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第四話:自分探し、開始

「起きてるー?」


金曜の夜、今週は特に放課後に予定もなく、食事を終えると早々に自室に閉じ籠ってまったり過ごしていると、吉野さんからメッセージが来ていた。


「そろそろお風呂入ろうかなって思ってたところ」


「ほーほー」


「ね、明日って空いてる?」


明日、つまり土曜日。特に何もなかったはずなので、


「空いてるけど、どうかした?」


「じゃ、カラオケいこー!」


なんとなく予想はついていたが、やはり『自分探し』改め『やりたいことリスト』


の消化に早速取り掛かるようだ。


「それね、いいよー」


「おけおけ!じゃあ……」


吉野さんはテキパキと時間と場所を指示すると、「おやすみー」と言ってやりとりを終わらせてしまった。


あまりに手際がいいので、さすがクラスの人気者なだけあってこういうの慣れてるのか?なんて考えながら、着替えを持ってお風呂場に向かった。


ポポポポポポン、ポポポポポポン


アラームの音で意識が無理やり呼び起こされる。動くことを全力で拒否する体に鞭打ち、なんとかベッドから這い出る。


この時点でもう今日1日分の労力を使い切った気になってしまうが、今日はこれから予定がある。


吉野さんが待ち合わせに指定した時間は11時なので、特別早いというわけではないのだが、休日はいつもお昼前に起きている身としては少し早起きをしなくてはならないのだ。


寝ぼけた頭を覚ますべく、洗面所に向かう。


どうして朝の洗面所はこうも遠くに感じるのだろうか。


蛇口を捻り、水が温まるのも待たずにパシャパシャと顔を洗っていると、後ろから声をかけられる。


「あら、まさと。今日はやけに早いじゃない。しかも顔なんて洗っちゃって。」


いつもは昼前に起きて来て、顔も洗わずに一日ゴロゴロしてるクセに。と言ってケラケラ笑っている母親に何か言い返してやろうかと思ったら、今の眠い頭では何も思いつかず、


「ちょっと友達に誘われたんだよ」


とつい正直に答えてしまい、しまったと思う。


「友達って、女の子? デートでしょ?」


ほらきた。どうして母親という生き物は息子の恋愛事情にこうも首を突っ込みたがるのだろうか。


実はこのやりとりは今回が初めてではなく、普通に達也と遊びに行くときだって、「女の子なんでしょ」と言って一人で盛り上がっていたのだった。


しかし、今回はたまたま、本当に偶然だが、当たっているのがタチが悪い。


それに女の子であることは確かだが、目的はデートでなく自分探し。


母親が期待する意味なんてこれっぽっちも込められていない。


「違うっていつも言ってるだろ」


動揺を隠しながら言い放つと、手早く身支度を済ませて家を出た。


「ミスった……」


時刻は10時半。待ち合わせは11時なので、30分も早くついてしまったことになる。


母親との会話が面倒くさく、逃げるように家を出てしまったのが原因であることは明らかなのだが。


どうやって時間を潰そうかと考えていると、視界の右半分がミルクチョコレート色のカーテンで覆われた。


「よっ、早いねー!」


そこで、初めてカーテンの正体が吉野さんの髪であったことに気がついた。しかし見間違えてしまうのも無理はない。


いつもはフワっと波打っているそれが、今日は真っ直ぐに、ただ自然の法則に身を任せており、その末端のみが内向きに巻かれている。


おまけに、その服装からはいつもの快活さは感じられず、白のブラウスにやや明るい茶色の肩にかけるタイプのロングスカートと、むしろ女の子らしさを感じてしまう。


いつもはあんな感じなので意識せずにいられたが、しっかりとおしゃれした今の格好を見てしまうと、いやでも意識してしまう。


はっきり言って、かなりかわいい。


先ほど逃げてきた母親の言葉がちらつく。「デートでしょ?」デート……なのか?男女が二人で出かけることという定義を考えればデートと呼べなくも……いやいやいや!


