものだから、何か自分には見えない勝ち筋があるものだと思ってしまうのも無理ない。


「実はこのゲームは逃げ回っている方が危険なんだ」


 耳打ちするように少女が、くすくすと笑いながら告げる。


「私達は向こうに攻撃を仕掛けてその武器を奪う取る。当然、その分危険もあるけど武装してしまえばこちらのもの」


 鉄の巨大門を指差し答える。


「鬼側も態々武装した獲物は選ばない。一度武器を奪ってしまえば、それをチラつかせるだけで戦闘は避けられる」


 問題はその武器をどう奪うかだが、何かしらの方法があるから攻撃班にいるのだろう。


「そうなれば鬼が向かうのは丸腰の逃走班ってわけ。うまく逃げ隠れ出来ればそれでいいけど、相手様もそんな甘い連中じゃないよ」


 軽く肩を叩いて少女がふらふらと調子良さそうな笑みを浮かべて距離をとる。つまるところ、ここにいる者達は皆同じ考えだった訳だ。


 ──毒を持って毒を制す……


 経験者故にそのリスクとリターンを天秤にかけて、一度の大きなリスクとひきかえに安全を保証される方を選んだ訳だ。

 少なくとも武器を持っていれば、武装した人間を返り討ちにするだけの実力があるとも見なされる。


「……さて、どうしたものか……」


 はっきり言えば格闘や武術の経験などない。ましてや武装した人間からその得物を奪えるとも思えなかった。

 それでもやるしかない。──やらなければ、殺られるのだから。


「刻限だ」


 女の低い声を耳に、ゆっくりと持ち上がる巨大な鉄門を見上げる。


 今この時をもって、ゲーム開始だ。


 ぞろぞろと攻撃班が門を潜っていく。次々と枝分かれする分かれ道でその数を減らして、気が付ければ自分と相方を合わせた四人。


 角に立つ度に一人が顔を出して安全を確認する。

 殿は常に後方に気にして、先頭に立つものは前もって危険を探る。


「…………」


 間に立つ自分はと言えば、じっくりとその景色を見渡していた。


 ゴシック感ある作りの建物は、まるでホラー映画にでも出てきそうな不気味さで、最初こそその扉に手をかけたり窓を叩いてみたりもしてみたが、どうやら建物の中にいることは出来ないようだ。


 ──とは言え建物は上は移動可能で、あそこまで登れる者がいるとも思えないが警戒はしておくべきか。


「──っ!?」


 そう思った直後、頭上に影が見えて驚いた拍子に尻餅をつく。それが功をなしたのか、走る銀閃が逃げ置れた髪を数本巻き込んで空振る。


「チッ……」


 舌打ちが一つ、次の瞬間、気が付ければ血の雨が降る中を座り込んでいた。

 ドサっとした鈍い音と共に視界の隅に人影が映り込み、次に目を遣れば刃物を持った人物の身体に誰かの足が食い込む光景。


 攻撃を受けた人影は一瞬ふらついたものの、すぐに立ておなして包丁を振るう。それを紙一重で躱した人影が手首を取り、逃げ出そうとした人影の腕があり得ない方向にひしゃげた。


「クソ……!」


 カランと乾いた音が響き、気が付けば全てが終わっていた。


「生きているのなら返事をしろ」


 一人が包丁を拾い上げ、二人の人影が背中合わせに怒声を飛ばす。座り込んだまま動けず、震える首を動かして隣に視線を移せば──


「ウッ……!」


 思わずえずいてしまうのも仕方ないだろう。何故なら目の前には喉元を大きくカッ開かれて、血を垂れ流す死体があるのだから。──そう、死体だ。ハリボテでも何でもなく、本当の人の死体。


