二人
1時間程歩いた所で、石を拾った川に出る。ランが居るので当然なのだが、魔物は出なかった。
「小さいのがちょこちょこあるね」
「ああ、大きいのはさっき渡したアレだ。細工屋になにか頼むか?」
魔物素材で溢れてきた町には、細工屋も出来ているし、ドワーフも住み始めた。
「うん。ペンダントか腕輪かな。地金見てから決める!」
「そうだな」
「変な装飾ばっかりだしねぇ。初めてかな?魔法がかかってないやつ」
左手小指のリングは髪と目の色を変えるためだし、左手のひらには召喚されたものの証である収納の印、左の頬には冒険者ギルドのマーク、そして右手の甲には聖女の印、だ。
「…それはちょっとどうなんだ…」
「あはは!マークばっかりだよね!」
楽しそうな蘭に、石を渡して良かったと思う。
ギルドを立ち上げてからずっと忙しい。息抜きになったなら幸いだ。
「あ、ほら、これ…きっとジオードだ」
ランが水の中から拳大の石を拾い上げた。
「ジオード?」
彼女は腰の後ろに差してある小ぶりのハンマーピッケルを取り出し、石を大きな平らな石の上に置いて割る。
「!…中に、水晶が…」
紫色と白の結晶が現れて陽の光を弾きキラキラと光った。
「なぜ分かった?」
「魔力の入りが普通の石と違うから」
勉強家なランはシャンメリーから魔法附与まで教わっていて、今、レーベの町の結界は彼女が作り出した聖域という魔石で賄っている。
こういう場面でも生きてくるのか、と感心しつつ、ジオードというそれを袋に入れた。
「ここはギルドの縄張りにするか?」
「うん、そうだね」
そう言うと彼女は町を護っている聖域の魔石と少し違う色味の石を取り出し、魔力をこめ起動する。魔眼で見る魔力の波紋は、先に小さく見える洞窟ごと飲み込んだ。かなり広範囲だ。
「これでギルド員しか採取できなくなるよ」
それはギルド用の聖域の魔石だ。ギルドには町周辺の土地の探索情報の記録が保存されているが、ギルド員にならずそれだけを見て、横取りや乱獲を防ぐ目的がある。
「ここは…信用出来る人だけだね、立ち入りは」
「じゃあしばらくは俺たちで取るか」
(一緒にいる時間が増える)
アレックスはそう考えたがランは違う意味にとったようだった。
「そうだねー。魔力伝導が分からないと駄目だし、キラキラしたものは私も見たい」
「宝石が好きなのか?」
意外だった。勲章授与の時に着飾られた時は、驚きはしたものの後に疲れていた。
「宝石というか…なんていうんだろう、自分で見つけたものが、キラキラしてるとちょっと嬉しくならない?」
そう言われてアレックスは思い出した。
幼少時に大人たちの狩りにオマケで参加した際、親が指示して仕留めさせてもらった獲物ではなく、探索していた際に落ちていた大きな牙を拾って磨いて宝物にしていたことを。
「…ああ、分かる」
「でしょ?」
「…なるほど、俺は傭兵ではなく、冒険者向きだったのか」
向こう見ずに魔物に突っ込んで傷を負ったこと然り、小さな石を見つけたこと然り。
「かもね!もしかしたら、土魔法の適性があるかも?」
「何かの属性はあったが…魔法か。考えたことも無かったが…」
騎士だから、傭兵だからと…シャールがいるから魔法は必要ないと思っていた。
これから二人で暮らすのなら、もしもの時に必要になるかもしれない。
「帰ったら調べてみようよ。シャンメリーのスキル鑑定の魔道具、なかなかいいよ」
現存する遺跡の発掘品よりも高性能だ。それ故に、数は国に管理されており冒険者ギルドではギルドの職員しか扱えないが。
「そうだな。前にシャールに教えてもらった、森の中での瞑想をするのもいいかもしれん」
「あ、それなら付き合うよ」
たまにモニクとやっているが、最近彼女は弟子たちの教育と、エドワードとの付き合いのため忙しい。
自分が言えば時間を作ってくれるが、ランは彼女に好きに生きてほしいと思っている。
「それなら、これの探索に来るついでにやろう。…洞窟はこっちだ」
「うん!ずいぶんと急勾配だね」
道のない岩場だらけの坂だ。アレックスに引っ張り上げられながら少し先の川の上流へと向かうと、岩の裂け目のような洞窟がポッカリと口を開けて待っていた。入口付近は狭くてランの身長の半分ほどしかないが、中に入れば天井はアレックスの頭の30センチ程上にあるという。
