告白
翌朝、我が家のリビングへと向かうと、紗枝が一足先に朝食を食べ始めていた。
「おはよう」
「おはよう」
軽い挨拶をして、彼女の隣に座り、ご飯を食べた。昨日に比べて口数が少ない環境だったが、悪い気はしなかった。
家を出て、学校に着いた。
文化祭実行委員であるため、僕達は他の生徒より一足先に学校に着き、二日目の開会式の準備を手短にこなしていた。
「おはよ」
文化祭実行委員は、男子と女子に分かれて、男子は体育館の設営を。女子は機材のチェックを行っていた。最終チェックだから、やることはさりとて多くない。
だからこそ、岡田君は僕にそれとなく近づき、話しかけてきた。
「おはよう。昨晩はいきなりだったね」
「うん」
「ごめん。結局僕、何にも手伝うことが出来なかったね」
岡田君は黙っていた。
「応援しているよ。きっとうまくいく。僕が言うんだから、間違いない」
「……なあ、修也?」
割り切れない顔つきの岡田君が、ようやく口を開いた。
「他言しないと、約束してくれるか?」
「え?」
他言しないでくれ、と……一体何を?
困惑した僕だったが、まもなくその話が、きっと岡田君が強硬策に走った原因だろうと思い至った。
「うん」
僕はゆっくりと頷いた。
「昨日、俺、告白された」
「えっ」
あまりに唐突な告白だった。
「相手の名前は言えない」
そう言うものの、僕は岡田君に告白した相手に心当たりがあった。
放課後になるまで、岡田君の態度はいつも通りだった。何なら放課後、作業を手伝っている時だって、ふざければふざけ返すいつもの彼だった。
彼が唐突に変貌したのは、
『小日向さんっ』
正門前で、紗枝を呼びつける直前だった。
あの時、校舎には既にほとんどの生徒は残っていなかった。残っている人と言えば、新田先輩か、もしくは……。
思い出すのは、岡田君が『広報写真』係に入った時の経緯だった。
本来、岡田君は紗枝と二人きりで『広報写真』係を行う予定だった。人気のない『広報写真』係だから、二人を引き合わせるのは簡単な話だと当初は思われた。
だがしかし、『広報写真』係に紗枝が任命されることはなかった。
岡田君と一緒にその係に付いたのは、桜内さんだった。
岡田君に告白したのは恐らく、桜内さんだろう。
「……突然だったよ。廊下を歩いていたら、突然呼び止められて。突然、好きですって」
「そっか」
「……俺、そんな彼女の言葉を無下にした」
「……そっか」
「ただ一言、ごめんって言って断ったんだ」
岡田君の顔は、晴れなかった。
「彼女、俺になんて言ったと思う?」
「え?」
「紗枝ちゃんと結ばれると良いですね、ってさ」
言葉は出なかった。
桜内さんは、岡田君の想い人を知った上で……大変である『広報写真』係に立候補して、夜遅くまで作業に勤しんで。
「凄いと思ったよ、正直」
岡田君は、自分に言い聞かせているようにも見えた。
「負け戦であることがわかっていて告白して、そうして振られても……相手の幸せを願えるだなんて、すげえよ、本当に」
「……うん」
「……それで気付いたんだ。自分の気持ちを伝えるために、俺、お前に甘えるだなんておかしいって」
「あれは僕が勝手に言い出したことだろ」
「いいや違う。だって俺は、何度もお前の申し出を断るチャンスはあったはずなんだ。お前がゴリ押すから従うって、自分の気持ちを伝えたいだけなのに受け身になって……本当、情けないと気付かされたんだ」
岡田君の言い分に釈然としない気持ちは残った。
でも、岡田君が昨晩、どうしてあんな強硬策に乗じたかは理解出来た。
「俺、今日小日向さんに告白する」
強い瞳で、岡田君は言った。迷いはないようだった。
「告白して……どんな結末を迎えるかはわからない。でも、きっとこれでよかったんだと思う。自分の力で、自分の想いを嘘偽りなく伝えられる。それで良かったんだ。
きっとどんな結末を迎えても……俺、一切の後悔はしないよ」
「……君の友達の僕だから言えることがある」
負け戦に挑むような岡田君に、僕は励ましの言葉を送ろうと思った。
「君は、良い奴だ。真面目で、勤勉で、友達想いで。少しあまのじゃくなところはあるけれど……通った芯の部分は、どれだけ辛い環境で打ちのめされても折れることはない。そんな君の男気に憧れを抱くくらい、君は凄い奴だよ。
……だから、きっと君の願いだって叶うさ」
そうさ。
そうに決まっている。
彼の良さは僕が一番よく知っている。
たった数週間の付き合いなのに、相棒と呼び合うくらい僕達は絆を深めてきた。
彼の良さはたくさんある。彼のカッコイイ所は至るところにある。
彼は……紗枝に相応しい男だ。間違いない。
そんな彼の幸せを、僕は願って……願って。
今更僕は、複雑な感情が胸中を占めていることに、気付く。
「ありがとう」
板野君と紗枝の幸せを願っていた。僕なんかより勇ましかった板野君は、紗枝に相応しいとそう信じて疑わなかったから。
岡田君と紗枝の幸せを願っていた。僕なんかよりもカッコイイ岡田君は、紗枝に相応しいとそう信じて疑わなかったから。
そう、思っていたはずなのに。
今胸の中にあるこの感情は……一体、何なんだろうか。
鬱々しくなるぞぉー!
評価、ブクマ、感想よろしくお願いします。




