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魔王攻略を成し遂げたので元冒険者パーティーのシスターを攻略します

作者: 浅賀久瑠

 愛に生きる男になる! 


 俺はそう決めたのだ。勇者となって各地を旅し、人々を救い、俺はやがて魔王を倒して世界を平和に導いた。これ以上世界は俺に何を求めろと言うのだろうか。もはや何も求めはしないだろう。


 平穏な暮らしが今の俺にはある。世界が俺を必要としなくなり、存在意義を失っても自暴自棄にはなったりしない。好きな時に寝て、腹が空けば飯を食う。自由な日々を十分に堪能している。これまでが忙しすぎたんだ。魔物が出れば討伐に向かい、困っている人がいたら助ける。人生分の善行をこなしたと言っても過言ではない。


 だが、俺には一つだけ心残りがある。

 元冒険者パーティーのシスター。

 彼女に未だ想いを伝えきれずにいた。無償の愛を持つシスターに俺は恋をしているのだ。世界を救ったことで冒険者パーティーは解散となり、それきりシスターとは会っていない。楽しい時も苦しい時も彼女と長年旅をしてきた。数えきれないほどのフラグがあるはずだし、好感度だって高いはずだ。


 加えて今の俺には不可能という文字はない。魔王攻略を成し遂げたのだ、俺にできないことなんてありはしない。成功率はほぼ百パーセントと言っていいだろう。

 だから、この想いをシスターに伝える。そして、一生を添い遂げる伴侶になってみせる!



「よし」


 俺は今とある辺境の村を訪れている。民家が点々と並び、麦が生い茂るのどかな村だ。噂によればシスターはこの村の教会に従事し、孤児の面倒を見ているという。魔族との戦争により多くの村々が焼かれ、親を無くした子供たちが行き場を失っていた。そんな子供たちのお世話を彼女がしている。


 実にシスターらしい。俺もお世話されたい。

 毎朝、「ごはん、できましたよ」と起こされて、朝食で「ついてますよ」と頬に口づけされて、お昼には「待てぇ~」と温かな野原で追いかけっこをして、その後に柔らかい膝枕を存分に味わいたい。夕方にはお風呂で背中を流してもらって、そして、夜には――。


「こほんっ」


 これ以上はやめよう。彼女の純潔に関わる。

 妄想から覚めると、目の前に古びた教会が見えてきた。木造建築で屋根の下には大きな鐘。

緑の芝生が風に揺れ、教会の門の前で子供たちと戯れる黒い修道服を着た一人の女性。

 ウィンプルからはみ出た金髪を耳にかけ、天使のような微笑みを浮かべるシスター。ローブの裾がなびき、脇裾からちらりと見える太腿が絶妙にエロい。


「シスター、久しぶり」

「あらっ、勇者様」


 丸い瞳を大きく見開き、口に手を当て驚くシスター。その表情がまた一段と可愛らしい。露出を極度に避けた服から垣間見える彼女の肌は雪のように白い。


 周りにいた子供たちが「この人誰?」と口を揃え始めると、「世界を救った勇者様ですよ」とシスターが答える。すると、子どもたちが目をキラキラさせて、俺に群がり始めた。わーわーぎゃーぎゃー騒ぎまくり、正直どうしていいのかわからない。子供は別に嫌いじゃないが、ケガをさせてしまいそうで下手に触れない。


「こら、勇者様が困っているでしょ。皆は少しお庭で遊んでおいで」


 眉間に皺を寄せて、シスターが説き伏せると「はーい」と元気な返事をして、子供たちが一斉に駆け出していく。


「本当にお久しぶりですね、勇者様。急にどうしたんですか」

「いや、大したことはないんだけど。どうしているかなってさ」

「ふふっ、この通り元気にしていますよ。立ち話もなんですから、座りませんか?」


 シスターに案内され、庭先のベンチへと腰を下ろす。目の前には元気に駆けずり回る子供たち。そして隣にはシスター。一人分のスペースがあるが、同じ椅子に腰かけているだけで心臓はドキドキする。


 整った鼻立ちと淡い桜色の唇。思わずシスターの横顔に見惚れてしまう。改めて思うが、シスターの顔はとても小さい。俺は彼女以上に小顔の女性をまだ見たことがない。それに微かに石鹸のような香りが鼻をくすぶり、妙に体がそわそわする。


「私たちは本当に世界を救えたんですね」

「うん、この光景が何よりの証だ」


 無邪気に笑い、自由に駆け回る子供たち。以前までは魔物たちの襲撃があり、子供たちも自由に外を遊べていなかったはずだ。けれど今は、笑い合う子供たちの姿が目の前にあり、自然と嬉しさが込み上げてくる。


