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第十五話:ピコン

「ふー……」


あれから猛ダッシュで家に帰り、荷物を自分の部屋に置いてからお風呂場に直行した。凍ったように冷たくなってしまった体を湯船で溶かし、ほかほかと幸せな気分で部屋に戻って荷物の整理を始める。


「と言っても道具は全部レンタルだし、ほとんど片付けるもんなんてないんだけどな」


片付けも一瞬で終わってしまい、現在午後2時過ぎ。これからどこか出かけるのも十分可能な時間ではある。


「でも……無理。なんか疲れが急にすごい」


高校に入ってから初めてのキャンプで、慣れない環境に疲れが溜まっていたのだろう。最後の力を振り絞ってベッドによじ登ると、鉛のように重たくなっている瞼を閉じた。


教室に立っていた。


しかし周囲に生徒の姿はなく、なんの音もしない。ただ正面にすみかが立っている。


「私が悩んでる時にそれを共有してくれて、一緒に解決しようとしてくれた人。君のことだよ。真斗くん。これからも一緒に頑張ろうね」


キャンプの時に聞いたようなセリフを話しているが、すみかは制服を着ている。1歩半ほどの距離にいたすみかが距離を詰めてきて、もうほどんど密着してしまっている。俺の両肩に手を置いて背伸びをするので、すみかの唇が近づく。


ああ、もう。分からないなんて言わない。すみか、俺は君のことが……


「ピコン!」


「は?」


すみかはなぜか俺の耳元で必死に「ピコン!」と叫んでいる。


「え? なに、なにしてるの?」


「ぴ!こ!ん!」


「だからそれはなんだよ……」


折角のムードが台無しじゃないか。


そう思ったところで目が覚めた。見ると、耳元にスマホが転がっている。ああ、さっきのピコンは通知音か。画面をつけて時間を確認すると、ちょうど17時だった。3時間弱も眠っていたらしい。これは夜寝るのに苦労しそうだ。


すっかり暗くなってしまっている部屋の電気をつける。うん。よく見える。ベッドに腰をかけて落ち着く。ふう。


「なんだよ今の夢はああああああああああああああああああああ!!」


え?なに?しかも俺は何て言おうとした?君のことが?君のことが?……好き?


「言えるかよぼけえええええええええええええええええええええ!!」


「はあ、まじ最悪……」


今まで目を背け続けてきた恋心を、こんな形で自覚させられてしまうとは。また明日からバンバン(少しずつではないらしい)頑張って行こうと約束したばかりなので、もしここで告白なんかしてしまえば、「真斗くん、真面目にやろ?」とか言われかねない。


いや流石にもうちょっと優しく断ってくれるだろ。そうだよね? ってなんで断られる前提なんだよ!!でも、もしすみかも同じ……。


いやいや待て、そもそも俺がすみかのことを好きって確定した訳じゃないだろ。まだ妙な夢を見てしまっただけ。落ち着け、俺。


今日は疲れてたから、脳の処理機能が落ちて変な夢を見ちゃったんだ。別に俺がすみかのことを好きだからとかではない! 断じて!


「なーんだ! 安心したわー!」


「うるさいわね! 真斗! 高校生にもなってなに!?」


あ、帰ってたんすね。すんません。


俺の長考は母親の襲来によって強制的に終了した。


しかしおかげでクールダウンができた。あれ、そういえばさっきの通知音はなんだったんだ?ベッドに転がったままに担っているスマホを拾い上げて確認する。


5分ほど前に、すみかからメッセージが届いていた。先ほどの夢を思い出してドキッとする。でも、今の俺は冷静なのだ。メッセージくらいで動揺なんかしない。震える指ですみかとのメッセージ画面を開く。


「明日一緒に学校行こー」


というメッセージに続いて、上半身裸のおじさんがマッチョポーズをとっているスタンプが送られてきていた。スタンプ名は「筋肉おじさん」。すみかのこういうセンスだけは理解ができない。


せっかくの友達からのお誘いだし、断る理由もないよなと思う。そう、友達だから。


なので、俺としては全然構わないのだが、俺は7時には学校に着くようにしており、確かすみかはその時間はまだ寝ていると言っていたはずだ。一緒に登校するにはどちらかが合わせる必要がある。


「いいけど、起きれるの? 別に遅いやつでも俺は良いけど」


既読はすぐについた。メッセージを送ってから待っていたのだろうか。なにそれ嬉しい。じゃなくて、変なやつ。


「さっきまで寝てたから真斗くんの時間で大丈夫!」


「だと思う!」


すみかも寝てたのか。だから大丈夫という理屈は怪しいものがあると思うが、本人が大丈夫と言うなら信じよう。


「分かった。じゃあ改札前でいい?」


「おっけいです!」


今度は先ほどのおじさんが両手で丸を作っているスタンプが送られてくる。うん、すみかがそれを気に入ってることだけは分かったよ。


朝6時40分。改札前。いつもならホームで電車を待っている時間だが、今日は改札ですみかを待っていた。


20分くらい前、俺が準備を済ませて制服に着替えていると、案の定というかすみかから、「今起きた! 絶対間に合うから待ってて!」とメッセージが入っていた。別に一本後の電車でも構わないので、「遅れても大丈夫だからゆっくりねー」と返したが、返信がない。全力で支度してるんだと思う。


そんなことを考えているうちに5分が経過し、発車まで1分。


これは間に合わないな、と諦めてスマホを開くと「ひだりみて」とすみかから。なに言ってるんだ?