「早く立て」


 呆然とするその肩を掴まれ、二人がかりで無理やり立たされる。反射的に自分の足で立つことは出来たが、未だ震えて歩くことは出来ない。


「取り敢えずは撃退出来たようだな」


 チームの女が一人、そう溢すと手の中にある包丁を確認する。


「腕は折った。隙を見せなければ襲われることはないだろう」


 いくら自信があっても負傷している身では、もう正面から襲ってくることはないだろう。相手からすれば不意打ちで一人やれただけで上出来だ。


「まぁ、こちらも一人やられたがな」


 流れ出た血はもう固まっていて、聞いた話ではゲーム参加前に参加者の身体は色々と弄り回されると言う。

 何かしらの薬品を投与され、その効果の一つとして空気に触れると血が早く固まるようだ。それは止血も兼ねていて、例え手足が切断されても失血死には至らないとも言う。


「しかし首を切られれば流石に助からないな」


 念の為にと脈を確認した女が首を振って立ち上がる。


「取り敢えず、こっちも収穫はありと……」


 手の中にある包丁を見下ろして、女がそう溢す。武器というからにどんな凶器かと想像してたが、ただの包丁だとは些か拍子抜けだった。

 しかしその包丁一つで今目の前で人が死んだ。そのチグハグな現実に感情の整理もつかぬまま、二人に先を行くぞと促される。


「それにでも、包丁なんて拍子抜けね」

「だがそれで一人死んでる」


 先程、自身が抱いた問答を先を行く二人の間で交わされる。


「貴女、何か武術を?」

「合気道を、な。思ったより抵抗が強くて捩じ伏せられなかったが、代わりに腕を折っておいた」


 まるで人一人死んだとは思えないほど軽い会話。──あるいはこんな界隈に長く足を突っ込んでいると人の命もまた生き死にも出来事の一環でしかないのだろう。


「ただ、これは収穫だ。鬼側が村人と呼ばれている訳。恐らく配布されている武器はこの包丁のように家庭内の道具、あるいは農具、工具などの範囲に限定される」


 武器は何かと質問した時、あの美女はこう答えた。配布される武器はその世界観に合わせられていて、この街並みから銃などの可能性は低いと……そして、村人と呼ばれる鬼側はあくまで当時の村人が使用していた道具。その中でも武器として扱えるものを渡されるのだろう。


「敵の正体が掴めたことは大きな収穫だ」













 あれから更に二人の鬼と出会した。今回も経験者の二人が撃退してくれた上に武器を奪うことに成功した。

 残念ながら鬼側は無傷だが、こちらは斧が手に入った。女曰く、斧はあらゆる道具の中で二番目に有能だと言う。


「そう、ですか……」


 残念ながら一番は何か、と尋ねる気力は残っていなかった。


 ここまで二人の鬼に出会した訳だが、残念ながらどの戦闘もレベルが高く付いていくことは出来なかった。

 鬼側も相応の修羅場を潜った参加者なのか、数の優位で押してもあと一歩で取り逃す。生死を分けた戦いで冷静に退路を確保しているあたり、相当な手だれだ。


 ふと時計塔を見上げれば、針は午前四時を回っている頃。


 もう間もなく日の出だ。


「気をつけろ、間もなくゲームが終わる。クリア条件を満たしてない鬼が躍起になって襲ってくるぞ」


 恐らくクリア条件を満たしていない鬼は何かしらの仕掛けで殺させるのだろう。体内に爆弾か、もっと簡単なものだと薬物か。

 タイムリミットが近づいた鬼が形振り構わず襲ってる時間帯、最も危険な時間だ。


 気を引き締め、そうして改めて時計塔を見上げる。──直後、真っ直ぐと背を伸ばした人影が目に映り込む。それが持っている得物を目の当たりにしたら時、全身から血の気が引いた。


「みんな伏せて!!」


 一人の女が超反射で半身に屈み、反応の遅れた一人の口から小さな吐息が溢れる音を聞いた。

 ゆっくりと低くなる身体。屈んでいるのではなく、脱力して真っ直ぐと地面目掛けて崩れ落ちる女性の身体。


「あ……」


 頭に矢の刺さった少女が力無く地面に伏せている。


 ──弓だ……


 なぜ気が付かなかった。

 なぜその可能性を視野に入れなかった。

 獣を狩る道具として、当時使われていた代表的な得物ではないか。


 いや、そもそもあれだけ離れた距離から弓で人を射抜くなど誰が想像出来たというのか。

 訓練もなく出来ることではなく、一朝一夕で身につく技術でも無い。──そう、それは誇張抜きで絶技と言っていい神業だった。


「物陰へ!」


 手を引かれ素早く移動を始めた女に付いていく。その足元に矢が当たる音が伝わってきた。


 ──足を狙っている……!?


