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5 辺境伯領へ

 ブランノワ辺境伯領に入ってすぐの街の宿に、すでにアンヌマリーたちのための宿が用意されていた。その街ではもっとも大きく人気のある宿らしい。通された部屋も清潔だった。

 そして、それぞれの部屋でひとまず落ち着いたころ、夕食を一緒にというレナートの誘いが届き、アンヌマリーは慌てふためいて準備をした。こういう宿で浮かないドレスで、一番可愛く見えるものを探す。エミリアの提案で淡い青紫色で襟もととウエストに紫色のリボンがついた足首が隠れる程度の長さのドレスを選ぶ。金色の髪は下したままで、両サイドの髪を編み込んで後ろで結んだ。少しでも綺麗だと思ってもらいたくて薄く化粧もしてもらう。

 ラヴェルが迎えに来てくれて、エスコートされて一階におりると、すでにテーブルについていた兵士や護衛たちが一斉に立ち上がる。一番奥のテーブルでレナートが立ちあがって待っていた。


「護衛たちや辺境伯の兵たちで手の空いた者も一緒に食事を。俺が許可した。いいね?」

「もちろんよ」

 

 そんな会話をしながら、護衛や兵たちのほうにそっと笑顔を向け、レナートの待つテーブルに辿りつく。


「お待たせいたしました。レナート殿」


 ラヴェルが挨拶を交わし、アンヌマリーを座らせると、二人も席につく。護衛や兵たちもがたがたと座ったようだ。すぐに二人にはワインが、アンヌマリーには果物のジュースが運ばれてくる。


「明日、城につきましたらまた改めて歓迎の席を設けますが、ひとまず」

「わざわざのお迎え感謝いたします」


 グラスを掲げて乾杯をしたあと、ラヴェルとレナートは世間話をしはじめたが、アンヌマリーは改めてレナートの顔を見て、恥ずかしさでいたたまれない気持ちだった。物語の中では、王子さまが求婚してくれるのをお姫様は奥ゆかしく待つものなのに、先ほど自分から求愛してしまったのだ、それも相当に前のめりで。


「ラヴェル殿は、こちらへは初めてでいらっしゃいますよね。確か、ムラノブ公爵家の所領は王都の南でしたでしょうか。こちらとはずいぶん気候も違うでしょう」

「ええ、王都を出たころはまだ暑さを感じる日もあったのですが、こちらではむしろ肌寒さすら感じるような」

「なにやら王太子殿下に命ぜられたことがおありとか」

「ええ、とても大切な用向きがございますが、それは落ち着いたところで改めて……」


 ラヴェルは言いさして、まったく食の進んでいない様子のアンヌマリーを見た。


「ともあれ、今のもっとも大事な用件はこれですが」

「アンヌ様、お口に合いませんか? 何か別のものを持ってこさせましょうか?」


 優しい声で尋ねられたのに、ふるふると首を振る。


「おいしくいただいています」

「こちらでは王都に比べて味が濃いものが多いのです。どうぞご無理をなさらずに」

「ええ、そう聞きましたわ。ずっと食べてみたかったのです」

「でも、今は胸がいっぱいで食べられない、と」


 自分はおいしそうによく焼けた肉を食べながら、ラヴェルが茶化した。


「そういえば、レナート殿はアンヌと会ったことがあったのですね」

「ええ」

「よろしければ伺っても? 殿下も私もずっと不思議だったのです。アンヌがいったいどこでレナート殿と知り合ったのだろうと」

「ラヴェル、やめて」


 ずっと秘密にしていた、アンヌマリーの大切な思い出。それを簡単に他人に話すということは、その思い出がその人にとって特別なものでないということ。そう思うだけで胸がきゅっと締め付けられる。思わずレナートを見ると、レナートもアンヌマリーを見ていた。普段はきつくも見える目がそっと細められ、優しく笑った。思い出と重なるようなまなざしだった。