魔石製のカンテラで中を照らせば、上から大きな柱が水の流れる床へ伸びていた。
「でっかい石筍だなぁ。こんなに大きくなるまで何年かかったんだろう」
「…博識だな」
「偏ってるけどね」
料理と素材の本ばかり読んでいるからだ。洞窟を探検した冒険家の話が面白くて、最近はそればかり。是非見たいと思っていたので、ランはウキウキしていた。
自分の魔物避けスキルのお陰で魔物は周辺にいない。2人でゆっくりと中へ入る。
「あ、こういう所は下が滑りやすいからー…」
言ってる側からランが苔に足を取られた。
「!」
後ろから抱きとめると、カンテラが落ちてしまう。
幸い、水に流されることはなくとどまってくれたカンテラは、足元から二人を照らしてくれた。
「ごめん、上ばっかり目がいって…」
「みたいだな」
苦笑するが、ランはやはり上を見ており、桜色の目が見開かれた。
「あ!ほら、あれ。すごいおっきい水晶あるよ!」
洞窟の天井には、びっしりと白と紫の水晶が生えている。それらがカンテラの明かりに照らされてキラキラと光っていた。
「……」
しかし、アレックスにはそちらはどうでもよかった。
ここには2人だけ。
無邪気な瞳に吸い込まれ、彼は顔を近づけた。
「ん?どした…!」
少しひんやりした洞窟内で、お互いの唇が温かいと思った。
目をつぶっていたアレックスの顔を間近で見たランは、慌てて目を閉じる。
そうすると、余計に柔らかい唇と、腰を支えてくれている逞しい腕が意識されて、顔に熱が集中するのが分かった。
ゆっくりと唇を離すと、アレックスは申し訳無さそうに言う。
「…すまん。ちょっと我慢できなかった…」
「…い、いやあの…はい…」
恋人同士で婚約しているのだから別に構わないと思うが。
しどろもどろになったランが可愛く思え、思わず抱きしめる。
「その、シャールがな、ランは鈍感だから、と。ハッキリ言うかやれと言われてな」
二人が町に居ると必ず囲まれてしまう。誰も居ない場所で、理性が少し飛んでしまった。
「…うーん…否定できない…」
この世界では子供っぽい外見だし、つつましやかでもないし、食い意地も張っていると自覚がある。
日本にいた頃と同じく、当然、こっちでもずっと独身だと思っていたのだ。
自分がまさか、誰かの好意の対象になるなど考えてもいなかった。
恋人宣言したあとも、どうすればよいか分からず普通に生活していたので、アレックスには少々申し訳ないと思っていたところだ。
「あ、じゃあさっきの石も…?」
「そうだ。まぁ、お前は本当に貢がれ慣れているから、気づきにくかったな」
「…かもしれない。今日はお酒じゃなくて石なんだなって思ったかも」
「それは酷いぞ!」
ぎゅう、とアレックスが抱きしめつつランを持ち上げる。
「わわっ」
「俺も鈍いと言われていたからよく分からんが…お前には、触れていたい」
「う…はい…」
ランが赤くなっているが、それも嬉しく思える。
(こんな気持ちになるのか…)
家を継げない三男のため、幼少期から騎士団に入るのだとずっと鍛錬をしていたし、騎士団に入ってからは夜会そのものが苦手で出席もしていなかった。
好いた惚れたと同僚が騒ぐ中、独身街道まっしぐらだったと言うのに。
「嫌なら言ってくれ」
「え?…えっと…全然、嫌じゃないです」
変に敬語を使うランに吹き出す。
いつも自分を引っ張り回しているくせに、今日はランを捕まえる事が出来て少しうれしいアレックスだった。
二人きりにしてくれたシャールに感謝せねばならない。
「ほら、こうしてると天井がよく見えるだろう」
「う、うん」
さっきまでは天井の水晶ばかりを見ていたのに、今はチラチラとアレックスを気にしている。
それも嬉しい誤算だった。
(戻ったら、シャールにお礼を言わねば)
そしてはたと気がつく。
「あ!…すまん。勝手に口づけをして…」
「だ、大丈夫…」
視線に耐えられないのか、ランは顔を覆ってしまった。
あまり大丈夫そうに見えない。アレックスは洞窟内で水が流れてない場所を探すと、そこへランを下ろして座らせてカンテラを回収して戻ってくる。
少しぼうっとして薄く発光している水の流れを見ていたランは、口を開く。