つい浮かんでしまった妙な結論を慌てて思考から追い出す。


「母さんが余計なこと言ったせいだからな」と心の中で母親に悪態をつきながら、平静を装うことに全力を尽くす。


「どしたのー?おーい?」


吉野さんの姿を見るや否や固まってしまっていた俺の文字通り目の前で吉野さんが手を振っている。


「あ、ごめん不審者かと思って、無視してた」


「ひどくない!?」


「だって全然感じ違うじゃん。髪巻いてないし、服もかわいいから」


「かわいい……?」


吉野さんの反応を見て初めて理解した。


俺、今かわいいって言った?心情を顔に出さない代わりに、声に出してしまった。


どう弁解したものかと考えていると、


「もういいから! いくよ!」


と言うと、さっさと歩き出してしまった。


とりあえず、あまり気にされていないようで安心しながら後をついていく。


歩調に合わせて揺れる髪の隙間からから見えた耳は、少し赤くなっている気がした。


やりたいことリストその1。『カラオケ99点以上出してみたい』を達成するために選んだのは、駅から数分歩いたところにあるカラオケ。


そこで、俺と吉野さんは交代しながら、時々デュエットを挟んで歌っていた。


しかし、99点を取るという目標に必須の採点機能は切って。


数十分前、部屋に入ってマイクを持ちながら


「おーし!やったるぞー!」


と言って気合マックスで1曲目を歌い出した吉野さん。


点数を狙うと言っても歌いやすい曲ではなく歌いたい曲を歌いたいということで、もう日本人の大半が知っているのではないかという、去年爆発的な人気を博したラブソングだ。


この前のカラオケでも思ったが、かなり上手い。


以前の自分探し会議で聞いたら「98点はたまに出るんだけどねえ。それ以上は出したことないー」とのことだった。


いつもの快活さを彷彿させるような力強い声。


それでいて音程は正確に捉え、伸ばすところは息切れせずに伸びばし切る。


その結果、


「…………でちった。」


99.440点。流石に自分でも1曲目で出るとは思っていなかったらしく、気まずそうな顔をしている。


目を細め、口は半開きのまま、こちらをみて来る。


「……帰るか?」


「ええええええ待って勿体無いから!!」


という流れで、その後はあまり歌に自信がない俺の希望により採点機能を切って楽しむこととなったのだった。


時刻は現在に戻ってデュエット3曲目。


若い世代に人気のある男女混合J-POPグループの曲で、女性パートの吉野さんから入る。


始めからかなり高音なので難しいはずなのだが、正確に捉え、それでいて力強く、男性パートへとパスを繋げてくれる。


そのパスを受け取るのが俺で大変申し訳ないのだが、それでもなんとか歌いきり、パスを返す。そして吉野さんがもう一度女性パートをほぼ完璧に歌い切ると、男性パートと女性パートが同時に歌う、ハモりに突入する。


やはり上手い人と一緒に歌うと気持ちがいい。


俺が多少音程外してもカバーしてくれるし、引っ張ってくれるのでめちゃくちゃに歌いやすい。


その後は吉野さん俺吉野さんと、同じ流れをもう一度なぞって曲が終わる。


今の曲はかなりいい感じに歌えた気がして(おそらく吉野さんに引っ張ってもらっただけなのだが)、曲が終わっても無言のまま達成感に浸っていると


「ね!今のいい感じじゃなかった??」


俺と同じ感想を抱いてくれていたということが分かり、つい嬉しくなってしまう。


「わかる! まあ吉野さんのおかげなんだろうけどね」


「私の?」


「吉野さんがうまいから、引っ張ってもらって歌いやすかったんだよね」


「そうなんだ?」


首をかしげて、あまりピンときていない様子だ。


自分で音程が取れてしまうから、人に引っ張ってもらうという経験がないのだろうか。


「あ、でも、私もいつもより歌いやすかったかも」


おそらくは俺がそう言ったから、それに釣られてそんな気がしてしまっただけなのだろうが、あの腕前を持つ吉野さんに褒めてもらえると自信が持てる。


そこで、吉野さんの顔がかなり近くにあったことに気がつく。


興奮していたからなのか、両手を隣に座っている俺の座っている方について、身を乗り出している。


体制的にどうしても顔が近づくので、吉野さんのどこまでも透き通るような目と毛穴一つ見えない肌に見惚れてしまいそうになり、慌てて目を逸らす。


念のため、「吉野さんは友達。一緒にやりたいことを探す仲間。そういう相手じゃないぞ!」自分に言い聞かせておく。


吉野さんも顔が近いことに気がついたのか、「あっ」という小さい声を漏らした後、ものすごい速さで俺から離れる。


しかし、さっきまでよりも少し遠くに座ったようだった。


それからお互いに数曲ずつ歌って予定していた2時間を使い切り、店を出たところで12時50分。


少し遅いが、このままお昼に行く時間としては悪くないだろう。


しかし、目的はあくまでカラオケだったし、何より今日はやけに吉野さんを女の子として意識してしまったので、家で落ち着きたい気持ちもあり、どうするべきか思案していると、


「この後なんか予定入ってたりする?」


先手を打たれてしまった。


「ないけど」


「おっけ! じゃどっかでご飯食べてこー」


こうなってしまっては従うほかなく、落ち着かないまま近くのレストランで昼食をとり、解散する頃には16時となっていた。

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