断罪
柴田さんの教室は、僕のクラス同様少し異様な空気に包まれていた。教室には恵美さんの姿は見えなかった。朝からいなかったのか。はたまた……。
「柴田さん、少しいい?」
落ち着いた口ぶりで、ただ内心では怒りを蓄えて、僕は柴田さんとの邂逅を果たした。
皆々が僕の顔に気付いた瞬間、同情したような視線を寄越してきた。ただ、数人はそんな視線すら寄越さないような奴らがいる。その数人はまさしく、先日の噓告白の時、柴田さんの腰ぎんちゃくをしていた連中だった。
「あっ、徳井君っ!」
かわい子ぶった柴田さんがこちらに駆け寄ってきた。
その内心は見え透いていて、酷く不快だった。
「心配だったんだ。あたし達文化祭実行委員で一緒に仕事した仲だったじゃない。だから、もう友達だと思ってて。そんな君が、恵美に酷いことされたって聞いて、あたしいても経ってもいられなくて」
「その割に、僕の教室まで来てはくれないんだね」
「……え」
皮肉たっぷりに微笑んで言うと、恵美さんだけではなく柴田さんのクラスメイトまで僕に呆気に取られた顔をしていた。
しばらくの時間を置いた後、その視線は敵視へと変わった。
「……その、ごめん。至らなくて。でも心配していたのは本当だよ?」
「君、恵美さんとは友達だったの?」
「……そうだね」
「どんな友達だった?」
「……良い子だと思ってた。でも、まさかあんなことをするだなんて」
あくまで白を切る気か。
まあ、トカゲのしっぽ切りをした時点でそうするつもりなのはわかっていたと言っても過言ではない。
それなら、こっちも容赦なくバッサリしてやる。
「良い子だと思っていた、か」
「何?」
「前々から疑問に思ってた。人は優しい人に対して聖人って言ったりするけど、要は自分にとって都合の良い人をおだてているだけだよなって」
「……何が言いたいの?」
「結局、君も恵美さんに対してそう思ってたんだろ? 彼女は良い人。彼女は、君にとっては自分より立場の弱いいざと言う時の捨て駒のような存在だった。会社で言えばリストラ対象にリストアップされるような程度の人だった。違う?」
「違う。そんなんじゃない。……酷い。あたしだって、悲しいのに」
わざとらしい同情を集めようとする視線に、クラスメイトの怒号が飛び交った。
嘘告白されたような奴が、しゃしゃり出るな。
連中の意見を集約すると、そんな感じだった。
今更僕は、柴田さんが恵美さんを切り捨てた理由を悟った。柴田さんは、恵美さんの地位を下落させるだけではなく……僕の評価も落としたかったのだろう。
最初は皆、僕に対しても同情的な視線を寄越す。でも感情というものは、時間が経つほど薄らいでいくもの。結局僕に残る肩書は、噓告白される程度の男、というものだけだった。
彼女にしたら、僕がこうして激昂のまま彼女の前に現れたのは好都合だっただろう。
僕がここで彼女に酷いことを言えば、今みたいに同情的な視線さえ一気に失うことになるから。これだけの衆人環視の前で下手な行為をすることは、僕にとってはリスクでしかないことだった。下手な行為は、僕が孤立する原因になりかねない。
……でも、構わないと思った。
前回の時間軸では、八年もの時間虚無で過ごした。
今更学校生活が虚無になろうが、どうでもいい。
友人一人救えないのなら、こんな学校生活必要ないっ。
「……君とは違って、彼女は昨日、僕に謝りに来たよ」
「恵美が? 悪いとは思っていたんだ。仲直り出来た?」
「仲直りなんて必要ない。僕達は別に喧嘩なんてしてないからね。それにしても、君は結局、僕に謝りに来なかったね」
「謝る? あたし、関係ない。謝る必要なんてない」
「関係ない?」
ハッと、吐き捨てるように僕は笑った。
「主犯の癖に、よく言うね」
さっきまで怒号を上げていたクラスメイトが、途端静まり返った。
「あたしはそんなこと知らない。あたし、そんなことに関わってないよぅ」