「あのね、私は…前も言ったけど、すごく太っててね」
「ああ。チャービルに追い出された原因だと言っていたな」
「うん。でも、それも運命だったのかなぁ、と」
王都から遠い森の中に捨てられて、双子に拾われ色々と教わり、町に来て黒鹿亭に住むことになりアレックスたちと出会った。
「事後だが…そうとも言えるな」
王宮で保護されていたら、皆とは出会っていないし、当然冒険者ギルドもない。
双子は魔物のままだし、黒鹿亭は困窮し…おそらく廃業、アレックスは魔憑き、シャンメリーはシャンタルのままだったろう。
聖女である二人は、宰相にいいように使われていたかもしれないし、神聖王国の脅威に晒されていたかもしれない。
「…ちょっと話がそれたけど、太ってたから恋愛対象と思われてなかったし、男の人と付き合おうとも思ったこともないし、こっちでもずっとそうなんだろうなーって思ってた」
「そうか」
自分にも心当たりがある。そのままの状態が普通だと思っていた。
「王都に行った時にやたらと贈り物されたし、酒注ぎまくる人はいたし…正直、面倒だった」
「仕方ない」
全て自分とシャールが威圧して追い払っていたが。
「あれは、焦ったぞ」
「そう?どうせ、これ目的でしょ」
左の頬にあるギルドマークと、右手の甲にある聖女の印を指す。
「まぁそうだな。…そんなものがあっても、中身は変わらんのに」
そう言うとランは笑う。
「うん。だから、アレックスは好きなんだけど、その好きが恋愛感情か分からなくって…」
「なんだ、その事か」
自分も同じだ。
「!」
アレックスはひょいとランを抱えて自分の足の上におろす。
あの日、酔っ払ったランを置いたように。
「俺も正直分からなかったが…今なら分かるぞ。こうしてずっと一緒にいたいと思う」
「ふぇっ!?」
頬を撫でるとランは素っ頓狂な声を出した。
「夜会でな、同僚が…ダンスで必要以上にくっついるヤツがいたが…今なら分かる」
そう言うとランの背中に手を回して、自分にくっつけた。
「…嫌か?」
「嫌じゃ、ないです」
アレックスは吹き出す。
「なんで敬語だ」
「こういうの、慣れてないから…」
「俺もだぞ」
今だって頑張って耐えている。
「少しこうしてていいか?」
「…はい」
やっぱり敬語らしい。少しニヤつきながらランの柔らかい身体を感じていると、彼女が動いた。
肩に置かれていた手を、おずおずと自分の首の後ろに回している。
「ちょ、ちょっと待てそれをやると」
しかしランは頭に血が上っているのか聞いていないらしい。
そのままギュッとされてしまった。
「……!!!」
顔に、膨らみが当たっている。見た目通り大きい、などと余計なことを考えてしまう。
(耐えろ、耐えるんだ…)
騎士団に居た頃の厳しい鍛錬と、オーガだと思った老教官の顔を思い出す。
暫くそうしていて、アレックスが鍛錬の記憶にどっと疲れた頃にランは腕を離した。
「…どうだった?」
「えーと…うん。暖かくて、守られてるって感じがした…」
少しはにかむように言う。照れてはいるようだが、ホッと気が抜けた顔だ。
(そうか…考えてみたら、ずっとランを基点にして皆動いていたな…)
召喚されてからずっと、彼女は誰か人のために突き動いている。
(もう一人の聖女も言っていたな。他人ばっかり心配して構うので気をつけて下さい、と)
今もギルドマスターと呼ばれていて、ランは職員とギルド員を労うが、彼女自身を褒めたり労ったりするものは少数だ。
「わ!?」
アレックスの大きな手が、ランの頭をくしゃくしゃと撫でる。
「…お前は頑張ったよ。色んな人が笑顔になった。…次は、ランが笑顔になる番だ」
「へ?…笑ってると思うけど」
職業柄もあるが、あまり嫌なことは顔に出さないし、負の感情が好きではないため笑うことが多い。
この世界へ来てから不安になったのは追い出された時と、王宮に呼ばれた時くらいだ。
「作り笑いじゃないぞ。…そうだな、一度気を抜くか」
「ん?…あひゃ!?ちょっアレッ…やめ!ひゃああああ!!」
腰と脇に大きな手を這わせてくすぐりにきたのだ。
たまらず逃げようとするが、そもそもアレックスの上に乗っかってるので逃げられない。
「ちょっ…やめーーー!!」
