相棒
それからもしばらく、僕達は占いの館の長蛇の列に待たされていた。
「やばいね」
「そうだね」
時計を見た紗枝に同調した。まもなく、文化祭実行委員の仕事に向かわなければいけない時間だった。
仕事自体は『ゴミ捨て』係のため、決められた時間に活動する必要もないと言えばないのだが、そういう時間を守ってこその仕事、と意気込み紗枝に否定の句は出し辛かった。
「その格好も着替えないといけないしね」
「さすがにゴミ捨ての時はね。この服を汚すのも申し訳ないもん」
浮ついた格好だから、紗枝はメイド服を気に入らないと思っていたが、どうやら結構気に入っていたらしい。
「じゃあ、この占いの館は明日、また出直しなよ」
「うん」
紗枝は頷いた。
「その時は、修也も一緒にね」
「え?」
「え?」
「……いや、僕てっきり、別々に占いをするのかなって」
「いやだって、一緒にした方が効率的じゃない」
まあ、この回転率の遅い出店を前に、効率性を説きたい気持ちもわからなくもなかった。
一緒に占いをする、のか。
少しだけ気が重くなった。学生の占いなんて端から信じる気はなかったが、碌な占い結果が出ないことを想像したら気分は滅入った。
そもそも紗枝は、僕の隣で一体、どんなことを占ってもらうつもりだったのだろうか。
『あー、そう言えばこの前御朱印集めに行った時におみくじ引いたけど、恋愛は成就するって書かれてた』
恋愛事でも、占ってもらうつもりだったのだろうか。
真隣でそんな秘め事の話をされるのは、部外者の身で言うと……少しだけ辛かった。
「それじゃあ、行こうか」
「うん」
平静を装って、僕達は占いの館の列を抜けだした。
丁度その時、広報担当の腕章を付けた男女が占いの館から出てきた。
「おっ、修也じゃん」
「岡田君」
岡田君だった。
「要ちゃーん」
「えー、紗枝ちゃん。メイド服かわいー」
向こうでは、女子陣が盛り上がっていた。
「おい、どういうことか説明しろ」
突然、僕は岡田君に肩を掴まれた。切迫した声に、僕は何やら問題でも犯したかと焦った。
「ど、どういうことだ」
「何が?」
「何がって……お前、お前っ」
小声で切迫する岡田君に、僕は気付いた。
あ、これしょうもないやつだ。
「小日向さん、どうしてメイド服を着ているんだ!」
「ウチのクラスの出し物がメイド喫茶だからだよ」
「なんだって!?」
「興奮しているところ悪いけど、写真を撮るのは止めた方がいいと思う」
「……あくまで広報係の仕事のためにだな」
「職権乱用って言うんだ、それ」
「……くっ」
なんとか、岡田君も引いてくれる気になったらしい。僕は別の意味で、岡田君に引いたけど。
「それで、どうして占いの館から出てきたの? 仕事は?」
「何言ってる。仕事だよ」
「もしかして、全クラスの出し物の写真撮ってるの?」
「そうだ。結構大変で辛いぞ」
更には、当初の目論見と異なり、岡田君の隣には紗枝もいないと来たもんだ。
「でも、お前達のクラスに行く楽しみは出来た」
「残念だけど、僕達これから文化祭実行委員の仕事に回るから、今日はもうメイド喫茶に戻らないよ?」
「……マジ?」
「うん」
岡田君は、露骨に凹んでいた。一瞬、彼は本当に僕の見込んだ男なのか、疑問に思った。
「お、落ち込むなよ。まだ文化祭も初日だぞ?」
「そんな事言ったって」
「……な、何とかこの文化祭中に紗枝と二人きりにする機会、作るからさ」
慌てて、僕はそう取り繕った。
ただ残念ながら、その妙案は未だ浮かんではいなかった。
「……修也、気持ちは嬉しいけど、本当に良いのか?」
「何が?」
「……本当に、俺の手伝いなんかして良いのかって意味」
友達の手伝いをして良いのか悪いのか。
それはあまりにも答えが明白な問いだった。
「当たり前だろ。僕達、友達じゃないか」
「……それなら、良いんだけどさ」
でも、岡田君の顔は釈然としていなかった。
「まあ、俺も頑張ってみるよ」
「うん。頼むぜ、相棒」
僕達は拳をぶつけ合って、互いの健闘を祈った。
「修也、そろそろ行こっ」
「うん。じゃあ、また後で」
「おう。お前……達も、文化祭楽しめよ」
「……ん? うん」
頷きながら、岡田君がどうして僕達のことを強調したのか、僕はわからなかった。
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