当日
前途多難だった文化祭だったが、こうして当日を迎えられることになろうとは思っていなかった。
朝、布団を蹴落としたせいで悴んだ足を擦りながら、僕はぼんやりとそう思った。
「おはよ、修也」
「おはよう、紗枝」
リビングに行くと、紗枝がいた。あたかも当然のように我が家にいるが、昨晩ウチに泊まったのは両親が結婚式で地方に行く理由があるためだった。従兄弟の結婚式らしく、紗枝も最初は両親に着いていくか迷ったそうだが、
「ぼぼぼく、紗枝と一緒に文化祭巡りたいよっ?」
岡田君との作戦もある手前、僕は慌てて紗枝をそう引き留めたのだった。
「……ま、まあ。修也がそこまで言うのであれば」
頬を染めてしどろもどろになりながら、紗枝は文化祭出席を決めたのだった。
「まあ、修也があたしに文化祭出て欲しい理由もわかるよ? 『ゴミ捨て』係、一人だと大変だもんね」
パンを齧りながら、紗枝が饒舌に語る。
「しょうがない。しょうがないよー。修也だけにそんな重荷、背負わせるわけにはいかないもんね」
「紗枝は女の子なんだから、なるだけ汚いものには触れない方がいいと思うけどね?」
これだけ女の子に不衛生なゴミ捨てを強制的に手伝わせているようで、聞こえが悪かった。慌てて僕はそう取り繕った。
「もー。もーっ、今日は随分と饒舌じゃん。そんなに文化祭楽しみなの? もーっ」
どっちがやねん。
「アハハ」
苦笑して、僕も手早く朝食を頂いた。
時計を見ながら、紗枝が僕の準備が終わるのを今か今かと待ちわびていた。急いで食べると、パンが喉につっかえた。
「大丈夫?」
「大丈夫」
咳込んだ後にそう言うと、紗枝はそれでもなお心配そうに僕を見ていた。
本当、情けない男だな、としみじみ思った。
行ってきます、と言って紗枝と一緒に家を出た。
丁度その頃、ズボンのポケットに入れていたスマホが震えた。
「誰?」
「岡田君。学校の最寄り駅で落ち合って、一緒に行こうだって」
「ふーん。すっかり打ち解けたよね、岡田君と」
「うん。彼は良い奴だからね」
ちょっとあまのじゃくだけど。
でも、ダメ元でも自分の気持ちを伝えようとする勇気と度胸がある凄い人だ。
僕も尊敬する、凄い人だ。
「頑張って欲しいよ」
「何が?」
「……『広報写真』係」
紗枝に聞かれていると思っていなくて、僕は平静を装いながら誤魔化した。
「あー、あんたにじゃんけん勝った時、岡田君相当喜んでいたもんね」
「うん。相当あの係になりたかったんだろうね」
あの係、と言うか、紗枝と二人きりに、だけども。当然そんなことは紗枝には言えない。
「あの係、結構大変だって皆言ってたよ? 相当お人好しなんだね」
「辛い仕事でも引き受けれる度量のある人ってことだね」
「友達として鼻が高い?」
「まあね」
「ふふっ、そっか」
微笑んだ紗枝が、軽やか足取りで一歩先行していく。
「あたしも、文化祭実行委員のヒーロー、徳井君と幼馴染で、鼻が高いと思っているよ」
いつになく楽しそうに、紗枝が言った。
反面、僕は苦虫を嚙み潰したような顔をした。
「それ、止めてくれ。本当に」
「えー、いいじゃん。今回の文化祭実行委員のMVPは間違いなくあんただよ。皆もそう認めてた」
からかうように、紗枝が笑う。
文化祭実行委員のヒーローは、一昨日、予定よりも早く文化祭へ向けた事前準備が終わった頃に、周囲が僕を持て囃すように言い出した。
利己的な考えからの行動な手前、僕はその呼び名を酷く煙たく思っていた。
「……本当、随分と大立ち振る舞いしちゃってさ」
「何か文句でも?」
「ううん。ただ凄いなって思っただけ。結果が出せないならまだしも、ちゃーんと結果も出してきた。そうなれば、もう、凄いって思うしかないじゃん」
「……結果、ね」
「不満?」
「うん。まだ結果は出てないからね」
「……でも」
「だって、本番は今日だもの。今日の結果次第で、僕のしたことが水の泡になるか、はたまた成果になるのか」
一瞬目を丸くした後、紗枝はクスクスと笑った。
「じゃあ、文化祭絶対に成功させないと駄目だね」
「そうだね」
「文化祭の成功の基準って……何かな?」
「そうだねぇ」
物思いに耽って、僕はまもなく前回の時間軸での文化祭実行委員の仕事ぶりを思い出した。
連中は作業をサボった。
でもそれは、出来なりの仕事でも文化祭は成功するとわかっていたから出来たことだった。
文化祭の成功の基準。
それは……。
「……楽しむこと、かな」
うん。間違いない。
「じゃあ、目一杯楽しまなくちゃっ」
「うん」
くるり、と紗枝がこちらへ向き直った。
「あたしを目一杯楽しませてね、修也っ!」
そして、快活にそう微笑んだ。
今更ながら恋愛小説ってことを思い出す。
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