「俺が我慢してるんだから、今のうちに笑っとけ」
「なに、がま…うひゃひゃひゃひゃ!!」
うっかりちょっとだけ膨らみに手を伸ばしてしまったが、これくらい許してくれと思いつつ、くすぐるのを止めるとランがグッタリともたれかかってきた。
「……はぁ、はぁ…」
息も絶え絶えといった様子にやりすぎた、と反省する。
そのまま彼女の身体を反転させて、自分の胸にランの背中をあてた。
「王女に言われるまでもない。お前の背中は守ってやるから、少し気を抜け」
「…そんなに、気を張ってる…?」
会社に行くようにギルドへ出勤をして、定時に上がっている。勤務場所も徒歩30分圏内だ。正直、余裕さでいうと日本と比べ物にならないくらい、のんびりしていると思っていた。
「あちらの基準で考えるな。…セイにも言われたぞ、異界人は奴隷のように勝手に働き過ぎるから気をつけてくれと」
「…それは、まぁ、そうかもしれない」
確かにライトノベルで見るギルドマスターは、そんなに出てこないし町をうろついてない。
何かあった時に「どうれ」と奥から出てくるくらいだ。もう少し鷹揚に構えていても、怒られないのかもしれない。
思考を読んだのかアレックスが追加する。
「何かあった時に考えるのは、王だ。少し休め」
「うん…」
召喚されてから1年半。ずっと走ってきたようなものだ。
やっと、ランは立ち止まることが出来た。
セイと同じく心のどこかに”召喚された者”という思いがあったのかもしれない。
ジゼルとモニクといる時もそうだが、アレックスたちといる時は地がよく出ていた気がする。
(みんなをなんとかしたいと思ったけど、いつの間にか、頼ってたんだなぁ)
それは会社に勤めていた時の同僚よりも、気安い感じで。
(アレックスは特におっきいから、なのかな)
最近はジゼルとモニクが自由に活動出来るようになったので、家にいる時間を除くとアレックスたちといる事が多い。
昔から大きいぬいぐるみなどは好きだった。そう言えば、家に置き去りのクマ太郎はどうなったのかなと考え始めて、頭を振る。
(もう戻れないし、あっちには”私”がいる)
しかしクマ太郎の事を考えると、今のように背中に置いて座ったり、疲れた時はぎゅっとしたり、イライラした時は頭突きしたりしていた。
それをアレックスに置き換えて、思わず笑ってしまう。
「どうした?」
「…あ、クマ太郎がね…」
ついその事を話すと、クマ太郎ではなくアレックスが背後で笑った。
「では、俺といちゃいちゃすればいい」
「…はい?」
途中までいい話だったのに、最後に何か違う単語が出てきた。
「我慢してると言ったろう」
「!」
すり、と頬ずりされて再び焦る。
(まさかとは思うけど、おしりに当たってるのって…)
何か固いものがある気がする。
「ええええっと、アレックス?」
「なんだ、好きな女に欲情したら駄目なのか」
「い、いえ!!」
まさか自分にそんな感情を抱く生き物がいると思ってなかっただけだ。
しかし、アレックスなら、そういう事をされてもいいと思えた。
(よ、よし、返事だ、返事をするんだ!)
意を決して顎をあげて、アレックスを見上げる。
「あ、あの…私なんかで良ければ、そういう事をしても…」
最後まで言う前に食い気味に返事がくる。
「わかった。…言っておくが、お前はけっこうモテるんだぞ?気が付かないだけだ」
「またまたぁ」
まったくもって思い当たらない。
その様子を見てアレックスは少しだけ皆が気の毒になった。若くて可愛いギルドマスターで自分たちに職を与えてくれた人に、恋心を抱く者は少なくない。
発注の増えた職人系の家の若造や、結界に護られて安全に作業出来るようになった農家などからもよく、ギルドに貢物が届いているのを知っている。ランは好意の寄付だと思っているだけだ。
(まぁいいか。俺の恋人だ)
ニヤニヤしているとランもつられて笑顔になる。
「…あ、あの、もう一度、ちゅーしてもらえる…?」
初めてだったから、慌てててよく分からなかった、という。その、上目遣いの目。
「煽るのは、勘弁してくれ」
「え?」
キョトンとするその可愛い唇を塞ぐ。
すっぽりと腕の中に収まった小さい身体に、アレックスは愛を注ぐのだった。