 確かに掠った。全力で走る人間の足を、その暗殺者は確かに捉えたのだ。


 ──化け物だ……


 比喩や誇張抜きでアレは人外レベルの化け物だ。

 直後、掠った脹脛に激痛が走る。毒でも塗られていたのか、痙攣して動かなく足がもつれて倒れた。


「…………」


 見上げた先、チームの女がいる。酷く険しい表情でこちらを見下ろしていて、次の瞬間意を決したように走り去って行く。


 ──そう、だな……


 足手纏いをこれ以上連れて逃げる必要なんて無いのだ。逆にここまで碌に役に立たない自分をよく引き連れてくれた。

 鬼と出会った数だけ命を助けられと言っても過言ではなく、感謝こそしても恨むことはない。


「えっ……?」


 死を覚悟した直後、頭上を突き抜けた矢が先を走る女の背を捉える。これまた走る女も人外レベルの超反射で矢を弾くも、立て続けに射られていた二発目が女の太ももに食いつく。

 遠目にも分かるほど顔を顰めて、それでも凄まじい胆力で足に刺さった矢を引き抜くと物陰に飛び込む。


 ハッとして、物陰へと飛び込もうと、しかしその肩にまた一本矢が刺さる。


「いぎゃっ!」


 痛みのあまりに情けない声が出るのも仕方ないないとは思わないだろうか。それでも這う這うの体で何とか射線から逃れられる物陰に飛び込めた。


「いぃぃ……!」


 先の女がやったように肩に刺さった矢を引き抜こうと力を込め、やはり痛みに身悶えする。返しがついていて簡単には抜けず、それでも抜かなければ死ぬ。

 死の恐怖から何とか矢を抜き取る。どくどくと耳にまで響くような心音を無視して、抉れた肉がこびり付いた鏃を忌々しげに投げ捨てた。


 ──まずいまずい……


 アレほどの手だれだ。このまま隠れてやり過ごすことなど出来るはずも無く、何よりも痛みで視界がチラついて頭も回らない。

 恐怖に負けて迂闊に動けば格好の的になることだけは何とか理解出来ていたが、当然のように打開策は何も思い浮かばない。


「……?」


 息を殺して隠れる側、微かに人の気配がする。今まで人の気配なんて感じたことはないが、確かに足音もなく気配が近づいて来るのだ。


 ──分かる……


 これは捕食者の気配だ。

 獲物を狙う、捕食者側の気配。


 弓使いは一人ではなかった。

 前衛にもまた一人いたのだ。


 後衛の弓使い。

 前衛の捕食者。


 こちらが攻撃班と言う徒党を組むように、向こうもまたチームを組んで狩りをしていたのだろう。

 武器は手元に落ちている弓矢の残骸しかなく、それで果たして捕食者を倒せるだろうか。


 ──いや、やるしかない……


 気配の感じからして相手が負傷しているような感じはない。──であれば足を怪我している自分なら逃げ切れる道理は無かった。


「あっ……?」


 目の前に現れたのは……表現するのなら幽霊のような女だった。幽霊と言うよりは、亡者か。


 別に容姿に何か特別な特徴がある訳ではなく、強いて言うのなら多少顔立ちの整っている黒髪黒瞳の平凡な少女だった。

 そんな彼女は足を負傷しているのだろう。片方の足を引き摺り……いや、恐らく肩か腕もだ。力無く右腕をぶら下げて、左手に肉のついた矢の残骸を持っている。


「それで私とやり合おうと?」

「こうする以外ないんですよ」


 こんな時でも敬語を崩さない少女を些か不気味に思い、一瞬後方へと視線をやる。


「やっぱり、ですね。そちらの弓使いは既に目標に到達している。だから私の止めは貴女に刺さる必要がある」

「知っていたのか?」


 無防備に出てきたことで察してはいたようだが、少女はゆっくりと首を振った。


「いいえ、ただの賭けです。ただアレほどのスナイパーなら、もう十分に狩っていると思っただけです」


