プロローグ1:出会い
始めは、ただ誇らしかった。
「今回の満点は、籠谷くんだけでした!」
先生に褒められるたびに。
「やっぱりさすがねー! お母さん期待しちゃうわ!」
親がまるで自分のことのように喜んでくれるたびに。
「まさとくんすごーーい!」
クラスメイトに尊敬の眼差しを向けられるたびに。
自分には才能があると信じて疑わなかった。
それが、なんの意味もなさないと気がついてしまったのはいつだっただろうか。
小学校の頃、遊んでばかりで、先生も手を焼いていた生徒が突然やる気を出して、俺の特等席だった学年一位を軽々と奪って言った時。
中学生の頃、同学年の女子が、硬式テニスでジュニア選抜に選ばれたと聞いた時。
あるいは、ここまで生きてきた中で、少しずつ身に染みていったのかもしれない。
俺の持っていた才能は、所詮は「平凡」の範疇に収まるものでしかなかった。
俺は今までこれと言って苦労した記憶がない。
勉強は、授業中の内職とテスト前の勉強で事足りてしまうし、
運動は、なんとなくやっているだけなのに、レギュラーから外れたことはない。
見た目にしても、自分では割と整っている方だと自覚してるし、中学の頃も何度か交際を申し込まれたので、自惚ではない、と思う。
しかし、俺には誇れることがない。
小学生の俺から突然、学年首位を奪ったあいつみたいに、
中学生の頃、最年少でジュニア選抜に選ばれたあの子のように、
飛び抜けた才能や情熱が俺にはない。
ただ学校に行き、授業を話半分で聞いて、友達とおしゃべりして、時々寄り道して、帰る。
成績が良かったり、夏休みの宿題で書いた読書感想文が入賞したり、多少の違いはあれど、自分は「規格外」ではないだと気がついてしまったのだ。
だから、高校では部活にも入らず、ただぼんやりと日々を過ごすことしかできなかった。
「真斗ー。お前進路の紙出した?」
「んいや、まだ」
1週間を乗り切り、金曜最後の授業が終わった休み時間、高校に入って以来席が近かったので、なんとなく一緒にいるようになった友達、古賀達也だ。
「だよなー。なに書けばいいかわかんねー」
「まあ、適当に書いてだしゃいいだろ」
うちの学校は、「早いうちから将来に目を向けることが大事」だとかで、入学してすぐのこの時期から、進路調査があるのだ。
とはいえ、ようやく受験が終わって、まだ遊びたい盛りのこの時期なので、真面目に考えてる奴なんてほとんどいないし、教師もそれをわかっているらしく、面談に軽く話に出るくらいで、出しさえすれば何を書こうが構わない、と言った感じだ。
将来、と言われると心に引っかかるものがないわけではないが、考えないようにすればなんてことはない。
「だなー。あ、それよりこのあとカラオケ行くんだけどくる?」
「誰がくるんだ?」
「俺とさやか、それと吉野ちゃんだな」
「あー……」
2人とも同じクラスの女子で、さやか、というのは鈴木さやかという名前で、軽くウェーブがかかった長髪に、顔立ちは整っていて、かわいいというよりは綺麗という印象だ。最近達也と仲がいいらしく、達也から「付き合ってはないけどいい感じ」と説明された。
「つまり、デートの前段階として、お互いの友達呼んでグループでってことか」
デートはしたいが、いきなりは難しいので、達也は俺。鈴木さんは友達の吉野さんを呼んでみんなで遊ぼうという算段らしい。
「察しが早くて助かるぜ、さすがは俺の相棒」
「だろ。まあ暇だったし、友達の恋路は応援しないわけには行かねえよな」
「お前ならそう言ってくれると信じてたよ!」
焦茶色の短髪、ぱっと見好青年といった印象を与える相貌で、「やったぜ」と無邪気に喜ぶ友人をよそに、俺はこう言い放ってやった、
「お前の奢りでな」
「えーー。おいこの前もマック奢ってやったじゃん!」
「それはそれ、これはこれだろ」
「ちえ」
不満そうな声を漏らすが、表情はどこか浮かれていて、達也としては、鈴木さんと遊べるなら、多少の出費は厭わないのだろう。
素直すぎる友人に苦笑しながら、俺は帰りの支度を始めた。
「真斗くんって、古賀くんと仲いいよね」
「まあ、席が近くてさ。それでなんとなくね。話してみるとノリも良いし、助かってる」
駅前のカラオケボックス。4人で入るには少し大きめの部屋に通され、ドリンクバーを取りに行ったあと、最初に歌う曲を選びながら、「吉野ちゃん」ーー吉野澄香さんーーと話していた。
吉野さんは、ミルクチョコレートのような明るい茶色のセミロング、活発で誰にでも気さくに話しかけるので友達が多く、密かに狙ってる奴も多いらしい。
制服のリボンから視線を下にずらすと、いやでも目に入る大きな膨らみ……などは見受けられず、周りからよくいじられているのを耳にする。
ただ個人的にはそのくらいの方がスリムに見えるのでいいと思う。
しかし達也に話すと、「え、お前貧乳好きだったの!? ロリコンじゃん! ぷっ!」といじり倒された記憶があるので、二度と話さないが。
「吉野さんは、鈴木さんとどうして仲良くなったんだ?」
吉野さんは元気なクラスの人気者タイプ。鈴木さんは、吉野さんほどではないにしろ、話しかければ普通に対応しているし、その容姿も伴って、仲の良い子も多いみたいなので、別に不思議でないのだが。
「んー、別に何かってわけじゃないんだよね。ほら、わたしって色んな人に絡みに行くじゃん?」
「そうだな」
「だから、その流れで知り合ってー、なんとなく?」
どうやら俺の考えたまんまだったらしい。特別なエピソードがあって友達になる人たちの方が少ないだろうし、まあそんなもんかと思っていると、
「あ、でもさやっちはねえ」
さやっち。と聞いて一瞬誰かと思ったが、鈴木さやかの名前を文字って、「さやっち」なのだと思い当たる。
「めちゃくちゃ可愛いと思う!」
吉野さんは急に声のボリュームを上げてそう言いながら、反対側の隣に座って達也と何か話しているらしい鈴木さんに抱きつき、鎖骨の辺りに顔を埋めてすりすりしている。
普段から教室でじゃれついているのをよく見かけるので別に珍しいことではないのだろうが、いざ目の前でやられると反応に困る。
しかし困惑している鈴木さんをよそに、えへへー、と人懐っこく笑っている様子は、別に特別な感情を持っていなくても惹かれてしまうものがあった。