謂れのない文句を付けられたかのように、柴田さんはまた嘘泣きを始めた。
柴田さんのクラスメイトは、混乱しているように見えた。朝から恵美さんの嘘告白を知り、そうして今にはそれの主犯は別の奴だった、だなんて言われれば、そうなることはおかしなことではないと思えた。
「……よく考えてみなよ。嘘告白だなんて、一人でやって何になる。そういうのは、複数人で誰かをいけにえに捧げてやるから楽しめるもんだろ? そもそも、下衆なそんな遊びの楽しさなんて共感出来ないけどさ。とにかく、嘘告白を一人でするだなんておかしな話だろ」
「……じゃあ、大塚さんとかと一緒にしたんじゃない?」
「えぇっ!?」
大塚さんらしき人が唸った。彼女は確かに、告白現場にいた人だ。
「なるほど。彼女が次の君のトカゲのしっぽ役ってことか?」
「トカゲのしっぽ? な、なんのこと?」
「その演技、いい加減止めてくれないか? 見るに堪えない」
「酷い……」
「……別にいいよ。そうやって泣き真似でもなんでもしていればいいさ。僕は勝手にこの人達の前で全てを明るみにするだけだ。全て、つつがなくね。泣き真似なんかせず、反論していた方が身のためだよ?」
僕以外に聞こえない声で、柴田さんはチッと舌打ちをした。
「さっきから何よ! 人を主犯だのなんだの好き勝手に言って! それなら証拠出しなさいよ。勝手なことばっか言われて、はっきり言って迷惑よ!!!」
「大塚さん」
僕は、先ほど柴田さんに切られた女子を呼びつけた。
狼狽えていた少女が、変わらず狼狽えながら僕を見た。
「僕への嘘告白は……君と、恵美さんだけでやったのかい?」
「……え?」
大塚さんは、視線をいくつかの方向へ泳がせていた。その方向にいるのは、先日の嘘告白現場にいた人達の方向。
「……先に言っておく。本当のことを言った方が身のためだ。……もう、君達のグループはおしまいだ」
僕の言葉が、大塚さんへの決定打になった。
「……玲於奈ちゃんと、多香子ちゃんと……智恵ちゃんも一緒でした」
教室がざわつきだした。
「言い出しっぺは?」
「……智恵ちゃんです」
「証拠は?」
先ほどとは違い、演技がかっていない声色だった。
「証拠は? あの子が嘘を付いている可能性だってあるでしょ? 証拠は?」
往生際の悪い奴だ。
恐らく、柴田さんは思っているのだろう。
嘘告白現場に自分達がいた証拠さえ見つからなければ、恵美さんと大塚さんを差し出すだけで何とかなる、と。
何とかなりさえすれば、後は時が経つのを待てばこんないざこざ皆忘れる、と。
「友達を二人も売って、それでもなお白を切るのか?」
「あの人達がそんな酷いことをする人だなんて知らなかった! しかも、自分まで濡れ衣で罪を被りそうだなんて、そりゃ誰だってそう言うよ!」
そうよそうよ、と同調したのは、残った柴田さんのグループメンバーだった。
クラスメイトの人達は、尚も混乱した様子だった。一理あると思っているのだろう。
大塚さんは、完全に見捨てられた状況に泣き始めていた。
「証拠よ! そこまで言うならあるんでしょうね。決定的な証拠が! 犯人側の人間の言い分なんて証拠にならない。決定的な証拠を出してみなさいよ!!!」
『はーい。これから恵美による徳井への嘘告白が始まりまーす』
僕のスマホから流れた音は、明らかに柴田さんの声だった。
スマホに映る映像は、一旦周囲にいる柴田さんグループを映していった。カメラを向けられて、連中は各々が可愛いと思うピースをカメラに向かってしていた。
『ちょっと智恵。自分は何もしないのー?』
『あたしは言い出しっぺだし、カメラ回しているよー』
僕は、スマホ内で軽やかな声を上げる動画の撮影主を見た。
般若のように歪んだ顔で、柴田さんは僕とスマホの画面を交互に睨みつけていた。
「なんで、あんたがそれを持っているのよ……?」
悲痛な叫びが、教室に響いた。
評価、ブクマ、感想よろしくお願いします。日間ジャンル別1位に……なりたいでしゅ。