「勇者様は覚えていますか?」


 それから始まるシスターの昔話。シスターと始めて会った日の出来事、強い魔物との戦い、カジノで大破産した話など。ついつい話が盛り上がる。


 だが、ふと気づいた。

 俺はシスターと昔話をしに来たのではない。彼女に愛を伝えるために来たのだ。

 危うく目的を忘れてしまうところだった。こんな悠長なことをしていたら、手遅れになる。いつ彼女に悪い虫がつくかわからない。


「シスター、もし時間があればだけど、今度どこかに行ってみないか?」


 さすがに早すぎたか。会ってすぐにデートというのは不味かったか。返事に困ってしまったのかシスターの顔は戸惑ったままだ。


「ごめんなさい。今はこの子たちの面倒を見ないと行けませんから」

「あ……、ごめん、そうだよね」


 しかし、俺はこれくらいでは諦めない。


「じゃあさ、何か欲しいものはある? 何か困っているとか?」

「そうですね、では……」


 案内されたのは教会裏の倉庫。木箱が山積みされ、箒やら椅子やらが散乱している。天井を見上げれば蜘蛛の巣だらけで、ほとんどのものが埃を被っている。


「ここの整理をお願いしたいのですが……」

「任せてください」

「それと、もしよろしければ、できれば屋根の修理も……」

「もちろんです」


 シスターの頼みならば断わる理由などない。ここで成果を成し、一気に好感度を上げるチャンスだ。そのままゴールインも夢じゃない。

 だが、思ったよりも整理や修理に難航し、気づけばもう日が沈み始めていた。西の空が赤く染まり、一番星が見え始めている。


 結局、今日一日シスターとの進展はなかった。ただおしゃべりをしただけで、それ以降は大して会話ができていない。シスターにうまく利用されただけでは? なんて疑問が頭に浮かぶ。まぁ、シスターに使われるくらいなら本望だけど。でも、このままでは何もできずに終わってしまう。

 修理道具を片付けた後、報告も兼ねて教会内にいるシスターの元へ行くと彼女がこんなことを言い出した。


「勇者様、もしよろしければですが、今夜泊っていきませんか?」


 これはまさかのお誘い? いくらなんでも急展開すぎないか。だが、シスターの誘いを断ると言う選択肢はない。がんばった俺をシスター自らが労ってくれるというのだ。当然、喜んで受け入れる。


「いいん、ですか?」

「はい。この村で泊まれる宿はありませんから。ささ、こちらへどうぞ」


 背を向けて、教会奥の通路へと進んでいく。きいきいと木の軋む音を鳴らしながら狭い通路を歩き、最奥の部屋の前に立つ。


「満足できるかわかりませんが、どうぞ入ってください」

「お、おう」


 扉を開けると、部屋の角には一つの大きなベッド。蝋燭の火が微かに灯り、妙に煽情的な雰囲気が漂っている。もしかしてシスターやる気満々? それはそれでウェルカムだけど、まだ汗流してないし、何より心の準備ができていない。


「シスター、お風呂はどこかな?」

「あー、そうでしたね。お風呂はこの部屋を出て、左の通路を曲がった先にあります」

「そうか、わかった」

「でも、変わりましたね。冒険中は何日もお風呂に入っても平気でいらしたのに」

「それはだって、野宿することが多かったから慣れただけで、今は違うだろ」

「ふふっ、それもそうですね」


 口に手を当てて、小さく微笑み浮かべるが、今はその笑みが小悪魔的に思えてくる。もしかしたらシスターは意外な性癖の持ち主なのかもしれない。女性は男性の臭いに誘われると聞いたことがある。加えて、シスターのように生活において様々な制約が課せられている女性は欲求不満が多いらしい。日頃、溜まったストレスが爆発するとか何とか。


 ぜひシスターに押し倒されてみたい。だが、シスターにはどうしても清楚であってほしい。このどうしようもない葛藤を誰か解決してほしものだ。

 しかし、俺の妄想は次のシスターの一言で無残にも斬られる。


「それではお休みなさい」

「へ……」

「どうかなさいましたか?」

「いや、どこへ行くのかなと」

「子供たちの面倒を見に行ってきます。あの子たちを寝せないと行けませんから」

「あ、うん……だよね。おやすみ」


 にこっと笑みを浮かべてシスターは部屋を出て行く。

 さて、今まで俺の妄想と葛藤は何だったのだろうか。今更ながら恥ずかしくなってきた。


「忘れよう」


 どさっとベッドに体を頬り投げ、天井を見上げる。馬鹿なことを考えていないで、真面目に考えるとしよう。まだ始まったばかりだ。チャンスはこれからもあるはず。ゆっくりと長い目でシスターと付き合っていこう。