「アンヌ様がお話しにならないことは私からは。ですが、まだお小さいにもかかわらず、大変思いやりをもって接していただきました」

「そんな昔に会っていたのですか。アンヌは何も教えてくれないのですよ」

「大変可愛らしくていらっしゃいましたね」

「レナート様。わたくし、まもなく16歳になりますの」


 子どもの姿を思い返すようなレナートの表情に、アンヌマリーは言い返した。年の差を思い出させてはいけない。もう大人なのだということを知ってもらわなければ。すると、レナートは改めてアンヌマリーを見つめて頷いた。


「そうですね、まもなく成人の儀を迎えられるのですね」

「どうかしばらくでいいので従妹のわがままに付き合ってやっていただきたい。アンヌは本当にずっとレナート殿に憧れていたのです」

「わがままに付き合うなど。敬愛すべき方だと思っておりました。だからこそ私などにはもったいない」

 

 敬愛、とレナートは言った。嫌われていないのはわかったけれど、敬愛というものは、多分、アンヌマリーが求めているものとは違う。ただし、レナートに噂通り忘れられない人がいて、それでも嫁ぐのであればそれが唯一アンヌマリーに与えられるものなのだろうけれど。


「そんなことありません。わたくしはまだ足りないところばかりですわ。でも、役にたてることもあるはずです。ですから、どうか……」

「アンヌ、落ち着きなさい。婚姻はともかく、アンヌマリー王女が辺境の地を知ることは辺境伯にとっても損はないはずです」


 ラヴェルが言葉を重ねると、レナートは参ったというように苦笑した。


「先ほども申し上げた通り、お二人の滞在は歓迎いたします。ただし、考えを変えるつもりがないことはご承知いただきたい。それでもよろしければ」

「結構です。それでいいね、アンヌ」

「はい、ありがとうございます」


 アンヌマリーが頷くと、ラヴェルがワインのボトルをとって、レナートの杯を満たした。


「では、アンヌはまずちゃんと食べなさい。辺境伯家の方々が心配なさるだろう」

「えええ」


 突然ラヴェルに言われて視線を巡らせると、深刻な雰囲気を心配したのか、主人たちの(テーブル)を配下の者たちが伺っていた。慌てて、アンヌマリーがにっこりと笑うと辺境伯家の(テーブル)がわっと沸いた。レナートもなにか合図を送ったのか、一人の男が音頭をとって、再びにぎやかな食事が始まった。



「こういう食事は初めてです。皆さん楽しそうでよろしいわ」

「城以外では兵たちと食事をとることも多いのです。今日は恐れ多いことですが」

「恐れ多いはなしにしましょう、レナート殿。私たちはあなたより爵位の低い伯爵とその従妹ですからね」

「それもなかなか難しいことですね」


 ようやく三人で笑って、食事を再開した。






 翌日、レナートとその配下に護られて、アンヌマリーたちは辺境伯家の居城であるシュノン城に到着した。

 シュノン城は木々に囲まれた小高い丘の上にあり第一の城壁に囲われている。そして、その塀のそとのなだらかな坂とその下が城下町になっており、さらにその城下町を守る第二の城壁があった。戦いの際は、城下町ごと籠城し、戦いに備えることができるようになっていた。第二の城壁をくぐると、東西にそれぞれ大きな塔をもつシュノン城の茶色いレンガ造りの雄大な姿が目前に迫った。

 アンヌマリーの馬車の横をレナートが騎馬で走っている。城下町に入ると人々は、馬に道を譲り頭を下げて通り過ぎるのを待つ。中には、領主様、などと呼びかけて手を振る子供もいて、レナートの領主としての姿が垣間見えるようだった。


 城に着くと、レナートは丁重にアンヌマリーを馬車から下し、迎えに出ていた家令のアンドレと侍女頭のマルチーヌを紹介した。


「ムラート伯爵とその従妹のアンヌ嬢だ。くれぐれも丁重にお迎えしてくれ」

「よろしく頼むよ」

「お世話になりますわ。よろしくね」


 白髪で長身で柔らかな雰囲気のアンドレと、ぴんと背が伸びた厳格そうな雰囲気のマルチーヌが揃って頭を下げる。

 いよいよブランノワ辺境伯家に到着したのだった。


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