 一人目はすぐに頭を射抜いて即死を狙ったのに対して、何故だか逃げる二人には負傷を目的とした狙いだった。

 流石に露骨過ぎたかと、相方に文句を言ってやりたい気持ちを抑え、油断なくナタを構える。


「恐らく貴女と弓の方は同じ人数だけ狩っている。さっき私の仲間を殺した分で弓のかたは目標を達成したのでしょう」


 そう考えれば貴女も残るは一人だ、と獲物であるはずの少女が掠れている割には強い声で言う。


「ああ、その通りだ。私もお前を殺してゲームにクリアする」

「ええ、造作もないことですね」


 何故だか少女は皮肉げに笑い、そうしてあまつさえこちらに同意する言葉を投げかける。

 こちらを煽ってるのでも、自分に自信があるのでもない。──文字通り、自分の終わりが見えている者の言葉だった。


「ただ、私も死にたくありませんからね」


 達観したような、あるいは諦観したような顔でグッと矢を握り締める。


「無駄だと思いますが、抵抗はさせて貰います」

「好きにしろ」


 女が踏み込みナタを振るう。それでも少女が持つ毒矢が怖いのか、その踏み込みは少しばかり浅かった。

 半歩下がることでなまくらを躱す。しかし躱したとて足の負傷で思うように踏み込めず、毒矢を刺せるほど近づけない。


 代わりに女の前蹴りが飛び、負傷した右腕でそれを受けた。肩の傷が大きく痛み、思わず呻き、ヨロヨロと後ずさる。


「よく受けたな」


 賞賛の声と共に背を伸ばした女がナタを振り上げている。

 体重を乗せた一撃。まともに受けるわけにはいかない。


 無様でもなんでも、地面を転がるようにして何とか躱すことは出来た。しかし当然追い討ちがあるわけで、死に体の体を毒矢が掠める。


「ぐっ……」


 目の前の女で自身と弓使いの射線を切っていたが、それを出た瞬間にこれだ。

 それでも殺す訳にはいかないようで、放たれる矢は掠れる程度にとどまっている。なかなか相手側も加減するのに手こずってあるようだ。


 毒矢が何本あるか分からないが、間もなく尽きるだろう。矢も無限ではなく、加えてそれは持ち運べる範囲でなければならない。

 当然移動するのに邪魔では、襲われた時に動けなくなる。アレほどの手だれがそんなヘマをするとは思えない。──であれば矢の数はさほど多くなく、使った矢はその都度前衛の女が回収していたのだろう。


 それに加えてあの精度だ。ただ殺すだけなら、さして矢の本数も必要ないだろう。


 立て続けに浴びせられる攻撃。

 ナタに蹴り、拳、そして毒矢。


 精度に欠けるとは言え、よく捌けていると思う。一度毒矢が女の服を掠めてから、彼女の動きはより慎重になったように思う。

 相手とて差し違えることは避けたいはずだ。せっかくゲームクリアを出来たとして、差し違えて死んでしまえば全ては無意味。


 しかしこちらはもう満身創痍で逃げ道は既にない。背を向けて走っても足を負傷している状態ではすぐ追い付かれるし、例え五体満足でも弓に頭を押さえてられている状態ではどの道同じ結果だ。


 ──であれば差し違える覚悟で抵抗する他ない……


 そう、これは覚悟の問題だ。


 死にたくない捕食者と、捕食者を殺す以外に生存の道がない獲物。差し違える覚悟でも無ければ、到底敵う筈がない。


「はぁぁああ!!」


 もう何度目になるのか、最後の一人ということもあって相手側もプレッシャーがかかって動きが鈍い。殺されるかも知れない緊張感の中、死にたくないとナタを振るおうともその刃は鈍る。

 繰り返し振るわれば流石にタイミングも覚えるもので、真っ直ぐとその懐へ飛び込む。死への恐怖が無いわけではない。──ただ、そうしなければ死ぬと理解しているからこそ決死の覚悟で前に出た。


