弱点
サボっててごめんなさい。ちょっとずつでも進めたいね。
決勝戦は順調に回を重ねていっていた。初回に岡田君がホームランを打って以降、試合は硬直状態に陥った。
三回、四回とイニングが終わって、僕達のチームは未だ一本のヒットすら打てていない状態。頼みの綱の野球部の皆も、岡田君の前に凡退に退けられた。
「ようし」
意気込んで打席に向かったのは僕。一打席目は三振に討ち取られたものの、今度こそ目にものを見せてやるつもりだった。
「えらく意気込んでるな、修也」
マウンドから岡田君が煽ってきた。ただ言葉の割に、彼は今の僕との対戦を心から楽しんでいるように見えた。
「まだ初ヒットがないからね、僕が君から最初のヒットを打てると思ったら嬉しくてさ」
「ヒュー。言うじゃん。悪いけど絶対に打たせないから」
「やってみなくちゃわからないさ」
「そうだろうな」
あはは、と岡田君が微笑んだ。
ワインドアップから岡田君は、初球を投じた。風切り音でもあげているように聞こえる剛速球。
「うわわっ」
「ストライク」
キャッチャーの子は取りそこねてしまったが、剛球はど真ん中を通してきていた。
さっきの言葉はハッタリではない。僕が一番最初に岡田君からヒットを打とうと、意気込んで打席に入ったのは紛れもない事実。
でも今の一球を見て、それが不可能なのではないかと不安に駆られた。
あんな剛速球を打てるだろうか。
彼の野球センスはわかっていたつもりだった。彼との極秘練習に、同じクラスの野球部の人達の反応を見て、最早それは語る必要もなかった。
ただ、これほどとは。
いいや、ここが彼の限界ではない。彼はまだ、ここまで変化球を投げてきていないのだ。ストラックアウトにて彼が見せたコントロールが良く鋭く曲がる変化球。それがいつ来るかわからないことが、彼の攻略をより難しくしている原因だった。
変化球はいつ来る。
その惑わしが彼の術中であることはわかっている。でも、認めざるを得ないのは今現時点。この野球というスポーツにおいては彼の方が優勢ということ。向こうが優勢である今、こちらの打てる手立ては限られてくるのだ。
「ストライクツー」
岡田君があまりに難攻不落で、僕は固唾を飲んだ。
彼を打つにはどうすればいい。
今は直球だけしか投げてきていないが、もしこれから変化球を投げられたら……もうひとたまりもないだろう。
いつ変化球が来るんだ。
一打席目から僕の頭の中には、ずっとそれが残されたままだった。
「ごめん」
そんな変化球が投じられるタイミングに怯える僕が目にしたのは、返球をそらしたキャッチャーの謝罪の声だった。
……待てよ?
僕は、思い出していた。
『球技大会なんて全員が野球経験者じゃねえからな。適当にバチコン当てるだけでヒットになる』
それは、今僕の目の前にいる難敵の言葉だった。
この球技大会はあくまで授業の一環。試合に出ている人は、全員が全員経験者ではない。野球がうまくない人もいるってことだ。
キャッチャーの子は、別に動作が諸々下手というわけではない。ただ、どこか初心者らしい拙さを感じるのは気のせいか。
もし彼が僕の予想通り初心者だとしたら……。
彼が、岡田君の投じる球をストレートしか取れないとしたら。
カキン
乾いた金属音が響いた。
「なにぃ!?」
決勝戦に入って、僕達のチーム内では一番の鋭いあたりだった。
そんな打球は、瞬く間に二遊間の間を抜けた。
観客から、どよめきの声が響いた。
「徳井、よく打った!」
「いえい、初ヒット!」
「むぐぐ……」
マウンドで、岡田君が歯ぎしりをしていた。
「つ、次は打たせないからなっ」
そんな彼の小物じみた発言に苦笑しつつ、僕は微笑んだ。
「皆、変化球はないぞ!」
そして、敢えて岡田君にも聞こえるように、僕は声を張り上げた。