とりあえず言われた通りに左を見る。


「……」


「おはよ? 真斗くん」


「……おはよう」


「何か言いたそうだねえ? ちなみに5分前くらいからいたよ?」


最初からいたのかよ。なら早く声をかけて欲しかったが、気がつかなかった俺も俺なので黙っておくことにする。すみかは、20分で準備したとは思えないほどきちんと身なりを整えており、その早業に関心する。


「まあね、私が本気を出せばこんなものですよ!」


得意げに腰に手を当てて胸をはる。


いやすごいんだけどね。今はそれどころじゃない。


「すみか、電車の時間はわかってる?」


「え、うん? 6時46分だよね?…………やばくない?」


「急ぐよ!」


俺は言うが早いか、走り出して改札に向かう。すみかも「えへへへへー」と笑いながらついてくる。なんで楽しそうなんだよ。


プルルルルルルルルという電車の発車音と同時に滑り込む。駆け込み乗車ごめんなさい! この時間帯はまだ通勤と被っていないのか、車内はいつもガラガラである。ボックス席で斜め向かいに座り、隣の席に荷物を置く。


「いやー、セーフだったね〜」


「本当にギリギリだったけどな」


そう言いながらすみかは満面の笑みである。だからなんで楽しそうなんだよ。


「にしてもひどくない!? 私が横にいたら気がつくよね普通!?」


ころっと表情を変え、今度は頬を膨らませて不満を訴えてくる。本当に表情豊かなんだよな。


「それはごめんって。なんで気が付かなかったんだろ。背が小さいから視界に映らなかったのかな……?」


俺としてもなんで気がつかなったのか不思議でしょうがないので、冷静に分析してみる。しかし、なぜか前の方からなにやらあまり好意的ではない視線を感じる。


恐る恐るそちらをみると、膨らませていた頬をさらに膨らませ、まさに破裂しそうなほどにまで膨れ上がっている。そして目は俺をまっすぐ捉えており、全力で「にらみつける」を行っている。


俺の視線に気がつくと、ガバッと俺の横に手をついて詰め寄ってくる。柑橘系の爽やかないい香りがするが、それを楽しんでいる場合ではなさそうだ。


「今、小さいって言ったよね? 私の背が小さいって?」


「……イッテナイデス」


忘れていたが、すみかに身長の話は禁句なのだ。前に鈴木さんが身長のことをいじって、お弁当の唐揚げを奪われているのを見たことがある。やめて!俺の唐揚げは取らないで!


「そ、そういえば急になんで一緒に登校しようって?」


話を逸らすついでに、気になっていたことを聞いてみる。まあ、大方の予想はついてるが。


「あ、そうそう。次になにするか話そうと思ってねえ」


あっさりと流されてくれるあたり扱いやすくて助かるが、いつか悪い人に騙されやしないかと心配になる。


隣の席に置いていた鞄をゴソゴソと漁りノートを2冊引っ張り出す。2冊?


「こっちはずっと家に置いてた59番以降のほう」


そういえば2冊あるって話したっけな。でもなんで両方持ってきたんだ?


「今回は、2つ同時に行きます!」


「おお」


「ちょっと今までの感じだとあんま収穫なさそうだったでしょ? だから、とりあえず沢山やっていこうかなって」


「ほう」


「んでね、4番と61番なんだ。今回の行き先的に一緒に出来そうだったからねえ」


「なるほど」


だから2冊持ってきたと。


「それで、今回の行き先ってのは?」


「えへへー、それはねえ」


十分に溜めを作ってから再び口を開く。


「公民館だよ!」


「公民館……」


公民館か。そうか公民館。え?なんで?俺のあたまがクエスチョンマークで埋め尽くされていると、すみかがすかさず解説を入れてくれる。


「今公民館で、『地元の先生たち』っていうイベントやっててね、近くに住んでる人たちの中で、自分の特技を他人に教えてみたいって人たちが無料で教室開いてるみたいなんだよね。予約さえ入れれば誰でも行けるみたい」


「へえ、そんなものがあるのか」


全然知らなかった。やりたいことをすぐに108個も思いついた事といい、今回といい、日頃からアンテナを広く張っている証拠だと思うので、素直に感心する。


「早く何か掴まないとだからね!」


めちゃくちゃ張り切っているすみか。その気合の中に何かのきっかけで壊れてしますような、そんな危うさを感じたが、それと同時に電車が到着し、その思考はそこで途絶えてしまった。

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