33.秘められた過去3
「まだ先代のマリア様であるあおい様がいらっしゃった頃、みさき様は異世界からこの国に転移して来られました」
「え?異世界から?」
「どういうこと??」
双子は目を丸くして問う
「月の光の導きだと仰っていました」
「あおい様は、まだ幼かったみさき様をお育てになり、そして、あの災厄が始まったのです……。」
ユミは、握っている両手をさらにギュッと握って話を続けた
「教会には祈りを求める人が多く訪れ、小さなことで争いが起こり、街中は負の魔力が満ち溢れておりました」
「そして、ある日、宮廷内の浄化を仰せつかったのです」
「当時のみさき様も魔力をお使いにはなれませんでしたが、光の加護の属性が強く、半ば強引に朝廷の役人によって連れていかれました」
「宮廷内は都市の穢れとは比べ物にならないほど空気がよどみ、廷内の神殿は機能してないようでした」
カイリが
「宮廷内の神殿とは?」
と問う
「当時は王都の中心地である宮廷内に大きなクリスタルでできた岩場がございました。常に水が流れ、クリスタルを浄化し、その浄化された魔力を邸内、都市、全てに行き渡らせ、循環することで浄化を維持しておりました」
「ですが……邸内から広がった魔力の穢れが強すぎたのです。クリスタルには浄化しきれない魔力が増幅し、次第に街中に広がり、負の魔力が満ち、争いは絶えず、それが次第に大きな争いに発展して、隣国にまで影響を及ぼし、国境付近では常に血が流れる戦いが起こりました……」
それを聞いていた双子が口を開く
「地方の統治が乱れて、各地で耐えない争いを沈めるために、その頃からボク達は地方を周り、ネゴシエーターのような仕事をしてきたんだ」
「地方の有様は酷いものだった……。誰も信じられない。誰も頼ることが出来ない。マリアへの信仰も薄れ、人々の魔力はどんどん穢れて行って、負の魔力が充満していたよ……」
思い返しても良い思い出では無いその光景は、今でも昨日の事のように思い出された。
「あおい様は、この魔力の穢れをを生み出し続ける原因を探ろうとされましたが、そのまま行方意不明になってしまわれました」
「ん?亡くなったのではないのか?」
宮廷で伝え聞いている話と違う
「あおい様がご不在になり、次はみさき様に浄化を求めましたが、みさき様は魔力を使うことができません。なので…………」
ここまで話すと、ユミは言葉を詰まらせた
「クリスタルに、みさき様を浄化の触媒として埋め込んだのです」
「えっ??」
一同は絶句した
先代のマリアでも浄化しきれない負の魔力の海の中に、魔力干渉から身を守ることも出来ず、浄化を自分で行えないみさきを放り込んだ……
「穢れた魔力は、あっという間にみさき様をのみこみ、黒く淀んだクリスタルと同化するのに時間はさほどかかりませんでした」
「…………」
言葉にならない。考えただけでもゾッとする。人々の汚い感情に心を犯されつづけ、開放されることはなく、傷ついた魂は、ただただ浄化するための触媒として利用され続ける……
眠ることも叶わず、苦しみから逃げることも叶わず、永遠に負の感情を受け入れ続ける……
人々の心を浄化するために、自分の心を汚すのだ
誰とも知らない私欲のために苦しみに耐え、人々の幸せを願うのだ
全ては自分を犠牲にして……
マリアという存在は、国の魔力を浄化し、安定した国家を守る影の存在
しかし、実際はこうも辛い惨事だったとは。そんなことは誰も知らない。知らないから、皆幸せに過ごせる……
「……そんなことが……。」
カイリは今まで知ることのなかった国の様子に驚きを隠せなかった
「私はその頃友好国との争いを避けるために、隣国に送られていた。王家の子を友好の印として差し出す。いわば人質だな」
「私がこの国に戻れたのは、戦乱は落ち着き、王の訃報を聞いたからだ。だから、その間の国内のことを知る術がなかった……」
少しの沈黙ののち、ユミがことの続きを語った
「その後数年が過ぎ、次第に魔力は浄化され、みさき様を分離したクリスタルは分割して各都市に配置されました。負の魔力に犯され続けて壊れてしまったみさき様の心を取り戻すために、この記憶を封印なさった。と聞いております。」
「聞いている?誰にだ?」
話が綺麗に完結したと思ったが、何か違和感を感じる
「えっと……。」
ユミは記憶を辿るような素振りを見せるが、思い出せないようだ
「みさきの記憶を封印したのは誰だ?そんな高等な魔法が使える者は限られている」
「そう……ですね……」
ユミは眉をしかめた
話に嘘は無いようだが、所々違和感がある
「クリスタルは………1つだったんだ……?」
ルイが困惑しながら記憶を照合している
そうだ。違和感なく聞いていたが、クリスタルは、ずっと昔から各都市にあるものだと記憶していた。だが、クリスタルは元は宮廷にあったものだった。
おかしい。記憶の矛盾が起こっている
それに、宮廷に神殿があることを忘れていた訳では無いが、今までその認識が持てなかったのも事実だ……
「ルカ」
カイリはクリスタルが各都市に配置された時期を認識していたルカに声をかけた
ルカは「僕の憶測に過ぎないけど……」と言って仮説を話した
「多分、どこかで大掛かりな記憶の置き換えが行われたんだと思う。」
「僕だけがクリスタルが配置されたことを記憶しているのは、多分僕の魔力特性の影響かもしれない。神経に作用するような魔法は無効化できる。強い魔力は影響を受けるけど、他の人よりは影響が少ないはず」
「でも……この記憶の置き換えが人々に悪い影響を与えるものだとは思えない。全ては、人々を守るため。だったんじゃないかな……。僕は多分その魔力に触れて、そう感じたんだと思う。その感情だけが記憶に残っているから」
「なるほど……」
厄介だな。カイリがそう考えていると
ユミはみさきの前髪をサラリとよけ、額の文様を見つめながら告げた
「カイリ殿下。こちらの文様はあおい様のものです」
「何?!」
「行方意不明になったと言っていたが…」
「はい。私はそう記憶しております。ですが、あおい様がみさき様の心をお守りになるために、一連の記憶を封印なさった……。のだと思います」
確かにそれなら納得がいく
みさきを利用していた者が、みさきを助けようとするはずもない
ましてや朝廷の役人共が……
「私の記憶も所々不鮮明な部分があります。もしかしたら、あおい様のお力が働いているのかもしれません」
「少し調べる必要がありそうだな……」
そう言って話を一旦終わらせると、みさきの頬に触れる
冷たい肌からは一切魔力が感じられなかった
今までの話から考えるに、恐らくシャットダウンが起こったんだろう。封じられていた記憶を呼び起こすものに触れると自然と封印が発動する
「このままにしておいても大丈夫なのか?」
「分かりません。このまま永遠に眠り続ける可能性もあります。ですが、あおい様のお導きであるならば、殿下のお心のままに行動されるのが良いかと存じます」
心のままに……
「助けてやりたい」
1人で記憶の海をさ迷っているのかもしれない
1人は寂しい……
この教会でユミとエリとずっと暮らしているのも良いかもしれないが、もっと外に出て色んなものに触れてもいいんじゃないか?
気の許せる友人を作ってもいいのではないか?
そして……
自分のそばで笑っていて欲しい……
カイリは、みさきにかけられた封印を解くことを決めた