恋文
下駄箱に入っていた白い封筒。中身を見る前から明らかなそれに、僕は困惑を隠せなかった。
一体誰が。
どうしてこれを僕の下駄箱に入れたのか。
最初に思い浮かんだのは、これの入れ間違い。
別の想い人に宛てた手紙を謝って僕の下駄箱に入れたこと。
周囲を確認しながら、僕は封筒を開けて中の手紙を開いた。
『今日の十八時、非常階段に来てください』
宛名も送り主への名前も書かれていない文に、僕はやきもきした。ただ、生々しいラブレターを読み、顔を歪めてしまった。
どうしよう。
行くべきか、行かないべきか。
送り先が僕でないとして、現場に突然僕が来たら相手は困惑しないだろうか。いや、するだろう。
ただ、誰も来ない状況で待たされる相手を思うと心が傷んだ。
反面、仮に相手が本当に僕だとして……。
どうしよう。
結論を出せず、僕は硬直した。
「おはよっ、修也」
そんな時、非常に魔が悪いことに紗枝が姿を見せた。
慌ててラブレターを鞄の中に突っ込んだ。クシャリという音が、鞄の中から響いた。
「おはよう、紗枝」
取り繕うように僕は言った。
「……鞄の中大丈夫?」
「え?」
「いや、クシャッてスゴイ音したから」
き、聞かれてた。
僕は微笑みながら、額に冷たい汗を掻いていた。
「うん。大丈夫」
「……何を入れたの?」
「え? ……えぇと」
いつもならもう少し取り乱さずに誤魔化せそうなものだが、今は困惑していてそれが出来なかった。
しどろもどろに言い訳を考えた。
「教科書ちゃんと持ってきてたっけって、確認しただけ」
「修也、いつも置き勉してなかったっけ」
「たまにはと思って昨日持ち帰ったんだ。ただこんな心配するなら、そんなことするんじゃなかった」
「……で、教科書はあったの?」
「うん。あったよ」
「そっ。じゃあ、教室行こうか」
「……うん」
なんとか誤魔化せただろうか。
僕は彼女の背後を歩きながら、ふうと一つため息を吐いた。
ただ、本当にどうするべきか。
ラブレターを貰うことなど初めてで、困惑は未だ隠せなかった。
……正直に言えば。
僕の僕の下駄箱にラブレターが入っていたのは、何かの手違いだと思っている。
僕は前回の時間軸であんなことをした。今この時間軸にその時の行いを知る人は誰もいないが、あの時あっさりと評価が地に落ちたあたり、そもそも僕の評価は元より最底辺クラスしかなかったはずなのだ。
そうだ。
多少文化祭関連で評価を高めはしても、それで誰かが僕の評価を改めるなんてあるのだろうか。
やはりこれは、何かの手違いだ。
きっとそうなんだ。
……でも。
もし、もし本当にこれが僕に宛てられたラブレターだったら。
「修也、聞いてる?」
「……へ?」
思い悩みあまり、僕はどうやら紗枝の話を聞き漏らしていたらしい。
「もうっ。……もしかして、また具合悪いの?」
「ああいや、そんなことはないよ」
アハハと慌てて取り繕って、僕は考えた。
一人だとどうしてもこの問題に結論をつけられそうもない。
ならばいっそ、紗枝にこのことを相談してみてはどうだろうか。
紗枝は他人から好かれやすい人だ。
これまでたくさんの人から好意を明るみにされ、その好意に対する是非を答えてきた。
そんな彼女であれば、僕なんかでは思いもしなかった妙案を授けてくれるかもしれない。
紗枝なら……。
駄目に決まってる。
他人の秘め事を勝手に明るみにするだなんて、駄目に決まってるじゃないか。
僕はこうして他人からの好意を言葉で告げられたことはこれまでただの一度もなかった。
でも、この手紙を貰って僕がすることは、考えてみれば酷くシンプルじゃないか。
僕がすること。
それは、この手紙をくれた人の想いに答えるか否か。
現場に行くか行かないか。
そんなのは議題に上がりすらしない内容だ。考える必要すらない内容だ。
そして、その人の想いに答えるか否か。
……それもまた、考えるまでもなく答えは出ていた。
指定の場所に行くのは千文字くらい悩むくせに告白に答えるかどうかはあっさり結論付けてて草。
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