 それから一週間が経過した。結果、進展なし。

 以前と何も状況が変わっていない。むしろ以前より頼まれる仕事量が増えている。庭の雑草取りや窓のお掃除、村への買い出しなんかも頼まれている。立派な雑用係となっていた。

 そんなある日、突然、転機が訪れた。


「私、花が好きなんですよね」


 何気ない会話でのシスターの一言。これはチャンスだ。好きなものを上げれば好感度もぐっと上がるはず。そして良い雰囲気のまま告白をすれば、必ず成功するに違いない。


 さっそく俺は準備に取り掛かった。この村に花屋はあるのか、近くに綺麗な花が咲いているところがないか、と村中を聞きまわった。すると、この村から少し離れた山の上に白い花が咲き誇る花畑があるという話を聞くことができた。距離的には半日かかる場所らしいが、シスターのためだ、迷う訳がない。


 一度、シスターに村を離れることを伝え、俺は目的の山を目指した。旅をやめてから身体を動かすことがなくなったせいか、体がかなりきつい。一歩踏み出すだけでも足が重く、すぐに息がある。これまでよく旅をやってきたなと今更ながら思う。でも、決して足を止めたりはしない。シスターに愛を伝え、念願の恋人になってみせるのだから。


「ここか……」


 ようやく、山頂に辿りつくと目の前には一面の花畑。辺り一帯を真っ白に染め上げ、時折風が吹くと白い花弁が雪粉のように宙を舞う。何より空気がおいしいと感じる。透き通った空気が肺を浄化し、疲労していた体が嘘のように回復する。


「さっそくシスターに持って帰ろう」


 優しく白い花を摘み取り、腕いっぱいの花束を作り上げる。胸元に抱え込むと、つんと爽やかな匂いが鼻の穴を突き抜ける。これならきっとシスターも喜んでくれるに違いない。

 急いで山を降り、シスターのいる教会を目指した。やはり距離があるせいか、到着するのに半日が経過し、着いたのは翌朝だった。


「シスター、ただいま」


 教会に着くとシスターは洗濯物を干していた。手慣れた手つきでシーツを広げ、竿にかける。シスターがこちらに振り向くと「どうしましたか?」と首を傾ける。


「これを受け取ってほしい」


 腕いっぱいに抱えた白い花束を差し出すとシスターは目を丸くし、驚いたような顔を見せる。


「これはラストフルというお花ですね。どうして私に?」

「それは……シスターが花を好きだって言っていたから。それとシスターにぴったりの花だと思った。この花を始めて見た時、まるでシスターみたいだなと心が惹かれたんだ」

「そう、ですか……」


 あれ? あんまり嬉しくなさそう。急にシスターは黙り込んでしまった。

 いや、俺の気のせいか。唐突に花を渡されて、ただ困っているだけだろう。シスターは花を好きだと言っていた。だから何も問題はないはずだ。このまま「好きだ」と言ってしまえばハッピーエンド間違いなし。


「シスター、俺……」

「勇者様」


 ふと遮られた。


「勇者様はこの花の花言葉をご存じですか?」

「ん、いや……」

「淫乱」

「へ?」


 シスターらしからぬ言葉に思わず声が裏返る。聞き間違えであってほしいが、確かにシスターは今「淫乱」という言葉を口にした。まさか花言葉が淫乱という意味だったのか……。


「勇者様は私のことそういう風に思っていたのですね」

「いや、違う! 誤解だ。俺はただその花言葉を知らなかっただけで」


 慌てて言い繕うがシスターの耳には届いていない。

 そして、これまでにない程の清々しい笑みを浮かべて。


「最低ですね」


 瞬間、俺のハートはガラスのように粉々に砕け散った。全身から力が抜け落ち、思わず膝が崩れ地面に這いつくばる。目の前の地面には白い花束が投げ捨てられ、シスターが去って行く。


「終わった……」


 完全に撃沈。これまでにあったフラグや好感度がすべて水の泡だ。何もかもゼロからやり直し、いやマイナスからのスタートだ。

 だが、こんなところで絶対に終わってたまるものか。いつかシスターに愛を伝え、必ず恋人になり、一生を添い遂げる伴侶になってみせる。絶対に諦めない。絶対に絶対にだ。

 でも、ここで一つ言わせてほしい。


「ちっくしょーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

 


 最後まで読んで下さった方、大変ありがとうございます。少しでも面白いと感じていただいた方は評価の方をよろしくお願いします。

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