メイド
文化祭当日ということで盛り上がりを見せる学校に辿り着いて、開会式を行って、そうして僕達は教室へと向かった。
文化祭実行委員の手伝いでほとんど手伝うことが出来なかったが、我がクラスの出し物は……。
「きゃー、紗枝、すっごい似合ってる」
「ねー、ねー。すっごい可愛い―。写真撮らせて撮らせて」
それは、メイド喫茶。
黒いメイド服を着た紗枝の周りを女子陣が囲んでいた。他にもメイド服を着ている人はいるのだが、思えば紗枝は一度も衣装合わせをする機会がなかったから、こうして褒められる機会に恵まれてこなかったのだろう。
「俺も撮らせてよ、俺も」
と、思ったが……どうやら紗枝がもてはやされているのは、それ以外にも理由があるらしい。
僕は、教室の隅でメニューに書かれた料理の作り方を確認していた。まあ、商品がコーヒーだとかオレンジジュースだとか、手軽なジュース類ばかりなのは助かるが……このケーキとやらは一体どうやって売り出すつもりなのだろうか、と考えていた。
「板野君、このケーキって……?」
「ん? ああ、それは事前にウチらで作ってたやつを食べてもらうのさ」
「作り置きしてたってこと?」
「おう。今はドライアイスの中だからカッチコチだろうぜ」
なるほど。
よく考えたものだなあ。準備も大変だっただろうに。
機会があれば、来年はクラスの出し物に協力するのも面白いかもしれない。
「ね」
まもなく催し物開始の時間に差し掛かった時、僕の前に現れたのは紗枝だった。
「……どう?」
朝の快活具合とは違い、少しだけ口数少なく紗枝が言った。
「うん。似合ってるよ」
「本当?」
「うん」
「……良かった」
紗枝が安堵した理由は、よくわからない。
「じゃあ、あたしそろそろ持ち場に向かうから」
「うん。接客頑張って」
「文化祭実行委員の仕事は、予定通り昼過ぎに」
「うん」
『ゴミ捨て』係の仕事。僕は朝一番から開始していくものだと思っていたが、どうやら開始は昼過ぎになるそうだ。言われてみれば確かにそうだと思ったのだが、朝から散乱するほどゴミが捨てられることはあまりないらしい。
ただ、単純にゴミの量も時間が経過するほどに肥大化していくから、肉体仕事的な意味で重労働になるそうだ。
そんな後々の展開に少しの憂鬱を感じながら、僕はクラスの出し物の手伝いをしていった。
カーテンの裏の厨房でジュースやケーキを用意していると、カーテンの向こうから快活な声が聞こえてくる。
鼻の下を伸ばした連中が集っているのだろうか。
各クラスの出し物には、売上による順位付けがされるそうだ。
このメイド喫茶という出し物がどういう経緯で決められたかは知らないが、もしかしたらそういう鼻の下を伸ばす連中を集わせるための商売戦略で決められた出し物なのかもしれない。
だとしたらウチのクラスの本気度が伺えるし、随分と体当たりな商売を考える人がいたもんだ、と少しだけ呆れる気分だった。
それなりに仕事をこなして、二ローテーションの交代の時間はやってきた。
「ようし、やるかあ」
後半組の板野君の張り切る姿を僕は見つけた。
「あ、板野君。ちょっと」
「なんだ?」
「今日は朝から寒いこともあるだろうけど、ホットコーヒーの売り上げがそこそこ好調だ。ちょっと多めに準備進めておくといいと思う」
「おう?」
「後、逆にオレンジジュースの売り上げが伸びてない。今日は午後からそれなりに気温も上がるそうだけど、時期も時期だしちょっと準備の量減らしてもいいかも」
「お、おう。わかった」
戸惑う板野君に引継ぎを済ませて、僕は教室を後にした。
「おい、修也」
「ん?」
教室を出た途端、教室に戻ったばかりの板野君に呼び止められた。
「紗枝の奴もこれから休憩だから、一緒に連れてってやれ」
「うん?」
「うわわっ」
板野君に背中を押された紗枝が、慌てた顔でモジモジとしていた。しばらく紗枝はそんな調子で、照れながら上目遣いでちらちらこちらを見ていた。
「メイド服のまま行くの?」
中々目立ちそうだし、紗枝はそんなに人目を集めたいタイプでもない。
「……だって」
「……まあ、行こうか」
「うん」
教室の前で立ちぼうけしているのも商売の邪魔だと思って、僕達は歩き出した。
「メイド服さ」
「ん?」
「似合ってるね、本当に」
心からそう思ったし、そう言って明るくなってくれれば良いなと思って言ったのだが、紗枝はむしろ、余計に静かになるのだった。
ヒロイン、これだと主人公に惚れてるみたいじゃん。こんなのおかしいよ。
評価、ブクマ、感想頂けると嬉しくなりますが投稿ペースは上がりません。1日4話が限界・・・