「ぐぅ……」


 その脇に毒矢を差し込み、一度離脱する。

 脇を押さえて険しい表情を浮かべる女を視界から外さず、先程拾って右手に持ったままの毒矢を左手に持ち帰る。


 あと何度繰り返せばいいのか。

 毒とは言えど強い痛みと多少の動きを鈍らせる程度で、所詮は小さな矢一本。それをいくら突き立てところで倒し切れるとは思えない。


 浅く刺さっただけの矢をあっさりと引き抜くと、女が忌々しげに放る。しかしその表情には先ほどの険しさはなく──あるいは鏡を見ているような錯覚すらも覚えた。


 それは決死の表情だ。

 捕食者が本気を出す。


 目の前にいるのは獲物ではなく、殺すべき相手。

 自分の全存在をかけてもその首を掻き切るまで。


 ゾワッと全身の毛が逆立つ感覚を覚えた。


 ──勝てない……


 そう、直感した。

 勝てる、はずがない。


 しかし直後、驚愕に目を見開くのは捕食者の方で……遅れて背後から足音が聞こえる。振り返ってはダメだと、目の前の捕食者から視線を切るのは自殺行為だと、そう知りながらも振り返ってしまった。


 そこにいるのは女だ。ついさっきまで一緒に行動していた女が、毒矢と包丁をそれぞれ片手に太ももの怪我などないかのように全力疾走でこちらひ走ってくる。

 遅れて聞こえる風切り音。それが女の額を捉える寸前、差し込んだ手を貫かせることで防ぐ。


「ぐっ! がぁぁあああ!!」


 今一度歯を食いしばり、前に出る。

 遅れて捕食者もまた自分の置かれた状況を理解し、鬨の声をあげてタナを打ち込む。


 背後から飛び出した女の肩にナタが食い込み、体ごと捕食者のぶち当たる。

 堪らず体制を崩した捕食者。その喉目掛けて左手の毒矢を突き出す。


 ブチッと肉を貫くような、あるいはすり潰すような嫌な感触が伝わる。それでもまだ抵抗を続ける捕食者に、何度も何度も矢が折れるまで突き立てた。


「はぁ……はぁ……」


 間もなく捕食者が動かなくなったことを確認して、ゆっくりと女が体を離す。痛む身体を気遣うように体を起こし、そうして弓使いがいるであろう高台を見上げた。


 薄明かりの中、そこには長い髪を靡かせて東の空を見上げる少女の姿。敵であったその視線を追って同じ空を見上げれば、確かに明るくなり始めている。


「……終わった……」


 途端に全身から力が抜けて腰を落とす。身体の痛みも今はどうでも良く、ただ一つだけ……酷く眠い。










 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇










 目を覚ましたのは揺れる車の中でのことだった。

 身体の痛みはなく、熱が出ている様子もない。

 確かめるように足を、そして肩を確認するもまるで昨夜の出来事が嘘のように傷一つない。


「おはようございます」


 自身が座らされている席の横、よく通る女性の声が聞こえる。


「今回は時間がありません。そのまま学校まで送りすることも可能ですが、いかがなさいますか?」

「え? でも荷物は?」


 デスゲームが終わった直後に学校とはなんの冗談だと笑い飛ばしたくもなるが、二度目にもなれば慣れたものだ。


 数多の疑問を頭の端に追いやり、自分に必要なことを考える。そうして真っ先に口からできたのが荷物や制服の問題だ。


「既に準備は出来ています」


 そう言う女性の声に従って自身の体を見下ろせば全身は制服に包まれていて、膝の上にいつも使っているバックまであった。

 念の為にも中身を確認しても非の打ち所がないほど完璧で、体育の授業に必要な体操服まで丁寧に畳んで入れられている。


「目立たないところで降ろしください」

「承知いたしました」


 ただ一言、それだけで十分だった。

 間もなく学校近くの細道に下され、軽く礼を言うと車は去っていく。


 それを見送ると、不思議と軽い足で学舎への道を辿る。


 死は変わらず怖い。──しかしそれ以上に、生きることにすら命を賭けられない自分が耐えられなかった。


 きっとまたゲームへの誘いがあるだろう。


 ──分かっている……

 ──きっと、断らない……


 もう後戻りは出来ない。

 喜んで死地へと向かう。


 それが自分らしい生き方だと気が付いてしまった。


 ──死は怖い……


 それと同じぐらい生が怖い。

 二つは避けられない現実だ。


 だからこそ、両方を感じられるデスゲームは甘味だった。

 あの時、何か大切なモノが壊れる音を聞いた。


 もう日常には戻れない。

 日常と言う仮面を被って、また人知れず夜に舞う。


 ──飽くことなく、その果てに死ぬ……

 ──そう、生きると決めたから……

これにて本作完結です。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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